Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2007年02月28日

市民が社会を担う時代とその時のおける政治家の役割

 市民が社会を担う時代とその時における政治家の役割

 政治家は何のためにあるのか。政権を奪い合うことではない。選挙に勝つ為の票集め、資金集めに奔走することではない。人気取りのために国民に迎合することではない。テレビにゲスト出演し顔を売ることではない。政治家は国民の暮らしと安全を確保するために公務に専念するためにあるのではないのか。

 しかし、与野党の政治家、政党を問わず、彼らの活動はこの最低限の責務を果たしていると言うには程遠い。これが今の日本の政治の現実である。毎日流されるうんざりするほどの次元の低い政治ニュースに、我々はいい加減愛想をつかすべきだ。もっと他にするべきことがあるはずだ。報ずべきニュースがあるはずだ。

 2月24日の朝日新聞土曜版に、「新市民」が社会を担う、という見出しの興味深い特集記事があった。この連載を始めた朝日新聞の編集者には次のような問題意識があったという。すなわち行政(政府や自治体)と営利企業という二つの既存のシステムだけでは国民のニーズを十分に満たすことが出来ないとすればどうすればいいか。硬直的で官僚的な行政と、利益優先の私企業だけでは対応できない社会的ニーズは確かにある。それを行政や私企業のいずれからも独立した、民間人の非営利団体による活動が補う現象が日本でも活発になりつつある。その役割がこれからの社会で強化、拡大されなければならないのではないか。

 たとえば、長男の不登校を機に、不登校の子どもらのフリースクールを開設した主婦が紹介されている。教育行政では「不登校は本人や親が原因」とされ、不登校の子どもは自宅にいるしかない。その子どもたちに「安心していられる学校外の居場所」を提供し、学習の機会も保証したい、そういう一念で1985年に学校を立ち上げたのだ。その学校は今では首都圏4箇所に増え、800人が通っているという。

 またある人はNPO銀行を立ち上げた。市民がお金を出し合い、社会に役立つと思う事業に貸し出す、いわゆる「非営利融資」を行う「市民銀行」である。「私たちの預貯金が知らぬ間に環境破壊や米国の戦争に使われている。こんなことはおかしいのではないか。自分のお金の使い道は自分で決めようじゃないか。私たちのお金で社会を変えたい」と未来バンク事業組合理事長は熱く語る。

 この特集を組んだ先ほどの朝日新聞の編集者の言葉を再び引用するとこうだ。「・・・昔の『市民運動』は行政に社会問題の解決を求めるだけで終わりがちだった。ところが、今の『市民運動』は自分で問題の解決方法を考えて実践する。この担い手を『新市民』と呼んでみた・・・」

 前置きが長くなった。今日のブログで私が言いたい事は、これら「新市民」の動きに呼応する「新政治家」の出現が今ほど求められている時はないということである。これこそが私が考えていた「もう一つの政治」であり、「もう一つの政治家」である。

 これら新市民は、本来は行政が行うべき公共的な活動を、高いこころざしと行動力を持って、自らの資金とエネルギーを使って行おうとする人たちだ。本来は政治が行うべき事を、その政治が不十分だから、自ら行おうとする人たちではないか。そうだとすれば、それを支持し、それら新市民を代弁する政治家が国会に登場してもおかしくはない。いやむしろ出てこないほうがおかしい。

 その政治家は私益とは無縁の政治家だ。地域利権や特定組織、既存政党のしがらみとは無縁の政治家である。その政治家の果たす役割はただ一つ、全国に広がる新市民の活動を、立法的、財政的に支援することである。

 「新市民」の活動によって、行政の役割は減ずる。行政の無駄な仕事は減らさざるを得なくなる。その分だけ行政の定員、予算も削減されるべきだ。そしてその予算は「新市民」の活動へ振り向けられるべきだ。その役割を果たすのが「新政治家」の役割なのである。

 なぜ無党派層がここに来て急増しているのか。それは与野党を問わず、既存の政党や政治家は、自分たちの生活に役に立たないと思っているからである。政治家という特権を使って好き勝手な事をやっていると映るからである。そんな既存の政治家が立法権を独占し、官僚を使って税金を徴収し、官僚に命じてその税金からまかなわれる国家予算を配分する権限を有している。あるいは官僚に利用されて国民の利益に反する事の片棒を担がされている。そんな政治は要らないのではないか。今の日本はそんな余裕はないのではないか。

 社会を自らの手で担っていこうとする新市民のために、それに呼応して立法や予算獲得を目指す新政治家を国会に送り出さなければならない。新市民とその協力者が100万人集まれば一人の政治家を参議院に送り込むことができるのだ。一つの私的な宗教団体のために800万票が集まる日本である。そしてその宗教団体がキャステングボートを握って日本の政治を左右するような日本なのである。

 しがらみのない、無私でこころざしが正しい新市民の活動に、100万票の支持が集まらないはずはない。集まらないとおかしい。いつの日か100万票が800万票になり、日本の政治のキャスチングボートを握る日が来ないとも限らないのだ。私が提唱している、既存の政党から決別した政治、すなわち「もう一つの政治」の姿がここにある。「新市民」に関する朝日新聞の特集記事は、私の考えにまた一つ新たなヒントを与えてくれた。日本が蘇生できるとすれば、これしかないと私は本気で思っている。


New Citizen Will Rescue Japan, New Citizen Will Make Japan Anew


  The Saturday Edition of Asahi Shinbun 24 Feb introduced what they call “ New Citizen". New Citizen means those people who started socially needed activities which neither governmental services which are rigid and authoritarian nor profit- oriented commercial system can provide.

  For example one housewife, who is looking for a suitable school for her autism son in vain, decided to set up a new school and later many people join and support that school.

   Another person set up a new bank for the purpose to finance socially appreciated activities which ordinary commercial banks never finance for. He found it so absurd that the money he deposits at a commercial bank is eventually used for destroying environment and supporting wars. Instead he set up his own bank collecting money from those who support his idea and lend the money for those who engage in various activities which are socially beneficial.

   These are just a few example of the activities for New Citizen and the needs of these activities will be certainly increased. This is what is called NGO or NPO activities which is common in US and Europe. Japan will catching up with these countries.

My proposal is that New Citizen should try to send their representative to the Diet.Now is the cance to do so. In Japan people are so disappointed with existing political parties and politicians because they are too busy with fighting for political hegemony or seeking for their own re-election. Thus there is a need for a completely new politician who can meet the need of New Citizen and supports their socially appreciated activities. New Politician corresponding to New Citizen might be a surprize in the coming General Election of Upper House in July.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月27日

閑話休題 CIAの極秘文書が教えてくれた戦後の暗黒史

閑話休題 CIAの極秘文書が教えてくれた戦後の暗黒史

 今日のブログは書くほうも、読むほうも気が重くなるような内容であると思う。しかしどうしても書いておかなければならない。私がこのブログを書き続けるためにも、早い段階で問題提起をしておかなければならない。そう思って書いた。

 2月26日の読売朝刊は、米国中央情報局(CIA)が児玉誉士夫(右翼)や辻政信(元陸軍参謀)について「情報要員としての価値はなきに等しい」、「(日本の再軍備のために米国を利用し)第三次大戦さえ起こしかねない男」などと酷評していたことをスクープした。

 この報道は重要性な意味を持つ。それは、児玉や辻の正体が実は「うそつき」、「大泥棒」、「役立たず」であったという情けない事実を教えてくれたからではない。これら人物が米国により戦犯容疑者から無罪放免してもらい、その代わりに米国の手先になって米国の日本占領に加担したという、いわゆる戦後の暗黒史が実は歴史的事実だったということを、ここであらためて我々に確認させてくれたことにある。昭和の歴史を体験している人々が死んでいき、戦後生まれの世代が日本人の大勢となる時代が来ようとしている今日こそ、暗黒史を正史として残す作業は誰かの手で続けられなければならないのだ。

 なぜ自民党は永久政権政党であり続けるのか。そしてその自民党政権がなぜこれほどまでに対米従属政策を続けるのか。本来は愛国的であるべき右翼が、こと米国になると対米従属政策をまったく批判しないのはなぜか。なぜ日本には社会党や共産党といった左翼、護憲勢力が幅広い国民の支持を得られないのか。それらの問いに答えてくれるのが、暗黒史と言われるもうひとつの歴史である。

 暗黒史は、歴史教科書は勿論のこと、大手の全国紙などにもほとんど出てこない。だから一般の善良な国民は「そんなことはありえない」と思い、それを大声で語る者は、一歩間違えば「荒唐無稽な陰謀論者」と一笑に付されかねない。しかし、実は今日の外交や内政に見られる数々の権力犯罪を追及していけば、最後は必ずここに行き当たるのだ。私がブログで権力者の不正を書き続ける時にぶち当たる虚しさは、実はブログの読者の数が少ないということではない。この巨大な壁のあまりの大きさを痛感するからである。

 今日の日本は米国の占領を境に民主主義に生まれ変わったと思っている日本人は多いと思う。しかし決してそうではないのだ。今日の日本は戦前、戦後を通じた暗黒史の延長線上から成り立っているのである。たとえば読者は次の事実(と多くの者が思っているが決して公式には確認されていない事実)を知っているか。

 A級戦犯で処刑された7名の影で、多くの戦犯容疑者が米国の手で釈放され、米国の日本占領政策に加担してきた。正力松太郎や岸信介、賀屋興宣、笹川良一、児玉誉士夫、などはその典型である。

 米国の日本占領支配はある時点から徹底した反共政策に転じ、そのために日本の保守政権やそれを支える特定の保守、反動人物に資金提供をしてきた。その目的達成のためには、スパイを送り込み、右翼、暴力団を利用して、日本社会をコントロールしてきた。安保闘争のデモ鎮圧に自民党は全国の暴力団や右翼団体を動員する「アイゼンハワー歓迎実行委員会」立ち上げ、児玉誉士夫に暴力団のとりまとめを依頼していたのだ。

 盗聴、おとり捜査などの公安警察の非合法な「反共秘密工作」は確かに実在しており、亀井静香議員も警察官僚時代にその秘密活動を指揮した一人であった。その一方で日本共産党も、ソ連からの資金援助を受け、あるいはシベリア抑留で共産主義者として洗脳された者たちにより、日本における共産主義革命を画策していた。現日本共産党委員長志位和夫の叔父である志位正二元関東軍少佐は、米国へ寝返って亡命したソ連のスパイであるラストボロフの協力者であったという。善良な一般国民の中で日本共産党の支持者が増えないのは、日本共産党もまた暗黒史のもう一方の脇役であった事を知っているからだ。

 ロッキード事件は全日空の次期旅客機選定に絡んだ田中元首相の汚職犯罪のみが喧伝される一方で、防衛庁の次期対潜哨戒機導入に絡む疑惑はほとんど捜査されず、真相がまったく解明されないままに幕が引かれた。その背後には日米安保体制を守り、その利権を温存しようとする日米両国の政治指導者たちの巨大な意思が介在していたという指摘が説得力を持つ。

 小泉劇場やヤラセ事件で電通が政府の情報操作に加担していることが明らかにされている。しかし電通の前身は関東軍と結託して情報宣伝工作をやっていた国策会社「満州国通信社」である。その電通が戦後は米国の意に沿って日本のメディアをしようとしているとしても不思議ではない。

 このような暗黒史、陰謀説については、どこまでが事実であるかを検証することは難しい。たとえそれが事実であったとしても権力者は決してそれを認めようとはしない。それどころか真実を突き止めようとすれば生命の危険を覚悟しなければならない。だから社会的に地位のある「まともな国民」はそれ以上追及しないのだ。係わり合いを持ちたくないと考えるのだ。

 それが現実なのである。しかし、それにもかかわらず私はこの暗黒史を正史にする努力は誰かの手によって、あきらめることなく続けられなければならないと思っている。なぜならば暗黒史の影で繰り広げられた権力者の犯罪は、今日我々の目の前で繰り広げられている権力犯罪とその根底で共通していると思うからである。それよりも何よりも、暗黒史の当事者であった人物の子供や孫や縁戚者が、今日に至っても日本の権力を掌握し、政治を動かしているという現実があるからである。

 いくら市民の覚醒に期待しても、そして覚醒した市民の手で政治の腐敗や為政者の誤りを正そうとしても、最後にぶち当たるのが、この戦後の暗黒史という強大な壁である。暗黒史を闇のままに葬ってはならない。一つでも多くの暗黒史を正史にしなければならない。そうすれば我々の政治に対する認識も変わるに違いない。日本の政治がここまで国民の利益に背馳するものではなくなるかもしれない。ここまで米国に搾取され続ける日本を救い出す事が出来るかも知れないのだ。

 読売新聞のCIA極秘文書の記事は、あらためて私を奮い立たせてくれた。今しばらく真正面から歴史を監視していきたいと思う。

 なお読者には、最近刊行された「謀略の昭和裏面史」の一読をお勧めしたい。このブログを書く決意をしたもう一つの理由はこの著書に大いに啓発され、勇気づけられたからである。



Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月26日

縮小する在韓米軍、強化される在日米軍

 縮小する在韓米軍、強化される在日米軍

 米軍が握り続けてきた韓国軍の指揮権が、ついに2012年に韓国に移管されることになった。2月25日の新聞各紙はこの歴史的合意について一斉に報じている。しかしどの新聞もその背景にある米国の安全保障政策の転換について触れることはない。気づかないのか、それとも知っていながら書かないのか。

 安全保障問題の解説となると、とかく専門家の専権事項と思いがちだ。しかしそんなことは決してない。常識があれば誰でもおおよその事がわかる。語ることができる。機密情報に接することのできない我々にとって、全てを正確に知ることはもちろん出来ない。しかし公開情報と国際情勢の動きに注意していれば、何が問題であるかはわかるのだ。

 韓国は、朝鮮戦争のさなかの1950年に、マッカーサー国連軍司令官(といっても実質的には米軍司令官)に作戦指揮権を委譲した。1978年に米韓連合軍司令部が創設されそれにともなって指揮権は米韓連合軍司令部に引き継がれたが、指揮権は米国が握ったままだった。その後1994年に、訓練などの平時の指揮権に限って韓国側に移管された。そして今回の合意である。やっと2012年に戦時の指揮権も韓国へ移管されることになったのだ。

 それにしても、北朝鮮の核の脅威が高まっている時に、なぜ移管が合意されたのか。それは、一方において自主国防をめざすノムヒョン政権の粘り強い要求と韓国のナショナリズムの高まりがあり、他方において混迷する中東情勢に縛られる米国が韓国の要求に譲歩したのだ、と説明されている。

 はたしてそうだろうか。米国が自国の安全保障政策において譲歩するということはありえない。今回の合意は積極的な米国の判断である。米国が安全保障政策を変更したということなのだ。その結果、韓国の自主国防がやっと米国によって許されたということだ。しかしその米国は、日本に対しては日米同盟をより強化したいと迫っている。ここに問題の本質がある。米国に見捨てられた韓国と、米国に期待される日本だ、と喜んでいる日本人がいるとしたら何もわかっていない。

 米国にとっての北朝鮮の脅威とは北の核が中東のテロに渡ることだけである。それさえ確保できれば米国は北朝鮮を攻撃することはない。北朝鮮も米国が体制保障さえしてくれればそれで良いのだ。六カ国協議で米国と北朝鮮が合意した事は正にこの点である。北朝鮮の有事は遠のいたのである。

 そうだとしたら、大規模な米軍を朝鮮半島に駐留させておく必要性はもはやない。統制権を韓国軍に移管し、韓国の自主防衛力を高めさせたほうが米国にとって合理的なのである。

 しかし日本の場合は事情が違う。テロとの戦いの為には日本の軍事協力がますます必要になる。在日米軍の機能を米国の都合の良いように強化し、陸軍第一軍団司令部をキャンプ座間に移転させて自衛隊の指揮権を握る必要がある。それらはすべて、米国の唯一、最大の米国の敵であるアラブの反米テロ組織との終わりのない戦いに備えるためである。日本を、共産主義の脅威に対する極東の拠点から、「不安定な弧」における対テロ重要拠点に作り変えようとしているのだ。

 米国にとって、日本の資金力、技術力、安定性、米兵生活の快適度、そして何にもまして日本政府の従順性は、この上なく魅力的であった。こんな格好の獲物を米国が手放すはずはない。日本さえ押さえておけば、どんなアジアの国の米軍基地ももはや不要に等しい。

 かくして、日本の安全保障政策とは、日本を守ることではなく米国の安全保障政策に協力することなのである。日米同盟がかつてないほど強化されているなどと喜んでいる政府の指導者たちは、その考えが根本的に間違っている。国民を裏切っているのだ。新聞が書くべきは、まさにこの事である。


 Why US Shrinks US-Korea Alliance Amid the North Korean Nuclear Threat?

 Japanese newspapers of 25 Feb unanimously reported that the agreement was finalized that US returns the command of Korean military forces to Korea in 2012, which has been taken by US since the Korean War in 1950.

 People might ask why US conceded to relinquish its military grip over Korea amid the North Korean nuclear threat. People might also ask why US tries to strengthen US-Japan military alliance while US-Korean military alliance thus shrinks.

 The answer is quite simple. After the September 11, US shifted its security policy from the War against the Communism to the War against Terror. Since US compromised with North Korea not to threaten her in exchange for the North Korean assurance not to provide nuclear weapon to Arab terrorists. There is no more danger of war in the Korean Peninsula. The need of US military presence in Korea will be decreased. This made US to decide to return to Korea the command of Korean Forces.

 The importance of US Military Forces in Japan on the contrary will be increased.

 The financial strength, technological strength, political stability, comfortable life and above all submissiveness of Japanese leaders are so precious for US. So long as US holds Japan as her pawn there is no need for US to keep other Asian military bases.

 This is the real reason for US to allow Korea to get back the command of its military forces. Japanese leaders are happy to believe that US treat Japan more importantly than Korea. In fact US exploites Japan more badly than Korea. She doesn't have any respect for Japan as they donesn't for any other Asian countries.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月25日

クラスター爆弾禁止に踏み切れない日本外交の迷走

cbu87b.jpg

 クラスター爆弾禁止に踏み切れない日本外交の迷走

 日本外交が建前と本音において大きく乖離していることは今に始まったことではない。しかしクラスター爆弾の禁止に日本がここまで消極的な事には驚かされる。しかも消極的になる真の理由がはっきりとしない。クラスター爆弾禁止をめぐる日本外交の迷走は、またひとつ日本外交に汚点を残した。

 クラスター爆弾禁止条約をつくろうとする国際会議があることを私が知ったのは昨年12月18日付の毎日新聞夕刊の記事からであった。その記事は、主催国のノルウェー政府が、クラスター爆弾禁止に積極的な国や被害国「有志」の35の国や市民団体に招待状を送ったと報じていた。しかしその招待国の中に、クラスター爆弾禁止に消極的な日本や、クラスター爆弾を生産・使用している米・中・露、イスラエルは含まれていないとその記事は伝えていた。

 この記事を読んだ私は、日本こそ率先してこのような会議に協力すべきではないのか、招待されなかったからといってヘソを曲げて不参加を決め込んだとしたら情けない、今からでも日本は参加したいと申し込むべきではないか、と思った。

 ところがなんと日本はこの会議に反対していたのだ。1月6日の毎日新聞によると、昨年11月13日、ジュネーブの国連欧州本部において、クラスター爆弾禁止を推進するNGOと共同記者会見に臨んだ田中信明国連事務次長(軍縮担当)は、こう言って新条約作りへの高まる期待に冷水を浴びせたというのだ。

一部の国だけで進めるならば、それはNGO(非政府組織)が批判する米国と同じ一方的な行動になってしまう

 これはおかしい。当初ノルウェーは国連がこの会議を召集すべきだと訴えていた。しかし多くの国が反対したから、やむを得ずノルウェーはNGOと有志国による会議にせざるを得なかったのだ。日本も反対した国のひとつだったのだ。平和外交を掲げ、人権外交を謳う日本ならば、非人道的な殺戮力を有するクラスター爆弾禁止の条約づくりになぜ賛成できないのか。

 さすがに外務省も不参加はまずいと思ったらしく直前になって態度を変えて出席することにした。ところが最終的には49カ国までに増えた参加国のなかで、日本とポーランドとルーマニアの3カ国だけがクラスター爆弾の禁止条約づくりを呼びかける「オスロ宣言」に加わらなかった。それを報じた2月24日の各紙の記事は失望的である。宣言自体に拘束力はないにもかかわらず、日本の代表は会議の場で不参加を表明しているのだ。何のために会議に参加したのか。クラスター爆弾禁止に反対するために参加したようなものだ。

 有志国や非政府組織の主導で条約づくりが進められた例として96年にカナダと市民団体がイニシアチブを取った対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)がある。地雷を製造している国内業者の利益を損ねるとする防衛庁の反対で外務省も最初は消極的であった。それが小渕首相(当時)の一声で防衛庁が方向転換し、外務省もあわてて条約に署名した経緯がある。今回もまた防衛省は消極的であるという。防衛省自身クラスター爆弾を保有しているのだ。何のため、誰に向けて、そんな非人道的兵器を使うというのか。外務省は安保政策をめぐる防衛省との権限争いにうつつを抜かすより、平和外交の実現をめぐってこそ防衛省と闘うべきだ。

 それとも、イラクやレバノンで人体実験のごとくクラスター爆弾を使っている米国、イスラエルに気兼ねして禁止に賛成できないとでもいうのであろうか。もしそうであるならもはや語る言葉はない。

[用語] クラスター爆弾とは?


 Why Japan Is So Negative For Banning the Cluster Bombs?

 When I read the article of the Mainichi Journal of Dec 18 last year telling us that the international Conference be held in Oslo and yet Japan was not invited, I was wondering why Japan didn’t asked Norway to let her participate. There was no reason for Japan so negative for banning the cluster bombs that are so atrocious and inhuman.

 I was shocked to know through another Mainichi journal article of Jan 6 that Japan herself was against the Conference and criticized Norway organizing such a Conference, saying Norway and like-minded countries would make a same mistake of US unilateralism, which they used to criticize before.

 This criticism of Japanese Government was totally wrong because Norway at first proposed a UN conference on banning the cluster bombs but many countries opposed it. Therefore Norway had any other choice but organizing another conference which is composed of only those who are enthusiastic about banning the cluster bombs.

 I thought it good to know through Feb 24 newspapers that Japanese Government changed her mind and participated in the Conference eventually. But soon I became disappointed when I read the article closely and found that Japan was one of only three countries( after Poland and Rumania) out of 49 participants who opposed to formulating a treaty banning the cluster bombs.

 It is said Japanese military industries are lobbying Defense Ministry for being against the treaty. It is also said that the true reason for Japan not so enthusiastic about the treaty is the fact that Japan does not want to offend US and Israel who use cluster bombs in Iraq and Gaza.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月24日

閑話休題  「赤ちゃんポスト」は悲しすぎる

閑話休題

    「赤ちゃんポスト」は悲しすぎる。

 これは政治問題の解説でもなんでもない。私の心情の吐露である。
 熊本市の病院が、保護者が育てられない新生児を預かる「赤ちゃんポスト」の設置を申請している問題で、厚生労働省は22日、「医療法や児童福祉法などに違反しない」として設置を認める見解を示したという。それがニュースになるような国に日本はなってしまったのかと思うと悲しくなる。「放置して死なせるよりもましだということでしょう」とひとごとのように話していたテレビのコメンテーターに驚く。申請するほうも、認めるほうも、そしてあれこれコメントするほうも、やめてほしい。赤ちゃんがあまりにも可哀そうだ。
 親に可愛がって育てられたぬくもりを私は確かに覚えている。わが子を可愛がって必死で育てた記憶が私にはある。「それはお前が恵まれていたからだ、この世の中にはままならない人もいるのだ」という意見が聞こえてきそうだ。よしてくれ。これだけは私は譲れない。「赤ちゃんポスト」を必要とするような国は間違っている。赤ちゃんを悲しめ、苦しませる親は親の資格はない。そんな事をニュースにする前に、赤ちゃんを大切にする社会をなんとしてでも取り戻さなければならないのだ。その事のほかに語る事はないはずだ。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月24日

消費財3%導入の舞台裏を得意げに語る加藤寛

 消費税3%導入の舞台裏を得意げに語る加藤寛

 経済学者の加藤寛氏が、読売新聞の連載「時代の証言者」で自らの自慢話を書いていること、その自慢話の中には、政策決定の興味深い裏話がはからずも垣間見えること、だからこの連載からは目が離せないことについて、私は2月7日のブログで指摘した。そしてその時、小泉前首相の郵政民営化が如何にいい加減な動機で進められていたかが暴露されている事を述べた。

 本日2月24日の連載14回目は、89年に導入されたあの悪名高い消費税の成立過程についての実態が述べられている。その経緯を自慢げに語る加藤氏の頭の中には、国民の暮らしへの視点はスッポリと抜け落ちている。あるのは官僚や自民党政治家のために消費税導入に貢献したという自己顕示だけである。その一方で、御用学者をおだてて利用し、自らの政策を実現する官僚の狡猾さが浮き彫りにされている。権力を握る官僚と、権威を欲しがる御用学者の、「利害の一致」という一点でもたれあった構図がある。おびただしい数の政府調査会、諮問委員会、審議会などもすべてはこのもたれあい、ヤラセから成り立っているのだ。

 そもそも消費税導入は大蔵官僚の悲願であった。なぜならば徴税者にとって、国民の全員から広く、薄く徴収できる消費税は、それを一旦導入してしまえばあとは一切の議論なく税収が確保できる打ち出の小槌であるからだ。小さい税率から始めておいて、後は税率を上げていくだけで税収を増やす事ができるからだ。

 消費税導入を説く加藤の論文を見つけた当時の大蔵省主税局の尾崎護審議官と薄井信明税制2課長は加藤を訪れる。そして「加藤先生のお書きになった論文を拝見しました。政府税制調査会の委員になって下さい」と頼みこむ。待ってました、とばかりこれに加藤が食いついたのが1987年である。翌年、政府税調の間接税の部会長になった加藤は、どうやったら消費税を導入できるかを考え、直接税(所得税)を減税するかわりに間接税(消費税)を導入し、結果的に増税になるような仕組みを考えつく。大蔵省は最初から5%の消費税を導入しようと考えたが、消費税は低所得者ほど収入に占める税負担が重くなるという逆進性があることを十分認識していた加藤は、その逆進性を薄めるため最初は3%にしたほうがよいと主張する。

 税制を決める機関としては、大蔵官僚の操縦下にある政府税制調査会と、政治家主導の自民党税制調査会があるが、加藤は大蔵官僚に代わって自民党税制調査会のドンと呼ばれた山中貞則代議士を説得する。政府税調と党税調で方針が食い違ったとき、新聞記者から「政府税調を軽視するのか」と聞かれた山中は、「軽視はしない。無視する」だけだとうそぶいた、と言われるほどの実力者である。官僚はこわもての政治家をおそれる。大蔵官僚からおそれられていた山中の説得に加藤は成功する。

 「3%にすればいいんだな」。この「山中さんのひと言で税率が決まった」と加藤は述懐する。3%に決まったと聞いた吉野良彦大蔵事務次官(当時)はびっくりしてイスから飛び降りた、と加藤は自慢する。そして加藤は、それでも逆進性の消費税が「本当に導入できるとは思っていなかった」、やはり消費税導入が悲願であった「竹下さんの力だ」と、国会対策にみずから手を打った竹下登首相(当時)を持ち上げる。

 極めつけは加藤の次の言葉だ。「消費税の導入に成功した大蔵省の尾崎さんと薄井さんはその後、ともに主税局長を経て事務次官になった。(私の)大きな功績になったというのは言いすぎだろうか」。もう十分に言い過ぎている。出世が全ての官僚に貸しをつくった。政治家をうまく使って彼らのできない消費税を導入し、出世させてやったという訳だ。

 政・官・御用学者の思惑で導入された逆進性の消費税はあっという間に5%になった。そしてその消費財が7%、いや二桁となる日が間もなくやってくる。官僚の失策や無駄遣いで増え続ける赤字財政の尻拭いのために、消費税が凶器のごとく大衆に襲いかかってくるのだ。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月23日

マッカーサーの再来を想起させたチェニー副大統領の来日

 マッカーサーの再来を想起させたチェイニー副大統領の来日

 2月18日のブログで私はチェイニー副大統領の報道から目を離してはならないと書いた。それは今回のチェイニー副大統領の来日によって、日本が更なる対米軍事協力を迫られるに違いないと危惧したからだ。だから政府が流す情報を画一的に伝える報道の裏で、少しでも真実に迫る努力をしなければならない、そういう思いで18日のブログを書いたのである。

 来日が終わった今、新聞各紙の報道振りの低調さに驚いた。殆ど参考になる記事が見られなかった。発表された「安倍首相との会談骨子」なるものを見ると、かけがえのない日米同盟の確認であるとか、テロとの戦いに対する日本の協力への感謝とか、拉致問題の解決は日米共通の課題を言明とか、日本の国連常任理事国入りを支持だとか、チェイニー副大統領があきらかに関心の無い事柄も日本側が頼み込んで盛り込み、軍事要請を煙に巻こうとする外務官僚の作文であることがわかる。副大統領来日の真の目的は何か。安倍首相は副大統領に何をコミットさせられたのか、本当のところはわからない。

 そう思っていたところ、偶然見た報道ステーションで流された画像を見て身震いするような衝撃を受けた。見た人は思い出してほしい。見なかった人は想像してほしい。チェイニー副大統領を真ん中にして両側に自衛隊の幹部と在日米軍幹部が向かい合っていたのだ。例の、久間防衛大臣との会談を拒否し、その一方で自衛隊幹部との意見交換を行った、その場面なのだ。普通ならば安倍首相または久間防衛大臣を真ん中にした自衛隊幹部と、チェイニー副大統領を真ん中にした在日米軍が向かい合って話し合うところだろう。ところがチェイニー副大統領が自衛隊と在日米軍を両横に従えている図なのである。

 言葉はいらない。この一枚の画面こそ今回のチェイニー訪日の意義を象徴的に物語っているのだ。将来の日米軍事同盟の正体がそこにある。大げさな言い方かも知れないが62年前にパイプを加えて厚木に降り立ったマッカーサーの再来の図である。

 在日米軍の再編によって日本の自衛隊は米軍の指揮・命令下に置かれる事につき、すでに小泉前首相はブッシュ大統領に約束してきた。それはいまだに国民にキチンと説明されていない。その米軍の親分が来日して在日米軍と自衛隊幹部に忠誠を誓わせている光景である。そこには日本の担当大臣の姿はおろか、安倍総理大臣や麻生外務大臣の姿もない。チェイニーにとっては不要なのだ。この瞬間から自衛隊はもはや米国の軍隊の下請け軍隊になったということである。

 それに続く報道ステーションの画像はこれを駄目押しするものであった。横須賀港に浮かぶ米空母キティーホーク上で米国軍を集めてチェイニー副大統領は「米国民は(イラクからの)撤退を支持しない」と叫んだ。そこには訪日しているという意識はまったくない。日本の中の治外法権空間である戦艦の上で米国軍人に向けて話しているのだ。

 こんな画像を見せつけられた後で、安倍首相や麻生外相の会談を見せられても悲しくなるだけである。塩崎官房長官に至っては朝飯を食いながらの面談であしらわれている。久間防衛大臣は面談が出来なかったことへの感想を記者から求められて、「(チェイニー副大統領は)総理が会うべき人で自分とは格が違う。会って要望を出されても答えに窮する(から会わなくて良かった)」などという卑屈極まる発言をしているのだ。

 語るに落ちたのは、安倍首相がゴア元副大統領の「不都合な真実」を引用し、日米が協力して地球温暖化対策を進めようと持ちかけたのに対し、チェイニー副大統領がこれを無視して一言も返答しなかったという報道である。政敵ゴアの、しかも京都議定書を無視し続ける共和党副大統領に、こんなピント外れの提案を持ちかけている安倍首相、それを振付けた外務官僚、彼らこそが日本という国をここまで惨めな国にさせてしまったのだ。過去や未来の日本国民にどう説明するつもりか。


 Vice President Cheney’s Unusual Visit to Japan

 Despite the fact that Prime Minister Abe and the Government of Japan pretend to welcome wholeheartedly the Vice President Cheney’s visit to Japan, Japanese media seemed to report the visit rather halfheartedly. Therefore it is not clear what is the real purpose of Cheney’s visit through the article of newspapers.

 One of the Japanese major TV station, Asahi Broadcast Corp., however, showed us an astonishing scene on 21 Feb in its late night program News Station. That is the scene where VP Cheney met the Japanese Self Defense Forces officers together with US forces officers in Japan. Neither PM Abe nor Defense Minister Kyuma was present.

 This scene symbolizes the future of Japan US Alliance. Restructuring US Army to cope with a War against Terror necessitates US Government to order Japanese army, Self Defense Forces directly, which is requested to assist US army. Former PM Koizumi accepted this when he met President Bush last June in Washington. Cheney’s visit to Japan this time and the scene aired all over Japan through TV tell us that US occupation project has been completed after 62 years since MacArthur landed Japan.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月22日

ブログ再開一ヶ月半で感じること

ブログ再開一ヶ月半で感じること

 私が今年の1月9日からブログを再開して一ヶ月半が経とうとしている。毎日アクセス数は5000を超えるまでになった。累計では約20万である。しかしこの程度のアクセス数で、私が目的とする国民の覚醒が可能であろうかと無力感に襲われる。限られた読者の間の暇つぶしに終わっていないかと自問する。

 ブログの世界ではさまざまなブログがあふれている。その多くが趣味や遊びのブログである。自己表現の発露や暇つぶしの手段としてのそれらブログの価値や効用を私も認める。ブログが流行る最大の理由はそこにあるのだろう。

 しかしそれらのブログは今の私の関心事ではない。私がブログを再開した理由は、そして毎日の時間を費やして書き続ける理由は、世界や日本の政治状況の情報を私なりに読み解いて伝え、読者の参考に供することにある。そうすることによって読者の知識や関心をさらに覚醒させることにある。

 なぜ私がそう思うようになったのか。まだ私が外務省にいた時、ある幹部が「国民に知恵がついてきてやりにくくなった」と部下を前にして言い放った事があった。それを聞いていた私は、これこそ官僚支配の正体であると思ったものだ。これを変えない限り世に中は変わらない。

 支配者は大衆の無知、無関心によって助けられている。国民が少しばかりの関心を持ち、勉強する努力を惜しまなければ、権力者のやっている仕事の質の低さと、志の卑しさに気づく。そんな連中が偉いわけでも何でもないことがわかる。情報公開といい、説明責任といい、そしてメディアの役割といい、すべては権力者と一般大衆の距離を縮める為に資するからこそ、その重要性が叫ばれるのである。一般大衆が啓蒙される事によっておのずから政治の誤りが正されるのである。しかし本来その役割を担うべきメディアが十分ではない。面白くない。するどくない。それどころか小泉劇場で見られたように一緒になって国民を衆愚にしている。

 衆愚政治とよく言われる。しかし衆愚にさせようとしているのは権力者だ。正しい情報が正しく民衆に伝わっていさえすれば、衆愚は賢愚に豹変する。変わりようもない衆愚も確かに多く存在するかもしれない。しかしおびただしい数の凡庸な衆愚は、わずかな自意識の目覚めで賢愚に変身できる能力と可能性を有している。私はその大衆の力を信じている。あの絶大な軍事力を有する米国がどうしても勝てないのが民衆の反米感情である。ベトナムでもイラクでもそれが証明された。ここまで米国に支配されている日本がいつの日か米国の鎖から解き放たれる時が来ないはずはないと信じている。そうならなければ日本の真の蘇生はない。その際の決め手は国民が立ち上がる事である。それは左翼や護憲勢力の力では達成できない。彼らの専売特許ではない。政治に無関心なおびただしい数の一般大衆が、米国の不当な日本支配の現実を知ることによって立ち上がることである

 私がブログを再開し、日々書き続けているエネルギーの源はここにある。だから日々5000人程度の読者では話にならないのである。その一方で、この世の中には無限の貴重な公開情報が飛び交っている。それを有限な一人の人間の能力で伝えることは所詮無理がある。志を同じくする人たちの連携、協力が必要なゆえんである。

 政治関係のブログを覗いてみてわかったことがある。その数字の信憑性は別として、右翼系のブログが圧倒的に多いことである。しかもそれらが人気ランキングの上位を独占している。しかしそれらのブログの内容は、反中国、韓国、反左翼の一辺倒に終始している。愛国者といいながら奇妙な事に米国を批判する物は皆無と言っていい。それらのブログを読んでみたところで新たな知識がつくわけでもなければ頭が良くなるわけでもない。閉塞感にとらわれた自己満足の世界だ。国民の覚醒とは逆に国民を単細胞に導くだけだ。右翼でも左翼でもない私は、もちろんそのようなブログについても興味深く目を通している。しかし学ぶものは何もない。
  その一方で、個人的にブログを持って情報を発信している人たちの中には、驚くべき情報を有し、優れた定見を発信している人たちが多いことに気づく。しかし残念ながらそれらはバラバラに存在し、重複している。いつの日か誰かがそれを束ねて、一つの統一されたブログに結集できないかと思う。読者にとってみればそのブログを開けば、私のブログを含めた多くのブログの情報や意見が一度に比較対照して見ることが出来る、そういうインターネット上の情報誌こそ、私の期待する「もう一つのメディア」なのである。そういうメディアが出来れば、このブログは喜んでそこに埋没させたい。私の役目もそのような「もう一つのメディア」の協力者の一人として終わることができる。
  遠からずそのような日がくる事を願い、今しばらく私はこのブログを書き続けていこうと思う。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月21日

「皇室は抵抗勢力」と叫んだ小泉前首相

 「皇室は最後の抵抗勢力」と叫んだ小泉前首相

 やはりこの発言を取り上げざるをえないだろう。「皇室は最後の抵抗勢力」と小泉前首相が叫んでいたというのだ。今発売中の3月4日号のサンデー毎日がスクープした。

 かつて私は1月19日のブログで保守・親米のジャーナリストである舟橋洋一氏の週刊朝日の連載を引用し、イラクへの増派を決めて泥沼にのめり込むブッシュ大統領が、敗色が決定的となっていたにもかかわらず「もう一度戦果をおさめてからでないと(米国との停戦は)難しい」と言って沖縄地上戦や原爆投下を招いた昭和天皇の姿を想起させる、と書いた舟橋洋一に、もし右翼が怒らないのであれば、天皇のタブーはまた一つなくなる、と書いた。しかしサンデー毎日が報じた小泉前首相の天皇・皇室に関する発言はそれをはるかに上回る皇室軽視の発言だ。

 小泉前首相は「女系・女性天皇、是か非か」をめぐって昨年大騒ぎをした皇室典範改正案について、「今国会で必ず上程する。上程は構造改革の一環だ」、「皇室は最後の抵抗勢力だ」と自民党幹部の会合で言い放ったというのだ。

 私は天皇制や皇室に関し特別の思い込みがある者ではない。その私でさえもこの小泉発言が事実であるとすれば驚愕する。あの小泉劇場で悪者の象徴として使われた「抵抗勢力」を皇室にもぶつけていたのである。万世一系の天皇制を定めた皇室典範を、日本の悪しき官主導の諸制度と等しくならべて、構造改革すると叫んだのである。

 サンデー毎日は、さらに次のような小泉前首相の言葉を紹介している。すなわちある年の新嘗祭に三権の長の一人として陪席した小泉前首相は、伝統に沿って薄暗い暗いところで儀式を取り進めておられる天皇を見て、一体なにをやっているんだと同席者の一人につぶやき、「明かりをつけろ、これは改革だ」と同席者に口走ったというのである。これはもう滅茶苦茶である。伝統や儀式を一顧だにしない姿勢である。

 小泉前首相が天皇に対する敬意がないことについては、天皇陛下が出席される行事に平気で欠席したり、富田メモによって明らかになった、昭和天皇が靖国神社にA級戦犯が合祀されたことに不快感を持たれた事実の感想を記者から聞かれたとき、「自分には関係ない」と言い放った事などから、すでに明らかにされている。しかし、ここまで非礼な言動をしていたのである。

 果たして他のメディアがこのサンデー毎日のスクープを後追いするのか。右翼が騒ぐのか。おそらくそのいずれも起こらないであろう。それはタブーがなくなったという事ではない。それが一般市民や加藤紘一のような無力な者の発言であったら大騒ぎになるだろう。右翼の標的にさらされるだろう。小泉前首相に限ってはどんな言動も許されるのだ。


 Former Prime Minister Koizumi Called Imperial System A Last Resistant Group and Be Reformed !

 The weekly magazine Sunday Mainichi of 3/4 edition scooped the fact that former PM Koizumi called Imperial system is a last resistant group and had to be reformed !

 Even if the Emperor declared that he descended from God to human being when US defeated and occupied Japan 62 years ago, the whole society of Japan has continued to respect Emperor and Imperial system. There still exists a taboo of talking bad or making light of Emperor and Imperial system.

 Therefore the remark of former PM Koizumi now revealed in the Sunday Mainichi this time is a quite astonishing. It is interesting to know how other media and Japanese people, particularly the right wing extremists will react to this remarks.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月20日

閑話休題 真の格差は一般国民と不当に優遇されている公務員の間にこそある

閑話休題 真の格差は一般国民と不当に優遇されている公務員の間にこそある。

 このブログを毎日書き続ける際に私が常に心がけている事が二つある。一つはメディアが一斉に報じ、皆が同じような意見を述べているような大事件については繰り返さないということである。それは誰が書いても同じであるからだ。もう一つは右翼のブログによく見られる如く、事実の解説ではなく自分の思いを感情的にぶつけるだけの文章は極力避けるということである。見落とされがちな記事に注目し、その情報を提供して読者の知識と認識の向上に資したいと思って書いているからである。決して読者に同調を求める事を目指しているわけではないからである。もっとも後者については自らの思いが先走ってつい感情的になることは否めないが、それでも、極力感情論は抑えあくまでも事実に即した解説や問題提起に努めているつもりだ。これから書くこともその二つに留意して書いた。言行一致かどうかは読者の判断に委ねたい。

 20日の朝日新聞の一面に、約7年前に官僚の天下りを透明化する目的で発足した官僚の「人材バンク」が、ほとんど機能しなかったこと、つまり7年間の間にこの人材バンクを利用して再就職した官僚がわずか一人であったという記事が載っていた。しかもその一人の就職先は私立大学客員教授だったという。この人材バンクのシステム構築費や広告パンフレット作成代として約7千万円の予算が投入されている。なんという無駄であり、甘やかしであることか。その一方で透明化されていない巧妙な天下りの数は一向に減る兆しはない。

 翻って民間人の状況はどうか。リストラに伴う職探し、生活費稼ぎは必死なものがある。私は外務省を事実上解雇され、外務省と対峙して第二の人生を始めたからもちろん天下りなど何もない。今年やっと60歳になり年額160万円ほどの年金が入ってくるので一息つけるが、それまでは安定収入はゼロである。自らの手で収入の道を切り開こうと試行錯誤を繰り返してきた。その過程でわかったことは、当然のことであるが、生活費を稼ぐという事がいかに大変かということである。しかしすべての国民はその努力をしているのだ。その一方で無能で怠慢な多くの公務員の退職後の生活がいかに優遇されているかを改めて気づかされる。かつての同僚たちはまだ外務省に勤務している。彼らの仕事振りと収入を知っている。退職後にOBたちがろくな仕事もしないのに結構な給与を得ていることも知っている。このことは他の公務員でも同じであろう。

 公務員といったのは高級官僚に限らないからである。無能で怠慢な多くの公務員といったのは、中には有能で勤勉な公務員もいるではないか、という批判にあらかじめ答えておくためである。もっとも私が35年間の公務員生活で見てきた限りではそういう人はほとんどいなかった。

 さて結論を述べたい。日本国中で格差問題が取り上げられている。その議論の中で、自由競争なのだから格差が出来ること自体は仕方がない、重要なのは機会均等であり再チャレンジの制度を確保することである、そして弱者に対するセイフテーネットである、などという議論が繰り返されている。そういう議論はそれでいいだろう。しかし、問題は一般国民間における格差問題の前に正さなければならない不当な格差問題があるということである。それはおびただしい数の公務員とその他の一般民間人との間に存する大きな格差である。これにメスを入れることが先決である。しかしこれは容易ではない。なぜならば公務員および準公務員とその家族の数は膨大であるからだ。彼らもまた国民なのである。それら人たちの既得権を奪うことは国民同士を分裂し、国民同士を争わせることになるからだ。

 切り込むべきは一般的な公務員批判ではない。不当に優遇されている政治家、官僚、特殊法人職員がいるのだ。あきらかに税金を無駄遣いしている公的システムが存するのだ。真の官民格差の撤廃だ。小泉前首相がまったく手をつけなかった改革がこれである。小泉改革がいかさま改革であったゆえんである。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月20日

紳士協定で出来ている日米関係ー赤坂の米軍施設不法占拠に沈黙する日本に思う

 紳士協定で出来ている日米関係ー赤坂の米軍施設不法占拠に沈黙する日本に思う

 以前このコラムでも書いたことだが東京の一等地である赤坂・六本木のど真ん中に米陸軍が不法占拠を続けている事実がある。この問題について20日の東京新聞が大きく報じた。その報道を私は高く評価する。同じメディアであっても読売や産経は知っていても報じないだろう。米国を批判することになるからだ。対米従属の日本政府を苦境に追い込むからだ。

 改めてこの問題の概要を東京新聞の記事に即して読者に説明しておきたい。1945年の米国による日本占領時に、米軍は赤坂・六本木の旧日本軍の施設約3万2千平方メートルを接収し米国の国有地とした。そこに米陸軍のヘリポートやプレスセンター、将校宿舎などをつくった。

 東京オリンピック前の1968年、ヘリポート敷地を通る形で東京都が道路整備計画をつくり、それに基づいて日本政府は米軍施設の東京湾岸地域などへの移転を要請したが米側が難色を示し、結局道路は米軍基地周辺を通すことになった。そして83年に、道路工事期間中は隣接地を代替地として米軍に臨時に提供し、工事終了後は元に戻すことで日米両政府、東京都が協定を結び工事が始められた。ところが93年に道路工事が完成した後も米軍は返却することなく違法に継続して利用を続けているという問題である。

 驚くべきは米軍との交渉の窓口となる防衛施設庁が、約束の根拠となる協定書を「紳士協定」と解釈し、米側に返還を強く迫らなかったことだ。もちろん責任は防衛庁だけではない。外務省も東京都知事も日本政府も、国をあげて米国に返還を本気で迫ったことはなかった。ここに今日の日米関係の異常さが端的に象徴されている。つまり日米関係はすべて紳士協定で出来ているということだ。つまり米国が言えばなんでも通るのだ。憲法違反も人権違反も生命・財産の不可侵権の侵害も、およそ近代法治国家で保障される「法の支配」は、日米関係ではすべて紳士協定、つまり法的拘束力がなくて話し合いで融通無碍に対応する、ということで成り立っているのだ。これが日米関係の現状なのである。

 読者はこの問題を知ってどう思うか。おかしいと思わない者はいないであろう。それどころか政府関係者でさえも誰一人この米国の不当、違法な行動を好ましいとは思っていない。

 おりしもイタリアでは米軍施設の拡充反対に10万人規模の市民のデモが起きている。この赤坂・六本木の米軍施設不法占拠はそれどころの話ではない。沖縄の米軍基地という大きな政治問題ではない。日本国民が密集している東京のど真ん中に、米軍の施設が不法占拠し、都民の日常生活が危険にさらされているという政治を離れた基本的な問題である。それでも日本国民は怒らないのか。メディアも騒ぎ立てない。それもこれも日米関係はすべて紳士協定で出来ているからだ。そう考えないと説明がつかない。あまりにも悲しい日米関係だ。


 US Military Has Been Occupying Middle of Tokyo Downtown Illegally and Yet Japan Kept Silence

 In 1945 when US started occupation of Japan she seized the former Japanese Military facility of about 32000 square meters in middle of Tokyo downtown. When Metropolitan Tokyo tried to build a new road nearby an agreement was concluded among US, Japanese Governments and Tokyo Metropolitan Government to the effect that Japanese Government provides a temporal site adjacent to the existing US base on the condition that US returns the site when road construction be completed. The construction was completed in 1993 and yet US did not return the site and has been occupying it until today.

 Strangely enough this serious US violation of agreement has never reported by the Japanese media and therefore Japanese people are not aware of this fact. On 20 Feb, however, the Tokyo Shinbun carried a big article on this issue. It is interesting to watch whether other media will follow the Tokyo Shinbun and how Japanese people, knowing the US outrageous attitude and Japanese Government's weak-kneedness, react to this article. If no further reaction be occurred it means Japan would accept everything which US imposes Japan.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月19日

アーミテージレポートその2をどう読み解くか

 アーミテージレポートその2をどう読み解くか

 米国の超党派のアジア専門家は16日(日本時間17日)、2020年までのアジア戦略と政策提言をまとめたいわゆる「アーミテージレポートその2」を発表した。タイトルは「日米同盟―2020年までアジアをどう正していくか」である。これは2000年にほぼ同じ顔ぶれで作られたアーミテージリポートの続編である。わずか6年余りで再び続編を書く必要に迫られた理由は、その間の急激な国際情勢の変化である。具体的には同時多発テロの発生と中国の国力の予想以上の急成長である。

 読売と朝日新聞がこのレポートについて少し書いている。NHKも18日の早朝のニュースで報じていた。本格的な評価はメディアや評論家がこれから行っていくだろう。しかし皆が自分の都合のいいように勝手な評価をするであろうから、評価は分かれるに違いない。

 その原文をインターネットで読んだだ私のとりあえずの評価は次の通りである。33ページに及ぶ報告書を一読した限りの評価であると断った上で、私はこれを日米安保条約の米国からの事実上の決別宣言であると読んだ。これはやや大げさな表現であるが誇張していえばそういう事なのだ。その根拠は二つある。

 第一点はアジアの安全保障は米・日・中の参加国で共同管理しようと提案している点である(原文14ページ)。すなわち日米同盟の重要性こそ繰り返してはいるが、日米同盟対中国といったかつての冷戦構造でアジアをとらえるのはもはや危険であり、米・日・中がお互いの利益を調整しながらアジアの安全保障を確保すべきであると言っているのだ。これはアジアの共産主義化を防ぐ為の日米軍事同盟であった日米安保条約の考えを根本的に変えるものである。

 第二点は日本の安全はこれからは日本がより主体的に守るべきであり、そのために自主防衛の兵力充実と予算増強を講じるべしと提案していることだ(原文20ページ)。もちろん憲法改正や集団的自衛権の承認に踏み込もうとしている日本政府の動きを歓迎している。これも日米安保条約の精神を大きく変えるものである。今までは日本の再軍備をおそれて(ビンの蓋論)日本には自主防衛を許さなかった米国が、いよいよ日本は何でもいう事を聞く属国として完成したと思い始めたのだろう。

 米国がこの報告書を、アジアの専門家と称する米人だけで書いて発表することは自分の勝手である。問題は日本の対応だ。この報告書をありがたく拝聴し、その提言をあたかも神のお告げのようにあがめて、それにあわせて日本の国防政策を作るのでは情けない。日本の安全保障の専門家は、この報告書に対する日本の自主的な安全保障政策、アジア政策を打ち出すべきだ。日本は戦争国家米国とは根本的に異なる、平和外交を基本とした安全保障政策があるべきだ。誰が考えてもそうだろう。


 How Japan Should Interpret the Armitage Report part 2?

 The report by the American bipartisan experts of Asian affairs was issued on 16 Feb in Washington. The similar report was issued only 6years ago as the Armitage Report. The reason why this report was revised in such a short period is of course a drastic change in international affairs has occurred, i.e. September 11 and China’s spectacular advent in the international arena.

 From the point of Japanese interest how Japan should interpret this report? I thought this report is an US notification of cancelling of Japan US Security Treaty which has been the backbone of Japan’s diplomacy after the War.

 I saw two main reasons that make me to think so.

 The first one is appeared in page14 of the report. It says that in the future Asian Security will be better managed among three parties agreement instead of US-Japan vs China framework.

 The second one is appeared in page 20. It says Japan should defend itself more

 Independently rather than relying on the US military protection. In order to meet this requirement the Report asks Japan to strengthen its military capability and increase military budget.

 Japan should respond to this report showing Japan also has her independent future strategy for Asian Peace. Otherwise Japan will be a completely occupied country from a subordinate one.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月18日

チェイニー副大統領の訪日報道から目を離してはならない

 チェイニー副大統領の訪日報道から目を話してはならない

 チェイニー副大統領が20日から訪日する。我々はこの訪日を注視しなくてはならない。

 日本におよそ関心のないチェイニー副大統領がなぜこのタイミングで日本と豪州だけを訪れるのか。それはイラク攻撃で混乱した中東情勢を更なる軍事力強化で鎮圧しようとする狂気のブッシュ戦略に同意しろと命令するためである。チェイニー副大統領とのパイプを持つ指導者が一人もいない日本政府は何の反論をすることもなく言われるままに御用聞きに徹する他はない。そしてその後に膨大なツケが残されていく。

 これから数日間は新聞各紙はチェイニー訪日をめぐる様々な報道を行うであろう。訪日の内容については日本政府は記者ブリーフで都合のいいことばかりを強調し、都合の悪いことは隠そうとするだろう。記者たちはそれを垂れ流すであろう。どこまで真実に迫る記事を書く記者がでてくるか。たとえ真実に迫った記者がいたとしても、その報道はデスクの手によって手心を加えられないか。我々一般国民はナマの情報に接することはできない。新聞などで報道される記事を通して想像をめぐらすしかすべはない。しかし我々が国際情勢の大きな流れをしっかり把握していれば、限られた公開情報からでもかなりの事がわかるのだ。下手な専門家のおざなりの解説よりも的確な判断が出来るのだ。

 まずは18日の読売と日経に出ていた小さな記事について読者の注意を喚起したい。

 読売新聞は、16日にワシントンで行われた各紙の代表取材において、米政府高官が副大統領の日本政府に対する期待をこう述べたと報じている。「・・・(イラクやアフガンでの日本の貢献に感謝を示すと同時に)もっとやってくれることを望まないと言っているわけではない・・・」、そして21日の安倍首相との会談では、「我々がどこでさらなる努力を必要としているか、(イラクとアフガン)両国の紛争でどんな貢献ができるか」について協議する見通しを示したという。果てしの無い米国の戦争に最後まで付き合えと迫ってくるのだ。安倍首相は一体どんな返答をするのだろうか。国民は説明責任を徹底的に求めていかなくてはならない。

 日経新聞は、チェイニー副大統領が久間防衛大臣と会わない事になったと報じている。その一方で自衛隊幹部とは意見交換をすると言う。これは極めて深刻な事である。主権にかかわる問題である。憲法で定めるシビリアンコントロールの原則を米国の副大統領が破ろうとしているのだ。外務省はこのような日程を断じて認めてはならない。防衛省とのつまらない権限争いから、久間発言が米国を怒らせたと突き放している場合ではないのだ。外務省は省の利益ではなく国益の為に、もこのような日程を許すべきではなかった。自衛隊幹部は米国副大統領と意見交換が出来ると舞い上がってはいけない。自らの指導者がコケにされているのだ。シビリアンコントロールを尊重するのであれば、まず大臣に会ってくれと米国側に進言すべきであった。久間大臣に不満があるのなら安倍首相に大臣更迭を求めた上で、新大臣の下で米国との協議に応ずるべきだ。

 米国の無理難題を前に日本政府がバラバラになっている。言いなりになっている。日本は今極めて危うい状況にある。


Japan Will Get Nothing But Huge Burden From Cheney's Visit

US Vice President Cheney will visit Japan from 20 Feb. The purpose of his visit is so obvious. The Bush Administration, which is stuck with Iraq and Afghanistan, needs further support from Japan. The Bush Administration, which is facing with Iran's nuclear threat, needs understanding of Japan when US chooses the confrontational option with Iran. Taking into consideration of the Koizumi-led totally submissive diplomacy towards US, Prime Minister Abe will not have any choice but accepting every request Cheney will imposes. But is it really beneficial for the future of Japan and Japanese life? Abe is responsible for explaining the detail of his would-be commitment to the public.

In that context the Nikkei Shinbun of 18 Feb tells us that Vice President declined the requested meeting of Defense Minister Kyuma and instead the discussion session with the leaders of Defense Forces has been arranged. This is a serious violation of a civilian control principle which Japanese Constitution stipulates. Japanese People have to ask the Government how she accepted this unreasonable and inappropriate schedule. If Japanese Government requested Cheney to meet Minister Kyuma first and Cheney refused this , it is easily imagined that Japan will not able to refuse any kind of unreasonable request from Cheney.

Indeed Japan's submissin to US seems to reach to the point of no return.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月17日

閑話休題 野党政治家に期待される役割

閑話休題 野党政治家に期待される役割

 2月16日の新聞から二人の政治家の活動に焦点をあててみたい。一つは民主党長妻昭議員の14日の衆院予算委員会での質問に関する朝日新聞の記事である。旧運輸省所管の財団法人職員が立ち上げた天下り会社に、財団経由で旧運輸省の予算をあてにした仕事が丸投げされていたという。財団そのものが天下りの巣窟であるのに、さらにその職員が孫の天下り会社をつくって旧運輸官僚の就職先を増やし、その会社に旧運輸省の予算を与えているのだ。さんざん批判されているのになくならない典型的な税金ドロボーの姿である。さすがの冬柴国交相も「言語道断だ」と調査に乗り出さざるを得なくなった。

 もう一つは社民党保坂展人議員の質問に関する日刊ゲンダイの記事だ。同じ14日の予算委員会で、保坂議員が最高裁の公文書偽造疑惑を追及したという記事だ。最高裁が全国各地で開催した「裁判員制度」のタウンミーテングに「やらせ」があった事はすでに各紙が報じているが、その「やらせ」に関連し、大手広告代理店と最高裁が交わした業務請負契約が、請け負い金額を決めた後に日付をさかのぼって書き込むという、いわゆる「さかのぼり契約」であったという。「まさか最高裁はやっていないでしょうね」と質問した保坂議員に対し、なんと小池最高裁事務局経理部長が「(書き込まれた日付より)後にその契約書面を作った可能性が高いととらえています」としどろもどろに認めたという。最高裁が公文書偽造を行っていたとすれば大問題だ。

 これらの権力犯罪は、国会議員が国会で追及するからこそ我々の知るところになる。そして権力者といえどもこれを認め、謝罪し、そして改めざるを得ないのだ。

 この二人の活動は、野党政治家の役割をあらためて考えさせてくれる。そもそも政治家の務めとは何か。勿論それは法律をつくる事である。しかし今の政治家はほとんどその機能を果たしていない。与党政治家は官僚の作ったおびただしい法律をろくに読みもしないで国会で手を上げるだけだ。郵政民営化法案のように政治家の主導で法律が作られることがあるが、それとても詳細は官僚に任されている。小泉前首相は法案を一ページたりとも読むことなく成立させたという話はあまりにも有名だ。

 一方の野党はいくら国会で質問をしてみても最後は与党の強行採決の前になす術はない。どんなに国会で追及し、法案の撤回や修正を試みても、最後は数の横暴で押し切られるのだ。

 要するに与野党の国会議員は立法機能を果たしていないのだ。それでは彼らは何をやっているのか。政権交代ごっこであり、政党間の離合集散であり、そしてテレビに出演して票稼ぎにいそしんでいるだけだ。メディアに報道されることのない大部分の泡沫議員に至っては日ごろ何をやっているかは知れたものではない。おそらく次に選挙に備えた選挙活動に終始しているのであろう。その結果不正を働く議員は後をたたない。

 そう考えると長妻や保坂のような権力を監視する活動のほうが、はるかに国民にとって重要で有意義であることがわかる。そういえばあのタウンミーテングのヤラセ問題や石原都知事の公金不正使用を告発したのは共産党議員であった。これら議員はそれぞれの政党を代表してそう活動をしているわけだが、彼らがやっている事は、政党の立場を離れ等しく国民に評価される本来の政治家としての活動である。

 そこで私はこう考える。ここからが私の言いたいことである。長妻や保坂や共産党の議員のような国会議員が、それぞれの属する政党のくだらない組織防衛と決別し、「国民の暮らしと安全を守る」政党を新たに結成するのだ。立法をめぐる攻防とか政権交代などという、国民の利益とは何の関係もない政治ごっこと決別し、国民が知りたいこと、追及したい事を、国会議員の特権を使って国会の場で明らかにする、そしてその結果を国民に知らしめて国民参加の政治をつくる、そういう政治家集団を目指すのだ。

 その場合の最大の問題は、そんな活動だけでどうして選挙に勝てるかということだろう。しかし多くの政治家を当選させる必要はない。やり方によっては可能である。外交・安全保障問題、経済・雇用問題、社会・教育問題、福祉・医療問題、環境問題など国民の暮らしと安全にかかわる主要テーマを分担できる数名の政治家集団をつくるという考えに徹して必要な票をあって集めるかに専念するのだ。彼らが、それぞれの分野で、十分な知識と見識を持っている全国の国民の協力を得て、政府の不正や政府の誤った政策を是正するよう、国会の場で求めていけばいいのだ。官僚以上に優秀で知見のある善良な国民は全国に綺羅星のごとく存在するはずだ。彼らの代表になるのだ。バラバラな彼らを数名の政治家集団が束ねるのだ。

 今の国民の政党離れは、まさにこのような国会議員を渇望している証拠ではないのか。既存の政治や政党では、もはや国民の要望にこたえることはできない。それどころか彼らは国民の汗と労働で作り上げた富を自らの政治屋稼業のために食い物にしているのだ。既存の政治とはまったく別のもう一つの政治を我々の手でつくるのである。全国で数百万人の同調者がいれば日本を変えることができる。いたもっと少なくてもよい。百万人の国民が一人の政治家を送りだすことによってそれが乾燥したわらに火がつくように全国に燃え盛っていくのだ。これこそが私が提唱する政治革命である。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月17日

朝日新聞の世論調査ー愛国心と自虐史観を両立させる日本人

 朝日新聞の世論調査―愛国心と自虐史観を両立させる日本人

 2月12日の朝日新聞「私の視点」で,東大教授の大沼保昭氏が興味深い指摘をしていた。この10年のあいだ日本社会は、あたかも過去の反省を説く「リベラル」派とそれを「自虐」であると批判する愛国派がことごとく対立しているかのような印象を与えられてきた。しかし1月25日の朝日新聞の世論調査を見るとそれが必ずしも真実ではないことがわかると大沼教授は言うのだ。

 すなわち朝日新聞の世論調査によれば、94%の人が日本に産まれてよかったと答え、自分は愛国心があると答えた人が78%もいる。他方においてアジア諸国への侵略や植民地支配に対して85%が反省する必要があると答えている。さらに重要なのは、愛国心がある人ほど反省する必要があると答えている(愛国心がまったくない人では反省が必要という答えが68%なのに愛国心が大いにある人では反省が必要という考えが88%にのぼる)。この世論調査を引用し、大沼教授はつぎのように述べる。

 ・・・このことは、「反省するリベラル=非愛国者」対「反省は恥ずべき自虐とみる愛国主義者」という対立が、まったく国民の意識から乖離した虚偽の図式であることを物語る・・・

 そして大沼教授は日本のメディアに対し、「リベラル対愛国主義」というステレオタイプの番組や紙面づくりを考え直して欲しいと要望し、日本に駐在する海外のメディアの特派員に対しては、この世論調査の結果を飾り無く自国民に伝え、間違った情報に基づいた誇大報道によって反日感情をいたずらに煽らないで欲しいと訴えている。

 この大沼教授の意見は一見もっともである。しかしこの大沼教授の論説を読んでどこか違和感が残った。とくに彼が論説の最後をしめくくっている次の文章を読んで何か違うのではないかと思った。

 ・・・愛国心が強い者ほど自国に誇りを持ち、それ故に自国の過去を反省し、克服しようと努める。嫌なニュースの多い最近の日本に、こうしたまっとうな感覚があることをうれしく思う。そしてそのことを、世界の一人でも多くの人に知っていただきたいと切に思う・・・

 私が抱いた違和感の理由はどこからくるのか。歴史認識に関する知識や思いは人によって強弱があり、それを捨象して数字だけで単純に判断するのは、もちろん危険である。しかし違和感を感ずるのはそれだけではない。しばらく考えて、やがて違和感の真の理由がわかった。政府に関する視点がすっかり抜け落ちているのだ。

 ここ数年メディアを騒がせた歴史認識、愛国心教育問題は、決して国民が言い出した問題ではない。小泉前首相をはじめとしたこの国の指導者の発言が問題を不必要に問題を起こし、それをメディアが取り上げ、騒いだのだ。もっと重要な事は、この国の指導者の中には間違いなく歪んだ歴史認識を持った人々が存在する。それらの権力者の言動が近隣諸国を刺激した事は間違いないのだ。そしてこの指導者の言動に強い反発と危機感を抱く国民が存在する一方で、小泉前首相の言動を評価し安倍首相の宥和姿勢を腰砕けと批判する勢力が国民の中に根強く存在し、これら国民は強く対立しているのだ。

 この現実に一切触れることなく朝日の世論調査だけをことさら強調して「まっとうな感覚の国民を嬉しく思う」大沼教授は、政府に取り込まれたのではないのか、そういう疑念さえ感じさせるのだ。この私の懸念がまったくの的外れであることを切に願う。


Poll Shows Japanese People Are Regretting Japan's Past Colonialism And Yet They Are Patriotic

Recent poll conducted by Asahi Shinbun tells us that 94% answered they are happy to be born in Japan and 78% answered they are patriotic. Also 85% answered Japanese invasion of Asia was wrong and Japanese people had to regret.

Looking at these figures Professor Yasuaki Ohnuma of Tokyo University contributed the article to Asahi Shinbun of 12 Feb saying that it is an exaggeration of media that Japanese people are divided between patriotic groups who refuse to admit the Japanese past mistake on one hand and so-called masochistic groups who regret Japan's past mistake excessively on the other.
Professor Ohnuma concludes his article asking Japanese media not to mislead Japanese public emphasizing the confrontation. He also asks foreign correspondents in Japan to report this poll accurately and let the people of their countries correct their wrong anti-Japanese attitudes.

When I read this article of Professor Ohnuma I felt something uncomfortable. After a short pondering I found Professor Ohnuma misses the very important aspect of recent controversy in Japan concerning Japan's modern history. It is leaders of Japan who are lacking of accurate understanding of history and provoked neighbors unnecessary. This misbehavior of Japanese leaders made Japanese people split and made our neighbors cautious about Japanese subconsciousness against Asia. It was not Japanese people who were confronting at first. It was Japanese leaders who stirred the issues and it is Japanese media who followed this. Professor Ohnum should have mentioned this point as well.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月16日

閑話休題 三菱東京UFJ銀行の業務停止処分に思う

 閑話休題 三菱東京UFJ銀行の業務停止処分に思う

 16日の各紙は一斉にこの問題を取り上げている。金融庁の三菱東京UFJ銀行いじめは合併前の前身の一つである三和銀行に原因があると指摘する声がある。つまり旧大蔵省時代の恥ずべきスキャンダルであるノーパンしゃぶしゃぶ事件をチクッタのが三和銀行の金融担当幹部であったことから、恨み骨髄の旧大蔵官僚が意趣返しをしているというのだ。あれだけの醜態が暴露されたのだ。どの面をさげて意趣返しなどできるのかと思うのだが、その真偽は知らない。

 しかし私がここで書きたいことはその事ではない。今回の処分の理由と政府の責任である。各紙が一様に報じるところによれば、今回の厳しい業務停止処分は、三菱東京UFJ銀行の経営陣が、暴力団など反社会的勢力との癒着を長年放置し、問題解決への対応を取らなかった事によるという。すなわち金融庁は、旧三和銀行淡路支店は、元飛鳥会理事長で業務上横領と詐欺の罪に問われている小西邦彦被告と癒着し、支店の行員が同会の事務所に常駐して経理を担当したり、延滞するのを承知で追加融資したと批判し、経営陣が警察当局と密接に情報交換をするといった再発防止策を講じなかったと追及する。

 たしかに三菱東京UFJの対応は不適切であった。企業不祥事の頻発の中で、読者は「またか」という気持ちにさせられるに違いない。政府から公的債務を受けて救済してもらい、ゼロ金利で儲けている大手銀行に味方するつもりもない。

 しかしである。「(取引を打ち切ると)行員に危害が加えられるリスクがあったため、本格的な対応を先延ばしてしまった」という畔柳頭取の釈明を聞くと話は違ってくる。この頭取の言葉は、日本の政治、経済、社会が抱えている深刻な問題を浮き彫りにした。我々はこの言葉を重く受け止めなければならない。

 およそ一般の庶民にとって闇の世界の暴力ほど恐ろしいものはない。無防備な一般市民の生命を一瞬にして奪う理不尽な闇の世界の暴力は決して容認されてはならない。だからこそ国民の生命と安全をあずかるこの国の政治家や官僚が闇の世界と関係がある事が明らかになると厳しく糾弾されるのだ。

 バブルの最盛期からバブル崩壊による経済低迷の十数年で、どれほどの経済事件が起きたか。そしてその裏でどれほどの企業戦士が闇の世界の犠牲者になってきたか。何故それが究明されないのか。無くならないのか。取り締まれないのか。警察関係者から聴いた話であるが、キャリア警察官僚は身の危険をおそれて闇の暴力を取り締まらないという。政治家の中には自らの手を汚さないで闇の力を利用して目的を達成する者もいると言う。

 そういう実態を放置しておきながら、不正を先延ばししたとか、警察との連携を密にしておけばよかったなどというのは片手落ちもいいとこだ。国家権力と暴力団との関係こそ真っ先に明らかにされなければならない。正さなければならない。メディアはそれを指摘すべきではないのか。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月16日

ローレンス・レペタの寄稿記事

 ローレンス・レペタの寄稿記事

 ローレンス・レペタという米国人弁護士がいる。ニューヨーク州立大学、ワシントン大学ロースクール修了後日米両国で活躍する法学者、弁護士である。現在は大宮法科大学院教授であるという。

 私が彼の名を知ったのは「闇を撃つ」(原題「秘密と米国の未来」-石井邦尚訳、日本評論社)という本を読んだからだ。情報自由法(情報公開法の米国版というべき法律で66年に成立している)を使って9.11事件やイラク戦争に関する米国の情報隠蔽を弾劾した本である。

 そのレペタが2月15日の毎日新聞「世界の目」というコラムに、「自衛隊はなぜイラクに」という題で寄稿していた。以下その大要を紹介したい。読者はこれをなんと読む。

 ・・・米軍の機関紙「スターズ・アンド・ストライプ」によると、三沢の米空軍基地に駐屯する200人以上の米戦闘機F14の分隊がイラクへ向かった。33歳のヒュータス軍曹は「あなたが歴史の一部に参加していないとしても、ちょうど目にしているのだ」と語った・・・米国人にとって歴史とは戦争の話なのだ。この論理では、戦争に従軍しなければ歴史に参加していないことになる。

 ブッシュ大統領はハノイで開かれたアジア太平洋経済協力会議(昨年11月に開催された首脳会議)に出席した。「ベトナム戦争から何を学んだのか」と記者から尋ねられると、大統領は「あきらめないことだ」と簡単な答えを口にした。大統領はベトナム戦争の敗因を「あきらめたこと」と考えているようだ・・・

 彼ら(ヒュータス軍曹やブッシュ大統領)は、米国から遠く離れた土地で常に戦争を続けるべきだと信じている。「あちら」(国外)で戦わなければ、敵が「こちら」(米国)へやって来る。これは第二次大戦や冷戦中の論理である。これらの戦いが相当前に終わっているのに、論理は生き続けているのだ・・・

 ブッシュ大統領がイラクでの戦争に敗れかけているのは明白だ。世論調査と昨年11月の中間選挙は米国民が「あきらめた」ことをはっきり示している。そのような時に、自衛隊の輸送機は、米軍の地上部隊を支援するためイラクの空を飛び、自衛隊の艦船がイラク近海の米軍を助けている。イラクでの戦争は日本の防衛に何の関係もないはずなのに。

 ブッシュ大統領がなぜイラク戦争を始めたのかは理解できるつもりだ。しかし、日本の指導者の行動はどのように説明できるのだろうか。遠い地域へ戦闘部隊を送り続けている日本の指導者の熱心さを、どう解釈すべきなのだろうか・・・


Laurence Repeta's Contribution to the Mainichi Shinbun

Mr. Laurence Repeta, an American lawyer and jurist, contributed an article to the Japanese daily journal the Mainichi Shinbun on 15 Feb. I would like to quote his article in my own abridged translation as follows. I hope it will appeal to the readers as it did to me.

・・・According to the US military paper STARS AND STRIPES more than 200 jet fighters left for Iraq from the US base in Misawa,Japan. A sergeant of 33 years old said “ Even if you are not participating in a part of history, you are just witnessing it." For Americans history means war story. According to this sergeant's logic we are not participating in creating history unless we are engaging with war.

President Bush, when he was asked by the press “What did you learn from the Vietnam War?", replied bluntly “ The importance of never giving up".

People like this sergeant and President Bush seem to believe that US should continue fighting a war away from home. They must believe unless US fight a war there(out of US), they(enemy) will come here(US). This way of thinking became obsolete with the demise of the cold war they are still obsessed with it.

It is clear now that Bush is losing the war with Iraq. Recent poll and the result of mid-term election showed American people “gave up" the war.

Even under such circumstances Japanese Government continues to help US forces by flying its defense forces' airplanes over Iraq and dispatching vessels in the Persian Gulf. US war with Iraq has nothing to do with Japan.

I manage to understand why Bush started a war with Iraq, But I am wondering how Japanese leaders can explain Japanese people the reason they have been supporting US. Why japaneseleaders are so enthusiastic with continuing to send Japan's defence forces to such a remote region in the world?・・・

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月15日

閑話休題 大切なことは何を目指すか、何をしたいかである。

 大切なことは何を目指すか、何をしたいかである

 1月16日の産経新聞の「断」というコラムで勢古浩爾という評論家が「議論は必要なのか」と次のように書いていた。[朝まで生テレビ]を見ながらつくづく思ったという。

「・・・民主主義の原理として『議論』の重要性がいわれる。しかし、上は国会から下は個人に至るまで、はたして『議論』で物事が落着したことはあるのか・・・だれも議論なんか本当は信じていないのではないか。国会の討論やタウンミーテイングのやらせなど、その明らかな証左である。それに費やした時間で測り、議論をやったという体裁と形式だけを整えるだけなのだ・・・議論は必要だが、みんな、問題のために自分があるのではなく、自分のために問題がある、と思っている。複数の異なる考えからより良き結論を導き出そう・・・という気が誰にもなく、結局は己の利害や感情や沽券にこだわる勝負にしかなっていない・・・」
 
 まったくその通りだと思う。最近やたらに討論番組が横行している。ビートたけしのTVタックルなどに至っては視聴率稼ぎの行き過ぎた娯楽番組だ。議論は暇つぶしのごとしである。議論は一つの目的を成就することを目指し、その為に建設的に議論を戦わすのではないか。相手のいいところも認めながら議論を進めるべきではないのか。それでは番組が面白くないから司会者は喧嘩腰の討論をわざとさせるのだ。

 同じようなことは政治家を志す選挙候補者にも言える。参院選挙を控えあらゆる著名人の名が浮かんでは消えている。なぜこのようなことが起きるのか。政治家になりたい候補者は多い。各政党は獲得票を増やす為に知名度のある候補者を必要とする。問題はその候補者が当選した後に何を目指すか、何ができるかである。知名度のある候補者にとって選挙に当選することは難しいことではないかもしれない。そのような候補者にとって政治家になることは容易であろう。しかし重要な事は、その候補者が選挙に当選し、政治家や首長になった後で、何ができるのか、何がしたいのかである。候補者に擬せられている著名人がおいそれと立候補の誘いに乗れないのも、結局は当選した後に何も出来ずに苦労をすることに気づいているからに違いない。とにかく政治家になりたいという者ばかりが選挙に出たがるのだ。

 いま日本の政治は根本のところで国民から離反している。そんな政治状況を変えるのは容易なことではない。かなりの識見と実力とそして全てを投げ打つ覚悟がいる。そして仮にそんな立派な人がいたとしても、今の政治に参加することを躊躇うであろう。政治家になりたいと思う者は二流、三流の者ばかりだ。これこそが今の日本の大問題なのである。政治家の数を大幅に減らすべきだという意見が出てくるのももっともだ。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月15日

米国の豹変に振り回される日本ー北朝鮮の次は台湾だ

  米国の豹変に振り回される日本―北朝鮮の次は台湾だ

 2月1日の朝日新聞は、台湾の李登輝前総統が「私は台湾独立を主張したことはない」と従来の立場を180度ひっくり返す発言をし、この発言の真意をめぐって台湾の政界に激震が走ったと報じた。1月31日に発売された台湾の大手週刊誌「壱週刊」へのインタビュー記事が震源である。李登輝前総統は更にまたその際、「(台湾がこれ以上)独立を求めることは・・・米国や大陸(中国)との多くの問題を引き起こして危険」と言い、更にまた台湾独立派が強硬に反対する「中国資本の台湾投資や中国人観光客の台湾訪問の開放」も「必要だ」と主張したという。自らの訪中までほのめかしたという。

 この李登輝発言に関し最近の雑誌で二つの記事が目にとまった。一つは保守評論家福田和也が週刊新潮2月22日号の「闘う時評」でとりあげた「李登輝氏の転向」である。福田は李登輝氏が必ずしも台湾を独立国家とする立場を放棄したわけではないとしつつも、一昨年4月に連戦国民党主席が訪中して胡錦涛主席と握手した事を「売国的」と批判した李登輝氏が、今回のインタビューで訪中に意欲を見せたことは大きな転向であると論じ、その背景には6カ国協議で明らかになったように、米国が中東問題にかまけて極東問題は中国に任せるという動きを李登輝氏が察知したことがあるのだろうとしている。

 二つ目の記事は週刊アエラの2月19日号に掲載されていた軍事ジャーナリスト田岡俊次氏の「米国がみせた変わり身」という記事である。田岡氏はもっと明確に米国の豹変を指摘している。すなわち米国は、ソ連の軍事的脅威を心配する必要がなくなった冷戦後は、82年の米中共同声明を無視して台湾に150機のF16など大量の武器輸出をしてきた。しかし最近は、台湾がF16C/D戦闘機を66機追加輸入しようとしているのに対し、米国務省がこれを拒否した。これは米国が、中国は対テロ戦争や北朝鮮核問題で米国の重要なパートナーであると同時に、日本に次ぐ約4000億ドルもの国債を保有して米財政を支える立場にあるため、中国の意向を尊重せざるを得なくなったのだという。

 そして田岡は次のように締めくくっている。この指摘こそ私が読者に注目してもらいたい事だ。北朝鮮問題についで台湾問題でも日本は米国からはしごを外されようとしている。もっとも米国は日本には中国の脅威を強調して二枚舌を使うであろうが。日米同盟は永久不滅だなどと繰り返す政府、外務省はいい加減目を覚ますべきだ。

 ・・・「台湾が独立し、中国が侵攻、米軍が台湾を守って戦うとき、日本は何もしないではすまない」との前提で日本で論じられてきた憲法改正と集団的自衛権論議は、いま根底から揺さぶられている・・・


After North Korea Japan Has To Watch US Change Of Policy Towards Taiwan

Former President of the Republic of China Lee Teng-hui said in recent Taiwanese magazine to the effect that he never had advocated the independence of Taiwan.

With respect to this controversial Lee’s remark I would like to draw readers attention to the two articles recently appeared in Japanese magazines.

One of the articles is written by Mr. Kazuya Fukuda, a conservative writer, in the Shincho Weekly of Feb 22. He calls Mr. Lee’s remark “renegade” and he pointed out that Mr. Lee must have detected a change of US policy towards China. In other words as we have observed in the process of 6 party consultations on the North Korean Issue US seems to leave the initiative of Asian diplomacy to China because US has been and will be so busy with the issues of Middle East and she has to avoid frictions with China.

In another article of AERA of Feb 19 Mr. Toshitsugu Okada, a freelance journalist on military affairs, said more bluntly the change of US policy towards China and he warns Japan not left behind such US strategy. Mr. Taoka mentioned the recent US refusal to sell jet fighters F16 to Taiwan and said this is an obvious sign of US not to provoke China. US needs Chinese cooperation with both militarily and financially matters. China purchases US bonds of 400 billion dollarsd supports US deficits.

Mr. Taoka says this US change ofpolicy towards China and Taiwan might undermine the legitimacy of arguement by the Japanese Government that if Taiwan dares to become independent and China will intervene by force US will defend Taiwan militarily. In that event Japan, an ally of US, does not have any other choice but joining in US military operation against China. This is the main reason Japanese Government insists to change the article 9 of its Constitution. The whole logic might be undermined by US change of policy, Mr. Taoka warns.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月14日

閑話休題 小泉と飯島

 閑話休題 小泉と飯島

 書くまでもないことであるが人の価値は肩書きで決まるものではない。肩書きを手放した後どのような生き方をするかによってその人の価値が決まる。

 飯島勲という前小泉首相秘書官がいる。小泉氏が総理大臣の5年半、総理の権限を最大限に行使してマスコミを賑わせた男だ。その後の彼の言動を見ていると,いつまでたっても「小泉前総理秘書官」という肩書きを手放せないようだ。よほどおいしい思いをしたのだろう。

 その飯島が小泉前首相の再登板は「100%ない」と話したということが2月11日の一部の全国紙に小さくのっていた。出身地である長野県辰野町での講演で話したという。彼に言われるまでもなく小泉前首相の再登板などあろうはずはない。たとえ小泉前首相に再登板の色気があったとしても、もはや小泉前首相にこの国の惨状を解決する能力も気力もない。今の日本の惨状が米国に従属した自分の政治のせいだという自覚は小泉元首相にはまったくないであろう。そんな小泉前首相に日本を回復させることは無理だ。もし自分の誤りを自覚しているのなら、再登板どころか一日もはやく逃げたほうがよい。まごまごしていると責任を追及されることになる。

 だから飯島はそろそろ小泉前首相の事を話すのをやめたほうがいい。夕張市の市長になり手がないならば自分が名乗りを上げてもよいなどと、メディアの注目をひきつけるような政治的言動を、もう取らないほうがいい。人間も賞味期限は確かにある。小泉前首相秘書官という権力を十分に楽しんだはずだ。もう生活に困らないほどの蓄えはあるのだろう。小泉前首相とともに、ただの人にもどって静かな人生を送ったらどうか。それが淋しいと思うのであればそれだけの人間だということだ。 

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月14日

日本の北朝鮮外交はどうあるべきか

 日本の北朝鮮外交はどうあるべきか

 やはり六カ国協議について一言書いておかねばならないだろう。予想されていたとはいえこれほどまでに日本の立場が軽んじられた交渉はなかった。政府や御用解説者がどのように強弁しようとも日本の北朝鮮外交は失敗に終わったのだ。拉致被害者家族の絶望感だけが残されたのである。耐えられないほどの悲しみだ。

 なぜ日本外交はかくも存在感を示す事が出来なかったのか。それは核問題といい、拉致問題と言い、そして国交正常化といい、本来は日本が一番強い立場にあるはずであった問題を、ことごとく米国の指導力に委ねたからだ。北朝鮮や国際政治に対する外交姿勢が根本的に異なる米国に、日本は自らの外交を埋没させてしまったからだ。

 六カ国協議が日本に不利に進展する中で、「日本は席を蹴って退席すべきだ」という意見が雑誌などで見られるようになった。そういう気持ちに私もさせられるような六カ国協議であった。しかしそうではないのだ。六カ国協議を退席するのではなく、日本は六カ国協議という国際政治の場で次のような日本の立場を堂々と主張すべきであったのだ。そしてその主張を世界に届くように公開して主張すべきであったのだ。

 「日本は過去に犯した過ちを謝罪し北朝鮮との国交回復を心から願う。その際の日本側の最大の要望は北朝鮮の邦人拉致という非人道的な問題の解決だ。この問題の真の解決なくしては真の国交回復は出来ない。それが日本国民の総意だ。拉致問題は日朝関係の不幸な過去の歴史の中で起きた問題であるかもしれない。北朝鮮から見れば日本もまた北朝鮮の国民に非人道的な政策を取って来たということになるだろう。だからこそ日本と北朝鮮はお互いに自らの犯した過去の誤りを認め合い、清算して、包括的にこれを解決すべきなのだ。この解決によってのみ真の国交正常化が可能になる。日朝国交回復こそ、アジアの平和、いや世界の平和に貢献することになるのだ。国交正常化が実現した暁には日本は北朝鮮の復興、開発にあらゆる支援を行う用意がある。

 北朝鮮の核兵器撤廃については、日本はこれを強く求める。しかし核兵器撤廃は北朝鮮だけの問題ではない。核兵器不拡散、核軍縮は人類の共通の目標である。唯一の被爆国である日本は核大国が率先して核軍縮に取り組む事を一貫して要求してきた。これこそが核不拡散の最善の道である。北朝鮮に核兵器開発の停止を求めるとともに、そのためにもまず全ての核保有国が核軍縮を進める事を求める」

 何故日本はこのような立場で六カ国協議に臨めなかったのか。この日本の主張に正面から反論できる国があるというのか。この自明、かつ単純、明快な立場の表明を日本は力強く六カ国協議の場で宣言すべきであったのだ。世界にこの日本の立場を知らしめるべきであったのだ。この私の考えに異論があったら教えて欲しい。


Japan Renounced Its Strong Position in 6 Party Consultations

Marathon consultations on the issue of North Korea among 6 countries ended up with a compromise between US and North Korea. It is so obvious that Japan is a big loser in a sense Japan could not get any commitment from North Korea on the issue of rescuing abducted Japanese nationals.

The sole and biggest reason of this failure of Japanese diplomacy derives from the fact that Japan renounced at the beginning its independent diplomacy leaving everything to US whose foreign policy towards Asia and World is fundamentally different from that of Japan.

As a matter of fact Japanese position must have been strongest on main issues of 6 party consultations , i.e. nuclear disarmament, abduction, normalizing diplomatic relations with North Korea and economic support.

To make use of this strong position Japan should have declared as follows in 6 party consultations at the very beginning and should have appealed to the world.

[ Japan apologizes what it did to the people of North Korean in the past. Japan is anxious to normalize its diplomatic relation with North Korea resolving all issues deriving from the unfortunate past relations between two countries. The most serious issue for Japanese people is rescuing abducted Japanese nationals from North Korea. If this issue will be resolved in mutually satisfactory manner the Japanese Government and people is ready for normalizing diplomatic relations with North Korea and extend every support for North Korean economic reconstruction and development.

On the nuclear issue of North Korea Japan not only urges North Korea to stop developing nuclear weapons but also ask first all nuclear superpowers to reduce and eventually abolish their nuclear weapons. This is the best and only way to get rid of the nuclear threat from the world and let North Korea to feel not necessary to develop a nuclear weapon .

Japan, the only country victimized by this inhuman nuclear weapons, believes nuclear weapons cannot coexist with human being. Let us all find the solution that not only the North Korean nuclear weapon but all nuclear weapons will be dismantled from the world.]

Who, not to mention North Korea, can resist this appeal of Japan?

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月13日

閑話休題 なんとも不思議なパーティー

 なんとも不思議なパーティー

 なんとも不思議なパーティーだった・・・こんな言葉から始まる2月10日付の毎日新聞「近耳遠見」で、政治記者OBの岩見隆夫は辻トシ子という人物の米寿を祝うパーティーの風景を書いていた。与野党を超えた大物政治家や官界、財界、学界さらには芸能界まで、集まった500百人ほどの著名人が一人一人辻トシ子のところに集まって祝辞を述べる。病身をおして車椅子で駆けつけた宮沢喜一元首相をして「自分たちの女王のお祝いの日です・・・」と言わしめた辻トシ子という人物は何者なのか。寡聞にして私は知らなかった。この人の名前を最近の新聞などで見かけた読者がいたら教えて欲しい。

 ウィキペディアなどで調べてみた。吉田内閣や岸内閣の副総理や自民党幹事長、さらには衆議院議長などの要職を歴任した益谷秀次という政治家の秘書を長年つとめた女性であるという。その才覚、美貌、政治性などから日本の戦後政治史のゴッドマザー的存在だという。秘書を辞めた後も赤坂・虎ノ門の米国大使館の前のビルに個人事務所を開いて活動をしてきたという。米国大使館前というのも興味深い。政治家や官僚は様々な便宜をはかってもらい、政治記者にとっては貴重な情報入手源であったのだろう。政治に群がる人たちにとってありがたい人であったからこそこれだけの客が集まったのだ。

 調べていくうちに辻トシ子が辻嘉六の娘であること、そして益谷秀次が辻嘉六の書生であった事を知った。辻トシ子が益谷の秘書になれたのは父親のお陰だ。以来辻トシ子は終生政治の世界に携わる事になる。ところで辻嘉六はどういう人物なのか。調べてみると保守政界の黒幕として君臨したとある。戦前は日本に亡命してきた孫文を支援し、戦後は日本自由党の創設、保守合同の立役者として鳩山一郎、河野一郎などに財政支援したとある。

 しかし辻嘉六といえばなんといっても児玉誉士夫、小佐野賢治とならぶフィクサーとして有名であるらしい。そして辻嘉六事件すなわち隠退物資事件である。この隠退物資事件こそ、戦後の権力犯罪の嚆矢である。私が本日のコラムで書きたいことである。昭和22年3月29日の衆議院決算委員会で日本自由党の世耕弘一が「日銀の地下倉庫に隠退蔵物資のダイヤモンドがあり、密かに密売されている・・・」と発言、これをきっかけに国会で特別調査委員会が設けられ調査されたが不明のままとなった事件だ。隠退物資とは旧日本軍が米国との本土決戦に備えて在庫した燃料、金属、貴金属、食料などの物資で、約2400億円(現在の貨幣換算で約数十兆円)もの物資が国内各所に分散貯蔵されていたが、終戦直前の昭和20年8月14日、当時の鈴木貫太郎内閣は、米軍に接収される前に安く民間に払い下げる法案を閣議決定した。しかしその決定は正当に実施されないまま、軍人、政治家、官僚などが不正に処分し、この膨大な物資が忽然と消滅した事件である

 昭和22年とは私が産まれた年である。勿論私には記憶がない。その私ももうすぐ60歳だ。この事件は日本国民の記憶のかなたにやがて忘れ去られていくことだろう。しかし決してそうさせてはならない事件なのである。当時の世相を調べてみると1000万人が餓死するといわれた食糧難の時代であった。配給制度で配られる食糧では十分ではなく闇市が横行していた時代である。そんな時代に、権力者たちが戦時に国民から徴用した財産をドサクサにまみれてネコババしていたのだ。権力犯罪のはじまりであると私が述べたゆえんである。

 これと対照的な事件に山口良忠判事の餓死事件がある。山口良忠(当時34歳)は東京地裁の経済統制担当の判事であった。違法である闇米を食べなければ生きていけない時代に、それを取り締まる自分がどうして闇米を食べられようか。配給米を二人の子供に与え自分と妻は粥をすすって生活した山口判事は栄養失調になって衰弱していく。そしてとうとう山積する未決の案件をかかえたまま、地裁の階段で倒れる。これも昭和22年の出来事だ。

 一般市民が経済統制法の下でもがいている時に、権力者は法を犯して隠退物資の処分で莫大な財を横領する。それで政治を動かす。あれから60年ほどたって今の日本の政治状況はどうか。なにも変わっていない事に驚かされる。このコラムの結論を書く時が来た。権力者が法を恣意的に解釈、運用し、あるいは法を犯して逃げ切ってしまう。その一方で一般庶民は数々の法の規制に苦しめられる。正直者が馬鹿を見て泣き寝入りさせられる。大方の国民はそんな不条理に目をつむり、権力者に逆らわずに自分たちの保身を第一にする。こんな今の状況は60年前と何も変わっていない事に我々は気づかされる。今の政治家たちは鳩山といい河野といい世耕といい与野党を問わず皆当時の政治家の世襲だ。辻トシ子もそうだ。そういう連中がこの国をいまだ牛耳っている。何も知らない庶民を苦しめている。この国は市民革命が起きないまま今日に至っているのだ。「この国に民主主義国家はいまだ実現せず」。それを教えてくれた不思議な、いや不愉快で異様なパーティーであるのだ。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月12日

閑話休題 小泉訪朝を再検証せよ!

 小泉訪朝を再検証せよ!

 北朝鮮問題をめぐる六カ国協議のドタバタ劇を見せられている時に、タイミングよく月刊文芸春秋三月号が発売された。その中で元NHKのワシントン支局長で外交ジャーナリストの手嶋龍一が、「小泉訪朝 破綻した欺瞞の外交」という記事を書いている。拉致問題解決を自らの手柄にしようとした小泉元首相の北朝鮮外交の欺瞞を暴いてみせたのだ。

 そこに書かれている事は勿論小泉元首相も日本政府当局者も決して公式に認めることはないだろう。しかし手嶋が政府関係者から取材した情報を元に書いたこの記事は、これまで断片的に語られてきた小泉訪朝外交批判のどれよりも、正確かつ体系的に書かれたものである。それは私が指摘してきた事とぴったりと符合する。

 その詳細をここで書く余裕はないが、一言で言えば拉致問題の解決をあせった小泉元首相と外務官僚田中均が、拉致問題に関する国内世論と、北朝鮮の核保有を認めない米国の強い決意の双方を読み間違えて断行した失敗外交であったということだ。もっとも田中一人を責めるのは酷だ。外務省は一体となって小泉訪朝外交の失敗を取りつくろおうと迷走を続け、今日の日本の孤立を招いた。その責任は外務省そのものにある。

 手嶋の記事で明らかにされていない事が一つある。そしてそれこそが私が一番知りたい事である。それはあの訪朝が、田中均が主導して行われたものか、それとも小泉元首相が固執したものかということである。私はこう思っている。田中は、訪朝が成功すれば歴史的偉業となると小泉にささやいた。それに小泉が食いついた。田中は途中で慎重に転じるが、もはや思い込んだ小泉は止まらない。ある時点から小泉が突っ走って小泉の命令で極秘裏に進めろということになったのだ。田中はそれに従わざるをえなくなったのだ。外務省幹部たちも小泉の怒りをおそれて本気で引きとめようとはしなかった。あとはいつものように対応策に追われるアリバイづくりの外交に終始した。それが精一杯だったということだろう。

 それにしても手嶋の記事によれば事前の通報無く北朝鮮との国交回復を急いだ小泉に対する米国の怒りは相当なものであったらしい。そこで私はこのように推測するのである。小泉はブッシュの不快感を知って、クロフォード牧場でせっかくつくりかけた小泉・ブッシュの友好関係を壊してはならないと直感的に判断し、その後一気にブッシュの機嫌取りに走ったのではないか。イラク戦争支持の発言も自衛隊のイラク派遣も、すべてブッシュへの侘びであったのではないか。だからこそあそこまで迅速かつ強硬にブッシュ支持を鮮明にしたのだ。そして結果的にこれが奏功した。ブッシュは北朝鮮よりもはるかに重要かつ困難なイラク問題にここまで協力してくれた小泉に機嫌を取り戻し、以来小泉、小泉と持ち上げるようになったのではないか。小泉とブッシュの関係を時系列的に振り返ってみると、その構図が浮き上がってくる。

 そうだ。小泉は北朝鮮外交で怒らせたブッシュにイラク戦争支持で贖ったのだ。それが事実であれば小泉と言う男はとんでもないことをしでかした。日本外交を私物化し、そして崩壊させたのだ。外務官僚は誰一人としてこの暴挙を止めなかったということだ。なんとしてでも小泉訪朝の真実が再検証されなければならない。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月12日

G-7蔵相会議の背後にある問題

G7

 G-7蔵相会議の背後にある問題

 2月11日の各紙はその経済面で一斉に主要七カ国の蔵相、中央銀行総裁会議のニュースを報じている。そしてどの新聞も円安是正問題について合意が見られなかったと書いている。そんな記事をいくら読まされても読者にはその背後にある問題の本質がさっぱりわからないであろう。

 円安是正問題の背後にある最大の問題は日本のゼロ金利の引き上げだ。欧州金融当局は日本からの輸出増大に対処するため円安是正を求めている。そして円安是正効果のある日本の金利引き上げを期待していたが日銀が政府の圧力に屈し先送りした。これに失望して今度の会議であらためて円高要求を求めてきたのだ。

 日本政府は円安是正に消極的である。それは表向きには日本の景気回復の牽引車となっているトヨタをはじめとする主要輸出企業の業績の足を引っ張るからだという。金利を引き上げると国民の余剰資金が貯蓄にまわり株が下落する。景気も腰折れする。だから安倍政権は参院選挙前に利上げをさせない。しかし本当のところは米国の圧力があるのだ。米国には日本のゼロ金利を認めたくない理由があるのである。

 今回日本が欧州の円高要求をかわすことができた最大の理由は米国がそれを求めなかったからだ。欧州と一線を画したのである。米国も自動車産業界など輸出業界からの円高圧力は強い。しかし米国の金融資本は日本のゼロ金利でぼろ儲けをしてきた。今の米国はそのような金融資本が支配している。ポールソン財務長官はこの間までゴールドマンサックスのCEOだった男だ。米国金融界の代弁者だ。米国の金融資本はゼロ金利の日本から資金を調達して日本の企業や不動産を買いあさり大もうけをしてきた。しかも金利5.25%の米国へ金利ゼロの日本の資金が流れ込む仕組みを維持し米国の財政赤字を補填し続ける必要がある。更に言えば日本が金利を引き上げて円高の方向に進めばドルの独歩安となる。それはドル暴落の引き金となるおそれがある。米国経済が破綻の危機に陥る。米国は日本の金利引き上げには応じられないのだ。

 日本の短期金利の誘導目標は0.25%である。これは欧州の3.5%、米国の5.25%に比べ異常に低い。少しぐらい上げたところで実質ゼロ金利に変わりはない。米国は当分のあいだ日本に実質ゼロ金利を求め続けるのだ。

 金利を引き上げられない深刻な理由が日本にもある。それは、金利が上がることによって借金体質の日本の財政負担が一気に増え財政再建が吹っ飛ぶからだ。しかも円高になれば日本がドルを支える為に購入してきた膨大なドル建て米国債の価値が目減りして日本の外貨資産は大幅に目減りする。このようにいつまでたってもゼロ金利はなくならない。なくせない。我々一般国民の受け取るべき銀行預金金利は銀行の収益に持っていかれ、その利益は米国の財政赤字を負担しているのだ。日本の金融政策も完全に米国の主権下にあるのである。日本人の働いた金を政府が吸い上げそれを米国に回す。財務省、日銀の罪は深い。

[用語]G7とは何ですか?


Japanese People Should Get Angry With Zero Interest Rate

The regular G-7 Meeting of Finance Ministers and Governors of Central Bank were held in Germany last weekend. Japanese papers of 11 Feb. all carried the identical article that no agreement was reached on the issue of evaluation of Japanese Yen and Japanese Government was relieved. This article, however, does not tell readers anything about the real problem behind the strange Japanese monetary policy.

One of the effective short term measures to remedy depreciated Yen vis-à-vis Euro is to increase virtually zero interest rate of Japan. European Countries, therefore, were disappointed with Japan Central Bank's recent decision not to increase Japan's zero interest rate. This decision also disappointed Japanese people who have been deprived interest income for long time.

Japanese people have been told that unusual zero interest rate is inevitable because Japanese economy has been so sluggish since the burst of babble economy in early 90s. Japanese economy, however, became strong and the Bank of Japan itself thinks it is a time to increase the interest rate. It is Japanese Government which does not allow the Bank to do so. It is said that Japanese Government is afraid that increase of interest rate will discourage now recovering economy. It also adversely affects stock market. Therefore increase of interest rate is not a welcomed policy for LDP which has to win the coming general election of Upper House in July.

In reality more serious reason exists behind such an ostensible excuse. US Government does not allow Japanese Government to increase its interest rate. US economy which is dominated by financial business needs Japanese zero interest policy so that Japanese money flows from zero interest Japan to 5.25% interest rate US, thus compensating for deficit struck US economy. If Japan increases interest rate and Yen will be evaluated Euro US dollars alone left weak in the world currency market. This might shake US dollar status as a sole leader of world currency. US economy has been surviving its huge financial deficit simply because maintaining international recognition of dollar as an international currency. If this recognition starts shaking all of sudden US economy will face a serious problem. Therefore US Government continues to dictate Japanese Government to keep its interest rate virtually zero at the cost of Japanese people. Japanese people has to be aware of this and get angy.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月11日

広告収入に頼るメディアのジレンマ

 広告収入に頼るメディアのジレンマ

 教育問題に関するタウンミーテング問題があまりにも大きく騒がれたせいか、産経新聞や多くの地方紙が中央官庁と共催した各種のイベントにおける同様のやらせについては、たいした追及もなく終わってしまった。

 しかし2月10日の朝日新聞は別の角度からこのヤラセ問題の問題点を抉り出してくれた。広告収入に頼るメディアのジレンマと報道姿勢の歪みの相関関係である。

 厳しい財政事情に苦しむ新聞社にとって広告収入は貴重な財源である。しかも一般企業からの広告発注が伸び悩む中で、広告出稿と抱き合わせになった官庁からの政策啓発行事を請け負うことは魅力がある。だからその請負を成功させて受注を継続的に貰おうとする。いきおい新聞社側はその行事を成功させるプレッシャーを受ける。謝礼を払ってまで参加者を集めることになったのだと朝日の記事は言っているのだ。

 見落としてはならないのは、いずれのイベントも大手広告会社の電通がまとめ役になっていたという事実だ。省庁にとっても地方に影響力のある地方紙を通じてイベントの実施を丸投げするほうが楽だ。経費はすべて国の予算である。それを最大大手広告会社電通に任せておけば楽だ。電通にとっておいしい話だ。かくして電通が国と地方紙の双方に影響力を持つようになる。

 このことは地方紙に限らずすべてのメディアに共通して言える。電通は権力の側につき、その電通に仕事をもらうメディアが政府批判をしづらくなる仕組みができあがっている。メディアの上に君臨する電通がそこにある。今のメディアが権力に弱くなった理由の一つがこの朝日の記事一つからでも容易に見つけられるのだ。


One of the Reasons Why Media Stand by the Government Side is Clearly Explained in the Article of Asahi Shinbun

A word of “Yarase" is seen everywhere in Japanese media nowadays. This means a fake event or project. One of the Yarase criticized most strongly is series of town meetings which Japanese Government under the Koizumi regime organized. At that meetings government officials pre-arranged questions and answers session paying fees to fake questioners. After the Yarase was thus revealedd similar Yarase were also found in the various events which local newspaper companies are engaged.

The Asahi Shinbun of Feb 10 reported the backdrop of this scandal. These days almost all media suffer from the decrease of advertisement revenue which is the main sources of there income.

Under such situation various events and seminars sponsored by the Government are so attractive for media because they receive the project fees as well as advertisement fees if they undertake such events.

When the Government implements various events it is so common that Dentsu, the biggest advertisement company, receives the order from the Government as an exclusive agent. Dentsu has a full power to distribute the budgets to various media at its own discretion. Thus Dentsu, which seems to be a Government hand in public relations, has a strong influence over media. Japanese media are afraid to offend Dentsu. IDentsu does not allow media to speak ot wright against Government policies.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月11日

批判されるべきは対米追従外交だけではない

 批判されるべきは対米追従外交だけではない

 日本の外交が批判されるの対米追従と相場が決まっている。しかしそれだけではない。対ロシア外交、対中国外交においても外交が機能していないのだ。

 2月5日の産経新聞「正論」に見つけたノンフィクション作家上坂冬子の記述を私は興味深く読んだ。上坂といえば「靖国参拝のどこが悪い」と主張するサンケイ御用達の一人だ。その上坂が元宮内庁長官富田朝彦夫人から手紙をもらったという。富田夫人はあの富田メモを日経新聞に発表して「昭和天皇のA級戦犯合祀への不快感」を世に知らしめた人である。小泉元首相の靖国参拝に反対の立場の人だ。だから上坂は富田夫人からの手紙を開封するまでは緊張したと思う。開封しておそるおそる(これは私が想像する上坂の心情を表現したもの)読んだところ、上坂の近著「これでは愛国心が持てない」(文春新書)を読んで共鳴した手紙であったと知って喜ぶ。ロシアに拿捕された猟師を助けられない日本外交のふがいなさを嘆く事で二人は意気投合した。それを上坂は嬉々として「正論」に書いているのである。実は上坂冬子と考えが異なる私も、最近の北方領土問題をめぐる外交の迷走ぶり、無策ぶりは目に余るものがあると思っている。とくに昨夏に起きた日本漁船のロシアにおける拿捕、射殺事件に対する国民を見捨てた外交はもっと非難されてしかるべきだと考える。立場を超えて皆の意見が一致するのだから日本外交は余程ひどいということだ。

 もう一つは、最近起きた中国の海洋調査船による事前通報なしの排他的経済水域侵犯事件である。尖閣列島がどちらの領土であるかという問題は留保して、相手国の近海で調査を行う場合には事前に通報するというのが、2001年2月に合意した日中両政府間の「事前通報の枠組み」である。現に中国はこれまで尖閣諸島近海の調査について事前通報をしてきた実績がある。今回の調査は明らかにこの枠組みを踏み外したものである。しかもこれに外交的に抗議した正当な日本に対し、中国は「強烈な不満」を表明したという。これは中国の間違いだ。中国はあきらかに増長している。

 この中国の態度について2月8日の東京新聞がその社説で批判していた。何でもかんでも中国を目の仇にする産経新聞や読売新聞ではない。リベラルな東京新聞が批判しているのである。「・・・胡錦涛国家主席は今年の元旦にちなんだ演説で『世界各国人民と互いに協力し和諧を求めていく』と述べたばかりだ。その精神はどこへ行ったのか」と正論を書いているのである。中国政府は謙虚に耳を傾けるべきだ。

 私は最近の中国は米国と同様覇権国家の正体を鮮明にしてきたと思っている。私は、米国が不当なイラク攻撃をすれば批判するし、今回のように中国が日中友好を損ねるような友好・信義にもとる行為をとることにも厳しく批判する。もちろん北朝鮮の拉致についても私は誰よりも厳しい。

 なぜ日本外交は中国に毅然とした態度で臨めないのか。それは歴史認識や戦争責任問題で自らが犯した過去の非を本気で認めないからである。反省、謝罪に誠意が無いからである。とりわけ小泉元首相は自分の自尊心のためにいたずらに中国を刺激する言動に固執し日中関係を悪化させた。これが日本の外交を損ねたという自省は、いまや財界を含め大方のまともな国民には強い。外務省は再びまた中国と摩擦を起こしたくないのだ。その気持ちはわかる。しかし日本の正当な権利まで放棄して中国との摩擦を避けようとする態度は外交の放棄であり、結局は中国との真の友好関係構築を妨げることになる。米国追従で放棄した日本外交を対中外交でも放棄してはいけない。小泉元首相にその責任の全てをかぶせ、外務省は対中外交を再構築する腹を固めるべきだ。





Japan’s Diplomacy Be Criticized Not Only By Subordination To US But By Others

It is so common to criticize Japan’s Diplomacy by saying it is subordinate to US, But subordination of Japan’s Diplomacy is not only to America but also to Russia and China.

Japan has a long pending territorial dispute with Russia and China. Last summer, there was an incident that Russian authority captured a Japanese fishing boat and one crew was shot to death. Although the fishing boat was operating in the disputed area, it is clear that the way in which Russian patrol shot so many bullets towards the boat and killed a crew, who was totally unarmed, was intended to penalize the boat and its crews. Japanese Government never protested strongly nor tried to rescue the boat and its crews quickly. Obviously Japanese Government was afraid to lose the momentum to facilitate the negotiation with Russia on the territorial issue and normalization of bilateral relationship.

Japan’s diplomacy towards China is more submissive. Recently it was revealed that Chinese investigation boat violated Japanese Economic Water Zone. This is an outright violation of the agreement made in 02 between two governments that advance notification be made before any vessel operates near the disputed area. Japan duly protested China in a diplomatic manner but China rejected this with “ very strong dissatisfaction”.

The Japanese Government did not and cannot insist her legitimate right further simply because Japan is entangled with its own dilemma. Some of the Japanese leaders never admit Japan’s invasion of China and look down China. Former Prime Minister Koizumi is one of those and this group of Japanese has a certain influence on the LDP, the government party.This lack of reflection, however, makes China in an advantageous position to continue criticizing Japan on one hand and makes Japan in a week position to continue apologyzing China.

Japan’s diplomacy should resume its strength and self-dependence by correcting wrong things first.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月10日

小さな記事の中に真実があるーその②

 小さな記事の中に真実があるーその②

 もう一つ付け加えるのを忘れたので書き足すことにする。それはイランが日本の石油大手元売りに、決済通貨をドル建てからユーロ建てなど他の通貨建てに変更しないかと打診されていたことを報じた10日付の朝日の記事だ。一段の小さな記事で見落としそうであったが、この記事はトップ記事でもおかしくない大きな意味を持つ。

 米国がイラクを攻撃した理由の一つに、サダム・フセインが原油の決済通貨をユーロにした、これに中国や欧州の一部の国が応じ、米国を驚かせた。サダム・フセインを放置できない、排除しろ、となったという説がある。この説が正しいかどうかは別にして、原油のドル決済は米国の生命線だ。73年の石油危機の際、キッシンジャーが原油の決済通貨をドルに統一すると主張して、以来これが慣例になったということらしいが、原油決済をドル建てで行うことにより米国はドル換算の手数料と、世界の基軸通貨ドルを守るという二つの大きなメリットを握ることになる。とくに世界の基軸通貨ドルの信認を確保することは、借金王国アメリカにとっては生命線である。ドルが世界の基軸通貨であるからこそ米国はいくら赤字でもドル紙幣を刷り増すことにより資金を生み出すことができるのだ。ドルの信認が揺らいだとたん米国は破綻国家になるのである。

 元売り会社は、今回のイランの打診が、「強い要請ではなく、変更は考えていない」(大手幹部)と、現行のドル決済を続ける方針だというが、これはウソであろう。危険分散のために中国は既に一部ドル建てにしている。強含みに推移するユーロを考えれば一部をユーロ決済に切り替えても損はないはずだ。

 元売り会社は、たとえイランがユーロ建てへの変更を強く要求してきたとしても、それに応じる事は出来ない。アザデガン油田の場合と同様早晩米国は、「ユーロ決済まかりならん」と日本政府に言ってくるのは自明である。もうとっくの昔にそう命じているのかも知れない。日本政府が米国の意向に逆らえるはずはない。日本政府は元売り業界にドル建てにするなと通報するであろう。日本の元売業界が日本政府の意思に反することをするわけが無い。ここでもまた日本は世界の孤児になる。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月10日

小さな記事の中に真実がある

 小さな記事の中に真実がある

 小さな記事の中に重要な事が隠されていることがある。デスクがその重要性に気づかないのか、それとも世論の注目を引くと都合が悪いが無視するには重要すぎるから意図的に小さく報じてみせるのか。いずれにしても2月10日の次の記事は見落とせない。

 米国上院軍事委員会のカール・レビン委員長(民主党)は9日、米国防省監察官の監察報告書の一部を公表したという。それによると、イラク開戦前に米国防省が発表したフセイン政権とアル・カイーダの結びつきを指摘した部分が、当時国防次官であったダグラス・ファイスの誇張であったというのだ。すでに大量破壊兵器の存在を捏造して先制攻撃の理由にしたことが明らかになっている。もう一つの先制攻撃の理由、すなわちテロとフセイン政権の結びつきについても嘘だったことがこの監査報告で決定的になったということだ。ファイスは名うてのネオコンでありユダヤロビーの一人だ。あの戦争は当初から別の目的で実行される事が決められていたのだ。この記事は日本でもっと大きく報じられてよい。小泉首相は米国の戦争の意図を知った上で支持したのか。何も知らずに支持したなら愚かだ。知っていて支持したなら何故だ。今こそ小泉外交の真実を追究すべきなのだ。メディアは何のためらいがあると言うのか。それともメディアも結託していたからためらうのか。

 六カ国協議を大きく報じる読売新聞の片隅に、小さな囲み記事として、「米朝接触、他国のジレンマ」というのがあった。「六カ国協議は米朝直接交渉の決定事項の追認機関になってしまうのでは」という懸念が他の協議国にあるという記事だ。この記事は正しくない。六カ国協議はもう既に追認機関になっているのだ。しかも決定事項は米中朝の三者のぎりぎりの妥協で作られた外交成果であり、ロシアも韓国もそれを知らされ、それを歓迎しているのだ。日本だけが十分な情報をもらえずに、そして拉致問題に関する日本の要望を受け入れてもらえずに、一人蚊帳の外におかれているのだ。ジレンマにあるのは日本だけなのである。なぜそれを書かないのか。それとも知っていながらストレートに書けないのか。

 国連総会のハリファ議長は8日、安保理改革の調整役としてチュニジア、キプロス、クロアチア、チリ、オランダの五カ国の国連大使を任命したという。彼らは常任、非常任などの理事国の位置づけや、拒否権、拡大の規模、地域代表制などについて加盟各国の意見をとりまとめて3月末までに報告書をだすという。こんな重要なテーマについてこの五カ国の大使に何が出来ると言うのか。何故日本がその調停役の一つに入らなかったのか。もし日本が利害の当事者の一人であるから不適当であるというのなら、何故利害の当事者が集まる協議機関を設置すべきであると日本は主張しなかったのか。日本が本気で安保理入りを目指すなら安保理5大国と日、独、インド、ブラジル、EU、アフリカなどの代表が集まる真剣な交渉の場を早急に設置するよう求めるべきである。何故日本はそれを主張しなかったのか。それとも主張しても相手にしてもらえなかったのか。大島国連大使は演説を行い、調整役の任命を歓迎する一方で、「結果を出すことを目標にすべきであり、議論のための議論に終わらせてはならない」と求めたという。調整役の大使たちがまったく無力である事を一番良く知っているのは大島大使のはずだ。こんな演説をしているようでは日本の安保理入りはとても無理だ。

 その外務省がまたしても無力をさらしている。10日の朝日新聞は、9日に国会に提出された米軍再編特措法案をめぐる作成過程で防衛省と外務省・内閣府の主導権争いがあったと報じている。しかしその実態を見ると防衛省の一人勝ちである。つまらない縄張りあらそいではあるが、この場合は誰が見ても防衛省に利がある。この法案の目的は米軍基地を受け入れるかどうかで補助金の額をさじ加減するというとんでもない法案であるが、それを決める関係閣僚会議である「再編関連進行会議」の事務局を自分たちがやると内閣府が要求したらしい。安保問題に何の見識もない内閣府が事務局になるなどというのは典型的な役人の縄張り根性だ。こんなことが許されるはずはない。一蹴されてあたりまえだ。外務省に至っては再編交付金の交付先市町村を防衛省が指定する際、「必要に応じて外相と協議する」という文言を法案のどこかに入れろと要求したらしい。とにかく協議相手に入っておけば面目が立つという外務省お得意の「協議条項挿入」要求である。これもあっさりと防衛省に一蹴されている。当然だろう。交付金配布を決めるのに外務省は何の関係も無い。これからの日米軍事同盟はすべて防衛省にその権限を委ね、そのかわり全責任をとらせればいいのだ。このまま行けば戦争国家米国に命じられて防衛省は必ず自衛官を戦地に赴かせ、米国の敵を殺し、その敵に殺されることになる。その責任をこの国の指導者と防衛省にすべてかぶせればいいのである。その時初めて防衛省は自らの罪の深さに震え上がるであろう。外務省は今までどおり米国追従に徹して米国の無茶苦茶な注文の御用聞きだけをしていればいいのだ。それはそれで情けないが、思考停止している分だけ、まだ罪は軽い。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月09日

ブッシュとチェイニーの米国は日本にとって本当に「最重要の同盟国」なのか

 ブッシュとチェイニーの米国は日本にとって本当に「最重要の同盟国」なのか

 米国は戦争を戦っている国である。戦争中の国は戦争に勝つことをすべてに優先する。そんな米国を日本の指導者たちはあまく見すぎていないか。 

 米国を率いるブッシュとチェイニーはもはや戦争に取りつかれた異形な人物だ。ニューズウィーク日本語版の最新号はこの二人の人間像の一端を垣間見せてくれた。

 今週(2月14日号)のニューズウィークは、側近らの話に基づいてブッシュという大統領を次のように描いている。ブッシュの望みはイスラム過激派を負かして歴史に名を残すことだ。そのためには一切の妥協をしない強い決意を持っている。ブッシュは他人の意見に一切耳を傾けない。中間選挙の直後に超党派で出来たイラク研究グループの報告さえ一蹴してイラク増派さえ決めた。いかなる犠牲が出ようともテロとの戦いに負けるわけにはいかないと信じている。不屈の闘志があれば必ず勝つと信じている。自分の間違いについて思い悩むことなどありえない。批判されると直ちに不快感を示す。これが今のブッシュだというのだ。

 それを支えるチェイニーはもっと冷徹だ。先週(2月7日号)のニューズウィークに掲載されたインタビューの生の声は凄みさえ感じられる。以下記者とのやり取りの一部を抜き出して紹介する。

記者:イラクで手一杯のアメリカはイランの脅威に対応できないと、現地には懸念もある?

チェイニー:ない。ペルシャ湾岸のほとんどの国は、自国の安全はアメリカが支えていると考えており、それゆえ大規模な駐留を望んでいる。

記者:イラン空爆が正当化できるシナリオはあるか。

チェイニー:仮定の話をするつもりはない・・・外交的解決に向けて努力している。ただし、いかなる選択肢も排除しないとも明らかにしている。

記者:イラク戦がここまで長期化したことにあなたの責任はないのか。

チェイニー:新たな民主国家を建設しようとする努力が無意味だとは思わない・・・これは時間のかかる戦いだ。この戦いは次の政権、その次、そのまた次の政権までも続くだろう。

記者:あなたはマスコミに悪者扱いされやすい。

チェイニー:自分のイメージを気にしている暇はない。

記者:かつての側近や部下からも批判が出ているが。

チェイニー:私は副大統領だ。そんなことに構っちゃおれん。

 そのチェイニーがまもなく日本にやってくる。日本の指導者達が対等に話せる相手ではない。安倍も麻生も久間も縮みあがることであろう。命ぜられるままに従うに違いない。こんな米国が日本にとって「価値観を共有する最重要の同盟国」であると言えるのか。日本もいい加減に目を覚ます時だ。


Bush and Cheney, Men Never Admit Their Mistake

Despite the defeat of the mid-term election President Bush does not change his policy towards Iraq. Vice President Cheney is even harder on fighting the endless war against Terror.

Recent Newsweek weekly magazines of Japanese edition(Feb 7 and 14) revealed us their unusual personalities which happen to be equally adamant and uncompromising. Some people says they are the men without doubt. Other call them the men never admit mistake. One thing certain is they continue to fight the endless, unwinnable war at the cost of blood, tear and hatred.

Vice President is visiting Japan on 20 Feb. It is so obvious he would come to Japan only to order Japan to join with US in further fighting in Iraq and support US another war on Iran. Japanese Leaders and Japanese people, who are so obedient like sheep, have no other choice but responding the order of wolf. While every country in the world, only Japan follows Bush and Cheney saying " US is our most important ally."

 
Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月09日

閑話休題 団塊の世代がやり残した事があるとすれば

 閑話休題 団塊の世代がやり残した事があるとすれば

 2月8日の東京新聞「応答室だより」に、「団塊の世代」は「亡国の世代」かについての賛否両論が書いてあった。

 「団塊の世代は、見栄っ張りで、わがままで、責任感がなく、自己反省をしないだけの人間である」というフリーライターの意見が読者の論議を呼び、読者から多くの投書が寄せられたというのだ。

 このフリーライターは30代らしいが、65歳の女性からは、「全く同感。私も団塊の世代に違和感があったので、よくぞ言ってくれた、と思っています」という投書が寄せられたという。

 その一方で57歳の男性からは、「高度成長期の温室の中で育った世代が勝手なことを言っている。バブル崩壊や教育の荒廃などはもっと上の世代の責任」との反論があり、その他にも50代後半の世代からは反発の声があるという。

 私は昭和22年7月生まれの団塊の世代だが、この種の議論はほとんど意味がないと思っている。いかなる世代も様々な人間がいるのであって「団塊の世代」であれどの世代であれ、それを一くくりにすることは出来ない。それらの世代はその時代の落とし子なのだ。時代をうつす鏡に過ぎない。

 私が団塊の世代に問いかけたいのは、このまま人生を終わっていいのかということである。我々はもはや人生の大半を生き抜いてきた。生まれてから今日まで常に数が多いゆえに競争の中に身を置かれ遮二無二生きてきた。気がついたら人生の夕陽を眺める自分にきづく歳になっていた。
 まだ現役を退くのは早いといって働くのもいい。経済的に苦しいから働かざるを得ないという団塊の世代も、さびしい話だが肯定する。趣味に生きるのもいい。ソバを打つのもいいだろう。夫婦で旅行するのもよし。ボランテア活動もよし。しかし、と問いかけたい。我々団塊の世代は何かをこの日本に残してきたかと。最後までやるべきことを見つけられなかったのではないかと。

 私は期待する。仕事や組織のしがらみを離れた今こそ、自由に発言し、今の政治に異を唱えてほしいと。おかしい政治には怒らなくてはいけないのだ。

 我々団塊の世代は、我々の父親が平和の訪れとともに復員して生まれた世代だ。いわば平和の落とし子である。戦争に狂った米国に従属して日本を滅ぼす流れに抗ってみるべきではないか。それが団塊の世代のやり残したものかもしれない。これは自らに投げかける言葉でもある。日本のすべての世代に問いかけたい言葉でもある。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月08日

秘密交渉を暴くことこそ報道の醍醐味である

 秘密交渉を暴くことこそ報道の醍醐味である

 下世話なゴシップから高度な政治交渉まで、およそ人間の営みの中で秘密を暴くことほど面白いものはない。その中でも秘密外交の実態を知ることほど興奮することはない。秘密交渉を暴いた最近の二つの新聞記事を私は高く評価する。

 2月8日の朝日新聞は一面トップで、米朝が原子炉停止と引き換えにエネルギー・人道支援を行うことで覚書まで交わしていたという事実をスクープした。米朝二国間の妥協についてはこれまでも色々推測記事が流されてきたが覚書まで交わしていたとは知らなかった。もしこれが事実ならば今日から始まる6カ国協議は茶番である。大騒ぎしてこれから流される報道は無意味だ。我々が注目すべきはただひとつ、この朝日の報道通りに6カ国協議の合意が実現するかということだ。そして、日本はそれを事前に知らされていたのか、その場合はどう対応したかということである。もし知らされていなかったとしたら日本は相手にされていなかったということになる。もし事前に知らされていてそれを受け入れたのならば、またしても対米従属外交を繰り返したことになる。安倍首相の北朝鮮外交は嘘であったことになる。拉致家族は裏切られた事になる。国会で徹底的に検証されなければならない。

 もう一つの記事はイスラエルとシリアの秘密和平交渉に関するスクープである。中東情勢になじみのない読者にとっては興味がないかもしれないが、このイスラエルとシリアの秘密和平交渉は大きな意味を持つ。中東政治においては権力者は自らの権力維持のために国民までも平気で裏切るという国際政治の非道さ、残酷さを象徴する大きな秘密交渉であるからだ。

 2月7日の読売新聞はエルサレム発三井美奈特派員の記事として、イスラエルの元駐トルコ大使であったアロン・リエル氏との独占インタビュー記事をのせている。その中でリエル氏は、敵対関係にあるはずのシリアとイスラエルが2年間にわたって極秘の和平交渉を重ねていたことを認めたというのだ。読売新聞が伝えるスクープの概要は次の通りである。

 ・・・米国からの民主化圧力で孤立を深めていたシリアのアサド政権は2004年1月にトルコの首相にイスラエルとの交渉仲介を求めた。それをトルコの政府高官から聞いたリエル大使(当時)は本国政府に打診し、スイス政府の仲介で非公式交渉を開始した・・・シリア側の代表は米国在住の元大学教授でアサド大統領に近い人物であるという。会談は04年9月から始まり昨年7月のイスラエルのレバノン攻撃で中断されるまで断続的に7-8回行われた。場所は主にスイスのホテルであるというが、なんとシリア代表団がイスラエルに入って外務省高官と会談したこともあったという・・・

 ・・・その内容はシリア側がゴラン高原の返還(67年の第三次中東戦争でイスラエルが占領して以来今日に至っている)を強く求め、イスラエルがそれに応じて「高原を公園化して非武装化しイスラエルの出入りを認める」ということでほぼ纏まりかけていた。それが昨年7月のイスラエルとヒズボラの交戦で中断された・・・

 ・・・リエル氏によると、シリア側は「アサド政権が倒れれば米、イスラエル両国にとって一層悪い政権ができる」と言ってイスラム原理主義組織の台頭を仄めかし、イスラエル、米国を脅していたという。シリア代表の知人である米国人研究者が毎回出席し覚書を作成していたので、ブッシュ政権がこの米国人を通じて秘密交渉を認めていたのではないかと三井特派員は書いている。

 かつて私がレバノン駐在の大使であった時、すべてのレバノン人が私に言っていたことは、「中東で起きるあらゆる事件の背後にはイスラエルと米国がいる」ということであった。あらゆる暗殺も、あの9・11事件までも、すべてはイスラエルと米国の陰謀であると信じて疑わないレバノン人は多い。それが真実かどうかは永久に証明されることはないであろう。しかし少なくともこの秘密交渉は、シリアのアサド政権はパレスチナ人の解放のとパレスチナやシリアの非占領地奪還に闘っていること、そのために国民も犠牲を受け入れる、というシリア国民の思いを裏切ることになる。そうなのである。中東ではすべての支配者が腐敗している。国民の犠牲の下に自らの生き残りのために米国やイスラエルとひそかに手を結ぶ、そういう裏切りが繰り返されてきたのだ。我々は権力者が繰り返す邪悪に騙され、踊らされているのだ。その一端が間欠泉のようにメディアのスクープによって噴出するのである。


Media’s Most Important Mission Is Exposing the Secret Diplomacy

In recent Japanese papers scooped two secret diplomacies. Asahi Shinbun of today(Feb 8) reported on its front page that memorandum was signed on US-North Korean agreement of simultaneous implementation of suspending operation of nuclear furnace on the side of North Korea and extending energy and humanitarian aides to North Korea on the side of 5 members of 6 party consultations. If this report is true the consultation which starts today is nothing but the ceremonial ones. Japan, which asks North Korea to return the abductees first, alone will be put in an embarrassing situation when all the remaining members agree to give aides to North Korea.

Yomiuri Shinbun of Feb 7 reported another important secret diplomacy. Mis. Mina Mitsui, Yomiuri correspondent in Middle East interviewed the former Israeli ambassador in Turk and reported his confession that he has been engaged in the secrete peace negotiation with Syria .

Syrian people have been taught that Syrian Government fights against Israeli for the cause of the liberation of Palestinian people and the occupied territory of Palestine and Syria. Syrian Government forces their people to die for that cause. But in reality Syrian Government secretly compromised with Israel for the sake of protecting its regime. People are always victimized by dictatorship.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月08日

閑話休題 外務省OBの言論がつまらない理由

閑話休題 外務省OBの言論がつまらない理由

 外務次官や駐米大使を経験したいわゆる外交のプロたちが、外務省を離れた後にろくな言論活動ができないのはなぜだろう。自由になった今こそ外交官として培った知見を国民に還元して世のために貢献できる鋭い発言をすればよいのに。そう考える人は多いと思う。しかし現実には世間に評価される発言が出来るOBは皆無といってよい。政府が主催するセミナーやシンポジウムに出席してみたり、政府関係の審議会や委員会に名を連ねたりはするが、一般国民に訴え、共感を得るような解説者や評論家に転身した外務省OBを私は知らない。

 なぜか。それは一つには彼ら自身に内容がないからであり、もう一つは彼らがいつまでたっても政府や外務省と決別できないからである。

 彼らが外務省で要職につけたのは立派な外交を行ったからではない。時の政権に擦り寄って出世競争を勝ち抜いたためである。そんな彼らに語るべき外交論はない。しかも権力組織の中枢にいる官僚にとって仕事は向こうからやってくる。その仕事は権力を擁護するという単純かつ受動的なものだ。そしてその仕事に必要な情報や予算は自らの努力なしに国家予算の分捕り合戦で転がり込んでくる。こんな状況下に甘やかされて何十年も過ごしていれば人間がだめになるのは当たり前だ。

 外務省を辞めた後も外務省の庇護をうけて外務省の代弁者に甘んじたり、政府から与えられる審議会や御用ポストに名誉職を得て発言するOBが何人かいる。彼らは時々NHKなどのメディアに呼ばれ、おためごかしの話しをしてお茶を濁す。しかしやがて彼らは忘れ去られていく。まったく話しに内容がないからだ。面白くないからだ。

 かつての同期であった田中均が時々マスコミにでるようになった。私は彼の言動に注目している。彼は私と違って外務省の中で要職を歩きマスコミの注目を集めてきた男だ。最後は小泉訪朝のお膳立てをし、その後は拉致問題で連日メディアに追われた。その田中は、しかし同期の谷内正太郎との次官競争に破れ自らの意思で外務省を飛び出して評論活動を始めた。果たして彼は第二の人生を外務省と決別し、本音で勝負しようとしているのだろうか。

 残念ながらまだ田中はその覚悟が出来ていないようだ。日本国際交流センターのシニアフェローとか東大客員教授の肩書きは聞こえはよい。しかし彼がこれまでに行ってきた論評はあまりにも空疎である。すべてに中途半端なのである。私のように政府や外務省と対決している訳ではないから、その言動は政府や外務省に批判的になりきれない。ましてや仕事や情報は今でも政府や外務省に頼らざるを得ないとみえて彼らに厳しい言論はできないようだ。しかしこれからも政府や外務省の代弁をするような言動を続けるとやがて行き詰まるであろう

 外交評論家田中均に期待をかけたのか、あるいは気の毒に思ったのか、朝日新聞がコラム「時流自論」で彼をレギュラーの執筆者の一人として今年に入って使っている。しかしその言説は相変わらず中途半端だ。2月5日のコラムで田中均は「東アジア・日本・説明責任」というタイトルで書いていた。いくら読んでも言いたいことが伝わってこないのだ。東アジアの協力は重要だが体制がさまざまで容易ではないとか、最近の日本は説明責任がなくなりつつあると嘆く一方で、地方を訪れると日本の自然の美しさに感動するとほめる。安倍政権の「戦後体制の終焉」に賛同してみせるがそれを構築していく為には説明責任が求められると批判的な事を言ってみたりする。要するに何が言いたいのかさっぱりわからないのだ。田中君、政府や外務省から決別し、思う存分自分の考えをぶつけて生きてみよ。第二の人生を自分ひとりの力で切り開いてみろ。そんな君に私は心からエールを送りたい。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月08日

平和運動は左翼や護憲政党の独占物ではない

 平和運動は左翼や護憲政党の独占物ではない

 イラク戦争に反対して外務省をクビになった私は、その後3年余りの日々を、俄か平和主義者、俄か護憲論者よろしく、求められるままに全国を講演でかけめぐってきた。そのおかげで今の私はもはや俄か平和主義者や俄か護憲論者を卒業して最強の反戦の闘士、改憲反対論者となった。「武力では平和は実現できない」と確信し、また「戦争国家米国に対抗する最強の砦である憲法9条を一字たりとも変えてはならない」と断言できるようになった。平和と戦争に関する考えの定まらなかった私が、最後にたどりついた結論である。誰がどのような議論を挑んで来てももう変わることはない。

 そんな私がどうしても違和感をぬぐえないのは、いわゆる護憲政党や政治家が、反戦や護憲を自らの専売特許として独占し、自己や組織の生き残りの為に利用しようとしているのではないかという思いにかられることである。何故彼らは、9条を守るという喫緊かつ最大の政治目標を前にして、いまだに団結できないのか。すべての違いやいさかいをおいて、憲法9条の下に結束できないのか。

 そんな私の思いを、ジャーナリスト萩原遼が2月6日の東京新聞「試される憲法」で見事に代弁してくれている。彼は赤旗の平壌特派員として勤務していた時スパイ容疑で強制送還され、その後フリージャーナリストとなって日朝関係について発言してきた人である。2年前には「党を批判した」として日本共産党から除籍されたという。その彼を誉める私のこのブログは共産党員からは評判が悪いだろう。しかし私はそう思うのである。私が正しいと思った事、ただそれを書き続けるだけだ。

 萩原はこう書いている。

 

・・・問題は改憲反対の共産党と社民党が改憲促進の口実に使われている北朝鮮寄りであるということです。二つの党とも、北朝鮮の挑発行為が改憲勢力や米国に利用されている現状を直視しなければならない・・・改憲阻止は左翼の専売特許ではない。戦争に反対する人、9条を守ろうとする人は、右の人でも少なくない。改憲を阻止するためにも、北朝鮮に対して「核やミサイルによる挑発冒険主義をやめろ」ときっぱりと言うこと。右の人とも手を取り、改憲阻止の一点で大同団結し、運動を展開することです・・・・

 この正論を否定できるものがいるだろうか。しかしこのような自明な事でさえいつまでたっても実現されないのが今の政治の現状である。護憲・平和を看板にしている共産党と社民党の近親憎悪を見よ。民主党と共産党の批判合戦を見よ。最近の日本共産党に至っては、自らを「唯一の野党」と自画自賛して他の野党との選挙協力や国会での審議協力を拒んでいる。あたかも自民党の助っ人ではないかと思わせる振る舞いをしている。とうとう2月6日の産経新聞「政論」で「民主党がグズグズしている今こそ共産党の独自色を発揮するチャンスである」などとほめ殺しをされ、野党分断をそそのかされる始末だ。与党も野党も国民を「票を産む機械」としか見ていないに違いない。政党離れは当然の動きである。


Why Politically Independent People Increased So Rapidly In Japan?

Quite an unusual phenomenon is observed in recent Japanese political climate these days. Abe Regime has been consistently dropping its popularity since it started only 4 months ago and now the number of disapproval exceeds that of approval. Strangely enough, however, none of the opposition parties seems to take advantage of the loss of Abe’s popularity. They also dropped popularity. In contrast to this the number of people who are disappointed with any of the existing political parties increased so quickly and at last the figure of the Independent outnumbered that of the people who support LDP, most popular party.It has been said that if peace loving parties, i.e. the Communist Party and the Social Democratic Party unite together and set up a new third Party many of independent people who are not satisfied either with LDP or with Democratic Party will support such a new party. But in reality the Communist Party and the Social Democratic Party will never unite. They rather compete each other for winning the championship of peace loving party.

This coming July the general election of the Upper House will be scheduled and both government parties and the opposition parties are so desperate to attract those independent people’s votes by inviting well known talents or celebrities to run for their parties.

Despite of all those efforts of existing political parties the figure of Independent people does not seem to decrease. They are waiting for a new political party which can well absorb the frustration now boiling among people of Japan.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月07日

閑話休題 これが小泉民営化の実態だ

 閑話休題 これが小泉民営化の実態だ

 凡百の議論よりも一つ一つの事実の積み重ねこそ真実に迫る最善の道である。私は新聞や雑誌を読むとき、論説や議論よりも、知らなかった事実の発見を重視して読むことにしている。

 そしてまた一つ、小泉改革がいかさまであった証拠を見つけた。

 2月6日の読売新聞に「時代の証言者」という連載がある。昨日から経済学者の加藤寛が小泉改革について得意げに書き始めた。

 加藤は慶応大学の教授の時に学生小泉の先生であったらしい。その後も政治家小泉に教えを垂れて来たことを折に触れ自慢する御用学者の大御所である。徹底的に小泉改革を擁護してきた人物である。その加藤が小泉改革を悪く書くはずがない。それにもかかわらず小泉のいい加減さが随所に見て取れる。よほど小泉という男は頭が雑な男だったのだろう。

 次のくだりを読んで私は思わず笑ってしまった。赤坂のお気に入りの中華料理屋で税金を使って会食し、御用学者を集めて耳学問をしている席でのエピソードである。目に浮かぶようだ。

 

・・・道路公団の民営化の話をした。加藤秀樹さん(構想日本代表)が「民営化すれば、道路公団の株式を売却するから、政府にお金が入る」と発言した。それを聞いた小泉さんは喜んで、「そうか、お金が入るのか。国の財政再建にも役立つな。それなら、やはり民営化だ」となってしまった・・・

 

・・・私は「郵便貯金を民営化すべし」という話をした。小泉さんの頭にも入ったはずだ。それでも小泉さんは「郵貯」ではなくて「郵政」の民営化と(なった。そう)いう背景には・・・次のエピソードがある。小泉さんが郵政民営化に関する対論集を出版した時のことだ。関係者に本の案内状を配る際に、料金の安い開封郵便で送ろうとして、郵便局に断られた。それで小泉さんは怒ってしまい、「郵便局を民営化する」となってしまったのではないか・・・

 

・・・財投は、国会で審議せずに官僚が勝手に使うから肥大化してしまう。財投をなくすためには、郵便貯金を縮小する必要がある。それが郵政改革の本質だ。しかし、郵政に関しても、小泉さんは「民営化とは、株を売って民間会社にすることだ」と考えていた・・・私は、郵政民営化は完全にできなくても、郵便貯金会社が民営化すれば財投は消滅する。そうなれば、郵便配達は現状のまま残ってもいいのではないかと思っている・・・

 驚くべき無責任な発言である。あれほど反対を押し切って成立させた郵便民営化がおかしいといっているのだ。小泉がもっとも力を入れた郵便局の民営化は不必要であるといっているのだ。これが郵政改革を振付けた学者の告白である。もはや郵政民営化などは誰も関心はない。だからどんなことをバラしても見逃されると思って書いているのか。それにしても郵政改革「命」の小泉首相自身がまったくわかっていなかったということだ。

 因みに2月7日の連載では、2002年の時点において竹中経済財政担当相が米国のハバード大統領経済諮問委員会会長に「日本の不良債権は2年で片付ける」と胸を張って約束しようとしたら、「それは民間銀行の話だろう。公的部門の不良債権はどうするのか」と問い返されて腰を抜かした事が暴露されている。「アメリカは郵便貯金のお金が公的部門の不良債権になっていることまで知っている。どうしよう」と加藤に泣き付いたというのだ。これは凄い暴露だ。郵貯の金が行政の垂れ流しの尻拭いに使われている事を隠すために民営化を急いだのではないか。この加藤の連載にはこれからもボロボロと真実がばらされるかもしれない。目が離せない。しかしそのうち脱稿した原稿にストップがかかって面白くないものになるのかもしれない。しかしもうすでに十分暴露されてしまった。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月07日

「辞職ごっこ」の裏で加速する日米軍事同盟

 「辞職ごっこ」の裏で加速する日米軍事同盟

 柳沢大臣の辞職をめぐる「辞職ごっこ」に目が奪われているあいだに、官僚がこの国の安全保障を米国に差し出している。

 本題に入る前にこのあまりにも馬鹿らしい「辞職ごっこ」について一言述べたい。野党が審議再開に応じ、それでも柳沢のクビを取れなかったとしたら、それこそお笑いものだ。毎日新聞の2月5日の発信箱には、野党の審議拒否はけしからんという大方の新聞の論調の中で、敢えて毎日新聞だけはその社説で柳沢辞任を要求すると書いた事を説明している。今回に限っては私は毎日に賛成する。

 国会審議拒否は立派な国会戦術だ。数にまかせてすべてを押し切る今の自公政権で、国会論議がどれほどの役に立つというのか。そもそも国民は国会論議をまともに聞いているのか。審議拒否は国民の支持を得られないというのは嘘だ。あっさりと止めるような腰砕けの審議拒否だから国民に見透かされるのだ。安倍政権を倒すまで審議拒否を貫く、それほど深刻な大臣失言だった。野党はまたしても自滅した。こんな野党に政権を倒せるはずはない。政党離れがさらに進むだろう。

 本題に戻ろう。深刻なことは国会が「辞職ごっこ」に明け暮れている間に、官僚の手によってこの国の安全保障が米国に差し出されようとしていることだ。2月6日の読売新聞は政府が在日米軍再編推進特別措置法案の成立を急ぐことを決めたと報じている。その理由が噴飯ものだ。久間防衛相や麻生外相の米国批判の発言でくすぶる対日不信を解消するためにも早期成立は重要だというのだ。

 この法案は米軍再編に協力する地方自治体には金をばらまき、反対する自治体には金を締め付けるというとんでもない法案だ。我々の税金がここまでゆがめられて国策に利用さるのだ。これこそ予算案審議で徹底的に議論されるべき問題ではないか。 

 そもそも憲法違反、安保条約違反の米軍再編への協力について、これまで国会はほとんど審議していない。三兆円にも上る移転経費の負担額や根拠がまったく国民に示されないままに、小泉元首相がブッシュに約束して国民に押し付けたものだ。そのツケを安倍政権が背負わされているのだ。そしてタガの緩んだ安倍内閣の閣僚の失言の尻拭いのために、在日米軍再編を加速して米国の機嫌を取ろうとしているのだ。ポチが仰向けになって腹を見せて主人に平謝りをしているのだ。

 法案を急ぐ理由はまだある。20日から来日が予定されているチェイニー副大統領に土産を持たせる為だ。日本にまったく関心のないチェイニーがわざわざ日本と豪州だけを訪問する理由がどこにあるか。それは自明である。「テロとの戦いは最後まで続ける」「そのためにはイラン攻撃もありうる」「米国のテロとの戦いには最後まで協力しろ」。これである。

 かつて外務省の有力な次官経験者は雑誌の中でこう言っていた。

「イラク戦争は仕方がなかったが、イランまで攻撃するようなことがあれば、その時はさすがに日本もついていけない」

しかしその次官経験者はチェイニーの要求を前にしてあっさりこういうだろう。「日米同盟は永遠に不滅です」と。それが日本外交の正体である。


 Behind the Paralysis of Diet Debate Acceleration of US-Japan Military Cooperation Undergoes

A regular session of Japanese Diet has been suspended over the insulting remark of Minister of Health and Labor, “ Women are baby-producing machines”.

Behind the paralysis of the Diet bureaucrats of Ministry for Foreign Affairs and Defense accelerate the US-Japan military cooperation which entirely supports US War on Terror.

The Yomiuri Shinbun of Feb 6 reported that Japanese Government decided to speed up in passing a new bill which allows the Governmenti to distribute subsidy to the local government at its own discretion. In other words the Government can increase subsidy to the local governments which are cooperative with hosting US military base while the Government can stop subsidy to those refusing to do so.

Japanese Government needs to show her allegiance by passing such a bill in compensation for the damage which was made by critical remarks of Minister of Defense and Minister for Foreign Affairs “ Bush made a mistake of attacking Iraq’, “ Bush's occupation policy has been so childish.”

Japanese officials are scared of the anger of Bush administration and try to soothe down it by passing the bill thus showing the japanese Government's allegiance to the US War on Terror.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月06日

閑話休題 定年退職延長の弊害

閑話休題 定年退職延長の弊害

 エルオネスという月刊誌がある。元「週刊現代」や「フライデー」の編集長として権力批判の誌面づくりを貫いた元木昌彦氏が、講談社を退職後に作っているビジネス情報誌である。かつて同誌のインタビューに応じた縁でエルオネスの愛読者となった。

 そのエルオネスの07年2月号に「ゴルフ市場における2007年問題の検証と対応」と題する廣瀬恒夫という人の記事があった。日本スポーツマーケット研究所の所長という肩書きの人である。世の中にはいろいろな研究所があるものだと感心しながら読んだのであるが、もちろんここで書くことはスポーツの事ではない。同氏が喝破した定年退職制延長の弊害についてである。廣瀬氏はゴルフ市場が活性化しない理由を次のように述べる。

 

・・・現在のゴルフ市場は1992年のピーク時に比べ40%以上も縮小している・・・これだけ市場が縮小すれば、他の業界では必ず市場原理が働き、既存組織や供給側の意識・経営視点の変革が生まれるはずであるが、ゴルフ市場ではこの原則が機能しない・・・最大の原因は、ゴルフ界や各業界組織をリードする人たちには定年退職がないからである。バブル的ゴルフを創出した人が現在も健在なため、過去に形成された感覚だけで判断し市場対策を講じている。発想の陳腐化や組織の硬直化(が避けられない)・・・

 そしてその後に廣瀬所長はこう続けるのである。

 

・・・今大きな障害を抱えている分野を見ると、ほとんどが循環システムや定年退職制がない組織や業種である。その代表的なものが世襲制や老害により混乱の極みにある政界や、学閥と天下りシステムで利権を拡大する官界である・・・

 たまたま目を通した 「ゴルフ市場における07年問題の検証と対応」という記事から、このような鋭い指摘を見つけた私は、まるで宝物を見つけたようにうれしかった。今の政治の混迷を見るがよい。官僚たちの劣化と志の低さを見るがよい。世襲特権や国家権力に甘やかされている政治家や官僚にもはやこの国の将来を託すことは出来ないのだ。仕事をするということはもっと真剣なものであり必死なものであると思う。ましてやそれが1億3千万人の国民の暮らしと安全を託されている仕事であるならば。

 既存の国家システムを根本のところから変えてみる。その必要性が待ったなしに訪れている。たとえその先が未知と不安であろうともその作業に取り組んでいくほかにない。そんな大事業は既得権にしがみついて自己利益に汲々とする者たちには決して出来ない。捨て身の覚悟がいる。それを持ちうる者が待望されているのである。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月05日

ニューズウィーク日本語版副編集長ジェームズ・ワーグナー氏の論評

 ニューズウィーク日本語版副編集長ジェームズ・ワーグナー氏の論評

 日本の政治・外交を批判的に解説するジャーナリストはあまた存在する。しかしその中でも私が最も共鳴するジャーナリストはこの人をおいていない。その名はジエームズ・ワーグナー。ニューズウィーク日本語版副編集長である。

 私はこの週刊紙を毎週欠かさずに買い求め、巻頭にある彼の評論「THIS WEEK」を真っ先に読む。ほぼ毎回といっていいほど彼の論評に私は賛成するのであるが、その中でも2月7日号の「久間の米批判に私が喝采する理由」という論評はとりわけ共感した。ワーグナー氏は閣僚が不用意に口を滑らせ本音を話すのは愉快だといつものように冷やかし、久間防衛大臣のブッシュ批判は、それが正しいだけになおさら嬉しいと書き始める。

 私が今週の論評を高く評価するのは、その後に続く日本政府の対米従属姿勢を批判するくだりである。彼は久間大臣の発言を、「こういうときこそ同盟国として支援すべきだ」と批判する内閣官房幹部の言葉を引用し、それこそまったく馬鹿げている発言だと次のように切って捨てるのである。

 

・・・こういうときとは、どういう意味だろう。イラク情勢が抜け出せない泥沼にはまっているとき?ブッシュが国民の支持を明らかに失っているとき?大統領が犯した致命的な過ちから抜け出す道を米国議会が模索しているとき?

 いずれにしろ、ブッシュの肩をもつことで日本がどんな利益があるのか。私にはさっぱりわからない・・・

 圧巻は日本の対米従属がいかにピントはずれであるかを述べた以下のくだりである。

 

・・・アメリカ国民やその代表である(アメリカの)議員が背を向けつつある政策を支持してブッシュ政権に擦り寄るのは、あまりに近視眼的だ。それに久間の発言に対してアメリカが報復するようなことがあれば、そんな国は信用できる同盟国とはいえない・・・

 ここまで明快に対米従属の誤りを断言できる日本のジャーナリストはいるだろうか。そもそもブッシュのイラク攻撃批判は世界中が公言しているのだ。「(ブッシュ大統領が任期中に終わらせられなければ)私が大統領として終わらせる」(ヒラリー・クリントン上院議員)、「私は開戦前から公式にも、この戦略に反対していた」(オバマ上院議員)などという米国大統領選候補の発言は、それが大統領選挙を念頭においた政治的発言すぎるとしても、米国の最大の同盟国である英国のブレア政権の閣僚が次々とブッシュ批判を繰り返しているのである。そしてそれを批判するものは誰もいない。

 「こういうときこそ同盟国として支援すべきだ」などと言っているのは日本の政府幹部だけである。これほどまでに米国政権の顔色をうかがう国は世界ひろしといえども日本だけであろう。我々は間違いなく世界中の笑いものになっている。


Is Japan a True Friend of President Bush or Just a Servant of Bush ?

When Minister Kyuma of Defense Ministry criticized Bush’s War on Iraq US Government immediately conveyed a message of displeasure to Japanese Government. Embarrassed with this message or even threatened, one of the high officials of Japanese Government criticized Kyuma’s remark by saying, “ At such a time Japan, an ally of US, should support President Bush.”

I did not overlook the very pertinent comment of James Wagner in the Newsweek of Japanese edition of Feb 7th.

He says as follows,

…What does it mean “ At suc a time”? Does it mean when US stuck in the mud of Iraq war? Does it mean when Bush lost the support of the people? Or does it mean when US Congress looks for the solution for Bush’s mistake? In any case it is so awkward to legitimize Bush’s War which both US people and Congress start criticizing so harshly. Moreover if US tries to punish Japan simply because it criticizes US, Japan should be aware that such a country is not worth while an ally….

Indeed there are no other countries in the world than Japan who obeys US with all of her heart. What an ally!

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月04日

外交は言葉遊びでするものではない

 外交は言葉遊びでするものではない

 安倍晋三首相の父である安倍晋太郎元外相は「創造的外交」が売り物であった。それを名づけた上司に仕えていた私は「言葉遊びで外交が進められていいのか」という思いでそれを眺めていた記憶がある。

 創造的外交の売りの一つは中東外交であった。イラク、イラン戦争の最中、どちらの国とも等距離の関係を保ってパイプを持つ日本、だから米国に出来ないことが出来る立場にある日本、それを創造的外交と名づけて、総裁選を競っている安倍外相のキャッチフレーズにしよう、そういう思惑で名づけられたものであった。もちろん日本が内容のある独自の「創造的外交」を行っているのであればいい。しかし名前をつけただけで外交が出来ると思うのであれば愚かだ。格好いい名前をつけて世論をごまかそうというのであればそれは詐欺だ。   

 最近の外務官僚は無策をごまかすことに精力を使い果たしている。麻生外務大臣の外交方針演説の中で「自由と繁栄の弧」と言う言葉が突然あらわれた。それを外交の柱にするという。米国がテロとの戦いの為に使った「不安定の弧」をまねて、それを「自由と繁栄」などという大げさな名前に入れ替えただけで八方塞の外交を打開できるわけはない。そう思っていたら今度は安倍首相が施政方針演説の中でいきなり「主張する外交」を言い出した。何を主張するというのか。主張するだけでその目的が実現されるのか。こんな言葉の粗製乱造に現を抜かす暇があれば日本と世界が共和、共存できる本来の自主的な日本外交を構築し、それを地道に一つ一つ確実に進めていくことこそ、外務官僚の本来の仕事だ。それを行う実力と覚悟がないからと言って言葉遊びで外交をやられたら国民はたまらない。

 そう思っていたら、2月1日付毎日新聞の発信箱で飯田和郎中国総局員は中国と日本の外交の違いを次のように書いていた。

 すなわち中国は昨年の秋にアフリカ48カ国の首脳を北京に集めたばかりであるのに、間髪要れずに胡錦涛がアフリカ8カ国を訪れた。その一方で北京に離着陸する航空機には中東やアフリカの危険地帯へ出稼ぎに行く60万人にも及ぶ労働者がいる。その殆どは政府の対途上国支援プロジェクトに携わる「公務」といってよい。名も無い男らが異国で流す汗が遠い母国の資源外交と連動する。下層労働者が過酷な労働でアフリカを支えればトップも首脳外交に動く。世界を飛び回る。そこで働く労働者を励ます。

 中国の最近の活発なアフリカ外交は勿論アフリカの資源が狙いだ。そのためには中国の余剰労働力を外国で活用する。中国の支援がアフリカを支える。一挙両得というより一石三鳥の中身のある主張する外交である。そんな戦略的外交でも中国は決して名前などつけない。キャッチフレーズはなくても中国外交はその存在感を十分に発揮している。日本外交にそのような存在感はあるのか。名前だけが空しく飛び交っているのではないのか。


Diplomacy Does Not Need Cozy Naming But Substance

In his policy statement at the beginning of the Diet Prime Minister Abe named his diplomacy [Diplomacy which Appeals] or [Insisting Diplomacy]. That is OK so long as his diplomacy has its substance. But in effect that is not the case. Japanese diplomacy has been stalemated for long. Name alone looks superb.

We see the opposite in Chinese Diplomacy. The Mainichi Shinbun of Feb 1st tells us this contrast sarcastically. Chinese government has been sending so many workers in Middle East and Africa. Most of them come from the rural area where abundant labors exist. By doing so China can win the support of these developing countries and in return China will get energy and other resources from them. Chinese government make use of their excess labor supply. Chinese Leader visits these countries and cheering up their workers. This is a real diplomacy with clear strategy and substantial achievement. Hu Jintau, however, never named his diplomacy. He achieves only the result. This is of course much better than the Japanese Diplomacy which has beautiful name but no substance.

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月03日

トヨタに社会貢献を求める元東京入管局長

 1月28日の毎日新聞「発言席」に載っていた坂中英徳氏の意見は傾聴に値するものであった。トヨタはなんと答えるのだろうか。この記事を黙殺するのか。それとも誠意を見せて毎日新聞紙上で立場を表明するのであろうか。

 彼はいう。30万人を超える日系ブラジル人の大半が、愛知県豊田市から静岡県浜松市にかけた地域に住んでいると。そんなにいるとは知らなかった。この東海地方の一帯には、トヨタを筆頭にホンダ、スズキ、ヤマハなど自動車産業が集中しているという。こう書けばもうわかるだろう。自動車産業の代表的企業が価格競争力を確保するために低賃金労働者を組織的に雇用しているからだ。

 問題はそのような外国人労働者の実態だ。まず雇用形態であるが、大部分は雇用契約期間を限定して採用される期間工や、人材派遣会社から製造ラインに派遣される間接労働者だ。とくに豊田市の保見団地には5000人の日系ブラジル人が住んでいてトヨタとの深い関係が目につくという。トヨタがいい車を安く生産できるのはブラジル人の労働者のおかげと言っても過言ではないだろうと坂中氏は言う。

 そしてその後が坂中氏の言いたいところだ。これら外国人労働者の生活はけっして楽ではない。それは単にコストカットのしわ寄せを受けて低賃金に甘んじなければならないという事だけではない。年金や健康保険など本来企業が果たすべき責任を放棄している為に労働者とその家族の生活そのものを不安定に追い込んでいるというのだ。異国の地でビクビクして生きているのだ。

 その一方で大企業の総本山である経団連が、外国人労働者の受け入れ拡大を求めていることに坂中元東京入管局長は憤る。外国人労働者の厳しい生活を見て見ぬ振りをして生活環境を整えることには消極的な企業に、受け入れ拡大を主張する権利はないと言う。まさに正論だ。

 その上で坂中氏はトヨタに真剣に検討してもらいたいと次のように提案する。日系ブラジル人の子供を教育訓練する「トヨタ職業訓練学校」を創設してもらえないかと。トヨタ系列の工場で働いている日系ブラジル人の子供を、時間をかけて熟練技能者に育て上げ、親の後継者としてトヨタグループの正社員に採用する、というプログラムはトヨタにとっても有益ではないかという。

 職業訓練所をトヨタがつくるところまでいかないにしても、トヨタが率先して外国人労働者の福利厚生に範を垂れる事は必要ではないか。定住外国人を育成し、日本社会の一員として正当に受け入れる努力をする、それがトヨタのような大企業の責務であるという坂中氏は言いたいのだ。 

 競争が全てでいいのか。世界一になることがどれほど重要な事なのか。それよりも一人でも多くの従業員の喜びに意を用いる。ましてやそれが外国人であればなおさら配慮すべきではないのか。共生と共存こそ、世界一を目指す企業の目指すところでなければならない。この坂中氏の呼びかけにトヨタはどう答えるのか。トヨタの鼎の軽重が問われている。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月02日

閑話休題 人の言葉を借りて思いを述べるのもいいだろう

閑話休題 人の言葉を借りて思いを述べるのもいいだろう

 世の中には自分と同じような事を考えている者がいるものだとつくづく感心することがある。私でも自分の言葉で発言する事をためらう時がある。そんな時は他人の言葉を借りて思いを伝えることにするにかぎる。その言葉が自分のものより優れている場合はなおさらだ。次の二つの言葉はその好例である。

・・・もう実力が下降線をたどっている魁皇に対して、朝青龍は土俵の外に相手を運んだ後にダメを押すように突き飛ばした・・・勝って当然の相手に勝って強がる。勝ちゃいいのかいおまえたち!
 相手が土俵を割るまでは迫真の攻防でありたい。が、勝負がついたら二の矢はいらぬ。土俵で勝負をするのである。そんなことは相撲の基本中の基本ではないのか。横綱審議会のジジババは何のためにいるのだ。国技だと抜かすなら、そういうことをしっかり苦言せよ・・・昔、少年雑誌に付録でついてきたかるたを思い出す。「勝ってやさしい大鵬、柏戸」。子どもはスポーツを見て育つ。伝統文化を守らせると国が言っているのに、相撲がこれじゃ示しはつくまい。なあ総理?
サンデー毎日2月11日号
戯作者 松崎菊也
・・・日本を支える最強企業トヨタ。凄い。凄いよ、トヨタ。何が凄いって、とても凄い。凄い凄い。アジアで一番、世界で二番。アメリカ様を刺激しない微妙な位置取りが凄い。リコール隠しが発覚してもマスコミには滅多に報じられない(広告出向額の)存在感が凄い。北米トヨタ社長のセクハラも速攻で和解に持ち込み問題を大きくしないバランス感覚が凄い。奥田さん時代には経団連会長の肩書きで政府外交団より格上の扱いまで受けちゃう。よくわかんないコンセプトの万博すらもトヨタパワーで満員にしちゃうほどの凄さ。さすがは我らのトヨタだぜ。ちょっとぐらい下請けいじめをしても許す。私が許す・・・愛知の田舎大名から世界のトヨタへ!世界首位も見えてきた絶好調企業にグサリひと言!私の車は日産車です。
フラッシュ 2月13日号
山本一郎の「ネット人民共和国」
Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年02月01日

泣き寝入りする日本国民

 泣き寝入りする日本国民

 古くは水俣病に始まって最近ではエイズ薬禍やアスベスト被害、更には警察に助けを求めても無視され殺されてしまった善良な市民など、この国の国民は行政の作為、不作為の罪にその人生を台無しにされた例は枚挙にいとまがない。それにも関わらず、行政が厳しく罰せられたという話しを聞いたことがない。

 最近報道された二つの事件もその典型であろう。自分がその犠牲者だったらどんな思いを抱く事かと思う。貴方がその犠牲者ならばどうするか。胸に手を当ててよく考えてみるといい。一瞬でもいいから当事者の無念さに思いを馳せよう。行政の罪の深さに怒りを覚えよう。

 一つは富山県警による誤認逮捕である。1月20日に各紙で一斉に報道されたこの事件は、自白を強要され、法廷で懲役三年の実刑判決を受けた男性が、服役を終えて釈放された後に真犯人が出てきて無実であったことがわかったという事件である。県警も地検も謝罪の言葉を述べるだけである。メディアも男性が罪を認めたから悪いのだといわんばかりの報道が目につく。39歳の冤罪被害者は現在その所在がわからないという。家族は世間に遠慮して声をあげない。泣き寝入りだ。それをいいことに行政は逃げ延びる。我々はこんな日本を許していいのか。警察、検察は本人を探し出し失われた人生を補ってあまりある保障をすべきではないか。メディアはそれを声高に求めるべきではないか。

 もう一つは1月30日に起きた奈良県の土砂崩れである。最初は、よくある自然災害事故と思っていた。しかしニュースを聞けば聞くほどこれは人災だ。天災は人災だとはよく言ったものだ。現場は再三にわたって崩落事故が起きていた危険箇所だったのだ。すでに96年の道路防災総点検で危険度がもっとも高い「要対策」と診断されていたことが今頃明らかにされたという。それにもかかわらず行政は警備員の配備や申し訳程度の崩落防止用フェンスで事足れりとしていたのだ。事態を深刻に考えそれに見合った対応策を講じていれば3名の犠牲者は間違いなく出さずに済んだのだ。

 記者会見に臨んだ土木部長のコメントが呆れる。3名もの死者を出したというのに奈良県知事のコメントを読み上げるという誠意の無さに驚かされるが、その内容はもっと無責任だ。「・・・経験に基づいたもので、これほどの土砂崩れは予測できなかった・・・」というだけである。一人暮らしの76歳の老婦人は娘夫婦と孫が帰ってくるので鍋を楽しみにしていたという。仲のいい老夫婦は車に乗るのも一緒だったのだ。後続車に乗っていた人の証言では目の前の車があっというまに土砂に埋もれたという。一歩間違えばこの人も犠牲者だ。日常生活の中で一瞬にして起きる人生の暗転。しかもそれは行政の適切な政策で防げた。行政はこの人たちの命をどうつぐなうつもりなのか。

Copyright ©2005-2009 www.amakiblog.com
人気blogランキング