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2007年01月31日

NHK番組変更に関する高裁判決の曖昧さ

 NHK番組変更に関する高裁判決の曖昧さ

 1月30日の新聞各紙はNHK番組改編に関する訴訟の高裁判決について大々的に報じた。しかしどの新聞を読んでも肝心なところが曖昧にされたままだ。この問題が含む政治的重要性は、安倍、中川という政権中枢の政治家がNHKに番組改編の圧力をかけたかどうかの一点につきる。

 高裁の判決のコメントを聞かれた安倍、中川は「政治が介入していないということが明確になった」、「私が被害者だ」などと自らの正しさを強調した。他方、原告の市民団体代表は「全面勝訴だ」、「山が動いた」と勝利宣言をする。まったく正反対の反応だ。

 その一方で一人悪者にされたNHKは「到底受け入れられない」と上告した。事件を真っ先に報道した朝日新聞は、かつて「一部確認取材が不十分だった」と謝罪した身でありながら、この判決を社説で取り上げ、NHKの政治追従をこき下ろす。おまけに高裁が、番組が変更され見たいものが見られなかったという原告の言い分を認め、「期待権」という耳慣れない権利を持ち出したために、こんどは報道関係者がこぞって「表現の自由」を制限するおそれがあると、まったく別の観点から反発する。何がなんだかわからない騒ぎだ。

 この最大の原因は、市民団体の訴訟そのものが、政治介入の不当を直接に訴えたものではなく、NHKに対する損害賠償訴訟である事に由来する。だから裁判所は、一方においてNHKを悪者にして原告やそれを支持する国民の要求に答え、他方において「・・・政治家が番組に関し具体的な話や示唆をしたことまでは認めるに足りない・・・」と安倍、中川の顔を立てる。

 安倍や中川が直接に、しかも事前に、NHK幹部に改変要求をかけたという事実はなかったかもしれない。その意味で朝日の報道は一部誤報であったのかもしれない。しかし安倍や中川の思想が歴史認識や慰安婦問題に関して否定的であることは周知の事実である。そしてその意向がたとえ本人から直接NHK幹部に伝えられなかったとしても、彼らの不快発言が間接的にNHK幹部の耳に入り、予算を政府に握られているNHKがそれに過剰反応を見せたと言う事は明らかである。それを政治介入という。実際のところ高裁判決はNHKの政治従属を認めている。

 「直接にNHK幹部に圧力をかけたことはない」という事だけを強調する安倍、中川の責任を曖昧にして、この問題はおそらくこれで幕引きされるに違いない。それが日本の風土である。政治に弱いNHK(この国のメディア)という事を認めただけでも評価できるという意見もある。その程度で諦める。何事も徹底的に白黒をつけないことがこの国の美徳であるというのか。


Court Judgments in Japan Always Ambiguous on Highly Political Matters

The Judgment of the Tokyo High Court on Jan 29 is another example of an ambiguous attitude of Japanese courts which avoid black and white judgment on highly political matters.

There was an incident in 2001 that NHK executives censored the draft program which deals with a comfort women issue during WW2. This intervention of NHK executives was revealed by the accusation of a courageous senior producer of NHK, and the Asahi Shinbun reported that Mr. Abe and Nakagawa might have pressured NHK executives to alter the contents of that program.

The controversy, however, deviated into the tiny issue whether the report of Ashahi Shinbun is accurate or not (which said Mr. Abe and Nakagawa directly pressured NHK executives to alter the draft program before the program was finalized). This crucial issue has never been clarified and people forgot about this incident.

A case has been put forward by a civil right group demanding NHK for compensation for being deprived of the right to see the original program they expected to see. The High Court judgment approved this right and ordered NHK to compensate referring to NHK’s politically vulnerable inclination. The Judgment, however, did not mention at all whether Mr. Abe and Nakagawa did intervene or not.

In response to this judgment, Mr. Abe and Nakagawa emphasized that it was proved they did not intervene at all. On the other hand a civil right group declared its victory. The only loser of this case, i.e., NHK, who were ordered to pay compensation, is not happy and appeals the case to the Supreme Court. What a mess!

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2007年01月31日

読者の意見を聞かせてほしいー新党づくりへの夢

読者の意見を聞かせてほしいー新党づくりへの夢

 田坂広志氏著の「これから何が起こるのか」を読んで一つの考えが思い浮かんだ。この本の根底にあるテーマは、ウェブ2.0革命とは情報主権の移行によって起こる真の革命であるということだ。すなわち政治、経済、生活その他あらゆる分野における既存の体制側から一般消費者の「声なき声」へ権力逆転が起きるということである。

 この本の中で、つぎのようなくだりを見つけた(45-46ページ)。

「・・・ウェブ2.0革命は、既に存在する情報だけでなく、まだ存在しない情報も入手できるようになるのです・・・ウェブ2.0革命によって、誰でも、多くの人に問題を投げかけ、その問題を解決するために、人々の智恵を集め、その場で新たな智恵を生み出すことができるようになるからです・・・」

 この「衆知創発」こそ、私の新党構想に必要なものだ。衆知を取り入れてまだ存在しないものを作り上げるのだ。日本の政治の現状を見るにつけ、既存の政党や政治家とは全く異なったもう一つの政治をつくることがどうしても必要であると思う。とりあえず参議院全国区比例区から代表を立候補させ全国から100万人の票を集めて当選させる。

 この政党は、既存政党のいずれも支持できないと考えている国民を代表する政党である。既存政治の否定である。その声を国政に代弁する政党である。

 戦略的には、7月の参議院選に向けて既存政党がタレントや、人気候補者を奪い合って泥仕合を繰り返すことが予想されるなかで、良識ある国民はつくづくそのような選挙にうんざりすると思う。全く新しいものを渇望すると思う。その閉塞感を突き破るように、選挙直前に新党宣言のおたけびを上げるのだ。

 さしずめテーマは「国民投票で改憲を阻止し、米国への軍事的従属から自立した平和日本へと日本を解放する」に絞る。なぜならば今の日本には、平和日本を望むけれども、共産党や社会党が声高に叫ぶ護憲運動に参加する気にはなれないと考える国民が多く存在すると思うからだ。

 賛成、反対、なんでもいいから意見を聞かせてほしい。「人々の智恵を集めて、新しい智恵を作り上げていく」それを実験してみたい。読者から寄せられた意見はいずれ整理して報告することを約束する。

 もっともこの構想がネット上に流れると、既存政党が潰しにかかってくるかもしれない。それも織り込み済みである。

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2007年01月30日

柳沢、久間両大臣を安倍首相はこのまま居座らせることが出来るか

 柳沢、久間両大臣を安倍首相はこのまま居座らせることができるか

 一昔前の政治を覚えている者にとって、最近の政府要人の開き直りには驚きを通り越してあきれるほどだ。依田行革相や本間税調会長が可愛く見える。辞め損に思える。しかし柳沢大臣と久間大臣の居座は安倍政権を窮地に追い込む可能性がある。

 柳沢厚生労働相の女性は「産む機械」発言に関し与野党の女性政治家が一斉に辞任要求をしこれが大きく報じられている。安倍首相は発言の不適切を認めたものの辞任を求める気が無いと頑ん張っている。これ以上閣僚を辞任させると自らの政権が危うくなるからだ。しかしもし柳沢大臣の居直りを許すのであれば与野党の女性政治家の抗議はパフォーマンスであったことになる。本気なら柳沢大臣が辞めるまで安倍首相に迫るべきだ。彼女たちの政治家としての本気度が試される。

 柳沢発言に比べ久間防衛大臣のブッシュ大統領批判発言はもっと深刻だ。その深刻性についてなぜかあまり大きく報道されていないが今のブッシュ政権を正しく理解しているものにとってはこの発言がいかに深刻であるかがわかる。日米再編への協力、しかも普天間移転問題という焦眉の急である問題を話し合う2プラス2(外務、防衛大臣会議)の閣僚会議が米国によって延期されたのだ。これは久間防衛大臣を辞めさせろと米国が言っているのだ。安倍首相や外務省は腰を抜かしていることだろう。

 果たして安倍首相は柳沢、久間両大臣をこのまま居座らせることができるのか。早晩行き詰まって更迭するようなことがあれば、その時こそ安倍政権の崩壊の時に違いない。メディアがこの問題をもっと大きく追及しなければうそだ。


Remarks of Two Ministers Might Collapse Abe Regime

Recent inappropriate remarks of two senior Ministers of Abe Cabinet shake Japanese politics.

Minister of Health and Labor Yanagisawa said “ Women are machines to produce babies" This infuriates women in Japan and by-partisan women parliamentarians demarche Mr. Abe to dismiss Yanagisawa. Mr. Abe, although he admits inappropriateness of that remark, refuses to do. It is , however , so uncertain that the anger of the women and Japanese people as a whole will be subdued by the apology only. Mr. Abe might be cornered to dismiss Yanagisawa eventually.

The remark of Defense Minister Kyuma is more serious by far. He criticized US President Bush for attacking Iraq. This remark angered US administration and it is reported that the US Adminitration notified to postpone the US-Japan Ministerial Meeting on Security.

Although Mr. Abe and bureaucrats of the Ministry of Foreign Affairs and Defense try to calm down desperately the repercussion of this remark it is difficult for Mr. Abe to allow Minister Kyuma to continue to assume the post. US asks Mr. Abe to dismiss him!

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2007年01月29日

新党を夢見る

 新党を夢見る

 1月29日付の毎日新聞」「発信箱」と言うコラムに「新党を夢見るつらさ」というタイトルで与良正男論説委員が興味深い意見を述べていた。

 彼は言う。・・・「もう一度政界再編を」とか「新党はできないものか」という声をよく聞くが、それには賛成できない。まず既存政党の枠組みの中で政権交代を実現することこそ重要である。そして政権が行き詰まれば別の政党が政権を担当するという仕組みを確立すべきである・・・と。

 しかし、そう主張する彼が、「最近は新党論の誘惑にかられる」と白状している。自民党はもはやどうにもならないが民主党もまったく頼りにならない・・・最近は新党づくりの誘惑にかられる、というのだ。

 こう書いた後で、彼は再び「これは妄想である」と否定して見せる。そしてその後で、それでもこれを読んで「その気」になってくれる人がいたら嬉しいという。支離滅裂な論説だ。しかしそれほど彼は今の政治に失望しているということだ。そしてこのような思いを抱く人は今の日本には多いと思う。

 やっと私の考えに近い人が現れた。しかし私の新党はもっと革命的だ。今の日本には、政治意識は高く、強いが、既存政党につくづく愛想を尽かしている人が間違いなく存在する。そういう人たちが望むのは、保守でも革新でも第三勢力でもいいから、権力者の嘘や不正義を正す本物の政党や政治家たちだ。

 現状はくだらない政治家やそれと結託した官僚が国民の稼ぎを税金で掠め取り、それを自分たちの給料や経費に浪費している。国民の為になることは何一つしてくれないし、出来ない。そんな政治や政治家は不要なのだ。我々が求めているのは政界再編や革新統一などでは決してない。既存の政党や政治家がそのままこの国の政治ゲームを繰り返している限り、何も変わらない。必要なのは政治そのものの否定なのだ。既存政治を批判し、監視する政治家を、国民の代弁者として国会に送り込む、そのための政党をつくるということだ。それが妄想でなくなる日を夢見る。


Japanese People Who Are So Tired of Current Political Deadlock

A week has been passed since an amateur comedian beat the candidate supported by government parties by overwhelming margin. This gave shock to all existing political parties which are preparing for the Upper House election in July.

One of the biggest reason of this unexpected victory of a nonpartisan, independent candidate is that so many people of Japan are tired of existing political parties.

A senior political columnist of Mainich Journal wrote on 29th Jan that The Liberal Democratic Party, a long standing government party , seems to have lost a general support of Japanese voters but the Democratic Party, the biggest opposition party, have failed to gain the support of anti-LDP voters.

He also said that he has been believing that realizing a regime change by letting the Democratic Party win the election is the shortest way to make current political situation revitalized but nowadays he is tempted to support the idea to establish a new political party.

This article explain the frustration of many Japanese people who have no political parties to vote in the coming Upper House election.

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2007年01月28日

閑話休題

 閑話休題

 日々思うところは多いがその思いを整理して文章で表現するとなるとエネルギーがいる。書いたものは後に残る。誰からも揚げ足を取られないように書こうとすると事実関係や認識に誤りがあってはならないと調べたりするから更に時間がかかる。このブログを毎日書き続けることは、好きではじめたとはいえ結構大変なことだ。しかしどうしても書きたい衝動に駆られる。そこで、英文を省き、できるだけ簡潔に思いをぶつける場として考えたのが「閑話休題」である。

 給食費未納報道を考える

 最初に報道されたのは確か1月25日の新聞だったと思う。とくに読売、毎日は一面トップに大きく報じた。

 これは文部科学省の実態調査の報告に基づいたニュースである。政府官報のニュースだ。なぜこれほどまでに大きな報道になるのか。それは「払えるのに払わない親」を強調したかった政府の思惑にマスコミが加担した為ではなかったか。そうでなかったとしても政府発表を鵜呑みにして報道し、結果的に政府広報に加担することになったのではないか。

 確かに高級車を乗り回し、ぜいたく品購入やギャンブルに金を使っている親が給食費を払わないというのでは話にならない。私もこのニュースを最初の新聞で知った時、最近の親はどうしようもないなあという印象を持った。しかし本当にそんな親ばかりなのか。

 不払いの理由として「保護者の責任感や規範意識の欠如」と答えた学校が60%にも達したというのは、あくまでも文部科学省の調査に答えた学校側の答えである。そこには親の言い分はない。しかもその学校側の答えでさえ、「保護者の経済的問題」と答えた学校が33%もあった。

 その後の報道を注意深く読み、聞きながら、やがてどこかおかしいと感じ始めた。テレビで流される一般庶民の反応は皆親が悪いというものばかりだ。新聞の社説も「払えるのに払わない」無責任さばかりを論じている。テレビのコメンテーターに至っては「わずか月額数千円(正確には小学校で3900円、中学校で4500円ほどらしい)の事だろう。いい加減にしてくれ」などという発言をしている者もいた。この額は、与太話をして何十万円ももらっているコメンテーターにははした金かもしれないが、生活困窮者にとっては大変な負担である。その痛みをわからない者たちがこの国を動かしている。

 給食費未納額は約22億円という。未納者は全体の1%であるということだから全額を政府が負担すれば約2200億円。これは財政赤字に悩む政府にとっては大きな額かも知れない。しかしイージス艦一隻の値段である。米軍海兵隊のグアム移転費3兆円に比べるとどうだ。官僚が無駄遣いの財源としている特別会計何百兆円の無駄遣いと比べるとどうだ。

 給食費が払えないが故に悲しい思いをしている国民は確かにいる。その為に予算を工面する、それが政治ではないのか。罰則を決めて強制的に取り立てればよいというのは官僚の安易な解決法だ。その役人根性を叩きつぶすのが政治家のすることではないのか。メディアの役割ではないのか。

 施政方針演説のウソ

 先日のブログで施政演説方針の虚について書いた。ここではその一例として外交部分を考える。

 安倍首相は「主張する外交」というキャッチフレーズを掲げ、外交部分の冒頭で「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々との連携を強化」すると述べ、その代表国である米国との軍事同盟強化を「世界とアジアのため」であるとし、「わが国外交の要」と位置づけている。

 「価値観を共有する日米両国」という言葉は、私が外務省にいた三十数年間、世の中の情勢の変化に関係なく、いつも真っ先に使い続けられてきた決まり文句である。しかし官僚はその米国がどういう国であるかについて殆ど無知である。米国政府の方針の変化を直視することなく「日米両国は価値を共有している」といい続けてきたのだ。

 しかし今のブッシュ政権の米国は何をしているか。グアンタナモ収容所で行われてきた拷問が一つの映画「グアンタナモ、僕たちが見た真実」を契機にふたたび問題となりつつある。「お父さん、お母さん、もうすぐ帰れると思います。私は何も悪い事をしていないからです」そう手紙を書いたアフガニスタンの青年が米軍の拷問に苦しめられながら収容され続けている。米連邦最高裁で違憲判決が出され、国連人権委員会も基地閉鎖を求めたにもかかわらず、米国は従わない。その米国の非人道的兵器開発はとどまるところを知らない。1月25日の英紙ザ・ガーディアンはマイクロ波を照射して一度に大量の兵士を麻痺させる兵器を米軍が開発したと報道した。ついにブッシュ政権は内外の批判に耳を傾けることなくイラン攻撃までも行おうとしている。ブッシュ大統領は「イラクで反米・反政府活動に加担したイラン工作員は拘束するだけでなく殺害も辞さない」という方針を打ち出し、イランはこれに対し「イラン人が殺されれば、イラン人は米国人を殺害する」と応酬する。これはもう戦争が始まっているようなものだ。

 このような米国がどうして日本と価値観を共有する国か。法の支配の国か。その米国との軍事同盟を強化する事がどうして「世界の平和に貢献する」ことになるのか。

 外務官僚は米国の現実を見ようともしない。勉強もしない。情報を得る努力もしない。私がそうであったように日々の仕事をソツなくこなす事で精一杯なのだ。日本のこと、国民のことなどを考えている余裕はない。そんな事をしていると出世競争に取り残されるのだ。

 組織を離れた私は、はじめて目の前が開かれた。物事の真偽が見えてきた。人間として解放されたのだ。失うものは大きかったがそれを補ってあまりある貴重なものを手に入れた。自立だ。

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2007年01月27日

あまりに空疎な施政方針演説とわが国の国会

 あまりにも空疎な施政方針演説とわが国の国会

 国会が始まった。開会と同時に施政方針演説が行われ、その後すぐに週末になって国会は休む。与党は自画自賛し、野党は空疎だとこき下ろす。週末のニュースはどの新聞も施政方針演説を掲載し、どこのチャネルも政治記者や解説委員が施政方針演説を、たて、よこ、斜めにまことしやかに解説する。毎年はじめに行われる通常国会での空疎なセレモニーである。そもそも施政方針演説は官僚がよって、たかって、でっち上げる作文に過ぎない。かつて私もその手伝いをしたことがあったが、読んだ後で用済みになる紙切れだ。

 週が開けて一般代表質問が始まるがこれがまた壮大な芝居である。質問内容は事前に総理に手渡されるので官僚はその答えを準備する。代表質問者は質問するフリをして自己宣伝の演説をぶつ。首相は答えるフリをしてあらかじめ官僚が用意した原稿を読む。これで次の一週間が終わってしまう。

 あれは二、三年前の国会であったと思う。小泉首相が菅直人の追加代表質問に対し答弁を拒否した事があった。これが民主党を怒らせ、審議が中断した一幕があった。私はそれをテレビで見ながら、果たしてどれだけの国民がこの茶番劇の裏にある真実を理解しているかと考えた。あれは小泉首相が民主党の質問を突っぱねたのではない。答えられなかったのだ。小泉首相は自ら自慢げに吹聴するように政策ではなく政局の人だ。政局には頭はいらない。権謀術数にたけていればよいのだ。小泉首相の頭には政策に関する知識の集積がない。政策の見識もない。代表質問に対しては官僚作成の答弁を下を向いて読み上げれば答えられる。しかし追加質問となると自分の頭で答えなければならない。どう答えてよいかわからないのだ。小泉首相は菅直人の追加質問を聞いていた時まったくメモを取ろうとしなかった。もし彼が真面目に答えるつもりであったら当然メモをとったはずだ。彼は最初から答える気がなかったのだ。

 実質的な審議に入るのはその次の週から始まる予算委員会からである。しかしこれもテレビ中継が行われる間は議員は張り切るがその後は消化試合だ。その他に続く各種の委員会質疑が始まる頃になると誰も関心を持たなくなる。国会は終盤国会の与野党対立まで休眠する。これがわが国の国会の実態なのだ。

 ただでさえ無意味な国会であるが、今度の国会はもっと酷いものになるだろう。与野党議員のスキャンダ合戦に明け暮れる。スキャンダル合戦では民主党は自民党に勝ち目はない。なにしろスキャンダル情報は国家権力が握っているのだ。坂本なにがしという自民党の国対副委員長がテレビの前でいきまいていた。・・・自分の頭のハエを追い払うことで忙しい民主党がどうして我々を追及できるのか。もし追及してくれば撃ち合いになる・・・と。何という次元の低い発言をする政治家である事か。しかし彼は正しい。民主党は勝てない。角田参院副議長が辞任した。当然だ。しかしそれでもし民主党が松岡や伊吹や尾身、久間の首をとれなければやられっぱなしということだ。

 この国の政治は不要である。国民にとってためになることは何一つやっていない。政治家とそれにぶら下がって飯を食っている政治評論家、政治メディアの仲間内の政治ごっこである。テレビに出ている野党の議員を見るがよい。彼らはメディアにもてあそばれているのだ。それでもテレビで顔を売れるから喜んでいるのだ。

 額に汗して働いている良識ある国民はこんな連中に怒らなければ嘘だ。政治家は要らない。


An Empty Policy Statement and the Hollow Debates in Japanese Diet

The regular session of the Diet of Japan started with the policy statement of Prime Minister Abe on 26 January. The policy statement of Abe, however, is nothing more than an essay bureaucrats have prepared. It is too abstract and goals of that policy statement will never be achieved.

Immediately after the policy statement the Diet will be adjourned and parliamentarians go into the weekend holidays.

A substantial debate will start from next week. Another ceremony, however, begins in that week. The questions opposition leaders will ask Prime Minister Abe have been conveyed to Mr. Abe’s office beforehand and the staffs of Prime Minister Abe will well prepare the answers. Mr. Abe only replies by reading the text which his staffs prepared.

The real debate starts from the following weeks in the budget committee but parliamentarians of both government and opposition parties pretend to be serious only in the first couple weeks because TV will stop carrying the debates afterwards.

Serious debates may occur in the following various committees but by that time nobody pay attention to the debates.

This is what we see in the Diet every year but this year the Diet will be more disastrous because so many major parliamentarians are stuck with scandals of mishandling political fund and both government parties and the opposition parties are busy in criticizing each other shelving the policy issue debates. Indeed the Diet of Japan is useless and waste of taxpayers' money.

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2007年01月26日

国会の最優先は小泉元首相の喚問だ

 国会の最優先は小泉元首相の喚問だ

 今度の国会はまたもや不毛の国会になりそうだ。与野党の主要議員が政治資金規制法がらみの犯罪的行為にまみれている。この泥仕合に国会は明け暮れ、最後は自民、民主の手打ちで終わる。政策審議はそっちのけだ。

 しかしもうそろそろ国民は真剣にこの国の将来を考えたほうがよい。安倍首相のもとで噴出しているすべての問題は小泉元首相の5年半のツケだ。幼稚な安倍は脱小泉が出来なくておろおろしているだけだ。小泉政権によってこの国は破壊された。どんな残酷な犯罪が起きてもすぐに忘れ去られるほど犯罪があたりまえの社会になった。権力者の犯罪がこれほど表面化しているのに国民は追及する怒りも湧かないほど疲弊しつつある。二極化が進んだ結果、弱者へ優しくする余裕がなくなり困窮する国民の声がかき消されている。日本経済のすべての分野が米国資本に食い散らかされている。米軍が大手を振ってまかり通るようになった。すべては小泉劇場に浮かれた陰で進んで行った日本崩壊の爆発である。

 小泉政治の失敗は次の三つの具体例を見るだけで十分だ。

 一つはブッシュ大統領との心中だ。日本でほとんど報道されていないが、ダボスで開かれている世界経済フォーラムに出席したムサ・アラブ連盟事務総長は記者団に対し、米国のイラン攻撃の可能性は五分五分であると言った。これは凄い事だ。攻撃があるといっているようなものだ。チェイニー副大統領が訪日するというニュースが小さく報じられた。これはイラン攻撃に協力しろと命令する為の訪日だ。米軍はアルカイダを追ってソマリアを連日攻撃している。ブッシュ大統領は23日夜の一般教書演説の中で、内外のあらゆる批判にもかかわらず、テロとの戦争を継続すると宣言した。イラク情勢はもはやブッシュ大統領の手には負えない。だからイランを攻撃し中東全体を支配するという大勝負に出たのだ。常軌を逸した戦争大統領の面目躍如である。日本はそれでも米国についていくのか。折から久間防衛大臣は、イラク攻撃を行ったブッシュ大統領は間違っていたと批判している。これは異常な事だ。この混乱を小泉首相はどう答える。直ちに国会に喚問して問い詰めるべきだ。

 二つ目は北朝鮮外交の失敗である。いよいよ米国と北朝鮮が手打ちを始めようとしている。米朝首席代表がベルリンで協議して核凍結で合意したと伝えられた。何のことはない。米朝の二国間協議で決めてしまったのだ。近く再開される6カ国協議でその成果が発表され、米中朝があたかも自分たちの外交勝利であるかのように喧伝する姿が目に浮かぶ。日本はいくら米国に情報提供を求めても教えてもらえなかった。そして北朝鮮支援のツケだけが日本に回される。拉致問題は吹っ飛んでしまう。もはや今の米国にとって北朝鮮の核がテロに渡りさえしなければそれでいいのだ。米国は中東でテロとの最終戦争に臨もうとしているのだから。小泉元首相はなんと答える。そもそも事の起こりは、北朝鮮の核問題を軽視し、拉致問題で人気取りを図ろうとした、小泉首相の突然の訪朝から始まった。これが米国を激怒させ、米国が北朝鮮の核放棄に本腰を入れるようになった。日本は北朝鮮との二国間交渉で国交正常化と拉致問題の解決に全力を傾けるべきであったのに、何を狂ったのか米国のペースにはめられて六カ国協議ばかりを強調し、挙句の果てにはしごを外されて米朝二国間密約のツケを回されることになる。今こそ小泉首相を国会に喚問し責任を取らせるべきだ。

 三つ目はあの郵政改革だ。1月26日の新聞各紙は、日本郵政公社が「ゆうパック翌日配達」という誇大広告表示を公取委から指摘され、排除命令を受けたと一斉に報じている。郵政民営化についてはもはや誰も関心を持たなくなったが、それがいかに多くの問題を抱えているか、専門家の間では当然視されている。あれは郵貯、簡保の資金を米国金融企業に差し出せという米国の命令に答えたものであった。その一方で郵便配達事業は民間業者と競争で勝てないから、親書配達の独占や政府優遇を残したまま中途半端な民営化をするしかない。これは一方では民間企業から民業圧迫という批判を招き、他方で肝心の米国からは郵貯、簡保を早く完全民営化して米国資本に開放しろと迫られる始末だ。そもそも小泉元首相は郵政民営化法案を読んでいないと臆面もなく話して恥じない男だ。何のための民営化だったのか。今こそ国会は小泉元首相を喚問し、その妥当性を審議すべきだ。

 小泉元首相は今何をしているのか。国会議員の歳費を受け取りながら国会にも議員会館にも姿を見せず、ワインや観劇に興じているという。政治家としての見識のかけらも見られない。国会は今すぐ小泉元首相を喚問し、小泉政権下の5年半の壮大な無駄と弊害を検証すべきだ。


The Diet Was Opened in Japan.

The regular session of Japanese Diet was opened yesterday and it is supposed to continue until June. It is, however, expected to be a bumpy and turbulent one because so many Ministers of Abe cabinet and many heavy duty opposition politicians are stained with scandal of mishandling political fund. The Diet is going to be a dirty battlefield of political struggle.

Japanese people should not allow this farce. They should ask the parliamentarians to discuss the policy issues which Japanese people are facing. Among all those issues the following three issues are most important.

Firstly how Japan deal with war-mongered Bush’s another war. This time the war will be on Iran. The possibility of US attack on Iranian nuclear facility is getting greater day after day. The impact of attacking Iran will be far more serious than that of attacking Iraq. It might lead to the total war between US –Israel coalition and anti-US Arab resistance. Bush’s popularity decayed so badly and even American people and Republican members does not support the neo-conservative revisiting. We’d better ask Mr. Koizumi whether he was right to support Bush and cooperate with Bush’s war on Iraq.

Secondly how Japan should deal with North Korean issues. It is now so obvious that US and North Korea found compromise through bilateral secret negotiations. In the coming 6 party consultations most probably an announcement will be made to the effect that North Korea agrees to freeze nuclear development and US and others will in return lift sanctions and support North Korea economically. The only role for japan to be expected is to give money to North Korea. What a shame! his is the result of Mr. Koizumi's sudden visit to North Korea in 2002.

Thirdly privatization of postal services, to which Mr. Koizumi attached top priority, is turning out to be failure. The current program of privatization of postal services is too incomplete for the beneficiary, i.e. Japanese people. On the other hand if the privatization will be proceeded completely US will take advantage of it and all the money which Japanese people deposit with postal banks and insurancea will be transferred to US financial and insurance companies.

These three issues are all the remnants of Mr. Koizumi’s wrong policies. The Diet should summon Mr. Koizumi and examine his mistakes.

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2007年01月25日

あまりにも姑息な今の外務省

 あまりにも姑息な今の外務省

 私が外務省を批判するのは外務省を追われた腹いせだと思う人が多いかもしれない。しかしそれは違う。私はもはや外務省には未練はない。こだわりはない。今の外務省はあまりにも劣化している。見るに忍びないのだ。かつての同僚たちが情けなく思うのだ。残念でしかたがないのだ。最近の報道を見てもつくづくそう思う。

 一つは1月24日の毎日新聞がとりあげた共謀罪立法化をめぐる外務省の嘘である。何故共謀罪法をつくらなければならないのか。外務省が主張する最大の理由は、テロとの戦いをきっかけに出来た国際組織犯罪防止条約が採択されたからだ。それを批准するためにあらたな法律が必要であるということだ。それは本当か。国会の審議の過程で、「共謀罪の対象となる犯罪を限定した上で、条約を一部留保すべきだ」と野党(民主党)が主張した時、「対象犯罪を限定する留保はできない」と外務省は政府に答弁させた。ところが米国が「一部の州には限定的な共謀罪しかない」として、州法を強化するのではなく条約の一部規定を留保して批准していたことが判明したのだ。それにもかかわらず外務省は「米国の留保は条約の趣旨・目的に反するとは考えておらず、とくに言及しなかった。(国会でも)特に質問がなかった(ので敢えてこちらから説明しなかった)。」と国会で弁明している。見苦しいではないか。嘘をついていれば謝るべきだ。米国の動きを知らなかったというのならもっとお粗末だ。私は後者が事実に近いと思う。外務省の仕事はそれほどいい加減なのだ。イラク戦争や北朝鮮問題に忙殺されて他省庁の法案なんか手が回らないのだ。国民にとって多大な影響のある法律であっても自分たちに責任がなければどうでもいいのだ。他国の動きなど調べようとさえしないのだ。

 そんないい加減な外務省が、国連安保理の理事国には不必要にこだわる。1月25日の各紙は日本が08年の国連安保理非常任理事国にモンゴルの立候補希望をおさえて代わりに立候補することにしたと報じた。この間まで非常任理事国を努めたばかりではないか。常任理事国になれないからといって非常任理事国を独占する気か。報道によればモンゴルの大統領が自らの立候補を辞退して日本の出馬を安倍首相に要請したという事になっている。そんなことを誰が信じるというのか。モンゴルのような弱小で従順な親日国を思いのままにすることは赤子の手をひねるようなものだ。援助をちらつかせるだけでよい。いう事を聞かなければ不快感を示すだけでよい。余談になるが「そんな生意気な国には援助をやるな」と言った経済協力局長がかつて同僚の中にいた。小泉元首相は、かつて三流大臣の頃、ジンバブエの大統領に会えなくて立腹し、援助を打ち切れと命じた。

 米国には頭から小便をかけられても黙っていう事を聞くのに、弱い国には高圧的にのぞむ、そういう外務省の卑屈な態度はもちろん許せない。しかし私がここでもっと残念だと思うのは、少しでも多くの国に非常任理事国の機会を与え、常任理事国である5大国の権限とバランスをとろうとする国連の精神を踏みにじり、自分さえよければいいという外務省の間違った態度だ。それを批判したいのだ。

 日本の安保理常任理事国入りは満天の下で国連加盟国によって否定された。せめて非常任理事国の席は独占しようというわけである。すでに十分非常任理事国を努めてきたではないか。それでどういう実績を挙げたというのか。他の国連加盟国に役立つ事をしたというのか。非常任理事国を狙うような国の中では、日本は断トツに強大だ。だからその席を独占して当然である、そういわんばかりの外務省の態度が卑しいというのだ。利己主義だというのだ。国連の精神を否定するような国が安保理常任理事国になりたがる。壮大な自己矛盾だ。世界の尊敬を得られるとは到底思えない。


Two Recent Examples of Shameful Foreign Ministry’s Diplomacy

People might think I am always criticizing Foreign Ministry’s diplomacy because I was fired and revengeful. Not at all. As an ex-official of the Ministry, I am simply sorry for their jobs getting lousier and mean.

Recently I found two disappointing articles that show the Ministry's mistakes again. The Mainichi Journal of Jan 24 reveals an insincere attitude of the Ministry in the Diet. Japanese Government has been trying to strengthen the power of policy by setting up a new law called Conspiracy Act. Against the fierce protest from the opposition parties that this act limits human rights and violates the spirits of the Constitution, the Ministry emphasized the necessity of that act saying UN Contention against Transnational Organized Crime, which was signed by 147 countries and entered into force in September 03, required signatories to make their legal system accordingly. As a matter of fact, this is not the case and it was found that US made reservation of some clause because laws of certain States contradict the Convention. The Ministry was criticized for not telling this intentionally to let the act passed without fierce debates.

The Asahi Journal of Jan 25 reported that Japan discouraged Mongolia for not running for the election for the seat of non-permanent member of the UN Security Council, Japan, instread , asked Mongolia to give that chance to Japan. According to the explanation that the Ministry gave to the press, it was the Mongolian President who asked Prime Minister Abe saying they want Japan to be a member of the Security Council, but it is so obvious that Japan, the biggest aid donor, coerced Mongolia to concede.If Japan continue to behave like this he will be neverrespected and the chance to become a permanent member of UN Security Council will never be fulfilled.

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2007年01月24日

閑話休題  そのまんま東の当選に思う

      閑話休題 

     そのまんま東の当選に思う

1. 多くの人がそのまんま東の当選についてしゃべったり書いたりしている。この話題は当分マスコミの格好のネタになるだろう。ここはやはり私も一文を書いて百家争鳴に参加させていただく事とする。
これはブログのテーマとして大げさに論じるほどの文章ではない。分析でも解説でもなんでもない。思いつきの意見である。意見というほどの物でもない。独断と偏見の私の感想である。ただそれだけである。しかし実はこの所感はいかなる解説者の分析よりも的を得ていると密かに自負している。果たして読者はいかがお考えか。
2. まず今度の東の当選は近来の選挙史上稀に見る快挙であり、それを成し遂げた東を素直に祝福したいと思う。やっかみの声があらゆる方面から聞こえてきそうだ。それは政治家を本業としてきた連中からもちろん起きる。あんな素人のお笑いタレントに負けるとは。しかしやっかみは政治のプロからだけではない。政治家を狙っている大物タレント、有識者などからも当然起きる。三流タレントに先を越されたという衝撃だ。石原や田中などは腰を抜かしているだろう。挙げ句の果てに「あんな男を選ぶとは宮崎の恥だ」とまでくさす声も上がる始末だ。これからも東いじめが起きるだろう。皆が既にこぞって見下したような発言をしている。県議会の議長の物言いを聞いたか。まるで小僧扱いだ。しかしふざけるな。お前がどれだけ偉いのか。どれだけ県民に役立つ事をしたというのか。実にくだらない奴だ。東は胸を張ればよい。頭を低くしながら内心は堂々としていればいいのだ。二位に7万票あまりの大差をつけての勝利である。誰にも文句を言わせない重みがあるのだ。
3. 何故このような驚異的な勝利を収めることが出来たのか。すでに言い尽くされた感がするが、言われている理由をあらためて順不同に列挙してみる
①しがらみを断った東のひたむきさが有権者の心を捉えた
②保守の候補者が分裂した
③談合をはじめとした政治不信が頂点に達していた
④何かを変えないといけないという思いが充満していた
⑤マニフェストが立派だった
⑥小泉なきあとのつまらない政治状況に飽きて国民が劇場型政治を欲していた
⑦タレント出身でありながらタレントの応援を断って正攻法で闘った
などなど・・・
これらは矛盾しているものもある。しかしまあ、大体こんなところだろう。そのいずれもが一理ある。しかしマニフェストが立派だったという理由については異論がある。マニフェストなどというものはこれを作る側の自己満足でしかない。一部の政治専門家や選挙ゴロは重視するかもしれないが、一般大衆はこんなもので投票するはずがない。読みもしない。やはり大衆の投票心理は心に響くかどうか、日ごろの不満を代弁してくれる者、共有してくれる者、共感できる者を求めているのだ。
4. 選挙分析などどうでもいい。地方選挙や国政選挙に出ようとしている連中にとっては重要かもしれないが、そうでない一般庶民などそんなことはどうでもいいのだ。私にとって興味深いのはこれから展開する様々な事態の進展である。
まず既存政党は衝撃を受けただろう。政権をかけて参議院選挙を戦おうとしている自公政権党と政権交代を狙う野党第一党の民主党にとってはもちろん大衝撃である。いずれも支持する候補が勝てなかったのだ。
しかし衝撃を受けたのは共産、社民といった弱小野党についても同じである。というよりも衝撃はより深刻だ。彼らが逆立ちしても得られない得票を、素人のお笑いタレントが手にしたのだ。しかも東は決して共産、社民的な候補者ではない。不満を抱く住民の票を集めるべき共産党や社民党が素人のお笑いタレントに負けたのだ。
要するに既存の政党がすべて住民から拒否されたのだ。政治を本業にしてきた既成政党の受けた衝撃が大きいのは当然だ。しかもその衝撃は弱小野党、民主党、自民党の順で大きいのだ。
5. 私が注目したいのはこの点である。東は無党派層の票を集めたという。そして彼からの選挙はいわゆる無党派層の票を掴むことが重要であると皆が考える。しかし無党派層対策とは何か。
無党派層のなかにはまったく政治に関心のない連中がいる。こういう連中はマニフェストであろうが何政党であろうがどんな候補であろうが関係ない。そういう連中の投票態度は気まぐれである。その時の気分とムードで支持者を決める。小泉がワンフレーズで無党派層をつかんだのも、そのまんま東が勝ったのも、基本的には同じである。しかしこんな無党派層の票を集めようと見え透いた対策をめぐらすのはおろかだ。今度の参議院選挙でも多くの人寄せ候補が出てくるであろうが、もはや見透かされている。タレント候補はもはやあまり受けないであろう。
無党派層にはもう一つの層がある。これは熱心な、あるいは少しばかり、政治に関心を抱いている人である。そしてその中が更に二つに分かれる。
既存の政党への投票をその時の状況で変える人たちがいる。自民が勝ちすぎたから野党にしようとか、今度だけは面白半分に共産党に入れてみようというような人である。既存政党はこれらの人の票を奪い合うように頑張るしかない。
しかし私が注目したいのは、かつては特定の政党を支持して政治に積極的に参加していたが今では支持する政党をなくし政治に愛想を尽かした人たちである。一度は自民党を引き摺り下ろしたい。しかし民主党はだらしないから入れたくない。共産党には決して入れない。社民党に至ってはもっと入れたくない。そういう人たちだ。そういう人たちにとって今の政治は絶望的だ。そして最近の政治状況を見るとこういう人が増えているような気がする。
6. 実は今度の東の勝利もこういう人の票が多かったのではないか。そしてもしその傾向が続くのなら、今度の参院選挙は我々にとってつまらないものになる。既存の政党にとってはやりにくい選挙になる。
参議院選挙は首長選挙と違って既存政党間の選挙である。政治に愛想をつかした人たちの行き場が無い。従って既存政党が負けを競い合う選挙になる。負けを競い合った場合、自民党が勝つのだ。なぜならば余程のことが無い限り自民、民主、左翼政党といった支持順位は変わらないからである。
7.  これが事実であれば参議院選挙でまったく新しい政党を起こす者が出てくれば
以外に面白いということになる。今の二大政党の流れのなかで、しかも小選挙区になってしまった中で、新しい政党など非現実的だと誰しも考えるだろう。しかし今度の東の大健闘でひょっとしたらという感じを私は抱く。
もちろんこれにはいくつかの条件がある。まず参議院選挙であるということだ。そして全国比例区に限るということだ。そしてその政党の目指すところを明らかにすることである。それはマニフェストなどというごちゃごちゃした政策を並び立てるのではなく、ずばり既存の政党すべてを敵に回して国民のために国会で暴れるということだ。当選は一人でも良いという前提で党を起こすことである。百万票を全国から集めて一人当選させるということである。その他にもいくつかの公約をしてもいい。6年一期しかやらない。歳費や特権はすべて国民の為に使う。国民が一番望んでいる政策の実現を政府に迫ることに終始する、などである。間違っても政権をとるとかキャステングボートを握るとかを目指す政党を目指さない。今の政治に不満な国民の声を代弁して国会に殴り込みをかけるということである。
   そういうと決まって出てくる言葉が「一人で何が出来る」という言葉である。しかし一人でもやり方次第ではかなりの事が出来るのである。いままでの一人議員や無所属議員はやり方が間違っていたのだ。それに能力もなかった。考えてみるがいい。共産党や社民党は国民に何をしてくれたか。少なくなったといっても何人も議員はいるだろう。それなのにテレビに出るぐらいで国会でどういう実績を上げてくれたというのか。自分たちの生き残りをかけた組織活動や自己宣伝をする議員ばかりではないか。もちろん政権交代を標榜する野党第一党の民主党はもっと役立たずだ。あれほど多くの議員を抱えているというのに何のメリットも国民にもたらしてくれていない。要するに政権政党がすべてを決めているのだ。
8. だから政権をとらなくては意味が無いという反応が出る。しかしこれが間違いなのだ。政権をとるということは過半数の議席を取らなければならないということだ。しかしそんなことをしようとするからろくでもない人間を数あわせで揃えなければならないことになる。金もかかる。内輪もめも起きる。大変なエネルギーの無駄だ。それでも政権をとれる保証はない。間違って政権を取っても、その後に長く維持できるとは限らない。常に野党に転落するおそれがある。政権を取ること、維持する事が目的になってしまうのだ。これは国民のためではない。てめえの為だ。政権政党の国会議員になりたいのだ。
9.  一番いいのは公明党のようにキャステングボートを握って政権に影響力を持つことだ。だから公明党が国民の声を代弁してくれる立派な政党であれば国民は納得する。しかし一人の人間を崇拝する宗教政党だからどうにもならない。
共産党と社民党が解体し、その受け皿として国民の不満を代弁する一般国民党のようなものができれば面白い。それを望んでいる国民も多い。しかし共産党も社民党も国民の声を無視してバラバラで組織にしがみついている。
どうにもならない政治状況だ。しかしあきらめるには早い。一人の政党でも政治を揺さぶることが出来る。鈴木宗男を見るが良い。一人であれだけの存在感を見せているのだ。彼は外務省に復讐することしか念頭にないから国民にとってはくだらないことになっているが、彼は大きなヒントを与えてくれた。国会での質問は出来なくても、いわゆる質問趣意書を連発して下手な陣笠議員の八百長質問よりはるかに有意義な情報を官僚から引き出している。もし彼に代わる一人の国会議員が、年金でも、安全保障でも、雇用でも教育でも、なんでもいいから、国民が本当に求めていることについて政府を追い詰めるような質問を繰り返し、政府の答えを納得の行くまで求めてそれを国民に情報公開してくれれば大きな意味がある。それに対する国民の要望がまとまればそれを国会で政府にぶつける。場合によっては政府はその国民の声を聞いて新たな政策をたてなくてはならなくなるかもしれない。立法や制度をつくらなければならなくなるかもしれない。これは大変有意義なことだ。
10. いわゆる政界大再編ということが起こっても本質的には変わらない。既存の政党の組み合わせなど嫌というほど見てきたしその都度、何も建設的なことは起きなかった。いわゆる共産、社民の統一による第三勢力が出来てみたところでそれが国民を代表する政党になることはない。いわゆる左翼勢力が大きくなるだけで、国民と乖離する政党が一つできるだけだ。そもそも共産と社民が一緒になることはありえないが。憲法改正がなされ、護憲政党の存在意味がなくなって社民党は消滅するとしても、共産党は残る。自民、民主、公明、共産は常に残る。自民と民主が再編を繰り返しても昔の繰り返しだ。かくしてまったく新しい政治は出来ないと既存の政治に愛想をつかした国民の期待にはこたえられない。
11. さて思わぬ方向に脱線してしまった。これで私の戯言はやめる。はじめに戻ってそのまんま東の当選を祝福しよう。そして次のように締めくくりたい。
要するにそのまんま東の当選は、大騒ぎのわりには何も日本の政治に影響を与えない見世物に終わるであろう。私は彼には頑張ってもらいたいと思う。しかし彼はこれから様々な形でいじめられるだろう。そしてたいしたことは何も出来ずに終わると思う。それ見た事かということになるかもしれない。しかし彼が悪いわけではない。彼が無能だからではない。彼の発言を聞く限りではよくやっている。安倍なんかよりもうまくしゃべっている。頭も安倍よりはよさそうだ。それでも東は大したことはできない。
しかし実は誰が知事になっても変わらないのだ。同じなのだ。全国の知事の中には比較的ましな知事がいることは事実であるが、彼らとても何期も知事をやっているのに大したことをやっているわけではない。田中にしても石原にしても何をやったというのか。要するに誰がやっても同じなのだ。住民や国民がしっかり監視していれば誰がやっても同じなのだ。ということはそもそも知事とか市長とか議員などは不要なのだ。全廃せよとは言わないが、その数を減らし権限を縮小し、無駄な給与を払わない、贅沢な経費を使わせないようにすることだ。
12.  この事は国政についてもそっくり当てはまる。政治家も大臣も官僚も要らないのだ。今の閣僚の醜聞続きを見るがいい。どいつもこいつも犯罪者まがいのことばかりやっている。こんな連中が必要か。そんなに首相になりたいのか。大臣になりたいのか。政治家になりたいのか。何の為にだ。
数を減らし権限を削減すべきだ。首相が誰だろうと大臣がだれであろうと勝手にやってろだ。そのかわり権限も給与も今のように大きなものを与えない。それでよかったら勝手にやってろだ。そういう事を国会で堂々と主張する政治家が一人いればよい。民主党の河村たかしがそれらしき発言をしているがとても本気とは思えない。一人で党をつくるなら本物だ。二人以上の政党になれば立派な政党だ。たとえ二人であっても今の共産党や社民党よりはよっぽど意味がある。場合によって自民党、民主党の愚策を鋭く糾弾出来る真の国民政党になれるかもしれない。
    そのまんま東の当選が教えてくれたことはそういうことだ。今の政治はくだらないということだ。誰がやっても同じだ。勝手にやってろということだ。東には応援のエールを送りたい。しかしそれとても勝手にやってろということだ。東は昔から政治家になりたいという希望をもっていたという。そういう奴にろくな奴はいない。それでも彼はお笑いと政治をやりたいといっていたという。お笑いを卒業して政治家に専念するという野心を持つな。初志を忘れるな。今に知事など馬鹿臭い事に気づいてお笑いタレントのほうがよっぽどましだと気づくだろうから。 

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2007年01月24日

社会的責任感を欠いたわが国の経営者たち

            社会的責任感を欠いたわが国の経営者たち

  政治は三流だが経済は一流だと言われたことがあった。確かにものづくりにかける日本の技術力は今でも素晴らしいものがある。中小企業の多くは地道な努力を重ねてこの国の経済を支えているに違いない。
  しかしこの国の大企業についてはどうか。大企業のトップに立つ者の最近の言動にはその識見を疑うものが目につく。特に日本経団連や経済同友会といった経済団体のトップにある経営者の言葉は目に余る。
 そう思っているのは私だけではなかった。二つの記事を読んでそれを知った。一つは1月21日付の東京新聞に見つけたロナルド・ドーア英ロンドン大学政治経済学院名誉客員の批評である。ロナルド・ドーアは言う。かつて日本の経営者は日本経済の発展という国家目標を達成するため、自分の会社の利益を多少犠牲にしても仕方がないという意識があった。それを彼は「経営者の社会的責任感」という言葉で呼んでいるのであるが、その「経営者の社会的責任感」が急速に弱化しているという。かつてオイルショックでインフレが23%ぐらいまで上がった時、政府・経営者団体・労働組合は「国民経済の健全性」のため自己規制し、2年でインフレを一桁に下げることに成功した。英国が6年もかかったというのにである。ところが今はデフレや個人消費の不振が社会的な問題になっているというのに経営者側の対応が身勝手すぎるとして、御手洗経団連会長の1月11日の労使フォーラムでの演説に言及する。自民党でさえ「企業の好業績が賃金に反映されていない」と批判しているのに、そして、せめて、「賃上げできる余裕のある会社は上げてください」と言えそうなのに、わざわざ「横並びで賃金水準を底上げするベースアップは、もはやありえない時代となっている」と水をかけたことに疑問を呈する。「・・・大企業経営者は・・・過去5年間に賃金を抑えながら自分の給与と賞与を97%上げた・・・『日本の企業文化の特徴として・・・経営と従業員の距離が近い』とよく言えたものだ・・・」と締めくくっている。
  二つ目の記事は週刊東洋経済1月27日号の山口二郎・北海道大学大学院法学研究科教授の「エゴ丸出しの経済界経営者よ謙虚になれ」である。その中で山口は、日本社会の持続的発展を図るために理念と方法を示すのが経済団体の役割ではないかとしたうえで「御手洗ビジョン」に触れ、法人税軽減を求める経営者代表にこう苦言を呈している「・・・貧乏人も過疎地の人も皆が人間らしく暮らせるような政策を維持するために、企業が率先して税金を払うべきではないか。税負担が上がれば企業は外国に逃げ出すなどと国民を脅迫する経営者に愛国心を持てなどと説教されるいわれはない・・・グローバル資本主義の中で利益を追求しながら、ナショナリズムを煽る。組織において家父長的な上下関係を温存しながら、労働者に自己責任と競争原理を押し付ける。今の経済団体の主張は論理一貫性を欠いた『いいとこ取り』でしかない・・・」
  返す刀で山口は人材派遣会社「アール」の社長である奥谷禮子が「過労死は自己責任の問題だ」と言い放った事に怒りを隠さない。そういえばこの奥谷は作家の林真理子と並んで小泉元首相のポン友だ。昨年末にはワインを何本も空けて飲み会をやっている。日本社会を破壊し、日本国民を分断した小泉は、後は野となれと遊びまわっているらしい。そんな無責任な小泉とそれに馴れ合う一部の「成功者」たち。まじめに働いても報われない善良な勤労者が怒らなければ嘘だろう。


    Recent Remarks by Top Leaders of Japanese Companies Show Their Poor Sense of Social     Responsibility

   Mr. Fujio Mitarai, Chairman of Canon Inc. and now Head of Nippon Keidanren or Japan Business Federation, said in his recent speech that he was not enthusiastic about the idea to share companies recent good achievements with their employees in accepting general hike of wages. He also asked the Japanese Government to reduce corporate tax while he emphasizes the need of the increase of consumption tax to cope with the unprecedented national debt.
Another leader of a Japanese leading company insists white-collar exemption introduction, which abolishes overtime in return for intruducing flexible working hours.
One famous lady company leader even said death from overwork is a matter of individuals’s mismanagement of their working hours.
Up to quite recent Japanese companies look like a family and ithe leaders of companies are like fathers. They take care of employees and employees pay homage to companies. Companies leaders also attach more importance to the development of Japanese economy and stability of society as a whole rather than immediate profits of their own company.
All those good sense of responsibility seems to disappear in the mind of Japanese business leaders under the 5 and a half years former Prime Minister Koizzumi's regime. Many of those top leaders are good friends of Koizumi who opened Japanese economy to US funds under the name of privatization and deregulation. Thus the strong and big gets stronger and the weak and small suffers harder.
Japanese people are getting aware of this winner takes all situation and backlash from workers are expected in Japan.

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2007年01月23日

閑話休題 パレスチナ問題に取り組むフォトジャーナリスト広河隆一

閑話休題  パレスチナ問題に取り組むフォトジャーナリト広河隆一

 1月20日の夕、私は都内で開かれた「広河隆一パレスチナ記録フィルム試写会」の集まりに行った。そして彼がこれからの人生を賭けて取り組もうとしている記録映画の一部を見た。驚いた。そして感動した。世界で誰一人として本格的に取り組んでいない「パレスチナの消えた村々」の記録を纏め上げるというのだ。40年かけて自ら撮り続けた膨大なフィルムをつなぎ合わせたそのドキュメンタリーは、見るだけでも30時間以上に及ぶ。それを若者たちの力を借りて一人で行うというのだ。
 外務省勤務34年余を振り返って、私が「仕事らしい仕事を経験した」と実感するのは、南アフリカのアパルトヘイト(黒人隔離政策)と中東のパレスチナ紛争にかかわることが出来た事だ。アパルトヘイト問題はネルソン・マンデラという類まれな黒人指導者が94年に南アの大統領になることによって解決をみた。ところがパレスチナ紛争は解決の目途がたたないばかりか、世界の平和と安全を脅かすほどの深刻な事態に発展している。解決が困難な最大の理由はイスラエルによるパレスチナ弾圧の歴史が、明らかにされないままに闇に葬り去られようとしているからだ。世界がパレスチナ問題の本質を知らされていないからだ。広河はその闇を照射しようとしているのだ。
 これは大変な事業である。世界的な反響を呼ぶ作品になる。同時にまた作り方次第では米国、イスラエルの圧力をまともに受ける作品になる危険性がある。あらゆる批判を許さないイスラエルとそのイスラエルを全面的に擁護する米国への批判になるおそれがある。
 それでも敢えてこの難事業に一人挑戦する広河を突き動かすものは何か。それは彼の次の言葉に象徴的に表れている。
 「・・・パレスチナ難民が発生し、イスラエル国家が誕生した1948年から再来年で60年になりますが、この48年に何が起こったのかは、今でも世界ではほとんど何も知られていないままです。真実はいまだ歴史の闇に埋もれているのです。それを解き明かすには当時の記憶がある人々に出来るだけ多く会って、インタビューをするほかありません・・・私は、パレスチナ問題の根源に当たる難民発生の問題を知らなければ、パレスチナで現在起こっている出来事を理解することは出来ないという思いをいよいよ強くしました・・・」
 そして広河は続けるのだ。これは何もパレスチナ問題に限った事ではない、日本が中国やアジアで何をしてきたか、それを体験した人々が生きている間に正しく記録に残さない限り、私たちは不毛な論争を繰り返