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2007年07月09日

新聞広告の件ー私の結論

  新聞広告の件についてー私の結論

  様々な意見をいただいた。深謝する。それらを参考にさせてもらって最後は私の責任で次のように判断させてもらった。読者のみなさんに置かれてはご了承願いたい。お騒がせして申し訳なかった。
  今回は選挙に勝つ事を最優先にし、一切のエネルギーをそこに投入することにした。原爆投下についてのジョセフ発言については、私自身で彼の発言のすべて読了し、私自身の評価を下さなくてはならない。そして新聞広告を出すにしても、どのような表現で何を訴えるべきか慎重に考えなければならない。原爆投下の問題は、唯一の被爆国である日本が世界に発信する以上、よほど慎重にしなければならない。原爆禁止問題についてはすでに様々な団体がこれまで活動してきた。それらとの協議なしに勝手にすべきものではない。私はただの一個人だ。政治家でもオピニオンリーダーでもない。加えて原水爆禁止の運動を行なってきた諸団体のほとんどがなんらかの護憲政党と関係している。こよなく政治的な関係がでてくる。
  以上の問題を短期間に私が行う事には無理がある。何よりも最大の問題点は、私はまもなくブログを凍結しなくてはならない。このような状態で資金を集める事は不適切である。
  こういった諸点を冷静に考えた結果、新聞広告の件はしばし保留することにした。
  読者の助言の中で最もありがたかったのは、今の私が成すべき事は選挙に勝つ事だ、それに専念する事だ、と正面から助言してくれた複数の読者の存在である。その人たちこそ私の事をもっとも真剣に考えてくれている人だと思った。見失うところだった私の責任を取り戻した。
  私はあなただ、あなたは私だ。今日まで私を励まし、カンパをしてくれた人たちは私と一緒に選挙を勝ち抜こうとしている人たちだ。私はその人たちとある。私はもはや自分だけの私ではない。あなたと一体となって選挙を戦うのだ。今の私が成すべき事は、ただそれだけである。
  あと二日。私はブログを書き続ける。そしてブログを凍結して選挙戦に突入する。
 

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2007年07月09日

私はあなただ、あなたは私だ(24)

 私はあなただ、あなたは私だ(24)

 あこがれのアメリカと戦争国家のアメリカ

  中学一年生のとき、初めて手にした英語の教科書が私をアメリカにいざなった。子供心にアメリカに憧れ、英語だけは一生懸命勉強した。思春期になりアメリカ映画にあこがれた。アメリカのまぶしさは膨らんで行った。アメリカへ行きたい、その一心が私を駆り立てた。運良く外交官試験に合格した私は、英国留学を断ってアメリカでの研修を希望した。初めてサンフランシスコの地に足を踏み入れた時の感動を今も鮮やかに覚えている。21歳の時であった。アメリカの学生生活は今でもわが人生の最良の時だったと思っている。
  それ以来何度もアメリカには足を運んだ。デトロイトという中西部の都市に日本の総領事として勤務もした。金持ちのアメリカ人とも貧しいアメリカ人とも、そして典型的な中流家庭のアメリカ人ともつきあった。当然のことながらアメリカを一言で語ることはできない。アメリカ人を理解し、アメリカ人に理解される事が容易ではない事はアメリカで生活したことのある者なら誰しも知っている。それほどアメリカは大きく、ふところが深い。とてつもなく善良で、しかし耐えられないほど攻撃的な国だ。こちらが近づいていけば限りなく優しく、こちらが敬遠するとどんどんと離れていく国、それがアメリカだ。そして、そんなアメリカが私は好きだ。
  しかしそのアメリカは同時に世界最大の戦争国家である。建国以来アメリカという国は戦争し、占領を続けて国境を拡大してきた。そのアメリカが、9・11事件以来今までとは異なった最後の戦争を戦っている。「テロとの戦い」という名の下に、常に戦争を戦い続けなければならない国となった。我々はこの事をよく認識しなくてはならない。今まさに戦争を継続しているアメリカを、我々は決して甘く見てはいけない。戦争をしている国は戦争に勝つことをすべてに優先する。そんな国との同盟関係を強めるという事がどういう意味を持つか、政府も官僚もよく考えるべきだ。この国の指導者や官僚は、日本国民の事を本気で考えるべきだ。自らの政権欲や出世のために国民を裏切ってはいけない。真剣に対日関係の見直しを考えるべき時なのだ。
  私が強調したいことは、米国の戦っている「テロとの戦い」の本質が極めて危険で深刻な戦いであるということだ。それはイスラエルのシオニストとアラブの戦いであるということだ。軍事力で圧倒的に優勢に立つ米国・イスラエルによるアラブ支配と、それに対する反米・イスラエルのアラブ武装抵抗の戦いだ。それは最後の一人になっても止まない自爆テロと、そのテロを根絶しなければ安心できない米・イスラエルに象徴される非対称的な、終わりのない、残酷な戦いである。このまま行けば未曾有の惨劇を人類は目にする事になる。何があっても日本はかかわってはいけない。
  米国・イスラエルとはアラブの武装抵抗の究極の戦いは、日本の安全保障とっては何の関係もない。それに巻き込まれる事は世界の平和に貢献することでも何でもない。ただひたすらに米国に従属することだ。それはサンフランシスコ講和条約によって西側の一員としての道を選び、同時に日米安保条約を結んで日本の共産化を防いだいわゆる日米安保体制下における日米軍事同盟とは何の関係もない、まったく新しい対米従属の軍事協力なのである。米国の戦争に対する一方的な日本の戦争協力なのである。それが二米軍再編に対する協力というものだ。小泉前首相が約束をし、安倍首相が引き継ごうとしているあらたな対米軍事協力の実態である。
  災い転じて福となすという言葉がある。米国がこのように不当で、危険な、まったく新しい戦争を始めた今こそ、日本は米国との同盟関係を見直す絶好のチャンスを得たと言えるのだ。戦後62年間悩まされ続けた在日米軍基地問題を根本的に変えられるチャンスなのである。
 このような歴史的転換期にありながら、米軍再編への協力に無条件に突き進もうとしている日本政府の対応はあまりにも誤っている。それは日本をもはや引き返すことが出来ないほど米国に従属させてしまうことだ。日米安保体制がもはや米国の側から不要とされているにもかかわらず、政府や官僚はそれを国民に説明することなく、あたかも日米安保体制は普遍であるとばかりに日米軍事同盟を強化している。その実態が、すでに何度も繰返しているとおり、完全な対米従属の軍事協力であるにもかかわらず。いまこそ我々は政府に米軍再編へ突き進む事を踏みとどまるよう要求しなくてはならない。明日のブログでは、この米軍再編への協力を拒否することこそ、自由で自立した日本を取り戻す、唯一、最善の外交である事という私の主張を述べる。

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2007年07月09日

緊急提言ー原爆投下抗議に関する米紙広告の件

緊急提案―原爆投下抗議に関する米紙広告の件

 読者の皆さんからの貴重な意見を早速たくさん頂いた。いずれも有益なものばかりだ。それらを読んで私は冷静に考えた。(私は元来性急な性格で、昨日の緊急提案も読者からの意見に反射的に飛びついて書いたものだが、冷静になって思い直す事はきわめて重要な事だ)。

 今回の原爆投下容認発言に関する米紙広告案は正しい事であると思う。だから早急にぜひ実現したいと考えている。しかし、その事を効果的かつ建設的に行なうためには、誰が見ても正しいやり方で行なう必要がある。いささかの非難も招いてはならない。右からも左からも非難のしようがないやり方で行なう必要がある。もちろんあらゆる行為について100%正しい事はない。必ず反対の意見は寄せられる。しかし多数の国民がそれを正しいと判断すれば行う価値がある。もちろんその「多数」は圧倒的であればあるほど良い。

 このような判断の下で私は以下を考えている。

1.振込口座については、実際に私が募金するかどうかは別として、この新聞広告のための特別の口座をつくったほうがよいと判断した。今日にでも作る。資金の流れについてはいささかの誤解があってはならないからだ。過不足の際の処理についても適切に行なう必要があるからだ。  
  従って私への寄付については、私が最終的な判断と共にこのブログでお知らせするのでしばらく留保願いたい。因みにワシントンポストの全面広告は1000万円以上かかると言うことが分かった。だからそれだけの資金を私が集めるのは困難かつ不適切ではないかという問題も出てきた。勿論集まった範囲の資金で広告を行なうという事も考えられる。いずれにしても必要資金量を確定したうえで募金すべきであろう。
2.次に、この新聞広告はできるだけ多くの国民が参加する形が良い。従って私が提案し、音頭をとって行なう事でもよいが、場合によっては、最終的にはもっと大きな団体、たとえば被爆者協会とか原爆反対の運動を続けてきた各種のNGOなどがとりまとめを行なって新聞広告を行なったほうが好ましいのかもしれない。この点については例えば記者クラブにでも連絡して、私がこのような呼びかけをやっている事を新聞で書いてもらい、関係団体に呼びかけるという事も考えてみようと思う。
3.次に現実に新聞広告を行なうとして、やはりその抗議の仕方、すなわち文章の書き方が重要になってくる。慰安婦問題に関する国会議員の新聞広告掲載が逆効果になったように、今度の原爆投下容認発言に対する抗議が米国政府や米国国民を反発させ逆効果になってはいけないということである。勿論、慰安婦問題に関する抗議と今度の抗議はその性格が根本的に異なる。しかしそれでも米国民の多くが原爆投下は正しいと考えている現状を考えると、原爆投下を正面から非難するよりも、再び原爆の被害を地球上に起してはならない、その為にも原爆を容認するジョゼフ発言は不適当であった、などという間接的な非難とすべきなのか、それともやはりもっとストレートに日本国民として怒りを表したほうがいいのか、ここは一考の余地があるところだと思う。だからこそ、今度の新聞広告については、私が音頭を取るというよりも呼びかけ者になって、被爆者の会とか広島、長崎の関係団体と協議して、一緒に行なったほうがいいのではないかと考えるのである。勿論関係者と協議を重ねると意見がまとまらずに結局は行動がとれず、タイミングを失するという問題が出てくるかもしれないのだが。

 原爆投下容認問題については日本自身がこれを既に認めているではないか。いまさら大騒ぎをするのはおかしいという指摘を今日9日の産経新聞で評論家の宮崎哲弥氏が行なっている。すなわち、原爆投下については、一方において左翼や平和勢力の中には原爆投下を「侵略戦争によってアジア人に迷惑をかけた当然の帰結」と主張する勢力があり、その一方で昭和天皇が昭和50年の訪米直後の公式記者会見で、記者の質問に答える形で、「この原爆が投下されたことに対しては遺憾に思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています」と発言された事に対し保守勢力が沈黙を守った事を指摘し、「・・・戦後日本の原爆容認のあり方は昭和天皇から左翼まで、しようがなかった、だったのではないか・・・」と、言っているのだ。この宮崎氏の指摘を我々は軽く見てはいけない。極めて重要な指摘であると思う。
  しかし私はこの事実を知った上で、いや、かかる事実があるからこそ、ジョセフ発言に対し、今の日本国民の大勢の意見として、はっきりとした抗議を行なうべきであると考えるのである。そうでなければ、日本は二度と原爆投下を非難する事は出来なくなる。唯一の被爆国である権利と責任を放棄することになると思う。
4.最後の問題点として、私は今回の選挙に立候補している関係上、このブログを12日から凍結しなくてはならない。だからこのブログで新聞広告掲載の経過報告をできなくなる。この件については読者の誰かに引き継いでもらう必要がある。その人をブログ凍結前の11日までに探し、皆さんにお知らせすることを約束する。

 それにしてもこのような重要問題をあっさりと棚に挙げ、選挙やそれに伴う醜聞ばかりがメディアを賑わせている。残念でならない。
 
 

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