私はあなただ、あなたは私だ⑧
私はあなただ、あなたは私だ⑧
私を応援してくれる見知らぬ善意の人たちへ
私が今度の参院選挙に立候補を決めてからほぼ二週間がたつ。東京都内に部屋を借りて一人暮らしをはじめてからというもの学生時代に戻ったようだ。自分はこれからどうなるのだろうと思いながら手探りの毎日を懸命に生きている。違うことといえば一瞬のように過ぎ去った40年の歳月である。あの時は不安な中にも無限の未来が広がっているような気がした。今は無限の将来も、青春くさい不安もない。自己に忠実に生きることは出来たという強がりと、残された余生に安息は来ないのかという不安だけが交錯する。自分だけの、いや人生を共に歩いた伴侶と二人だけの、無為の人生を送る年月がいくらか残ればそれでよい。それももうすぐ判明する。
私はつくづく政治家に向いていない人間だと思う。わがままなのだ。人づきあいが苦手なのだ。自分を偽ることが出来ないのだ。そんな人間が成り行きで本格的な選挙を戦うことになってしまった。
政治家になるには選挙で勝たなくてはならない。選挙で勝つためには一人でも多くの人の投票を勝ち取らなければならない。そのためにはあらゆる手段を尽くさなければならない。知名度を上げることに躍起になり、組織の応援を頼み、等身大以上に自分を大きく見せて、他者との違いを際立たせる。それらのすべてを平然と行なう厚かましさがいるのだろう。この歳で自分らしくない振る舞いをすることはつらい。そんなことをしても長続きはしない。
しかし、そんな無理なことでも今の私には出来る。うまく出来るかどうかはわからないが、自らにそれを課し、強いて、恥を晒して選挙を戦い抜く覚悟を私はしたのだ。
これから本格化する選挙活動において私は様々な人の助けを必要とすることだろう。私の為に応援する人たちだけではなく、私を批判し、あるいは敵対する事になる人でさえも、私の選挙の伴走者である。選挙が終わればその人たちのすべてに私は感謝するつもりだ。
しかし、私が最後に頼みとする人たちは、見ず知らずの私に励ましのメールを届ける労をいとわず、身銭を切ってまでカンパをしてくれた、個々の支援者であるあなただ。私はそのカンパに手をつける時、その責任の重さにたじろぎ続ける。あなたこそ私の本当の支援者である。いや、私はあなたであり、あなたは私だ。あなたたちは私の体の一部となってこの選挙に参加する人たちなのだ。私はあなたに代りに今度の選挙に参加しているのだ。私たちは一緒に頑張るのだ。そのあなたたちに私は今このメールを書いている。
私はあなたが期待するほどの候補者ではないかもしれない。身銭を切ってカンパを受け取る程の人間ではないかもしれない。あなたたちの善意の票だけではとても勝ち目はないかもしれない。しかしこれだけは誓う。政治的な経験も、背景も、組織も、後援者も、余裕資金も、何もない私ではあるけれども、あなたの善意に動かされ、励まされ、そのこころざしを掲げて自分らしい選挙を最後まで貫いてみせると。
私のその姿はメディアには決して報道されないかもしれない。けれど、私のこのブログを通じて、あなたには私の手で伝え続ける。姿も、声も、流す汗も、涙も、心の葛藤までも、すべて伝え続けていく。そして、たとえどのような結果に終わろうとも、あなたから支援してもらったカンパが続く限り、全国を回り、集会を開いて、一人一人に報告し、お礼をさせていただくつもりだ。私はあなたであり、あなたは私なのだ。