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2007年09月30日

沖縄の抗議集会にみる圧倒的な住民の力を国政に生かせないものか

    沖縄の抗議集会にみる圧倒的な住民の力を国政に生かせないものか


   9月29日、「集団自決」をめぐる教科書検定問題で沖縄住民が立ち上がった。95年の米兵による少女暴行事件の抗議集会が8万5千人だった。それを上回る11万の県民が結集した。11万という数字の大きさは抽象的でピンと来ないかもしれない。しかし報道写真で見る生身の人間の巨大な群れを見た時、その迫力に圧倒される。その一人一人が怒りでこぶしを挙げているのだ。これが東京の真ん中で行われていたらどうか。いかなる為政者もたじろぎ、おののくに違いない。この力こそ民主政治の力の原点ではないのか。
   私は琉球新報のインタビューに応じて、「集団自決」の日本軍強制の記述を削除した文科省官僚の保身的誤りを指摘した。そしてそれを許す政治的雰囲気を作ったこの国の指導者たちの、「歴史の真実」に対する不遜さを批判した(9月23日付琉球新報掲載)。そのような政府・官僚の無神経で軽率な態度に抗して立ち上がった沖縄県民に、我々は、たとえ遠くの地にあって何も出来ないとしても、深く共鳴し、連帯意識を持つべきである。名もない一人一人の怒りでも、それが結束した時は山をも動かすという事を、政府・官僚に思い知らさなければ政治は変わらない。沖縄住民の勇気ある行動がそれを示すことになる事を期待する。
  文部科学省は「検定意見は専門家が決めた。行政は口を挟めない」などと言って修正を拒否しているらしいが、救いようのない鈍感さだ。その対応は、やがて世論の批判の嵐にさらされ、撤回を余儀なくされるだろう。菅直人が「(政府が撤回に)応じないのであれば、国会の意思を問う。与党の中でも良識的な皆さんの協力を得たい」と沖縄で記者団に語ったらしい(30日、朝日新聞)。その言やよし。ならば一刻も早く政治家としてその言葉を実現すべきだ。
   私が今日のブログで書きたい事は、沖縄で見られたこの大衆の力を国政に生かせないかということである。今、日本の政治は途方もない不毛な政治状況にある。先日、国民の所得は9年連続で減少したという数字が発表された。大多数の国民が低所得に喘いでいる半面、一部の国民は所得増を享受しているという格差の実態もあらためて明らかになった。この格差拡大は、年金、介護など、我々のあらゆる暮らしに反映される。そしてその歪みが社会に反映し、国民の価値観さえも分裂しつつある。この国は本当に大丈夫なのか。
   一刻も早く対応策が取られねばならないのに、年金一つとってみても何の解決策も示されないままいたずらに日々が費やされていく。なぜか。それは与党も野党も、この国の政治家が、国民の為の政治を行うという本気さがないからだ。それ以前に能力がないのではないか。政争に明け暮れる事は出来ても、官僚を使いこなして正しい政策を策定・実施する能力が今の政治家には決定的に欠如しているのではないか。小泉チルドレンやタレント議員が無能なのは誰でもわかる。しかし、連日テレビに顔を売っている政治家たちでさえも、口先の論争は得意でも、政策を考え、実現する能力がある政治家はほんの一握りに過ぎないのではないか。だから政治がいつまでたっても国民の期待に応えられないのではないか。
  与党は、もはや誰の目からみても政権担当能力がないにもかかわらず、政権にとどまっている。野党は国民の怒りを背にしてとっくに政権交代を果たしていなければならないのに、与党を追い込む力も気迫もない。今頃になって選挙協力を始めるという呑気さだ。メディアは、国民の悲鳴をそっちのけで、連日のように与野党の政治家を出演させて不毛な議論を繰り返している。要するに娯楽番組の延長に過ぎない。
  かくなる上は、沖縄住民にならって、国民も、生活改善の為の政治の実現を叫んで、立ち上がるべきではないのか。100万人単位の集会を全国各地で起こし、一日も早い解散・総選挙を迫ったならば、政治家も従わざるをえないだろう。国民は、民主・社民・国民新党の連立政権を一日でも早く実現させるべきだ。そしてその政権に、この国の山積する諸問題の解決を迫るのだ。日米軍事同盟を解消し、米軍基地をこの日本からなくし、平和外交を世界に宣言する。その結果生じる巨額な予算を国民の生活改善のために使う。税制改革を含めた予算編成権を、官僚や政治家や大企業の独占物から、納税者の国民にまわす、官僚を正しく使いこなし、そういう政策を実施させる、そういう国民優先の政治の実現を迫るのだ。民主・社民・国民新党の連立政権でもそれに応える事は出来ないことが、たちどころに明らかになるであろう。行き詰まるであろう。それは彼らに能力がないからだけではない。政治哲学の不一致が顕著であるからだ。
   かくして自公連立も、民主・社民・国民新党の連立も、同じようにこの国を任すことが出来ないことが分かる。その時が一日もはやく来なければならない。その時はじめて本当の政界再編が起きるであろう。どのような形になるかはわからない。しかし既存の政党に飽き足らない国民の受け皿となる政治勢力が求められる事だけは確かだ。労働組合やイデオロギーに依存することなく、広く大衆の心を掴む、そういう政治勢力を国民は渇望している。そのような勢力がこの国の政治に生まれた時、日本は活路を見出す事ができるのかもしれない。

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2007年09月28日

ビルマと人権と日本外交

ビルマと人権と日本外交

  国名を1989年にビルマから現在のミャンマーに変えたのは、88年の軍事クーデターで政権を奪った今の軍事政権である。その軍事政権がその時アウン・サン・スーチーさんを自宅軟禁した。その軍事政権にとうとう民衆が立ち上がった。その民衆に軍事政権が銃口を向けた。唾棄すべき行為だ。もはや軍事政権は一刻も早く国際社会の手でボイコットしなければならない。私のささやかな抗議の意味を込めて、このブログでは旧国名のビルマを使う。
  評価しうる何物もないビルマの軍事政権をここまで甘やかしてきたのは、国際社会における「人権」意識の未熟さだ。
  欧米諸国は早くからビルマの軍事政権を批判し続け、制裁を訴えてきた。もちろん欧米は植民地政策を推し進めたかつての帝国主義の国々だ。今日でも、人権を唱える一方で、傀儡政権の人権抑圧には目をつむるダブルスタンダードぶりを見せる。それでも、世界史の中でいち早く民主革命を起こした国々である。人権問題の重要性については国民の間で認識の一致がある。人権問題に冷淡な人間は指導者として糾弾される。
  今回のビルマ軍事政権の暴挙に際し、国連安保理の制裁措置発動に一人反対したのが中国である。私はここに中国と言う国の限界を見る。私は中国が共産主義国であるから批判するのではない。人権に対する意識が、いつまでたっても低いところを批判するのだ。
  アセアン諸国もしかりである。いまでこそ難民流出をおそれてビルマに対する圧力を強めつつあるが、これまでアセアン諸国はビルマの軍事政権を批判してこなかった。それは、仲間どうしで批判し合わないというアジア特有の温情主義があるのかもしれない。しかしより正確に言えば、アセアン諸国はいまだ人権を最優先の価値と見ていないからだ。自らの国が人権抑圧をしているからだ。
  そして日本である。これまで日本はビルマの軍事政権批判に対しては欧米諸国と一線を画してきた。とくに米国がビルマの軍事政権に批判を強める中で、日本だけはビルマ軍事政権を擁護してきた。これをもって対米独自外交であると勘違いする向きがある。しかし本当はそんな立派なものではない。確たる理由のないビルマ擁護だ。
   ビルマという国はいまでこそ天然ガスなどの資源がある国であり、その限りで国際社会が重視し始めた国であるが、かつてのビルマは欧米諸国にとって取るに足らない国であった。だからその国へ日本がどのような政策をとろうとも見逃す事が出来たのだ。米国が関心を持たない限りにおいて、日本の自主外交が許される。その自主外交がビルマ軍事政権の人権抑圧に対する甘やかしである。
   歴代の日本の駐ビルマ大使はなぜかビルマ軍事政権に甘い。それはかつてのビルマが日本と共に英国と戦ったとか、ビルマ国民が親日的であるとかの理由によるのだろうが、本当のところは軍事政権に抑圧されたビルマ人に対する人権意識が希薄なのである。その一方でアウン・サン・スーチーさんに対しては距離を置く。英国に影響された運動家に過ぎないと突き放す者もいる。
  このような日本政府の態度を如実に物語っているのが、日本の指導者たちの一連の次の言葉だ。
「解決するには一体何をしたらいいか、外務省で一生懸命考えている最中だ」(福田首相 28日朝日)
「まだ(国連などで)具体化しているわけではない。直ちに制裁ということを、わが方から言及する必要はない」(町村官房長官 28日読売)。
「経済援助をとめても困るのは民衆だけ」、「制裁だけを声高に言えばいい欧米とは事情が違う」、「追い込めばミャンマーを中国に近づけるだけだ」(外務省幹部 28日 毎日)
  いずれも彼らが昔から繰り返してきたセリフだ。
 このような日本政府の人権音痴ぶりに抗するかのように、毎日新聞記者の次の言葉が光っていた。正確な日付を忘れたが、たしか9月24日ごろの毎日新聞であった。「記者の目」というコラムの中でアジア総局、藤田悟記者が書いていた。少し長くなるが、是非読者に読んで欲しいと思って抜粋する。
 政府よりも国民の方がはるかに人権に敏感であるところに、日本の将来への救いを見た。

「・・・どうして国民は立ち上がらないのかと私が問うと、(ビルマの知人は)『国民の間にはまだ88年の恐怖がしみついている』と悲しげに言った。それでも今回、軍事クーデター以来19年間の圧政に耐えかねた国民が立ち上がった。国民倫理を実践する仏教の僧侶たちが数万人規模で先頭に立った。
僧侶たちのデモ隊が22日、自宅軟禁の続く民主化運動指導者アウン・サン・スーチーさんの自宅前を通ったとき、スーチーさんが約4年ぶりに市民の前に姿を見せた。目撃者の話では。僧侶たちに向かって合掌したスーチーさんは涙を流していたという。
かつて私は数回、スーチーさんに単独インタビューする機会があった。彼女が部屋に入ってくると、室内の空気がピーンと張りつめる。圧倒されるような気丈さと清廉さを併せ持つ人だという印象が強く残っている。人前ではめったに涙を見せることのない彼女が泣いたことに、私は胸を打たれた。
軍事政権は、国民の間で絶大な人気のあるスーチーさんの軟禁を続け、その影響力をそぐ戦略を続けている。拘束・軟禁の期間は通算12年に及び、スーチーさんは外部との接触をほぼ完全に断たれている。孤独の中で、いつの日にか訪れるであろう祖国の民主化を願って日々の生活を送っている彼女が、軍事政権の圧政に対して立ち上がった僧侶たちの姿を目の当たりにして、思わず涙がこぼれたのであろう・・・
この危機的状況に際し、積極外交に乗り出して最悪の事態回避に出来る限りの努力をする国際的責務が日本にはあるのでないか・・・」

 日本政府や外務官僚はこの言葉を何と聞く。
 

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2007年09月27日

アーミテージの言葉

 アーミテージの言葉

 私にはこだわりがある。気にかかる人物の言動は徹底してフォローするのだ。徹底的といっても、今の私には格別の情報収集力はない。というよりも、およそ一般の市民、国民と同じように、新聞などの公開情報を通じてしか情報は入手できない。それでも、目にし、耳にした限りの情報でかなりの事がわかる。
 アーミテージ元国務副長官という人物がいる。アナポリス海軍兵学校を卒業後、ベトナムに従軍した軍人だ。73年に仏でベトナム和平交渉が行われた時、途中で戦いを止めるのは嫌だと言って海軍を去ったという戦争好きな男だ。ランボーのモデルとも言われ、その後もベトナム戦争の最終局面では軍に復帰し、危険な戦いをいとわずに積極的に参加している。根っからの軍人だ。
 2001年の米国のアフガン侵攻に際しては、協力しなければ空爆して「石器時代に逆戻りさせるぞ」とパキスタンのムシャラフ大統領を脅し、イラク戦争では、機密情報を漏らしたCIA工作員の身元をリークして報復するなどの卑劣な言動をした男だ。
 そのアーミテージは、国防省、国務省の役人になって以来、日本との関係を持つようになった。いつまでたっても米国との間でろくな人脈を築けないままの日本政府や外務省は、何かといえば、アーミテージを知日派、親日派と誉めそやして重用する。今回も日経新聞主催のセミナーにアゴ、アシつきで招待されて訪日したに違いない。
 そのセミナーでのアーミテージの基調講演録が、27日の日経新聞に大きく掲載されていた。その中で彼は次のように話しているのだ。
  「・・・民主党の小沢一郎代表はテロ特措法の延長を阻止しようとしている。湾岸戦争時に日本は「普通の国」になれと主張し、本まで書いた人間が反対するのは、大変皮肉なことだ・・・」
  問題はその後に続く彼の次の言葉である。
  「・・・米国にとって日本との関係が世界でもっとも重要なのは、日本が世界第二の経済大国であるためなどではない。日本の人々が政府を通じて米軍基地の使用を認め、安全保障上の(米国の)守備範囲を広げてくれるからだ・・・」
  これほど明確に米国の本音を述べた米国の高官がいたであろうか。在日米軍は米国のために日本にある事を認めた瞬間だ。
  さらにまたアーミテージは次のように述べている。
  「・・・米政権内の『アジアへの影響』の欠如を懸念する声はあがっている。実際、ネグロポンティ国務副長官以外はアジアにあまり詳しくはない・・・ただ、軍事部門の司令官クラスは米・アジア関係に精通しているので、日米関係の架け橋になるだろう・・・」
  とんでもない発言だ。米軍人が日本の事を一番よく知っているというのだ。在日米軍がらみの仕事を担当している軍人が日本の事を一番よく知っているというのだ。しかも日本という固有の国ではなく、アジアの一部としての日本であると言わんばかりだ。
  それに、ネグロポンティのどこが知日というのか。かつてネグロポンティが米国の国連大使であった時の実話である。日本は必死になって国連常任理事国入りを画策していた。わが国連代表部の同僚たちの最大の仕事は、わが国の安保理常任理事国入りについて米国の後押しを取り付けることであった。米国が強く支持してくれさえすれば、他の安保理理事国も最後は賛成するという読みだ。しかし米国は一向に態度を明確にしなかった。そのうち日本の大使が離任することになった。その大使が離任の挨拶にネグロポンティ大使を訪れた時の事だ。安保理常任理事国入りは日本の大使にとって勤務期間中の最大の課題であった。「どうか米国がわが国の常任理事国入りに賛成すると態度を明らかにしてもらえないか」と、まるで離任の餞別代わりに、最後のお願いだといわんばかりに、意を決して頼み込んだのだ。
  ところが、その時のネグロポンティ米国連大使の返答は人を食ったものだった。
 「何のことか。自分は忙しくて国連安保理改革の事はほとんどフォローしていない」というのだ。知日派どころか、日本軽視の男なのだ。
  日経新聞もアーミテージなどに高いギャラを払ってお説拝聴するのでなく、駐米特派員に米国との人脈を築き、一つでも多くの有益な情報を入手するよう命じたらどうか。

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2007年09月27日

日米軍事同盟の弊害を加速させる日本政府の怠慢

日米軍事同盟の弊害を加速させる日本政府の怠慢

  27日の朝日新聞「もっと知りたい!」で米軍横田基地やその関連施設で、ジェット燃料などの有害物質の流出事故が過去7年間で90件も起きていたにもかかわらず、地元自治体に通報されたのはたった1件だけだった事が報じられていた。
 流出事故を日本側に知らせなかった米軍の対応について、改善を申し入れる為に訪れた横田基地騒音訴訟弁護団に対し、外務省の担当官は、「通報権の判断は米軍に一任しているので問題はない」、と答えたという。
  これだけでも重大な官僚の怠慢であるのに、米軍が日本政府に通報しても、それが地方自治体に伝えられない事さえあったという。そしてその釈明が、「通報は、参考情報として寄せられたもので、(日米地位協定に基づいてつくられた日米合同委員会の)合意にもとづく通報ではなかった」、だから伝達しなかったという訳だ。
  聞くに耐え難い現実はまだ続く。たとえ情報が地方自治体に伝えられたとしても、自治体はなんの手出しも出来ないのだ。およそ主権を放棄したような日米地位協定によって、米国の治外法権が大手を振って通っている。そんな不平等条約を外務省が改める気配はまるでない。それどころかその条約を盾にとって住民に犠牲を強いているのだ。
  私は内部にあって見てきたから手に取るようにわかる。深い考えがあっての不作為ではない。やる気のない無能な官僚の単なる怠慢なのである。こんな仕事などは誰でもできる。良心に恥じる事のない鈍感な神経さえ持ち合わせていれば。
  上記の朝日の記事は、今の日米軍事同盟の現状を示すほんの一例である。テロ特措法延長問題が毎日のように取り上げられている。その論点が、「国際的に評価されている活動だから延長すべきだ」とか、「国連決議によって認められているか、いないか」などという、かみ合わない空論に終始している。
  しかしそのような議論をする以前に、誰が見てもおかしいところに焦点をあて、まずその真実を国民に提示すべきだ。アフガンでの活動の為の給油の殆どが当初よりイラク戦争に使われていた疑いが市民の手で明らかになった。事実に違いない。野党は外務省や防衛省に情報提供を求めているというが、そんな生ぬるい事では駄目だ。彼らが迅速に正しい情報を出すわけがない。
  小沢民主党党首は、今こそシーファー大使の来訪を求め、国民の前で真実を直接問いただすべきだ。シーファー大使はテロ特措法の延長について小沢代表の理解を得るためにはどんな極秘情報も提供すると約束したではないか。今こそ米国に問いただし、早急に真実を明らかにすべきだ。
  もし法律違反が犯されていれば、少なくとも現行のテロ特措法の延長は、誰が見てもそのまま認める事はできないであろう。燃料補給はしばし停止せざるを得ない。そのことについて米国は反論できない。
  と、ここまで書いてきてふと考える。そもそも石油の多くを、米国に支配されている中東から輸入している日本が、その米国に給油するとは一体どういう事なのか。米国が牛耳っている産油国から高い金を出して購入している日本。その代金は産油国とそれを支配する米国企業に渡っているのだ。
日本が給油を停止すれば米国は困ると日米同盟論者は騒ぐ。しかし、それでは、と米国は湾岸戦争時の130億ドルの請求のように、金をだせと応じてくるだろう。
  給油活動などと大騒ぎしても、所詮は、金は出すが汗をかかないとの批判を回避し、平和な日本にとって巨大な不良組織となっている自衛隊に国際貢献という名の耳障りのいい、安全な、「活動の場」を与える虚構であり芝居なのだ。
   私はつくづく思う。日米軍事同盟の弊害は、もちろん米国の一方的な軍事要請を受け入れた不平等、不均衡な同盟の内容そのものにある。しかしより深刻な問題は、日本政府がその内容を、せめて国民のために少しでも有利に運用しようと努力しない、その怠慢さにあるのだ。
   「日米軍事同盟は日本の国益にとって最優先されるべきものだ」などという論争を行うのもいいが、まず政府・官僚の怠慢と不作為を問うべきではないのか。米国を甘やかし、ただでさえ不当な日米軍事同盟を、ここまで国民に有害なものにしているのは、日本政府と官僚なのである。

 

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2007年09月27日

「背水の陣内閣」と語った福田首相

「背水の陣内閣」と語った福田首相

  本来の政治とは掛け離れて、現実の政治は、政治屋のあくなき権力闘争でしかない。そんな政治屋の権力闘争に、感傷を持ち込むのはお門違いであろう。それを承知でこのブログを書く。
  あれほど自民党政治に反発してきたのに、福田首相の記者会見を見て、私は不思議と、福田首相を応援したい気持ちにとらわれた。なぜだろうか?それは小泉、安倍と続いたパフォーマンス首相の「空疎で攻撃的な言葉」に苛立っていた私にとって、久しぶりにその言葉の意味を考えながら「首相の発言」に耳を傾ける事が出来たからだ。
  私が福田康夫という政治家にはじめて会ったのは、彼が政務次官をしていた時だ。その時私は豪州の大使館の公使であった。訪豪した福田政務次官と二人だけで、バーレイ・グリフィン湖畔のレストランで食事をしたことがあった。その時の彼の印象はおよそ政治家らしからぬ静かな印象であった。若輩の外務官僚である私にも丁寧に接するところがあった。
  その福田氏が、数年後に急浮上する。混迷する政局の中で森、小泉両首相の官房長官として頭角をあらわし、あの皮肉で、冷淡な物言いの政治家に変貌した。自民党政治に批判的であった私は、そのような福田氏に決して良い印象を持たなかった。所詮は自民党の政治家だ。愚かな森、小泉の自民党政権を守る番頭である。国民に事実を隠し、嘘をつき、詭弁を弄して自民党政権を守る政治家の一人でしかない。
  その福田が総裁候補に手をあげた。メディアは、「もう歳だから」といって総裁選を辞退した過去をあげつらい、なぜいまさら手を挙げたのかと批判的であった。福田総裁が選ばれた過程が派閥談合だと叩いた。組閣人事も面白みがない。自虐的、皮肉的な福田の性格は、世論を湧き立たせるには不足である。野党は、いつものように、口をそろえて古い自民党への回帰であると、福田内閣をこき下ろす。
  それらの批判、評価は当たっているだろう。私もそう思う。しかし私はそのような否定的な評価の陰で、政治家福田の真剣さを感じるのだ。記者会見で見せた福田の表情は過去の福田ではなかった。自らの内閣を「背水の陣内閣」と揶揄したり、総裁選に手を挙げた時に、「貧乏くじかもしれないよ」と皮肉った福田の物言いは、確かに斜に構えたいつものさめた福田の物言いだ。しかしそれでも私は、福田の真剣さを見て取るのだ。人は境遇によって確かに変わる。そこには政権政党最後の首相を覚悟した福田の顔があった。
  相次ぐ不祥事でさすがの自民党も国民から見放されつつあった。安倍辞任がそれを決定づけた。本来ならばその時点で自民党は政権を野党に渡さなければならなかった。いくら自民党が解散・総選挙を引き伸ばしたとしても、今度ばかりは勝てないだろう。そのような中で首相になった福田は、もちろん政治家であるから権力欲や野心はあるだろうが、最後の自民党首相を覚悟して総裁に名乗りをあげたに違いない。そして自民党もまた、小泉政治を否定して自民党を再結集できるのは福田しかいないと感じたのだ。
  メディアや国民は、これを談合だ、派閥政治だと批判する。しかし福田内閣でも国民の支持を回復で着なければ自民党は下野するのだ。そして今度下野すれば自民党は当分政権を取り戻す事は出来ないのだ。いまさら派閥争いをしたところで何になる。麻生が福田の後を狙って入閣を辞退したとすれば大きな間違いだ。福田はそれを感じたから総裁を引き受けたのだ。もっともこの期に及んでも権力争いを止められない政治家が多くいる。福田の組閣人事も中途半端だ。だから自民党は終っているのだ。
  どんなに福田自民党が頑張っても、日本が直面する深刻な諸問題を解決することは出来ない。政権交代は避けられない。それを十分に福田は知っているからこそ、自分が失敗したら政権を失う事になると公言して、正直に国民に訴えているのだ。
  野党はそんな福田を甘く見てはいけない。勝ち誇ったようにはしゃいではいけない。民主・社民・国民新党の連立政権が、自公政権より悪かったと言われないように、今のうちに精々自己研鑽にいそしんでおくことだ。連立政権がもろく崩れないように協力体制を固めておくことだ。
  なんだって?「政権を取る事が先決で」だって?これで政権が取れないようでは、野党は消え去るしかない。
 


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2007年09月26日

私はあなただ、あなたは私だ(参院選の報告と今後の活動方針)

 私はあなただ、あなたは私だ(参院選の報告と今後の活動方針)

  このブログは、先の私の参議院選挙立候補に際して、物心両面にわたって支援、支持をいただいた読者に向けて、報告と感謝の意を伝えるために書いたものです。私の選挙に関心のない読者におかれましては、このブログに限っては読み飛ばしてください。
  さて、7月29日の参院選から早くも2ヶ月が経とうとしています。もっと早く報告をさせていただくべきところでしたが、その後の政局があまりにもめまぐるしく展開していった為、選挙の反省と今後の身の処し方について、考えをまとめる暇もなく今日に至ってしまいました。
  ここに詫び申し上げますと共に、皆様方からいただいたご支持、ご支援にあらためてお礼を申し上げたいと思います。そして遅ればせながら選挙の報告をさせていただきます。やっと政治の将来が見通せてきたということです。

1.収支報告

   最初に、皆様から頂いたカンパ資金の収支報告をさせていただきます。このブログは不特定多数の読者に公開されていることから、ここでは概要の説明にとどめ、詳細につきましては本年末に行なう政治資金収支報告書の提出が終わった段階で、支援を頂いた方々の中でご希望される皆様に対し、その最終報告書を送付して詳細説明をさせていただく事にしたいと思います。
  カンパを始めた5月末から、政治資金規正法に従って、資金管理団体「天木直人と共に歩む会」を立ち上げ、専門の税理士に資金管理を依頼しました。規則に従って12月末に最終報告書を確定し、提出する事になりますが、寄付をいただいた皆様には、取りあえず、今回の選挙事務所を閉鎖し、残務整理を終えた8月2日現在での収支決算を次のように報告させていただきます。
  寄付収入総額9,262,767円、支出総額6,719,698円、残額2,543,069円となりました。
支出のうち選挙そのものに直接関わる経費として、9条ネットが負担した供託金600万円その他の選挙必要費に加えて、候補者天木直人自身の選挙運動強化のための追加必要経費(ポスター追加、チラシそのほかの資料作成、新聞広告掲載、全国遊説に伴う所要経費など)が必要になりました。このための経費が2,500,000円かかりました。
  他方、私はいわゆる政治活動を、5月中旬から選挙が始まる7月12日までのおよそ2ヶ月間に精力的に行ないました。その為の経費が(その主要な部分は全国の組織立ち上げのために移動した交通費、宿泊、滞在費であり、そのほか東京での滞在費、事務所借り上げ費、備品購入費、人件費など)4,219,698円でした。
  その結果8月2日の時点で残額は2,543,069円となりました。
  この経費はその後の私の政治活動(支援者の求めに応じて行う意見交換、講演会への参加経費、参加旅費・滞在費、資料購入費、通信費など)に使わせていただいております。それがなくなった時点で今回の寄付による私の政治活動は終了し、それを政治資金報告書に最終的に記録し提出する事になるわけです。
  皆様から頂いた寄付の内訳は、最小5円、最大100万円、平均して1万円、およそ1000名の方々から寄付を頂きました。短期間にこれほどの方々が、私のごとき一私人の選挙のためにカンパを寄せていただいた事は、大変な事だと思っています。その責任の重さに身が引き締まる思いでした。この事によって私は私の都合だけで軽々に政治活動を止める訳にはいかないと自覚するに至りました。
 寄付をいただいた方々に対しましては心よりお礼を申し上げると共に、皆様の期待に応える事のできなかった非力をお詫び致します。
 今後ともブログの執筆に専念するとともに、将来の政治参加の可能性について皆様と共に探求して行きたいと思っています。ありがとうございました。

2. 私なりの選挙の総括

 さて、選挙についての総括ですが、選挙結果が出た7月29日から今日まで、協力していただいた人たちはもとより、様々な人たちと意見交換を重ねてきました。
 当然のことながら関係者、支援者の人たちの間で意見の完全な一致はありません。負け戦を総括する事は決して楽しい事ではありませんでした。時として激論を交わすこともありました。それでも、共に選挙を戦った事による連帯感は確実に残りました。
 以下に述べる事は、皆様の様々な意見に謙虚に耳を傾け、そしてそれらを出来る限り尊重した上で、最後は自らの責任で下した私の今の考えです。そのつもりでお読みいただければ幸甚です。
 やはりなんといっても私自身の集票能力の欠如があります。知名度やアピール度その他選挙に勝つための個人的魅力が私には決定的に欠けていたという事です。この認識を大前提として、いくつかの主要点について書いてみます。
 (1) 9条ネット候補者としてのアピールが弱かったという事がまず指摘されます。9条ネットという組織は何か、それが不明瞭であり、国民の共感を得られなかったという問題があります。この点については、準備不足であったとか、メディアが取り上げてくれなかった、という理由もありますが、やはり9条ネットそのものが、一般有権者に不明瞭であったということです。
  なぜ新しい政党ではないのか。なぜ9条ネットの候補者だけでなく社民党その他の護憲候補者も応援したのか。立場の違った人々が「憲法9条を守るという一点で集まる」という事が果たして可能なのか。9条ネットという新しい組織は既存の護憲政党の足を引っ張る事にならないのか(護憲票をなぜ奪い合うのか)、などなどの疑問が選挙期間中に有権者から常に提起され、それに対する明確な答えを私自身最後まで見つける事はできませんでした。
  そもそも私自身が、9条ネットの母体となる主要団体(新社会党を中心に労働組合、みどりの会議その他の市民団体)の意図するところを十分理解しないまま、そして9条ネットが出来上がる過程での複雑な経緯を十分に知らないまま、9条ネットの共同候補者を引き受けてしまった、そこに私の根本的な矛盾があったと反省しています。
  結果として、支援者、9条ネット関係者ほかの多くの方々に迷惑をかけてしまった、その事を私はまず反省しなければなりません。
(2) 次に、候補者天木直人に限って言えば、9条ネットを支える主要組織が新社会党であったという事が、私のアピール度を減らす働きをしたという面があります。すなわち、読者の皆さんにはこのブログで繰り返し申し上げていますように、私は政治的には左翼イデオロギーはもとより特定の政治的イデオロギーに基づいて護憲を主張する者ではありません。国際政治の観点から見て、日本外交は、対米従属の日米軍事同盟関係から決別し、憲法9条を世界に高らかに掲げて自主・自立した平和外交でなければならない、そういう強い信念から、誰よりも強く護憲を訴えているのです。
  このブログを読んで私の支持者になった方々の多くも、9条ネットには関心はないが、天木個人を支持する、という人たちが多く存在しました。その私が9条ネットの候補者として立候補し、9条ネットの存在意義を訴えた事は、私の支持者のみならず、一般有権者にとっても、私の一貫性に疑義をもたせた結果となりました。実際のところ、9条ネットから選挙に出たことで私から離れて行ったり、批判を始める支持者も現れました。
(3) 三番目に、これは今後の私の活動のあり方にも関係するのですが、果たして私自身が目指している政治が、広く一般国民の受け入れられるものなのか、仮にそれが今の時点で一般国民の広く受け入れられなくても、それでも本気になってその政治的理想を貫き、いつかは実現していこうとする覚悟が、自分にあるのかという事です。
  私の基本的な考えは、既存の政治ではない政治をつくりたい、つまり既存の自民、民主のいずれが政権をとろうとも、そしてまたどのような既存の政党の連立政権ができようとも、権力は腐敗してその政治は真に国民の為の政治とはならない、特にその政治が、これまでの日米軍事同盟体制を本気になって変えようとしないかぎり、真の平和国家日本は実現できない、というものです。
  このように私の目指す政治と政治家は、既存の政党や政治家を全否定するまったく新しい政治、政治家像であるわけですが、この考え方が広く一般有権者の理解を受けるのはまだ時期尚早ではないか、ましてや今の選挙制度の下においてそのような主張を掲げて選挙に当選することは極めて困難ではないかという事です。
(4) そして最後になりますが、たとえ私が私がその理想を隠して妥協し、どんな形でもいいから勝てる選挙に臨む事にしたとても、勝てる選挙を行える参謀と支援者が必要だということです。そんな人は私にはいません。私が自分の考えだけで一人相撲を続けても、将来の見通しはなかなか開けて来ないという事です。


3.私の今後の方針

  以上の総括を踏まえて、私として今後どのように対処していくべきか。
  この点については、チャンスが来ればもう一度挑戦したいという気持ちを強く持つ一方で、今度選挙に出る時は文字通り最後の挑戦になるでしょうから、確実とは言わないまでも、勝てる可能性があると確信できるまでは慎重でありたいと思っています。
  そして今の政治状況では勝てる選挙が見つかる目処はまったくありません。私が自公の公認で選挙に出る事はありえません。民主党の公認を得て出馬するのが一番近道ですが、私が民主党公認を得られる可能性はありません。私は3年前の参議院選挙で菅直人党首(当時)から出馬要請を受けましたが、私の反権力の言動が危険すぎるという党内の一部の強い反対があって公認を得る事が出来なかった経緯があります。ましてや政権に近づいた今の民主党には自薦、他薦の候補者が殺到していると聞きます。そういう状況の中で民主党が私の公認を求めてくる事はありえません。だからといって今の護憲政党から私が立候補して当選する可能性も、これまたないのです。
  選挙は勝てるから出るのではない、理想を求めて出るのだ、当選の可能性は自分の手でつくるのだ、そう主張する方々もおられるかもしれません。私もそう思います。
  しかし理想を掲げて選挙をして惨敗したのがこの前の選挙でした。私がもう一度だけ理想を求めて出馬する時は、本当の意味での政界再編が起きて、日米軍事同盟を基本とする二大保守政党のほかに、イデオロギーとは離れた平和主義のあらたな第三勢力が日本の政治に必要になる時だと思っています。その機運が国民の中から彷彿として湧き上がってくる時であると思っています。
  私が9条ネットに参加する事を最終的に決断したのは、9条ネットを成功させればそのような機運を国民の間に起せるかもしれないと思ったからです。しかし9条ネットは成功しなかった。それは9条ネットの非力もありましたが、同時にまた日本国民の意識がいまだそこまで到達していなかったという事です。新しい政治の流れは無理をして作り出すだけでなく、政治状況の大きな流れと並行して生まれてくるのが本物なのだと思います。
  そしてここに来て、私はあらたな政治の予感を感じます。このままの流れでは次回の選挙で民主党政権ができるような気がしてきました。そしてその場合は、自公が下野して、民主党、社民党、国民新党などの連立政権ができます。その政権の最大の課題は、暮らしや経済政策の問題ではなく、間違いなく日米軍事同盟関係をどうするかという事だと思います。
  新しい連立政権は改憲を推し進めることはしないでしょう。しかし日米軍事同盟は確実に進展していくでしょう。一旦政権政党に入った社民党は、かつての社会党のように政権政党の立場を維持する事を最優先し日米軍事同盟を容認していくでしょう。これこそが、国民の目から隠された保守大連立政権のの到来ということです。下野した自公の政治家が日米軍事同盟に反対する立場をとるとは思えません。こうして憲法9条改憲なき日米軍事同盟体制が発展、深化し、当然視されていくのです。
  その場合にはじめて平和の為の第三勢力を求める声が国民の中から彷彿として湧き上がってくると思います。その時にチャンスが生まれると私は思うのです。
  今度の選挙を通して私の支持者にも変化が見られました。多くの人が離れて行った一方で、何があっても私を支持し続ける、あくまでも私の判断を尊重したい、と約束してくれる人たちが残りました。また私がブログでどのような意見を述べようが、たとえ意見が時として異なったとしても、私を支持するといってくれる読者が多くいます。私はそれで十分であると思っています。そしてそのような人たちとこそ、私が今後の活動を共にして行ける人たちです。
  私はいま、選挙直前に書いた私のブログを気恥ずかしい思い出読み返しています。選挙が始まる前の最後のブログで呼びかけた、「私はあなただ、あなたは私だ」の言葉は、選挙で惨敗した今となっては虚しく響くかもしれません。しかしこの言葉は、いまこそ使うべきではないのか。一度は忘れかけていたこの言葉を、再び新しい思いで使わせていただきたいと思います。
  激動する日本の政治情勢を透徹した目で見据えて、必ず我々に出番は来る、その時を信じて、その時に備えて、叡智と気迫を蓄えていく、これこそが今の私の心境であります。そのこころざしを共有し、私と一体になって挑戦していきたいと今でも考えている人たちに、私は感謝を込めて呼びかけます。
「私はあなただ、あなたは私だ。ともにあたらしいスタート地点に立って歩み始めたい」と。
 最後までこの報告に目を通していただいた方々に心から感謝しつつ報告を終わります。

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2007年09月25日

中東情勢を懸念する

 中東情勢を懸念する

  政局報道に明け暮れる日本のメディアは、外電を引用する形でしか断片的に報じないが、中東情勢から目が話せない。いくつかの懸念すべき事態が同時並行して急速に進んでいる。しかもそれらがすべて密接に関連している。イラク情勢が不透明な中で、パレスチナではパレスチナを分断し強硬派ハマスを壊滅して親米ファタハとの偽装和平を図る動きがある。レバノンでは大統領選挙を巡って、親米政権樹立の動きとそれに抗する反米勢力との間で、内戦の危機が顕在化しつつある。その中でも、やはり最大の危機はイランへの武力行使である。
  ブッシュ大統領の言動を見る限り、イラク情勢の混迷にもかかわらず、退任前に大きな行動を起そうとしているのではないか。もし中東が混乱するようになれば、今度こそ日本はその影響から免れない。一刻もはやく米国のテロとの戦いから距離をおくべきだ。日本の指導者に日本経済や国民の事を考える叡智があるのなら、そうすべきだ。
  果たしてイランへの攻撃はあるのか。もちろん私にはそれはわからない。秘密情報など何もない。しかし公開情報だけを断片的に拾ってみるだけでも、事態が急速に動いていることがわかる。
  今月6日、イスラエルがシリアを攻撃した。シリア政府は「イスラエル軍機は領空を侵犯し、爆発物を投下した」と発表しただけで、空爆の有無は明らかにしなかった。その一方でイスラエル政府は、異例の沈黙を守っている。
 この事が様々な憶測を招いた。「北朝鮮がシリアに核物質を移送しているとみてイスラエルは偵察飛行を繰返していた」(12日米紙ニューヨーク・タイムズ)、「標的は、北朝鮮から渡った核物質の地下貯蔵庫」(16日英紙サンデー・タイムズ)、「イランに対する攻撃の予行演習」(16日英紙オブザーバー)などである。
  憶測はさらに発展する。「ブッシュ政権が北朝鮮をけん制する為にシリア空爆を事前に容認していた」(21日米紙ワシントン・ポスト紙)、「私は最初からこの件に関与していたし、支持した。(オルメルト首相に攻撃成功)おめでとうと言った」(ネタニヤフ元イスラエル首相の19日夜のチャンネル1発言)などと報道され、物議をかもした。
  そして23日の英紙サンデー・タイムズが「6日の空爆前に、既にイスラエル特殊部隊がシリア北部の軍事施設を急襲し北朝鮮製の核物質を押収していた、米国はこれを確認した上で空爆を承認した」という米国とイスラエルの消息筋の話を伝えた。
  イランの核保有を最大の脅威と見るイスラエルは、イランの核保有は決して認めない。そのイスラエルの安全保障を米国の外交は最優先する。しかもテロ国家イランが核を保有する事を米国は絶対許さない。イランが核保有の準備を進める限り、イランへの攻撃は、「いつやるか」だけである。
 イランが核製造の技術を取得して実用化できる時期については専門家の間で意見が分れているが、23日のニューズ・ウィークは、イラクが核開発を止めなければ「08年は行動を起す年になる」というイスラエル筋の話を報じている。これに譲歩するかのように、アフマディネジャド大統領は米CBSテレビとのインタビューで「核爆弾は必要はない」と改めて核兵器開発の意図を否定した。
 私は六カ国協議における米国の出方に注目している。米国の最大の懸念はテロに核が渡る事である。北朝鮮がシリアにいまでも核技術を提供している事を確認し、それでも北朝鮮との話し合いを続けるとすれば、この矛盾をどう考えればいいのか。
  ここから先は根拠のない推測であるが、イランへの攻撃を行う事を決めているのではないか。そうであればもはや北朝鮮がいくらシリアに技術を提供しても関係はない。それどころかイラン攻撃はシリアや北朝鮮に対する有無を言わせない核廃棄要求になる。やはりブッシュ大統領の最後の仕事はイラン攻撃なのだろうか。時間はまだ一年もある。インド洋補給活動などという悠長な事を議論している時ではない。

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2007年09月23日

迷走するテロ特措法延長問題の核心を衝くー最終回

 迷走するテロ特措法延長問題の核心を衝くー最終回

  福田自民党総裁が誕生した。首班指名、組閣を経て、いよいよ福田自民党と小沢民主党の本格的な国会論争が始まる。そしてその先に解散・総選挙がまっている。自民党にとって文字通り後のない国会であり、民主党にとっては政権奪取を賭けた正念場の国会となる。
 既存政治を全否定する私でも、これから始まる福田自民党と小沢民主党の歴史的攻防にワクワクした思いで注目せざるを得ない。国民不在の政治劇ではあるが、どちらが政権を取るのか、そしてその政権がどのような政策を国民に提示するのかは、我々の生活に直結する。すべての国民は監視していかなくてはならないのだ。
  民主党は、国民の怒りの火を消さないためにも、戦略的には年金問題や政治とカネの問題で自民党を攻めるべきであろう。政策的には、地方を切り捨て、経済格差社会をもたらした小泉改革の行き過ぎをとがめ、その修正を迫るべきである。
  だから民主党はテロ特措法延長問題に固執してはならない。テロ特措法延長問題は国民の関心の中心ではない。その議論は国民の広い共感を得る性格のものではない。これが私の持論であった。
 しかし外交は私の関心事だ。おまけにここへ来てテロ特措法のいかさまが露呈された。海上補給の欺瞞こそ、米国のイラク攻撃を正しいと言って支持し、サマワへ自衛隊を派遣して憲法9条を蹂躙した小泉前首相の欺瞞を象徴的に表すものである。
  ひょっとして福田内閣を窮地に立たせる問題に発展するかも知れない。だから最終回は、テロ特措法延長問題を、果たして福田自民党はどう乗り切るのか、その事について書くこととする。

(1) 福田自民党は海上補給の継続にどこまで固執するか

  正直言って福田自民党の対応について私はわからない。何があっても海上補給の継続にこだわるのか、それとも海上補給が一時的に中断されても仕方ないと思っているのか。
  小泉、安倍両首相の時であれば対決姿勢で臨んだであろう。しかし福田自民党は違う。民主党を参院で勝たせたのは国民であり、その結果参院で多数になった野党があくまでも反対するのなら、無理をすることはない。無理をして国民の反発を招き、政権を手放すような事があってはならない、自民党が政権を維持し続ける限り日米同盟はゆるがない、そのように米国に説明して米国の了解と支持を得ようと考えるのではないか。私であったら間違いなくそうするだろう。
  米国が理解を示してくれるなら勝ちだ。海上補給を停止する責任は自民党にはない。その責任は野党にあると言うだけで良い。海上補給が打ち切られで生ずる論争において、野党の国際的な無責任さをあげつらえばいい。
   しかし、果たして米国は海上補給の中断を了承するだろうか。そのような福田自民党の態度に理解を示すだろうか。福田氏の発言や、米国との関係を重視してきたこれまでの自民党の政治家、そしてなによりも対米追従をあらゆる外交において最優先にしてきた外務官僚は、米国の要求を否定できるか。そう考えると、やはり政府・自民党はあくまでも海上補給の継続に固執するに違いない。その前提で議論を進めていく。

(2) 国連決議の工作に奔走した政府・外務省

  小沢民主党が延長反対の根拠にあげたのが米国のアフガン攻撃が国連決議によって承認されたものではないという事だった。
  私はこの理由付づけは決して得策ではないと思った。なぜならば国連決議などというものは、所詮は政治的妥協の産物であるからだ。しかもその作成過程や条文解釈はすべて政府・外務省に独占されている。国連決議をめぐる論戦は野党に勝ち目はない。
   もっとも、この小沢発言に振回されたのは政府・外務省であった。政府・外務省は早い段階から国会決議の裏づけを模索し、浅知恵でたどり着いた結論がアフガンへの国連治安支援部隊(ISAF)の延長を決める決議づくりに便乗することであった。日本の海上補給に関する謝意表明の文言を挿入するという低次元の外交工作を行なった。
   それがバレたばかりか、不快感を示したロシアが棄権にまわり、また、コンセンサスで安保理決議が成立しなかった事は遺憾だったとする中国代表の批判発言がなされる始末である。政府・外務省にこのような醜態を演じさせた訳だから、小沢発言も奏功したということかもしれない。
   米国の片棒を担ぐようなみっともない国連外交をわが外務省が行うことは今に始まったことではない。今から4年半前、米国のイラク攻撃を正当化させる国連決議づくりで安保理が割れていた時、日本は安保理メンバーでもなかったのに会議場外を走り回り、弱小の非常任理事国代表をつかまえては賛成するよう無駄な説得工作をした。
   しかし、たとえ政府の国連工作が作為的であり、それが醜態だと批判したところで、国連決議が成立し、その解釈が政府に独占されている以上、政府・外務省はそれを強引に解釈し、ゴリ押しすることは可能なのである。
  テロ特措法の延長が認められず、そして新法の成立が間に合わなくても、国連治安支援部隊の国連決議を根拠に、政府・外務省が海上輸送を継続させることはありうる。この点については後述する。

(3) テロ特措法の延長か新法か

   福田氏の発言を聞いていると、福田自民党はやはり正攻法で何らかの立法措置を講ずる事に全力を傾けるようだ。おそらく新法を提案してくるだろう。
   民主党は、延長法案にせよ、新法案にせよ、それを直ちに否決し、自民党に再議決を迫るべきだ。まちがっても審議を長引かせ、時間切れとなって海上補給の中断を招くような事態を招いてはいけない。ましてや民主党の方から提案などしてはいけない。
   審議を引き延ばし時間切れになるようなことになれば、海上補給を出来なくさせたのは結局民主党である、などという批判を招く口実を与えることになる。民主党は、再議決権を行使してまで強硬に法案を成立させるように自民党を追い込まなければならない。自民党にとってもこれは覚悟の要ることだ。福田自民党も強引だ、対米従属だ、という事を国民の前で見せつけることになる。選挙対策としてこれは避けたいに違いない。
  小沢民主党がテロ特措法延長に反対を言い出した時、私が主張した「落としどころ」がまさにこれであったのだ。

(4) 法律がないままに政策を行なう政府・外務省の欺瞞

   これから書く事は誰も指摘しないことである。そして今回のテロ支援法延長に際して現実に行なわれるとは限らない。しかし問題意識として念頭に置いておいたほうがいい。
   そもそも米軍再編に対するわが国の協力は、実は法的根拠のないままに、政府・外務省が政策決定一つで実施しているものである。
   今から数年前、外務省が米国から米軍再編への協力をはじめて求められた時、外務省は仰天した。それに応じる事は明らかな違憲であり、日米安保条約にさえも違反しているからである。そのためには改憲、改安保条約が必要だ。しかしこれは容易ではない。だからこそ米側の要求への返答をズルズル遅らせたのだ。
  しかし米国の怒りが爆発して結論を出さねばならなかった。小泉前首相もしびれをきらせた。そこで考え付いたのが、日米安保条約とはまったく別の論理である。つまり「世界の平和」に貢献する為に日米が協力するという事はあたりまえの事だ。それは政府が占有している政策決定の裁量の中にある、日米間の政策宣言、共同声明などで自由に行なえる、こういう論理を持ち出して押し通した。
  これは国民の財産や人権に関わる政治決定は法律に基づかなくてはならないという民主主義、法治主義の大原則に背馳するものである。しかも、政府はこの違法行為を、既に1997年の日米新防衛指針(ガイドライン)決定の際に犯している。すなわち日米両国は、1978年以来堅持してきた「日本への武力攻撃の際の日米協力」に加え、日本の有事とは関係がなくても日本の周辺事態における米軍の活動に日本側が協力するという違憲状態(集団的自衛権発動状態)を、日米外務・防衛閣僚間の政策合意だけで決定してしまったのである。国会における安全保障論議が急速に空疎化していったのもこの時からであった。米軍再編の具体的協力が進むにつれて、今後はガイドラインだとか声明などという行政間の決定で、法律の根拠なくした政策がどんどんと積み重ねられて行くに違いない。
  と、ここまで書いてきて、総裁選で麻生氏が197票を得票したというニュースが流れてきた。予想以上の集票だ。麻生氏の力も温存された。私が予言したとおりだ。小泉、安倍政権とは異なり、福田自民党は自民党の総力を結集して党の建て直しをはかろうとするに違いない。小沢民主党にとっても正念場がきたという事だ。
  

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2007年09月23日

    迷走するテロ特措法延長問題の核心を衝くーその2

   迷走するテロ特措法延長問題の核心を衝くーその2

  続編を書くのが少し遅れた。他意はない。コンピューターの接続に不都合が生じ、直すのに手間取った、それだけである。
  しかしその間にピースデポによる貴重な情報が発見された。国連決議をめぐる外務省の姑息な工作も露見した。私の書くネタも増えた。

  (1)小沢民主党にとっての落としどころ

  小沢民主党にとって今なすべき最大の課題は、自民党を早期解散・総選挙に追い込んで、選挙による政権交替を確実なものにすることである。
  そうであるならばテロ特措法延長問題への対応も、おのずとその観点から落としどころを見極めるべきである。
  この問題をきっかけに、対米従属外交を見直し、さらには圧倒的に違憲状態に進みつつある日米軍事同盟に歯止めをかける、それが小沢民主党の立場であり、その観点からテロ特措法に反対しているのであれば、私はそれを歓迎し、全面的に支持する。議論も正攻法で行なうべきである。
  しかし、繰り返し書いてきたとおり、今の民主党は決してそういう政党ではない。しかも小沢代表自身が大変身したというのなら別であるが、少なくともこれまでの日米関係に関する政治家小沢一郎の言動は、決して日米軍事同盟に反対する考えに基づいたものではない。
 そうであれば、何があっても補給活動を停止させるという事に固執して、自民党との間のガチンコ論争に巻き込まれる愚を犯すべきではない。
  海上補給活動を中心としている現行のテロ特措法は、少なくとも現時点では延長するわけにはいかないと繰返すだけでいいのだ。そう言ってボールをすべて、速やかに自民党にゆだね、補給が継続されようと、中断されようと、(民主党は反対であるが)その判断は自民党が国民に責任をもって決めるべきだと突き放せばいいのである。

 (2)アフガンの治安・復興は米国のやり方では成功しなかった

 具体的にはどうすればいいのか。それはまず自民党の対応を見極めることだ。テロ特措法の延長であれ、新法をつくるのであれ、自民党はどう対応するのであろうか。もし自民党の対応が何があっても海上補給を継続するものであれば、自民党はそれに見合ったリスクを犯すことになる。民主党は「海上補給を継続する必要性と妥当性が認められない」と繰返すだけでよい。間違っても民主党から先に対案を出すような事をしてはいけない。
  反対の理由は、「米国主導の軍事優先の政策では、アフガンの安定、復興はおぼつかない」という、誰の目にも明白な現状を指摘し、そうであるならば補給活動を無反省に継続することは無責任だ、とこの一点を強調すればよい。あらゆる国際情勢がこの主張に味方している。これからも米国の行き詰まりがより明白になっていく。

(3)ピースデポの告発は民主党にとっての最強の援軍である

  それに加えて給油活動がイラク戦争に流用されていた事を決定付けるあらたな証拠が提示された。これは民主党にとって大きな追い風である。
  アフガンでの活動支援のための補給活動が、実はその殆どがイラク戦争に使われていた、しかもそれを知った上で行なっていた、もしそれが事実であれば、沖縄密約などに象徴される「国民を欺き続ける日本外交」が、また一つ明るみに出たという事だ。その持つ意味は極めて深刻である。その時点ではわからなかった、とか、給油量の記載ミスであったとか、給油される石油を厳密に区別することはできない、などという性格のものではない。もっと確信的なものだ。日本はイラクに派兵する事は出来ない。それは憲法違反を犯すからというだけではない。自衛隊の血を流すわけにはいかないのだ。だから給油でイラク戦争を支援するほかはないのだ。梅林氏が言っている、「オイルローンダリング」なのだ。
  小沢民主党はこの問題をもっと重視すべきだ。政府、外務省に資料提供したり、国会で追及したりするだけでなく、シーファー大使を招致して国民の前で米国に問いただすべきである。シーファー大使は日本国民の前で、テロ特措法の延長ためにはあらゆる情報を提供すると約束した。はたして米国大使は日本国民に嘘をつけるかどうか。「この問題が明らかにされない限り給油活動の継続を認める訳にはいかない」というのは、誰が聞いても納得の行く理屈だ。反論できない理屈だ。給油活動の中断の責任を小沢民主党のせいに出来なくなる。
   しかも福田次期自民党総裁は当時官房長官であった。そして流用の事実は一切ないと明言していた。この問題は福田新政権が就任して真っ先にテロ特措法延長を行なおうとする際の、最大の問題となるに違いない。
   対応次第では自民党は追い込まれる。果たして福田自民党はどう対応するつもりだろうか(続く)。

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2007年09月21日

迷走するテロ特措法延長問題の核心を衝くーその1

 迷走するテロ特措法延長