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2005年11月30日

【バックナンバー】2005-11-30

耐震偽造問題―真の責任者は誰だ

  大騒ぎになるのは明らかだった。地震が来たら崩壊するおそれがあるという住民の生命にかかわる大問題であるからだ。耐震データ捏造という悪質で明らかな犯罪行為であるからだ。
しかしメディアの連日の大騒ぎは、この問題の本質に迫ることなく弱いものいじめに徹しているかのようだ。国会の参考人招致で与野党の国会議員が関係者をつるし上げているのを見るとなんともやりきれない思いがする。テレビのキャスターや解説者が大声をあげて彼らを批判しているのを見ると悲しくなる。
彼らは確かに悪い。小嶋何某も非難されてしかるべき格好のキャラクターだ。しかし、だからといって彼らに全ての責任を押し付けて終わってはならない。彼らだってサラリーマンなのだ。そのサラリーマンが極悪非道のごとく連日非難されるのを見るにつけても、サラリーマンの経験を持つ私としてはつらい。
  国会で明らかにされるべきはまず事実関係である。その為に関係者に厳しく問いただすのは良い。しかし問題はその後である。何故こんな事になってしまったのか、何故審査が適正に出来なかったのか、不正の疑いが指摘されていたにもかかわらず何故放置されてきたのか、その背後に政治家と行政のもたれ合いがなかったのか。業者バッシングの嵐が終わり、彼らに正当な処分が下されたならば、次にこの問題の本質究明と真の責任追及がなされないとウソだ。
  このような事件の背景にあるのは、最低限のルールまでも軽視する誘惑に駆られた利益最優先の風潮ではないのか。日本という国全体がそういう国になってしまったという事ではないのか。
この点について、30日の毎日新聞「経済観測」という匿名のコラムは次のように書いている。
 「・・・経済活動における審査部門の形骸化は1980年代のアメリカにおける金融自由化から始まっている・・・金利をはじめ金融業務に関する規制が緩和された時、金融機関は一斉に利益拡大に走った・・・バブル時代、わが国の金融機関はこれに倣った。(審査部の)意見はないがしろにされ各行とも融資に突進した。バブルがはじけた時、100兆円規模の不良債権の山ができた・・・今回のデータ偽造事件においても・・・厳格に審査し、偽造を告発すれば経営が成り立たなくなるのだから、沈黙したことも当然の帰結である・・・今、問われているのは効率性だけで割り切ることの弊害である。もう一度、国、地方自治体の機関に(審査を)戻す事も検討すべき課題だろう・・・ポチもポチチルドレンも目が覚めたのではないか。過ちを改むるに憚るなかれ。」
  中味の検証もなく、なんでもかんでも「改革」を叫んで、全てを民に委ねればよいとする小泉首相のやり方に頂門の一針を与えた事件だと言っているのだ。
  しかし、もっと問われなければならないのが政治と行政の責任である。関係者の証言によれば国土交通省(旧建設省)は関係者の指摘を受けてもなお、適切な対応をとらなかった、とれなかったという。これは、助けをも求めた市民を救出しなかった、出来なかった警察や、危険な薬の投与を、危険と知りつつ放置し続けた厚生省など、行政当局の一連の不作為の罪と共通するものではないのか。
いうまでもなく国交省は建築基準に関しては絶対的な権限を有する。権限と責任は表裏一体であるはずだ。今度の事件に関する国交省の関与と責任は徹底的に解明されなければならない。さもなければ誤りは間違いなく繰り返される。
  そして最後は政治家の関与と責任である。森派の伊藤公介元国土庁長官や公明党議員が、国交省へ仲介の労をとったことや業者から政治献金を受け取っていたことは既に報道されている。
そこに30日の日刊ゲンダイが小嶋社長の政界人脈に小泉首相が浮上しているという記事を掲載した。社長室にはツーショットの写真まで飾ってあるという。これに対して小泉首相は「紹介することはよくあることですけどね。どういうことかわかりません」とぼけたという。
   それでも今回の事件と政治家の関与についてはこれ以上ひろがらないであろう。大手メディアがまったくとりあげようとしないからである。ここにこの問題の大騒ぎのいかさまがある。日本のメディアの堕落があるのだ。

 「早い内部告発でイラク戦は避けられた」

  30日の朝日新聞に掲載されていたダニエル・エルスバーグ氏のインタビュー記事を興味深く読んだ。彼はそのインタビューの中で次のように語っている。
 「・・・イラク戦争でも、開戦前から軍や情報機関の中では疑問や不満が出ていた。もっと早い時点で勇気ある内部告発者が出ていれば、戦争は避けられたはずだ・・・」
   ここでダニエル・エルスバーグ事件について触れておかなければならない。ランド研究所で国防総省のコンサルタントをしていたダニエル・エルスバーグ氏は、ベトナム戦争について大統領が米国民を欺いていることを示す国防省の秘密報告書(ペンタゴンペーパー)を複製し新聞社に渡し内部告発した。1971年にニューヨーク・タイムズ紙などがこれを報道した。ニクソン政権は「国家安全保障の脅威になる」として、掲載の差し止めを求めたが、連邦最高裁は棄却。米国憲法の修正第一条(表現の自由)をめぐる歴史的判決となった事件である。
   エルスバーグ氏は、告発に踏み切ったのが遅すぎたことを次のように反省する。
「・・・報告書のコピーを最初に持ち込んだ相手は、上院外務委員長のフルブライト議員だった。とても影響力のある政治家だったし、ベトナム戦争にも批判的だった。だが、当時はニクソン大統領の人気が高かったこともあり、結局、公聴会で取り上げてくれなかった。
   反戦の立場だったマクガバン上院議員にもコピーを渡した。しかし、大統領選挙への出馬を準備していたこともあり、公表に二の足を踏んだ。
それでニューヨーク・タイムズ紙に渡すことにした。掲載してくれる唯一の新聞だと思ったし、ベトナム時代に知り合ったニール・シーハン記者がいたからだ
・・・告発に踏み切ったのが遅すぎたことを反省している。私が議員とのやりとりで時間を無駄にしているうちに、カンボジアやラオスにまで戦線が広がってしまった。戦争をやめさせるための告発だったから、爆弾が落とされてからでは遅い」
   エルスバーグ氏が冒頭の発言を行ったのはこの後である。彼の言葉を繰り返そう。
「・・・イラク戦争でも、開戦前から軍や情報機関の中では疑問や不満が出ていた。もっと早い時点で勇気ある内部告発者が出ていれば、戦争は避けられたはずだ・・・」
 重い意味を持つ言葉である。    
 それにしても、日本政府は、何を根拠に米国のイラク攻撃を正しいと判断し、これを支持したのであろうか。どのような議論が当時政府内部で行われていたのか。米国の間違った情報操作に騙されたのか。あるいは米国が間違った戦争をしても、それでも米国を支持すると最初から決めていたのか。
もし日本に内部告発者があの時現れていたとしたら、あのような虚偽の理由で行われたイラク攻撃を支持すべきではないという国民の声が彷彿として湧き上がったであろう。その結果さすがの小泉首相もあそこまで胸を張ってイラク攻撃を支持することは出来なかったであろう。
今からでも遅くない。当時の政府内の議論を告発する者が現れてほしいと思う。間違いを正し、その間違った政策をとった指導者に責任を取ってもらうために。

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2005年11月29日

【バックナンバー】2005-11-29

御用学者も匙を投げた?

  24日読売新聞夕刊に掲載されていた靖国問題に関する田中明彦東大教授の論評―小泉首相に「停戦」をお願いしようーについては、続編があった。翌25日の夕刊に掲載されていた(下)の論文を読むと、さすがの田中教授も小泉外交に匙を投げた如くである。
それにしても、御用学者がここまで政府の外交の無能さを書くとはおもしろい。最も、その内容は前回に輪をかけたように、およそ学者が書くような論評とは思えないものであるが。
 「・・・(中国、韓国との間でトップレベルの外交が停止している現状について)この問題の責任は極めてはっきりしている。小泉首相自身の決断によって生起した問題であり、他の何人もこの問題に関して、首相以上に責任を負える立場にない。首相に対して、何とかしてください、と言うしかない・・・
(前回の総選挙で国民は小泉首相に圧倒的な勝利を与えたのであるから)靖国問題による外交悪化の結果も国民にとって自業自得、すくなくとも次の選挙のときまでは甘受するしかないのかもしれない・・・
(しかし日中関係や日韓関係の悪化をなんとかしなければ国民に不利益が生ずるから)首相が首脳レベルの外交が出来ず、外相もたいしたことが出来ないのであれば、国民自らがなんとかするしか仕方がないのであろう・・・郵政民営化を成し遂げた小泉首相は、今度は『外交の民営化』も成し遂げようとしているのかもしれない。そうなったら、外務省もいらなくなるし、政府専用機もいらなくなる・・・」
 真面目な論評とは思えない。もし田中教授が本気でそう思っているのなら、国民の利益を損ねた責任をとってもらおう、有害な仕事をしている小泉首相やそれを諌める事の出来ない政治家、官僚にはこれ以上税金で高給を払い続けるわけにはいかない、と、いっそそこまで書いて欲しかった。

  政府に楯突かない学者のジレンマ

  臆面もなく政府擁護をする学者はまだわかり易い。学者に中に多く見られるのは、政府の政策から距離を置く姿勢を見せながら、それでいて政府の政策を批判する事を避ける物言いをする学者である。
  11月28日の日経新聞「経済教室」に書かれていた添谷芳秀慶応大学教授の「日本外交再生の戦略」などはそれであろう。
  添谷教授は、日本の安全保障を考える時、東アジア共同体という地域主義が安全保障共同体に到達することが究極的な理想であるとし、そのような東アジアに安全保障共同体が出来たあかつきには日米安保体制はそこに吸収されると述べている。
私もこれは理想的な姿であり、日本の目指すべきところであると思う。それはそうであろう。もし中国や北朝鮮という体制の異なる国、仮想敵国とみなされる国が、もし一つの共同安全保障体制の中に入るとすれば、日本の安全保障は格段に高まる。現実には直ちにそのような安全保障体制が実現できることが困難であるとしても、いやしくも平和国家を標榜する日本であれば、それを目指して外交努力を重ねるべきであろう。
  ところがこの東アジア安全保障体制の構築こそ、米国がもっとも警戒するものである。そのような安全保障体制が東アジアに出来上がると、米国の出番はなくなる。アジアにおける米軍駐留の根拠が失われる。
このように、米国が反対する東アジア安保体制の構築に向けて、対米従属の日本がどうして賛成できようか。実際のところ日本外交は、この東アジア安全保障体制を構築するという考えに、一貫して消極的な態度を示してきたのである。まさか米国が反対するから反対だとはいえない。そこで決まり文句のように、「NATOの場合と違ってアジアには国の体制や発展段階に多様性があり、一つの集団安全保障体制をつくるのは困難である」という理屈を持ち出すのである。こんな馬鹿げた理屈があろうか。困難であっても、それが正しければ実現に向けて努力をすればいいだけの話である。はじめから努力する気がないのである。
  この点について、残念ながら添谷教授もやはり腰が引けるのである。彼はこう続ける。
 「(東アジアの)安全保障共同体が成立すれば日米安保は吸収されるが、それは永遠に実現しないかもしれない。その過程で、安全保障への脅威に備え続けることも不可欠である。だから、日本にとって日米関係は重要であり続ける・・・」
  あくまでも米国との同盟関係の信頼性を強化する中で、国際的に通用する平和主義に立脚した、「ミドルパワー」としての日本の外交の自由度を高めるべきと言うのである。なんとも解りにくい主張である。政府に楯突く事を避ける学者の限界である。

 ここまで明らかにされた米国の秘密工作

 少し前に、米国の中央情報局(CIA)が世界の8カ国にテロ容疑者を尋問する秘密収容所を設けているというニュースがワシントン・ポスト紙に掲載されたことがあった。米政府はその存否について確答を避けてきたが、さすがに人権を重視する欧州諸国は追究を緩めない。
29日の日経新聞によれば、独のシュタインマイヤー外相やアイルランドのアハーン外相などが、近く訪問するライス国務長官に説明を求めるという。また欧州連合は外交ルートを通じて公式に説明を求めることを決定したという。
 その同じ日の日経新聞に、こんどは28日発売の米誌タイムスが、ブッシュ政権はCIA工作員を増員すると報じているという記事があった。その記事によると、CIAのゴス長官が、文化や経済担当の大使館員などを装った工作員を増員するとともに、冷戦終結で閉鎖したCIAの活動拠点を再稼動させる計画だ、と伝えたという。
 またブッシュ大統領は、「可能な限り早期に」工作員の数を50%増やすよう命じたという。工作員訓練所は満員状態だとも報じられている。
  本来ならば許されない米国の工作活動がここまで公然と報じられるのである。そんな国と知って尚、日本政府は米国を価値観を最もよく共有した世界最善の同盟国であると、本気で考えるのか。

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2005年11月29日

【バックナンバー】2005-11-29

御用学者も匙を投げた?

  24日読売新聞夕刊に掲載されていた靖国問題に関する田中明彦東大教授の論評―小泉首相に「停戦」をお願いしようーについては、続編があった。翌25日の夕刊に掲載されていた(下)の論文を読むと、さすがの田中教授も小泉外交に匙を投げた如くである。
それにしても、御用学者がここまで政府の外交の無能さを書くとはおもしろい。最も、その内容は前回に輪をかけたように、およそ学者が書くような論評とは思えないものであるが。
 「・・・(中国、韓国との間でトップレベルの外交が停止している現状について)この問題の責任は極めてはっきりしている。小泉首相自身の決断によって生起した問題であり、他の何人もこの問題に関して、首相以上に責任を負える立場にない。首相に対して、何とかしてください、と言うしかない・・・
(前回の総選挙で国民は小泉首相に圧倒的な勝利を与えたのであるから)靖国問題による外交悪化の結果も国民にとって自業自得、すくなくとも次の選挙のときまでは甘受するしかないのかもしれない・・・
(しかし日中関係や日韓関係の悪化をなんとかしなければ国民に不利益が生ずるから)首相が首脳レベルの外交が出来ず、外相もたいしたことが出来ないのであれば、国民自らがなんとかするしか仕方がないのであろう・・・郵政民営化を成し遂げた小泉首相は、今度は『外交の民営化』も成し遂げようとしているのかもしれない。そうなったら、外務省もいらなくなるし、政府専用機もいらなくなる・・・」
 真面目な論評とは思えない。もし田中教授が本気でそう思っているのなら、国民の利益を損ねた責任をとってもらおう、有害な仕事をしている小泉首相やそれを諌める事の出来ない政治家、官僚にはこれ以上税金で高給を払い続けるわけにはいかない、と、いっそそこまで書いて欲しかった。

  政府に楯突かない学者のジレンマ

  臆面もなく政府擁護をする学者はまだわかり易い。学者に中に多く見られるのは、政府の政策から距離を置く姿勢を見せながら、それでいて政府の政策を批判する事を避ける物言いをする学者である。
  11月28日の日経新聞「経済教室」に書かれていた添谷芳秀慶応大学教授の「日本外交再生の戦略」などはそれであろう。
  添谷教授は、日本の安全保障を考える時、東アジア共同体という地域主義が安全保障共同体に到達することが究極的な理想であるとし、そのような東アジアに安全保障共同体が出来たあかつきには日米安保体制はそこに吸収されると述べている。
私もこれは理想的な姿であり、日本の目指すべきところであると思う。それはそうであろう。もし中国や北朝鮮という体制の異なる国、仮想敵国とみなされる国が、もし一つの共同安全保障体制の中に入るとすれば、日本の安全保障は格段に高まる。現実には直ちにそのような安全保障体制が実現できることが困難であるとしても、いやしくも平和国家を標榜する日本であれば、それを目指して外交努力を重ねるべきであろう。
  ところがこの東アジア安全保障体制の構築こそ、米国がもっとも警戒するものである。そのような安全保障体制が東アジアに出来上がると、米国の出番はなくなる。アジアにおける米軍駐留の根拠が失われる。
このように、米国が反対する東アジア安保体制の構築に向けて、対米従属の日本がどうして賛成できようか。実際のところ日本外交は、この東アジア安全保障体制を構築するという考えに、一貫して消極的な態度を示してきたのである。まさか米国が反対するから反対だとはいえない。そこで決まり文句のように、「NATOの場合と違ってアジアには国の体制や発展段階に多様性があり、一つの集団安全保障体制をつくるのは困難である」という理屈を持ち出すのである。こんな馬鹿げた理屈があろうか。困難であっても、それが正しければ実現に向けて努力をすればいいだけの話である。はじめから努力する気がないのである。
  この点について、残念ながら添谷教授もやはり腰が引けるのである。彼はこう続ける。
 「(東アジアの)安全保障共同体が成立すれば日米安保は吸収されるが、それは永遠に実現しないかもしれない。その過程で、安全保障への脅威に備え続けることも不可欠である。だから、日本にとって日米関係は重要であり続ける・・・」
  あくまでも米国との同盟関係の信頼性を強化する中で、国際的に通用する平和主義に立脚した、「ミドルパワー」としての日本の外交の自由度を高めるべきと言うのである。なんとも解りにくい主張である。政府に楯突く事を避ける学者の限界である。

 ここまで明らかにされた米国の秘密工作

 少し前に、米国の中央情報局(CIA)が世界の8カ国にテロ容疑者を尋問する秘密収容所を設けているというニュースがワシントン・ポスト紙に掲載されたことがあった。米政府はその存否について確答を避けてきたが、さすがに人権を重視する欧州諸国は追究を緩めない。
29日の日経新聞によれば、独のシュタインマイヤー外相やアイルランドのアハーン外相などが、近く訪問するライス国務長官に説明を求めるという。また欧州連合は外交ルートを通じて公式に説明を求めることを決定したという。
 その同じ日の日経新聞に、こんどは28日発売の米誌タイムスが、ブッシュ政権はCIA工作員を増員すると報じているという記事があった。その記事によると、CIAのゴス長官が、文化や経済担当の大使館員などを装った工作員を増員するとともに、冷戦終結で閉鎖したCIAの活動拠点を再稼動させる計画だ、と伝えたという。
 またブッシュ大統領は、「可能な限り早期に」工作員の数を50%増やすよう命じたという。工作員訓練所は満員状態だとも報じられている。
  本来ならば許されない米国の工作活動がここまで公然と報じられるのである。そんな国と知って尚、日本政府は米国を価値観を最もよく共有した世界最善の同盟国であると、本気で考えるのか。

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2005年11月28日

【バックナンバー】2005-11-28

耐震強度の偽造問題騒ぎの影で隠されるもの

    突如として起こった耐震強度の偽造問題で連日マスコミは大騒動だ。この問題は本気で解決しようとすれば途方もない広がりと深さに行き当たるであろう。一つには、既存のビルについて耐震強度を徹底的に調査すれば、危ないビルは気が遠くなるほど広がるであろうということである。今回問題となった姉歯設計事務所の欠陥建築は基準に満たない比率が30-40%という途方もないいかさま建築であるが、100%に満たない建築物を含めるとおそらく数え切れない数に上るであろう。建築コストを少しでも安くしたいという過当競争の結果、少しの不足なら大丈夫だろうという意識の甘さが生じていたとしても不思議ではないからである。いやむしろそれが当然と考えたほうがいい。しかし崩壊の危険という観点から捉えれば、50%以下が駄目で、80%くらいならいいだろうと言ったいい加減さは許されない。これからこの問題を国はどう対応していくのか。二つ目には検査制度のいい加減さと国の責任である。建築許可を与えるのは最終的には国である。官僚である。今の検査制度は「人間性善説に基づいて作られている」から不正を見つけるのには限度がある、などという弁解が報じられているが、こんな馬鹿げた言い逃れはない。この国のあらゆる検査制度は、一方においていい加減に行われており、他方においてはその検査制度を悪用した不正や癒着が横行している。事実今回の事件でも、元国土庁長官が危険を承知で関係業者のために便宜を図っていたということが早々と報道された。業者から政治献金まで受け取っていたという政治家もいるらしい。関係者は知っていながら隠蔽し続けていたのだ。事実が発覚したとたんに大騒ぎんあったといういつものパターンだ。
   この大騒ぎはどこまで続くのであろうか。人の生命に関することであるからいい加減な決着で済ませるわけには行かないであろう。しかし問題の根本解決を図ろうとするととてつもない時間と責任問題が生じる。結局は一部の民間業者が極悪人にされて幕引きとなるのが目に見えている。
   それにしてもこの偽造問題に関する報道は当分の間続くであろう。その影で多くの悪事がやり過ごされていく。この事件が突如として表面化したことによって、内心喜んでいる連中は大勢いるに違いない。日歯連疑惑はどうなった。酒造組合費の詐欺事件と政治家の癒着疑惑はどうなった。成田空港建設談合については元首相経験者が便宜を図っていた疑惑が急浮上している(28日毎日新聞スクープ)。増税はどうなる。三位一体改革や医療改革はどうなる。米軍再編はどうなる。アジアで孤立する日本はどうなる。
   要するに小泉政権の末期に噴出した諸問題の追及が、この耐震強度疑惑で一時的にせよかき消されているのである。マッチポンプではないのかという感さえする。

   西村議員の逮捕と民主党のノーテンキ

  この見出しは私がつけたものではない。弁護士法違反で逮捕されるらしい西村真吾代議士(民主党)についての11月28日付日刊ゲンダイから見つけた記事の見出しである。その記事はこう書いている。「・・・事件は西村弁護士の法律事務所が舞台であった。法律事務所の職員だった鈴木浩治は弁護士資格がないのに交通事故の示談交渉を行い、報酬を西村サイドと折半にしていた。示談交渉の代理人といえば聞こえはいいが、鈴木は背中に入れ墨を入れたコワモテ。交渉に右翼団体の名前を出して凄んだり、脅しまがいで示談にした事例が捜査当局にはたくさん集まっていた(捜査関係者)。その鈴木が逮捕された時には、西村は『勝手にやっていたこと』と居直っていたが、事務所に家宅捜査が入り鈴木が報酬の半分をピンハネされていたことを自供し始めるや『いかような弁護士会の処分も受ける』と観念した。みっともないのは民主党だ。鳩山幹事長は家宅捜査された時点でも、『党としての対応をとる必要はない』と言っていた。『まったく危機感がない。鈴木の非弁活動が西村の合意によるものであれば西村逮捕もありうる。なのに党執行部は西村の、私を信用してください、という釈明を真に受けているのですから話しになりませんよ』(関係者)。民主党は今頃になって『西村議員に辞職を求める』なんて言い出したが、西村本人は『議員としての職責とは別』と辞職を拒否している。どうしようもない議員とどうしようもない党である。」
  まったく同感だと思ってこの記事を読んだ。

  大阪市長選挙に思う

  ヤミ年金問題を放置した責任を問われていた関大阪市長が、小泉首相の真似をしたのでもなかろうが「信を問う」と出直し選挙をし、そして再出馬して当選した。なんとも不可解な結果である。しかしその結果は予期されていた。対立候補への盛り上がりがまったく見られなかったからだ。市民の関心も当然ながら離れてしまったままの選挙だった。投票率は33.92%という低さだ。
  当選した関候補(自民、公明推薦)の得票は27万8914票、二位の辻恵(元民主党衆院議員)候補、三位の姫野浄(共産党推薦)候補の得票がそれぞれ、18万9193票、16万5874票だったという。関候補の対立候補が一本化されていれば容易に逆転できる数である。選挙のたびにいつも思うことではあるが、どうして自民、公明に支持される候補と、その自公連合に対立する候補が一本化されて出てこないのか。どうして共産党は勝ち目のない自らの候補者にこだわるのか。国民や市民の不満の受け皿になる政党が不在のまま、受け皿になるべき民主党が対決姿勢を示さず、対決姿勢を見せる共産党や社民党がまとまる気配を一向に見せない。狭量な対抗意識や組織の利益を優先させる結果である。国民に顔を向けていない証拠である。こんなことでは憲法改悪や日米軍事同盟の加速化は今の野党にはとても止められない。日本の政治に絶望的にならざるを得ない理由がここにある。

  日本を無視して進む米軍再編の動き


  貴乃花の時の「感動した!」が受けたと見えて、二匹目のドジョウを狙った小泉首相が、「新記録、大記録、見事だ、おめでとう」と叫びテレビを意識して自ら大きな総理大臣杯を朝青龍に渡していた。あさましい姿だ。それを翌日の新聞がまたこぞって取り上げている。
  その一方で、自らがブッシュ大統領に約束した米軍再編についての基地住民への説明を、本来ならば自分が汗を流して説明に走り回るべきところを、部下である額賀防衛庁長官や麻生外務大臣に任せっぱなしだ。
  この問題に関する住民と日本政府の溝は埋まる気配はない。11月26日の毎日新聞は額賀防衛庁長官が全国行脚を28日に終えて、計40人の首長と面会したが地元の反発は予想以上に強かったと報じている。
  驚くべきは米国側の対応である。日本国中が米軍再編問題で分裂させられているというのに、米国はその苦悩を無視するかのように、どんどんと準備を進行させていっている。
  27日のワシントン発共同通信は、米軍再編の焦点のひとつとなっている米軍陸軍司令部の日本への移転について次のように報じている。
 「・・・米政府は移転後も『第一軍団』の名称をそのまま存続させた上で、陸軍だけでなく、空、海軍部隊も統括する『統合作戦能力』を強化した司令部機能をその司令部に持たせる方針だ。米政府関係者が27日までにあきらかにした・・・」
 こんな事を日本政府はまったく日本国民に説明していない。メディアも正しく報じていない。今日本国内では、地元の神奈川県や座間市が米陸軍第一軍団司令部を米ワシントン州からキャンプ座間へ移すことに強く反対している。さらに米軍司令部の日本移転と機能強化がアジアの日米安保条約の極東条項の範囲を逸脱することに日本国内の論議が集中している。ところが米国は、そんな日本の事情には一切関係がないといわんばかりに、どんどんと準備を進めているのだ。
  そんな米国に文句の一言もいわずに、日本国民の説得を官僚や閣僚にまかっせっぱなしにしている小泉首相を我々はどう考えればよいのか。なぜ国民は非難しないのか。


  国民保護法に基づく初の実働訓練

  27日に、政府と福井県が主催して、有事の際に住民を安全に避難・救済するための実働訓練が行われたという。以前に警察庁と防衛庁が共同で訓練をするという企画もあった。その時もつくづく思ったのであるが、こんな訓練が今緊急に必要なのかどうか納税者は良く考えたほうが良い。その経費は我々国民、住民が負担しているのだ。
  単に経費だけの問題ではない。テロに備える言えば皆が納得するといわんばかりであるが、そもそもそんな危険性があるのか。むしろこのような訓練を繰り返すことによって無意識のうちに国民に危機意識を刷り込んでいく。国民のアレルギーをなくしていく。そういう効果がおそろしい。
  それにしてもこんな仕事をしている海上保安庁や自衛隊、警察庁は何と楽なことであろうか。予算と国家権力があるだけでおとなしい住民を意のままに命ずることが出来るのである。訓練を行うのに難しい技術は要らない。
  こんなことことよりも次々と生じる凶悪犯の検挙に全力を傾けるべきだ。国民が納得する日本の安全保障政策を作るべきだ。難しい仕事を後回しにし、簡単な仕事をマスコミに宣伝して大きく見せる。役所仕事の典型である。

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2005年11月25日

【バックナンバー】2005-11-25

本気で小泉改革に反対しているのか

  25日の各紙は、自動車業界の首脳が、小泉首相の提案する「道路特定財源」の一般財源化にそろって反対し、街頭でビラをまいたと報じている。「道路整備のために、受益者負担で高い暫定税率を受け入れてきたのに、その税収を財政再建のために一般財源化するのはおかしい。それなら暫定税率を廃止すべきだ」という。
  なりふりかまわずに一般財源をふやそうとする小泉政権と、車の売り上げにマイナスに響く揮発油税などを甘受してきたのも、その税収を道路整備などに使ってクルマ社会のさらなる普及を狙う自動車業界のソロバン勘定のぶつかりあいである。
  どっちもどっちだ。消費者にとっては税金などないほうがいい。私の関心は、今度の総選挙で小泉首相をあそこまで公然と支えたトヨタが、他の自動車会社と一緒に反対の揃い踏みに参加したということだ。本気なのか。
  いまや「改革」は小泉政権の最大の公約である。その小泉改革のポスト郵政改革の目玉の一つが税制改革である。小泉首相は妥協をしないだろう。その小泉改革に、小泉首相の最大の応援団である奥田経団連会長率いるトヨタが社をあげて反対している。トヨタは本気なのか。本気であるのなら「揃い踏み」などというパフォーマンスではなく、奥田硯氏みずからが小泉首相に直談判すればよい。そこまでやるのなら本物である。果たしてそうなるのか。
  改革の旗を降ろせば何もなくなる小泉政権としては絶対に譲らないだろう。それでもトヨタ会長は頑張るのか。あるいは見せかけのポーズなのか。この成り行きは興味深い。

  本気で米軍再編に反対しているのか

  24日の朝日夕刊に、下地幹郎衆議院議員(沖縄1区、無所属)と沖縄県議有志が訪米し、米軍再編の中間報告を見直すよう米国防総省のローレス副次官、ヒル上級日本部長らに要請したという記事が載っていた。下地議員は普天間飛行場の移転先となる辺野古崎につくる長さ約1800メートルの滑走路部分を、当初の要求どおり1500メートルに戻すよう要請したという。米国側は否定的だったという。
  何かおかしい。下地議員や沖縄県議有志は、米国と条件闘争をしているのか。滑走路の長さが短くなればそれでいいのか。米軍基地はなくならない事を前提に、少しでも害が少なければそれでよいのか。基地問題からくる矛盾は、基地が存続する限り決してなくならない。
  条件闘争では、地域振興という名の助成金をバラかまれて黙らされるのがおちである。なぜ米軍基地が日本に必要なのか。なぜ米軍基地が沖縄に集中し続けなければならないのか。この本質的な問題を正面から問いかけ、軍事協力なしの日米協力関係を米国に求めて行かない限り、いつまでたっても基地問題は解決しない。基地問題の本質を見失ってはとても闘えない。

  空前の利益をあげた大手銀行

 25日の各紙は大手銀行6グループが9月の中間決算で空前の利益を上げたと報じている。その一方で政府は日銀に金融緩和政策を継続しろという。どこまで国民にしわ寄せするつもりなのか。日本人が金利ゼロを甘受させられて何年たつというのか。銀行預金の利子が事実上ゼロのなかで、政府の支援を得て不良債権に専念した大手銀行が収益を上げるのは当然であろう。その裏で貸し渋り、貸し剥がしの犠牲になって苦しむ中小企業の姿がある。ゼロ金利の中で何とか利殖をしようと素人の株取引などに走る国民がいる。老後の資産維持に株はリスクが高すぎる。そんな危険を犯さなければならないほど異常なゼロ金利が続く。大手銀行ばかりが利益を得て銀行マンだけが高給を取り続ける仕組みは間違っている。

  国際政治学者という商売

  国際政治学者の役割は何かと考えさせられることがある。
  米国がイラク攻撃を行おうとしていた2003月3月、ある集会で、北岡伸一と田中明彦という二人の国際政治学者が揃って米国のイラク攻撃を支持する発言をしたことがあった。これを聞いていた岡崎何某という外務省OBが、「昔なら東大の国際政治学者が、『イラク攻撃を支持すべきだ』と言えば、国民は黙って『そういうことなのか』と納得したものだ。東大教授の発言で論議はおしまいなのだ」という趣旨の発言をしていた。
  国民が、東大の学者の言うことを黙って『そういうことか』と聞いていた時代がいつ頃あったのか、私は寡聞にして知らないのであるが、少なくとも今日の東大教授の発言に、とてもそのような説得力はない。むしろ彼らの何人かは、あからさまな政府支援を行って碌を食むごとくである。北岡教授は、日本の国連安保理常任理事国入りに向けて国連大使に抜擢され、連日日本がいかに国連安保理常任理事国入りにふさわしい国であるかについて、日本人相手に宣伝していた。外国に対して働きかけるよりも国内に向けて外務省の代弁をしているのである。その常任理事国入りが米国や中国などの反対であえなく水泡に帰したとたんに北岡国連大使は黙りこくってしまった。
  もう一方の田中明彦教授はどうしているのか。そう思っていたら11月24日の読売新聞(夕刊)に、論壇思潮というコラムで次のような記事を寄せていた。「靖国問題、『停戦』を提案」というタイトルの論文も、とても東大の国際政治学者の論文とは思えないほど稚拙だ。黙って「そういうことか」などととても納得できるものではない。
 「・・・(靖国参拝をめぐる)「持久戦」は、ますます関係国を消耗させつつある。小泉首相にしてみれば、中国や韓国がこの問題について何も言うのをやめて、首脳会談などを予定通りにやれば、この持久戦は終わるのだから、こちらは何も態度を変えるつもりはないというであろう。中国や韓国にしてみれば、日本の首相が靖国参拝をしないと宣言すれば、これで終わるのだから、こちらも態度を変えないということになる。しかし、双方がこの態度をとっていれば、延々とこの持久戦が続くということになる・・・しかしこの持久戦には(お互いに)相当高いコストがかかっている・・・私は、この持久戦は、なんとかいったん「停戦」にできないだろうかと思う。実際の戦争ですら、時に関係国は「停戦」合意をする。これは実際の戦争ではないのだから、「停戦」はより容易なのではないか・・・シンボルの戦いにも停戦が必要だと思う」
  なんという粗雑な議論であろう。そこには歴史認識についての田中氏の考えは一切言及はない。中国や韓国が小泉首相の靖国参拝をその程度のものとしか考えていないというのか。御用学者に安住した日本の国際政治学者の言は、一般国民の新聞投書欄に寄せられる声よりも稚拙で説得性がない。

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2005年11月22日

【バックナンバー】2005-11-22

五百旗頭真(いおきべ・まこと)神戸大学教授が見た沖縄

  朝日新聞の小型ジェット機に乗って、神戸大学の政治学者である五百旗頭教授が沖縄の上空を飛んだという。空から視察をした後、沖縄のメディアや防衛施設局関係者と懇談した。その一方で沖縄住民と会って話すことはしていない。
  その五百旗頭教授が11月22日の朝日新聞紙上で次のような取材報告を書いている。それを読んで憤りを覚えざるを得なかった。オブラートに包まれたもっともらしい表現の下に透けて見えるのは、「普天間基地の移転は絶対命令だ。日本政府がここまで苦労しているのだから沖縄住民も少しは協力的な態度を示したらどうか。日米同盟を堅持するという国益を沖縄住民も尊重しなければならない。今度の合意は米国も譲歩して出来たのだから・・・」という、沖縄住民への恫喝である。沖縄振興のためにアメをしゃぶらせているではないかという沖縄住民蔑視の姿である。
  日本政府の言いたいことを、学者がメディアを使って代弁する。御用学者の面目躍如である。それにしても御用学者に取材協力までして政府の代弁をさせる朝日新聞は、どうしたというのか。皆さんは次の文章をどう思って読まれるであろう。

  「・・・ジュゴンの藻場でもある南のサンゴ礁の海、背後の深い青をたたえる大浦湾、その美しさを見て、基地が海に押し出すことに痛みを感じないではない。しかし、従来の沖合いや浅瀬の案に対して環境への被害の少ない移設案と見えた・・・嘉手納の巨大軍事基地を経て、普天間が現れる。この辺りから那覇まで、空から見れば切れ目のない一つの大都市である。密集した大都市の真ん中の大地に飛行場をかかえるかたちになっている。なるほど、ひとたび事故が起これば大変だと言われ続け、そして昨年8月にヘリコプター墜落事故が実際に起こった。これは人間の生存への脅威であり、辺野古岬周辺の環境に一定の影響があるという問題とは質が違う。基地移転を進める他はないだろう・・・この度の移転案を地元の人がそこまで激しく見ているのかと衝撃を受けた・・・危険な普天間飛行場がなくなり返還されること、7千人の兵とともに司令部がグアムに退きかなり実質的な海兵隊削減となること、日本政府が沖縄の人々への大きな負担と安全保障への貢献を認識して沖縄振興策に財政難の中で力を注いできたこと、それらを評価して移設を受け入れる心理的準備は沖縄社会にはまだ存在しないようである・・・稲嶺知事がもし歓迎するとでも発言しようものなら、来年の選挙で保守は惨敗確実となる、そういう沖縄の風土らしい。
   平凡ではあるが、一方で日本政府が基地のみに依存しない沖縄の発展を後押しすること、他方で沖縄社会が思いつめることを卒業し、巨大な安全保障の負担を受けとめつつ独自の振興を図る心境を築くこと、それを私は期待したい。
   このたび、米国側も沖縄の負担軽減に柔軟に協力した。日米関係を破綻させてよい安全保障環境にないことを理解すべきであろう・・・」

 米国軍の即時撤退をあらためて求める

  このような記事を、我々はこの2年半の間に何度読んできたというのか。一切のコメントは不要だ。必要なのはイラクからの米軍の即時撤兵を叫び続けることだけだ。
 「カイロ21日共同」
   イラク中部バクバ近郊で21日、米軍部隊がイラク市民の車を銃撃、子供三人を含む五人が死亡、二人が負傷した。米軍は誤射を認めた。被害者の証言によると、後方から来た米軍車両をやり過ごそうと、イラク人家族の車が道路脇に寄ったとろこ、米軍が銃撃した。

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2005年11月21日

【バックナンバー】2005-11-21

イラク戦争を支持した読売新聞の編集委員

イラク戦争が始まった2003年3月の当時、私は中東のレバノンにいた。だから日本の国内で、当時どのような論調が見られたのか詳しくは知らない。
11月20日の読売新聞に橋本五郎という編集委員が次のように書いている。それを読んで、驚き、立腹し、そして冷笑せざるを得なかった。
「五郎の政治ワールド」というコラムで橋本編集委員は次のように書いている。
「・・・イラク戦争に際し、私は読売新聞紙上で、『日本は支持するしか選択肢はない。誰よりもはやく、誰よりも強く支持すべきだ』と書いた。自衛隊の派遣についてもそれ以外の道はないと主張した・・・」
まるで小泉首相のとった行動とそっくりだ。驚くべき浅薄な、そして間違った考であることか。そしてそれから2年半が経った現在、あらゆる客観状況が、その判断の誤りを我々に教えてくれている。
だから私は、橋本編集委員が今頃になって当時の意見を再現したのは、その意見の非を認めているのかと思って読み続けた。
しかしどうもそうではないらしい。彼は続けてこう書いているのだ。
「・・・(自分がそのように主張したのは、それが)国際的な責務であるというだけではない。支持したうえで、アメリカに対して強く注文しなければならないからである。しかし、本当にアメリカに要求すべきことを要求してきただろうか・・・」
見事な論理のすり替えである。高い代償を払う以上は、アメリカに無条件に日本の常任理事国入りを支持させるなど、その見返りとして日本は相応の要求を米国に飲ませなければならない、その外交努力を政府は何も行って来なかった、それならばイラク戦争を支持する価値はなかった、と言って自らの非を取り繕うとしているのだ。
しかし彼はここでもう一つの大きな勘違いをしている。米国が日本に見返りをくれるような国であると考えることがそもそも認識不足なのである。
少しでも米国を理解している者であれば、米国という国が、力の弱いものに対してはますます攻勢にでる反面、力の強いものには思ったほど強くでない国であることを知っている。だから小泉首相のようなご機嫌とりの態度では駄目なのだ。取られる一方なのだ。あの時日本は毅然としてイラク戦争に反対すべきであったのだ。小泉首相に少しでも外交のセンスがあったなら、米国を怒らせることなくイラク戦争から距離を置く事は出来たはずだ。その能力のなさが、米軍再編への無条件の協力というもう一つの歴史的誤りにつながって来るのだ。今度こそ我々は小泉首相の誤りを黙って見過ごしてはならないと思う。

自衛隊はボーイスカウトと同じだ

これはラムズフェルド米国防長官がはき捨てた言葉であるという。週刊現代12月3日号に掲載されている日米安保協議の実態は、もしそれが事実であるとすれば驚きである。小泉首相は何のために国民を欺いてまで自衛隊をイラクに派遣してきたのか。その根本的なところが問われる。
米軍再編への協力をうたった中間報告をまとめる日米交渉の過程で、我々が知らされていない米国側の発言があったという。10月29日、ワシントンで開かれた外務・防衛閣僚による日米安保協議委員会(通称2プラス2)の席上で、ラムズフェルド国防長官は次のように強硬発言をしたという。
「・・・現在、米軍はバクダッドをはじめイラク国内の危険地帯で、命がけで治安維持や選挙管理の仕事に従事している・・・日本の自衛隊が行っているイラクの復興支援は、本来は戦乱状態が終了した後に行うべきものだ。今のイラクの状態は復興支援の段階ではなく、国内のテロリストを鎮圧する段階だ・・・現在自衛隊はサマワに駐屯しているが、彼らは治安維持部隊でも選挙管理のための部隊でもない。単に南部の安全地帯にある一寒村で、ボーイスカウトのような作業をしているだけではないか!」
これを聞いた日本側関係者は衝撃のあまり凍りついたという。
もしこの記事で明らかにされたラムズフェルド国防長官の発言が事実であるとしたら、小泉政府は国民を完全に騙し続けてきたことになる。米国を喜ばすはずの自衛隊のイラク派遣さえも、米国から冷笑されていたのだ。米国は復興支援などしている段階ではないと言っていたのだ。
サマワの自衛隊派遣が日本側の都合による一方的な自作自演であったことが暴露されたということだ。サマワへの自衛隊派遣は、自衛隊を派遣して実績を作りたいが、さりとて自衛隊を危険なところへ派遣して危険な目には絶対あわせたくない、この異常な派遣のために、膨大な税金が無駄遣いされて来たのだ。
この事実が明らかになれば、さすがの小泉さんもいくらなんでもこれ以上サマワへ自衛隊を派遣し続けることは出来なくなるであろう。このラムズフェルド国防大臣の発言を徹底的に究明し、小泉外交の嘘を国会で徹底的に糾弾されなければならない。

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2005年11月18日

【バックナンバー】2005-11-18

これがイスラエルの現実である

   11月17日の東京新聞の小さな記事に私の目が釘付けになった。「パレスチナ少女に連射、イスラエル兵無罪」という見出しで始まるその記事を読んで、私に深い悲しみと怒りを覚えずにはいられなかった。
   あれからもう1年がたったのだ。昨年10月パレスチナの自治区ガザで歩行中の少女が、検問所でイスラエル兵に射殺される事件が起こった。イスラエルではよくあることかもしれない。しかし衝撃的なことはその後に起こった。瀕死の少女の顔や体に、そのイスラエル兵は十数発の銃弾を連射したのだ。何の抵抗も出来ない瀕死の少女の体に、機関銃を連射する仕業は、人間が出来ることではない。イスラエルとパレスチナの関係はここまで異常な状況になっているのだ。
   そのイスラエル兵に、イスラエルの軍法会議は15日、無罪を言い渡したという。
   少女の父親は「イスラエルに公平な裁きは期待できない」と話した。
   パレスチナ自治政府は「判決はイスラエル占領軍の冷血な殺人を奨励するだけだ」という声明を出した。
   しかしそれらの声は国際政治の暴力の前にかき消されるだけだ。国際社会はせきとして何も語らない。不正義がまかり通っている。これほど悲しいことがあろうか。

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2005年11月14日

【バックナンバー】2005-11-14

米軍再編を支援する特別立法

  総じて月曜日の新聞記事はつまらない。なぜなら週末は皆が休日を楽しんでいるからだ。記者もまた休んでいる。
そんな各紙の記事の中で、なんといっても特筆されるべきは、「在日米軍再編推進関連法案」の動きを報じる日経新聞一面の記事だ。
在日米軍再編には膨大な経費がかかる。米国は再編の完了は2012年までとしているらしいが、日本政府はこの米国の一方的な軍事力改編を、総額1兆円規模で後押しするというのだ。その柱は沖縄海兵隊のグアム移転関連経費だという。司令部施設、兵舎、家族住宅、福利厚生施設などが対象になっているというが、現在の日米地位協定には海外の米軍施設に資金援助する仕組みになっていないので、新たな立法が必要になってくるのだ。
そもそも78年から始まった「思いやり予算」が日米地位協定を超えた超法規的措置だった。その脱法行為が、おかしいと言われながら20年近くも放置され、その額も数千億円に膨れ上がっている。それに加えて、もっと大規模な、しかもグアムというれっきとした米国領土内の軍事施設に関する経費まで負担しなくてはならない。中間報告で合意させられた事を、小泉首相は訪日するブッシュ大統領に確約したいのだ。どこまでもブッシュ大統領に気に入られたいのだ。
そもそも米軍再編に対する協力は、極東における日本の安全保障を定めた日米安保条約とは無関係な軍事協力だ。日米地位協定の改正では対応できない。そうであるならば、この際、一挙に包括的な米軍再編支援法案をつくってしまうほうが手っ取り早いということだ。
日本国民はどこまで馬鹿にされているのだろうか。福祉を切り捨て、増税を図って国民負担を急増させようとしている政府が、その一方でここまで米国に財政支援をする。国民にまったく説明しないままブッシュ大統領にいい顔をみせる。どこまでも国民を無視した小泉首相だ。野党はいまこそ国会の緊急開催を求め、国民の前で説明責任を要求すべきではないのか。

これでは、取られっぱなしではないのか。

 そのブッシュ大統領の訪日である。同じく14日の日経新聞に、16日に予定されている日米首脳会談に関する記事があった。支持率急減でレイムダックになりつつあるブッシュ大統領を迎える小泉首相は、総選挙の圧勝を受けて歴代のどの首相よりも強い立場にある。
外交の常識から言えばこれほど有利な立場にある日本が、それにもかかわらず、米国に譲歩するばかりで、米国から何一つ得られない、得ようとしない。
米軍再編に対する協力表明はいわずもがな、その他、イラク自衛隊の派遣延長、牛肉輸入の年内再開など、いずれも国民を説得できないものばかりをブッシュ大統領に約束する。
その一方で、拉致問題解決への協力、国連安保理常任理事国入りへの協力、靖国参拝への理解、北方領土問題解決に対する米国の支援など、どれ一つ米国は日本の要望に応えようとしない。日本も米国に求めようとしない。一体何のための外交であるのか。疲れきったブッシュ大統領を京都の秋でなぐさめる慰労訪日でもなかろうに。

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2005年11月12日

【バックナンバー】2005-11-12

ニュースは政治的につくられる

  小泉改造内閣が終わってからというもの、政治ニュースがまったくつまらなくなった。それと対照的に社会ニュースや芸能ニュースに、より多くの時間が使われるようになった。
  もちろん大きな事件や話題性のある事件が起こったら、メディアはこぞってそのニュースに殺到し政治ニュースを取り上げる時間は減る。テロがおこったり、タレントの不幸な病死などがあれば一時的関心が集中する。それにもかかわらず、一般的に言って小泉首相がらみのニュースが少なくなってきたことは間違いない。
  郵政民営化法案が成立する前の政治報道とそれにつづく小泉圧勝、小泉刺客、小泉チルドレンに関する異常なまでの取り上げ方、小泉組閣の人選と首相後継者選びに関する各社、各政治評論家のうんざりするような同じようなコメントが、さんざん流された後、今ではもはや小泉首相を中心とした政治記事は種がつきた感がする。郵政民営化などといっても、読者、視聴者は何の関心も示さなくなった。改革、改革と叫んでも、郵政民営化の後の改革については、何を焦点に絞って、どう改革するのか、メディアは途方に暮れている。米軍再編や沖縄問題などは、我々の暮らしに極めて重要な問題が目の前迫っているというのに、どのメディアも小泉劇場の時のように取り上げない、騒がない。  これは一体何を意味するのだろうか?
  ずばり小泉時代が終わりつつあるということだ。小泉パフォーマンス報道に終始して小泉政権を助けてきたメディアは、小泉首相の任期が終わりに近づいた今、もはや小泉首相を支える必要もなくなり、今更小泉首相の宣伝記事を書いていれば新聞が売れ、視聴率が上がるという時代は終わりつつあると感じ始めたのだ。
  それでもまだメディアは、杉村タイゾーなどというふざけた若造を執拗にメディアに登場させて、小泉自民党の人気取り絡みのニュースを作り出そうとしているが、やがて読者、視聴者の反発をくらってやめることになろう。
  まもなく迎えるブッシュ大統領の訪日で再び馬鹿騒ぎ報道をし、小泉・ブッシュ関係の緊密さを持ち上げる記事をメディアは書くことになろう。しかしその後は、小泉首相を持ち上げるニュースはもっとなくなるであろう。それどころか政治ニュースは小泉失政のつけがどっと押し寄せるもの後ろ向きの記事ばかりになりとなる。だからといって、まだ権力を振りかざす小泉首相の批判記事は書けない。
  ニュースがつまらなくなるゆえんである。

  少しぐらい世のために汗をかいたらどうか

  来年9月の任期切れを前に、早々と小泉首相は「自らの任期延長は考えていない」と宣言した。この発言を行った当時の小泉首相の本心がどこにあったかは知る由もないが、今となっては小泉首相はその言葉にとらわれて本気でやめざるを得ない状況に傾きつつある。
  後継者がいないとか、国民的支持率が高いといった理由で、自民党や小泉チルドレンは、「それでも延長がありうる」と本気で考える向きもある。私も、あれだけ権力に取りつかれ世論の支持率を得ることに汲々としてきた小泉首相が、そう簡単に辞めるはずはないと思ってきた。ところが11日の各紙で報道されている次の小泉首相の言葉を聴くと、彼の任期延長は考えられなくなってきた。小泉首相は自民党の中川秀直政調会長らとの会食でこう言ったという。
 「自民党総裁の任期を延長した中曽根さんの気持ちはわからない。私はもう、辞めた後のことを考えている」
  ここまで言っておいて、「もう少しやりたい」と言い出すことはあるまい。むしろ彼はおそらくブッシュ大統領と同じく、首相をはやく辞めたい心境なのかもしれない。そう思うようになった。
  望外の総選挙圧勝と郵政民営化法案の成立を成し遂げた彼には、もはややるべきことはない。あとはこれまでの失政のつけを他の政治家に押し付けて、自分だけは人気の高いうちに惜しまれて去る、これが一番自分のために最善だと思い始めたのではないか。お得意の詭弁、強弁を繰り返す気性は変わらないだろうが、もはやこれまでと違い攻めるよりは守りに入ったのである。
  彼のように、真の国家観や政策構想のない政治屋には、困難な問題を自らの手で解決しようという覚悟も情熱もない。だから郵政民営化法案の成立という、改革まがいの個人的目標を達成した時点で、急速にやる気をなくして当然である。官僚相手の本当の改革はこれからだというのに、改革の本丸は成し遂げたと強調し、後は後継者の仕事であると投げ出そうとしているのである。
 それにしてもである。引退後に「やりたいことは決めている」と言い放った言葉を、私は執拗に記憶にとどめることにする。彼が「首相を辞めてからやりたい事」とは何か。オペラや音楽三昧の生活を送ることか。林真理子などに代表されるお友達と楽しく飲み食いを重ねることか。それともハマコーや塩川のようにテレビに出まくって人気者気取りの生活を続けようと目論んでいるのか。
 もしそうだとしたら、小泉という人間はどこまでも自分のことしか考えないつまらない人間であるということだ。いやしくもここまで権力を乱用して好き勝手をしてきたのだ。人生の最後ぐらいは世のため人のために、少しでも自己犠牲を払ったらどうか。やりたい事を我慢してイラクやパレスチナを訪れ、自らの判断が間違っていたことを実感したらどうか。米国を支持した自分が間違っていたと彼らに詫びたらどうか。
 私は引退後の小泉首相の言動を、いまから楽しみにしている。

 どこまで本気なのか地元の反対

 在米再編の中間報告に対する地元の反発が強いという。11月10日の日経新聞によれば、12都道府県、43市町村の関係55自治体すべてが反対しているという。それはそうだろう。米軍基地の移転は周辺住民の生活を激変させる。政府に協力的な稲嶺沖縄県知事や松沢神奈川県知事らも、住民の気持ちを慮って米軍再編反対の立場を政府に伝えざるを得ないのだ。
 しかしその一方で政府は、そのような反対の声をどこ吹く風のごとく、かれらの批判をよそに中間報告の合意を閣議決定した。一方の米国政府は、すでに合意ずみであり、これを実施するのが日本政府側の責任である、と変更の余地が無いことを強調している。
 自治体の首相はどこまで本気で日本政府に反対を貫く覚悟があるのか。地域振興策という金をばら撒かれることと引き換えに妥協することにならないのか。
 一方の住民は、どこまで本気で反対の意思を貫くつもりか。リコールの権利を使ってまでして、首長に基地受け入れ反対を迫っていくのか。
 それにしてもメディアの取り上げ方に熱意が感じられない。住民の反対運動が一向に全国的なうねりとして広がる様子がない。住民とともに反対の先頭に立つべき野党党首たちの姿が見えてこない。不思議なあきらめムードが漂っている。

 ヨルダン同時自爆テロに思う

 あらゆるテロがそうであるように、9日に起こったヨルダンの同時自爆テロも誠に痛ましい事件である。無防備な結婚披露宴を狙った無差別殺戮の手段や、犠牲者が罪のない市民であったことなどか、らヨルダン国民からも、犯行を認めた「聖戦アルカイーダ組織」に対する怒りが高まっているという。
 米国、イスラエル政府や、米国に膝を屈した親米アラブ諸国の政府が自爆テロを批判するのは当然である。しかしアラブの市民までもが自爆テロを批判し始めたのである。
 そして、今回のヨルダンでの同時自爆テロに関するメディアの報道振りを見ていると、殊更にヨルダン住民の自爆テロに対する怒りが強調されているような印象を私は持つ。あたかもザルカウイ容疑者はアラブ市民の敵であるといわんばかりだ。
 しかし、それにもかかわらず、反米自爆攻撃は収まることはないであろう。何故ならばこれら自爆抵抗を支えているのもまたアラブの市民であるからだ。無差別自爆テロを憎むアラブ市民と、米国やイスラエルの国家的テロの犠牲になり、恨みと絶望しかないアラブ人との戦いになりつつあるのだ。イラク攻撃を続ける米国に対し、エジプトのムバラク大統領は、「一人のオサマ・ビン・ラデンを殺しても、100人のオサマ・ビン・ラデンが生まれることになる」という趣旨の発言をかつて行ったことがある。彼らの自爆テロをいかなる意味でも容認できないとしても、自らの命と引き換えに恨みを晴らそうとするアラブ市民を、力ずくで押さえ込む権利はアラブ市民にない。
 問題はそのような悲惨な状況にアラブ市民を追いやった米国政権の卑劣さである。自らは危険から程遠い状況に身を隠しておきながら、アラブ人を憎しみあい、対立的な状況に追いやる。犠牲になるのはいつも無辜の市民たちである。
 メディアの報道の裏に隠された米国の不正義を見逃してはならない。

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2005年11月09日

【バックナンバー】2005-11-09

ハンセン病台湾訴訟に動かぬ小泉首相

 殖民地統治時代の台湾のハンセン病療養所入所者が日本政府に補償を求める訴訟について、10月に東京地裁で原告勝訴の判決が下されていた。その判決に対し政府は11月8日控訴した。「残された時間」が少ない平均年齢81歳を超える原告は怒りを強めているという。
 これに関して思い起こされるのは、鹿児島の元患者13人が国に賠償を求めて熊本地裁に提訴した際の判決のことである。国側が敗訴した時、小泉首相は原告団の訴えを聞いて控訴断念を決断した。2001年5月、小泉政権が発足して間もない時のことであった。控訴に向けて準備を進めていた事務方に対し、「元患者の苦痛を放置できない」と控訴を断念させ、「政治が法律論を打ち破った」と話題になった。
 あれから4年半、今度の国の敗訴では小泉首相は沈黙を守ったままだ。それどころか官邸サイドからは「政治判断はしない」と、控訴手続きを進めるよう厚生労働省に伝えていたという。
何故なんだろう。「元患者の苦痛」は同じのはずだ。しかも4年前より小泉首相の一言ははるかに強くなっている。台湾人にサービスをしてみても票にはならないということなのか。
この件に関し、11月9日の毎日新聞は次のように書いている。
「・・・前回とは状況が違う。4年前は小泉政権が発足してわずか一ヶ月。民意を味方に政権の安定を図ることが必要な時期でもあった」
なるほど、小泉首相には、「元患者の苦痛」を本当に考える気持ちは、最初からなかったということだ。

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2005年11月08日

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憲法9条の改正には曖昧さを残すな

 このところ産経新聞の「正論」に関する言及ばかりで恐縮だが、批判ばかりしている私でも、賛同できる意見には素直に賛同するのだということを示す意味から、今回も産経新聞「正論」への言及から始めることにする。
 11月8日の正論では、鳥取環境大学の名誉学長である加藤尚武氏が、「9条の条文改正は曖昧さを残すな」と次のように書いていた。
 「自民党が新憲法の草案を発表した。自民党案では現行憲法9条に関して、前半の『国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』という部分がそのまま残されていて、後半の『陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』が削除されている。そして自衛軍の保持という条項が付け加わっている・・・
 ・・・しかし(自衛権の全面放棄か限定的放棄かについて)どちらが正しい解釈であるかが、長年、争われてきたのだから、憲法の条文を改正する以上は、曖昧さを除いて、解釈論争が起こらないような明確な文章に変えるべきで、従来の解釈の一つをそのまま押し付けるという態度では、憲法改正の意味が成り立たない・・・」
 まったくその通りである。加藤氏はさらに続ける。
 「・・・自民党案では、『わが国の平和と独立並びに国および国民の安全を確保するために、自衛軍を保持する』と書かれていて、先制攻撃が認められているのかどうかがまったく分からないようになっている・・・もしも、日本が自己防衛権は保持するが、『最後まで平和的な解決方法の努力を放棄してはならない以上、先制攻撃権は持たない』と宣言するのであれば、『先制攻撃権を持つと主張している国との間で、軍事同盟を結ぶ事はできない』と憲法に明記すべきである・・・憲法の条文の解釈は、国会で過半数を占める与党であれば、自分に都合のいい解釈を国民に押し付けることができる・・・だからこそ、そういう不正な解釈の変更の余地が無いような明確な条文を作成しなくてはならない」
  加藤氏は「解釈の余地の無い明確な条文案」について、自らの案をここでは明らかにしていない。「正論」の執筆者である加藤氏のことであるから、おそらく憲法9条改正に関する彼の考えは私のそれとは異なるものであるに違いない。
 しかし彼が繰り返して言っている、次の言葉、すなわち、「解釈論争を引き起こすような曖昧な改正では憲法改正の意味がない、国会で過半数を占める政権政党が自分に都合のいい解釈を押し付ける余地の残る憲法改正は行うべきではない」という考えにはもろ手をあげて賛同したい。
  思うに自民党案なるものは、日本を「軍隊を持った、戦争のできる普通の国」にしたいのだけれどそれを憲法改正で明文化するとさすがに国民の反発を招くおそれがある、だからいつまでたっても曖昧な改正案から抜け出せないのだ。
このことはまた、別の配慮から民主党案についても言える。民主党は党の分裂を避ける為に、どうしても肝心なところを曖昧にせざるを得ないのだ。そして共産党や社民党は、いったん条文改正に手をつけることを認めれば、数で押し切られて改悪されることが明らかであるから、一字一句変えてはならないと「護憲」を叫び続けるのである。
  私はこう思う。いかなる国の憲法もその国の歴史的成り立ちと無関係ではありえない。そして日本国憲法9条は、あらゆる意味で米国との同盟関係をどう捉えるかで全てが決まるのである。
急速な勢いで米軍再編に組み込まれようとしている今日の日本にあって、改憲の有無に関わらず憲法9条は、この新しい日米軍事同盟を認めるかどうかの選択に明確な答えを示さない限り意味はない。
いやしくも改正案を本気で論議する気があるのなら、集団的自衛権を明文化し戦争国家米国との軍事同盟関係を是とするか、それとも平和国家日本はいかなる軍事同盟をも認めず専守防衛に徹する(従っていかなる名目であっても自衛隊は海外に送らない)ことを国是とするか、を明文化して選択する、そのような論議でなければならないのだ。そうすることによってまた、真の政界大編成が起きることになる。

細木数子の政治的発言を放置しておいてよいのか

占い師の細木数子の政治的発言は目に余るものがある。
占いをとやかく言うつもりはない。個人的には占いに頼って生きる生き方はしたくないと思うが、しかし人間は弱いものである。良いと言われると喜び、勇気付けられる反面、悪いと言われると気にかかる、落ち込む。出来れば悪いと言われることは避けようとする。
だからこそ、このような人間の弱い心理をダシにして金儲けをする細木数子は卑劣感を覚えるのだ。それでも、細木数子の占いがバラエテイ番組の一つとしてとどまっている限りまだ許せる。しかしそれが国民の政治的判断に影響を与えるような巧妙に意図された発言であれば話は別だ。
9.11の総選挙の時、「自民党に投票しないと罰が当たる」などという発言をしていたと報じられたことがあった。これは公職選挙法違反ではないのか。仮に現行法の条文にそれを罰する規定がないとしても、有権者とりわけ確固たる政治的意見を持たない多くのノンポリ有権者に与える影響力は計り知れないと思う。公正な選挙の観点から由々しい問題をはらんでいると思う。自民党が圧勝したから腹立ち紛れに言っているのではない。どう考えても占い師細木数子の発言は多くの有権者の投票行動に影響を与えたと思うのである。
その細木が最近の雑誌で小泉改造内閣の未来を予言していた。小泉チルドレンは禍を招くだとか、小泉首相の後継者と目されている連中は、大殺界、中殺界、小殺界などでうまくいかないなどなど、そして挙句の果てに小泉首相だけが幸運、強運であり、小泉首相の続投が日本にとって一番よいと言い出す始末である。
このあからさまな小泉首相支援は一体何であろう。そもそも細木は歴代政治家の指南係であった故安岡正篤の女であったらしい。それもあって保守政治家と裏でつながっているのかもしれない。その人物が、巷間もてはやされている占い師の身分を利用して、国民の気づかないところで世論を操作しているとしたら由々しいことである。私は彼女の奇怪な風体とともに、その異様な小泉擁護発言を注視して行こうと思う。

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2005年11月07日

【バックナンバー】2005-11-07

政治をあきらめた石原慎太郎?

 石原慎太郎もさすがに総理を狙うことはあきらめたと見える。もっとも彼は「NOといえる日本」を書いて米国を怒らせた時点でとっくに政治生命を終わっていたのだ。
それからぱったり米国の悪口を言わなくなったから、「ひょっとしてまだ政界復帰を狙っていたのか」と思っていた。しかし小泉人気のまえに、さすがに高齢の石原は目が無くなったと自覚したのだろう。小泉の後にはタカ派の安倍が続いていることだし・・・
最近米国の講演で「米中戦えば必ず米国は負ける」などと発言したことはその現れである。もっともあの講演は、米戦略国際問題研究所で行った割には、聴衆は日本人ばかり、おまけに米国にまで乗り込んで日本語で講演していることからみて日本人向けの講演だったのだろう。米国人が最初から相手にしなかったということもあるかもしれない。
いずれにしても石原が米国を批判する発言を始めたことは興味深い。7日の産経新聞でも、「日本人よ」のコラムに、「内政への干渉を排せ」と題して、米国が毎年「年次改革報告書」なるものつきつけて日本のあらゆる政策分野に内政干渉してきていることに反発する論文を寄せている。その末尾の次の言葉に思わず苦笑してしまった。
「・・・靖国に対する中国や韓国からの非難も内政干渉だが・・・アメリカのこうした執拗な一方的改革要求も内政干渉以外の何ものでもあるまい。せめて国会はこの事実について国益を踏まえた議論を持つべきだ・・・」
もっとはやく大きな声で言っておけよ。ついでに米軍基地撤退も叫んでくれよ。どうせ総理はあきらめたのだろう。政治もやめるのだろう。心配はいらない。ビートたけしのTVタックルがひろってくれるから、石原は今後は思う存分に米国批判を復活すべきなのである。

孤立が深まるブッシュ大統領

 最近やたらとブッシュ大統領凋落の記事が目に付く。たとえば7日の産経新聞は米シンクタンク戦略国際研究所のエドワード・ルトワク氏の次のような寄稿文を載せている。
「・・・ブッシュ大統領は疲れ果てている・・・最近あまりにもたくさんの出来事が大統領に起きた。終わることのない戦争、痛ましい被害をもたらしたハリケーン、マスコミへのリークをきっかけにしたリビー前副大統領首席補佐官の起訴、最高裁判事指名の屈辱的な撤回など・・・大統領はエネルギーを使い果たしてしまった。幸せだった頃の弾むような情熱に代わって、あきらめの調子と沈みがちな物腰はもはや誰の目にも明らかだ。それは大統領という職そのものに対する興味が薄れつつあることを示している。大統領はもはや家に帰りたいのだ。家庭生活の中で休息を得たいのだ・・・手つかずの政策が新たに着手される見込みはない。もはや、政治的指導力が発揮されることはない・・・」
こんなことで米国は大丈夫かと思わせる、驚くべき深刻さだ。
このブッシュ大統領の行き詰まりは先般の米州サミットで見られた反米の動きでも如実に現れている。反米スピーチが満場の拍手で迎えられた時、スペイン語のわからないブッシュ大統領がつられて拍手をした、というエピソードは笑って済ませられる。しかし、米国の中庭として他のどの国にも手をつけさせなかった中南米において、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラなどの主要国から、「(米国は)この地域に貧窮と社会的な悲劇を生じさせた」(ホスト国アルゼンチンのキルチネル大統領)と正面からブッシュ批判をするような米州サミットこそ、米国の孤立が浮き彫りにしているといえる(11月7日朝日)。
中東における反米の高まりは言うまでもない。アジアにおいては米国抜きの地域共同体結成の動きが加速しつつある。アフリカと米国の結びつきは、奴隷制と石油資源以外に何もない。イラク戦争をきっかけにひび割れた「古いヨーロッパ」とブッシュ政権の亀裂は修復されそうもない。本当にブッシュ大統領は孤立しているのだ。
その孤立したブッシュ大統領以上に世界から孤立しているのが日本の小泉首相であると、オランダ人ジャーナリストのカルフ・ヴァン・ウオルフレンは7日の朝日新聞「時流、自論」で次のように指摘している。
「・・・(テレビ受けする小泉首相はブッシュ大統領とちがって)一見すると繭の中にひそんでいるようには見えない。日本国民にとっては身近な存在のように見える。だが、アジアの隣国をはじめ、世界各国の首脳と小泉首相は一体どの様な関係を築いているというのか。そう考えると小泉首相の孤立振りは明白だ。
   (しかも)小泉首相の繭はブッシュ大統領の繭より小さく、一人用である。亀が甲羅を背負い歩くように、彼はそれを持ち歩いている・・・ペットは世話が要る、主人の保護が前提だ。しかし米国の孤立主義は単独行為であり、他国への配慮もなければ、相互依存の意識にも欠ける。かつては存在した米国の保護さえないまま、(小泉首相の日本は孤立という)新たな、大きなリスクに直面している。日本の政治エリート集団は、その事実さえ認識できなくなってしまった・・・」

普天間飛行場の移転合意と海兵隊の7、000人撤退ばかりが喧伝される中で

  普天間基地の移設先が辺野古崎の沿岸案に落ち着いた交渉経緯をめぐって、米国の言いなりになり、二言目には「日米関係に亀裂が出てもいいのか」と脅す外務省に対し、「米国占領の残滓を一掃する千載一遇のチャンス」と抵抗し、最後は「しっかりやれ、米国の言いなりになるな」という小泉首相の後押しよって米国を譲歩させたという防衛庁。その株があがっているという。
  それはおだて過ぎだろう。外務省の対米追随振りについては弁護の余地はまったくない。しかし米国が主張した辺野古沖計画の縮小案と、米国が譲歩したという辺野古崎計画との間にどれ程の差があるというのか。環境破壊や住民の不安、負担など、どれをとっても大きな違いはない。それどころか海兵隊の基地が沖縄に固定化されるという意味で、沖縄の住民にとっては最悪の合意である。「目くそ、鼻くそ」なのだ。
 それにしても普天間飛行場の移転合意と海兵隊の7,000人撤退ばかりがマスコミで喧伝されるなかで、米軍基地の強化と日本の新たな負担については隠されたままである。
米軍再編に関する日米合意が、その実態は米国の機能強化に一方的に傾斜していることについて、図らずも米国関係者が暴露している。11月7日の産経新聞、正論で、ジェームズ・アワー日米研究協力センター所長があからさまに次のように認めているのだ。
「(日本の)最近の報道によれば、日米間の安全保障問題の最大事は、沖縄の普天間飛行場の代替施設について日米が基本的に合意したことだというが、それは違う・・・(真に重要な事は)日米両政府が同盟の新しい役割・任務の分担を(報告書の形で)発表し、在日米軍基地の共同使用と再編成構想を打ち出したことだ。普天間飛行場の移転問題はその一部でしかない・・・
普天間が重要問題の様相を呈したのは、沖縄から米軍基地の重荷を軽減する誠意の象徴として小泉首相が固執したからだ・・・米国は代替施設が見つかればいつでも移転の用意はあった・・・米国は普天間の移転問題では譲歩した(ふりをした)。日米間の全体構想は、普天間の移転問題(ごとき)で台無しに出来ないほど(米国にとって)重要なものだった・・・」
要するに米国はえびで鯛を釣ったのだ。通りで米国は普天間基地の問題とその他の問題はパッケージで合意されなければならないと一貫して脅し続けていたのだ。
米国の真意がどこまで国民に明らかにされているというのか。7,000人の海兵隊移転も、その実態は3千数百億円の移転経費を日本側が全面的に負担した上で何年もかけて行うというものらしい。そして7000人の削減と引き換えに、海兵隊1、000人と550トンの物資を載せて時速85キロで航行できる高速輸送艦を、海自に購入させる事になっているらしい(11月5日東京新聞)。海上自衛隊もその必要性に疑問を呈している開発されたばかりの高速輸送艦の購入が、海自の知らないままに政府間で決められていたというのだ。知れば知るほどメチャクチャな合意である。
それにしても安全保障政策に関する日本の基本政策がどういうものであるか不在のまま、つぎのような官僚同士の縄張り争いがマスコミのネタになるとはあまりにも情けない。
「・・・米側が防衛庁案を呑んだことは、米国案を支持していた外務省にとっては大打撃だ。すでに経済交渉では専門知識と権限を持つ財務省、経済産業省などの官僚が直接外国と交渉し、外務省は出る幕がないため、日米安全保障問題を最後の牙城としていたが、ついにそれも陥落した。いまや英語は特技ではなくなり、防衛官僚も自衛隊将校も「君の言う事はわかりやすい」と米側が言う」(11月14日アエラ)ようになったらしいのである。どうする外務省。

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2005年11月05日

【バックナンバー】2005-11-05

米国から見た靖国参拝

  小泉首相の靖国神社参拝を巡る報道も一段落した感がするなかで、11月5日の朝日新聞別冊BEの中で、特筆すべき記事を見つけた。
「読み・解く 政治」というコラムでジャーナリストの上杉隆氏が「米から見る靖国参拝」と題して次のように書いている。
「・・・小泉純一郎首相が靖国神社を参拝した10月17日、私はワシントンDCを訪れていた。(強い反発の声があがったのは)アジア諸国だけではない。米国でも小泉首相の度重なる靖国参拝には否定的な見方が多い。ワシントンポストは『小泉の靖国参拝がまたアジア諸国を怒らせた』という見出しを掲げ、『危険なことは、首相の参拝によって、日本が東アジアの中でどんどん孤立していくことだ』という学者の言葉で記事を結んでいる。
 だが、実は、報道を検証するまでもなく、米国の態度は、ワシントンの国立スミソニアン博物館を訪問すれば一目瞭然である。(この米国歴史博物館の)戦争コーナーの一角で、一組の米国人夫婦が立ち止まっていた。腕組みをして、にらみつけるように見つめる先には、第二次世界大戦における敗戦国側の「独裁者」の顔の大写し。ヒトラー、ムソリーニ、そして東条英機・・・
先月末来日した米政府高官によれば、米国では、ヒトラーもムソリーニもトージヨーも、等しく「独裁者」、同じ「戦犯」だ。その東條元首相が合祀されている以上、東京裁判の是非は別として、小泉首相の靖国参拝に賛同の意を示す国はまずないであろう・・・メルケル独首相がヒトラーの墓参りに行く事と一緒ではないか。すくなくとも17日、スミソニアンにいた米国人夫婦は、そう感じているだろう・・・小泉首相は、靖国神社の参拝の意義を、世界に説明できないでいる・・・」
小泉首相の靖国参拝を正しいと強硬に主張している人たちにこの記事を読ませたい。そして彼らに言って見たい。中国、韓国ばかりを非難することなく国立博物館の展示パネルを変更するよう米国に抗議したらどうだ。小泉首相に言って見たい。ブッシュ大統領と話す時は、「あなたは私の靖国参拝を支持してくれますね」と聞いてみたらどうかと。もっともブッシュ大統領は靖国神社なんて何も知らないだろうけれど・・・

ラビン元首相暗殺から10年がたって

 パレスチナ解放機構(PLO)との歴史的和解を果たし、オスロ合意(パレスチナ暫定自治合意)を導いたラビン元イスラエル首相の衝撃的な暗殺事件から11月4日で10年がたった。
11月5日の毎日新聞の記事によれば、当時のイスラエルの世相と現在が似通っていて、シャロン首相が暗殺される可能性が日増しに高まっているという。独立系の研究機関「イスラエル民主主義研究所」が7月に行った世論調査によると、「政治的暗殺が起こる可能性があるか」という問いに、84%近くが「イエス」と答えたという。驚くべき数字だ。
93年のオスロ合意で、パレスチナ人に始めて自治権を与えて「土地と平和の交換」に踏み切ったラビン元首相は、「神から与えられた土地」をパレスチナ人に与えた裏切り者、として強硬な若者に射殺された。今年8月にガザ地区のユダヤ人入植地撤去を強行したシャロン首相は、今また「裏切り者」として極右勢力から激しい非難をあび暗殺の危険にさらされているというのだ。信じられないことである。
その昔、国防大臣であった82年に、レバノンのパレスチナキャンプで1,000名を超すパレスチナ難民を虐殺した残忍なシャロン首相、そして、レバノンのハリリ首相をして、「シャロンが首相でいる間は中東に和平は来ない」と悲観させた強硬なシャロン首相が、それでも裏切り者としてイスラエル人の手で暗殺の危険に晒されているというのだ。殆ど不要となったガザ地区を手放し、ヨルダン西岸は占領し続けるという見せかけの譲歩にもかかわらず、それさえも許さないと暗殺しようとするイスラエル人。
パレスチナ人を一人残らず追い出さすまでイスラエルは手を緩めないとでもいうのか。これでは中東に平和は来ない。中東和平は、パレスチナ人があの地を追い出されて始めて実現するのだろうか。エジプトが米国に言われてパレスチナ人に国境を開放した。やがてイラクにも多くのパレスチナ人が移住させられることであろう。あらたな流浪の民がまた生まれる。アラブのどこかに必ず民族的混乱が起きる。これがイスラエルと米国の身勝手な中東支配政策である。

鈴木宗男と外務省のバトルから学ぶ事

 国会議員になって帰ってきた鈴木宗男を警戒して、外務省が鈴木排除のマニュアルをつくった。これがばれて鈴木宗男が怒り、次々と質問趣意書なるものを連発して外務省を悩ませているらしい。
実際鈴木宗男が質問を重ねている内容や、週刊新潮に連載している暴露記事は、外務省がひた隠しにしてきた衝撃的な恥部、暗部をあぶりだしている。それがどのように発展していくかは、一重に国民の関心とマスコミの取り上げ方次第であり、私は興味深く見ているのであるが、たとえこの鈴木宗男の外務省攻撃が不発に終わったとしても、今回の鈴木宗男がとった行動は、図らずもこれまで誰もが気がつかなかった質問趣意書の威力を、我々国民に教えてくれた。この事は極めて重要である。
国会の役割といえば、予算委員会などの厳しい審議を通して国家権力の監視をすることだと我々は思い込んできた。そしてその国会審議が、小泉首相の詭弁、強弁で空洞化されてしまったことを目撃してきた。
しかるに鈴木宗男は、無所属であるが故に国会質問が出来ない弱い立場に置かれたため、窮余の一策として質問趣意書による追及を考え付いた。そしてその質問趣意書によってここまで真実を引き出すことに成功したのだ。これは国会質問よりも厳しい監視方法が見つかったのだ。しかも国会議員なら誰でも、一人でも出来る!
何しろ提出して一週間以内に回答しなければならない。そしてその回答は閣議を経て国会議長から答えられることになる。重みがある公文書だ。下手な事は答えられない。逃げてばかりもいられない。その回答は国民に開示されるため最善の情報公開となる。これほど強力な質問があろうか。
もしその質問が、今回のような次元の低いゴシップ質問ではなく、政策の本質に関わる質問だったらどうだろう。全てに省庁に対して同じ事ができるのだ。ある良識な無所属の国会議員が、国民の支持を背景に、国民の協力を得て、政策の誤りにつき正面から質問趣意書でとりあげたらどうなるか。下手な八百長国会質問よりはるかに有意義な結果が得られるに違いない。政府を追い込む事ができるに違いない。もしそうであればどんな小さな政党であっても、いや鈴木宗男のようにたった一人の国会議員でも、良識と覚悟があれば相当な事ができるはずだ。質問趣意書活用党を立ち上げてもいいくらいだ。
このような質問趣意書の効用をあまり大きな声で言わないほうがいいかもしれない。政府はすぐに規則を変えて、質問趣意書が出来なくするおそれがある。我々はこの動きが起こらないように監視していかなければならない。そして質問趣意書活用党を作るため国会議員を一人でいいから国会に送り込もう。

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2005年11月04日

【バックナンバー】2005-11-04

一つの投書に今日の沖縄問題のすべてを見る

  11月4日の朝日新聞の投書欄に、横浜市泉区在住の主婦、新谷ミサヲ(59)さんという方の投書が掲載されていた。「沖縄の負担はいつ減るのか」と題するその投書は、米軍再編の日米合意をめぐって連日さまざまな記事が掲載されている中で、百の議論にも勝る真実をついている。
  我々日本国民は、この主婦の発言に反論できるであろうか。「そんなことを言ったところで、日米同盟を揺るがす事はできじゃないか」というのが、精一杯の反論であろう。しかしそれは反論ではない。米国追従しか念頭に無い日本政府側の言い分に過ぎない。根拠のない安全保障論を振りかざし、権力だけを頼りに国民に結論を押し付ける日本政府とその取り巻き連中の、政治的怠慢でしかない。
ラムズフェルド国務長官は、「住民の反発には驚かない、合意を実行する事は日本政府の責任だ」という趣旨の発言している。今こそ国民は基地住民と一体になって、日本という国を取り戻す時である。

 沖縄の負担はいつ減るのか
                        主婦 新谷 ミサヲ
                        (横浜市泉区 59歳)

  10月27日の朝刊を見て体中の力が抜けた。次に、はらわたが煮えくり返った。記事は、沖縄県宜野湾市にある米海兵隊普天間飛行場の移設先を、県内の名護市辺野古崎とすることで日米政府が基本合意したことを伝えていた。
沖縄県民は60年間も米軍基地を押し付けられ、被害を繰り返し被りながら、泣き寝入りを強いられてきた。虫けら同然だった・・・日本政府は県民の心情をなぜ尊重せず、アメリカの言いなりになり続けるのか。
私は沖縄本島南部に生まれ、小学校3年で那覇市に移った。夏になると水不足が毎日のように続き、学校の水道の蛇口をひねっても、がらんと音がするだけ。ところが、金網を隔てた米軍基地では、兵士や家族が芝生に散水し、洗車までしていた。子供心にうらやましかったが、今思い返すと怒りがこみ上げる。
基地移転を巡る日本政府の姿勢は、占領下当時と変わっていない。小泉首相が「沖縄をはじめとした基地の負担軽減」を本気で考えているのなら、他県への移設をなぜ真剣に考えないのか。本来は基地撤去こそ検討すべきなのだ。

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2005年11月03日

【バックナンバー】2005-11-03

米国CIAの活動を国際社会は放置しておいて良いのか

  米国中央情報局(CIA)秘密工作員の身元漏洩事件が、ブッシュ政権を揺るがしている。イラク開戦の「大義」に挑戦したウィルソン元ガボン大使に対し、ブッシュ政権の高官らが、報復のために、その妻がCIA工作員であることを報道関係者にばらした。CIA工作員の身元をばらす事は、当人の生命を危険にさらすだけでなく、CIAの活動そのものに支障を来たす事になる。だからCIAに関する機密情報漏洩は違法とされているのだ。
  しかし、真に問われるべきは機密漏洩などという米国内部の争いではない。これを機会に我々は米国という国が公然と秘密工作活動を世界中で行っているという事実に注目すべきである。秘密工作活動はどこの国もやっているではないか、国際政治にはつきものだ、などと軽々しく考えるべきではない。それはとてつもない人権侵害であり、人道にもとる非民主的な犯罪行為なのである。
 このCIAの犯罪的行為について、11月3日の朝日新聞が注目すべきスクープを書いた。2日付の米紙ワシントンポストが、CIAが国際テロアルカイダの幹部などを取り調べるための秘密収容所をタイ、アフガン、東欧諸国など8カ国に設置していると報じたというのだ。
すでにワシントンポストで報じられていることであるから厳密にいうと朝日新聞のスクープということにはならない。それでも他紙が一切報道していない中で、いち早くワシントンポストの記事を日本に紹介してくれた朝日新聞を評価したい。
   それにしても、米国政府がここまで卑劣な国家犯罪を犯しているとは。「闇施設」(ブラックサイト)と呼ばれている秘密収容所では外部との接触が一切断たれた中で想像を絶する行為が行われているのだ。たとえばアフガニスタンではCIA工作員が、反抗的な収容者の衣服を逃がせて鎖につなぎ、床に転がせたまま一晩放置して凍死させたが、何の罪も問われなかったという。
  ホワイトハウスのマクレラン報道官は「具体的な機密情報については議論しない」と述べ、肯定も否定もしなかったという。この事は、ワシントンポストの記事が事実であることを認めているようなものだ。米国だからといって、この非道な国家的犯罪が曖昧なままに見逃されていいのか。
  偶然にも同じ日の11月3日付毎日新聞に、「アルカイダ」への関与を疑われて76日間も不当に拘束された中国系のジェームズ・イー元米軍大尉のインタビュー記事が載っていた。キューバのガンタナモ収容所でイスラム教を指導していた彼は、アルカイダとの関与を疑われ不合理に逮捕、拘留されたのだ。次に引用する彼の言葉は、CIAを擁する米国の無法国家振りを、吐き気をもよおすまでに明らかにしている。
 「・・・私のような米兵士であってもイスラム教徒であるだけで強い敵意にさらされた。・・・イスラム教徒で中国系米国人の私を「チャシニーズ・タリバン」とか、「ハマス」と呼ぶ兵士もいた・・・(逮捕されたのは)収容者への虐待をやめさせ、人間的な取り扱いをするように要求したからだ・・・目隠しされ、耳もふさがれた。銃を持った兵士に囲まれ、トラックに載せられた。収監先ではスパイ罪、政府転覆罪などで死刑になると脅かされた・・・収容者が逃げたことがあった。米兵4人が男を倒し、拘束後も米兵の一人が後頭部を金属製のラジオで殴り続けた。私が駆けつけたとき、血のプールの中に肉片が残っていた。あきらかな力の過剰行使だ・・・正当な法的手続きを踏まない拘束が、安全保障の名の下に正当化される。移民3世で、兄も軍医である私の身に起きたことなら誰にでも起きうる・・・」
  こんな米国を国際社会は裁くことはできないのであろうか。日本は、日米同盟の強化の名の下に、こんな米国に従属していっていいのか。我々は眼を瞑ってはいけない。耳を蓋してはいけない。口を閉ざしてはいけない。何よりも思考を停止してはいけないのである。

 全貌が知らされていない米軍再編合意

  一体どこまで日本政府は国民を欺こうとしているのか。11月3日の読売新聞が大きなスクープを放った。米軍再編に関する日米交渉の過程で、沖縄海兵隊のグアム移転費用3200億円を米側が日本側に要求し、日本側がこれを前向きに検討することを伝えていたというのだ。
  米軍再編合意の報道では、海兵隊7000人が沖縄から撤退することばかりが強調されている。しかしその実態は米国が「米国が単独で行うと20年かかるが、日本が支援してくれれば6年程度で完了できる」と財政負担を求め、小泉首相も「米国に任せていては、なかなか進まないだろう」と周辺に語ってこれを認めているのだ。
中間報告の文言のなかで、「日本政府はグアム移転を実現可能とするための適切な資金的その他の措置の検討を行う」という箇所がある。これは要するに、日本側が経費を負担までして、しかも今すぐにではなくどんなに早くとも6年もかけて、どうぞ海兵隊さん沖縄から出て行ってください、とお願いしているようなものである。これでは、米国はおんぶに抱っこではないか。
  そういえばこれに似た事が70年代初めの沖縄返還合意の舞台裏でもなされていた。米国の負担で行われるはずの返還後の沖縄の原状回復経費約400万ドルが、実は日米間の密約により日本が負担することで合意されていたのだ。これをスクープした毎日新聞の西山記者は、外務省女性職員との「情を通じた」機密漏洩罪で逮捕され肝心の密約の存在の追及がぼかされてしまったのだ。
  今回の米軍再編の合意の裏には、驚くような日本側の譲歩がもっともっと隠されているに違いない。そこまで国民を欺いて維持しなければならない日米軍事同盟とは何であろうか。実は日本政府も本当のところは答えられないのである。わからないのである。あるのは米国の要求には従わざるを得ないというあきらめである。仕方が無いという敗北主義である。

  米軍再編の中間報告は「妥当」であると言った前原代表

  11月3日の朝日新聞に一段の小さな記事を見つけた。民主党の前原代表は、2日党本部でニュージーランドのマッカーサー駐日大使と会談したらしい。その席で前原代表は、「普天間飛行場移設を含む在日米軍再編の「中間報告」について、「結論はおおむね妥当な面がある」と述べたというのだ。コンピューターの変換操作の過程で「打倒」という漢字が出てきたが、「打倒」ではなくて「妥当」なのだ。
  この前原発言が事実であるならば民主党はその根本において自民党と同じことになる。前原氏はむしろ自民党小泉派に属したほうが彼の為にもよい。このような考え方を持っている前原氏は、政権交代などという夢想にこだわり民主党内の取りまとめに苦労するより、いっそ小泉内閣の防衛庁長官になって、その実力を発揮したほうがよい。それこそ小泉首相が連発してきた適材適所である。
それにしてもこのような重要な発言は、ニュージーランド大使との会談の席で行うのでなく、公式な場で、あるいは国会の場で、国民の前で明確に発言して欲しかった。そしてメディアはこの考え方が果たして民主党の党是なのかどうか、今からでも遅くないから追及すべきだ。
日米同盟がこれほどまでに進み、憲法改正議論が加速しつつある中で、民主党はこの安保問題に関する立場をいつまでも曖昧にしておくべきではない。それは国民に対する裏切りでもある。

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2005年11月02日

【バックナンバー】2005-11-02

今頃になって「イラク戦争に反対」だと

 無理に憲法案を作らせてもイラクが安定する兆しなどまったく見えてこない。米国が押し付けた民主化のシナリオは12月の総選挙で終わりとなる。これでイラク人の手による民主国家ができると米国は言い続けている。そのとおりだ。イラク人が自らの手で国をつくるのであるからもう米国が関与する口実は無くなる。
しかしその後のイラクこそ混乱にまみれたイラクになる。アフガニスタンがそうであるように。それを誰もがわかっているからもう誰もイラクの現状を報じなくなった。自爆攻撃や米軍の掃討作戦が断片的に小さく報じられるだけだ。事態は日を追って深刻になり、無辜の民が虫けらのように連日殺され続けているというのにである。
 そんな中で、イタリアのベルルスコーニ首相が10月31日のテレビインタビューで、「・・・武力介入を避けたほうが良かった・・・イラク戦争前に武力行使に反対したがブッシュ大統領は聞き入れなかった・・・」などと暴露した。これをロイター通信などが報じ、日本の各紙が遅ればせながら小さく報じている。
 何をいまさらの感がするが、誤りを認めないよりもましだ。英国のブレア首相が必死になってブッシュ大統領に武力行使を思いとどまらせようとしたが聞いてもらえなかったことは、ダウニング街レポートなどの内部資料の暴露によって既に世界中に知れ渡っている。今回ベルルスコーニ首相も「自分も反対していた」と白状した事によって、米国に最も協力的な英、イタリアの首脳が、実はあの戦争に反対していたこと、しかしブッシュ大統領を説得できなかったこと、が明らかになったのだ。
 そこでわが小泉首相である。彼は世界の誰よりも強くブッシュ大統領を支持した。「ブッシュ大統領は正しい、ブッシュ大統領を信じている、彼は善意の人だ」と国会答弁で日本国民に、そして世界に叫び続けた。
本当のところはどうだったのか。彼もまた、ブレア首相やベルルスコーニ首相と同じくブッシュ大統領に「武力行使には反対だ」と言ったけれど聞いてもらえなかったのか、それとも世界でただ一人本気になってブッシュ大統領を支持したのか。
野党は国会でこれを追及すべきだ。小泉首相は説明責任を果たすべきだ。もし反対したのに受け入れられなかったらそれを今からでも明らかにすべきだ。もし本気でブッシュ大統領を支持したのであれば、あの戦争の正当性を国民の前で、そして世界の国民に向かって、堂々と明すべきだ。
卑怯な小泉首相は例によって「適切に判断した」とごまかすであろう。そして小泉首相に心優しい国民の大半はそんな小泉首相を許すのだろう。それが今の日本だ。

米国牛輸入再開の動きに思う

 このコラムでもたびたび書いてきたが、米国牛輸入再開に至る迷走ほど日米追従外交を象徴したものはない。報道によれば専門調査会が「日米牛肉リスク差は非常に小さい」とする答申を出したらしい。そしてこれを根拠に日本は年内にも輸入再開を決定するという。
 これは一体どういうことか。よく考えて欲しい。この一年余り米国は輸入再開の圧力をかけるだけでわが専門家が要求する対応策を何一つ取っていない。それどころか専門家の判断基準になる統計などの資料をまったく提出していない。輸入再開の是非を検討する目新しい材料はまったくないままに専門委員会なるものが何度も開かれてきた。そして今回の答申である。
何を議論してきたのか。要するに日本政府が輸入再開の決定をしやすくするアリバイづくりにすべてのエネルギーを注いできたのだ。どのような表現を使って報告書を書けばよいのかという文章作りに終始してきたのだ。専門家であるはずの彼らが政治的文章作りに奔走してきたのだ。
輸入再開を認めてもらう立場にある米国が何もせずに、本来は「安全な牛肉をつくってもってこい」と言うべき立場の日本が、米国の不合理な怒りの前にひざまずき、国民をごまかして「米国牛は安全だ」と思い込ませる方向にその「専門的知見」を利用しようとしてきたのだ。
それはあたかも普天間基地の移転問題とそっくりだ。本来は米軍基地など日本住民には不要であり縮小、撤退させるべきであるのに、米国に恫喝されて、どこの場所に移転させれば米国が了承するのか、住民の反対が一番少なくて住むのかという本末転倒な事に、防衛官僚と外務官僚が意地を張り合って検討してきた。そして米国の了承を得た後で、国民に「説明」という形で「押し付け」たのだ。
米国産牛肉再開問題については、さらにオチがある。専門家の報告書自体が巧妙に書かれた曲者であるという。責任を取らされてはかなわないという専門家の意地があるのであろう。それよりも専門家の中にも数少ない良心的な専門家もいるらしく、あからさまな安全宣言をしようとしてもさすがに報告書がまとまらないのである。かくして報告書自体が曖昧な表現に終始してしまった。
この点について11月8日の週間スパにコラムニスト勝谷誠彦が次のように書いている。
「・・・私の手元には発表される(報告書案の)結論のたたき台があるが、そこにははっきりと『輸出プログラム条件が遵守されない場合はこの評価結果は成立しない』とある。食品安全委員会は決して輸入容認ではないのだ。しかし読売新聞は社説で『専門委員会が日米の牛肉リスク差は非常に小さいとする答申原案を示した』と書いた。上記の前提を書かずにこの部分だけを抜書きするのは嘘とは言わずとも詐術である。権力に擦り寄るためには詐欺の片棒も担ぐメディアとはなんなのか・・・」
そうなのだ。我々は真実を正確に知らされることなく、専門家は安全だといっていると思い込まされようとしているのだ。
責任回避のために複雑な書き方に終始する食品安全委員会、安全だと言う答申案が出てきたので輸入再開が近く行われるという書き方をして国民をミスリードするメディア、ブッシュ訪日を成功させる為に見切り発車で米国に輸入再開を通報してしまった政府。
国民はどこまで真剣に考えているのか。現実に米国産牛肉が市場に出回ったときどういう反応を示すのか。
勝谷は上記のコラムの中で、「田舎芝居は今回は通用せず。国民はそこまで馬鹿ではない」と締めくくっている。しかし私はこの結論には懐疑的だ。何があっても国民は小泉さんを批判しないだろう。うまいうまいと危険な牛肉でも喜んで食べると思う。

内閣改造後の小泉支持率アップをどう考えればよいのか

 今度の内閣改造についてメディアの評価は賛否まちまちである。しかし私に言わせれば「こんな人物しか集められなかったのか」である。いや彼は集めようとしなかったのだ。
言いなりになる連中ばかりをそろえたのだ。「偉大なイエスマン」武部を留任させ、これに感涙した武部に命がけで忠誠を尽くさせる、その一方で自分のまいた困難な仕事を、後継者と囃したてられてその気になっている谷垣や麻生に刈り取らせる、そしてうまくいかなければ彼らの責任に転嫁しようとする、なんとも卑しい小泉首相の組閣人事である。
ところがこの組閣後に小泉内閣の支持率がさらに上昇したという信じられない世論調査の結果が11月2日の新聞紙上を賑わせた。本当だろうか。各社の調査が軒並みに支持率上昇を伝えているのであるから、間違った数字ではないのだろう。とすると国民の大半は本気でこの内閣を評価しているという事だ。
これをどう解釈すればいいのか。だんだん日本という国がわからなくなってきた。

小泉改造内閣を評価した前原民主党党首

共産党や社民党が厳しい評価をした第3次小泉内閣について、前原民主党代表は党首は「期待を込めてエールを送りたい」とテレビの前で語った。これを翌日11月1日の各紙が「野党第一党の党首としては極めて異例のエールを送った」と報じた。しかし同時に民主党の多くの幹部は小泉内閣に厳しい評価をしていた。民主党はどうなっているのだ。
そう思っていたら11月2日の朝日新聞に、前原代表が1日の常任理事会で「昨日エールを送ったが、さまざまな問題がある。衆院選で勝った数のおごりが表れている」と前日の発言を事実上軌道修正したという記事が出た。「エール」発言には他の幹部から批判の声がでたからだという。消費税を07年に上げると言った谷垣財務相や靖国神社を参拝すると言い続ける安倍官房長官との対決姿勢を強調したと言う。
しかしその記事の末尾には、11月1日、野田佳彦国対委員長が「いろいろなところに目配りしたバランスのとれた人事だ」と述べたと書かれている。本当に民主党はどいうなってしまったのか。支離滅裂としか言いようが無い。

A戦犯合祀を知らなかった当時の政府

 10月31日の東京新聞夕刊版に大スクープが載っていた。それはA級戦犯の合祀を当時の厚生省幹部が知らされていなかったという事実である。
このことに関連しA級戦犯の合祀を靖国神社が1978年秋の秋季例大祭前に踏み切った経緯を整理しておきたい。
すなわち1953年の衆議院本会議で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致で採択され、それに基づいて戦犯の遺族にも遺族年金や弔慰金が支給されるようになる。それをよりどころに靖国神社は戦犯合祀を開始し厚生省は戦没者の名簿(祭神名票)を神社に送り協力した。66年にはA級戦犯の名簿を神社側に送った。神社総代会は70年に合祀を決めたが、合祀時期については「宮預かり」とされた。そして78年7月に就任した松平永芳宮司がはやくも10月に合祀に踏み切った。神社側は合祀の事実を公表しなかったが翌年4月の報道で表面化し論議が始まった。これがおおよその経緯だ。
10月31日の東京新聞夕刊版のスクープは、牛丸義留元厚生事務次官の証言に基づいて、66年に厚生省援護局が靖国神社側にA級戦犯の名簿を神社側に送った際、軍出身者の厚生省の課長補佐レベルの職員が、事務次官などの幹部の了承なく代理決済して渡していたという驚くべき事実を明らかにした。軍出身者の職員は、「悪くないのに東京裁判で戦犯にされたのだから合祀すべきだ、文官系の幹部に相談したらうるさくなるから」と援護局内の一部の軍出身者の職員の手によって行われたというのだ。
約40年もたって初めて明かされた戦後史の超弩級のスクープを、その後新聞は誰もフォローアップしようとしない。11月2日の東京新聞はさらに、合祀を決行した松平宮司の選任である故筑波藤麿宮司は「戦争の犠牲者の合祀が終了してからあらためて考えたい」として東条氏らの合祀に消極的であったと報じている。
小泉総理の靖国神社参拝が外交の大きな問題になっている折から小泉参拝の是非が国論を二分している。だからこそ歴史的経緯のすべてが明らかにされるべきである。正しい論争がなされるべきである。東京新聞の健筆をたたえ、他紙の奮闘を期待する。

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