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2007年07月03日

日米安保体制が解消されるべき歴史的瞬間が訪れようとしている

 日米安保体制が解消されるべき歴史的瞬間が訪れようとしている

  「原爆投下はしかたがなかった」という久間発言が国民の怒りを買っている。私は今度の国民の怒り裏に、日米関係に関する大きな歴史的転換期が訪れつつある気配を感じる。勿論それは対米自立の方向に行くとは限らない。むしろさらなく対米従属、すなわち米国の日本占領が完結するという方向に突き進む事になるのかも知れない。しかしいずれにしても「共産主義から米国が日本を守ってくれる、そのためには全土を米軍基地に提供する」という意味のこれまでの日米安保体制は完全に変貌せざるを得ない時代に入りつつあるのだ。
  久間大臣の失言に対する国民の怒りは、久間大臣の失言だけに向けられた怒りではない。原爆投下だけは許せないという国民の潜在的思いを、これまで米国に一度も正面から伝えてこなかった日本政府へ向けた怒りに発展しかねない怒りなのである。「原爆投下についての米国に謝罪を求めるべきではないか」という小沢民主党党首の党首討論での発言が、護憲論者の間でも広く支持を得ているという事実に注目したい。つまり対米従属外交への怒りなのである。
   折から慰安婦問題に関する対日非難と謝罪要求の決議が米国議会で通過した事は親米右翼までも反米にしつつある。
   更には六カ国協議に見られる日本はずしは良識ある日本人の間に反米感情を抱かせるものだ。更に言えば海兵隊のグアム移転経費3兆円のつかみ金要求や、米軍再編への協力という名の自衛隊従属化、米国金融資本の日本経済食いつぶしなど、米国の「姿なき日本占領」のすさまじさに、対米従属外交ももはや我慢できないと国民が思い始めたのではないか。右も左もない。仕方がないとあきらめていた一般の日本国民の目に、これ以上米国の要求を呑み続ける日本政府の対応は認めがたいと映り始めたのだ。これは今までにはなかった現象だ。
   おりしも発売中の「アメリカの新国家戦略が日本を襲う」(元NHK米国総局長日高美樹著―徳間書店)においては、アメリカの手によって日米安保体制は終わらせられようとしている事実が指摘されている。すなわちこれからの日米関係は日本を米国の属国に貶めて米国の戦争に協力していく国になるのか、戦争国家米国と一線を画し、日本独自の安全保障政策を打ち立てて、米国から独立した日本を再生させていくのか、その選択に迫られる時期が来ているということだ。 
   その場合、結局は二つの選択枝しかない。自主防衛強化に行くのか、憲法9条を掲げて平和外交を取り戻すのか、である。そして前者の場合には米国と対立する形での自主防衛力強化はありえない。米国がそれを認めないからだ。そうだとすると今まで以上に米国に管理された自主防衛力強化ということになる。つまり自衛隊を米国の傭兵にし、日本の経費負担増やす形で米国の防衛政策の一環を担えということだ。これでは今以上に悪い対米従属になる。
   こう考えるとおのずから正解は一つである事がわかる。平和憲法9条を世界に掲げ専守防衛の自立した外交を強化する事によって、日本の安全保障政策を強化する事である。憲法9条を変えてはいけないという結論に行き着く。この選択しかない。 

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2007年07月03日

拉致問題をめぐる二つの発言に思う

拉致問題をめぐる二つの発言に思う

   7月3日から読売新聞は「拉致被害者家族会の10年」という特集記事をはじめた。その第一回の今朝の新聞では横田夫妻の事が書いてあった。
   「こんなに一生懸命やっているのに、どうして解決しないのでしょうか」。これは5月15日に「めぐみさんの救出を願う米国のフォーク歌手が来日した時の記者会見で、めぐみさんの母、早紀江さんが、突然報道陣にぶつけた質問であるという。
   横田夫妻の講演会は昨年夏までに47都道府県すべてで開かれ、1000回を超えた。「めぐみはすぐ帰ってくる」と思った家族会発足当時の5年前にくらべ、「拉致問題は解決済み」と北朝鮮から言われて手も足も出ない今日に至るまで、拉致被害者の家族は政府、官僚の不誠実な外交に翻弄され続けた。心労の連続の毎日の中、残りの人生を消耗させて行った。それを思うと気の毒でならない。
   その一方で同じ頃に行なわれた山崎拓氏と田原総一郎氏の対談が7月13日の週刊朝日に掲載されている。そこで語られる次の言葉は、あまりにも傍観者的だ。拉致家族の苦しみに対する冒涜ですらあると私は思う。
   田原  (被害者全員が生還するまで一銭も出さないというのでは六か国協議で日本はますます孤立する。全員生還するなどということは)ありえない?
   山崎  顰蹙を買うのを承知の上でいえば、残念ながらありえないでしょう。現実がそうであれば仕方ありません。
   田原  (それでは日本政府がこれまで主張してきた解決策は)一種のフクション(つくり話)でしょう。拉致被害者全員が生きているというのは考えにくい。このフィクションをリアルに変えた戦略が必要じゃないですか。
   山崎  そうです。
   田原  小泉さんと二人で行く可能性は?
   山崎  いや、その可能性は少ない。小泉前首相はこの問題に改めて深入りするのは気が進まないようです。今は歌舞伎を見るほうがいいんでしょう(笑い)。
   田原  (小泉さんは)次のドラマを仕掛けようとしているのでは?
   山崎  そういう意欲は感じられません。今は魂も休息期間に入っていますから(笑い)。

   この二つの言葉のあまりの距離の大きさに、私はめまいがするほどの悲しさと腹立たしさを感じる。小泉前首相は勿論、政府や政治家、マスコミ関係者にいたるまで、拉致問題を本気で解決する気迫がまったく感じられない。それどころか拉致被害者は死んでいる事を知っているかのごとくだ。だから拉致問題の徹底究明などに固執せずに、より重要な北朝鮮の非核化と国交正常化に向けた外交に転じるべきだと主張する。
   ならば拉致家族にその事実をはっきり伝えるべきではないか。そしてそれを明確にした上で拉致家族の気持ちに沿った交渉を北朝鮮とすすめるべきではないのか。
   その勇気もないまま、無責任な発言を繰返す。小泉前首相に至っては、パフォーマンス外交が失敗し、総理を辞めた今となってはもはや一銭の得にもならないこの問題に、完全に逃げ惑っている。政治家の風上にも置けない連中だ。そんな政治家に迎合する田原氏はジャーナリストの仮面をかぶったただの権力追従者だ。

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2007年07月03日

小沢発言について(再) 私はあなただ、あなたは私だ⑳

 私はあなただ、あなたは私だ⑳

 小沢発言について

  今の私には三つの仕事が同時進行している。一つは勿論参院選挙に向けて9条ネットの存在と意義をいかに全国に浸透させていくかということだ。そして必ず誰かを当選させるところまで持っていく事だ。本当に言いにくいことではあるがその一人は私でなければならないと思っている。なぜならば私が思っている政治をこの日本で実現するには私が当選しなければならないからだ。
  こういうと他の候補者とその支持者から反発がくるかもしれない。しかし9条ネットの現実を直視すれば一人でも当選させることが出来たら画期的だ。そして非拘束制の制度の下では、どの党の、どの候補者も、本気で選挙に参加しているのであれば、皆自分を当選させようと闘うことは当然だ。そういう一般的な意味での私の発言と受け取ってもらいたい。
  私の仕事のもう一つの柱は毎日のブログの書き込みである。そしてこれに加えて最近は三つ目の仕事として読者からのメールへの対応が増えてきた。最近は選挙活動との関係もあり、読者からのメールが増えつつある。それらすべてに目を通している事はすでに私は機会をとらえて読者に伝えてきた。そのすべてに返事が書けない事情も伝えてきた。とくに最近のように動き回っていると電源やメール端末の確保などに不便がでる事もある。だからメールを読むこともそれへの返答を書くことも後回しになる。しかしやはり返事を書くことが親切だと思えるメールが増えてきた。そこで最近はメールの返答に時間を割く日が増えてきた。
  もっとも告示後はブログが閉鎖され、文字通り選挙活動に突入するわけだから、あと一週間あまり頑張ればよい。あとわずか私はこの三つを並行して行なう。
  まず今日のブログで私が書いておかなければならないことは、小沢氏の米国への謝罪要求発言についての反応である。多くの人から小沢発言を支持するというメールが寄せられている。そしてその理由として、対米従属の外交に終始してきた日本外交に対する批判と不満の気持ちがある。原爆投下ほど日本国民に犠牲をもたらしたものはない。しかもそれは戦争に勝つためには不必要なものであった。こんな非人道的な犯罪にさえ抗議できないことはおかしい、というものである。
   この心情は私も理解できる。謝罪を求めるなと言っているわけではない。しかし米国という国を相手に謝罪要求をするということが、どのような意味を有するかについて我々は知っておかなければならない。
  謝罪を求める以上、それが奏功しないと逆効果になる。しかるべきタイミングと最善の形でそれを行なわなくてはならない。しかも双方に国民感情がある。お互いに政府と国民が一体になって対応しなければならない。謝罪要求は日本の国民と政府が一体となって行なわれなければならないし、米国においてはまず米国民が原爆投下の背景にある真実を正しく理解していなければならない。しかも謝罪という言葉を口に出した以上、すべてが政治的に動き出すことは、米国議会の慰安婦非難決議をめぐる日米双方の動き見ても明らかである。
  私はやはり久間大臣のきわめてお粗末な失言と関連付けて謝罪要求を行なった小沢民主党党首は軽率だったと思う。党首討論に勝って選挙に弾みをつけたいというあせりがこの発言をもたらしたと思う。謝罪を求める事がながらく自民党の議員であった小沢氏の自論であったという事を聞いたこともない。
  唯一の被爆国である日本は、米国の謝罪を、自国に限って求めるよりも、二度と他の国民にこのような悲惨な経験をさせてはならない、罪を犯した米国には地球上から核兵器を全廃することに率先して指導力を発揮する責任がある、その事を日本の首相が世界の見ている前で米国に求める、これこそが最強の謝罪要求であり米国として反駁できない謝罪要求なのだ。
  ところが歴代の自民党政権はただの一度もこの事を米国に対して求めてこなかった。勿論小沢氏もだ。それどころか、米国の核の傘に守られているという理由で、日本政府は国際司法裁判所の核兵器違法判決でさえ受け入れなかったのだ。
  私はこの久間防衛大臣の失言を災い転じて福となし、日本が本気になって核兵器全廃を米国に求める外交を展開して言って欲しいと思う。それこそが対米従属外交から日本が脱却できる第一歩の平和、自主外交である。それを民主党小沢代表は本気で安倍首相に求められるのか。自分がこの国の首相になったとき、率先してできるか。政治家小沢の真価が問われる発言である。


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