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2007年02月28日

市民が社会を担う時代とその時のおける政治家の役割

 市民が社会を担う時代とその時における政治家の役割

 政治家は何のためにあるのか。政権を奪い合うことではない。選挙に勝つ為の票集め、資金集めに奔走することではない。人気取りのために国民に迎合することではない。テレビにゲスト出演し顔を売ることではない。政治家は国民の暮らしと安全を確保するために公務に専念するためにあるのではないのか。

 しかし、与野党の政治家、政党を問わず、彼らの活動はこの最低限の責務を果たしていると言うには程遠い。これが今の日本の政治の現実である。毎日流されるうんざりするほどの次元の低い政治ニュースに、我々はいい加減愛想をつかすべきだ。もっと他にするべきことがあるはずだ。報ずべきニュースがあるはずだ。

 2月24日の朝日新聞土曜版に、「新市民」が社会を担う、という見出しの興味深い特集記事があった。この連載を始めた朝日新聞の編集者には次のような問題意識があったという。すなわち行政(政府や自治体)と営利企業という二つの既存のシステムだけでは国民のニーズを十分に満たすことが出来ないとすればどうすればいいか。硬直的で官僚的な行政と、利益優先の私企業だけでは対応できない社会的ニーズは確かにある。それを行政や私企業のいずれからも独立した、民間人の非営利団体による活動が補う現象が日本でも活発になりつつある。その役割がこれからの社会で強化、拡大されなければならないのではないか。

 たとえば、長男の不登校を機に、不登校の子どもらのフリースクールを開設した主婦が紹介されている。教育行政では「不登校は本人や親が原因」とされ、不登校の子どもは自宅にいるしかない。その子どもたちに「安心していられる学校外の居場所」を提供し、学習の機会も保証したい、そういう一念で1985年に学校を立ち上げたのだ。その学校は今では首都圏4箇所に増え、800人が通っているという。

 またある人はNPO銀行を立ち上げた。市民がお金を出し合い、社会に役立つと思う事業に貸し出す、いわゆる「非営利融資」を行う「市民銀行」である。「私たちの預貯金が知らぬ間に環境破壊や米国の戦争に使われている。こんなことはおかしいのではないか。自分のお金の使い道は自分で決めようじゃないか。私たちのお金で社会を変えたい」と未来バンク事業組合理事長は熱く語る。

 この特集を組んだ先ほどの朝日新聞の編集者の言葉を再び引用するとこうだ。「・・・昔の『市民運動』は行政に社会問題の解決を求めるだけで終わりがちだった。ところが、今の『市民運動』は自分で問題の解決方法を考えて実践する。この担い手を『新市民』と呼んでみた・・・」

 前置きが長くなった。今日のブログで私が言いたい事は、これら「新市民」の動きに呼応する「新政治家」の出現が今ほど求められている時はないということである。これこそが私が考えていた「もう一つの政治」であり、「もう一つの政治家」である。

 これら新市民は、本来は行政が行うべき公共的な活動を、高いこころざしと行動力を持って、自らの資金とエネルギーを使って行おうとする人たちだ。本来は政治が行うべき事を、その政治が不十分だから、自ら行おうとする人たちではないか。そうだとすれば、それを支持し、それら新市民を代弁する政治家が国会に登場してもおかしくはない。いやむしろ出てこないほうがおかしい。

 その政治家は私益とは無縁の政治家だ。地域利権や特定組織、既存政党のしがらみとは無縁の政治家である。その政治家の果たす役割はただ一つ、全国に広がる新市民の活動を、立法的、財政的に支援することである。

 「新市民」の活動によって、行政の役割は減ずる。行政の無駄な仕事は減らさざるを得なくなる。その分だけ行政の定員、予算も削減されるべきだ。そしてその予算は「新市民」の活動へ振り向けられるべきだ。その役割を果たすのが「新政治家」の役割なのである。

 なぜ無党派層がここに来て急増しているのか。それは与野党を問わず、既存の政党や政治家は、自分たちの生活に役に立たないと思っているからである。政治家という特権を使って好き勝手な事をやっていると映るからである。そんな既存の政治家が立法権を独占し、官僚を使って税金を徴収し、官僚に命じてその税金からまかなわれる国家予算を配分する権限を有している。あるいは官僚に利用されて国民の利益に反する事の片棒を担がされている。そんな政治は要らないのではないか。今の日本はそんな余裕はないのではないか。

 社会を自らの手で担っていこうとする新市民のために、それに呼応して立法や予算獲得を目指す新政治家を国会に送り出さなければならない。新市民とその協力者が100万人集まれば一人の政治家を参議院に送り込むことができるのだ。一つの私的な宗教団体のために800万票が集まる日本である。そしてその宗教団体がキャステングボートを握って日本の政治を左右するような日本なのである。

 しがらみのない、無私でこころざしが正しい新市民の活動に、100万票の支持が集まらないはずはない。集まらないとおかしい。いつの日か100万票が800万票になり、日本の政治のキャスチングボートを握る日が来ないとも限らないのだ。私が提唱している、既存の政党から決別した政治、すなわち「もう一つの政治」の姿がここにある。「新市民」に関する朝日新聞の特集記事は、私の考えにまた一つ新たなヒントを与えてくれた。日本が蘇生できるとすれば、これしかないと私は本気で思っている。


New Citizen Will Rescue Japan, New Citizen Will Make Japan Anew


  The Saturday Edition of Asahi Shinbun 24 Feb introduced what they call “ New Citizen". New Citizen means those people who started socially needed activities which neither governmental services which are rigid and authoritarian nor profit- oriented commercial system can provide.

  For example one housewife, who is looking for a suitable school for her autism son in vain, decided to set up a new school and later many people join and support that school.

   Another person set up a new bank for the purpose to finance socially appreciated activities which ordinary commercial banks never finance for. He found it so absurd that the money he deposits at a commercial bank is eventually used for destroying environment and supporting wars. Instead he set up his own bank collecting money from those who support his idea and lend the money for those who engage in various activities which are socially beneficial.

   These are just a few example of the activities for New Citizen and the needs of these activities will be certainly increased. This is what is called NGO or NPO activities which is common in US and Europe. Japan will catching up with these countries.

My proposal is that New Citizen should try to send their representative to the Diet.Now is the cance to do so. In Japan people are so disappointed with existing political parties and politicians because they are too busy with fighting for political hegemony or seeking for their own re-election. Thus there is a need for a completely new politician who can meet the need of New Citizen and supports their socially appreciated activities. New Politician corresponding to New Citizen might be a surprize in the coming General Election of Upper House in July.

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2007年02月27日

閑話休題 CIAの極秘文書が教えてくれた戦後の暗黒史

閑話休題 CIAの極秘文書が教えてくれた戦後の暗黒史

 今日のブログは書くほうも、読むほうも気が重くなるような内容であると思う。しかしどうしても書いておかなければならない。私がこのブログを書き続けるためにも、早い段階で問題提起をしておかなければならない。そう思って書いた。

 2月26日の読売朝刊は、米国中央情報局(CIA)が児玉誉士夫(右翼)や辻政信(元陸軍参謀)について「情報要員としての価値はなきに等しい」、「(日本の再軍備のために米国を利用し)第三次大戦さえ起こしかねない男」などと酷評していたことをスクープした。

 この報道は重要性な意味を持つ。それは、児玉や辻の正体が実は「うそつき」、「大泥棒」、「役立たず」であったという情けない事実を教えてくれたからではない。これら人物が米国により戦犯容疑者から無罪放免してもらい、その代わりに米国の手先になって米国の日本占領に加担したという、いわゆる戦後の暗黒史が実は歴史的事実だったということを、ここであらためて我々に確認させてくれたことにある。昭和の歴史を体験している人々が死んでいき、戦後生まれの世代が日本人の大勢となる時代が来ようとしている今日こそ、暗黒史を正史として残す作業は誰かの手で続けられなければならないのだ。

 なぜ自民党は永久政権政党であり続けるのか。そしてその自民党政権がなぜこれほどまでに対米従属政策を続けるのか。本来は愛国的であるべき右翼が、こと米国になると対米従属政策をまったく批判しないのはなぜか。なぜ日本には社会党や共産党といった左翼、護憲勢力が幅広い国民の支持を得られないのか。それらの問いに答えてくれるのが、暗黒史と言われるもうひとつの歴史である。

 暗黒史は、歴史教科書は勿論のこと、大手の全国紙などにもほとんど出てこない。だから一般の善良な国民は「そんなことはありえない」と思い、それを大声で語る者は、一歩間違えば「荒唐無稽な陰謀論者」と一笑に付されかねない。しかし、実は今日の外交や内政に見られる数々の権力犯罪を追及していけば、最後は必ずここに行き当たるのだ。私がブログで権力者の不正を書き続ける時にぶち当たる虚しさは、実はブログの読者の数が少ないということではない。この巨大な壁のあまりの大きさを痛感するからである。

 今日の日本は米国の占領を境に民主主義に生まれ変わったと思っている日本人は多いと思う。しかし決してそうではないのだ。今日の日本は戦前、戦後を通じた暗黒史の延長線上から成り立っているのである。たとえば読者は次の事実(と多くの者が思っているが決して公式には確認されていない事実)を知っているか。

 A級戦犯で処刑された7名の影で、多くの戦犯容疑者が米国の手で釈放され、米国の日本占領政策に加担してきた。正力松太郎や岸信介、賀屋興宣、笹川良一、児玉誉士夫、などはその典型である。

 米国の日本占領支配はある時点から徹底した反共政策に転じ、そのために日本の保守政権やそれを支える特定の保守、反動人物に資金提供をしてきた。その目的達成のためには、スパイを送り込み、右翼、暴力団を利用して、日本社会をコントロールしてきた。安保闘争のデモ鎮圧に自民党は全国の暴力団や右翼団体を動員する「アイゼンハワー歓迎実行委員会」立ち上げ、児玉誉士夫に暴力団のとりまとめを依頼していたのだ。

 盗聴、おとり捜査などの公安警察の非合法な「反共秘密工作」は確かに実在しており、亀井静香議員も警察官僚時代にその秘密活動を指揮した一人であった。その一方で日本共産党も、ソ連からの資金援助を受け、あるいはシベリア抑留で共産主義者として洗脳された者たちにより、日本における共産主義革命を画策していた。現日本共産党委員長志位和夫の叔父である志位正二元関東軍少佐は、米国へ寝返って亡命したソ連のスパイであるラストボロフの協力者であったという。善良な一般国民の中で日本共産党の支持者が増えないのは、日本共産党もまた暗黒史のもう一方の脇役であった事を知っているからだ。

 ロッキード事件は全日空の次期旅客機選定に絡んだ田中元首相の汚職犯罪のみが喧伝される一方で、防衛庁の次期対潜哨戒機導入に絡む疑惑はほとんど捜査されず、真相がまったく解明されないままに幕が引かれた。その背後には日米安保体制を守り、その利権を温存しようとする日米両国の政治指導者たちの巨大な意思が介在していたという指摘が説得力を持つ。

 小泉劇場やヤラセ事件で電通が政府の情報操作に加担していることが明らかにされている。しかし電通の前身は関東軍と結託して情報宣伝工作をやっていた国策会社「満州国通信社」である。その電通が戦後は米国の意に沿って日本のメディアをしようとしているとしても不思議ではない。

 このような暗黒史、陰謀説については、どこまでが事実であるかを検証することは難しい。たとえそれが事実であったとしても権力者は決してそれを認めようとはしない。それどころか真実を突き止めようとすれば生命の危険を覚悟しなければならない。だから社会的に地位のある「まともな国民」はそれ以上追及しないのだ。係わり合いを持ちたくないと考えるのだ。

 それが現実なのである。しかし、それにもかかわらず私はこの暗黒史を正史にする努力は誰かの手によって、あきらめることなく続けられなければならないと思っている。なぜならば暗黒史の影で繰り広げられた権力者の犯罪は、今日我々の目の前で繰り広げられている権力犯罪とその根底で共通していると思うからである。それよりも何よりも、暗黒史の当事者であった人物の子供や孫や縁戚者が、今日に至っても日本の権力を掌握し、政治を動かしているという現実があるからである。

 いくら市民の覚醒に期待しても、そして覚醒した市民の手で政治の腐敗や為政者の誤りを正そうとしても、最後にぶち当たるのが、この戦後の暗黒史という強大な壁である。暗黒史を闇のままに葬ってはならない。一つでも多くの暗黒史を正史にしなければならない。そうすれば我々の政治に対する認識も変わるに違いない。日本の政治がここまで国民の利益に背馳するものではなくなるかもしれない。ここまで米国に搾取され続ける日本を救い出す事が出来るかも知れないのだ。

 読売新聞のCIA極秘文書の記事は、あらためて私を奮い立たせてくれた。今しばらく真正面から歴史を監視していきたいと思う。

 なお読者には、最近刊行された「謀略の昭和裏面史」の一読をお勧めしたい。このブログを書く決意をしたもう一つの理由はこの著書に大いに啓発され、勇気づけられたからである。



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2007年02月26日

縮小する在韓米軍、強化される在日米軍

 縮小する在韓米軍、強化される在日米軍

 米軍が握り続けてきた韓国軍の指揮権が、ついに2012年に韓国に移管されることになった。2月25日の新聞各紙はこの歴史的合意について一斉に報じている。しかしどの新聞もその背景にある米国の安全保障政策の転換について触れることはない。気づかないのか、それとも知っていながら書かないのか。

 安全保障問題の解説となると、とかく専門家の専権事項と思いがちだ。しかしそんなことは決してない。常識があれば誰でもおおよその事がわかる。語ることができる。機密情報に接することのできない我々にとって、全てを正確に知ることはもちろん出来ない。しかし公開情報と国際情勢の動きに注意していれば、何が問題であるかはわかるのだ。

 韓国は、朝鮮戦争のさなかの1950年に、マッカーサー国連軍司令官(といっても実質的には米軍司令官)に作戦指揮権を委譲した。1978年に米韓連合軍司令部が創設されそれにともなって指揮権は米韓連合軍司令部に引き継がれたが、指揮権は米国が握ったままだった。その後1994年に、訓練などの平時の指揮権に限って韓国側に移管された。そして今回の合意である。やっと2012年に戦時の指揮権も韓国へ移管されることになったのだ。

 それにしても、北朝鮮の核の脅威が高まっている時に、なぜ移管が合意されたのか。それは、一方において自主国防をめざすノムヒョン政権の粘り強い要求と韓国のナショナリズムの高まりがあり、他方において混迷する中東情勢に縛られる米国が韓国の要求に譲歩したのだ、と説明されている。

 はたしてそうだろうか。米国が自国の安全保障政策において譲歩するということはありえない。今回の合意は積極的な米国の判断である。米国が安全保障政策を変更したということなのだ。その結果、韓国の自主国防がやっと米国によって許されたということだ。しかしその米国は、日本に対しては日米同盟をより強化したいと迫っている。ここに問題の本質がある。米国に見捨てられた韓国と、米国に期待される日本だ、と喜んでいる日本人がいるとしたら何もわかっていない。

 米国にとっての北朝鮮の脅威とは北の核が中東のテロに渡ることだけである。それさえ確保できれば米国は北朝鮮を攻撃することはない。北朝鮮も米国が体制保障さえしてくれればそれで良いのだ。六カ国協議で米国と北朝鮮が合意した事は正にこの点である。北朝鮮の有事は遠のいたのである。

 そうだとしたら、大規模な米軍を朝鮮半島に駐留させておく必要性はもはやない。統制権を韓国軍に移管し、韓国の自主防衛力を高めさせたほうが米国にとって合理的なのである。

 しかし日本の場合は事情が違う。テロとの戦いの為には日本の軍事協力がますます必要になる。在日米軍の機能を米国の都合の良いように強化し、陸軍第一軍団司令部をキャンプ座間に移転させて自衛隊の指揮権を握る必要がある。それらはすべて、米国の唯一、最大の米国の敵であるアラブの反米テロ組織との終わりのない戦いに備えるためである。日本を、共産主義の脅威に対する極東の拠点から、「不安定な弧」における対テロ重要拠点に作り変えようとしているのだ。

 米国にとって、日本の資金力、技術力、安定性、米兵生活の快適度、そして何にもまして日本政府の従順性は、この上なく魅力的であった。こんな格好の獲物を米国が手放すはずはない。日本さえ押さえておけば、どんなアジアの国の米軍基地ももはや不要に等しい。

 かくして、日本の安全保障政策とは、日本を守ることではなく米国の安全保障政策に協力することなのである。日米同盟がかつてないほど強化されているなどと喜んでいる政府の指導者たちは、その考えが根本的に間違っている。国民を裏切っているのだ。新聞が書くべきは、まさにこの事である。


 Why US Shrinks US-Korea Alliance Amid the North Korean Nuclear Threat?

 Japanese newspapers of 25 Feb unanimously reported that the agreement was finalized that US returns the command of Korean military forces to Korea in 2012, which has been taken by US since the Korean War in 1950.

 People might ask why US conceded to relinquish its military grip over Korea amid the North Korean nuclear threat. People might also ask why US tries to strengthen US-Japan military alliance while US-Korean military alliance thus shrinks.

 The answer is quite simple. After the September 11, US shifted its security policy from the War against the Communism to the War against Terror. Since US compromised with North Korea not to threaten her in exchange for the North Korean assurance not to provide nuclear weapon to Arab terrorists. There is no more danger of war in the Korean Peninsula. The need of US military presence in Korea will be decreased. This made US to decide to return to Korea the command of Korean Forces.

 The importance of US Military Forces in Japan on the contrary will be increased.

 The financial strength, technological strength, political stability, comfortable life and above all submissiveness of Japanese leaders are so precious for US. So long as US holds Japan as her pawn there is no need for US to keep other Asian military bases.

 This is the real reason for US to allow Korea to get back the command of its military forces. Japanese leaders are happy to believe that US treat Japan more importantly than Korea. In fact US exploites Japan more badly than Korea. She doesn't have any respect for Japan as they donesn't for any other Asian countries.

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2007年02月25日

クラスター爆弾禁止に踏み切れない日本外交の迷走

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 クラスター爆弾禁止に踏み切れない日本外交の迷走

 日本外交が建前と本音において大きく乖離していることは今に始まったことではない。しかしクラスター爆弾の禁止に日本がここまで消極的な事には驚かされる。しかも消極的になる真の理由がはっきりとしない。クラスター爆弾禁止をめぐる日本外交の迷走は、またひとつ日本外交に汚点を残した。

 クラスター爆弾禁止条約をつくろうとする国際会議があることを私が知ったのは昨年12月18日付の毎日新聞夕刊の記事からであった。その記事は、主催国のノルウェー政府が、クラスター爆弾禁止に積極的な国や被害国「有志」の35の国や市民団体に招待状を送ったと報じていた。しかしその招待国の中に、クラスター爆弾禁止に消極的な日本や、クラスター爆弾を生産・使用している米・中・露、イスラエルは含まれていないとその記事は伝えていた。

 この記事を読んだ私は、日本こそ率先してこのような会議に協力すべきではないのか、招待されなかったからといってヘソを曲げて不参加を決め込んだとしたら情けない、今からでも日本は参加したいと申し込むべきではないか、と思った。

 ところがなんと日本はこの会議に反対していたのだ。1月6日の毎日新聞によると、昨年11月13日、ジュネーブの国連欧州本部において、クラスター爆弾禁止を推進するNGOと共同記者会見に臨んだ田中信明国連事務次長(軍縮担当)は、こう言って新条約作りへの高まる期待に冷水を浴びせたというのだ。

一部の国だけで進めるならば、それはNGO(非政府組織)が批判する米国と同じ一方的な行動になってしまう

 これはおかしい。当初ノルウェーは国連がこの会議を召集すべきだと訴えていた。しかし多くの国が反対したから、やむを得ずノルウェーはNGOと有志国による会議にせざるを得なかったのだ。日本も反対した国のひとつだったのだ。平和外交を掲げ、人権外交を謳う日本ならば、非人道的な殺戮力を有するクラスター爆弾禁止の条約づくりになぜ賛成できないのか。

 さすがに外務省も不参加はまずいと思ったらしく直前になって態度を変えて出席することにした。ところが最終的には49カ国までに増えた参加国のなかで、日本とポーランドとルーマニアの3カ国だけがクラスター爆弾の禁止条約づくりを呼びかける「オスロ宣言」に加わらなかった。それを報じた2月24日の各紙の記事は失望的である。宣言自体に拘束力はないにもかかわらず、日本の代表は会議の場で不参加を表明しているのだ。何のために会議に参加したのか。クラスター爆弾禁止に反対するために参加したようなものだ。

 有志国や非政府組織の主導で条約づくりが進められた例として96年にカナダと市民団体がイニシアチブを取った対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)がある。地雷を製造している国内業者の利益を損ねるとする防衛庁の反対で外務省も最初は消極的であった。それが小渕首相(当時)の一声で防衛庁が方向転換し、外務省もあわてて条約に署名した経緯がある。今回もまた防衛省は消極的であるという。防衛省自身クラスター爆弾を保有しているのだ。何のため、誰に向けて、そんな非人道的兵器を使うというのか。外務省は安保政策をめぐる防衛省との権限争いにうつつを抜かすより、平和外交の実現をめぐってこそ防衛省と闘うべきだ。

 それとも、イラクやレバノンで人体実験のごとくクラスター爆弾を使っている米国、イスラエルに気兼ねして禁止に賛成できないとでもいうのであろうか。もしそうであるならもはや語る言葉はない。

[用語] クラスター爆弾とは?


 Why Japan Is So Negative For Banning the Cluster Bombs?

 When I read the article of the Mainichi Journal of Dec 18 last year telling us that the international Conference be held in Oslo and yet Japan was not invited, I was wondering why Japan didn’t asked Norway to let her participate. There was no reason for Japan so negative for banning the cluster bombs that are so atrocious and inhuman.

 I was shocked to know through another Mainichi journal article of Jan 6 that Japan herself was against the Conference and criticized Norway organizing such a Conference, saying Norway and like-minded countries would make a same mistake of US unilateralism, which they used to criticize before.

 This criticism of Japanese Government was totally wrong because Norway at first proposed a UN conference on banning the cluster bombs but many countries opposed it. Therefore Norway had any other choice but organizing another conference which is composed of only those who are enthusiastic about banning the cluster bombs.

 I thought it good to know through Feb 24 newspapers that Japanese Government changed her mind and participated in the Conference eventually. But soon I became disappointed when I read the article closely and found that Japan was one of only three countries( after Poland and Rumania) out of 49 participants who opposed to formulating a treaty banning the cluster bombs.

 It is said Japanese military industries are lobbying Defense Ministry for being against the treaty. It is also said that the true reason for Japan not so enthusiastic about the treaty is the fact that Japan does not want to offend US and Israel who use cluster bombs in Iraq and Gaza.

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2007年02月24日

閑話休題  「赤ちゃんポスト」は悲しすぎる

閑話休題

    「赤ちゃんポスト」は悲しすぎる。

 これは政治問題の解説でもなんでもない。私の心情の吐露である。
 熊本市の病院が、保護者が育てられない新生児を預かる「赤ちゃんポスト」の設置を申請している問題で、厚生労働省は22日、「医療法や児童福祉法などに違反しない」として設置を認める見解を示したという。それがニュースになるような国に日本はなってしまったのかと思うと悲しくなる。「放置して死なせるよりもましだということでしょう」とひとごとのように話していたテレビのコメンテーターに驚く。申請するほうも、認めるほうも、そしてあれこれコメントするほうも、やめてほしい。赤ちゃんがあまりにも可哀そうだ。
 親に可愛がって育てられたぬくもりを私は確かに覚えている。わが子を可愛がって必死で育てた記憶が私にはある。「それはお前が恵まれていたからだ、この世の中にはままならない人もいるのだ」という意見が聞こえてきそうだ。よしてくれ。これだけは私は譲れない。「赤ちゃんポスト」を必要とするような国は間違っている。赤ちゃんを悲しめ、苦しませる親は親の資格はない。そんな事をニュースにする前に、赤ちゃんを大切にする社会をなんとしてでも取り戻さなければならないのだ。その事のほかに語る事はないはずだ。

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2007年02月24日

消費財3%導入の舞台裏を得意げに語る加藤寛

 消費税3%導入の舞台裏を得意げに語る加藤寛

 経済学者の加藤寛氏が、読売新聞の連載「時代の証言者」で自らの自慢話を書いていること、その自慢話の中には、政策決定の興味深い裏話がはからずも垣間見えること、だからこの連載からは目が離せないことについて、私は2月7日のブログで指摘した。そしてその時、小泉前首相の郵政民営化が如何にいい加減な動機で進められていたかが暴露されている事を述べた。

 本日2月24日の連載14回目は、89年に導入されたあの悪名高い消費税の成立過程についての実態が述べられている。その経緯を自慢げに語る加藤氏の頭の中には、国民の暮らしへの視点はスッポリと抜け落ちている。あるのは官僚や自民党政治家のために消費税導入に貢献したという自己顕示だけである。その一方で、御用学者をおだてて利用し、自らの政策を実現する官僚の狡猾さが浮き彫りにされている。権力を握る官僚と、権威を欲しがる御用学者の、「利害の一致」という一点でもたれあった構図がある。おびただしい数の政府調査会、諮問委員会、審議会などもすべてはこのもたれあい、ヤラセから成り立っているのだ。

 そもそも消費税導入は大蔵官僚の悲願であった。なぜならば徴税者にとって、国民の全員から広く、薄く徴収できる消費税は、それを一旦導入してしまえばあとは一切の議論なく税収が確保できる打ち出の小槌であるからだ。小さい税率から始めておいて、後は税率を上げていくだけで税収を増やす事ができるからだ。

 消費税導入を説く加藤の論文を見つけた当時の大蔵省主税局の尾崎護審議官と薄井信明税制2課長は加藤を訪れる。そして「加藤先生のお書きになった論文を拝見しました。政府税制調査会の委員になって下さい」と頼みこむ。待ってました、とばかりこれに加藤が食いついたのが1987年である。翌年、政府税調の間接税の部会長になった加藤は、どうやったら消費税を導入できるかを考え、直接税(所得税)を減税するかわりに間接税(消費税)を導入し、結果的に増税になるような仕組みを考えつく。大蔵省は最初から5%の消費税を導入しようと考えたが、消費税は低所得者ほど収入に占める税負担が重くなるという逆進性があることを十分認識していた加藤は、その逆進性を薄めるため最初は3%にしたほうがよいと主張する。

 税制を決める機関としては、大蔵官僚の操縦下にある政府税制調査会と、政治家主導の自民党税制調査会があるが、加藤は大蔵官僚に代わって自民党税制調査会のドンと呼ばれた山中貞則代議士を説得する。政府税調と党税調で方針が食い違ったとき、新聞記者から「政府税調を軽視するのか」と聞かれた山中は、「軽視はしない。無視する」だけだとうそぶいた、と言われるほどの実力者である。官僚はこわもての政治家をおそれる。大蔵官僚からおそれられていた山中の説得に加藤は成功する。

 「3%にすればいいんだな」。この「山中さんのひと言で税率が決まった」と加藤は述懐する。3%に決まったと聞いた吉野良彦大蔵事務次官(当時)はびっくりしてイスから飛び降りた、と加藤は自慢する。そして加藤は、それでも逆進性の消費税が「本当に導入できるとは思っていなかった」、やはり消費税導入が悲願であった「竹下さんの力だ」と、国会対策にみずから手を打った竹下登首相(当時)を持ち上げる。

 極めつけは加藤の次の言葉だ。「消費税の導入に成功した大蔵省の尾崎さんと薄井さんはその後、ともに主税局長を経て事務次官になった。(私の)大きな功績になったというのは言いすぎだろうか」。もう十分に言い過ぎている。出世が全ての官僚に貸しをつくった。政治家をうまく使って彼らのできない消費税を導入し、出世させてやったという訳だ。

 政・官・御用学者の思惑で導入された逆進性の消費税はあっという間に5%になった。そしてその消費財が7%、いや二桁となる日が間もなくやってくる。官僚の失策や無駄遣いで増え続ける赤字財政の尻拭いのために、消費税が凶器のごとく大衆に襲いかかってくるのだ。

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2007年02月23日

マッカーサーの再来を想起させたチェニー副大統領の来日

 マッカーサーの再来を想起させたチェイニー副大統領の来日

 2月18日のブログで私はチェイニー副大統領の報道から目を離してはならないと書いた。それは今回のチェイニー副大統領の来日によって、日本が更なる対米軍事協力を迫られるに違いないと危惧したからだ。だから政府が流す情報を画一的に伝える報道の裏で、少しでも真実に迫る努力をしなければならない、そういう思いで18日のブログを書いたのである。

 来日が終わった今、新聞各紙の報道振りの低調さに驚いた。殆ど参考になる記事が見られなかった。発表された「安倍首相との会談骨子」なるものを見ると、かけがえのない日米同盟の確認であるとか、テロとの戦いに対する日本の協力への感謝とか、拉致問題の解決は日米共通の課題を言明とか、日本の国連常任理事国入りを支持だとか、チェイニー副大統領があきらかに関心の無い事柄も日本側が頼み込んで盛り込み、軍事要請を煙に巻こうとする外務官僚の作文であることがわかる。副大統領来日の真の目的は何か。安倍首相は副大統領に何をコミットさせられたのか、本当のところはわからない。

 そう思っていたところ、偶然見た報道ステーションで流された画像を見て身震いするような衝撃を受けた。見た人は思い出してほしい。見なかった人は想像してほしい。チェイニー副大統領を真ん中にして両側に自衛隊の幹部と在日米軍幹部が向かい合っていたのだ。例の、久間防衛大臣との会談を拒否し、その一方で自衛隊幹部との意見交換を行った、その場面なのだ。普通ならば安倍首相または久間防衛大臣を真ん中にした自衛隊幹部と、チェイニー副大統領を真ん中にした在日米軍が向かい合って話し合うところだろう。ところがチェイニー副大統領が自衛隊と在日米軍を両横に従えている図なのである。

 言葉はいらない。この一枚の画面こそ今回のチェイニー訪日の意義を象徴的に物語っているのだ。将来の日米軍事同盟の正体がそこにある。大げさな言い方かも知れないが62年前にパイプを加えて厚木に降り立ったマッカーサーの再来の図である。

 在日米軍の再編によって日本の自衛隊は米軍の指揮・命令下に置かれる事につき、すでに小泉前首相はブッシュ大統領に約束してきた。それはいまだに国民にキチンと説明されていない。その米軍の親分が来日して在日米軍と自衛隊幹部に忠誠を誓わせている光景である。そこには日本の担当大臣の姿はおろか、安倍総理大臣や麻生外務大臣の姿もない。チェイニーにとっては不要なのだ。この瞬間から自衛隊はもはや米国の軍隊の下請け軍隊になったということである。

 それに続く報道ステーションの画像はこれを駄目押しするものであった。横須賀港に浮かぶ米空母キティーホーク上で米国軍を集めてチェイニー副大統領は「米国民は(イラクからの)撤退を支持しない」と叫んだ。そこには訪日しているという意識はまったくない。日本の中の治外法権空間である戦艦の上で米国軍人に向けて話しているのだ。

 こんな画像を見せつけられた後で、安倍首相や麻生外相の会談を見せられても悲しくなるだけである。塩崎官房長官に至っては朝飯を食いながらの面談であしらわれている。久間防衛大臣は面談が出来なかったことへの感想を記者から求められて、「(チェイニー副大統領は)総理が会うべき人で自分とは格が違う。会って要望を出されても答えに窮する(から会わなくて良かった)」などという卑屈極まる発言をしているのだ。

 語るに落ちたのは、安倍首相がゴア元副大統領の「不都合な真実」を引用し、日米が協力して地球温暖化対策を進めようと持ちかけたのに対し、チェイニー副大統領がこれを無視して一言も返答しなかったという報道である。政敵ゴアの、しかも京都議定書を無視し続ける共和党副大統領に、こんなピント外れの提案を持ちかけている安倍首相、それを振付けた外務官僚、彼らこそが日本という国をここまで惨めな国にさせてしまったのだ。過去や未来の日本国民にどう説明するつもりか。


 Vice President Cheney’s Unusual Visit to Japan

 Despite the fact that Prime Minister Abe and the Government of Japan pretend to welcome wholeheartedly the Vice President Cheney’s visit to Japan, Japanese media seemed to report the visit rather halfheartedly. Therefore it is not clear what is the real purpose of Cheney’s visit through the article of newspapers.

 One of the Japanese major TV station, Asahi Broadcast Corp., however, showed us an astonishing scene on 21 Feb in its late night program News Station. That is the scene where VP Cheney met the Japanese Self Defense Forces officers together with US forces officers in Japan. Neither PM Abe nor Defense Minister Kyuma was present.

 This scene symbolizes the future of Japan US Alliance. Restructuring US Army to cope with a War against Terror necessitates US Government to order Japanese army, Self Defense Forces directly, which is requested to assist US army. Former PM Koizumi accepted this when he met President Bush last June in Washington. Cheney’s visit to Japan this time and the scene aired all over Japan through TV tell us that US occupation project has been completed after 62 years since MacArthur landed Japan.

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2007年02月22日

ブログ再開一ヶ月半で感じること

ブログ再開一ヶ月半で感じること

 私が今年の1月9日からブログを再開して一ヶ月半が経とうとしている。毎日アクセス数は5000を超えるまでになった。累計では約20万である。しかしこの程度のアクセス数で、私が目的とする国民の覚醒が可能であろうかと無力感に襲われる。限られた読者の間の暇つぶしに終わっていないかと自問する。

 ブログの世界ではさまざまなブログがあふれている。その多くが趣味や遊びのブログである。自己表現の発露や暇つぶしの手段としてのそれらブログの価値や効用を私も認める。ブログが流行る最大の理由はそこにあるのだろう。

 しかしそれらのブログは今の私の関心事ではない。私がブログを再開した理由は、そして毎日の時間を費やして書き続ける理由は、世界や日本の政治状況の情報を私なりに読み解いて伝え、読者の参考に供することにある。そうすることによって読者の知識や関心をさらに覚醒させることにある。

 なぜ私がそう思うようになったのか。まだ私が外務省にいた時、ある幹部が「国民に知恵がついてきてやりにくくなった」と部下を前にして言い放った事があった。それを聞いていた私は、これこそ官僚支配の正体であると思ったものだ。これを変えない限り世に中は変わらない。

 支配者は大衆の無知、無関心によって助けられている。国民が少しばかりの関心を持ち、勉強する努力を惜しまなければ、権力者のやっている仕事の質の低さと、志の卑しさに気づく。そんな連中が偉いわけでも何でもないことがわかる。情報公開といい、説明責任といい、そしてメディアの役割といい、すべては権力者と一般大衆の距離を縮める為に資するからこそ、その重要性が叫ばれるのである。一般大衆が啓蒙される事によっておのずから政治の誤りが正されるのである。しかし本来その役割を担うべきメディアが十分ではない。面白くない。するどくない。それどころか小泉劇場で見られたように一緒になって国民を衆愚にしている。

 衆愚政治とよく言われる。しかし衆愚にさせようとしているのは権力者だ。正しい情報が正しく民衆に伝わっていさえすれば、衆愚は賢愚に豹変する。変わりようもない衆愚も確かに多く存在するかもしれない。しかしおびただしい数の凡庸な衆愚は、わずかな自意識の目覚めで賢愚に変身できる能力と可能性を有している。私はその大衆の力を信じている。あの絶大な軍事力を有する米国がどうしても勝てないのが民衆の反米感情である。ベトナムでもイラクでもそれが証明された。ここまで米国に支配されている日本がいつの日か米国の鎖から解き放たれる時が来ないはずはないと信じている。そうならなければ日本の真の蘇生はない。その際の決め手は国民が立ち上がる事である。それは左翼や護憲勢力の力では達成できない。彼らの専売特許ではない。政治に無関心なおびただしい数の一般大衆が、米国の不当な日本支配の現実を知ることによって立ち上がることである

 私がブログを再開し、日々書き続けているエネルギーの源はここにある。だから日々5000人程度の読者では話にならないのである。その一方で、この世の中には無限の貴重な公開情報が飛び交っている。それを有限な一人の人間の能力で伝えることは所詮無理がある。志を同じくする人たちの連携、協力が必要なゆえんである。

 政治関係のブログを覗いてみてわかったことがある。その数字の信憑性は別として、右翼系のブログが圧倒的に多いことである。しかもそれらが人気ランキングの上位を独占している。しかしそれらのブログの内容は、反中国、韓国、反左翼の一辺倒に終始している。愛国者といいながら奇妙な事に米国を批判する物は皆無と言っていい。それらのブログを読んでみたところで新たな知識がつくわけでもなければ頭が良くなるわけでもない。閉塞感にとらわれた自己満足の世界だ。国民の覚醒とは逆に国民を単細胞に導くだけだ。右翼でも左翼でもない私は、もちろんそのようなブログについても興味深く目を通している。しかし学ぶものは何もない。
  その一方で、個人的にブログを持って情報を発信している人たちの中には、驚くべき情報を有し、優れた定見を発信している人たちが多いことに気づく。しかし残念ながらそれらはバラバラに存在し、重複している。いつの日か誰かがそれを束ねて、一つの統一されたブログに結集できないかと思う。読者にとってみればそのブログを開けば、私のブログを含めた多くのブログの情報や意見が一度に比較対照して見ることが出来る、そういうインターネット上の情報誌こそ、私の期待する「もう一つのメディア」なのである。そういうメディアが出来れば、このブログは喜んでそこに埋没させたい。私の役目もそのような「もう一つのメディア」の協力者の一人として終わることができる。
  遠からずそのような日がくる事を願い、今しばらく私はこのブログを書き続けていこうと思う。

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2007年02月21日

「皇室は抵抗勢力」と叫んだ小泉前首相

 「皇室は最後の抵抗勢力」と叫んだ小泉前首相

 やはりこの発言を取り上げざるをえないだろう。「皇室は最後の抵抗勢力」と小泉前首相が叫んでいたというのだ。今発売中の3月4日号のサンデー毎日がスクープした。

 かつて私は1月19日のブログで保守・親米のジャーナリストである舟橋洋一氏の週刊朝日の連載を引用し、イラクへの増派を決めて泥沼にのめり込むブッシュ大統領が、敗色が決定的となっていたにもかかわらず「もう一度戦果をおさめてからでないと(米国との停戦は)難しい」と言って沖縄地上戦や原爆投下を招いた昭和天皇の姿を想起させる、と書いた舟橋洋一に、もし右翼が怒らないのであれば、天皇のタブーはまた一つなくなる、と書いた。しかしサンデー毎日が報じた小泉前首相の天皇・皇室に関する発言はそれをはるかに上回る皇室軽視の発言だ。

 小泉前首相は「女系・女性天皇、是か非か」をめぐって昨年大騒ぎをした皇室典範改正案について、「今国会で必ず上程する。上程は構造改革の一環だ」、「皇室は最後の抵抗勢力だ」と自民党幹部の会合で言い放ったというのだ。

 私は天皇制や皇室に関し特別の思い込みがある者ではない。その私でさえもこの小泉発言が事実であるとすれば驚愕する。あの小泉劇場で悪者の象徴として使われた「抵抗勢力」を皇室にもぶつけていたのである。万世一系の天皇制を定めた皇室典範を、日本の悪しき官主導の諸制度と等しくならべて、構造改革すると叫んだのである。

 サンデー毎日は、さらに次のような小泉前首相の言葉を紹介している。すなわちある年の新嘗祭に三権の長の一人として陪席した小泉前首相は、伝統に沿って薄暗い暗いところで儀式を取り進めておられる天皇を見て、一体なにをやっているんだと同席者の一人につぶやき、「明かりをつけろ、これは改革だ」と同席者に口走ったというのである。これはもう滅茶苦茶である。伝統や儀式を一顧だにしない姿勢である。

 小泉前首相が天皇に対する敬意がないことについては、天皇陛下が出席される行事に平気で欠席したり、富田メモによって明らかになった、昭和天皇が靖国神社にA級戦犯が合祀されたことに不快感を持たれた事実の感想を記者から聞かれたとき、「自分には関係ない」と言い放った事などから、すでに明らかにされている。しかし、ここまで非礼な言動をしていたのである。

 果たして他のメディアがこのサンデー毎日のスクープを後追いするのか。右翼が騒ぐのか。おそらくそのいずれも起こらないであろう。それはタブーがなくなったという事ではない。それが一般市民や加藤紘一のような無力な者の発言であったら大騒ぎになるだろう。右翼の標的にさらされるだろう。小泉前首相に限ってはどんな言動も許されるのだ。


 Former Prime Minister Koizumi Called Imperial System A Last Resistant Group and Be Reformed !

 The weekly magazine Sunday Mainichi of 3/4 edition scooped the fact that former PM Koizumi called Imperial system is a last resistant group and had to be reformed !

 Even if the Emperor declared that he descended from God to human being when US defeated and occupied Japan 62 years ago, the whole society of Japan has continued to respect Emperor and Imperial system. There still exists a taboo of talking bad or making light of Emperor and Imperial system.

 Therefore the remark of former PM Koizumi now revealed in the Sunday Mainichi this time is a quite astonishing. It is interesting to know how other media and Japanese people, particularly the right wing extremists will react to this remarks.

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2007年02月20日

閑話休題 真の格差は一般国民と不当に優遇されている公務員の間にこそある

閑話休題 真の格差は一般国民と不当に優遇されている公務員の間にこそある。

 このブログを毎日書き続ける際に私が常に心がけている事が二つある。一つはメディアが一斉に報じ、皆が同じような意見を述べているような大事件については繰り返さないということである。それは誰が書いても同じであるからだ。もう一つは右翼のブログによく見られる如く、事実の解説ではなく自分の思いを感情的にぶつけるだけの文章は極力避けるということである。見落とされがちな記事に注目し、その情報を提供して読者の知識と認識の向上に資したいと思って書いているからである。決して読者に同調を求める事を目指しているわけではないからである。もっとも後者については自らの思いが先走ってつい感情的になることは否めないが、それでも、極力感情論は抑えあくまでも事実に即した解説や問題提起に努めているつもりだ。これから書くこともその二つに留意して書いた。言行一致かどうかは読者の判断に委ねたい。

 20日の朝日新聞の一面に、約7年前に官僚の天下りを透明化する目的で発足した官僚の「人材バンク」が、ほとんど機能しなかったこと、つまり7年間の間にこの人材バンクを利用して再就職した官僚がわずか一人であったという記事が載っていた。しかもその一人の就職先は私立大学客員教授だったという。この人材バンクのシステム構築費や広告パンフレット作成代として約7千万円の予算が投入されている。なんという無駄であり、甘やかしであることか。その一方で透明化されていない巧妙な天下りの数は一向に減る兆しはない。

 翻って民間人の状況はどうか。リストラに伴う職探し、生活費稼ぎは必死なものがある。私は外務省を事実上解雇され、外務省と対峙して第二の人生を始めたからもちろん天下りなど何もない。今年やっと60歳になり年額160万円ほどの年金が入ってくるので一息つけるが、それまでは安定収入はゼロである。自らの手で収入の道を切り開こうと試行錯誤を繰り返してきた。その過程でわかったことは、当然のことであるが、生活費を稼ぐという事がいかに大変かということである。しかしすべての国民はその努力をしているのだ。その一方で無能で怠慢な多くの公務員の退職後の生活がいかに優遇されているかを改めて気づかされる。かつての同僚たちはまだ外務省に勤務している。彼らの仕事振りと収入を知っている。退職後にOBたちがろくな仕事もしないのに結構な給与を得ていることも知っている。このことは他の公務員でも同じであろう。

 公務員といったのは高級官僚に限らないからである。無能で怠慢な多くの公務員といったのは、中には有能で勤勉な公務員もいるではないか、という批判にあらかじめ答えておくためである。もっとも私が35年間の公務員生活で見てきた限りではそういう人はほとんどいなかった。

 さて結論を述べたい。日本国中で格差問題が取り上げられている。その議論の中で、自由競争なのだから格差が出来ること自体は仕方がない、重要なのは機会均等であり再チャレンジの制度を確保することである、そして弱者に対するセイフテーネットである、などという議論が繰り返されている。そういう議論はそれでいいだろう。しかし、問題は一般国民間における格差問題の前に正さなければならない不当な格差問題があるということである。それはおびただしい数の公務員とその他の一般民間人との間に存する大きな格差である。これにメスを入れることが先決である。しかしこれは容易ではない。なぜならば公務員および準公務員とその家族の数は膨大であるからだ。彼らもまた国民なのである。それら人たちの既得権を奪うことは国民同士を分裂し、国民同士を争わせることになるからだ。

 切り込むべきは一般的な公務員批判ではない。不当に優遇されている政治家、官僚、特殊法人職員がいるのだ。あきらかに税金を無駄遣いしている公的システムが存するのだ。真の官民格差の撤廃だ。小泉前首相がまったく手をつけなかった改革がこれである。小泉改革がいかさま改革であったゆえんである。

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2007年02月20日

紳士協定で出来ている日米関係ー赤坂の米軍施設不法占拠に沈黙する日本に思う

 紳士協定で出来ている日米関係ー赤坂の米軍施設不法占拠に沈黙する日本に思う

 以前このコラムでも書いたことだが東京の一等地である赤坂・六本木のど真ん中に米陸軍が不法占拠を続けている事実がある。この問題について20日の東京新聞が大きく報じた。その報道を私は高く評価する。同じメディアであっても読売や産経は知っていても報じないだろう。米国を批判することになるからだ。対米従属の日本政府を苦境に追い込むからだ。

 改めてこの問題の概要を東京新聞の記事に即して読者に説明しておきたい。1945年の米国による日本占領時に、米軍は赤坂・六本木の旧日本軍の施設約3万2千平方メートルを接収し米国の国有地とした。そこに米陸軍のヘリポートやプレスセンター、将校宿舎などをつくった。

 東京オリンピック前の1968年、ヘリポート敷地を通る形で東京都が道路整備計画をつくり、それに基づいて日本政府は米軍施設の東京湾岸地域などへの移転を要請したが米側が難色を示し、結局道路は米軍基地周辺を通すことになった。そして83年に、道路工事期間中は隣接地を代替地として米軍に臨時に提供し、工事終了後は元に戻すことで日米両政府、東京都が協定を結び工事が始められた。ところが93年に道路工事が完成した後も米軍は返却することなく違法に継続して利用を続けているという問題である。

 驚くべきは米軍との交渉の窓口となる防衛施設庁が、約束の根拠となる協定書を「紳士協定」と解釈し、米側に返還を強く迫らなかったことだ。もちろん責任は防衛庁だけではない。外務省も東京都知事も日本政府も、国をあげて米国に返還を本気で迫ったことはなかった。ここに今日の日米関係の異常さが端的に象徴されている。つまり日米関係はすべて紳士協定で出来ているということだ。つまり米国が言えばなんでも通るのだ。憲法違反も人権違反も生命・財産の不可侵権の侵害も、およそ近代法治国家で保障される「法の支配」は、日米関係ではすべて紳士協定、つまり法的拘束力がなくて話し合いで融通無碍に対応する、ということで成り立っているのだ。これが日米関係の現状なのである。

 読者はこの問題を知ってどう思うか。おかしいと思わない者はいないであろう。それどころか政府関係者でさえも誰一人この米国の不当、違法な行動を好ましいとは思っていない。

 おりしもイタリアでは米軍施設の拡充反対に10万人規模の市民のデモが起きている。この赤坂・六本木の米軍施設不法占拠はそれどころの話ではない。沖縄の米軍基地という大きな政治問題ではない。日本国民が密集している東京のど真ん中に、米軍の施設が不法占拠し、都民の日常生活が危険にさらされているという政治を離れた基本的な問題である。それでも日本国民は怒らないのか。メディアも騒ぎ立てない。それもこれも日米関係はすべて紳士協定で出来ているからだ。そう考えないと説明がつかない。あまりにも悲しい日米関係だ。


 US Military Has Been Occupying Middle of Tokyo Downtown Illegally and Yet Japan Kept Silence

 In 1945 when US started occupation of Japan she seized the former Japanese Military facility of about 32000 square meters in middle of Tokyo downtown. When Metropolitan Tokyo tried to build a new road nearby an agreement was concluded among US, Japanese Governments and Tokyo Metropolitan Government to the effect that Japanese Government provides a temporal site adjacent to the existing US base on the condition that US returns the site when road construction be completed. The construction was completed in 1993 and yet US did not return the site and has been occupying it until today.

 Strangely enough this serious US violation of agreement has never reported by the Japanese media and therefore Japanese people are not aware of this fact. On 20 Feb, however, the Tokyo Shinbun carried a big article on this issue. It is interesting to watch whether other media will follow the Tokyo Shinbun and how Japanese people, knowing the US outrageous attitude and Japanese Government's weak-kneedness, react to this article. If no further reaction be occurred it means Japan would accept everything which US imposes Japan.

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