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2007年04月30日

京都で一人考える

京都でひとり考える

  連休の真っ只中である。私はその連休を京都で一人過ごしている。
  京都生まれで、京都そだちの母が、人生で一度だけ自己主張した事があった。京都に家を建ててくれと父にせがんだ事だ。無理をして親戚から土地を借り、父の退職金を前借して家を建てた。もう50年近くも前の話である。
  新聞記者であった父は出世から程遠く、その一生を殆ど地方記者で過ごした。そんな父に嫁いだ母は何かと口実をつけて京都に帰りたがった。幼い時に両親が離婚した母は、母親に引き取られて育った。まもなく母親が交通事故で急死する。その後は祖父の手で、そして祖父が死んだ後は叔父の家に引き取られて育った。だから京都に帰ってみても落ち着ける場所はないのであるが、それでも幼い子供を引き連れて夜汽車を乗り継いでよく京都に帰った。京都駅が近づいた時、もうすぐ京都に着くと言って喜んでいた母の姿を幼心に覚えている。
  子供が家を離れ、父が他界した後も、母はその家を決して離れようとはしなかった。その母も2年前88歳で他界した。父が25年ほど前に亡くなった時、母は家の裏手にあるお寺に墓を立てて父を埋葬した。その墓に、生前の母の言葉通り、私は母を埋葬した。今は空き家になったその家を、私は掃除と墓参りを兼ねて、一人で時々訪れることにしている。今回もそういう理由で京都に来ているのだ。
  昨日29日は春の天皇賞の日だった。好天に誘われて淀の競馬場まで足が向いた。競馬が好きだというわけではない。趣味の無かった父は定年後は毎週のように競馬に熱中していた。そんな父をふと思い出したのだ。好天に恵まれた競馬場は家族づれも多かった。若い男女の姿も目立った。様々な人が一瞬のロマンを求めて来ているのだ。平和があるからこそ競馬も楽しめる、そう考えた後で、すっかり平和主義者が板についてしまった今の自分に一人で苦笑してしまった。
  有望馬ばかりを組み合わせて6枚、都合6千円買ったのだが、二着に穴馬が突っ込んできたために予想は見事に外れてしまった。しかし目の前を全力疾走で駆け抜ける馬たちを見た私はそれだけで満足だった。凄まじい迫力で走る馬たちは感動的であるとともに何故か悲しい。人間もまたそうなのだ。どんな人生であれ、人がそれを全力で生きる時、それは等しく美しい。そして悲しい。その一方で、嘘のあるごまかしの人生は、たとえそれが世俗的な成功に恵まれ得意げであっても、醜悪である。
  その後私は三条京阪を経由して嵐山に向かった。母が好んだ場所だ。着いた時は既に夕暮れにさしかかっていた。渡月橋から眺める景色は何時見てもいい。そこから嵯峨野に向けて歩く。私は嵯峨野路に死の臭いを感じずにはいられない。死を怖れるのではない。死と向かい合いながら生を全力で生き抜ける、そのことの重要性に気づかされる場所なのだ。
  自然と悠久の歴史の中に身を置くとき、毎日ブログを書いて権力者を批判している事がつまらなく思えてくる。批判するだけでは気が滅入るだけではないか。そういう問いかけに対する私の答えを、次回のブログで明らかにしたい。


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2007年04月29日

安倍訪米ー無意味な解説記事より裏話から真実に迫れ

安倍訪米―無意味な解説記事より裏話から真実に迫れ

   安倍首相訪米の記事を読む時、私は解説や評価の記事を重視しない。それは書き手の意見であり感想に過ぎないからだ。そんなものを読んだところで勉強にはならない。かつてイラク戦争が始まった時に岡崎久彦外務省OBはあるセミナーの席で「昔は東大の教授(北岡伸一と田中明彦)がイラク戦争を支持することは正しいといえば、世間はそうかと納得したものだが・・・」と嘆いて見せた事があった。この発想こそ笑止千万なのだ。情報の共有がここまで進んだ今の世の中では、意見の正しさは発言者の権威ではなく中味で評価される時代になった。皆が対等に意見を言い合える時代になったのだ。権威にあぐらをかく時代は終わったのだ。重要な事は事実を出来るだけ多く知ることである。事実に基づいて各自が自分の意見を持ち、自分で他人の言動を批評的に読んだり聞いたりすればよい時代なのである。だから私は、自分が知らなかった関係者の発言や舞台裏の情報を探すようにして新聞を読む。それとても眉唾で読まなければならないが、それでも下手な解説記事よりは為になる。その観点から私が注目した安倍訪米がらみの最近の記事を紹介したい。
   4月25日の毎日新聞「首相初訪米 事前点検」には次のようなエピソードが書かれていた。
 ・・・慰安婦問題の強制性を「狭義」と「広義」に分け、軍による「狭義の強制性」を否定するという仕分けは、前掲の岡崎久彦外務省OB(元駐タイ大使)らが発案した仕分けであるという。こんな官僚的で複雑な説明が単純な米国人の頭に分かるはずはない。「何で(米国メディアは)理解してくれないんだ。おれは河野談話を継承するといっているではないか」と安倍首相の苛立ちは高じた。「迷路に入ってしまった」というのが官邸内の雰囲気だったという。的場順三官房副長官は「これ以上総理に謝らせるな」と叱責したらしい。しかし叱責された外務省には「この問題で議論しても勝ち目はない」と白けた空気が流れたという。前後してシーフアー米大使が塩崎官房長官に「このままだと大変な事になる」と指摘した。3月9日に首相執務室に安倍首相、麻生外相、塩崎官房長らが集まり、「沈静化を優先する」ことで政権の意思統一が図られた。4月3日にはブッシュ大統領に電話し釈明した。この電話については首相官邸と外務省は電話すべきかどうか迷ってもめたという。大統領から非難めいた言葉を浴びせられるのではないかと恐れたからだ。それが杞憂に終わって皆安堵したという。驚くべき腰砕け振りである。
   今度の訪米の重要な議題の一つは北朝鮮政策に関する日米の差の違いを修復する事であった。ありていに言えば米国の豹変について日本がどう文句を言うかであった。はしごをはずされた日本側の怒りは相当なものだったらしい。4月29日の日経新聞はこう書いている。1月のベルリン米朝協議で日本の頭越しに金融解除のシナリオを進めたヒル国務次官補に対し、「お前の顔は二度と見たくない」と日本の首席代表である佐々江外務省アジア大洋州局長が罵倒したという。佐々江の5年先輩で彼を良く知る私は、彼が米国にそこまで強く出たとは信じない。要するにそこまで外務省は米国に腹を立てていたということなのだろう。そこまで米国にコケにされたのであるから、安倍首相はブッシュ大統領に毅然として日本の立場を伝えるのが筋である。しかし4月29日の読売新聞はこう書いている・・・大統領は北朝鮮のテロ支援国家リスト解除では、首相が重視する拉致問題を「考慮に入れる」と述べた・・・(その)一方で、(安倍首相は)ライス国務長官やヒル次官補が主導する柔軟路線も、「ソフトというより賢い外交だ」と支持した・・・という。何だこれは!
  読売新聞はさらに続ける。「小泉政権から引き継いだイラク政策を維持しなければ、米国が北朝鮮(問題)で日本に配慮することはない」と首相同行筋が話したという。この同行筋とは外務官僚に違いない。「イラク戦争を支持しなければ北朝鮮のミサイルから守ってもらえない」と根拠無く言い募って対米追従に走った外務官僚は、それから4年たって今度は拉致問題を人質にとって米国のイラク戦争についていくしかないと言っているのだ。驚くべき対米追従ぶりだ。
 その北朝鮮問題に関し、ブッシュ大統領は一時間半の首脳会談の中で「長い時間」をさいてくれたと日本側は喜ぶ。そして「日本政府への変わらぬ支持を確約したい」と言ってくれたと喜ぶ。首相同行筋は「百点満点」とまで言って喜びを隠さなかったという。米国の真意がまったくわかっていない。29日の朝日新聞は6者協議の初代米政府代表を務めたケリー前国務次官補の次のような言葉を紹介している。「・・・拉致問題で日本の政治家が厳しい決断を迫られる時期が来るかもしれない」。要するにケリーは、日本は最後は米国の対北朝鮮政策に従わざるをえなくなるという事を言っているのである。
 笑ってしまったのは安倍首相がブッシュ大統領にゴルフを持ちかけて断られたエピソードである。4月28日の朝日新聞はこう書いている。・・・「一緒にゴルフをやりませんか」。訪米前、米側にそんな打診があったという・・・その昔、祖父である岸首相とブッシュ大統領の祖父は、ワシントン郊外のゴルフ場で一緒にプレーしたことがある。祖父同士がプレーしたゴルフ場で、一緒にクラブを握る。思い描いたのは、そんな光景だったに違いない。だがブッシュ大統領の返答は、こうだった。「自分はイラク戦争が続いている間はゴルフをしないと決めている」・・・そういえばブッシュ大統領は日米首脳会談後の記者会見で、イラク駐留米軍の撤退と引き換えにイラク戦費を認める補正予算案には「拒否権を行使する」と明言した。残りの人気が迫っているブッシュ大統領にとってはイラク戦争に勝利して大統領職を終える事がすべてである。その為には議会との対決も辞さない。時間はどんどん限られてきている。支持率はどんどん低下してきている。ブッシュ大統領は神がかりになって自分を追い込んでいる。そんなブッシュ大統領にとって日米首相会談など頭の中にはないのである。そんなブッシュ大統領との友好・信頼関係を構築しようとすることが無意味なのである。そんなブッシュ大統領に気に入られようと全ての政策で譲歩する事は国益に反する事になるのである。
  
 
 

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2007年04月28日

連休明けから政治が動く予感がする

 連休明けから政治が動く予感がする

 安倍首相の訪米が終わった。それを報じるどの記事を読んだところで何も本当の事はわからない。そもそも日本にとって得る物のない訪米である事は以前のブログで書いた。得る物がないどころか安倍首相はみずから強調した「かけがえのない日米同盟」を実績で示さなければならない宿題を背負って帰ってくる事になる訪米だ。「かけがえのない日米同盟」がわずか1日の訪米で「確認」されるものではない。その後の政策でその「確認」を証明しますと約束した訪米であったのだ。
  ただでさえ安倍首相は空手形を連発してきた。日中関係の改善、NATOとの安保協力、憲法改正の公約と集団的自衛権行使の容認など、米政府が求めてきた外交・安保上の政策に次々と手をつける姿勢を見せた。米政府はそれにつけこんで、「コイズミには外交・安保政策はなかった。だから安倍首相は具体的政策を示して欲しい」とほめ殺しの圧力をかけてきた。おまけに自らの慰安婦問題発言で招いた弱みがある。米国は狡猾な国だ。失言で米国に嫌われた久間防衛大臣は、情けない事にその後は日米再編問題でベタ降り状態である。安倍首相も大きな負い目を負ってしまった。
 4月27日の毎日新聞に外務省幹部の次のような言葉が紹介されていた。
「・・・安倍政権はまだ2,3のことしかやっていないのに5やると約束しているようなもの。右肩上がりのグラフに自ら先の点線を書き込んでいる。参議院選挙後に一気に動かすのではないか・・・」。動きは参院選前にも動くことだろう。安倍首相は連休明けから自らのイデオロギーに基づいた外交・安保政策をどんどんと強行に進めざるを得ないだろう。そして今の日本の政治状況は、そんな安倍首相の強硬姿勢を阻止する力は無い。護憲派の国民の間に不満と敗北感が高まる。しかしそれを吸収する野党勢力は無い。不満は内部に鬱屈して行く。そのまま敗北主義に退いていくのか。それとも何かのきっかけで、その不満が爆発してあらたな政治運動に発展していくのか。いずれにしても連休明けに政治が動き出す。
 

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2007年04月27日

閑話休題は言葉使いの誤り

閑話休題は言葉使いの誤り

   以前読者から指摘を受けて、あらためて辞書を引いてみた。閑話休題という語は、話しを本筋に戻すときに用いる言葉で、「むだばなしはさしおいて、それはさておき」という意味であるとなっている。私は無駄話という意味で使っていたつもりであったので、誤って使っていたわけだ。だから次回からは無意味な事をブログで書くときは、他の適切な言葉を使わなければならない。もっともこれから書く事は無駄話のつもりで書いているのではない。だから閑話休題でもよいのかもしれない。
   27日の毎日新聞に気分の悪くなるような記事があった。こんな事を全国紙の毎日新聞が書くのかと思った。思った後で、しかし、こういう記事こそまともな新聞は書くべきだと思い直した。どの新聞にも出ていない。それを敢えて取り上げた毎日新聞のデスクは思うところがあったのだろう。書かなかった他紙も敢えて書かない理由があったに違いない。前置きが長くなった。その記事とは次のような内容の記事である。
  26日の衆議院本会議で、隣同士で最後列に陣取っていた自民党の森喜朗元首相と小泉純一郎前首相が、ダイエット談義に熱中のあまり、民主党提出法案に間違って「賛成」したというのだ。「体重が100キロを切った」と森氏が披露したら、「私は初めて60キロを超えた。森さんの肉がこっちに来た」と小泉氏が応じた。二人で笑いあって駄弁っていたら議長が法案採決を宣言した。二人は政府案と勘違いしてあわてて起立したところ、実は政府提出の雇用対策法改正案に対する民主党の対案であった。民主党から「ありがとう」との声が飛ぶ一方、与党席には笑いが広がった。なんという緩みきった国会であろう。本会議である。与野党対決法案が山積している国会である。
  この記事を笑って読み飛ばす事の出来る読者は、小泉流で言えば「鈍感力」があるということに違いない。しかし鈍感力も、度量もない私は、この記事を笑い飛ばして読む事はできない。こんな連中がついこの間まで立て続けにこの国の首相であった事を考えると、そしてそんな連中にこの国の政治をここまで劣化させられた事を考えると、暗澹たる気持ちになる。
  私は繰り返しこのブログで、今の政治は機能していない。そうであれば政治家など不要であると書いて来た。この毎日新聞の記事を読んで改めてその意を強くした。今の日本が直面している内外の状況を考えると政治家としてやるべきことは山ほどあるはずだ。それをやらずして年間1億円ほどの歳費や経費を国民の税金から受け取る。政治家を辞められないはずだ。世襲がなくならないはずだ。しかし国民はそれを鈍感力でやり過ごしていては永遠にこの国の政治はよくならない。この意識を読者と共有したいために、このくだらない話しを敢えてブログで書いてしまった。書いた後で、こんな事を笑い飛ばせない自分がみじめに思えた。
 

 

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2007年04月27日

西尾幹二氏の安倍批判に保守・右翼はどう答えるか

西尾幹二氏の安倍批判に保守・右翼はどう答えるか

 4月27日の産経新聞「正論」に西尾幹二氏の意見が載っていた。「慰安婦問題謝罪は安倍政権に致命傷」というタイトルの主張である。この主張は、安倍首相がこれほどまでに信念を曲げ、隠して迷走しているというのに保守・右翼主義者たちが奇妙に沈黙し続けているという、「保守・右翼の身をよじらせたジレンマ」を如実に浮き彫りにした、極めて注目すべき主張である。
 彼の論旨は極めて明快だ。すなわち、「保守の星」安倍氏は、首相になってからその保守の姿勢を大きく曲げた。「・・・村山・河野談話を踏襲し、東京裁判での祖父の戦争責任を謝り、自らの靖国参拝をはぐらかし、核と拉致で米国にはしごを外されたのに、ブッシュ大統領に抗議の声一つもあげられず、皇室問題も忘れたみたいで、中国とは事前密約ができていたような見えすいた大芝居が打たれている・・・」と指摘し、「・・・しかるに保守言論界から明確な批判の声は上がらなかった。『保守の星』安倍氏であるがゆえに、期待が裏切られても『7月参院選が過ぎれば本格政権になる』、『今は臥薪嘗胆だ』といい・・・慰安婦問題決議案が(米議会で)出て、安倍氏が迷走し、取り返しがつかない失態を演じているのに、『次の人がいない』、『官邸のスタフが無能なせいだ』とかわいい坊やを守るようにひたすら庇う・・・」と、これ以上ない明快さで保守言論界の政権べったりを批判しているのである。
 極めつけは西尾氏の締めくくりの次の言葉である。「・・・首相退陣後にとてつもない災難がこの国に降りかかるであろう・・・日本の永久非核化であり、米国への一層の隷属である。経済、司法、教育の米国化は着々と進み、小泉政権以来、(それが)加速されている。安倍内閣は皇室を危うくした小泉内閣の直系である。自民党は真の保守政党ではすでにない。私は安倍政権で憲法改正をやってもらいたくない。不安だからである。保守の本当の声を結集できる胆力を持った首相の出現を待つ」
 私は歴史認識、国家観などにおいて西尾氏とは異なる考えを持つ者である。しかし安倍首相の信念のなさとその迷走振りが日本を急激に悪化させているという認識においてはまったく同感である。そしてそれにもかかわらず、政権べったりの保守、右翼主義者が沈黙を守っていることのふがいなさについても西尾氏の言に全面的に賛同する。
 私のブログにやたらに迷惑メールを寄越したり、罵声を浴びせるメールを送ってくる「右翼ブロガー」が増えつつある。しかしその中にはこの西尾氏のような意見を述べる者は一人もいない。反論しようにもしがいがないのだ。願わくば保守・右翼主義者はこの西尾氏の如き真性保守主義で統一してもらいたい。そうすれば論点が明確になり議論もできる。
  この西尾氏の主張を正論で掲載した産経新聞に私は敬意を表したい。

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2007年04月26日

特殊法人の赤字を国民の負担で補填していた事実

特殊法人の赤字を国民の負担で補填していた事実

   4月25日の日経新聞は一面トップで一大スクープを報じた。橋本行革の名の下に2003年度以降次々と行われた特殊法人の独立行政法人化の陰で、特殊法人が抱えていた繰越欠損を政府出資金で穴埋めしてチャラにしていた事を告発したのだ。今日まで54の特殊法人が49の独立行政法人に移行された。その特殊法人の繰越欠損総額はなんと12兆円に上るとう。
 そもそも特殊法人から独立行政法人へ移行した目的は何のためだったのか。それは、資金調達の国家保証を取り去り、納税義務を課して、特殊法人の効率性を民間企業の並みに高める事にあったはずだ。しかし官僚はその口実の陰で特殊法人のずさんな会計処理を隠蔽して処理しようとした。
   このようなからくりを国民の誰が知っていたというのか。その意味でこの日経のスクープの意義は大きい。ところが不思議な事に翌26日の他紙は一切後追い記事を書いていない。テレビも取り上げない。会計処理の問題は技術的過ぎてわからないからなのか。それとも問題の深刻さに気付いていないからなのか。 
  日経新聞は書いている。これまでこの事実は国民にまったく説明がなされてこなかった。その理由は、特殊法人から独立行政法人へ移行する際の設置法において、「資産から負債を差し引いた額を政府出資とする」と抽象的にしか書かれておらず、具体的な減資額(補填額)はもとより、減資の理由などが一切公表されなかったからだと。そしてこのいい加減さは、減資を行う場合は株主総会での特別議決など厳格な手続きが必要となっている民間企業と比較すれば、一目瞭然であるという。この問題は国会で追及することはできたはずだ。しかし日経新聞は、「与野党で議論された形跡はない」と書いている。
  私は期待する。今後いずれかのメディアがこの問題を取り上げて、国民にわかりやすく説明してくれる事を。我々はこの日経の記事の反応がどう発展していくか、注意深く監視していかなければならない。
  官僚が独占する立法権とその解釈・運用に関する裁量権の大きさによって、これまでにどれだけ多くの不合理な事が国民の知らない間に行われてきたことであろうかと思う。それを見つけて糾弾する事こそメディアの使命である。この日経新聞のようにメディアの奮起を期待したい。
 
 

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2007年04月25日

国の介護放棄政策を糾弾する多田富雄東大名誉教授を応援しよう

国の会議放棄政策を糾弾する多田富雄東大名誉教授を応援しよう

 記憶がさだかではないが最近の新聞で米国のどこかの州が州法を改正し、病院が患者を路上に捨てる事を禁止したというニュースを読んだ。その記事を読んだ私は、米国の格差社会もついにここまで来たのかと思ったものだ。金持ちが高額の契約料を払って個人ドクターを24時間キープする一方で、多くの低所得者が医療保険に入れずに寿命を縮めている米国。文字通り「金で寿命まで買える」格差社会米国だ。その状況は頭では知っているつもりであったが、金の無い患者が路上に放り出されていたとは知らなかった。ここまで生命が粗末に扱われていたのかと驚いた。
 しかし日本の厚生官僚が進める医療制度改悪も似たような物だ。小泉、安倍政権が急速に進める日本の構造改革は財政赤字削減と自己責任の掛け声の下で老人や弱者にそのしわ寄せを押しつけている。とうとう身障者やリハビリを必要とする絶対的弱者にまで負担を強いて恬として恥じない。そんな「改革」と一体何なのか。何のための政治なのか。
 専門外の私にかわって5月5・12日号の週刊現代がかわりに怒りをぶつけてくれている。中里憲保の手になる「リハビリ切捨てが招くあらたな介護地獄」がそれである。半年たっても回復しなければ介護保険を打ち切るというあらたな制度の不合理についての渾身のルポである。
 彼は書いている。「・・・世界がうらやむ国民皆保険の制度を持っているのに、それを崩壊するような危険な事態が始まった。障害を持った人間の、最後の頼みを断ち切る乱暴な改定。保険制度が誕生して以来、はじめて『患者きりすて』が行われる・・・」。
 これは厚労省が打ち出したリハビリテーション医療に支給される診療報酬に日数制限を設ける医療改悪のことである。この「打ち切り方針」を打ち出してから多くの患者団体の怒りの声が殺到し、あわてた厚労省は「重度の人は180日を超えて」という除外規定を設け、批判をかわそうとしている。しかし基本的姿勢は変わらない。「回復しなければ死ね」という生存権の侵害である。
 私がこの問題に特に関心を持ったのは、免疫学の世界的権威でノーベル賞級の業績をおさめている多田富雄という東京大学名誉教授が脳梗塞で倒れてリハビリ闘病中である事をずいぶん前のテレビの番組で見て知っていたからである。免疫学の泰斗であるばかりでなく文化社会論でも高名な多田教授は常人では及びもつかない立派な人に違いない。その人がある日突然脳梗塞になって要介護の人となる。そのとたんに国にとっては役立たずになるのだ。
 その多田教授が、不自由な体をおして、リハビリテーション患者を代表して介護制度改悪阻止のために政府と闘っている。「リハビリは最後の命綱なんです。それなのに言語リハビリを打ち切るという。私は一生しゃべれなくなってしまう」。この多田教授の叫びは、病に倒れ、必死にリハビリに励んでいるすべての国民の叫びなのだ。
 私はつくづく思う。小泉前総理や安倍首相は、郵政改革に命をかけたり靖国参拝にこだわったり、あるいは憲法を変えて日米同盟を強化するという。しかし本当は彼ら指導者がまず行うべき事は国民一人一人の人権、生存権を何があっても守る事ではないのかと。そこに心が向かわずしてどんないさましい掛け声をかけてもそれは偽者だ。ましてや「美しい国」をつくることではない。
 4月11日の朝日新聞の連載「ドキュメント 医療危機」⑦のなかに医師不足と闘う長崎大名誉教授高岡善人氏のついての次のような体験談が掲載されていた。この国の指導者の正体を見事に描いた象徴的なエピソードである。
・・・山口の病院時代にも政治家にがっかりした経験がある。病院の名誉会長は安倍首相の祖父・岸信介元首相。81年に岸さんが緊急入院し、退院できるまで回復した。いい機会だと病室を訪ね「日本の医療の話を聞いてほしい」と申し出たが、岸さんはプイと横を向いた。高岡さんは失望し一ヶ月ほど後、院長を辞任した。「医療に関心のある政治家はいない」。高岡さんは嘆く。

    Political Leaders Who Belittle Sick and Invalid People

When I read the news that a new law that prohibits hospitals to discard patience has been passed in a certain State of America, I was so shocked. But I was similarly shocked to know that recently Japanese Government decided to kick out the patients after 180 days no matter how they need further rehabilitation treatment.
During 5 and half years Koizumi regime financial reconstruction is an utmost important political platform and harsh budgets cut have been made by the bureaucracy. As a result traditional “ Medical Insurance for All” policy of Japan, which Japan is proud of to the world, has been given up.
It is a matter of political choice to decide which budgets be cut while others be maintained. Prime Minister Abe repeatedly said he was making Japan a beautiful country while he tries to changes Peace Constitution of Japan and strengthen Japan US military alliance. This means Japan will be a beautiful country like US where fighting against terrorism the no.1 priority of national policy and the rich gets richer and the poor gets poorer.

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2007年04月24日

安倍首相の根本的矛盾、対米追従外交の限界

安倍首相の根本的矛盾、対米追従外交の限界

  22日のブログで私は今回の安倍首相の訪米がまったく安倍首相にとって、そして日本にとって楽しくない訪米になるだろうと書いた。ひたすら「日米同盟の重要性」を演出するだけの芝居となるであろうと書いた。皮肉にもその原因は安倍首相自身の自己矛盾と日米同盟強化を唱えることしかしてこなかった日本外交の限界から来ているのだ。
  考えてみるがいい。安倍首相が繰り返して口にする言葉に「戦後レジームの転換」というのがある。しかし戦後の日本のレジームは米国の占領政策によって全てがつくられた歴史ではなかったか。その完成として小泉前首相の時に日本経済の米国化と自衛隊の米軍従属化が決定されたのではなかったか。そして安倍首相は憲法9条を改憲し、日米軍事同盟を後戻り出来ないまでに固定化しようとしている。この事と「戦後レジームの転換」は100%矛盾するのである。自主、独立の日本はむしろ遠ざかるのである。
 安倍首相は訪米を前にした内閣記者会のインタビューで集団的自衛権の行使を禁じる憲法解釈を見直す事を公言した。これが可能であれば9条改憲など急ぐ必要はまったくない。憲法9条以外の部分の改憲については安倍首相はまったく関心は無い。それでは何の為に改憲を急ぐ必要があるのか。これも安倍首相の自己撞着である。それともどっちに転んでも米国の戦争に協力できるように米国に追従するつもりなのか。
 安倍首相は、7月末に期限が来るイラク復興支援特措法の2年延長を決定した。陸上自衛隊がイラクから撤退した後も航空自衛隊は残り、バクダッドに飛んで多国籍軍の兵士を運んでいる。その理由を聞かれた安倍首相は、「まだ(イラクは)復興していない」と答えたらしい(4月24日朝日新聞 ニュースがわからん!)。これではイラクの復興支援は終わらない事になる。口から出任せなのだ。
 ついでに今日の新聞で見つけたいかさま発言を二、三紹介する。26日からの首相訪米を前にして朝日新聞は安倍首相が求める「強い日米同盟」は再構築できるのかという特集記事を書いている。そのなかで「(イラクへの自衛隊派遣で得た米政権の信頼は)賞味期限は完全に切れた」という外務省関係者の言葉を紹介している。イラク自衛隊派遣は米国のご機嫌取りでしかなかった事を今頃になって外務官僚が認めているのだ。
   毎日新聞「記者の目」で北米総局の及川正也記者が書いている。「・・・かつてない強固な日米同盟を言われる土台になったのは親密なブッシュ・小泉関係だったが、昨年9月、米政府元高官が私との雑談で『小泉さんには外交政策はなかった。日米同盟重視だけでは外交戦略とはいえない』とこぼした一言が印象に残っている」と書いている。その後で及川記者は書いている。「硬直した小泉外交を脱却し、柔軟で戦略的な外交を・・・と。しかしそう考えた後で、我々は、結局のところ戦後の日本外交は対米追従外交しかなかった事を知って愕然とするのである。及川記者もその後に続く言葉を失っていたのであった。

 

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2007年04月23日

外務省を劣化させる外務官僚

外務省を劣化させる外務官僚

 いまさら外務官僚批判はしたくはない。やるせないからだ。しかし批判せざるを得ない時もある。外務省という立派な組織を無能な外務官僚が壊している。それを端的に物語る三つのエピソードを4月の報道で見た。外務官僚は特殊なエリートだと信じている一般国民にとっては驚きかもしれない。しかしこれが今の外務官僚の実態である。これではいい外交はできない。
 4月7日の新聞によれば外務省が「名探偵コナン 外務省を探る」という漫画の広報誌を5000部作成したという。漫画好きの麻生外相が自ら発表した。その中に「世界中のうめーもんが食えるなら悪くは無いなあ」などと言って外務省の仕事を宣伝しているくだりがあるらしい。そこまで言って外務省を宣伝しなくては人が集まらないのか。もっとも世界中のうまいもんを食いながらろくな仕事をしない職員は外務省にはあふれている。だからこそこんな広報雑誌を何の躊躇いもなく作って恥じないのだ。
  二つ目は稚拙なメディア工作だ。安倍総理の米国メディアに対する慰安婦問題謝罪発言は、訪米前に火種を消しておきたいとする外務官僚の浅知恵だ。本質的な解決策を怠り、メディアにうまく書いてもらって乗り切ろうとする。記者から事前に質問をしつこく求め、質問を厳選し、そしてインタビューする記者を外交機密費で「寿司」接待しまくって「お手柔らかにお願いします」とやっていたらしい。いつも見てきた手口であるが、今更ながらつまらない仕事を繰り返していると思う。
  極めつけは4月21日の朝日新聞の「人材バンク賛成の事情」という記事だ。国家公務員の天下りをあっせんする「人材バンク」については各省庁がこぞって反対している。そんな中で外務省だけが賛成しているという。その理由が振るっている。外務省には本省で出世できなかった者には大使や総領事という在外公館のポストがあってこれで外務官僚は60歳過ぎまで身分保障されている。だから他省庁のように天下りポストに必死になる必要は無いというのだ。しかしそれでも「能力が真ん中より下」の高齢化職員がゴロゴロしており在外ポストだけでは足りなくなりつつある。使い物にならないこれら高齢職員の処遇は外務省人事当局の頭痛の種だ。「再就職先を確保してくれるなら、そんなありがたいことはない」という事らしい。どの民間企業がそんな者を使うだろうか。

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2007年04月22日

慰安婦問題で米国メディアに謝罪した安倍首相の迷走ぶり

慰安婦問題で米国メディアに謝罪した安倍首相の迷走ぶり

 今回の安倍首相の訪米ほど盛り上がらないものはない。訪米直前であると言うのに新聞もほとんど報じていない。報じる内容が無いのだ。一体何のための訪米なのか。

 22日の日経新聞は一面でアフガンへの復興について首脳会談で資金協力を表明すると報じた。これには驚いた。自衛隊の海外派遣を本来業務にしたばかりの安倍首相は、米国やNATOの要望する自衛隊のアフガン派遣を断りつもりだとすでに報道された。こんどの報道でいつものように資金協力だけで済まそうとしている事がわかったのだ。130億ドルもの資金協力をしたにもかかわらず評価されなかった湾岸戦争のトラウマは一体何だったのか。そのトラウマの反省から自衛隊の海外派遣の実現を急いだのではなかったのか。いくら憲法を変えても危ないところには自衛隊は出さないのだ。だったら何故憲法を変えようとするのか。

 日経新聞はまた日米間の自由貿易協定(FTA)も話題に上る可能性があるという。これもおかしな話だ。4月はじめに米国と韓国が自由貿易協定を締結した時は、同じ農業問題を抱える日本は衝撃を受けた。貿易立国の日本こそ自由貿易協定の先頭に立たなければならないのにこれでは取り残されると多くの識者が警鐘を鳴らしている。それにも関わらず無策な農業政策のゆえに日本は動きが取れない。農水省と経済産業省にはさまれて主導権を持たない外務省は「安易に動かないのも一つの方法」(外務省幹部―4月21日日経新聞)などととぼけた事を行っている。そんな日本が首脳会談で日米自由貿易協定の話を喜んでするはずはない。その他にも牛肉輸入再開や郵政民営化後の米国保険・金融業界の日本市場参入など、米国に攻められる問題ばかりだ。日本にとっていい事は一つもない訪米である。

 そう思っていたら、安倍首相が従軍慰安婦問題で米国のメディアに謝罪したというニュースが飛び込んできた。今度の訪米の隠れた議題がこの慰安婦問題である。安倍首相にとって最大の頭痛のタネであった従軍慰安婦問題について沈静化の駄目押しを図ろうとしたのだ。

 私は3月9日のブログで、慰安婦問題は米国政府関係者が「軍の強制は無かった」という安倍発言を擁護できないと言った時点で勝負がついたと書いた。その通りになった。日本の立場を正しく説明しに行くと息巻いていた保守・強硬議員の訪米も結局米国を逆なですると言う事で停止に追い込まれている。

 それにしても安倍首相のインタビューの発言は全面降伏だ。英文を読むとよくわかる。

 I need to apologize…Japan bears responsibility…We feel responsibility for having forced these women…

 安倍首相のこの発言は河野談話以上に強い調子で慰安婦問題を認め、謝罪している。対米追従、事なかれ主義の外務官僚の言うなりになったということだ。安倍首相に信念というものはあるのか。それは容易に曲げられる信念なのか。それとも日米同盟重視という信念がすべての信念に優先するということか。

 これほどの大事件にもかかわらず日本のメディアがほとんど取り上げていないことは不思議だ。17日に首相官邸で取材に応じているにもかかわらずその事実すら報道されていなかった。まるで申し合わせたように隠していたかのようだ。そして21日の米国メディア(ニューズウィーク、ウールストリートジャーナル)を通じて我々は初めて知ることになる。米国のメディアの報道を日本のメディアが後追いで報道している。よほど都合の悪いことだったと見える。「慰安婦問題など存在しなかった」などと強硬な発言を繰り返していた国会議員や保守・愛国主義者はこの報道を見てどう反応するのだろう。安倍首相のこの無定見、無節操、対米従属ぶりに怒らなければすべては八百長だったということだ。

 それよりも、なによりも我々国民にとって許せないのは、日本国民やアジア諸国に対しては強硬姿勢を貫きながら、米国のメディアを通じ米国に対して謝罪したという事実だ。一体これは何なんだ。


PM Abe Apologized on the Comfort Women Issue to US media、 not Japanese and Asian people

 What is the merit of PM Abe’s visit to US for Japan this time? As far as Japanese media reported so far the agenda of the summit meeting are as follows;

 Follow up of 6 parties negotiation on North Korea
 Afghanistan, Iraq issues
 US- Japan FTA
 BSE affected US beef issue
 Free entry of US insurance companies to a Japanese market
 Japanese cooperation with US War on Terror
 etc.

 It seems as if US President demands and Japanese Prime Minister concedes.

 But the most difficult hidden agenda is how PM Abe evades the mounting criticism against PM Abe’s remark about the Comfort Women Issue. PM Abe once said that there didn’t exist so –called forced comfort women and this remark infuriated the US Congress.

 All of sudden Japanese people knew through US media, Newsweek and Wall Street Journal of 21 April that PM Abe apologized for his remark admitting the existence of forced comfort women. It is so obvious why PM Abe made such remark in the interview with US media. He wants his first official visit to US without troubles. He attaches the most importance to his successful visit to US putting aside his political belief and betraying his colleagues insisting there is no comfort women's issue. It is interesting to watch how the repercussion of this PM Abe's remark among Japanese people.

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2007年04月21日

ブッシュ大統領との朋友関係を小泉前首相はなぜ活用しないのか

ブッシュ大統領との朋友関係を小泉前首相はなぜ活用しないのか

 4月21日の日経新聞は報じていた。ブッシュ大統領は19日のワシントンでの講演で日本に関する得意のワンパターン演説を次のように繰り返したと。

国際社会で親友の一人が日本の首相。プライム・ミニスターコイズミだ

 その後で、「米国と戦争をした日本が今では民主国家になった」と続ける。占領の模範例として日本占領を引用しやがてイラクも日本のようになると言いたいらしい。誰かに振付けられたこの表現はすっかりブッシュ大統領の頭に刷り込まれたようだ。

 しかし、ブッシュ大統領の小泉前首相礼賛は、あながちそのような政治的計算のみから出る発言ではないように思える。ブッシュ大統領は小泉前首相を気に入ったのかもしれない。「「ケミストリーが合う」という表現がよく使われるが、ブッシュ大統領と小泉前首相は相性が良かったのだろう。米国大統領との個人的友好関係をここまで築きあげた日本の首相はいなかった。この事については小泉前首相の個人的資質を素直に認めなければならない。

 問題は首相を辞めたあとそれをどう活かすか、活かす意思と力が小泉前首相にあるかということである。不思議な事にこ小泉前首相にその気配はない。小泉前首相がブッシュ大統領と交友関係を持続しているという報道にお目にかかったことはない。もし本当にブッシュ大統領と小泉前首相の個人的関係が良好であり、本物であるならば、なぜ小泉前首相はその関係を個人的な資産として大切にし、自分のために、そして日本のためにそれを活用しようとしないのか。なぜ安倍首相や外務省、財界は、小泉前首相に一肌脱いでもらおうとしないのか。

 ここにきて日米関係にずれが目立っている。北朝鮮を巡る政策の違い、従軍慰安婦問題をめぐる米国議会の対日批判の動き、米中関係の緊密化、牛肉問題再開に向けた米国のごり押しなどである。

 それに加えて4月19日の毎日新聞には見逃せない記事がのっていた。米国の下院歳入委員会ランゲル委員長(民)とマクレリー筆頭理事(共)が日本の郵政民営化方針に「強い懸念」を表明し、安倍首相との日米首脳会談の議題に取り上げようとブッシュ大統領に迫っているというのだ。米国保険業界など更なる日本への業務進出ができるように、民営化後の郵政会社の優遇を止めろと文句を言い出したのだ。郵政民営化は小泉前首相の専権事項であった。今こそ小泉前首相の出番ではないのか。それとも小泉前首相の郵政民営化の目的は米国への利益誘導であったとでもいうのか。

 シンクタンクをつくって小泉前首相を名誉顧問に仕立てた財界もよく考えるべきだ。今こそ小泉首相の初仕事として小泉前首相を訪米させ、ブッシュ大統領と会談を実現して同席するくらいの知恵を出していいはずだ。  

 そのような動きが本人にもまわりにもまったく無いところが底の浅い日米関係の正体をよく表している。日本人の戦略の無さを表している。ブッシュ・小泉朋友関係の嘘くささを物語っている。


Koizumi-Bush good relation, Is it Real?

 Nikkei Shinbun of 21 April reported that President Bush once again referred to Mr. Koizumi as a one of his best friends among the international leaders in his speech in Washington.

 It is obvious that when President Bush quoted the example of US successful occupation of Japan he wishes the occupation of Iraq will end up with the similarly successful one. Therefore emphasizing the good relation with a Prime Minister of one time belligerent country, Japan, might be construed as a well thought political expression.

 It is, however, true that apart from such political consideration President Bush is fond of former Prime Minister Koizumi and the good relation between President Bush and Mr. Koizumi is somewhat real.

 The question is why Mr. Koizumi does not seem to take advantage of this personal good relationship for his own interest and the interest of Japan and Japanese people.

 There have been many issues between Japan and US such as the issues of North Korean Nuclear, Comfort Women, US military bases etc. which might erode the credibility between two countries.

 Strangely enough Mr. Koizumi does not seem to have communicated with President Bush nor President Bush personally contacted Mr. Koizumi after Mr. Koizumi left Premiership. Neither Japanese Government nor Japanese business circles has asked Mr. Koizumi to make use of his strong relationship with President Bush in order to avoid frictions with US.

 This makes me doubtful whether good relationship between President Bush and Mr. Koizumi is real or not .

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2007年04月20日

日本の政治は機能していない。政治家は不要だ

日本の政治は機能していない。政治家は不要だ。

 機会ある毎に私は指摘してきた。この国の国会は機能していない。今の日本に政治家など要らないと。もちろんこれは極論である。しかし極論が極論ではなくなりつつある。さすがの新聞もそう思い始めたらしい。

 18日の読売新聞は、政府・与党が、夏の参院選挙を念頭において「安倍色」に彩られた重要法案を次々と審議入りさせる方針であると書いていた。その法案とは国民投票法案や在日米軍再編推進特措法であり、教育改革関連3法案、イラク特措法改正、社会保険庁改革関連法案であるという。このうち社会保険庁改革法案を除いては国民の生活にとって緊急に必要なものは何もない。しかもその社会保険庁改革法案でさえ国民の要望から程遠い「食わせ物」である事は4月14日のブログで書いた通りだ。年金問題の解決にはまったく役立たない改革である。しかも改正法案の目的が、「民主党と公務員労組との関係をあぶりだす」(政府筋―18日読売)というのであるから国民不在もはなはだしい。そしてその記事の横には17日の衆議院本会議の写真が載っていた。統一地方選挙や参院補選の期間中だから欠席や途中退席が相次いでいる。議席の半分が空席になっているのだ。これで最重要法案の審議を行っているのだという。そしてまもなく国会は連休休会となる。おびただしい国会議員が税金を使って世界に外遊に繰り出す。

 一方19日の朝日新聞は民主党が国会ですっかり存在感を失っていると書いている。国民投票法案はじめ重要法案の衆院通過を次々と許し、論戦でもアピールできていない。与党が強い姿勢で国会に臨む姿が常態となった。それはひとえに野党が機能していないからだ。「与党が強行すれば、もはや国会戦術の余地はない」と民主党の国対幹部からあきらめの声が漏れると言う。なんという情けない野党第一党であろうか。共産党は頭から相手にされず、社民党の政党存立は風前の灯だ。野党は存在しないも同然だ。

 20日の読売新聞は塩崎官房長官が「集団的自衛権は公明党に配慮して議論進めたい」と19日の記者会見で述べたことを報じている。なんということか。国民の意見より、政権維持に必要な連立相手の政党の意見を優先すると公言しているのだ。 

 このような国会の現状を直視すれば政治家は要らないという極論があながち極論ではないと思えてくる。いや、本当に政治家は要らないのかもしれない。国民の間の利害を公正に調整し、国民の共生、共存を乱す暴力を排除する警察機能さえ確保されていれば、政治家などいなくても日本は国民の手で立派に運営できる。後は外交と国防に専念する国家機能があれば十分だ。特権だけを享受して本来の仕事をしない、できない政治家が、衆参あわせて700名以上も存在する必要性はどう考えても無い。彼らよりはるかに優秀で、知識・教養があり、そして何よりも性根が善良な国民がこの国には大勢いる。彼らは何の特権もないただの国民だ。しかしその国民のほうが有能なのだ。善良なのだ。

 政治さえなくなれば、政治ニュースも不要になる。政治に寄生する政治記者や評論家という職業も不要になる。くだらない政治番組もなくなる。その分だけ我々の暮らしに直接関係する重要なニュースが報道される事になる。

 立法権を独占する政治家は自らの利権を減らすような制度をつくることはない。改憲などという前にいっそのこと国民投票で政治家を削減できないものかと思う。


In Today's Japan the Diet Doesn't Work. Members of The Diet Are Useless

 I don’t know whether in earth any country exists whose political system works for the interest of the people. But certainly the Diet is not working and members of the Diet, therefore, are useless in Japan today.

 For example LDP, the government party led by PM Abe, hastens to pass the bills of Educational Reform, Referendum for Constitutional Amendment, Extension of Dispatching Self-Defense Forces to Iraq, Cooperation for US Military Reorganization etc. which are not urgent in the light of the desperate need of Japanese people who are dying for measures of redressing gaps between the poor and the rich.

 PM Abe tries to pass these bills , not by persuading opposition parties, but by resorting to voting as if showing off his strong leadership.

 Opposition parties are too powerless to stop this arrogance of LDP. Democratic Party, the biggest opposition party, is basically sympathetic with LDP and tends to avoid the dead confrontation with LDP. Japanese people are basically anti-communism and Communism Party has never won and will never win more than a limited support from the people. Social Democratic Party, at one time the biggest opposition party and played the checking role against LDP policies, is now disappearing.

 Under such political situation the debates in the Diet are lacking of seriousness and members of the Diet are doing nothing other than their concern of being reelected in the next election. NO wonder half of the Japanese voters don't have any political parties to vote for. Indeed the Diet doesn't work and members of the Diet are unnecessary in Japan today.

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2007年04月19日

暴力を容認する政府とそれを黙認する我々が長崎市長を殺したのではないか

暴力を容認する政府とそれを黙認する我々が長崎市長を殺したのではないか

 長崎市長が殺された。皆は口をそろえて「あってはならないことだ」、「民主主義の敵だ」、「暴力に屈してはいけない」などと当たり障り無いコメントを繰り返す。しかしそんなことで弱者を黙らせる不条理な暴力が防げるとでも言うのか。

 これまでにも政治家を襲う暴力はあった。「私も選挙期間中に火炎瓶を投げつけられた経験をしているんですから」と安倍首相は言ったらしい。しかし背後から至近距離で銃弾を撃って即死させた犯人のやり方は脅しやいたずらではない。このような明確な殺意を持ったテロは特異だ。

 山口系組織暴力団の代表代行という幹部の反抗である。何故そのような組織が放置されてきたのか。何故銃が日本でほしいままにされているのか。「伊藤市長を殺して自分も死のうと思った」犯人が何故その場で自分の頭にピストルの弾を撃ち込まずに逃げようとしたのか。メディアも国民も何故その事に焦点をあてないのか。右翼と組織暴力団の境があいまいになりつつある今の日本では、間違いなく暴力による言論封鎖は繰り返される。普通の人間であれば間違いなく言動を抑制することになる。自分だけは被害者になりたくないと考える。この事件は暴力を容認する政府とそれを黙認する我々が起こした事件ではないのか。
 何故かむしょうにアミラ・ハスの「パレスチナから報告します」(筑摩書房)という本を読みたくなって、今それを手にしている。イスラエル人でありながらパレスチナ自治区に住んで、苛烈を極めるイスラエルの占領の実態を世界に訴え続けた女性ジャーナリストの6年間にわたる告発記録である。この本を最初に読んだ時の深い感動を私は忘れることはできない。それはパレスチナ抵抗史上に残る最も苛烈な期間(97年―03年)のイスラエル占領政策の実態を誰よりも正確に伝えているからだけではない。世間が褒め称えた「オスロ合意」を「決して混乱に終止符を打つものではない。それどころかアパルトヘイト(人種隔離政策)に行き着くものだ」と喝破し、「パレスチナ問題の本質はイスラエルのパレスチナ人弾圧政策にある」と公言した勇気が私の心を勇気付けたからだ。
「私は傍観者にはならない、傍観者である事は無関心だということです。不正義に対し何もしないことこそ、悪を許すことなのです」と断言し、「ジャーナリストは弱者を追跡するスパイになるべきではありません。強者をこそ追跡するべきです」と述べるアミラ。そのアミラが全身、全霊をかけてパレスチナの現状を訴えてみても世界にその声は届かない。それはあたかもギリシア神話に出てくる美少女カッサンドラの如くである。天賦の予見能力に恵まれながらアポロンの怒りに触れ、語る言葉のすべてが人に届かない魔法をかけられたあのカッサンドラである。しかし私には聞こえる。真実を語り続けるアミラの言葉がいつかは正しかったと証明される時が来ると。

敵を恐れることはない。敵はせいぜい君を殺すだけだ。
友を恐れることはない。友はせいぜい君を裏切るだけだ。
無関心な人びとをおそれよ。彼らは殺しも裏切りもしない。
だが、無関心な人びとの沈黙の同意があればこそ、地上には
裏切りと殺戮が存在するのだ。

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2007年04月18日

イラク情勢の混乱に「貢献」する日本外交

イラク情勢の混乱に「貢献」する日本外交

 イラクを破壊してしまったのは勿論米国のイラク攻撃である。その米国が今度はその占領政策の失敗によってイラクの再建を妨げ、イラクを内戦状況に突き落としてしまった。

 米国が撤退の前提としていた「選挙によるイラク政権」が成立して久しい。それにもかかわらず米国は撤退しようとしない。そしてその米軍の撤退を巡ってイラク政権の亀裂が深まる一方である。米国占領軍の撤退こそ全てに優先するという超宗派の大規模デモが起きる一方で、「治安回復が撤退の前提だ」として増派と掃討作戦を強行するブッシュ大統領の間で、マリキ政権はもはや完全に統治能力を失っている。

 そんな中でイラク政権内部のさらなる対立が表面化した。シーア派の対米強硬派指導者サドル師派の閣僚6人全員が辞任するというニュースが4月15日、世界を駆け巡ったのだ。

 その原因がマリキ首相の訪日中の発言だったとしたらどうだろう。4月16日の日経新聞(夕刊)はそう報じているのだ。「マリキ首相が先の訪日時に、米軍の駐留期限を設ける必要は無いと発言した事に反発、政権をゆさぶる狙いがある・・・サドル師は一貫して米軍のイラクからの撤退を求めている。昨年11月マリキ首相がブッシュ大統領と会談した際にも閣僚らの職務を停止してマリキ政権に抗議した・・・」という記事がそれだ。

 あらためてマリキ首相訪日を報じる当時の新聞を読み直してみた。4月10日に行われた日本記者クラブの会見では、「(イラク駐留米軍について)現段階では撤退日程を設定する必要は無い」と述べたと報じられている。この発言を日本の新聞は「増派による治安回復を目指す米政権の方針を擁護した」と勝手に解釈して書いている。その一方でマリキ首相は「自分たちの治安部隊ができつつあり、できるだけはやく多国籍軍が不要になるところまでもっていきたい」とも述べたという(いずれも4月10日朝日新聞)。本音では米軍撤退を望んでいる事は明らかだ。

 私は4月2日のブログで、やはり日本に招待されて訪日したイラクのハシミ副大統領の「米軍