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2007年03月17日

外貨準備を自由に運用できない日本の財務省

外貨準備を自由に運用できない日本の財務省

 3月17日の日経新聞に「日本の財務省が中国の外貨運用に神経をとがらせている」という記事を見つけた。この記事の持つ意味は深い。

 3月9日、中国の金人慶財務相が、1兆億ドルを超える世界最大の中国の外貨準備を「効率的に運用する」新会社を設立すると発表した。不動産や海外油田などへの投資を積極的に行うのではという憶測が、直ちに世界市場を駆け巡った。

 このように外貨準備を投資に回す動きは、実はシンガポールや韓国にも見られる。すなわちシンガポールは政府投資公社を通じてヘッジファンドなどリスク資産への投資を拡大しつつあり、韓国も韓国投資公社が先進国株に外貨準備を振り向け始めている。

 ひるがえって日本の外貨準備は07年2月末時点で約9050億ドルと中国についで世界第二位である。なぜ日本の財務当局はこのようなアジア諸国の動向と一線を画し、その殆どを米国債購入一辺倒で運用し続けるのか?

 財務省は05年4月に外貨資産の運用方針を発表し、「流動性・安全性への最大限の配慮」を強調した。「外貨準備は為替相場への介入や不測の国際決済に備えた資産であり、運用の巧拙を問うものではない」、「元本割れの恐れのある運用などできない」(財務省国際局筋)という訳だ。見事な嘘だ。

 日経新聞の記事は、日本の場合は外貨準備の運用の多様化を急がなくてもよい別の理由があるとして、5%弱で推移する米国債金利と日本のゼロ金利の差からくる確実な利益を指摘している。それが真の理由であると日経新聞は本気で思っているのだろうか。決してそうではない。日経は本当の理由を知っていても書かないのだ。

 なぜ日本の金利が事実上ゼロに据え置かれ、米国金利との利ざやを放置して来たのか。問われるべきはそこだ。日本の外貨準備の大半が米国債購入につぎ込まれてきたのは、米国の政治的圧力に屈したのだと言われて久しい。それを正当化するために意図的に日米金利格差が国策として維持されてきたのではないのか。

 日本は米国債を売り飛ばして外貨準備を自由に運用できないのだ。今では故人となった橋本龍太郎元総理は、97年6月、ニューヨークの講演の場で、苦しい日本の財政事情を思うと「私は何回か米国債を売却したい誘惑にかられたことがある」と失言し、ダウを一時的に暴落させ、米国側要人を怒らせたことがあった。米国の橋本に対する評価は急落し、それ以来米国債の話は日本ではタブーとなった。日本の外貨準備は米国連邦準備理事会の金庫にそのまま管理されており、日本が自由に使えない仕組みになっているという説もまことしやかに囁かれているほどだ。

 そうだとすれば、いまや外貨準備世界一の中国が積極的に外貨準備を運用することに、日本の財務省当局が神経をとがらせている理由はよくわかる。なぜ中国にできて日本にそれができないのか。その答えは必ずしも「慎重な運用をしなければならない」からだ、という表向きの理由だけではない。米国の身勝手なエゴを相手にせず、自国の国益を優先させるという自主外交力があるかないかの差に他ならないのだ。


The Contrast Between China And Japan Regarding the Effective Investment of Foreign Currency Reserves

 Now China is the number one owner of foreign currency reserves of over 1000

 billion US dollars while Japan is the number two whose foreign currency reserves exceeds 900 billion US dollars.

 The policy of investing that foreign currency reserves, however, is totally different between China and Japan.

 Recently Chinese Government announced that she will set up a new investment company to make best use of China’s foreign currency reserves. That means China will invest her foreign currency reserves in real estates, overseas oil developments and others.

 On the other hand Japanese Government repeatedly says to the public that Japanese Government cannot take a risk to lose its foreign currency reserves. Instead of looking for a better opportunity to make use of foreign currency reserves Japan has been spending almost all Japanese foreign currency reserves for purchasing US treasury bonds.

 It is said that the interest rate of US bonds has been around 5% and that is far higher than Japanese almost zero interest. That is why Japanese Government purchased US Bonds which is reliable and yet brings enough profits.

 Nobody in Japan believes this explanation or rather excuses. It is so widely conceived that US Governmentconstantly pressures Japanese Government to purchase US treasury Bonds so that Japanese foreign currency reserves will compensate for the huge financial deficit of US economy. Indeed the Japanese zero interest has been politically arranged so that money tends to go to the US financial market of around 5% interest rate. MoreoverJapanese Government is requested by US Government not to sell the US Bonds.

 Why China can use their foreign currency reserves at their own will and seek for the best return of investment while Japan uses her huge foreign currency reserves for only purchasing US treasury Bonds ? That difference comes from the difference of leadership.

 Chinese leadership simply attaches more importance to the national interest than the interest of US, while Japanese leadership always attaches more importance to US interest rather than their own national interest.

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2007年03月17日

共存、共生できない国になる悲しさ

共存、共生できない国になる悲しさ

 外資による日本の企業買収、合併のニュースが報道されない日はない。この傾向は今後も加速度的に進んでいく事は間違いないであろう。

 問題はそれに対抗するかのように、日本企業同士の「喰うか喰われるか」の競争が表面化してきたことだ。最近では大丸と松坂屋の経営統合が発表されていた。

 この百貨店の統合に関する3月17日付の夕刊紙日刊ゲンダイの記事を読んだ私は深く考えさせられた。企業買収や統合をめざすということは、共生を拒む事ではないのか。他社との共存よりも他社に勝つか負けるかばかりを考えることではないのか。そしてそれはこれまでの日本人が暗黙のうちに大切にしていた何かを捨て去る事ではないのかと。

 日刊ゲンダイの記事はこういう記事である。経営統合を発表したその日、両社のトップが、「新会社に参加したいパートナーがいれば検討する」という思わせぶりな発言をしたという。この発言の裏に隠された真意について、それは大丸奥田会長の次のような野望にあると、流通業界関係者は指摘しているというのだ。

 一つは地方の有力百貨店を吸収することである。仙台の藤崎、岡山の天満屋、鹿児島の山形屋、広島の福屋あたりを新ホールデイングカンパニーの傘下に置けば、全国主要都市に店舗を持つ巨大グループが誕生する。これら地方百貨店は、高島屋、三越、伊勢丹などのメガ百貨店に早晩乗っ取られるよりも、新ホールデイングカンパニーの傘下に入ったほうがマシだと判断するだろうという読みからくる、地方百貨店取り込み作戦である。

 二つは百貨店を核とする「日本を代表するリーデイングカンパニー」を目指すということである。スーパーばかりか、コンビニ、専門店、ショッピングセンターなどをグループ化し、セブン&アイやイオンに対抗できる巨大流通グループを築く作戦である。

 要するに大丸・松坂屋の統合は「最初の一歩」に過ぎない。新パートナー募集が不発に終われば、次の一手はM&Aに変わる可能性を秘めた統合劇がスタートしたのだという。

 私はこの記事を読んで何とも言えない気持ちにさせられた。確かに、企業経営者にとって自らの会社の強化、拡大を図る事は当然なのであろう。会社の収益性を高め、マーケットシエアを大きくする事に成功する経営者は「優秀な経営者」として評価される。優秀な経営者はマスコミを賑わし、その発言は政治的、社会的に影響力を持つ。しかし昨今の企業買収劇を見ていると、それは共生、共存という、「日本人が大切にしてきたもの」を心に痛みなくあっさりと捨て去るということではないのかと思えてくる。そこまでしてビジネスに成功することが、そんなに立派なことなのだろうかと疑問の一つでも呈してみたくなる。

 その昔私がまだ小さい子供の頃、母に手を引かれて、住んでいた町に出来た雑貨店に、夕暮れ時によく買い物に行った事を思い出す。今日のような巨大なスーパーのほうが物は豊富で便利かもしれない。しかしあの時の母に買ってもらったアイスキャンデイーを舐めながら帰った至福の気持ちを感じることはない。

 成果主義だけが全てのようになった社会が人の心を貧しくさせてしまったのではないか。嫌いな奴や競争相手とも共存していく、そんな心の余裕が日本人から失われつつあるような気がして悲しいのだ。


Japan Seems to Lose Its Traditional Virtue, Co-Surviving

 Nowadays the news of merge and acquisition by foreign capital funds has been reported everyday.

 It is sad to see that influenced by and resisted to this US style The Bigger The Stronger survival game Japanese business leaders also seem to become so desperate for merge and acquisition of other companies.

 Recently Japanese department stores of Daimaru and Matsuzakaya announced their integration. The remark of Mr. Okuda, chairman of Daimaru at the announcement of the integration made other leaders cautious. Mr. Okuda said that we are welcoming any partner who is interested in joining with our new company. This remark alludes that the integration this time is not the end but beginning of Mr. Okuda’s ultimate ambition. That is to say the ultimate integration of all major distribution business in Japan.

 Under the principle of what is called new economy, the bigger the stronger, it is natural that every leader of company tries to acquire other companies or tried to avoid being merged. The leader who can make profits and enlarge the company size are appraised and respected in the business world.

 Nontheless many Japanese feel uneasy with this winners almighty attitude. Japanese might feel such idea will destroy the traditional value of Japanese virtue of co-surviving or co-existing.

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