Font-size: small medium big

Blog Calendar

サイト内 検索

 


 人気blogランキング(政治)に参加しました、応援お願いします。 人気blogランキング

2007年01月31日

NHK番組変更に関する高裁判決の曖昧さ

 NHK番組変更に関する高裁判決の曖昧さ

 1月30日の新聞各紙はNHK番組改編に関する訴訟の高裁判決について大々的に報じた。しかしどの新聞を読んでも肝心なところが曖昧にされたままだ。この問題が含む政治的重要性は、安倍、中川という政権中枢の政治家がNHKに番組改編の圧力をかけたかどうかの一点につきる。

 高裁の判決のコメントを聞かれた安倍、中川は「政治が介入していないということが明確になった」、「私が被害者だ」などと自らの正しさを強調した。他方、原告の市民団体代表は「全面勝訴だ」、「山が動いた」と勝利宣言をする。まったく正反対の反応だ。

 その一方で一人悪者にされたNHKは「到底受け入れられない」と上告した。事件を真っ先に報道した朝日新聞は、かつて「一部確認取材が不十分だった」と謝罪した身でありながら、この判決を社説で取り上げ、NHKの政治追従をこき下ろす。おまけに高裁が、番組が変更され見たいものが見られなかったという原告の言い分を認め、「期待権」という耳慣れない権利を持ち出したために、こんどは報道関係者がこぞって「表現の自由」を制限するおそれがあると、まったく別の観点から反発する。何がなんだかわからない騒ぎだ。

 この最大の原因は、市民団体の訴訟そのものが、政治介入の不当を直接に訴えたものではなく、NHKに対する損害賠償訴訟である事に由来する。だから裁判所は、一方においてNHKを悪者にして原告やそれを支持する国民の要求に答え、他方において「・・・政治家が番組に関し具体的な話や示唆をしたことまでは認めるに足りない・・・」と安倍、中川の顔を立てる。

 安倍や中川が直接に、しかも事前に、NHK幹部に改変要求をかけたという事実はなかったかもしれない。その意味で朝日の報道は一部誤報であったのかもしれない。しかし安倍や中川の思想が歴史認識や慰安婦問題に関して否定的であることは周知の事実である。そしてその意向がたとえ本人から直接NHK幹部に伝えられなかったとしても、彼らの不快発言が間接的にNHK幹部の耳に入り、予算を政府に握られているNHKがそれに過剰反応を見せたと言う事は明らかである。それを政治介入という。実際のところ高裁判決はNHKの政治従属を認めている。

 「直接にNHK幹部に圧力をかけたことはない」という事だけを強調する安倍、中川の責任を曖昧にして、この問題はおそらくこれで幕引きされるに違いない。それが日本の風土である。政治に弱いNHK(この国のメディア)という事を認めただけでも評価できるという意見もある。その程度で諦める。何事も徹底的に白黒をつけないことがこの国の美徳であるというのか。


Court Judgments in Japan Always Ambiguous on Highly Political Matters

The Judgment of the Tokyo High Court on Jan 29 is another example of an ambiguous attitude of Japanese courts which avoid black and white judgment on highly political matters.

There was an incident in 2001 that NHK executives censored the draft program which deals with a comfort women issue during WW2. This intervention of NHK executives was revealed by the accusation of a courageous senior producer of NHK, and the Asahi Shinbun reported that Mr. Abe and Nakagawa might have pressured NHK executives to alter the contents of that program.

The controversy, however, deviated into the tiny issue whether the report of Ashahi Shinbun is accurate or not (which said Mr. Abe and Nakagawa directly pressured NHK executives to alter the draft program before the program was finalized). This crucial issue has never been clarified and people forgot about this incident.

A case has been put forward by a civil right group demanding NHK for compensation for being deprived of the right to see the original program they expected to see. The High Court judgment approved this right and ordered NHK to compensate referring to NHK’s politically vulnerable inclination. The Judgment, however, did not mention at all whether Mr. Abe and Nakagawa did intervene or not.

In response to this judgment, Mr. Abe and Nakagawa emphasized that it was proved they did not intervene at all. On the other hand a civil right group declared its victory. The only loser of this case, i.e., NHK, who were ordered to pay compensation, is not happy and appeals the case to the Supreme Court. What a mess!

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月31日

読者の意見を聞かせてほしいー新党づくりへの夢

読者の意見を聞かせてほしいー新党づくりへの夢

 田坂広志氏著の「これから何が起こるのか」を読んで一つの考えが思い浮かんだ。この本の根底にあるテーマは、ウェブ2.0革命とは情報主権の移行によって起こる真の革命であるということだ。すなわち政治、経済、生活その他あらゆる分野における既存の体制側から一般消費者の「声なき声」へ権力逆転が起きるということである。

 この本の中で、つぎのようなくだりを見つけた(45-46ページ)。

「・・・ウェブ2.0革命は、既に存在する情報だけでなく、まだ存在しない情報も入手できるようになるのです・・・ウェブ2.0革命によって、誰でも、多くの人に問題を投げかけ、その問題を解決するために、人々の智恵を集め、その場で新たな智恵を生み出すことができるようになるからです・・・」

 この「衆知創発」こそ、私の新党構想に必要なものだ。衆知を取り入れてまだ存在しないものを作り上げるのだ。日本の政治の現状を見るにつけ、既存の政党や政治家とは全く異なったもう一つの政治をつくることがどうしても必要であると思う。とりあえず参議院全国区比例区から代表を立候補させ全国から100万人の票を集めて当選させる。

 この政党は、既存政党のいずれも支持できないと考えている国民を代表する政党である。既存政治の否定である。その声を国政に代弁する政党である。

 戦略的には、7月の参議院選に向けて既存政党がタレントや、人気候補者を奪い合って泥仕合を繰り返すことが予想されるなかで、良識ある国民はつくづくそのような選挙にうんざりすると思う。全く新しいものを渇望すると思う。その閉塞感を突き破るように、選挙直前に新党宣言のおたけびを上げるのだ。

 さしずめテーマは「国民投票で改憲を阻止し、米国への軍事的従属から自立した平和日本へと日本を解放する」に絞る。なぜならば今の日本には、平和日本を望むけれども、共産党や社会党が声高に叫ぶ護憲運動に参加する気にはなれないと考える国民が多く存在すると思うからだ。

 賛成、反対、なんでもいいから意見を聞かせてほしい。「人々の智恵を集めて、新しい智恵を作り上げていく」それを実験してみたい。読者から寄せられた意見はいずれ整理して報告することを約束する。

 もっともこの構想がネット上に流れると、既存政党が潰しにかかってくるかもしれない。それも織り込み済みである。

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月30日

柳沢、久間両大臣を安倍首相はこのまま居座らせることが出来るか

 柳沢、久間両大臣を安倍首相はこのまま居座らせることができるか

 一昔前の政治を覚えている者にとって、最近の政府要人の開き直りには驚きを通り越してあきれるほどだ。依田行革相や本間税調会長が可愛く見える。辞め損に思える。しかし柳沢大臣と久間大臣の居座は安倍政権を窮地に追い込む可能性がある。

 柳沢厚生労働相の女性は「産む機械」発言に関し与野党の女性政治家が一斉に辞任要求をしこれが大きく報じられている。安倍首相は発言の不適切を認めたものの辞任を求める気が無いと頑ん張っている。これ以上閣僚を辞任させると自らの政権が危うくなるからだ。しかしもし柳沢大臣の居直りを許すのであれば与野党の女性政治家の抗議はパフォーマンスであったことになる。本気なら柳沢大臣が辞めるまで安倍首相に迫るべきだ。彼女たちの政治家としての本気度が試される。

 柳沢発言に比べ久間防衛大臣のブッシュ大統領批判発言はもっと深刻だ。その深刻性についてなぜかあまり大きく報道されていないが今のブッシュ政権を正しく理解しているものにとってはこの発言がいかに深刻であるかがわかる。日米再編への協力、しかも普天間移転問題という焦眉の急である問題を話し合う2プラス2(外務、防衛大臣会議)の閣僚会議が米国によって延期されたのだ。これは久間防衛大臣を辞めさせろと米国が言っているのだ。安倍首相や外務省は腰を抜かしていることだろう。

 果たして安倍首相は柳沢、久間両大臣をこのまま居座らせることができるのか。早晩行き詰まって更迭するようなことがあれば、その時こそ安倍政権の崩壊の時に違いない。メディアがこの問題をもっと大きく追及しなければうそだ。


Remarks of Two Ministers Might Collapse Abe Regime

Recent inappropriate remarks of two senior Ministers of Abe Cabinet shake Japanese politics.

Minister of Health and Labor Yanagisawa said “ Women are machines to produce babies" This infuriates women in Japan and by-partisan women parliamentarians demarche Mr. Abe to dismiss Yanagisawa. Mr. Abe, although he admits inappropriateness of that remark, refuses to do. It is , however , so uncertain that the anger of the women and Japanese people as a whole will be subdued by the apology only. Mr. Abe might be cornered to dismiss Yanagisawa eventually.

The remark of Defense Minister Kyuma is more serious by far. He criticized US President Bush for attacking Iraq. This remark angered US administration and it is reported that the US Adminitration notified to postpone the US-Japan Ministerial Meeting on Security.

Although Mr. Abe and bureaucrats of the Ministry of Foreign Affairs and Defense try to calm down desperately the repercussion of this remark it is difficult for Mr. Abe to allow Minister Kyuma to continue to assume the post. US asks Mr. Abe to dismiss him!

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月29日

新党を夢見る

 新党を夢見る

 1月29日付の毎日新聞」「発信箱」と言うコラムに「新党を夢見るつらさ」というタイトルで与良正男論説委員が興味深い意見を述べていた。

 彼は言う。・・・「もう一度政界再編を」とか「新党はできないものか」という声をよく聞くが、それには賛成できない。まず既存政党の枠組みの中で政権交代を実現することこそ重要である。そして政権が行き詰まれば別の政党が政権を担当するという仕組みを確立すべきである・・・と。

 しかし、そう主張する彼が、「最近は新党論の誘惑にかられる」と白状している。自民党はもはやどうにもならないが民主党もまったく頼りにならない・・・最近は新党づくりの誘惑にかられる、というのだ。

 こう書いた後で、彼は再び「これは妄想である」と否定して見せる。そしてその後で、それでもこれを読んで「その気」になってくれる人がいたら嬉しいという。支離滅裂な論説だ。しかしそれほど彼は今の政治に失望しているということだ。そしてこのような思いを抱く人は今の日本には多いと思う。

 やっと私の考えに近い人が現れた。しかし私の新党はもっと革命的だ。今の日本には、政治意識は高く、強いが、既存政党につくづく愛想を尽かしている人が間違いなく存在する。そういう人たちが望むのは、保守でも革新でも第三勢力でもいいから、権力者の嘘や不正義を正す本物の政党や政治家たちだ。

 現状はくだらない政治家やそれと結託した官僚が国民の稼ぎを税金で掠め取り、それを自分たちの給料や経費に浪費している。国民の為になることは何一つしてくれないし、出来ない。そんな政治や政治家は不要なのだ。我々が求めているのは政界再編や革新統一などでは決してない。既存の政党や政治家がそのままこの国の政治ゲームを繰り返している限り、何も変わらない。必要なのは政治そのものの否定なのだ。既存政治を批判し、監視する政治家を、国民の代弁者として国会に送り込む、そのための政党をつくるということだ。それが妄想でなくなる日を夢見る。


Japanese People Who Are So Tired of Current Political Deadlock

A week has been passed since an amateur comedian beat the candidate supported by government parties by overwhelming margin. This gave shock to all existing political parties which are preparing for the Upper House election in July.

One of the biggest reason of this unexpected victory of a nonpartisan, independent candidate is that so many people of Japan are tired of existing political parties.

A senior political columnist of Mainich Journal wrote on 29th Jan that The Liberal Democratic Party, a long standing government party , seems to have lost a general support of Japanese voters but the Democratic Party, the biggest opposition party, have failed to gain the support of anti-LDP voters.

He also said that he has been believing that realizing a regime change by letting the Democratic Party win the election is the shortest way to make current political situation revitalized but nowadays he is tempted to support the idea to establish a new political party.

This article explain the frustration of many Japanese people who have no political parties to vote in the coming Upper House election.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月28日

閑話休題

 閑話休題

 日々思うところは多いがその思いを整理して文章で表現するとなるとエネルギーがいる。書いたものは後に残る。誰からも揚げ足を取られないように書こうとすると事実関係や認識に誤りがあってはならないと調べたりするから更に時間がかかる。このブログを毎日書き続けることは、好きではじめたとはいえ結構大変なことだ。しかしどうしても書きたい衝動に駆られる。そこで、英文を省き、できるだけ簡潔に思いをぶつける場として考えたのが「閑話休題」である。

 給食費未納報道を考える

 最初に報道されたのは確か1月25日の新聞だったと思う。とくに読売、毎日は一面トップに大きく報じた。

 これは文部科学省の実態調査の報告に基づいたニュースである。政府官報のニュースだ。なぜこれほどまでに大きな報道になるのか。それは「払えるのに払わない親」を強調したかった政府の思惑にマスコミが加担した為ではなかったか。そうでなかったとしても政府発表を鵜呑みにして報道し、結果的に政府広報に加担することになったのではないか。

 確かに高級車を乗り回し、ぜいたく品購入やギャンブルに金を使っている親が給食費を払わないというのでは話にならない。私もこのニュースを最初の新聞で知った時、最近の親はどうしようもないなあという印象を持った。しかし本当にそんな親ばかりなのか。

 不払いの理由として「保護者の責任感や規範意識の欠如」と答えた学校が60%にも達したというのは、あくまでも文部科学省の調査に答えた学校側の答えである。そこには親の言い分はない。しかもその学校側の答えでさえ、「保護者の経済的問題」と答えた学校が33%もあった。

 その後の報道を注意深く読み、聞きながら、やがてどこかおかしいと感じ始めた。テレビで流される一般庶民の反応は皆親が悪いというものばかりだ。新聞の社説も「払えるのに払わない」無責任さばかりを論じている。テレビのコメンテーターに至っては「わずか月額数千円(正確には小学校で3900円、中学校で4500円ほどらしい)の事だろう。いい加減にしてくれ」などという発言をしている者もいた。この額は、与太話をして何十万円ももらっているコメンテーターにははした金かもしれないが、生活困窮者にとっては大変な負担である。その痛みをわからない者たちがこの国を動かしている。

 給食費未納額は約22億円という。未納者は全体の1%であるということだから全額を政府が負担すれば約2200億円。これは財政赤字に悩む政府にとっては大きな額かも知れない。しかしイージス艦一隻の値段である。米軍海兵隊のグアム移転費3兆円に比べるとどうだ。官僚が無駄遣いの財源としている特別会計何百兆円の無駄遣いと比べるとどうだ。

 給食費が払えないが故に悲しい思いをしている国民は確かにいる。その為に予算を工面する、それが政治ではないのか。罰則を決めて強制的に取り立てればよいというのは官僚の安易な解決法だ。その役人根性を叩きつぶすのが政治家のすることではないのか。メディアの役割ではないのか。

 施政方針演説のウソ

 先日のブログで施政演説方針の虚について書いた。ここではその一例として外交部分を考える。

 安倍首相は「主張する外交」というキャッチフレーズを掲げ、外交部分の冒頭で「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々との連携を強化」すると述べ、その代表国である米国との軍事同盟強化を「世界とアジアのため」であるとし、「わが国外交の要」と位置づけている。

 「価値観を共有する日米両国」という言葉は、私が外務省にいた三十数年間、世の中の情勢の変化に関係なく、いつも真っ先に使い続けられてきた決まり文句である。しかし官僚はその米国がどういう国であるかについて殆ど無知である。米国政府の方針の変化を直視することなく「日米両国は価値を共有している」といい続けてきたのだ。

 しかし今のブッシュ政権の米国は何をしているか。グアンタナモ収容所で行われてきた拷問が一つの映画「グアンタナモ、僕たちが見た真実」を契機にふたたび問題となりつつある。「お父さん、お母さん、もうすぐ帰れると思います。私は何も悪い事をしていないからです」そう手紙を書いたアフガニスタンの青年が米軍の拷問に苦しめられながら収容され続けている。米連邦最高裁で違憲判決が出され、国連人権委員会も基地閉鎖を求めたにもかかわらず、米国は従わない。その米国の非人道的兵器開発はとどまるところを知らない。1月25日の英紙ザ・ガーディアンはマイクロ波を照射して一度に大量の兵士を麻痺させる兵器を米軍が開発したと報道した。ついにブッシュ政権は内外の批判に耳を傾けることなくイラン攻撃までも行おうとしている。ブッシュ大統領は「イラクで反米・反政府活動に加担したイラン工作員は拘束するだけでなく殺害も辞さない」という方針を打ち出し、イランはこれに対し「イラン人が殺されれば、イラン人は米国人を殺害する」と応酬する。これはもう戦争が始まっているようなものだ。

 このような米国がどうして日本と価値観を共有する国か。法の支配の国か。その米国との軍事同盟を強化する事がどうして「世界の平和に貢献する」ことになるのか。

 外務官僚は米国の現実を見ようともしない。勉強もしない。情報を得る努力もしない。私がそうであったように日々の仕事をソツなくこなす事で精一杯なのだ。日本のこと、国民のことなどを考えている余裕はない。そんな事をしていると出世競争に取り残されるのだ。

 組織を離れた私は、はじめて目の前が開かれた。物事の真偽が見えてきた。人間として解放されたのだ。失うものは大きかったがそれを補ってあまりある貴重なものを手に入れた。自立だ。

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月27日

あまりに空疎な施政方針演説とわが国の国会

 あまりにも空疎な施政方針演説とわが国の国会

 国会が始まった。開会と同時に施政方針演説が行われ、その後すぐに週末になって国会は休む。与党は自画自賛し、野党は空疎だとこき下ろす。週末のニュースはどの新聞も施政方針演説を掲載し、どこのチャネルも政治記者や解説委員が施政方針演説を、たて、よこ、斜めにまことしやかに解説する。毎年はじめに行われる通常国会での空疎なセレモニーである。そもそも施政方針演説は官僚がよって、たかって、でっち上げる作文に過ぎない。かつて私もその手伝いをしたことがあったが、読んだ後で用済みになる紙切れだ。

 週が開けて一般代表質問が始まるがこれがまた壮大な芝居である。質問内容は事前に総理に手渡されるので官僚はその答えを準備する。代表質問者は質問するフリをして自己宣伝の演説をぶつ。首相は答えるフリをしてあらかじめ官僚が用意した原稿を読む。これで次の一週間が終わってしまう。

 あれは二、三年前の国会であったと思う。小泉首相が菅直人の追加代表質問に対し答弁を拒否した事があった。これが民主党を怒らせ、審議が中断した一幕があった。私はそれをテレビで見ながら、果たしてどれだけの国民がこの茶番劇の裏にある真実を理解しているかと考えた。あれは小泉首相が民主党の質問を突っぱねたのではない。答えられなかったのだ。小泉首相は自ら自慢げに吹聴するように政策ではなく政局の人だ。政局には頭はいらない。権謀術数にたけていればよいのだ。小泉首相の頭には政策に関する知識の集積がない。政策の見識もない。代表質問に対しては官僚作成の答弁を下を向いて読み上げれば答えられる。しかし追加質問となると自分の頭で答えなければならない。どう答えてよいかわからないのだ。小泉首相は菅直人の追加質問を聞いていた時まったくメモを取ろうとしなかった。もし彼が真面目に答えるつもりであったら当然メモをとったはずだ。彼は最初から答える気がなかったのだ。

 実質的な審議に入るのはその次の週から始まる予算委員会からである。しかしこれもテレビ中継が行われる間は議員は張り切るがその後は消化試合だ。その他に続く各種の委員会質疑が始まる頃になると誰も関心を持たなくなる。国会は終盤国会の与野党対立まで休眠する。これがわが国の国会の実態なのだ。

 ただでさえ無意味な国会であるが、今度の国会はもっと酷いものになるだろう。与野党議員のスキャンダ合戦に明け暮れる。スキャンダル合戦では民主党は自民党に勝ち目はない。なにしろスキャンダル情報は国家権力が握っているのだ。坂本なにがしという自民党の国対副委員長がテレビの前でいきまいていた。・・・自分の頭のハエを追い払うことで忙しい民主党がどうして我々を追及できるのか。もし追及してくれば撃ち合いになる・・・と。何という次元の低い発言をする政治家である事か。しかし彼は正しい。民主党は勝てない。角田参院副議長が辞任した。当然だ。しかしそれでもし民主党が松岡や伊吹や尾身、久間の首をとれなければやられっぱなしということだ。

 この国の政治は不要である。国民にとってためになることは何一つやっていない。政治家とそれにぶら下がって飯を食っている政治評論家、政治メディアの仲間内の政治ごっこである。テレビに出ている野党の議員を見るがよい。彼らはメディアにもてあそばれているのだ。それでもテレビで顔を売れるから喜んでいるのだ。

 額に汗して働いている良識ある国民はこんな連中に怒らなければ嘘だ。政治家は要らない。


An Empty Policy Statement and the Hollow Debates in Japanese Diet

The regular session of the Diet of Japan started with the policy statement of Prime Minister Abe on 26 January. The policy statement of Abe, however, is nothing more than an essay bureaucrats have prepared. It is too abstract and goals of that policy statement will never be achieved.

Immediately after the policy statement the Diet will be adjourned and parliamentarians go into the weekend holidays.

A substantial debate will start from next week. Another ceremony, however, begins in that week. The questions opposition leaders will ask Prime Minister Abe have been conveyed to Mr. Abe’s office beforehand and the staffs of Prime Minister Abe will well prepare the answers. Mr. Abe only replies by reading the text which his staffs prepared.

The real debate starts from the following weeks in the budget committee but parliamentarians of both government and opposition parties pretend to be serious only in the first couple weeks because TV will stop carrying the debates afterwards.

Serious debates may occur in the following various committees but by that time nobody pay attention to the debates.

This is what we see in the Diet every year but this year the Diet will be more disastrous because so many major parliamentarians are stuck with scandals of mishandling political fund and both government parties and the opposition parties are busy in criticizing each other shelving the policy issue debates. Indeed the Diet of Japan is useless and waste of taxpayers' money.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月26日

国会の最優先は小泉元首相の喚問だ

 国会の最優先は小泉元首相の喚問だ

 今度の国会はまたもや不毛の国会になりそうだ。与野党の主要議員が政治資金規制法がらみの犯罪的行為にまみれている。この泥仕合に国会は明け暮れ、最後は自民、民主の手打ちで終わる。政策審議はそっちのけだ。

 しかしもうそろそろ国民は真剣にこの国の将来を考えたほうがよい。安倍首相のもとで噴出しているすべての問題は小泉元首相の5年半のツケだ。幼稚な安倍は脱小泉が出来なくておろおろしているだけだ。小泉政権によってこの国は破壊された。どんな残酷な犯罪が起きてもすぐに忘れ去られるほど犯罪があたりまえの社会になった。権力者の犯罪がこれほど表面化しているのに国民は追及する怒りも湧かないほど疲弊しつつある。二極化が進んだ結果、弱者へ優しくする余裕がなくなり困窮する国民の声がかき消されている。日本経済のすべての分野が米国資本に食い散らかされている。米軍が大手を振ってまかり通るようになった。すべては小泉劇場に浮かれた陰で進んで行った日本崩壊の爆発である。

 小泉政治の失敗は次の三つの具体例を見るだけで十分だ。

 一つはブッシュ大統領との心中だ。日本でほとんど報道されていないが、ダボスで開かれている世界経済フォーラムに出席したムサ・アラブ連盟事務総長は記者団に対し、米国のイラン攻撃の可能性は五分五分であると言った。これは凄い事だ。攻撃があるといっているようなものだ。チェイニー副大統領が訪日するというニュースが小さく報じられた。これはイラン攻撃に協力しろと命令する為の訪日だ。米軍はアルカイダを追ってソマリアを連日攻撃している。ブッシュ大統領は23日夜の一般教書演説の中で、内外のあらゆる批判にもかかわらず、テロとの戦争を継続すると宣言した。イラク情勢はもはやブッシュ大統領の手には負えない。だからイランを攻撃し中東全体を支配するという大勝負に出たのだ。常軌を逸した戦争大統領の面目躍如である。日本はそれでも米国についていくのか。折から久間防衛大臣は、イラク攻撃を行ったブッシュ大統領は間違っていたと批判している。これは異常な事だ。この混乱を小泉首相はどう答える。直ちに国会に喚問して問い詰めるべきだ。

 二つ目は北朝鮮外交の失敗である。いよいよ米国と北朝鮮が手打ちを始めようとしている。米朝首席代表がベルリンで協議して核凍結で合意したと伝えられた。何のことはない。米朝の二国間協議で決めてしまったのだ。近く再開される6カ国協議でその成果が発表され、米中朝があたかも自分たちの外交勝利であるかのように喧伝する姿が目に浮かぶ。日本はいくら米国に情報提供を求めても教えてもらえなかった。そして北朝鮮支援のツケだけが日本に回される。拉致問題は吹っ飛んでしまう。もはや今の米国にとって北朝鮮の核がテロに渡りさえしなければそれでいいのだ。米国は中東でテロとの最終戦争に臨もうとしているのだから。小泉元首相はなんと答える。そもそも事の起こりは、北朝鮮の核問題を軽視し、拉致問題で人気取りを図ろうとした、小泉首相の突然の訪朝から始まった。これが米国を激怒させ、米国が北朝鮮の核放棄に本腰を入れるようになった。日本は北朝鮮との二国間交渉で国交正常化と拉致問題の解決に全力を傾けるべきであったのに、何を狂ったのか米国のペースにはめられて六カ国協議ばかりを強調し、挙句の果てにはしごを外されて米朝二国間密約のツケを回されることになる。今こそ小泉首相を国会に喚問し責任を取らせるべきだ。

 三つ目はあの郵政改革だ。1月26日の新聞各紙は、日本郵政公社が「ゆうパック翌日配達」という誇大広告表示を公取委から指摘され、排除命令を受けたと一斉に報じている。郵政民営化についてはもはや誰も関心を持たなくなったが、それがいかに多くの問題を抱えているか、専門家の間では当然視されている。あれは郵貯、簡保の資金を米国金融企業に差し出せという米国の命令に答えたものであった。その一方で郵便配達事業は民間業者と競争で勝てないから、親書配達の独占や政府優遇を残したまま中途半端な民営化をするしかない。これは一方では民間企業から民業圧迫という批判を招き、他方で肝心の米国からは郵貯、簡保を早く完全民営化して米国資本に開放しろと迫られる始末だ。そもそも小泉元首相は郵政民営化法案を読んでいないと臆面もなく話して恥じない男だ。何のための民営化だったのか。今こそ国会は小泉元首相を喚問し、その妥当性を審議すべきだ。

 小泉元首相は今何をしているのか。国会議員の歳費を受け取りながら国会にも議員会館にも姿を見せず、ワインや観劇に興じているという。政治家としての見識のかけらも見られない。国会は今すぐ小泉元首相を喚問し、小泉政権下の5年半の壮大な無駄と弊害を検証すべきだ。


The Diet Was Opened in Japan.

The regular session of Japanese Diet was opened yesterday and it is supposed to continue until June. It is, however, expected to be a bumpy and turbulent one because so many Ministers of Abe cabinet and many heavy duty opposition politicians are stained with scandal of mishandling political fund. The Diet is going to be a dirty battlefield of political struggle.

Japanese people should not allow this farce. They should ask the parliamentarians to discuss the policy issues which Japanese people are facing. Among all those issues the following three issues are most important.

Firstly how Japan deal with war-mongered Bush’s another war. This time the war will be on Iran. The possibility of US attack on Iranian nuclear facility is getting greater day after day. The impact of attacking Iran will be far more serious than that of attacking Iraq. It might lead to the total war between US –Israel coalition and anti-US Arab resistance. Bush’s popularity decayed so badly and even American people and Republican members does not support the neo-conservative revisiting. We’d better ask Mr. Koizumi whether he was right to support Bush and cooperate with Bush’s war on Iraq.

Secondly how Japan should deal with North Korean issues. It is now so obvious that US and North Korea found compromise through bilateral secret negotiations. In the coming 6 party consultations most probably an announcement will be made to the effect that North Korea agrees to freeze nuclear development and US and others will in return lift sanctions and support North Korea economically. The only role for japan to be expected is to give money to North Korea. What a shame! his is the result of Mr. Koizumi's sudden visit to North Korea in 2002.

Thirdly privatization of postal services, to which Mr. Koizumi attached top priority, is turning out to be failure. The current program of privatization of postal services is too incomplete for the beneficiary, i.e. Japanese people. On the other hand if the privatization will be proceeded completely US will take advantage of it and all the money which Japanese people deposit with postal banks and insurancea will be transferred to US financial and insurance companies.

These three issues are all the remnants of Mr. Koizumi’s wrong policies. The Diet should summon Mr. Koizumi and examine his mistakes.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月25日

あまりにも姑息な今の外務省

 あまりにも姑息な今の外務省

 私が外務省を批判するのは外務省を追われた腹いせだと思う人が多いかもしれない。しかしそれは違う。私はもはや外務省には未練はない。こだわりはない。今の外務省はあまりにも劣化している。見るに忍びないのだ。かつての同僚たちが情けなく思うのだ。残念でしかたがないのだ。最近の報道を見てもつくづくそう思う。

 一つは1月24日の毎日新聞がとりあげた共謀罪立法化をめぐる外務省の嘘である。何故共謀罪法をつくらなければならないのか。外務省が主張する最大の理由は、テロとの戦いをきっかけに出来た国際組織犯罪防止条約が採択されたからだ。それを批准するためにあらたな法律が必要であるということだ。それは本当か。国会の審議の過程で、「共謀罪の対象となる犯罪を限定した上で、条約を一部留保すべきだ」と野党(民主党)が主張した時、「対象犯罪を限定する留保はできない」と外務省は政府に答弁させた。ところが米国が「一部の州には限定的な共謀罪しかない」として、州法を強化するのではなく条約の一部規定を留保して批准していたことが判明したのだ。それにもかかわらず外務省は「米国の留保は条約の趣旨・目的に反するとは考えておらず、とくに言及しなかった。(国会でも)特に質問がなかった(ので敢えてこちらから説明しなかった)。」と国会で弁明している。見苦しいではないか。嘘をついていれば謝るべきだ。米国の動きを知らなかったというのならもっとお粗末だ。私は後者が事実に近いと思う。外務省の仕事はそれほどいい加減なのだ。イラク戦争や北朝鮮問題に忙殺されて他省庁の法案なんか手が回らないのだ。国民にとって多大な影響のある法律であっても自分たちに責任がなければどうでもいいのだ。他国の動きなど調べようとさえしないのだ。

 そんないい加減な外務省が、国連安保理の理事国には不必要にこだわる。1月25日の各紙は日本が08年の国連安保理非常任理事国にモンゴルの立候補希望をおさえて代わりに立候補することにしたと報じた。この間まで非常任理事国を努めたばかりではないか。常任理事国になれないからといって非常任理事国を独占する気か。報道によればモンゴルの大統領が自らの立候補を辞退して日本の出馬を安倍首相に要請したという事になっている。そんなことを誰が信じるというのか。モンゴルのような弱小で従順な親日国を思いのままにすることは赤子の手をひねるようなものだ。援助をちらつかせるだけでよい。いう事を聞かなければ不快感を示すだけでよい。余談になるが「そんな生意気な国には援助をやるな」と言った経済協力局長がかつて同僚の中にいた。小泉元首相は、かつて三流大臣の頃、ジンバブエの大統領に会えなくて立腹し、援助を打ち切れと命じた。

 米国には頭から小便をかけられても黙っていう事を聞くのに、弱い国には高圧的にのぞむ、そういう外務省の卑屈な態度はもちろん許せない。しかし私がここでもっと残念だと思うのは、少しでも多くの国に非常任理事国の機会を与え、常任理事国である5大国の権限とバランスをとろうとする国連の精神を踏みにじり、自分さえよければいいという外務省の間違った態度だ。それを批判したいのだ。

 日本の安保理常任理事国入りは満天の下で国連加盟国によって否定された。せめて非常任理事国の席は独占しようというわけである。すでに十分非常任理事国を努めてきたではないか。それでどういう実績を挙げたというのか。他の国連加盟国に役立つ事をしたというのか。非常任理事国を狙うような国の中では、日本は断トツに強大だ。だからその席を独占して当然である、そういわんばかりの外務省の態度が卑しいというのだ。利己主義だというのだ。国連の精神を否定するような国が安保理常任理事国になりたがる。壮大な自己矛盾だ。世界の尊敬を得られるとは到底思えない。


Two Recent Examples of Shameful Foreign Ministry’s Diplomacy

People might think I am always criticizing Foreign Ministry’s diplomacy because I was fired and revengeful. Not at all. As an ex-official of the Ministry, I am simply sorry for their jobs getting lousier and mean.

Recently I found two disappointing articles that show the Ministry's mistakes again. The Mainichi Journal of Jan 24 reveals an insincere attitude of the Ministry in the Diet. Japanese Government has been trying to strengthen the power of policy by setting up a new law called Conspiracy Act. Against the fierce protest from the opposition parties that this act limits human rights and violates the spirits of the Constitution, the Ministry emphasized the necessity of that act saying UN Contention against Transnational Organized Crime, which was signed by 147 countries and entered into force in September 03, required signatories to make their legal system accordingly. As a matter of fact, this is not the case and it was found that US made reservation of some clause because laws of certain States contradict the Convention. The Ministry was criticized for not telling this intentionally to let the act passed without fierce debates.

The Asahi Journal of Jan 25 reported that Japan discouraged Mongolia for not running for the election for the seat of non-permanent member of the UN Security Council, Japan, instread , asked Mongolia to give that chance to Japan. According to the explanation that the Ministry gave to the press, it was the Mongolian President who asked Prime Minister Abe saying they want Japan to be a member of the Security Council, but it is so obvious that Japan, the biggest aid donor, coerced Mongolia to concede.If Japan continue to behave like this he will be neverrespected and the chance to become a permanent member of UN Security Council will never be fulfilled.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月24日

閑話休題  そのまんま東の当選に思う

      閑話休題 

     そのまんま東の当選に思う

1. 多くの人がそのまんま東の当選についてしゃべったり書いたりしている。この話題は当分マスコミの格好のネタになるだろう。ここはやはり私も一文を書いて百家争鳴に参加させていただく事とする。
これはブログのテーマとして大げさに論じるほどの文章ではない。分析でも解説でもなんでもない。思いつきの意見である。意見というほどの物でもない。独断と偏見の私の感想である。ただそれだけである。しかし実はこの所感はいかなる解説者の分析よりも的を得ていると密かに自負している。果たして読者はいかがお考えか。
2. まず今度の東の当選は近来の選挙史上稀に見る快挙であり、それを成し遂げた東を素直に祝福したいと思う。やっかみの声があらゆる方面から聞こえてきそうだ。それは政治家を本業としてきた連中からもちろん起きる。あんな素人のお笑いタレントに負けるとは。しかしやっかみは政治のプロからだけではない。政治家を狙っている大物タレント、有識者などからも当然起きる。三流タレントに先を越されたという衝撃だ。石原や田中などは腰を抜かしているだろう。挙げ句の果てに「あんな男を選ぶとは宮崎の恥だ」とまでくさす声も上がる始末だ。これからも東いじめが起きるだろう。皆が既にこぞって見下したような発言をしている。県議会の議長の物言いを聞いたか。まるで小僧扱いだ。しかしふざけるな。お前がどれだけ偉いのか。どれだけ県民に役立つ事をしたというのか。実にくだらない奴だ。東は胸を張ればよい。頭を低くしながら内心は堂々としていればいいのだ。二位に7万票あまりの大差をつけての勝利である。誰にも文句を言わせない重みがあるのだ。
3. 何故このような驚異的な勝利を収めることが出来たのか。すでに言い尽くされた感がするが、言われている理由をあらためて順不同に列挙してみる
①しがらみを断った東のひたむきさが有権者の心を捉えた
②保守の候補者が分裂した
③談合をはじめとした政治不信が頂点に達していた
④何かを変えないといけないという思いが充満していた
⑤マニフェストが立派だった
⑥小泉なきあとのつまらない政治状況に飽きて国民が劇場型政治を欲していた
⑦タレント出身でありながらタレントの応援を断って正攻法で闘った
などなど・・・
これらは矛盾しているものもある。しかしまあ、大体こんなところだろう。そのいずれもが一理ある。しかしマニフェストが立派だったという理由については異論がある。マニフェストなどというものはこれを作る側の自己満足でしかない。一部の政治専門家や選挙ゴロは重視するかもしれないが、一般大衆はこんなもので投票するはずがない。読みもしない。やはり大衆の投票心理は心に響くかどうか、日ごろの不満を代弁してくれる者、共有してくれる者、共感できる者を求めているのだ。
4. 選挙分析などどうでもいい。地方選挙や国政選挙に出ようとしている連中にとっては重要かもしれないが、そうでない一般庶民などそんなことはどうでもいいのだ。私にとって興味深いのはこれから展開する様々な事態の進展である。
まず既存政党は衝撃を受けただろう。政権をかけて参議院選挙を戦おうとしている自公政権党と政権交代を狙う野党第一党の民主党にとってはもちろん大衝撃である。いずれも支持する候補が勝てなかったのだ。
しかし衝撃を受けたのは共産、社民といった弱小野党についても同じである。というよりも衝撃はより深刻だ。彼らが逆立ちしても得られない得票を、素人のお笑いタレントが手にしたのだ。しかも東は決して共産、社民的な候補者ではない。不満を抱く住民の票を集めるべき共産党や社民党が素人のお笑いタレントに負けたのだ。
要するに既存の政党がすべて住民から拒否されたのだ。政治を本業にしてきた既成政党の受けた衝撃が大きいのは当然だ。しかもその衝撃は弱小野党、民主党、自民党の順で大きいのだ。
5. 私が注目したいのはこの点である。東は無党派層の票を集めたという。そして彼からの選挙はいわゆる無党派層の票を掴むことが重要であると皆が考える。しかし無党派層対策とは何か。
無党派層のなかにはまったく政治に関心のない連中がいる。こういう連中はマニフェストであろうが何政党であろうがどんな候補であろうが関係ない。そういう連中の投票態度は気まぐれである。その時の気分とムードで支持者を決める。小泉がワンフレーズで無党派層をつかんだのも、そのまんま東が勝ったのも、基本的には同じである。しかしこんな無党派層の票を集めようと見え透いた対策をめぐらすのはおろかだ。今度の参議院選挙でも多くの人寄せ候補が出てくるであろうが、もはや見透かされている。タレント候補はもはやあまり受けないであろう。
無党派層にはもう一つの層がある。これは熱心な、あるいは少しばかり、政治に関心を抱いている人である。そしてその中が更に二つに分かれる。
既存の政党への投票をその時の状況で変える人たちがいる。自民が勝ちすぎたから野党にしようとか、今度だけは面白半分に共産党に入れてみようというような人である。既存政党はこれらの人の票を奪い合うように頑張るしかない。
しかし私が注目したいのは、かつては特定の政党を支持して政治に積極的に参加していたが今では支持する政党をなくし政治に愛想を尽かした人たちである。一度は自民党を引き摺り下ろしたい。しかし民主党はだらしないから入れたくない。共産党には決して入れない。社民党に至ってはもっと入れたくない。そういう人たちだ。そういう人たちにとって今の政治は絶望的だ。そして最近の政治状況を見るとこういう人が増えているような気がする。
6. 実は今度の東の勝利もこういう人の票が多かったのではないか。そしてもしその傾向が続くのなら、今度の参院選挙は我々にとってつまらないものになる。既存の政党にとってはやりにくい選挙になる。
参議院選挙は首長選挙と違って既存政党間の選挙である。政治に愛想をつかした人たちの行き場が無い。従って既存政党が負けを競い合う選挙になる。負けを競い合った場合、自民党が勝つのだ。なぜならば余程のことが無い限り自民、民主、左翼政党といった支持順位は変わらないからである。
7.  これが事実であれば参議院選挙でまったく新しい政党を起こす者が出てくれば
以外に面白いということになる。今の二大政党の流れのなかで、しかも小選挙区になってしまった中で、新しい政党など非現実的だと誰しも考えるだろう。しかし今度の東の大健闘でひょっとしたらという感じを私は抱く。
もちろんこれにはいくつかの条件がある。まず参議院選挙であるということだ。そして全国比例区に限るということだ。そしてその政党の目指すところを明らかにすることである。それはマニフェストなどというごちゃごちゃした政策を並び立てるのではなく、ずばり既存の政党すべてを敵に回して国民のために国会で暴れるということだ。当選は一人でも良いという前提で党を起こすことである。百万票を全国から集めて一人当選させるということである。その他にもいくつかの公約をしてもいい。6年一期しかやらない。歳費や特権はすべて国民の為に使う。国民が一番望んでいる政策の実現を政府に迫ることに終始する、などである。間違っても政権をとるとかキャステングボートを握るとかを目指す政党を目指さない。今の政治に不満な国民の声を代弁して国会に殴り込みをかけるということである。
   そういうと決まって出てくる言葉が「一人で何が出来る」という言葉である。しかし一人でもやり方次第ではかなりの事が出来るのである。いままでの一人議員や無所属議員はやり方が間違っていたのだ。それに能力もなかった。考えてみるがいい。共産党や社民党は国民に何をしてくれたか。少なくなったといっても何人も議員はいるだろう。それなのにテレビに出るぐらいで国会でどういう実績を上げてくれたというのか。自分たちの生き残りをかけた組織活動や自己宣伝をする議員ばかりではないか。もちろん政権交代を標榜する野党第一党の民主党はもっと役立たずだ。あれほど多くの議員を抱えているというのに何のメリットも国民にもたらしてくれていない。要するに政権政党がすべてを決めているのだ。
8. だから政権をとらなくては意味が無いという反応が出る。しかしこれが間違いなのだ。政権をとるということは過半数の議席を取らなければならないということだ。しかしそんなことをしようとするからろくでもない人間を数あわせで揃えなければならないことになる。金もかかる。内輪もめも起きる。大変なエネルギーの無駄だ。それでも政権をとれる保証はない。間違って政権を取っても、その後に長く維持できるとは限らない。常に野党に転落するおそれがある。政権を取ること、維持する事が目的になってしまうのだ。これは国民のためではない。てめえの為だ。政権政党の国会議員になりたいのだ。
9.  一番いいのは公明党のようにキャステングボートを握って政権に影響力を持つことだ。だから公明党が国民の声を代弁してくれる立派な政党であれば国民は納得する。しかし一人の人間を崇拝する宗教政党だからどうにもならない。
共産党と社民党が解体し、その受け皿として国民の不満を代弁する一般国民党のようなものができれば面白い。それを望んでいる国民も多い。しかし共産党も社民党も国民の声を無視してバラバラで組織にしがみついている。
どうにもならない政治状況だ。しかしあきらめるには早い。一人の政党でも政治を揺さぶることが出来る。鈴木宗男を見るが良い。一人であれだけの存在感を見せているのだ。彼は外務省に復讐することしか念頭にないから国民にとってはくだらないことになっているが、彼は大きなヒントを与えてくれた。国会での質問は出来なくても、いわゆる質問趣意書を連発して下手な陣笠議員の八百長質問よりはるかに有意義な情報を官僚から引き出している。もし彼に代わる一人の国会議員が、年金でも、安全保障でも、雇用でも教育でも、なんでもいいから、国民が本当に求めていることについて政府を追い詰めるような質問を繰り返し、政府の答えを納得の行くまで求めてそれを国民に情報公開してくれれば大きな意味がある。それに対する国民の要望がまとまればそれを国会で政府にぶつける。場合によっては政府はその国民の声を聞いて新たな政策をたてなくてはならなくなるかもしれない。立法や制度をつくらなければならなくなるかもしれない。これは大変有意義なことだ。
10. いわゆる政界大再編ということが起こっても本質的には変わらない。既存の政党の組み合わせなど嫌というほど見てきたしその都度、何も建設的なことは起きなかった。いわゆる共産、社民の統一による第三勢力が出来てみたところでそれが国民を代表する政党になることはない。いわゆる左翼勢力が大きくなるだけで、国民と乖離する政党が一つできるだけだ。そもそも共産と社民が一緒になることはありえないが。憲法改正がなされ、護憲政党の存在意味がなくなって社民党は消滅するとしても、共産党は残る。自民、民主、公明、共産は常に残る。自民と民主が再編を繰り返しても昔の繰り返しだ。かくしてまったく新しい政治は出来ないと既存の政治に愛想をつかした国民の期待にはこたえられない。
11. さて思わぬ方向に脱線してしまった。これで私の戯言はやめる。はじめに戻ってそのまんま東の当選を祝福しよう。そして次のように締めくくりたい。
要するにそのまんま東の当選は、大騒ぎのわりには何も日本の政治に影響を与えない見世物に終わるであろう。私は彼には頑張ってもらいたいと思う。しかし彼はこれから様々な形でいじめられるだろう。そしてたいしたことは何も出来ずに終わると思う。それ見た事かということになるかもしれない。しかし彼が悪いわけではない。彼が無能だからではない。彼の発言を聞く限りではよくやっている。安倍なんかよりもうまくしゃべっている。頭も安倍よりはよさそうだ。それでも東は大したことはできない。
しかし実は誰が知事になっても変わらないのだ。同じなのだ。全国の知事の中には比較的ましな知事がいることは事実であるが、彼らとても何期も知事をやっているのに大したことをやっているわけではない。田中にしても石原にしても何をやったというのか。要するに誰がやっても同じなのだ。住民や国民がしっかり監視していれば誰がやっても同じなのだ。ということはそもそも知事とか市長とか議員などは不要なのだ。全廃せよとは言わないが、その数を減らし権限を縮小し、無駄な給与を払わない、贅沢な経費を使わせないようにすることだ。
12.  この事は国政についてもそっくり当てはまる。政治家も大臣も官僚も要らないのだ。今の閣僚の醜聞続きを見るがいい。どいつもこいつも犯罪者まがいのことばかりやっている。こんな連中が必要か。そんなに首相になりたいのか。大臣になりたいのか。政治家になりたいのか。何の為にだ。
数を減らし権限を削減すべきだ。首相が誰だろうと大臣がだれであろうと勝手にやってろだ。そのかわり権限も給与も今のように大きなものを与えない。それでよかったら勝手にやってろだ。そういう事を国会で堂々と主張する政治家が一人いればよい。民主党の河村たかしがそれらしき発言をしているがとても本気とは思えない。一人で党をつくるなら本物だ。二人以上の政党になれば立派な政党だ。たとえ二人であっても今の共産党や社民党よりはよっぽど意味がある。場合によって自民党、民主党の愚策を鋭く糾弾出来る真の国民政党になれるかもしれない。
    そのまんま東の当選が教えてくれたことはそういうことだ。今の政治はくだらないということだ。誰がやっても同じだ。勝手にやってろということだ。東には応援のエールを送りたい。しかしそれとても勝手にやってろということだ。東は昔から政治家になりたいという希望をもっていたという。そういう奴にろくな奴はいない。それでも彼はお笑いと政治をやりたいといっていたという。お笑いを卒業して政治家に専念するという野心を持つな。初志を忘れるな。今に知事など馬鹿臭い事に気づいてお笑いタレントのほうがよっぽどましだと気づくだろうから。 

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月24日

社会的責任感を欠いたわが国の経営者たち

            社会的責任感を欠いたわが国の経営者たち

  政治は三流だが経済は一流だと言われたことがあった。確かにものづくりにかける日本の技術力は今でも素晴らしいものがある。中小企業の多くは地道な努力を重ねてこの国の経済を支えているに違いない。
  しかしこの国の大企業についてはどうか。大企業のトップに立つ者の最近の言動にはその識見を疑うものが目につく。特に日本経団連や経済同友会といった経済団体のトップにある経営者の言葉は目に余る。
 そう思っているのは私だけではなかった。二つの記事を読んでそれを知った。一つは1月21日付の東京新聞に見つけたロナルド・ドーア英ロンドン大学政治経済学院名誉客員の批評である。ロナルド・ドーアは言う。かつて日本の経営者は日本経済の発展という国家目標を達成するため、自分の会社の利益を多少犠牲にしても仕方がないという意識があった。それを彼は「経営者の社会的責任感」という言葉で呼んでいるのであるが、その「経営者の社会的責任感」が急速に弱化しているという。かつてオイルショックでインフレが23%ぐらいまで上がった時、政府・経営者団体・労働組合は「国民経済の健全性」のため自己規制し、2年でインフレを一桁に下げることに成功した。英国が6年もかかったというのにである。ところが今はデフレや個人消費の不振が社会的な問題になっているというのに経営者側の対応が身勝手すぎるとして、御手洗経団連会長の1月11日の労使フォーラムでの演説に言及する。自民党でさえ「企業の好業績が賃金に反映されていない」と批判しているのに、そして、せめて、「賃上げできる余裕のある会社は上げてください」と言えそうなのに、わざわざ「横並びで賃金水準を底上げするベースアップは、もはやありえない時代となっている」と水をかけたことに疑問を呈する。「・・・大企業経営者は・・・過去5年間に賃金を抑えながら自分の給与と賞与を97%上げた・・・『日本の企業文化の特徴として・・・経営と従業員の距離が近い』とよく言えたものだ・・・」と締めくくっている。
  二つ目の記事は週刊東洋経済1月27日号の山口二郎・北海道大学大学院法学研究科教授の「エゴ丸出しの経済界経営者よ謙虚になれ」である。その中で山口は、日本社会の持続的発展を図るために理念と方法を示すのが経済団体の役割ではないかとしたうえで「御手洗ビジョン」に触れ、法人税軽減を求める経営者代表にこう苦言を呈している「・・・貧乏人も過疎地の人も皆が人間らしく暮らせるような政策を維持するために、企業が率先して税金を払うべきではないか。税負担が上がれば企業は外国に逃げ出すなどと国民を脅迫する経営者に愛国心を持てなどと説教されるいわれはない・・・グローバル資本主義の中で利益を追求しながら、ナショナリズムを煽る。組織において家父長的な上下関係を温存しながら、労働者に自己責任と競争原理を押し付ける。今の経済団体の主張は論理一貫性を欠いた『いいとこ取り』でしかない・・・」
  返す刀で山口は人材派遣会社「アール」の社長である奥谷禮子が「過労死は自己責任の問題だ」と言い放った事に怒りを隠さない。そういえばこの奥谷は作家の林真理子と並んで小泉元首相のポン友だ。昨年末にはワインを何本も空けて飲み会をやっている。日本社会を破壊し、日本国民を分断した小泉は、後は野となれと遊びまわっているらしい。そんな無責任な小泉とそれに馴れ合う一部の「成功者」たち。まじめに働いても報われない善良な勤労者が怒らなければ嘘だろう。


    Recent Remarks by Top Leaders of Japanese Companies Show Their Poor Sense of Social     Responsibility

   Mr. Fujio Mitarai, Chairman of Canon Inc. and now Head of Nippon Keidanren or Japan Business Federation, said in his recent speech that he was not enthusiastic about the idea to share companies recent good achievements with their employees in accepting general hike of wages. He also asked the Japanese Government to reduce corporate tax while he emphasizes the need of the increase of consumption tax to cope with the unprecedented national debt.
Another leader of a Japanese leading company insists white-collar exemption introduction, which abolishes overtime in return for intruducing flexible working hours.
One famous lady company leader even said death from overwork is a matter of individuals’s mismanagement of their working hours.
Up to quite recent Japanese companies look like a family and ithe leaders of companies are like fathers. They take care of employees and employees pay homage to companies. Companies leaders also attach more importance to the development of Japanese economy and stability of society as a whole rather than immediate profits of their own company.
All those good sense of responsibility seems to disappear in the mind of Japanese business leaders under the 5 and a half years former Prime Minister Koizzumi's regime. Many of those top leaders are good friends of Koizumi who opened Japanese economy to US funds under the name of privatization and deregulation. Thus the strong and big gets stronger and the weak and small suffers harder.
Japanese people are getting aware of this winner takes all situation and backlash from workers are expected in Japan.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月23日

閑話休題 パレスチナ問題に取り組むフォトジャーナリスト広河隆一

閑話休題  パレスチナ問題に取り組むフォトジャーナリト広河隆一

 1月20日の夕、私は都内で開かれた「広河隆一パレスチナ記録フィルム試写会」の集まりに行った。そして彼がこれからの人生を賭けて取り組もうとしている記録映画の一部を見た。驚いた。そして感動した。世界で誰一人として本格的に取り組んでいない「パレスチナの消えた村々」の記録を纏め上げるというのだ。40年かけて自ら撮り続けた膨大なフィルムをつなぎ合わせたそのドキュメンタリーは、見るだけでも30時間以上に及ぶ。それを若者たちの力を借りて一人で行うというのだ。
 外務省勤務34年余を振り返って、私が「仕事らしい仕事を経験した」と実感するのは、南アフリカのアパルトヘイト(黒人隔離政策)と中東のパレスチナ紛争にかかわることが出来た事だ。アパルトヘイト問題はネルソン・マンデラという類まれな黒人指導者が94年に南アの大統領になることによって解決をみた。ところがパレスチナ紛争は解決の目途がたたないばかりか、世界の平和と安全を脅かすほどの深刻な事態に発展している。解決が困難な最大の理由はイスラエルによるパレスチナ弾圧の歴史が、明らかにされないままに闇に葬り去られようとしているからだ。世界がパレスチナ問題の本質を知らされていないからだ。広河はその闇を照射しようとしているのだ。
 これは大変な事業である。世界的な反響を呼ぶ作品になる。同時にまた作り方次第では米国、イスラエルの圧力をまともに受ける作品になる危険性がある。あらゆる批判を許さないイスラエルとそのイスラエルを全面的に擁護する米国への批判になるおそれがある。
 それでも敢えてこの難事業に一人挑戦する広河を突き動かすものは何か。それは彼の次の言葉に象徴的に表れている。
 「・・・パレスチナ難民が発生し、イスラエル国家が誕生した1948年から再来年で60年になりますが、この48年に何が起こったのかは、今でも世界ではほとんど何も知られていないままです。真実はいまだ歴史の闇に埋もれているのです。それを解き明かすには当時の記憶がある人々に出来るだけ多く会って、インタビューをするほかありません・・・私は、パレスチナ問題の根源に当たる難民発生の問題を知らなければ、パレスチナで現在起こっている出来事を理解することは出来ないという思いをいよいよ強くしました・・・」
 そして広河は続けるのだ。これは何もパレスチナ問題に限った事ではない、日本が中国やアジアで何をしてきたか、それを体験した人々が生きている間に正しく記録に残さない限り、私たちは不毛な論争を繰り返し、再び誤りを犯すことになる・・・と。
 今年還暦を迎える私は、もはや自らの情熱をかけて取り組むべき人生の課題はなくなりつつある。どうでもいいのだ。四季の移り変わりに目をとめ、耳を傾けながら草木や野鳥と語り合って過ごせれば至福であると思う。
  しかし私が外交官人生の最後に遭遇したこのパレスチナ問題だけについては別だ。この問題だけは今しばし関わって行きたい。その行き先を見届けたい。そう思っていた矢先に広河氏の記録映画作成に出くわした。及ばずながら協力させていただきたい、そう決断した1月20日の試写会であった。
 関心のある読者のために連絡先を紹介しておきたい。
{1コマ}サポーター事務局
YIU27625@nifty.com
FAX 045-894-0763

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月23日

クラスター爆弾禁止の国際会議をボイコットする日本外交

        クラスター爆弾禁止の国際会議をボイコットする日本外交

  日本外交がその建前と本音において大きく乖離していることは今に始まったことではない。しかしクラスター爆弾の禁止を求める国際会議に日本がここまで消極的なのには驚かされる。なぜなのか。平和外交を掲げる日本が消極的になる理由はどこにもないはずだ。
  私がクラスター爆弾禁止条約をつくろうとする国際会議があることを知ったのは昨年12月18日付の毎日新聞夕刊の記事からであった。その記事は、ノルウェー政府がクラスター爆弾禁止に積極的な国や被害国の「有志」を集めて禁止条約づくりの国際会議を開催しようとしていると報じていた。すでに35の国や市民団体に招待状を送ったが、その中には、クラスター爆弾禁止に消極的な日本や、クラスター爆弾を生産・使用している米・中・露、イスラエルは含まれていないというその記事は伝えていた。
  招待されるまでもなく日本こそ率先してこのような会議に協力すべきではないのか。招待されなかったからといってヘソを曲げて不参加を決め込んだとしたら情けない。日本も参加したいと手を上げて参加すべきではないか、そう思ってこの記事を読んだ。
  ところが実は日本はこの会議に反対していたと言うことを知って驚いた。1月6日の毎日新聞によると、昨年11月13日、ジュネーブの国連欧州本部において、クラスター爆弾禁止を推進するNGOとの共同記者会見に臨んだ田中信明国連事務次長(軍縮担当)は、こう言って新条約作りへの高まる期待に冷水を浴びせたというのだ。外務省から国連職員に一時的に天下っている田中が日本政府の意向を反映して言動していることは明らかだ。
  「・・・一部の国だけで進めるならば、それはNGO(非政府組織)が批判する米国と同じ一方的な行動になってしまう・・・」
  田中はついこの間まで外務省で机をならべて仕事をした一年後輩の元同僚だ。田中よ、なぜそんな発言をしたのだ。国連の会議にしようという提案が多くの国連加盟国の反対で否決されたからやむを得ずノルウェーは有志国の会議にせざるを得なかったのだろう。日本政府もその国連会議に反対したのではないのか。なぜだ。平和外交を掲げ、人道外交を謳う日本が、無辜の子供たちの命を奪うクラスター爆弾という非人道的な殺戮武器を禁止することに反対する理由はどこにもないではないか。
  有志国や非政府組織の主導で条約づくりが進められた例として96年にカナダと市民団体がイニシアチブを取った対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)がある。地雷を製造している国内業者の利益を損ねるとする防衛庁の反対で最初は消極的であった外務省も、これを知った小渕首相(当時)の一声で方向転換し、あわてて条約に署名した経緯がある。なぜ外務省は安倍首相に伝えて「平和に貢献する日本外交」を実現しようと努力しなかったのか。
  前掲の毎日新聞は元防衛研究所教官、岩本誠吾・京都産業大学教授のつぎのような言葉を紹介している。
  「・・・非人道性を訴えるキャンペーンは理解できるが、現実には軍事的必要性を感じる人たちがいる限り、その兵器をなくすのは困難だ・・・」。驚くべき発言だ。非人道的兵器を認めているのだ。外務省は米軍再編をめぐる防衛庁との主導権争いにうつつを抜かすより、平和外交の実現をめぐってこそ防衛省と闘うべきなのだ。
  クラスター爆弾は米国・イスラエルがイラクやレバノンで人体実験のごとく使っている。まさか米国・イスラエルに気兼ねしてクラスター爆弾を禁止出来ないのではないだろうな。もしそうであるならもはや語る言葉を私は持たない。外務省を批判する気にもならない。
 クラスター爆弾禁止条約国際会議は2月22日―23日にノルウェーの首都オスロで開かれる。日本外交の正体を見届けたい。

  Why Japan Boycotted the International Conference of Banning the Cluster Bombs?

  When I read the article of the Mainichi Journal of Dec 18 last year telling me that the International Conference be held in Oslo and yet Japan was not invited,
  I was wondering why so and why Japan did not asked Norway to invite Japan. There was no reason for Japan not to Join the nternational cooperation banning the cluster bombs that are so cruel and inhuman.
I was so shocked to know through another Mainichi article of Jan 6 which told me Japan itself criticize the conference. According to that article Norway proposed UN to organize a UN conference on banning the cluster bombs but many countries opposed it. Therefore Norway had no choice but organizing another conference which is composed of only willing countries and NGO.
Japanese diplomat Mr. Nobuaki Tanaka now working as deputy UN Secretary General for Disarmament criticized NGOs in the press conference saying that organizing the like-minded conference against the opposition of many UN member countries means the same of US unilateralism which NGOs ciriticize so harshly.
It is said Japanese military industries are lobbying Defence Ministry not join the conference. But real reason for Japan not enthusiastic about the conference is the fact that US and Israel use cluster bombs in Iraq and Gaza. Japanese Government does not and cannot undertake any independent diplomacy against the interest of these two countries. Even if that diplomacy suits well Peace and Humaniterian Diplomacy which Japan so repeatedly declared towards the international community.
 

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月23日

閑話休題ー仙波さんを支援する会に参加して

      閑話休題―仙波さんを支援する会に参加して

  1月19日私は四国松山を訪れ「仙波敏郎巡査部長を支援する会」の集まりに参加した。現職の警察官でありながら裏金づくりの実態を記者会見で告発したのは丁度二年前だった。その二周年記念集会に参加したのだ。
  組織を離れて孤立無援だった私にとって新聞で読んだ仙波氏の勇気ある行動は何よりもの励みになった。一度会って話がしたかった。それがやっと実現したのだ。
  仙波さんは告発した一週間後に閑職に配置転換され職場軟禁の状態だった。その不当人事の撤回を求めて仙波さんは闘って来た。それを弁護士たちと支援者が支えた。06年6月ついに県人事委員会は「人事権の濫用」を認定し「異動は妥当性を欠く不利益処分」と断じた。名誉は挽回された。しかし元の職場に復帰したところで「裏切り者」には変わりはない。仙波さんにとってはつらい毎日に違いなかった。
  しかし仙波氏の表情は意外に明るかった。それは「自分はいささかも後ろめたいところはない」という強さがあるからだろう。事実、裏金作りのための偽造領収書の署名を最後まで拒んできたただ一人の警察官であった。だからこそその告発に迫力があったのだ。
  そうは言っても現職の警察官でありながら告発をした事に対する警察組織の圧力は大変なものであったに違いない。その中で毎日を過ごした仙波さんの辛さは想像を絶する。「支援の会」を司会していた代表者の一人が、はじめて姿を見せたという仙波さんの年老いた母親の姿を前の席に見つけ、思わず涙ぐんで言葉が途切れるという一幕があった。その光景こそ過去2年間の仙波さんの苦労を象徴的に表していると感じた。そういえば私も心配をかけた母親がいた。今は亡き自分の母親の面影を仙波さんのお母さんに重ねていた。
  それにしても仙波さんは幸せだと思った。仙波さんを支えてくれる支援者がこれだけいるのだ。不当人事を撤回させた多くの弁護士がいるのだ。だからこそ2年間をがんばることが出来たのだろう。孤立無援の私には羨ましく思えた。
  帰り際に私は仙波さんに私の思いを伝えた。あなたがこれからなすべきことは定年までのあと2年間を歯を食いしばって勤めあげることだ。間違ってもこれ以上あなたは裏金の追及をやってはいけない。これ以上警察を追い込んで警察の反発を招くようなことをしてはならない。後は県民の仕事だ。司法の仕事だ。メデイアの仕事だ。そしてこのまま無事に定年まで勤めあげることが出来ればその時こそあなたの正しさが揺るぎのないものとなるのだ。その時はゆっくり酒でも飲みましょう・・・と。
  もしあの時・・・と私は帰りの飛行機の中で考えた。もしあの時、多くの警察官が仙波さんの勇気に動かされ裏金の事実を語りだしたとしたら・・・百人、二百人単位の警察官が告発の正しさを語り始めたらおそらく検察も司法も動かざるを得なかっただろう。警察組織全体が犯罪を認めざるを得なかっただろう。山が動いただろう。
  イラク戦争にしてもそうだ。もしあの時外務省の多くの職員が立ち上がり米国の不当を批判していたならば、その米国を支持した小泉首相の判断が間違いだと声を上げていれば、日本外交は正しさを取り戻せたに違いない。日本はここまで米国のイラク戦争に巻き込まれずにすんだに違いない。小泉首相の責任もまた間違いなく問われていたのだ。
  現実は決してそうはならなかった。警察組織は微動だにしていない。小泉首相は任期を全うしイラクの状況の悪化などどこ吹く風と言わんばかりに私的生活を楽しんでいるという。
  それでも私は晴れやかな気分で岐路についた。これだけ多くの善意の人たちに囲まれてしばし孤立無援の自分を忘れることが出来た。いや私は決して孤立無援ではない。あの米国の不正義な中東政策の犠牲になったアラブの民の怒りと悲しみを背にして今日まで生き続ける事ができたのだ。不正義は必ず正される時が来る。私はブッシュ大統領の行く末を見届けていく。日本外交のこれからを監視していく。

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月22日

教育改革とは学歴社会をなくすことだ

               教育改革とは学歴社会をなくすことだ。

  教育再生会議が19日に報告書案の第一次案を出した。様々な人間が思いつきで勝手なことを言い、その一方で文部官僚は自らの権限維持に固執する。そして安倍首相は政治決断を避け報告書案が政治方針になるのか曖昧なままだ。この教育再生会議が膨大な時間と金の無駄で終わることはもはや明らかである。
  しかし私がここで言いたいことは教育再生会議の批判ではない。本当の教育改革は別のところにあるということだ。それはこの国の異常な受験競争と学歴偏重主義である。ここから抜け出せない限り日本の教育の真の改革はありえない。
  野球少年だった私は小学校を草野球に夢中になって過ごした。それは楽しい毎日であった。しかし中学に入った時に私の生活は一変する。野球部に入ったまではよかった。やがて練習に時間がとられるようになり学校の成績が落ちてきた。その時子供心にこう考えた。このまま好きな野球を続けていこうか、野球をやめて受験に没頭しようかと。誰かから言われたわけではない。子供心に考えて結論を出した。いい大学に入ればその後の人生は保障される。こう自分に言い聞かせてその時から野球をきっぱり止めて受験勉強に生活を切り替えた。思えば現実的、打算的なガキであった。そう決断した後で「中学、高校の6年間はながいなあ」と憂鬱な気分で一人ため息をついた自分を思い出す。
  あれから50年近くたった。出来れば二度と受験生活はしたくないと思う。競争心の強い一握りの優秀な子供を除いて、受験勉強は多くの子供を苦しめていると思う。いや受験競争に勝ち残った勝者さえも、それとは引き換えに、大きな何かを失っていると思う。
 今は受験競争も当時と比べてはるかに厳しくなっている。幼少から塾通いが当たり前になっている。学校より塾を優先するようになっている。裕福な家庭の子供が受験に有利となりこれが格差社会を助長すると言われている。こんな状況が子供を苦しめないはずはない。学校教育を歪めないはずはない。親を悩ませ社会を蝕まないはずはない。先般大騒ぎになった世界史の必修逃れにしても受験競争優先の産物に他ならない。受験に立たないものを学ぶ余裕はないのだ。皆知っていながら放置されてきたのだ。文部省さえも。
  受験競争をなくす方策を見つけるのは勿論容易ではない。私に名案があるわけではない。ただはっきり言えることは、それは教育制度と社会意識の双方の改革が必要であるということだ。教育制度に関していえば誰でも希望する大学に入れるようにして、そのかわり卒業条件を厳しくするという改革などもひとつの考えであろう。大前研一が繰り返して提案しているサイバー大学によるコンテンツ重視の大学を普及させることも将来の大学の姿かもしれない(2月2日号週刊ポスト、ビジネス新大陸の歩き方)。
  しかしより重要なのは何のために学ぶかということを根本的に問い直すことである。学びたい者が大学に行く、学びたい事を好きな大学で学ぶ、それが本来の進学であろう。しかし日本の場合は学歴社会の為に大学に行くことになっている。確かにこの風潮はどの国でも見られる。しかし日本の場合は極端だ。
  学歴、つまり肩書きに依存しない生き方を受け入れる社会をどうやったら実現することができるのか。これは制度的には履歴に学歴記載を禁じたり、出世、栄達と学歴を切り離すといった、外からの半ば強引な改革が必要であるかもしれない。
  しかしやはり決め手は我々の意識改革と社会の変化であろう。それぞれの大学にはそれぞれの魅力と長所があり比較できない、人の価値は肩書きで決まるものではない、充実した人生は世間体でいう出世、栄達とは無関係である、そういう意識を皆が持つようにならなければ学歴社会はなくならない。
  学歴偏重が最後まで残るのは官僚社会かもしれない。東大法学部を出て高級官僚になればあとはろくな仕事をしなくても昇給し、定年後も天下りで生活を保障されている。罪を犯しても権力に守られて逃げられる。それでもなおこの国には親方日の丸の風潮がある。高級官僚は偉いとみなされる。
   世界の先進民主主義国家でここまで公務員があがめ立てられている国はない。これをおかしいと思う社会が実現しなければ学歴社会もなくならず、受験競争もなくならない。ここでも悪いのはこの国の官僚支配である。
   しかしそれも時間とともに変わっていくと思う。変わらなければならない。そうしないと日本の国そのものが立ち行かなくなる。その兆しが見え始めている。


  The Deterioration of School Education in Japan Comes from the Overemphasis of Educational   Background of Japanese Society


  Japan is proud of its high-educated people who make Japan economically competitive and technologically advanced. It seems that this compliment has long become a legend of good, old days of Japan.
Japan has been suffering from the deterioration of its young generation. Their academic standard falls down and their misbehavior or delinquency are rampant.
This phenomenon derives from many reasons, i.e. lack of family education, quality of teachers, affluent society of Japan etc. Among all the most serious reason of damaging the young generation is , I think, the excess competition for entering the prestigious colleges.
The competition for entering good and prestigious colleges is observed more or less in every country in the world but in Japan this competition is too much and distorted.
Japanese people evaluate others from the view point of which college he or she graduates from. This overemphasis of academic background makes the people tend to send their children to a small group of well known colleges. Consequently young people tend to study only for achieving high scores of entrance examinations. This competitive and distorted educational situation makes young people pressured and unhealthy.
The Government, schools, parents , all of them are aware of the need to remove this excess competition of entrance examination. But they cannot find effective measures. The difficulty to resolve this problem comes from the fact that Japanese people judge others not from his or her personal asset or attractiveness but the background, position and title of that person. This social tradition of collectivism rather than individualism , which once makes Japan strong, bothers Japan now.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月21日

読者の声を紹介するコラム

         読者の声を紹介するコラム

   読者から寄せられる声にはもちろんさまざまなものがある。それらをすべて公開して議論を戦わすのはこのブログの趣旨ではない。それでも時々は読者の皆さんにどのような意見が寄せられているか、それに対する私の意見と共にお伝えしようと思う。
   最近書いたもので反響があったのは船橋洋一の昭和天皇に関する発言である。ある読者からはこんなことは政治を知っているものはだれでも知っていることでこの程度の発言をタブーを破ったなどと大げさに書き立てるな、本当のタブーが泣くというものである、というメールが届いた。私には舟橋というジャーナリストが週刊誌でここまで書いたことは驚きであった。それで紹介したのだ。私のタブーについての認識はこの程度である。
   もう一つはこの文章は右翼の攻撃をそそのかすようなものであって誤解を呼ぶというものだ。その意見には素直に耳を傾けたい。もちろんそのような意図はまったくなかったのであるが。私が言いたかったのは攻撃の対象になるのは常に権力に外にある弱者ではないのか、そうであれば許せないということである。
   当然のことながら一つの思想を言葉で表現する場合、私の誤解、事実誤認、考えの間違いなど、読者にさまざまな思いが去来することと思う。我慢ならない時はいつでもメールを歓迎する。その為の仕組みも作ったつもりだ。しかしそれを読者に公開し読者の間の討論を慫慂するのは私のブログの趣旨ではない。
   私と読者の意思疎通はあくまで一対一である。どんな意見でも歓迎する。しかし私がそうであるように、メールの差出人は名を名乗り、立場を明らかにしてそうしていただきたい。
   私は遊びでこのブログを書いているわけではない。下心があって書いているわけではない。この日本の行く末を皆とともにこの目で見届けたい、そのために自分の限られた能力を振り絞って毎日書いている。同じ思いの人を一人でも増やしたい、それだけだ。間違いがあれば素直に認めその間違いを自分の糧にする潔さを持って書いている。悪意のあるメールだけは許さない。批判だけを寄越すような読者ならいずれこのブログから離れていくことだろう。それもまた私の望むところである。
  

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月21日

塩野七生が語る安保闘争

                    塩野七生が語る安保闘争

   60年の安保条約改定反対闘争は一般国民をも巻き込んだ戦後の一大政治闘争であった。しかしこの政治闘争が70年代の学園紛争を最後に日本から消え去って久しい。
   その一方で、小泉政権下で急速に進められた日米軍事同盟の深化は安倍政権において無条件に引き継がれ、米国の「テロとの戦い」に呼応した米軍再編への協力という100%違憲な政策が無気力に進められている。
   安保改定反対やベトナム戦争反対の当時よりもはるかに深刻な事態が猛烈な勢いで進んでいるにもかかわらず、なぜかつてのような国民運動が起こらないのか。そんな疑問に、作家塩野七生(ななみ)が1月20日の産経新聞で少しばかり答えてくれた。
   塩野七生はローマ史やマキャベリズムに造詣の深い歴史小説家である。司馬遼太郎の女版のごとくその作品は保守政治家や経営者などに好んで読まれているらしい。05年には紫綬褒章ももらっているくらいだから立派な体制派作家である。
   その塩野が1月20日の産経新聞連載「私の肖像画」で自らの安保闘争参加の経験を次のように書いている。彼女が安保闘争に参加していたということ、しかも安保条約の何たるかも知らずにデモに参加したという正直な告白だけでも興味深いのであるが、次の記述はもっと面白い。全学連のデモ隊が首相官邸に岸首相を封じ込めた時のことをこう回想しているのである。

「・・・全学連の指導者が本気なら、一番先頭的な大学のデモ隊をそこへやるべきでしょう。ところが選ばれたのはもっとも穏健的といわれた慶応と学習院の学生ですよ。この偽善。私が左翼を信用しなくなったのはこの時からです・・・テレビや新聞の報道では、首相官邸の門が偶然開いて中になだれ込んだデモ隊と警官隊がもみ合いになった事になっていますがそれは事実と違う。私はこの目で目撃しているんです。向こうが本気で官邸を防衛しようとしたら、デモ隊を侵入させずにすんだ。ところが向こうはわざと門を開いてデモ隊をひき込んだのです。(罠だったと)そう思います。ところがマスコミは知ってか知らずか、その経過をまったく報道しませんでした・・・」

   なぜ安保闘争のような国民的政治闘争が今の日本に起こらないのか。それについては多くの人が多くの事を語っている。しかし少なくともこの塩野の言葉に一つの真実がある。一般市民が一度は参加しようとしたほどの反戦運動への素朴な願いを、過激な活動家やイデオロギーを振りかざす革命気取りの連中が潰してしまったのだ。自らは国家権力の前に踊らされていたのもかかわらず。そしてマスコミが権力者側についてこの実態から国民の目を塞いだのだ。
   彼らの罪は大きい。この誤りを再びおかしてはならない。国家権力にとって過激な政治活動家を取り締まるのは赤子の手をひねるようなものだ。国家権力が恐れるのは一般大衆の覚醒であり、蜂起である。その一般大衆の反戦のうねりを政治家が、活動家が殺してしまったのだ。マスコミが妨げたのだ。国家権力に立ち向かうはずの政治活動家やマスコミが、結果的には国家権力を利し、国家権力の最強の敵である一般大衆の力を殺いでしまったのである。この構図は今の日本にそっくりあてはまる。こんどこそ間違いを繰り返してはいけない。
   いよいよ憲法改正が現実のものとなってきた。この動きを阻止できるのは既存の護憲政党や護憲政治家では決してない。一般国民の素朴な反戦の気持ちだ。憲法改正を阻止できるのは、護憲政党が叫ぶ国民投票法案の成立阻止などでは決してない。選挙で護憲政党の議席数を増やすことでは決してない。国民投票にNOの一票を投じる国民一人一人の「戦争はしたくない」という自発的な意思を広げていくことだ。それのみが政府の間違った方向を正せるのだ。
   いつの日か改憲案が国民投票の形で現実に国民に突きつけられる時が来る。その時に日本に再び「政治の季節」が訪れる。おそらく戦後の政治史のなかで最後の政治運動が起きる時である。しかしそれを恐れることはない。拒否の一票を投じればいいだけである。既存の護憲政治家や活動家、政党、労働組合が主導する政治運動にしては決してならない。安保闘争の二の舞を演じてはならない。それでは到底勝つことは出来ない。憲法を守ることは出来ない。
   憲法は、平和を願う一般市民の一人一人の心が引き起こす国民運動によってのみ守ることが出来るのだ。その国民の動きに政治家や政党がついてくるようにしなければならない。その結果として国民投票における過半数の国民の拒否を確保するのだ。すべてをここに集中する運動をしなくてはならないのだ。そのときこそ日本に市民革命が起きる時だ。
  どのようにして国民の反戦の願いを糾合し一つの国民運動のうねりにまとめていけるか。これこそが残された唯一、最大の課題である。憲法を守りたいと考える人たちのなすべきことはその答えを考えることである。見つけてそれを実行に移すことである。決して共産、社民の議席を増やすことではない。第三勢力をつくることでもない。政権交代は日本の政治を変えるという意味で是非とも早急に行われなければならないと思うが、憲法改正阻止とは何の関係もない。
  平和を願う人々が考えることはただ一つ、国民投票で国民一人一人が改憲に反対票を自発的に投じる、そういう国民意識の覚醒をどう実現するかということである。このことはいくら強調してもしすぎることはない。

  The Last and Biggest political issue of Japan is whether Mr. Abe can achieve his ambition to abolish the Article 9 of Japan’s Peace Constitution in His Tenure

  Anpo Toso, or the national movement of anti-US Japan Security Treaty , is the biggest political event in Japan’s post war history. As a matter of fact then Prime Minister Kishi, who gave birth to the current US Japan Security Treaty in 1960, is a grandfather of Mr. Abe and Mr. Abe told the episode that he parroted the call of “ Anpo Hantai”, or “ We are against US Japan Security Treaty”, without knowing the meaning of it in front of his grandfather because these words were so frequently heard all over Japan at that time.
Now Mr. Abe becomes Prime Minister and he declared to amend the Article 9 so that Japan can fully cooperate militarily with US.
In fact the issue of amending the Article 9 has been the long standing argument not only in Japanese post war politics but also among Japanese people themselves.
One of the reasons why Anpo Toso failed in 1960 despite the fact that so many Japanese people were against strengthening US Japan military alliance is that group of people who lead the movement, i.e. college students, labor unions and political parties, were so ideological and the public departed from that movement. It is so easy for the government to crack down such political group which lost the support of the public.
Japanese people will be facing soon with the last political choice when Mr. Abe will put the amendment draft of Article 9 in front of the public.The Japanese Constitution stipulates that majority affirmative votes are needed in the national referendum in order to amend the Article 9.
Indeed it is not the politicians but the people of Japanese who finally decide whether the Article 9 will be abolished or kept. Let's see whether the heart of peace loving Japanese people is strong and genuine enough to resisit the expected Japanese Government's strong intervention in the mind of individuals.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月20日

イスラエルと中国の関係から目が話せない

             イスラエルと中国の関係から目が話せない

   日本ではほとんど注目されていないが1月10日-11日にイスラエルのオルメルト首相が北京を訪問し胡錦涛国家主席、温家宝首相と会談している。イスラエル首相の中国訪問は1998年以来というから10年近くの首脳外交だ。当時と今では中国の国際的影響力はまったく違う。はるかに影響力が高まっている。イランの核保有問題やパレスチナ和平問題が焦眉の急である今の中東情勢を考えるとその目的は明らかだ。イスラエルが中国の支持を取りつけようと外交攻勢をかけてきたのだ。
   問題は中国の出方である。そもそも中国は周恩来の非同盟外交の頃から一貫して被殖民地や開発途上国の側に立った外交を展開してきた。中東外交にしてもパレスチナ解放の立場にたったアラブ外交を展開してきた。それが決して人道的見地からではなく、あくまでも中国共産主義の拡大という国益追求の立場からのものであったとしても、建前としてはイスラエル寄りの米国の中東外交に批判的なはずだった。
   しかしここにきて中国の外交に変化が見られる。中国の最大の課題は内における経済発展と外における台湾問題である。この問題以外のことでは、というよりも、この問題があるからこそ、中国は米国との協力関係を重要視する外交に舵をきってきた。間違っても非同盟外交を優先させて米国と摩擦を引き起こすつもりはない。その表れが北朝鮮問題をめぐっての米中接近である。
  それが中東問題にまで及ぶのであろうか。そう考えていた私に、浅井信雄という国際政治学者の言葉が目に留まった。彼は1月25日号の週刊新潮「掲示板」で中国におけるユダヤ人関係の資料を探していると読者に呼びかけている。その理由を彼はこう書いているのだ。
「・・・中東外交では中国がアラブだけでなくイスラエルとも密かに良好な関係を保ち、イスラエルがアメリカから得た武器を中国に流していると疑ったアメリカがイスラエルに抗議したことがある。イスラエルとしては中国をアラブ一辺倒にさせない(ように気を配っている)・・・中国のユダヤ要素は重要です・・・」
  イスラエルがイラン攻撃についてあらかじめ中国の了解を取り付けようとしている可能性がある。2月からはじまる中東和平交渉で強硬派ハマスを孤立させ親米・イスラエルのアッバスを支持することを求めようとしているに違いない。
  いよいよ中国の国際的地位が高まってきた。北朝鮮についで今度は中東だ。そして中東こそ米国外交の本丸である。もし中国がハマスを切り捨てて親米・イスラエル寄りの中東和平政策を支持するならば、米国に味方してイランに核廃棄を迫るなら、その時こそ非同盟をかなぐり捨てた覇権国家中国の正体が明らかになる時である。そしてパレスチナ抵抗運動が抹殺されてしまう。果たして中国はそこまで明確な米中支配を世界に宣言するのか。中国の中東政策から目が話せない。

   Does China support Israeli policy towards Iran and Palestine ?

   I saw the news of Israeli Prime Minister Olmert visited China on 10-11 Jan with much interest. Considering the rumor that Israel might attack Iran and possible start of Israel-Palestine Peace Talk in early February it is easily imagined that Israel tries to make China accept, or at least not oppose, Israeli policy on those issues.
It is a kind of test to find whether China be a really non-aligned countries who stands on the side of the weak, underdeveloped countries or a realistic country pursuing her own interest at the cost of the weak.
It seems to me that top priorities Chinese diplomacy nowadays are economic growth and controlled Taiwan. In order to achieve these goals China needs a good relation with US. That is why China has been so cooperative with US on the North Korean nuclear issue. Now it’s turn of Middle East issues. If China will show Israel her tacit agreement, if not support, on Israeli policy towards Iran and Palestine it will be another indication that China will be cooperative with US to control the world. Let us see how China will handle the issue of Iran and Palestne.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月19日

舟橋洋一が書いた昭和天皇の戦争責任

舟橋洋一が書いた昭和天皇の戦争責任

不敬罪という罪がかつての日本にはあった。天皇、皇族、神宮、皇陵などに不敬の行為をすることに対する罪である。それが日本から消えたのは戦後間もない1947年の刑法改正であるという。
それでも皇室に関するタブーは日本に根強く存続してきた。特に昭和天皇に関する戦争責任についてはそうだ。かつて市議会の答弁で、「天皇には戦争責任があると思う」と答えた本島等長崎市長が右翼に銃撃されたのは1990年であった。
しかし今日ではその昭和天皇を軽んずるような言動をしても許される人がいる。その典型が小泉元首相だ。なにしろ、A級戦犯が合祀された事に不快感を抱かれた昭和天皇がそれ以来靖国神社の参拝を中止された事実が明らかになったにもかかわらず、その直後に小泉元首相は「関係ない」と言い放って靖国参拝を強行したのだ。昭和天皇より自分のほうが上であると言わんばかりのこの発言に、右翼は完全に沈黙したままだ。
1月26日号の週刊朝日で舟橋洋一が言及した昭和天皇に関するくだりも相当なものだ。
舟橋は自らの連載であるワールド・ブリーフィングのなかで1月10日に行われたブッシュ大統領のイラクに対する「新戦略」を論評した。米世論や民主党の反対を押し切ってイラク増派を強行したブッシュ大統領の決定を、舟橋は「ブッシュは再び、悲劇的な間違いを犯したのではないか・・・米兵に対するテロ攻撃はさらに苛烈になる可能性がある・・・」と論じている。その見方には異論はない。問題はその後の彼の指摘だ。彼は言う。
「ブッシュは・・・増派によって敵に一発かまし、撤兵に向けての勝利宣言をしたいのだろう。それがうまくいくとはとても思えない」とした後で、このブッシュの発言は、終戦を引き伸ばした昭和天皇の言葉を思い出させたと次のように書いたのだ。
「・・・太平洋戦争末期の1945年2月、昭和天皇は、近衛文麿、岡田啓介、広田弘毅などの首相経験者に戦局の見通しを聞いた。近衛は軍部内の派閥を利用して軍部を抑え、さらには粛清し、和平に持っていく可能性を追求すべしとの意見を述べた。それに対して、天皇は言った。
『もう一度、戦果をあげてからでないと、なかなか話は難しいと思う』・・・」
舟橋は何を言いたいのか。もちろんこういうことだ。もし2月の時点で昭和天皇が和平のご聖断を下していたならば、東京大空襲も沖縄地上戦も広島、長崎の原爆投下もなかった。あの時戦争の敗北を認めて降服していれば何十万、何百万の命が救われた。今ブッシュもこの過ちを繰り返そうとしている。多くのイラク人、米兵の命を無駄にしようとしている、そう言っているのである。大変な昭和天皇批判である。
因みに舟橋はその同じ記事の中で、米軍の日本占領はマッカーサーとヒロヒトの「合作」であると、これまた「国民を裏切った昭和天皇」という、タブーを破った発言をしている。
これほどの論評を見て右翼が怒らなければ昭和天皇に関するタブーは間違いなくなくなったということだ。それとも右翼の攻撃は左翼や弱者にだけは容赦なく加えられ、小泉元首相や舟橋のような権力者、体制派が天皇を軽んじても文句を言わないのだろうか。

Criticizing Emperor Hirohito Is Not a Taboo Anymore?

Before the War Emperor Hirohito was believed above a human being and any remark or behavior to insult him was a crime. Even if this law was abolished in 1947 it has been long a taboo to criticize the Emperor.
Many Japanese still remember vividly that the mayor of Nagasaki City Hitoshi Kijima was shot by the right-wing in 1990 simply because he said in public that the Emperor was rsponsible for the War.
There are, however,a certain group of persons who can make little of the Emperor without being attacked by the right-wing.
One of the most recent example of that person is the former Prime Minister Koizumi. In July 06 there found a memo which showed the Emperor stopped visiting Yasukuni Shrine once he knew war criminals were enshrined there.The Emperor said according to the memo “ ・・・It‘s unpleasant・・・I stopped visiting since・・・That is my heart・・・"
In response to the question from media asking “How do you feel this Emperor‘s heart?" Mr. Koizumi said bluntly “ Nothing to do with me" and dared to visit Yasukuni Shrine as if he is above the Emperor.The right-wing kept silence.
Another example is a conservative journalist Mr.Yoichi Funahashi. He wrote an article in the weekly Asahi of Jan.26 edition criticizing Bush's new strategy for Iraq. He said that increasing US forces in Iraq is an obvious mistake. Nothing wrong with this opinion which is sharede with many people including myself. But he followed the comment referring the Emperor's historical decision of delaying the surrender. As a matter of fact In Feburary 1945 ex-Premier Konoe advised the Emperor to stop continuing war because no chance to win. But the Emperor insisted to give US one more blow. this futile hesitation of surrender made so many innocent Japanesesuffered from unprecedented US airstrike, miserable Okinawa fighting and, among all, nuclear bombs in Hiroshima and Nagasaki.
Obviously Mr. Funahashi criticized the Emperor for his wrong decisin quoting Bush‘s decision of increasing US forces in Iraq.Again the right-wing kept silence.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月18日

外務省幹部が認めていた米軍再編の違憲性

外務省幹部が認めていた米軍再編の違憲性

 1月15日の日経新聞特集記事「日米同盟、一体化の光と影」⑦に見逃せない記述があった。2002年の末、竹内外務事務次官(当時)は米国が日本に求めてきた在日米軍の見なおし案の内容を知って腰を抜かす。それが安保条約の定める範囲を大きく逸脱していたからだ。
 中でも米陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間への移転については明らかに安保条約違反である。安保条約の第6条、すなわち世に言うところの「極東条項」は在日米軍が日本に駐留し基地使用できるのは、「極東における平和と安全の維持に寄与する場合」に限ると明示している。世界中をテリトリーとする第一軍団司令部の受け入れは、どう考えてもこの条項を逸脱する。竹内はそれだけは受け入れられないと考えたというのだ。あたりまえだろう。
 その言やよし。ならば竹内は米国に「受け入れられない」ときっぱりと答えたのか。そうではなかった。竹内は北米局長の海老原紳、参事官の長嶺安政ら対米交渉にあたる省内幹部らと会合を重ね浅知恵を練った。そして考えついたのが、在日米軍の再編に伴う果てしない米国のゴリ押し要求に対しては、すべて「安保条約を効果的に運用する」ことによって、「安保条約の範囲内で対応できる事にする」ということだ。そしてそれを米国と申し合わせる事に奔走したのだ。竹内は私の二年先輩だ。海老原は二年後輩だ。長嶺はずっと後輩だ。ついこの間までともに仕事をした仲間だ。彼らがどのような相談をしていたか目に浮かぶ。
 いやしくも「法の支配」を遵守するべき立場にある官僚なら違法な要求はこれを拒否すべきであろう。理を尽くして米側を納得させるべきだろう。ましてや竹内は大学で法学部に籍を置き、外務省に入ってからも条約課長、条約局長を経験している。「法の支配」については人一倍筋を通すべき立場にあったのだ。
 どのように不当な要求であっても米国の要求を断ることは最初から彼らの念頭にはない。彼らの仕事は、米国の違法な要求を受け入れ、それを合法であると国民の前にどう説明するか、ごまかせるか、という事後工作だけである。
 米国の要求が安保条約を超えるものであれば条約を改正すればいい。ところがその条約改正は憲法9条に違反する。だから憲法9条も変えなければならない。しかし憲法9条を改正することは国家的大事業だ。外務省だけではできない。外務省は憲法改正を働きかける能力も気力もない。しかも米国は日本の憲法改正など待ってはくれない。ガンガンと外務省に圧力をかけてきたのだ。
 進退窮まった外務省幹部の出した結論が安保条約の運用で乗り切ろうという強行突破である。国民に対しては、如何に彼らが反発しても、最後は政治で押し切ればよい。そう考えたのだ。こんな外務省に日本外交をまかせてたまるか。国民はそう思わなくてはならない。

   Foreign Ministry Officials Knew US- Japan Alliance Unconstitutional

  When US occupied Japan in 1945 she tried to disarm Japan and imposed the draft of a new Constitution which contains the unique article 9. The article 9 of the Japanese Constitution denies all kinds of the military forces for solving international disputes. This kind of peace constitution is the first one in the world.
  Although it is a historical fact that the Japanese Constitution is US made one, Japanese people, who were so tired of wars and the oppression by the militarism, welcomed this and maintained it since.
  Shortly after the Constitution was promulgated in 1947, however, the threat of the Soviet Communism was mounting in the Far East and the Communist China was born in 1949 and the Korean War erupted in 1950. US completely changed her mind and decided to make Japan a bridgehead in Asia against the Communism and asked Japan to sign the so –called US Japan Security Treaty in 1952.
Thus the history of the Japanese Constitution and the Japan US Security Treaty tells us they are contradictory in themselves. US should have asked Japan to abolish the article 9 and US could have done so if she wished. But US did not do so partly because she avoided the friction with the Soviet Union and partly because she was afraid of Japanese people's opposition.
This contradiction between the Japanese Peace Constitution and the US Japan Security Treaty has been the biggest headache of the Japanese governments. and a last this dilemma reached its limit when US asked Japan to join with the War on Terror. Indeed the War on Terror has nothing to do with Japanese security because it is a war of America, war for America and war by America against the anti-US resistant groups. Therefore joining such a war is 100% contradictry with the self defending war ,only which the Japanese Constitution allows.
The Nikkei Journal of 15ht January revealed the fact that the officials of Foreign Ministry of Japan were so astonished when they were informed of the outline of US request of reorganizing US military bases in Japan so that they can cope with the US War on Terror. It demands Japan to go far beyond the US Japan Security Treaty or even the Constitution itself. The officials, however, could not refuse this request. They did not even try to refuse it. Knowing they are violation the Constitution they accepted this and telling Japanese people that flexible interpretation and application of US Japan Security Treaty enable us to cooperate with US military operation within the Peace Constitution. What a lie!

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月17日

正しいことぐらい強いものはない

正しいことぐらい強いものはない

  この言葉は、1947年に文部省が発行した「あたらしい憲法のはなし」という教科書の、戦争放棄を解説する箇所の締めくくりのことばである。すこし引用する。

 ・・・これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。しかしみなさんは、決して心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません・・・

  「正しいことほど強いものはない」。この力強い言葉を、権力に不当にいじめられている世の中の人々に送りたいと思う。元大阪高検公安部長の三井環さんもその一人である。
  検察庁が、「調査活動費を裏金としてプールし、それを飲み食いなどに使っている」と三井さんから告発されそうになったのは02年だった。その検察庁はテレビ出演直前の三井さんを飲食接待などの余罪で逮捕した。大阪地裁は05年2月三井さんに有罪判決を下した。その控訴審が大阪高検で行われていた。その判決が1月15日に下った。そして当然のごとく大阪高裁は三井被告の控訴を退けて一審同様三井さんに実刑判決を言い渡した。
  私がここで言いたいことは、黒を白、白を黒としてしまうこの国の検察、司法の不正義についてではない。黒であることが認められても巨悪は何の咎めも受けずに放置されるというこの国の異常さである。
  大阪高裁の若原正樹裁判長は確かに三井被告を有罪と断じた。余罪でも罪は罪だというわけだ。いいだろう。ならば次は検察の罪を裁く番である。
  若原裁判長はその判決のなかで、「(検察の)調査活動費の不正流用は、検察の幹部だった被告が体験した範囲の中で、事実だったと言わざるを得ない。被告が報道機関に公表することを当時検察庁が憂慮していたと推測される」と述べているのだ。これは見逃す事のできない判決である。大阪高裁は検察庁の裏金の事実を認めたのだ。そうであれば次は検察庁の裏金の有無に絞った調査が行われ、検察幹部が処罰されなければおかしい。メディアはここのところを大きく報道し追及していかなければならない。それにもかかわらずその動きはまったく見られない。
  外務省、警察、地方政府などの裏金事件は検察が検挙した。しかし検察の不正は誰も検挙できないのだ。こんな馬鹿げたことがあるか。検察の悪の追及は最後は政治とそれを動かす世論の役目だ。しかしその政治は、「検察首脳は小泉政権に泣きついた。その見返りに小泉政権の悪に目を瞑るという裏取引をした。彼らはけもの道に足を踏み入れたのだ」。これはかつて三井氏が雑誌の対談で私に語った言葉である。
  政治に期待できないのであれば世論の手で検察を裁くしかない。今こそメディアの姿勢が問われる。古舘伊知郎よ。報道ステーションでこの問題を取り上げてみろ。隣に座って偽善者ぶった解説をしている堀田力元検事に真相を問いただしてみろ。喋らせてみろ。元法務省官房長の彼は全てを知っているはずだ。それができないメディアならメディアもまた同罪ということだ。
  私は最後にもう一度繰り返したい。正しいことほど強いものはないということを。この言葉を、権力の犠牲になって悔しい思いをしている人たちに捧げたい。この言葉を、権力に守られて逃げまどっている不正義な連中の良心のうずきに投げつけたい。

 Is Japan a Country of Justice or a Country of Law of Jungle ?

Almost 5 years ago there was an incident that one of the high- ranking public prosecutors, named Mr. Mitsui, was arrested for minor crimes. As a matter of fact he was arrested just before he appearred in the TV program to reveal the organized secret fund which so many senior public prosecutors misused for their private wine and dine.
Mr. Mitsui was tried and judged guilty in 05 at a district court. Mr. Mitsui appealed and he has been tried again at a higher court. On 15th January the higher court passed judgment and supported the judgment of the district court which decided Mr. Mitsui guilty.
The significance of the judgment of the higher court , however, is that the chief judge stated clearly in its decision that the fact of misuse of the secret fund did exist at the same time.
Now it is the turn of the Prosecutors Office itself to be tried and judged. But strangely enough neither the politicians nor the media take action to bring the Office to the court. It is said that Prime Minister Koizumi and the head of the Prosecutor’s Office made a deal to the effect that the Koizumi Government overlooks the crime of the Prosecutor’s Office and in return the Prosecutor’s Office will overlook the politicians’ crimes under the Koizumi regime.
It is the role of media to impeach this collusion between the Government and the Prosecutor’s Office as a last resort. But the media iseem to be afraid of fighting against the Power. Thus people are left unaware of this ugly scandal and the crime of the Power is left unpunished. What a country!

 

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月16日

公明党は本当に平和の政党なのか

公明党は本当に平和の政党なのか

  公明党は本当に平和を希求している政党なのか。これは私の言葉ではない。創価学会員が問いかけている言葉である。
  私は公明党やそれを作りだした創価学会に何の関係も持たない国民の一人である。好きも嫌いもない。良いも悪いもない。関心すらない。
  しかし、戦争国家米国の違法なイラク攻撃を無条件で支持した小泉政権を5年半も支え続けた公明党となると話は別だ。理不尽な米国のイラク攻撃と占領の犠牲になって死んでいった無辜のイラク人の怒りと悲しみを思うたびに、ほとばしる怒りを感じる。戦争犯罪者ブッシュに加担した小泉政権と公明党を、歴史はいつか必ず断罪すると私は信じている。
  そう考えるのは私だけではなかった。創価学会員にも同じ考えの人がいるのだ。以下は私に寄せられたメールからの引用である。

・・・公明党は本当に平和を希求している政党なのでしょうか?公明党は今まで金看板にしてきた平和、福祉、清潔、人権、教育、生活者の政治、庶民の味方、そして人間主義。
果たしてこれらを本当に実行している政党なのでしょうか?
私は大嘘だといわざるを得ません。一つ一つ挙げて論証したいがここでは公明党の言っている加憲について一言いっておきたい。
  このいい加減さに私はあきれています。加憲は即改憲です。護憲ではありません。
特に憲法9条に国際貢献の条項を加えれば、武力を持つ軍隊を政治に利用するということになります。
これは戦争する国になると世界に向かって宣言しているのと同じです。
これが公明党のやろうとしていることです。
  自分のしている創価学会の教義、哲学、思想から考えて、それでいいとなるだろうか。ここをよく考えて、創価学会員は政治参加、政治行動をしていただきたい。
  幹部が言うから公明党を支援すると言うことはもうやめるべきです。
  自分の頭で考えて政治行動をしてください。私もそうします・・・

 このメールを私によこした学会員は実名と住所、連絡先のすべてを明らかにしたうえでこう創価学会の信者たちに訴えているのである。その勇気に私は敬服する。その気迫に感動すら覚える。
  「幹部が言うからといってそれに従うのではなく、自分の頭で考えて行動しよう」
 この力強い宣言のなかの「幹部」と言う言葉は多くのものに置き換えられる。国家、組織、上司、世論、他人の目・・・我々はおかしいと思いながら沈黙してしまっているのではないか。それに慣れてしまっているのではないか。
  「自分を信じよう。少なくとも私はそうする。」
  今の日本人に一番必要なのはこの信念である。私はこのメールを寄せた見知らぬ創価学会員に心底勇気づけられた。日本の将来に一条の光を見る思いがしたのだ。


        Is the Komei Party(Komeito) Really a Peace-Loving Party?

   The Komei Party(Komeito) or Buddhist Party has been a political Party making a coalition government with the Liberal Democratic Party since 1999.
   I have nothing to do with the Komeito. I neither support nor oppose it. I am not even interested in that party. But the Komeito supported the Bush’s War on Iraq. This I never forgive on behalf of innocent Iraqi who were killed by the unlawful, inhuman violence of Bush.
Is the Komeito, which boasts of its Buddhism teaching of mercy and humanism, really a peace-loving party? This is not my question but the question from one of the members of Sokagakkai, one of the Buddhist sect, which created the Komeito. He sent an E-mail to me and I would like to introduce you the gist of it;

・・・・Is the Komeito really a peace-loving political party? I was taught that it attaches importance to peace, welfare, cleanness, human rights, education, standing on the weak, humanism etc。 Is the Komeito really trying to achieve these goals? I think they are big liars. They cheat us ・・・Among all, what I cannot accept is that the Komei Party supports the LDP which hastens to alter Peace Constitution Article 9. Insisting to alter the Article 9 is equal to declaring to the world that Japan is going to war with US. This is what the Komeito doing and this is not what the Sokagakkai doctrineteaches us. Don’t obey blindly what the superior says. Let us think by ourselves and find what is correct and what is wrong. At least I will ・・・

When I received this mail I was so impressed and encouraged. What Japanese need today is this self- dependent, courageous attitude. I thought there is still a hope that Japan will resume its strength and become again Japan which used to be.


Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月15日

数字が示した国民経済の厳しさ

 数字が示した国民経済の厳しさ

  内閣府が12日と13日に発表した「国民経済計算」と「国民生活に関する世論調査」の三つの数字は、この国の国民生活の厳しさを端的に示している。
  一つは2005年の日本人一人当たり名目国内総生産(GDP)が、経済協力開発機構(OECD)30カ国のなかで前年の11位から更に後退し14位に下がったという数字である。日本人の一人当たりGDPが世界一であったのは1993年であった。それを我々は誇っていた。それがわずか12年で14位にまで下がったのだ。これからも下がり続けるに違いない。
  もう一つは2005年度の家計貯蓄率が過去最低を更新したという数字だ。家計の可処分所得のうちどれだけ貯蓄に回ったかを示す数字が家計貯蓄率である。それが八年連続で減少し3.1%にまで落ちたという。ピークの1975年度は23.1%だった。そういえば日本人の貯蓄性向が世界でも有数に高いと我々はさんざん聞かされていた。それが黒字を溜め込む日本人の悪しき性癖であるとして、もっと消費しろ。米国から物を買えと、時の総理が国民に訴えていた。その日本人が今では米国(マイナス0.4%)、豪州(マイナス2.9%)などを別にして、OECD諸国のなかで最も貯蓄率の低い国民になってしまった。因みにフランス(11.8%)、ドイツ(10.6%)、イタリア(同じく10.6%)などいずれも10%を上回っている。
  これは貯蓄好きの日本人が米国を真似て消費に走ったということではない。若者は貯蓄したくても出来ないのだ。一般家庭は貯蓄を取り崩して生計を立てざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
  三つ目は日常生活で不安を感じる人が過去最高の67.6%に達したという数字だ。そして悩みや不安を抱く半数以上の人が「老後の生活設計」を挙げたという。政府への要望に関しては7割以上が医療、年金などの社会保障制度の改善を求めている。
  なにがいざなぎ景気を超える最長の好景気だ。大企業中心のマクロ指標で景気回復をアピールしたところで寒々とした国民生活の実態を誤魔化すことはできない。
  その一方で高収入を得ている国民も増えているらしい。テレビに出て権力批判の振りをしている同じような顔ぶれのキャスター、評論家,タレントは間違いなく高額所得者だ。こういう連中がもっともらしい事をいくらテレビの前で喋ったところで白々しい。
  これから国民の暮らしはますます厳しくなっていくに違いない。希望の持てない若い世代、会社に縛り付けられ自由な言動のできないサラリーマン、一生働いた後で定年者に残された物は老後の生活や疾病、養護の不安である。こんな馬鹿なことはない。ここまで国民生活を崩壊させたこの国の政治とは一体何なのか。国民を分断させて国民を抵抗できなくさせる権力者の悪政に国民はそろそろ本気になって気づかなければいけない。

Statistics Shows life of Japan Has Been Certainly Worsened

  The Government of Japan announced recently the interesting statistics that show so clearly how much the life of Japanese people has been deteriorated in last ten years.
  Firstly the rank of Japanese per capita GDP has been continuously dropping among OECD countries and it went down to the 14th in 2005. Japan in 1993 boasted of the biggest per capita GDP in the world.
  Secondly a rate of savings (savings/ disposable income ratio) has been decreasing in last 8 consecutive years and it reached to 3.1% in the fiscal year 2005.
It has been said that Japanese people look like ants busy with saving, while Americans look like grasshoppers busy with spending. Now Japanese people don’t have enough income to save. The rate of savings of other major countries of OECD are as follows: France 11.8%, Germany 10.6%, Italy 10.6%, US -0.4% and Australia –2.9%
 Thirdly the pole shows that 67.6%of Japanese people feel anxiety for their daily life and 70% of them worry whether they can receive enough medical insurance and pension after retirement.
 What happened with Japan who has more than 100 million honest and hardworking people? It is certainly the responsibility of the politicians and bureaucrats。They ate up all the assets which people saved with sweat and toil.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月14日

法を破る在日米軍。何も言えない日本政府

法を破る在日米軍。何も言えない日本政府

 1月13日の読売新聞に米軍へリポート問題の妥協が図られたという記事を見つけた。沖縄普天間基地のことではない。東京のど真ん中、六本木の青山公園内の国有地に居直る米軍へリポートのことである。果たしてどれだけの日本人がこの問題を知っているというのか。
 経緯を説明するとこうだ。
 在日米軍はかつて日本陸軍の施設があった六本木付近の土地を接収し、米軍基地のヘリポートとして使っていた。ところが環状3号線の六本木トンネル建設に伴いヘリポートが一時的に使えなくなった為、東京都は83年に西側に近接する青山公園の一部を代替地として提供し工事を進めた。その際、工事終了後にその代替地をもとの公園に戻すという協定を、日本政府、東京都、在日米軍の三者で結んだ。しかしトンネルが93年に完成したにもかかわらず、在日米軍は返還を拒否し今日に至っている。在日米軍の言い分は「周辺が高層化したので以前のヘリポートの場所では飛行の安全が確保できない」からだという。もちろん港区はクリントン大統領や駐日米国大使に返還の直訴を続けてきた。しかしまったく相手にされなかった。その問題がやっと日米両政府間で解決したという記事である。
 しかしこの読売新聞の記事が報ずる解決は噴飯ものである。何のことはない。米軍は臨時に提供された青山公園内のヘリポートを返還することなくそのまま使用し、かわりに隣接する米軍基地の一部を返還するだけなのだ。そして東京都はこの返還された敷地を公園として整備するというのだ。基地の早期撤去を求めてきた港区住民は「基地の恒久化につながる」と反発しているという。当然だ。
 それにしてもこの問題に対する日本政府の姿が一向に見えてこない。世界のどこの民主、独立国家で外国軍隊を首都のど真ん中の一等地に抱えて平然としている国があるというのか。しかも不法占拠である。米軍のヘリコプターが飛来する危険な場所に今更公園を造ってどうするというのか。
  在日米軍の、わが国の法を無視した傍若無人ぶりは、沖縄をはじめとした全国の基地受け入れ地域で、日常茶飯事で行われているに違いない。住民は苦しみ、怒り、そして泣き寝入りさせられてきた。しかし大半の国民はそんなことを知らない。自分の生活とは関係ないからだ。六本木という東京のど真ん中に米軍基地があることさえ知らない。ましてや十数年も不法占拠され続けているというのに。
 すべてはメディアの責任である。政府が隠そうとすることを報道し、「国民の知る権利」を確保することこそメディアの使命である。しかしそれを書かない。政府に嫌われるからである。中国には不必要に攻撃的な石原慎太郎も、米軍基地問題になるととたん黙り込む。それにしても在日米軍の非道を指摘するのが共産党だけというのはおかしい。在日米軍の不祥事を国民に知らせるのが赤旗だけというのではあまりにも淋しい。

Japanese Government who keeps silence against the unlawful US military in Japan

 The Yomiuri journal reported on Jan 13 that the Government of Japan and US finally agreed on the long standing US military heliport issue. This is not about the notorious Futenma heliport in Okinawa but the heliport in Tokyo, the capital of Japan.
  The US military which occupied Japan after the War seized the former Japanese military facility in Roppongi, the very center of downtown Tokyo and used it as a heliport of the US military. In 1983 Japanese Government and the Government of Metropolitan Tokyo provided another site adjacent to the heliport as a temporary one during the construction of a new highway, which was planned to pass nearby the heliport. At that time the Government of Japan , the Government of Metropolitan Tokyo and the US military in Japan signed the agreement which asks the US military to return the temporary heliport site to Japan when the highway construction be completed. In 1993 the construction was cpmpleted and the Government of Japan and Metropolitan Tokyo asked the US Military to return the temporal site as agreed. The US military, however, refused this request violating the agreement and has continued to occupy it unlawfully until today. In the meantime The Metropolitan Tokyo has been asking President Clinton, President Bush and US Ambassadors in Japan to return the site in vain.
The article of the Yomiuri Journal therefore makes readers happy at first when they read the headline at glance. But readers soon will be disappointed and then get angry. The new settlement allows the US military to continue occupying the temporal site. In return it hands over another less useful area of its base to Japan and the Japanese Government will build a new park there at her own expense. What a shameful compromise!



Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月13日

ホワイトカラーエグゼンプションとさらなる日本社会の崩壊

ホワイトカラーエグゼンプションとさらなる日本社会の崩壊

 また一つ日本の戦後の経済システムが米国の手によって解体されようとしている。ホワイトカラーエグゼンプションの導入である。これにより終身雇用制度はますます消えていく。
 この耳慣れない言葉がここに来て急速にメディアをにぎわすようになった。その意味をフリー百科事典ウィキペデアに基づいて説明するとこうだ。
 ・・・White Collar Exemption 労働時間規制免除。基準年収(一案として400万円)以上の収入のあるホワイトカラーに対し労働時間規制を免除する代わりに残業手当を支払わないとする制度。05年に日本経団連が提言し06年6月に厚生労働省が素案を作成。早ければ07年度の通常国会に関連法案を提出し08年度にも立法・施行される見通し・・・06年6月に公表された日米投資イニシアチブ(筆者註:01年6月にブッシュと小泉の間で設立)報告書の中で、アメリカ政府は日本における外資企業(米国企業)の収益性・効率性を上げるため日本の親米保守派に圧力をかけたと考えられる・・・
 余談であるが会社四季報を手にとって日本の上場企業の資本構成を調べてみると外資の入ってない日本の大手企業を見つけるのは困難であることがわかる。かつては外資の入っている会社は少なかった。なかにはキャノンなどのように過半数を外資に握られている企業もめずらしくない。テレビのコマーシャルで急に登場してきた米国の保険会社の宣伝は、政府の医療保険の削減の動きと見事に軌を一にしている。自己責任で医療保険に入れということだ。米国保険会社を儲けさせるということだ。
 なんでもかんでも米国の圧力のせいにするのは単純すぎるというそしりを受けるかもしれないが、それが事実であるのだから仕方がない。この国の政・官・業は信じられないほど米国の言いなりになって日本を解体しつつあるのだ。そしてその犠牲をまともに強いられるのがこの国の国民、それも弱者のサラリーマンなのである。
 1月12日の毎日新聞でこのホワイトカラーエグゼンプションを激しく批判している記事を見つけた。「発信箱」という囲い込み記事で中村秀明という若い?(写真で見る限りは)記者がこう書いている。
・・・こんな筋の悪い手を渇望するほど日本の経営者は追い詰められているのだろうか・・・「稼ぎの悪い社員の尻をたたいて国際競争に生き残るんだ」では露骨なので、「やりがいのある仕事と充実した生活を支援する」などと言っているが、最大の狙いは人件費の削減(残業手当の廃止)にある・・・こんなものを持ち出した結果、世のサラリーマンの士気はなえ、「安心して働けない」と思い始めている・・・これを機にむやみに会社に期待したり、すがったりするのはやめた方がいい・・・
 まったくその通りだ。終身雇用制度については負の側面もあったのだろうが、会社が雇用者やその家族の生活を保障しそれが日本の活力や安定した社会づくりに貢献したことは間違いない。満員電車に毎日揺られその一生をサラリーマンで終わる日本人を支えていたのは年功序列という安定した人生があったからだ。それが失われてしまったらサラリーマンほど馬鹿らしいものはない。
さりとてサラリーマンを辞めても起業して成功する人は一握りだ。これからの日本を生きる若者は大変だ。もっとも年金や保険、介護手当てを削減される老人も不安だらけだ。日本国民は生きていく為に精一杯だ。国民はバラバラになった。分割して支配するというのは権力者の常道だ。いつの間に日本はこんな情けない国になってしまったのか。
 日本の崩壊が米国の意向に従う親米保守の政・官・業の結託によって行われているとしたら、まさしく売国奴という言葉は彼らにある。意識をせずにそれをやっているとしたら彼らは度し難い間抜けだ。
 

White Collar Exemption will be another hammer to destroy the Japanese traditional system

Suddenly an unfamiliar word of White Collar Exemption is appearing almost every day in Japanese media.
According to many economists and analysts this phenomenon is merely another result of US- made destruction of Japanese economy and society.
The introduction of White Collar Exemption is meant, according to the Ministry of Health and Labor and the Japan Business Federation, to make companies’ labor practice more effective and fair so that Japanese companies will be more competitive amid the mounting globalization. Workers can legitimately leave offices freely. In return companies don’t have to pay any overtime to workers even if they stay at offices to continue their unfinished work.
Many salaried workers, however, oppose to this new system because it might impose them extra pressure rather than reducing workloads. They are suspicious that the new system is meant for merely cutting overtime .
This system will certainly destroy a traditional life –time employment system of Japan which has been already eroded by many US style business practices introduced under the Koizumi’s 5 years and a half regime.
Indeed a life –time employment system helped companies to take care of their employees and family. Workers in return dedicate themselves to their companies’ success. This parents- children working relationship made Japanese economy and society strong and stable.
If Japanese politicians, bureaucrats and business leaders destroy Japanese good practice listening to the requests from US, not the people of Japan, they deserve being called trators.
As a matter of fact it is revealed that White Collar Exemption was proposed in the 06’s report of the Japan US investment Initiative which was established by PM Koizumi and President Bush in 01!

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月12日

沖縄科学技術大学院の不祥事から目を離すな

沖縄科学技術大学院の不祥事から目を離すな

 閣僚の政治資金不正支出問題はかつての年金未納問題の様相を呈してきた。皆がやっているのだ。民主党の松本剛明政調会長までやっていたらしい。これでは民主党は追及できない。かくて大騒ぎの後で民主・自民の取引による沈静化がはかられることになる。
 しかし安倍内閣の閣僚の疑惑は政治資金不正支出だけではない。ほとんど報道されることはないが沖縄科学技術大学院の不祥事は安倍政権を倒すほどの深刻さを秘めている。もっともマスコミが安倍政権を本気で倒す気があればの話であるが。
 1月9日付の朝日新聞は03年に開学準備が始まった沖縄科学技術大学院大学について準備が難航していることを報じている。この大学院の設立構想は政府による沖縄振興策の目玉の一つとして01年に発案されたもので、生命科学を中心とする世界最高水準の研究拠点を目指すというものである。しかし現在に至っても研究者集めの見通しが立たず政府は困惑しているという記事である。
 これだけでは何の変哲もないつまらない記事だ。ところがこの朝日の記事に先立つ12月はじめに沖縄タイムスと読売新聞が、初代学長候補の給与疑惑をすっぱ抜いた。すなわち初代学長候補として準備組織(独立行政法人・沖縄科学技術研究基盤整備機構)の理事長に据えられた英国人シドニー・ブレンナー氏(79)が、独立行政法人の理事長は「常勤」でなくてはならないという規則にもかかわらず05年の9月の就任以来わずか63日しか勤務していなかった事実を報道したのだ。それにもかかわらず他の理事長並みの1760万円もの年俸が支払われていた。因みにブレンナー氏は02年のノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学の第一人者で、沖縄科学技術大学院構想の「金看板」として政府が担ぎ出した人物である。この報道の直後にブレナー氏は理事長を辞任すると発表、その後再びこの発言を撤回するというアタフタぶりだ。もっとも彼には罪はない。著名人を担ぎ出し、規則を曲げてまでそれを利用して沖縄科学技術大学院を強引に推し進めようとする政府の責任が問われるべきなのである。
 しかし本当のスキャンダルはこの程度ではない。そもそもこの大学構想は01年に当時の沖縄・科学技術担当大臣の尾身幸次が提唱した極めて政治的な背景のあるものだ。沖縄振興といえば米軍基地問題を押し付ける「飴と鞭」の飴である。金をばら撒いて沖縄住民を分断させる卑劣な政策だ。その飴を政府の担当要人が食い物にしていたとすればそれはもう畜生にも劣る仕業であろう。
 その疑惑を昨年の週刊文春11月16日号と本年の週間新潮新年特大号(1月4日・11日号)が報道していた。すなわち週刊文春は尾身大臣の私設秘書が地元業者から金銭を受け取って関連事業を斡旋したという関係者の証言を紹介した。週刊新潮に至っては財務大臣でありながら大学建設の予算獲得のノウハウを関係者にこっそり教えていたという疑惑を内閣府の極秘メモのコピーまで載せて書き立てている。おまけに沖縄の建設業界に娘である尾身朝子の選挙支援までさせていたらしいと報じている。更にまた尾身自身が某NPOの理事長を兼任しており「兼任を禁じる大臣規範」違反の疑いがあることまでも週刊新潮は指摘している。
 要するに疑惑だらけなのだ。この尾身疑惑を大手メディアが本格的に取り上げるだろうか。そうなればて国民の関心が集中して安倍政権に激震が走ることであろう。果たして大手メディアは権力と手を繋いでいないか。沖縄科学技術大学院から目を離してはならない。

More Scandals Await Mr. Abe

Mr. Abe is now enjoying his sightseeing tour in Europe。But as soon as he returns to Japan he has to face with the problem of scandals of his Cabinet members’ misuse of political funds.
I don’t know how strict the regulation of prohibiting the use of political funds for other purposes than political activities in other democratic countries but in Japan politicians seems to evade freely from that regulation. They don’t report how much and where they receive funds. They don’t report for what purposes they use funds.
It seems that the coming out of the misuse of political funds by the major ministers of Abe’s cabinet is supposed to put Mr. Abe in a difficult position at the beginning. But I start thinking that Mr. Abe might escape from this crisis because it now turned out that so many politicians including opposition party’s big shot have committed similar misuse. When everyone commits a wrongdoing, then it means no one commits a wrongdoing.
Another scandal, however, is smoking and this scandal might be far more
serious and vicious so that it might develop into a fatal one if the
media will report and the awareness of public opinion will become wider.
Two Japanese weekly magazines Bunshun and Shincho reported in its 11/16 edition last year and 1/4-11 edition this year respectively about the misconduct of Mr. Koji Omi, the Minister of Treasury concerning the setting up of a New Okinawa University of Science and Technology.
When it comes to Okinawa the issue of US military Bases is a headache of consecutive governments and lots of tax-payers’ money has been poured into Okinawa in order to silence the voices of protest against US Bases.
The magazines cast the doubts that Mr. Omi, who is at one time the Minister in charge of the Okinawa Issue and now the Minister of Treasury, might have distorted that budgets for his own interest.
Strangely enough Japanese major newspapers have ignored these reports so far. But since the beginning of this year The Yomiuri Journal, one of the major and pro-government papers, starts writing about this issue. If other papers follow the Yomiuri and this issue will be more focused, the scandal of Mr. Omi will be emerging. It might be a fatal blow for Mr. Abe. Let us keep eyes on the development of the issue of the setting up of the Okinawa University of Science and Technology.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月11日

北京で開かれた二つの経済協議

北京で開かれた二つの経済協議

 評価したい記事を見つけたので紹介したい。1月10日付の朝日新聞「気流」というコラムで吉岡桂子という記者が昨年末に立て続けに行われた米中協議と日中協議の緊張感の違いを見事に指摘したのだ。その要約私なりにまとめると次の通りである。
 昨年12月14日―15日の両日、初めての「米中戦略経済対話」が北京で開催された。米国からポールソン財務長官を団長に7人の閣僚とドルの番人、連邦準備制度理機会(FRB)議長らがやってきた。温家宝首相が「歴史的意義を持つ重要な事件」と評し、双方数十人が参加する会議だった。胡錦涛国家主席も米側代表と会見する厚遇ぶりを見せた。その背景には、米国側は人民元切り上げを迫る米国議会の圧力、そして中国側はその米国の圧力に対する緊張感があった。経済規模がいずれ逆転するとも予測される米中両大国が、経済にとどまらず世界にどう関与していくかを模索する緊張感みなぎる米中協議に違いない。人民元問題では合意は見られなかったものの、両国はその成果を誇示しエールを交換した。それを世界が注目した。
 そのわずか4日後に同じく北京で「日中経済パートナーシップ協議」なるものが開かれた。中国産の農産品をめぐる貿易摩擦をきっかけに始まったこの協議は今年で5回目になる。ほとんど注目されることはない。団長は日本側外務審議官と中国側商務次官補という事務レベルの協議だ。今回の成果と言えば、「事前に問題点と回答を紙に書いて出し合うことにより今後の協議の効率化をはかる事を合意した」(外務省筋)ということらしい。緊張感はまるでない。日本側には米中のような閣僚級の経済対話の設置を期待する声もあるというが、米中間ほど差し迫った課題がないという理由で中国側は消極的だという。この二つの会議の緊張感の違いこそ米国にとっての中国と日本の重要性の違いを物語る。
 まったくその通りである。実は私は「米中戦略経済対話」が開かれているその時にたまたま北京に滞在していた。中国のメディアが連日これを大きく報道していた。それを見ながら21世紀は日本の頭越しに米中の駆け引きが急速に進んで行くに違いないと感じた。

 Two Economic Meetings in Peking

Last December Two Economic Meetings were held in Peking. One is the US China Strategic Economic Dialogue( Dec.14-15) and the other is Japan China Economic Partnership Consultation( Dec.19-20).
The names of these two meetings look like similar but their substance are far from similar. The differences of meetings, as a matter of fact , shows so clearly that the roles of China and Japan to the world ecomony are reversed in future.
The US China Dialogue is the first one of this kind. If we look into the names of members of the US delegate, we can see how much importance the US Government attaches to this Dialogue. The US sent 7 Secretaries including the Treasury Secretary Henry Paulson as a head. Chairman Bernanke of the FRB was also included. China welcomed this delegation arranging the meeting between the delegate and President Hu Jintao.
The main theme of this Dialogue was, of course, the issue of evaluation of Chinese Yuan which the world economy is watching with immense interest. Although US and China did not agree totally, they demonstrated to the world that they continue to be good partners admitting the differences of each other. This is a kind of declaration that US and China will be main players in the 21st century not only economically but in more wider area of the world issues.
On the other hand the Japan China Economic Partnership Consultation, which was held 4 days later, is in fact an official–level meeting started 5years ago aiming at solving then surging Chinese agricultural products into the Japanese market.
According to Japanese officials the main result of this time meeting was that both sides appreciated the practice of exchanging requests and responses beforehand in written form so that consultations can be effectively proceeded. No wonder media did not pay attention to this consultation.
These two consultations seem to symbolize the future role of China and Japan towards world Economy and subsquently the shift of interest of the United States of America from Japan to China.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月11日

閣議より外遊を優先する安倍内閣の閣僚たち

 閣議より外遊を優先する安倍内閣の閣僚たち

 今に始まった事ではない。国会閉会中は寸暇を惜しんで政治家は外遊する。そんな時こそ勉強に励んで少しでもまともな政治家になるよう努力すべきであるのにこの国の政治家は違う。税金を使って海外旅行にいそしむのだ。正月気分の抜け切らない通常国会前の1月、ゴールデンウィークの5月、盆休みの8月などは外遊のために日本の政治はストップする。
 それにしても閣僚のほとんどが外遊したために閣議が開けなかったというニュースを聞いてあきれた。安倍内閣になってからというもの政治は緩みきっている。主要閣僚の不規則発言は垂れ流し状態だ。政府の方針に反して訪朝する山崎拓を安倍政権は止められない。不快感を示すことで精一杯だ。そして今度の閣僚の外遊ラッシュによる閣議中止である。こんな緊張感のない内閣は珍しい。安倍首相は舐められているのだ。
 外遊しなければならない仕事があればいい。しかしはじめに外遊ありきでその後に訪問国が選ばれる。そしてその後に「訪問の成果」を考え出すのだ。このいかさまを嫌というほど見てきた元外務官僚が言うのだから間違いない。
 情けないのがメディアだ。総理、外相の外遊には多くの記者が同行する。どうせ記事になるような成果が無いとわかっていても他社との横並びで同行せざるを得ない。そして書くことがないから外務省の広報をそのまま報道する。だからテレビも新聞も表現まで同じニュースになる。
 笑ってしまったのは1月10日の各紙の社説である。「アジアに目を向けさせよう」(毎日)、「首相、外相が手分けして欧州を回る意味」(日経)、「視野を広げる機会に」(朝日)、「新たな視点で(欧州との)連携を強めよ」(読売)などと何れも外遊を評価している。日本の主要紙がここまでこぞってちょうちん記事を書く必要があるのか。「税金の無駄はそろそろやめろ」と正論を書く新聞が見当たらない。
 「対米一辺倒ではない姿勢を示しつつ、将来に向けた日本の味方を増やすのが狙い」(外務省幹部)だって?(1月11日朝日新聞)。とんだウソだ。米国へ行きたくてもブッシュはイラク問題で行き詰まって安倍なんかを相手にしている暇はないのだ。
 だからと言って欧州に行って何になる。英国ブレアと拉致問題を話して意味があるのか。ドイツのメルケルと国連安保理理事国入りへの提携継続を確認しただって。懲りずにまだこんな事をやっているのか。日本の首相がNATO本部で演説をすることにどれほどの緊急性があるというのか。昭恵夫人と博物館を訪問しているニュースのほうがはるかに正直だ。帰国後に待っている閣僚のスキャンダルに備え息抜きの観光旅行をしているのだ。

Too Many Ministers‘ Overseas Visits Canceled the Cabinet Meeting

I don’t know whether other countries have a similar practice or not, but in Japan it has been a bad routine for politicians to make unnecessary overseas sightseeing tours when the Diet is closed. January (a new year holiday season), May (so-called a golden week), August (The dead coming home festival of Buddhism) are , among all, the typical season for their tour.
This week, however, almost all main ministers of the Abe’s Cabinet vacated Japan and the regular Cabinet Meeting had to be cancelled. Japanese media does not criticize this because they are accomplices accompanying the tour and report government-manufactured propaganda.
Japanese people are too gentle to get angry at the misuse of tax payers’ money. Indeed, Japan is a paradise for politicians.
 

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月10日

防衛省昇格の真の犠牲者は自衛官だ

2007-01-10

 防衛省昇格についてはこれまで随分書いてきた。しかしやはり記念すべき防衛省の発足日だからあらためて一言書いておきたい。

 防衛省ができることは、単なる名前の変更や行政組織上の格上げということではない。自衛隊が軍隊となりその軍隊の海外派遣が主要任務になるということである。憲法逸脱が大手を振って通ることである。これについては既に書いてきた。

 勿論憲法9条が改正されない限り表向きには集団自衛権の行使という事にはならない。防衛省もこの事を強調している。しかし小泉以来の自民党政権では憲法9条を踏みにじった米国従属の政策が急速に進んだ。今更後戻りできないほどに。これからは次々と驚くべき米軍への協力が求められていくことであろう。

 平和主義者が悲しみ、左翼が憤ってみても、今の日本の政治状況では改憲さえも時間の問題とあきらめたほうがいい。もっとも私は個人的には、安倍首相がいくら張り切ってみても改憲はそう簡単にできるものではないと思っているが、それさえもこの国の国民次第だ。これはやはり大変なことなのだ。

 しかしここで書くことはそんなことではない。その危惧は護憲政党や左翼に任せて置けばよい。ここでは日本の政府当局者が内心一番困惑している事を喝破したい。

 自衛隊の海外派遣が主要業務になったということは自衛隊がいよいよ戦場に行くことを迫られるということだ。防衛族や防衛官僚は「悲願が達成した」などと喜んでいる。この歴史的瞬間に偶然防衛大臣をやっていた久間などは、「イラク戦争支持は政府の方針ではなく小泉が記者に喋ったことだ」とか「普天間基地移転の合意は変更することもありうる」などという発言を繰り返し、政府や米国の反発を買うほどの軽率な男である。その男が幸運にも防衛省昇格時に大臣をさせてもらった。その幸運を素直に喜び臆面もなく看板の字を自ら書いて歴史に名前をとどめようとしている。制服組の幹部も喜んでいるかもしれない。外務省は「自衛隊の活動はいまや外交になった」(大野功統元防衛長長官、1月8日日経新聞)などという言葉を聞いてついに防衛省に権限を侵食されるかと苦々しく思っているだろうが、米国従属の外務省だから米国が喜ぶことは何でも従う。喜ばざるを得ないのだ。

 このような為政者のノーテンキな喜びの影で一番困惑しているのは自衛官に違いない。そしてその自衛官の事を考える良心的な自衛隊幹部である。なぜならば自衛官こそが米国の戦争につきあわされて人を殺し、殺されることになるからだ。防衛族や官僚などはたとえ戦争が起こっても戦死することはありえない。一番先に逃げる連中だ。制服幹部にしても部下を死なせないと体を張って守る者は稀有であろう。自らも後に続くと言って若い特攻隊を死なせて置いて逃げた戦前の軍部を思い起こすだけで十分だ。彼らもやはり戦争の犠牲からは程遠い連中だ。
 
 日本と日本国民を守る戦争に殉ずるのであればあきらめもつく。愛する家族を守るために死んでいく勇気がある自衛官には敬意すら抱く。しかし彼らが駆り出される戦争は決して日本を守る戦争ではない。家族を守る戦争ではない。日本とは何の関係もない米国の戦争のために戦場に駆りだされるのだ。こんな馬鹿げたことはない。それがわからない自衛官は愚かだ。わかっていてケツをまくらない自衛官は情けない。
 
 この不条理を一番良く知っているのは自衛隊自身だ。「自衛隊の海外活動はこのまま進んで本当にいいのか。犠牲者がでたらどうなるのか」。これは一線を退いた先崎一前統合幕僚長の言葉だ(1月8日日経新聞)。殺す事を考えずに殺される事しか念頭にないところが苦笑させられるが、先崎のこの懸念こそ実は自衛官の本音である。
 
 実戦体験のまったくない日本の自衛官は実は戦場で死ぬ覚悟はない。サマワで人道援助にこだわったのも、米軍の後方支援に徹しているのも、それが憲法9条の制約であるからと格好良いことを言っているが、他国の軍隊のようにもしバクダッドで米軍と一緒に戦っていたら間違いなく無実のイラク人を殺し、反米イラク人に殺されてしまうから逃げたのだ。ブッシュのプードルである小泉さえもバクダッドに自衛隊を出して一緒に戦えと求められたら断ったに違いない。
 
 いっそのことできるだけ早い段階で米国が日本政府に対しテロとの戦いに自衛隊を出せと言ってくればおもしろい。米国盲従の外務省は右から左に米国の命令を防衛省に伝え自衛隊を出せと言うだろう。防衛省は断るだろう。安倍政権は米国の要求を呑めないであろう。
 
 自衛隊の成り手がなくなり徴兵制が復活することを懸念する護憲論者がいる。しかし自己中心の快楽主義に慣れきった今の日本人は徴兵制を認めない。こればかりは右翼でも反抗する。自分の息子を米国の戦争で殺したくないからだ。そんな国民を相手に今の政府に徴兵制を強制する力はない。
 
 残念ながら米国は現実にはそんなことを言ってこない。何故ならば自衛隊を戦場に出せといえば日本は安保条約を破棄すると言い出しかねないからだ。米国にとっては日本の基地と金さえ確保できればいいのだ。いじめすぎて金の卵を失っては元も子もないからだ。
 
 かくして防衛省は戦場に行かない軍隊を持って喜ぶ事になる。世界から見たらこれほど恵まれた軍隊はないに違いない。なにしろ戦場に行くことなく、子供だましの給水活動や人道支援活動という名のばら撒きに終始できるからである。戦地に赴く日本の自衛隊は、安全なところに身を潜めて贅沢な生活(手当をはずみ、風呂、日本食、ビール、娯楽設備、インターネットなど好き放題にあてがわれる)を送れるからである。もっともこの実態を世界の兵士が知ったら笑い、さげすむであろう。
 
 防衛省昇格をいたずらに懸念するよりもお手並み拝見と決め込んだほうが面白いのである。

At Last Japan Has Its Ministry of Defence

On January 9th, 2007 the Defence Agency of Japan became the Ministry of Defence of Japan.
This is a historical event from the eyes of those who know the Japanese political history after WW2. Let me explain very briefly the post war history of Japanese defence policy.
Japan was occupied by the Allied Powers led by US after she surrendered in 1945. The Japanese, who were so tired of war and militarism, welcomed USmade peace Constitution(Article 9) which disarms Japan totally. Even after US changed her mind and dictated Japan to rearm again to cope with the mounting threat of Communism in the Far East, Japanese called it not the Military Forces but the Self Defence Force and put it under the control of the Defence Agency which is one rank lower than other Ministries in the hierarchy of administration.
Although right wing politicians and bureaucrats are unhappy and tried to upgrade the Agency to the Ministry, the consecutive governments have been so afraid of the repellence of public opinion and hesitated to do so.
During the 5years and a half of the Bush’s poodle Koizumi’s regime, however, the atmosphere of Japan has changed dramatically. This change occurred partly because 9. 11 and the North Korean issue, partly because Koizumi’s strong popularity which allows him to do whatever he liked to do.
Taking advantage of this atmosphere Mr.Abe who succeeded Mr. Koizumi in last September passed the Law of upgrading the Agency in December against the protest of totally powerless opposition parties, i.e. the Communist Party and The Social Democratic Party.
The upgrading the Defence Agency does not mean the change of name and organizatio alone. More importantly the new law of upgrading the Agency enables the Ministry to dispatch it forces as a main assignment of Defence Forces.
Opposition parties, the leftist and peace loving people of Japan are worried that the Constitution amendment is imminent. But it is the ranks of the Defence Force who are more worried and upset. They are afraid to be ordered soon to go to the battle fields and fight the war against terror, which has nothing to do with defending Japan. Indeed it is so absurd to lose the lives for not defending their own country and people, families but for the war against the anti-US resistance.
In addition to this absurdity more serious problem will be soon revealed. Luckily enough Japan has not experienced any real war in post war period of 61 years. The ranks of Japanese Defence Forces , therefore, became so afraid to fight in real war. They are so afraid to lose their lives in the war. Japanese people as well became so pacifism that they will never allow the ranks to loose their lives.
What a country! What a Military Forces of Japan! It is interesting to watch what will happen after the Ministry of Defence was born and US will escalates its demand to the point Japan has to send Defence Forces to the real war of US.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月09日

「フセインの処刑に米国が反対していた」という報道の白々しさ

2007-01-09 ②

 ここにきて「実はフセインの処刑に米国が反対していた」という報道がしきりに流されている。最近では1月7日付けの米紙ニューヨークタイムズが事の次第を詳しく報道している。それによればこうだ。
 
 ・・・イラク政府が米国に死刑執行を通告してきたのは死刑執行の前日であった。しかもイラク駐留米軍と在イラク米国大使館の幹部を呼び出しフセインの身柄引き渡しを要求したというのだ。米側が反対したところイラク側は「これはイラクの問題だ」と怒り、「とにかく身柄を引き渡せ」と声を張り上げたという。最後はマリキ首相が出てきて「米国人はイラクの決定権を重視すべきだ」と迫った。これに対し米側は国際的基準に沿った手続きをとるように求めたが拒絶され、報告を受けたライス国務長官が最終的に「米国ができることはもはやない」と了承した。イラク首相府では米側の了承が伝えられる前から処刑を祝う夕食会を開いていた・・・
 
 こんな報道を誰が信じるというのか。そもそも今のブッシュ政権はいかなる国の意見にも耳を貸す事はない。ましてやイラク政策に関してはなおさらだ。しかもマリキは米国の傀儡である。そのマリキがここまで米国に強く出られるというのか。ライスがそれを許すというのか。そんなことはありえない。

 百歩譲ってもし米国が「当初は反対したが最後は降りた」ということが事実であるとすれば、所詮フセインの処刑など米国はどうでもいいと思っていたということだ。米国の利害にかかわる重大事について米国がマリキに譲歩する事はない。米国はイラクを占領中なのである。
 
 これはフセインの処刑に反発するスンニ派アラブや国際世論に慌てた米国が「米国は反対したがマリキがやったのだ」というアピールをしたのだ。メディアを使って情報操作をしているのだ。

 そしてもし米国がフセインの処刑がここまでアラブの反発を食らうと予想せずにあっさりとマリキの報復処罰に譲歩したとすれば、そしてそれが軽率だったと気付いて事後工作をしているとすれば、「米国はアラブの事をまったくわかっていない」という事実を今更ながら満天にさらしたことになる。
 
 いずれにしても米国のイラク占領は失敗でありもはやブッシュがどのような浅知恵をめぐらしても事態は悪化するばかりだ。米軍増強などという悪あがきを止めてブッシュは一日も早く自らの誤りを認め、汚名と世界の怨嗟を抱いたまま歴史から消え去るべきである。

 
Did Bush really oppose the execution of Saddam Hussein?

As criticism mounts among Sunni Arabs and International community against the execution of Saddam Hussein, the news that US was against the execution of Saddam Hussein circulates suddenly over the world. The latest one is that of the New York Times of 7th January. It reveals that US was against the execution but Maliki refused firmly saying, “ US should respect the sovereignty of Iraq”. Finally
Madam Conti yielded…

 This news, of course, was reported also in Japanese media and innocent Japanese believed that it was Maliki, not US, who hastened to kill Saddam Hussein.

 Who believes this? It is unrealistic that US cannot implement its foreign policy due to the opposition of other countries. In addition we must not forget that Iraq has been occupied by US and Maliki is a puppet of US. How dare Maliki refuse to hand over Saddam Hussein if US seriously asks him to do so?

 It seems to me that US appeals through the media that it was not US but Maliki who killed Saddam Hussein. US must have been embarrassed to know the protest from Sunni Arabs against the execution was stronger than expected.

 And even if it is true that US was reluctant to execute Saddam Hussein at that timing, US must have make little of the execution because Saddam Hussein had to be execute sooner or later. Saddam Hussein was a bad guy and he deserves the execution any way.

 In any case it is clear from the outset that Bush does not understand Arabs at all, and so long as Bush remains President of US the situation of Iraq deteriorates further. Bush should admit his mistake as soon as possible and disappear from the history with disgrace and Arab’s resentment.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月09日

米国の核開発に沈黙を続ける日本

2007-01-09

 1月7日の英紙サンデー・タイムズは、イスラエルが戦術核を使用してまでイランを攻撃することを考えていると報じた。その同じ日に米紙ニューヨーク・タイムズはブッシュ政権が総額1千億ドル(約12兆円)を投じて次世代の新型核弾頭を開発することを決定したと報じた。そういえばながらく不明とされてきたイスラエルの核兵器については昨年12月11日にオルメルト首相は訪問先のドイツのテレビインタビューで自国が核兵器保有国であることをついに認めた。それに先立つ12月5日、米国の新国防長官であるロバート・ゲーツは指名承認の上院公聴会でイスラエルを核保有国と言明した。

このような米国とイスラエルの「自分たちだけは許される」ともいうべき一方的な態度に触発されたのか、核開発を公言する途上国が続出している。昨年9月にはエジプトのムバラク大統領がチェルノブイル事故以来凍結していた核エネルギー開発の再開宣言を行った。湾岸諸国は12月12日サウデアラビアの首都リアドで開かれた湾岸協力会議首脳会議で「核ネネルギー技術を保有する権利を持つ」と声明した。来日したヨルダンのアブドラ国王は12月21日都内で開かれた経済界関係者との懇談で「核エネルギー開発」を進めることもありうる」と述べた。おまけに12月29日に英公文書館が公開した機密文書では70年代に台湾がフランスの協力を得て核開発をしようとしていたことまで明らかになった。

なぜ日本は核兵器廃止を世界に訴えないのか。米国の核兵器開発に沈黙し続けるのか。北朝鮮の核開発だけ脅威の全てであるかのように騒ぎ立てるのか。

私にはレバノンで聞いたパレスチナ難民の若者の言葉が忘れられない。「俺たちに核兵器があったなら、何のためらいも無く今すぐにイスラエルにそれをぶち込む」

このままでは核拡散は時間の問題である。米国・イスラエルがアラブを弾圧し続ける限りいつかは必ず核兵器は使われる。その時気づいても遅い。日本は大きな間違いを犯している。唯一の被爆国の責任を放棄している。唯一の被爆国の発言力を見くびっている。本気で米国に核廃絶を訴える事の出来る国は日本だけだ。それはまた世界の核保有国に対しても等しくの重みのある訴えになる。何をやっても上手くいかない今の日本外交の原因はすべて自主外交の放棄から始まっているのだ。


Why does Japan Keep Silent to the US nuclear threat?

On January 7th, the British paper, Sunday Times, reported that Israel plans to attack Iran even using strategic nuclear weapons. On the same day the US New York Times reported that President Bush approved the plan to develop Reliable Replacement Warhead, a nuclear weapon of the new generation.

Whether this blunt declaration of Israel and US, as if they alone are entitled to use nuclear weapon urges other countries or not, so many developing countries start saying they will develop nuclear technology as well. Egypt, Gulf countries, Jordan etc. It was revealed by the British secret document which was declassified recently that even Taiwan once tried to develop a nuclear weapon with the assistance of France.

Why does Japan, the first and the only victim of US nuclear weapon, keeps silent to the US nuclear threat which is the origin of nuclear threat of all? Why has Japan been fussing around North Korean nuclear development, which is supposed to be so primitive and even not yet confirmed?

Unless Japan says” No” to the US nuclear threat no country in the world believes Japan is a peace-loving country. This suspicion indeed deprives Japanese diplomacy of its strength and influence.

天木直人 被爆国の責任 核兵器
Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月08日

現実から遊離した朝日新聞の論説

2007-01-08

 朝日新聞の質が低下していると言われて久しい。私から言わせれば質が低下したというより権力にすりよってジャーナリズムの精神を捨てつつあるというほうが正確である。
 
しかし1月8日の中東情勢に関する特集記事を読む限り、確かに質も低下している。しかも救いがたいほどにだ。

「新戦略 イスラムと日本」と題する特集記事の中で、日本はもっと中東問題に関与すべきだと主張しているのだ。その限りでは正しい。しかし問題はその根拠と対策である。

日本は米国のようにアラブ民衆の嫌悪の対象ではなく、また欧州のようにユダヤやパレスチナなどとの歴史的しがらみもないからだという。おまけに対米同盟国として米国に直言できるからであるという。そしてこのような日本に対する中東問題への積極的な政治的関与は、レバノンのラフード大統領やシリアのアサド大統領も朝日新聞に明言していると言うのだ。

このような奇麗事の論説をよくも真面目な顔をして書けるものだ。これまでの日本外交が米国の不正義な中東政策に一言でも文句を言ったことがあったか。米国が日本の意見に耳を傾けた事があったか。日本がイスラエルのパレスチナ、レバノンに対する非人道的な攻撃に抗議したことがあったか。イラク戦争を支持して自衛隊まで送り込んだ日本を中東はどう受け止めたか知っているのか。

中東問題に貢献するどころか日本は米国、イスラエルの中東政策を支持し、片棒を担いできたのではなかったのか。

確かにアラブの人達は日本がもっと中東問題に積極的に関与して欲しいと言ったりする。私も何度も聞かされた。しかしそれらの言葉は米国に追従するしか能のない日本に対する批判である。日本が中東問題に貢献できると本気で思っている中東の国はない。彼らが日本に期待するのは、頼むから米国の横暴を抑止してくれということだ。しかもそう言った後で、米国に占領されている日本は我々と同じで米国には逆らえないだろうな、と同情される始末だ。

朝日新聞に言いたい。こんな論説を書くよりも、日本の中東外交は米国のそれから決別すべきであると正面から書くべきだと。ノルウェーのように独自の外交を見習うべきである。それこそ朝日が主張すべきことだ。


What Japan should do for the Middle East

It is said that the quality of The Asahi Journal, one of the most liberal journals in Japan, has been degraded these days. In my opinion it became less critical of the rulers rather than it became degraded.

Asahi’s article on January 8th, however, showed indeed that the quality of the Asahi journal has been degraded.

It says that Japan should play more positive role in Middle East peace.
Nothing is wrong with this appeal. The problem, however, is how Japan can achieve this goal and whether it is possible for Japan to do so at all.

It is no secret that Japanese diplomacy is under the control of the US, and that the Middle East is the most important area for the US because of Israel. How is it possible for Japan to take an initiative against the interest of the US? On the other hand, how can Japan play a significant role with the permission of the US Government?

The writer of the Asahi journal should have said that Japan should resume its peace diplomacy which is requested by her Constitution article 9, which is totally different from US gunboat diplomacy.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月07日

米国の「いじめ」にもがく日本

2007-01-07

日米同盟、日米同盟と自らに言い聞かせながら、日本という国は米国のいじめから逃れられないまま助けを求めているのではないか。そんなことをふと思わせる記事を見つけた。

1月6日の日経新聞は小さな囲み記事で、「普天間基地を名護市キャンプシュワブ沿岸へ移設する為の条件として日米間で合意したV字型滑走路の変更に米国政府は応じない」という小さな記事を載せた。

その翌日の1月7日の朝日新聞ではさらに大きな記事でこの問題を詳しく報じていた。米国防総省の東アジア担当主席部長というから課長クラスの役人だ。そのジョン・ヒル部長が日本の大臣を叱り飛ばしているのだ。

朝日新聞へのインタビューで次のように話したという。
・・・V字滑走路という現行計画は、そもそも一本だった滑走路を周辺住民の不満軽減のために日本側が言い出して合意したものだ。久間防衛庁長官が今になって変更の意向を示しても米国はこれ以上の変更は認めない・・・そもそも98年に合意した普天間移転が10年経った今も実現していないのは、日本側が計画を変更し再協議しようとしてきたからだ・・・もはやこれ以上の変更は認められない・・・

これは久間防衛庁長官が1月3日に外遊先のタイで、「米国と地元と政府が合意すればなんでもいい」と滑走路を一本に戻す事も含め政府案に固執しないと考えを示す発言をした事に対するものだ。この久間発言に慌てた日本政府は「久間長官も一本にするのは非常に難しいと言いたかったのだ」(塩崎官房長官)、とか「外務省とすり合わせていない。決まった話をひっくり返す事になる」(麻生外務大臣)などと打ち消しに必死だ(1月8日読売新聞)。

そもそも日米安保条約に基づく米軍基地の問題は、日本政府の「日米同盟は絶対だ」という決まり文句とは裏腹に、日本政府にとって最も頭を痛め続けてきた難問なのである。日本政府は国民である基地住民の負担、不満の軽減の為に、なんとか米国の不合理な要求をかわそうと腐心してきた。しかし米国の日本政府苛めはとどまるところを知らない。どんどんと要求がエスカレートしてきた。米国と住民との板ばさみになる日本政府は苦し紛れに二枚舌の合意を積み重ねざるを得なかった。その二枚舌がさらなる日本政府の困難をもたらす。その典型が普天間基地移設をめぐる十年来の交渉である。

普天間基地の代替地が名護市の辺野古にやっと決まったとしても安全や騒音軽減に対する住民要求に応えることは仲井真知事の公約である。その為に日本政府が思いついたのが一本の滑走路を日本に増やし離陸と着陸を分けるというV字型滑走路案であった。これを米側と合意したはずだった。しかしいつのまにか米国は離着陸の区別なく二本の滑走路を確保したと言いだした。莫大な予算を追加して何のために二本の滑走路を作る事にしたのか。これではやらずぶったくりではないか。

米国はこれ以上の変更は行わないという。仲井真知事は騒音や危険の軽減のために普天間基地を早期に閉鎖すると沖縄住民に公約している。V字型滑走路は認められないとしている。日本政府はどう対応するつもりであろう。目が離せない。

米国にいじめられる日本政府は結局はもっと弱い沖縄住民をいじめる他はない。日米同盟は永久に不変であるという日本政府の言葉は、「助けてくれ!」という日本政府の悲鳴のように聞こえる。日本は米国のいじめから本気になって逃れない限り、今に日本を殺すことになる。それとも日本政府みずから自殺せざるを得なくなる。そこまで米国の軍事支配といういじめは深刻になっているのだ。


Bullying US, Bullied Japan

The US request for military bases in Japan is so unreasonable and demanding as if US bullies Japan.

Among all, the transfer of Futenma heliport in Okinawa has been the greatest headache of Japanese Government.

Japanese Government, succumbed to the voices of Okinawa residents, decided to close it and courageous enough to ask US to accept. US accepted it on the condition that Japan builds better equipped heliport somewhere else.

The agony of Japanese Government started since then because it is not easy to find an alternative site within or without Okinawa. Unable to start building a new heliport almost 10 years have been wasted. At last US got mad and asked Japanese Government to find the site. When it comes of bullying the bullied has to obey whatever the bullying dictates and Japanese Government chose an alternative site within Okinawa without the consent of its residents. As a compromise Japanese Government promised them that the safety and noise issue be solved by building two runaways, so-called V runaways, one is soley for landing and another soley for taking off.

This was accepted by US or at least Japanese Government believed so and it explained Japanese people. To the surprise and embarrassment of Japan, however, US Government all of sudden announced both runaways be used freely.

It is natural Okinawa got mad and asked Japanese Government to re-negotiate with US Government. It was reported that Mr.Kyuma, Minister of Defence, said on January 3rd that V runaways might be re considered. Another reports said that as soon as US Government knew Kyuma’s comments it immediately denied any possibility of changing V runaways agreement. Prime Minister Abe and Foreign Minister Aso were so upset to know US unhappiness about Kyuma’s comments and hurried to deny them. The bullied Japanese Government has no other way but bullying eventually Okinawa residents accepting unreasonable demand of US Government.

It has been reported almost every day in Japan that bullying at school is a serious educational problem and government is urged to take necessary measures to prevent. It seems ,however, that Japanese Government has to tackle with its own bullying issues.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月06日

安倍の不人気と小泉の再登板

2007-01-06

 年末から起こったメディアの安部バッシングは目に余るものがある。たしかに安倍は頼りない。その言動も軽率だ。しかしこれは安倍という人間の馬鹿正直さあらわれだ。彼は小泉のずる賢さがないだけだ。

私はメディアが言うほどに安倍に批判的ではない。そもそも安倍は小泉の負の遺産をすべて引き継いで登場した。そして小泉が置き去りにした怨念政治から決別しようともがいている。非情でない安倍は小泉離れを徹底できないだけだ。小泉のようなあつかましさや乱暴さがないためにオタオタしている。それがさらにメディアの餌食になる。
 
確かにメディアが本気で安倍を潰そうとバッシングを続ければ安倍は危うい。その最大の危機はメディアが松岡と尾身のスキャンダルを本気で書き立てる時に訪れる。すでに新聞は松岡の秘書のあっせん利得疑義について書き始めた。尾身にいたっては週刊新潮新年特大号(1月4日・11日号)で予算折衝をめぐる疑惑や娘の選挙支援の疑義について大きく報じている。その他にも安倍政権の周りには中川秀直から始まって多くの重要閣僚の疑惑が間欠泉のように吹き出しては消えている。果たしてメディアはどこまで書きたてるのか。検察がどう動くのか。野党がどこまで攻めるのか。そして世論の反応はどうなるのか。
 
それにしても新年早々の新聞、週刊紙がポスト安倍について公然と書き立てるようになっては安倍も危ないのかもしれない。笑わせるのはポスト安倍の有力候補の一人が小泉であるということだ。

小泉再登板はありえない。その理由は単純だ。彼にはもはやその気力も能力もないからだ。誰が日本の首相になろうとも日本が直面している諸問題を解決する事は出来ない。それを一番知っているのは小泉だ。しかし内容のない人間ほど権力を手放した寂しさを痛感するものだ。暇をもてあますものだ。ひょっとしてオペラやワインに飽きた小泉が飯島や姉におだて上げられて「夢よもう一度」と再登板のスケベ心を出すかもしれない。その時こそ小泉は本当の恥をかくときだろう。

それにしてもアエラ1月15日号が書いている昨年暮れの小泉の会食風景には吐き気をもよおす。林真理子、奥谷礼子、野田聖子といった女をはべらせてワインをあけて会食を楽しんだというのだ。林真理子は女のミーハーな欲望を臆面も無く書き綴って浅薄な読者を集める売文業者だ。奥谷は若者を搾取する人材派遣会社の社長だ。労働者の人権など無視しろと公言している女だ。野田聖子に至ってはかつて週刊誌で小泉を馬鹿呼ばわりして小泉に切り捨てられた女だ。それが復党問題で小泉ににじり寄っている。この国の卑しい人間が集まって高いワインと会食を楽しむ。想像しただけでもおぞましい。

Abe and Koizumi

After 6 months since Mr. Abe took over Premiership from Mr. Koizumi the popularity of Prime Minister Abe has fallen sharply. The supporting rate of public opinion, which was 70-80% at one time, now hovers around 40%.

Although it does not seem Abe regime collapses immediately there are some omen which bothers Abe seriously. First is the potentiality of surfacing further scandals of his cabinet members. Second is the frequent report of the names of candidates who are supposed to succeed Mr. Abe.

It is almost a joke that the name of Mr. Koizumi , predecessor of Mr. Abe, is found among those candidates.

I will bet you that won’t happen simply because Mr. Koizumi will not and cannot assume the role of Prime Minister again. He destroyed Japan so badly during his 5 year and a half tenure to the extent that all evils will are gushing out from now on. Mr. Koizumi know this and he knows it is so absurd to reappear again as Prime Minister and tackle with those difficult issues.

If by chance Mr. Koizumi will try to become Prime Minister again succumbed to the lure of power
it is a time for him to humiliate himself. Let us see what will happen.

Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月05日

美しい基地の国ニッポン

07-1-05

 07年にこの国で起きる最悪の出来事の一つは「米軍再編」の名のもとで侵食されていく安倍政権の「美しい国」ニッポンである。
 
私は米国の「テロとの戦い」を無条件に支持した小泉元首相によって、日本が後戻りできないほど戦争国家米国に従属させられていくこと、そしてこの現実に日本国民が気付かないかぎり、いくらこの国の平和主義者が憲法改悪反対を叫んだところでむなしい、ということを機会あるごとに訴えてきた。しかし残念ながら防衛や安全保障という問題になると一般国民は関心を示さない。その間に国民の知らないところで日本が米国に軍事的に占領、従属化されて行っているというのにだ。
 
この恐るべき現実に週刊現代の新年初号(1月20日)が警鐘を鳴らした。巻頭のグラビア特集号は圧巻だ。写真は文章に勝る。いかに日本国民が日米軍事同盟の現実に無知であっても、このグラビアを見せ付けられておかしいと思わないものはいないだろう。戦後60年以上もたって、とっくに米国と対等な独立国となっているはずの日本が、ここまで米国に軍事占領されてしまったのだ。日本各地で米軍の実弾演習が大手を振って行われている。イラク帰りの米兵の実践演習をありがたく聞いている陸自隊員、もはや自由に往来する核搭載の米原子力空母を受け入れる横須賀(小泉前首相の地元だ!)、日本住民の家屋を押しのけて占領する広大な米軍補給施設などなど。どれをとっても異常な光景である。基地問題は沖縄だけではない。日本全土が米軍基地に侵食されているのだ。
 
この在日米軍が日本を守ってくれる為に存在するのならまだ許せる。しかし実態は全くそうでない。米国の戦争のために日本の国土も予算も搾り取られているのだ。
 在日米軍(岩波新書)の著者でピースデポ代表の梅林宏道氏が警鐘を鳴らす。「在日米軍は決して日本を守る存在として機能しているのではない。米軍のグローバルな軍事戦略を支えている部隊に過ぎない。米軍再編を容認することは、日本の安全保障政策の大転換ともいえる出来事なのに、何の議論もなしに進んでいる・・・」
 
小泉元首相が国民から隠したかったのはこの現実である。だから改革、改革と叫んで国民の関心をそらしたのだ。毎日の生活に汲々としている羊の群れのような国民はこの現実を直視し怒りをたぎらせなければならない。週間現代1月20日号のグラビアを目を見開いてよく見るが良い。


Japan that has been occupied and tattered by US military bases

Japanese people have been educated that Japan is the only country which renounces military forces by its Constitution Article 9. Thus Japanese people believe Japan is a peaceful country which does not threat other countries.

As a matter of fact that is not a case at all. Japan is full of US military bases. Japan not only threats others but actually engages with war fully supporting American Forces.

Since Japan was defeated and occupied by US in 1945 we accepted US military bases all over Japan. US military bases have been believed that they defend Japans against enemy, inter alia, communism threat in Asian region. That is why Japan paid a lot of budget and convenience of daily life of the residents for accepting US military bases all over Japan.

This has changed dramatically since 9.11. US Government dictates Japanese Government to accept a so-called reorganization of its military bases so that they can better respond to the War against Terror. US military bases are not anymore the ones which defend Japan. Instead they are the ones to drag Japan into the American War on Terror which has nothing to do with Japan.

Former Prime Minister Koizumi, who is proud of being Poodle of Bush, accepted this without the consent of Japanese people. He did not even explained Japanese people what he did.

Japanese people never protest this shameful deal believing US will love Japan and protect her. What the contrast with Iraqi people who resist against American military occupation! No wonder US repeatedly says their occupying policy in Japan was so successful while their occupying policy in Iraq is not.





※当サイト運営維持の為、本文中にアフィリエイトリンクを記載しています。

米軍再編,安倍政権,テロ,平和主義,憲法改正,安全保障,基地問題
Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング

2007年01月04日

それでも政権交代はない

07-1-04
それでも政権交代はない

 今年は選挙の年である。新年の新聞、雑誌はこぞって選挙関連の記事を載せ始めた。果たして民主党は自民党に勝つことができるのか。そして政権交代を実現させることができるのか。

私は政権交代を心から願う一人だ。独裁国家じゃあるまいし。一党支配が永遠に続く事が良いはずはない。とにかく一度自民党を権力の座からひきずりおろしてみる。そこから何かが始まる。

そう願う私でさえも政権交代は当分無理だと思わざるを得ない。そこが問題である。これだけ自公政権の国民いじめが進んでいるのだ。おまけに不祥事続出で安倍首相の支持率も下がっている。本来ならば自公政権は参議院選挙で勝てないはずだ。野党にとってこれほどのチャンスはまたとないはずだ。それでも自公は過半数を確保するだろう。政権交代は起こらないと思う。

いつまでたっても政権交代が実現しない最大の原因は、もちろん野党のだらしなさにある。野党第一党の民主党は自民党の真の対立軸ではない。だから安保政策一つをとってみても自民党の政策を攻めきれない。だからといって日本共産党に投票するという日本人は増えない。共産党はあくまでも反自民のガス抜き役でしか過ぎない。社民党に至っては主義主張を捨てて自民党と連立を組んだ1996年にとっくに終わっている。いまさら平和、護憲といってみたところでどの面下げてという思いの国民は多いに違いない。

このようにただでさえ弱い野党がいつまでたっても一致団結きないでいる。それどころかお互いを罵り合っている。これでは勝てるはずがない。だから今度の参議院選挙で野党は負ける。政権交代どころか野党が空中分解する。

その後の日本の政治はどうなるのか。目もくらむような自公の悪政が日本を覆うだろう。日米軍事同盟は進み増税や保険、年金の削除が国民の暮らしを苦しめていく。その一方で富裕層や現状満足派も増え、これら強者が自公政権を支え続ける。強者に支えられた国家はその権力をますます強め弱者を監視していく。そんな中で憲法改正という最後のテーマが現実のものとなる。米国従属の日本が完成するのだ。

もちろんそんな日本が良いはずはない。国民の間で支配者の横暴に抵抗しようとする何らかの動きが始まらないとウソだ。果たしてそれが本格的な政界大編成の動きにつながっていくのか。すべては参議院選挙の後から始まる。それまではエネルギーを蓄えて高みの見物をしていればいいのだ。


Election Year and Regime Change in Japan

Year 2007 is an election year in Japan. In July Japanese people go to vote for the Upper House . Does opposition parties win majority seats and pave the way for change of regime?

At present the Liberal Democratic Party allied with Komeito (Buddhism Party) has majority seats in both the Upper House and the Lower House. If opposition parties will get more than half of the Upper House seats in coming election, Prime Minister Abe, the leader of LDP, will be pressed to dissolve his cabinet and go to the general election of the Lower House. If Mr. Abe will lose the general election as well, then Regime Change will actually occur.

But that does not seem to happen. The reason is simple. Opposition Parties are just so weak and incompetent. The biggest opposition party, The Democratic Party, is a conservative party by its nature and looks like the mini -LDP. It cannot be an alternative to the LDP. Other opposition parties, i.e. the Communist Party and the Social-Democratic Party are never able to gain people’s support. Average Japanese people never believe the Communist Party. The Social –Democratic Party once betrayed their supporters when it allied with the LDP and became the government party throwing away its basic platform of Anti-Japan/US alliance in 1996.

To make matters worse all opposition parties are criticizing each other and never be united to fight against the LDP.

Therefore the LDP will win in the coming election and Mr. Abe’s regime will strengthen its power and accelerate its pro- US foreign policy and market oriented economic policy. As a result Japan will be divided further between rich and poor, strong and weak. This is like an America. This is not what Japan is supposed to be. Japan is losing its value and even destroying herself.

It is interesting to see whether Japanese people are obedient enough to accept this situation or at certain point they will stand up and ask a real regime change. A new trend will occur, if it may do so, after the election of July. Let us watch.

選挙,民主党,自公政権,参議院,野党,日米軍事同盟,憲法改正
Copyright ©2005-2010 www.amakiblog.com
人気blogランキング