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2007年03月06日

財界がつくる政策研究機関の最高顧問になる小泉前首相

 財界がつくる政策研究機関の最高顧問になる小泉前首相

 3月6日付読売新聞に次のような記事を見つけて思わずわが目を疑った。

小泉前首相の首相秘書官を務めた飯島勲氏は5日、都内で講演し、小泉前首相が途上国との外交関係の強化に貢献するため、トヨタ自動車やキャノンなどの大手企業がつくる政策研究機関の最高顧問に月内に就任することを明らかにした・・・出席者によると、飯島氏は現在の外交について、「G8(主要国)を中心とした大国主義だ」と批判した。そのうえで、小泉前首相は研究機関の最高顧問に就任した後、中東、南米、アフリカなどを訪問し、日本との交流を発展させることに尽力するという見通しを示した

 私のこのブログを飯島氏や大手企業の責任者が読んでくれることを心から期待する。このブログは彼らに対して書いているのだ。勿論小泉前首相に対してもである。

 「米国との関係さえ良ければその他の国との関係もよくなる。その他のどんな国との関係が良好でも、米国との関係が悪ければ国益は損なわれる」と国会で繰り返し強調していたのは誰だったのか。そのような日米同盟絶対主義者である小泉前首相が、どうして反米感情を高めている中東や南米との交流を発展させることが出来るというのか。

 小泉前首相はかつて厚生大臣の時、アフリカのジンバブエという国を訪れ、ムガベ大統領に会うことが出来なかった事を怒り、「こんな国への援助は打ち切れ」と大使を怒鳴りつけた。たかが一閣僚の分際で訪問国の大統領に会えなかったからと言って激怒する。それはアフリカ蔑視ではないのか。そのような不遜な人間に、どうしてアフリカとの関係強化が出来るというのか。

 自らの師であった福田赳夫元首相がつくったOBサミットへの出席を頼まれた小泉前首相は、面倒だと即座に断っているのである。

 そもそも小泉前首相は自ら認めているように、「政局」の人であり「政策」の人ではない。いくら総理を辞めたからといって、国会審議はもとより、議員会館にも出て来ない小泉前首相からは、およそ政策に関する話は伝わってこない。伝わってくるのはテレビタレントの息子から綾小路きみまろの本をわたされたと喜んで吹聴したり、セレブ大好き人間の林真理子や「過労死は自己責任の問題だ」と言うような奥谷礼子たちとつるんで会食を楽しんでいるとか、最近では「支持率を気にするな」、「鈍感力が大切だ」と安倍首相に助言したとか、そんな類の話しばかりだ。恥ずかしいと思わないのか。

 そんな人物が政策研究機関の最高顧問になって何をするというのか。出来るというのか。大手企業の責任者ももう少しまじめに考えたほうが良い。貴重な会社の金をもっと有意義に使ったほうがよい。日本には有望な若い学者が多くいる。研究資金に苦労しながら地道に研究を重ねている多くの研究者がいる。そういう若者の育成の為にこそ予算を使うべきではないのか。それこそが日本の将来に貢献する企業の責任ではないのか。大企業と言えども、役割を終えた政治家の暇つぶしや売名行為に会社の金を無駄遣いする余裕はないはずである。それよりもなによりも、会社の為に汗を流して働いている社員に会わせる顔があるというのか。

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2007年03月06日

一枚の写真ー米兵の誤射で両親を殺されて泣き叫ぶ少女

 一枚の写真ー米兵の誤射で両親を殺されて泣き叫ぶ少女

 3月6日の毎日新聞に小さな記事を見つけて嬉しくなった。そして悲しくなった。あの時の悲しさと怒りを二年ぶりに思い出した。

 毎日新聞のその記事は、国際フォトジャーナリズム大賞の第一位に米国写真家クリス・ホンドロス氏(36)の写真「在イラク米軍夜間パトロールの惨劇」が選ばれた事を、その写真とともに報じていた。

 残念ながら私は写真をブログに転載する技術を持ち合わせていない。この写真は05年1月に、イラクのアルアファルでパトロール中の米兵に両親を誤射されて泣き叫ぶ一人の少女の絶望的な表情をとらえている写真だ。暗闇のなかで泣き叫ぶ少女のまわりだけが照明に照らされて明るい。血まみれの少女の側には暗闇の中で立っている米兵の大きなブーツと機関銃が明かりに照らされている。そういう写真である。

 私がこの写真を始めて目にしたのは、JR駅構内の売店で購入したニューズウィークを読んだ時だった。その時の悲しみと怒りを私は05年1月の私のブログで次のように書いたものだ。少し長くなるがここに引用させていただきたい。

・・・・05年1月30日―メデアを読む
 どこまで殺せば気が済むのか

 日曜日(30日)の夕暮れどき、東京へ向かう横浜駅の構内でニューズウィーク日本版(2月2日号)を買い求めて列車のなかでパラパラトと頁をめくった。最後のほうにさしかかったところで手が止まった。目が釘付けになったのだ。暗闇のなかで明かりに浮かんだ幼い女の子がしゃがみ込んで泣いている。大きな口をあけて大声で(もちろんその声は紙面からは聞こえてこないのだが)泣いている。あたりは血だらけで、その女の子の手や顔は血にまみれている。隣には米軍兵と思われる男のブーツが映っている。

 「突然の悪夢」と題された短い写真説明にはこう書いてある。

 1月18日、イラク北部のタルアファル。パトロール中の米兵の銃撃を受けて父親と母親が殺され、泣き叫ぶ少女。

 その記事はこう書かれていた・・・国民議会選挙を前に緊迫度を増すイラク・・・夕暮れが近づいた時、1台の車が走ってきた。米兵はいつものように車内を調べるために手振りで車を停止させようとした。車が止まらなかったため、米兵は威嚇射撃をした。車はそれでも止まらなかった。数秒後、米兵が車に銃弾を浴びせかけた。車はそのまま交差点に突っ込んだ後、ようやく止まった。米兵が近づくと、車内からは子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。後部座席に5人の子供が乗っており、運転していた父親と、助手席にいた母親は息絶えていた。車から連れ出された少女は「なぜ私たちを撃ったの?武器は持っていないのに!ただ家に帰る途中だったのに!」と泣き叫んだ・・・

 私はもう一度写真を見つめた。少女の血まみれになった泣き顔を凝視した。涙がとどめなく流れてきた。人目をはばからず泣いた。なぜこんなことが許されるのか。イラクの国民議会選挙を成功させる事がこの子の涙より重要とでもいうのか。

 学生の頃、ドフトエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んで感動した場面を思い出した。主人公のアリョーシャに向かって兄のイワンが次のように述べるくだりである。・・・もし未来の永遠の調和のために、この子供の苦しみが必要であるとするならば、自分はそんな高い入場料を払わねばならぬ未来社会への入場券は突っ返すだろう。幼い受難者のいわれなき血の上に築かれた幸福など、自分は絶対に受け入れることができない。自分は喜んで神を認めるし、神が世界を造ったことも認めるが、罪なき者がいわれなく苦しむ不合理に満ちた、神の造ったこの世界だけは絶対に容認する事が出来ない・・・

 ブッシュのイラク占領を憎む気持ちを今ほど強く感じたことは無い。この写真をブッシュの娘に見せてやりたい。二期目の大統領就任式の前夜、数名のボデーガードを引き連れて一晩で40万円も使って飲み明かし、就任式に大あくびをしていたブッシュの娘に、一瞬にして両親を奪われ、一人ぼっちで残された幼い命の悲しさと悔しさを見せてやりたいのだ・・・・・・

 あれから二年以上もたったのだ。イラク情勢はさらに悪化している。そのあいだにもどれだけの犠牲者がうまれていったことか。

 私はあの時イラク戦争に大声をあげて反対してよかったとつくづく思う。おかげで私は平和主義者になることができた。戦争に反対する強い意見を持てるようになった。誰がなんと言おうとあの戦争は間違いであった。そして、その米国と軍事同盟を強化する日本はどう考えても誤った道を突き進んでいる。日本の指導者や官僚、学者、財界などがどのような理屈をならべたてようと、米国と協力して戦争国家に進もうとしている日本をなんとしてでも食い止めなければならない。この当たり前の事を私は叫び続ける。この一枚の写真が私を誰にも負けない勇者にしてくれたのだ。

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