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2005年10月31日

【バックナンバー】2005-10-31

内閣改造前倒しは争点隠しだ

 このところ内閣改造をめぐるニュースばかりが報じられている。これは小泉チルドレン騒動ばかりを報道してきたメディアが、そろそろそれもネタ切れということで、あらたなネタを探そうとして飛びついた結果だ。ネタ探しに飢えているメディアの心理を見越して内閣改造を前倒しした小泉総理の作戦勝ちだ。そしてそのドサクサにまぎれて小泉首相は歴史的な米国従属を進めようとしている。
 次から次へと繰り出される刹那的なメディアの政治報道に国民が踊らされている間に、増税とか米軍再編とかBSE牛肉輸入再開などの大きなイカサマ政策が猛スピードで既成事実化されようとしている。小泉、飯島コンビのいつものようなあざとい争点隠しだ。
 それにしてもマスコミは情けない。誰がどの大臣になるかなど事前に予想したところで何になる。それはもう今夕に明らかになるのだ。首相後継者が誰になるなどということより、5年近くも総理にとどまりながら、何一つ実績を上げなかった小泉首相の政策を検証すべきだ。政権末期に悪あがきのように無理筋の政策を断行する小泉政治の危険性を鋭く指摘すべきだ。
 そもそも後継者と騒がれている連中にまともな政治家がいるというのか。60歳を過ぎても愛読書が漫画だと公言する麻生は、耳学問だけでわかったような気になって不正確なことばかりペラペラ喋りまくる小泉そっくりの軽薄者だ。「誰が後継総理になっても増税を宣言でする勇気が求められる」などという馬鹿なことをいう谷垣は政治家失格である。誰が赤字をここまで膨らませたのか。その尻拭いを増税で行うのなら誰でも政治家は務まる。安倍に至っては小泉以上に外交感覚が欠如している。メリットは小泉よりもずるさがないだけわかりやすいということだけだ。福田さん?親父の下足番にここまで増長されて怒り、一旦は小泉政権を見捨てた男だろう。それでもその後塵を喜んで拝するようならばおしまいだ。
 組閣がなされたらなされたで、また当分の間新閣僚をめぐる報道の嵐であろう。そう思うとうんざりする。一つぐらいまともなメディアがないものか。小泉政治の政策を正面から問い続ける良質なメディアが日本には存在しないものか。

 無益な改憲論争よりも日米再編の違憲性を正面から問うべきだ

 自民党の憲法草案が固まったことを受けて最近やたらに改憲論争がメディアで行われている。例によって30日朝の田原総一郎のテレ朝番組でも与野党の政治家が出演して論争らしきものをやっていた。しかしこれらはまったく不毛である。緊急に求められているのは、今の憲法の下で米軍再編が認められるのか、これは憲法の否定ではないのか、という目の前の政策論争であるべきなのである。
 このテレビ番組に関連して31日の朝日新聞「動くか憲法改正―50年目の自民案」におもしろい記事が出ていた。テレ朝の番組終了後に出演していた自民党の石破と民主党の枝野がつぎのような会話を交わしたというのだ。
 「君の話で民主党内はまとまるのか」
 枝野が番組の中で「(国連の下での自衛隊の海外活動では)攻撃を受ければ身を守るため反撃する」と語っていたことを受けての質問である。これに対して枝野は、「まあ・・・」とお茶を濁すしかなかったという。
その枝野は民主党内で次のように語っているというのだ。
 「・・・自民党が民主党と中身を詰めようとすれば、自民党内にいろいろな意見が出てまとまらないだろう。民主党の協議なんて、早くて3年後だ・・・」
 そういう民主党もまた混迷のなかにある。
このような状況であるから改憲案の話し合いなど急には進みそうもないし、自民も民主も本気で進めようともしないだろう。しかし問題はそのような改憲案のゴタゴタを尻目に日米軍事同盟が小泉政権の下で後戻りできないほど固定化されることである。それが何の論争もなく進んでいくことである。これこそ憲法9条を完全に否定することである。
 今こそ護憲をのぞむ国民が沖縄に結集しなければならない。全国の基地周辺の住民を巻き込んだ国家的な政治運動を誰かが盛り上げなければならないのだ。 しかしそのような動きは伝わってこない。雨の中5000人もの沖縄住民が抗議集会をしてもメディアは殆ど報道しない。共産党や社民党の政治家は一致協力をしてこぞって先頭に立ち、街頭を練り歩き、国会周辺を取り囲んで座り込まなければならないはずなのに、その政治的気迫は感じられない。小泉圧勝の前に政治的抵抗力が完全に失われてしまったかのようだ。労働組合も悪者扱いされて反撃できないかのようだ。
共同通信の井原康広編集委員が31日の下野新聞「核心評論」で次のように書いている。
「・・・普天間問題に対する沖縄の期待は一貫して「撤去可能」な移設だった・・・(しかし今度の合意は)基地の固定化と環境破壊を沖縄県民に押し付けるものだ。「基地にない島」を求め続ける沖縄県民の期待を裏切る決着といえる・・・かつて95-96年のSACO協議の際は、橋本首相、梶山官房長はじめ政府・与党首脳や関係者が、大田知事、吉元副知事らと頻繁に連絡を取っていた。今回小泉政権や与党幹部に同様の接触はみられず、明らかに沖縄の「頭越し」の交渉であった・・・小泉首相の沖縄への配慮のなさはしばしば指摘されてきたが、これは靖国神社参拝に象徴される中国、韓国への配慮の足りない外交市制と軌を一にしているように見える・・・沖縄の苦悩に思いを寄せることなく4年半が経過してしまった・・・」
小泉首相は11月中旬に迎えるブッシュ大統領を喜ばす事で頭が一杯に違いない。そのために選挙圧勝で手にした未曾有の権力を背景に、全ての意見を飛び越して、あらゆる既存の法制や憲法までも踏みにじって、日米間の懸案解決を最優先に自分流の解決をしようとしているのだ。それに対して誰も正面から問題にしようとしない。小泉首相はまさに天下を取ったのだ。小泉首相の高笑いが聞こえてくる。

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2005年10月30日

【バックナンバー】2005-10-30

米軍再編こそ政界再編の導火線だ

  小泉政治の5年半はすべてここに行き着く宿命を負っていたのだ。そう思わせる米軍再編の合意である。それは必然ではなかった。小泉首相も米国もここまで急速に事が運べるとは思っていなかったであろう。日本国民がそれを可能にしたのだ。
米軍再編などというピント外れの言葉に惑わされてはいけない。米国の要求をすべて飲まされ合意した後で、「黙って認めろ」といわんばかりに国民の前に提示された中間報告なるものは、一言で言えば、世界的な軍事超大国になった戦争国家米国の意のままに、日本の国土を軍事基地に固定化することだ。専守防衛に徹する我々の自衛隊が、米軍の指令下に従属軍隊にさせられることだ。そして戦争国家米国の財政赤字の負担を押し付けられることなのだ。これだけ日本の経済が赤字に苦しんでいるというのに。
これを黙って受け入れる国民は、世界広しといえど日本人しかいない。それでいいのか。右翼であれ左翼であれ、親米であれ反米であれ、いやしくも日本を大切にする日本人ならば、いや物事を判断する能力のある人間ならば、どう考えても馬鹿らしいと思わなくてはならない。この事実に黙っていられる者は、小泉首相や竹中大臣のように日米同盟からよほど恩恵を受けている者か、現状が恵まれているのでひたすら黙って自己保身に専念する小市民的現実主義家か、あるいは何も考えない、学ばない、「俺には関係が無い」とうそぶく無気力な人間か、いずれかであろう。いずれも人間としての誇りをかなぐり捨てた連中だ。
あまりにも出来すぎている話である。小泉圧勝の後で、靖国参拝、憲法改正、増税、米軍再編の動きが、あたかも鎖のように堰を切って加速化した。
 さすがの小泉首相も、選挙で圧勝しなければこのような決断をここまで立て続けに出来なかったと思う。私は小泉首相が、先の選挙で圧勝する事を確信して事を運んだとは思わない。彼はそこまで頭が良くない。米国は小泉首相を勝たせる為に様々な支援をしたであろうが、それでもこんなに小泉首相が圧勝するとは思っていなかったであろう。しかし結果的に彼らの思惑は大成功した。それを可能にしたのは国民の半分の有権者だ。
 国民の多くは異を唱えたが、それでも小泉首相は国民に信認されたことになった。政治家もマスコミも国民も、もはや誰も小泉首相のやる事に異を唱える事は出来ない。その追い風を見事に利用して、小泉首相は、今までのどの首相も出来ない暴挙を、違憲的行為を行おうとしている。
 このまま日本の命運は決定されていくのであろうか。国民は仕方が無いと指をくわえて眺めるしか術はないのか。日本国民にまだエネルギーが残っているかどうか、政治的活力が残っているかどうか、すべてはこれからの国民の動き次第だ。反応次第では小泉内閣を追い込んで再び総選挙に追い込めるのだ。
 最後の小泉内閣が明日発表される。選挙で圧勝し、天下を取った小泉首相はその権力の絶頂を迎える。あとは坂を下るだけだ。大変な課題を背負った内閣になる。政策の成果を国民に提示しなければならない。パフォーマンスだけでは凌ぐ事はできない。
 中間報告が最終報告になるためには地元住民の賛同が不可欠である。国民の了承が必要である。国民の反対をおして米国がその国を支配できないのは、ベトナム、イラクの例であきらかだ。深化、一体化する新たな日米軍事同盟は明らかな憲法否定だ。憲法改正が先行されることになる。護憲主義者はこれを黙認するわけには行かない。
 そうなのだ。米軍再編こそ、日本の政界を再編する最大で最後のの導火線なのだ。政界再編の最大のチャンスである。これをきっかけに政界再編が起こらないのであれば、日本の政治は永久に変わらない。誰が政界再編の火蓋を切るのか。そのような人間が今の日本に存在するのか。少なくとも既存の政党、政治家、有識者の中からは、国民を熱狂的に動かすような人間は現れてきそうもない。そこが今の日本の最大の問題だ。誰が、どういう形で小泉政治の誤りを衝くか。誰かが口火を切る。後は雪だるま式に国民のうねりが生じてくる。

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2005年10月24日

【バックナンバー】2005-10-24

参院神奈川補選に見るこの国の政治の惨状

 参院神奈川補選の結果を見て、この国の政治は当分の間どうにもならない停滞に突入してしまったと思わざるを得ない。それは小泉自民党の川口候補が楽勝したからではない。投票率が32.75%の低さだったからでもない。10月24日読売新聞に政治部の小林弘平記者が次のように書いている記事を読んだ実感である。
・・・自民党の川口氏は「私はのどが弱いから街頭演説は3分以内にしたい」と県連幹部に語った。民主党の牧山氏も、演説が不慣れな為、陣営から「演説は5分以内」と決められたという・・・
なんという不真面目な選挙であったことか。いま日本はどのような候補者であっても小泉自民党の候補者であれば政治家になれるかのようである。だからこそ民主党はこの選挙に政党の存続を賭けて必死になって闘うべきだった。その気迫があれば必ず国民に伝わっていたはずだ。それを最初から勝てる候補者を擁立しなかった。そしてみすみす議席を失ってなお沈黙する。こんな野党があろうか。民主党は一日もはやく自民党に全面的に降伏し、自民党に吸収されたほうが国民の為にもわかりやすい。
共産党や社民党に厳しく迫りたい。いつまで勘違いをしているのか。何度選挙を繰り返しても大衆の支持を広げられないあなたたちこそ、自民党を助けているのだ。国民の為を思うなら潔く消滅してしまえ。心配はいらない。その後に必ず国民の幅広い支持を得る真の野党が生まれるはずだ。その時こそこの国の政治が活性化される時だ。政治的盛り上がりがこの国に生まれる時だ。
ここまで壊れた自民党、ここまで危険に日米軍事同盟に傾斜していこうとする小泉自民党に、とても国を任すわけには行かないと考えているまともな国民は多いに違いない。問題はその期待に答える真の国民的政党、平和を願う良識ある政党が、いつまでたっても現れないことだ。そのような政党をつくることのできる人物がこの国にいないことだ。
ここまで閉塞した政治状況になっているというのに、ただの一人もそういう人物が現れない現実こそ、日本という国が本質的に抱えている問題ではないのか。

数日間日本を不在にしますので「メディアを創る」を休みます。

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2005年10月23日

【バックナンバー】2005-10-23

メディアの使命は権力側のウソを暴く事だ

 メディアの大きな使命の一つは、情報から隔てられている一般国民に対して、少しでも多くの真実を知らせる事にある。とくに権力側が意図的に情報操作を行って国民をミスリードしようとしている場合は、このメディアの役割は特に大きい。
 10月23日の東京新聞で半田滋記者が、実名入りの良い記事を書いた。それは、米軍再編の一環として報じられてきた米軍施設返還という負担軽減の多くが、すでに以前に日米間で合意されたものばかりであり、成果を「二度売り」して水増ししようとしていることを我々に教えてくれる記事である。
 たとえば那覇軍港について、半田記者は次のようにその重複振りを喝破している。すなわち那覇軍港は、その昔1974年に日米で移設条件つきの返還に合意をしていたのであるが、その後95年の日米合同委員会で浦添市への移設が提示され、96年の沖縄特別行動委員会(SACO)最終報告で「返還を加速化する」と明記され、返還の面積まで発表されていたという。その後返還作業が順調に進み近く基本設計に入る段取りになっていたのである。
その那覇軍港返還について、防衛庁の守屋武昌事務次官は10月20日の記者会見で、「那覇軍港など4施設の返還について日米で話し合っている」と、米軍再編の協議内容として正式に発表したのだ。
これについて半田記者はこう憤慨する。
 「・・・既に返還が決まっている施設を、10月29日にも予定される再編の中間報告の中で『返還する』と強調するなら、『SACOの焼き直し』との批判は避けられない・・・」
 半田記者の記事はさらに次のように続ける。
「・・・一部には那覇軍港を別の基地に移設するとの情報もある。SACO最終報告に基づいて基地返還作業を進めている防衛施設庁の担当者は『米軍再編で計画がどう変わるのか。何も聞いていない』と戸惑うばかりだ・・・」
内部の人間さえも何が行われているかわからないほど、一部の官僚と官邸が米国の言うままに軍事協力を進めているということだ。この意図的な情報隠しを暴く事こそメディアの使命に違いない。

防衛庁の装備調達経費のごまかし

 これも新聞の使命にかなった記事である。10月23日の毎日新聞が斉藤良太記者の記名入り記事で、防衛庁の武力装備費の水増しについて書いている。
防衛庁の装備予算をめぐる不透明さについては、これまでもしばしば報道されてきた。それにもかかわらず、まだこのような記事が出るのだ。そして誰もそれを税金の無駄遣いだと怒らない。国会で追及もされない。財政改革の名の下に国民からはたとえ千円単位の負担増でも厳しく吸い上げようとする政府が、これだけの無駄遣いと横領を放置し続けている。これはもうほとんど悪い冗談だ。
斉藤記者の記事はこうだ。海上自衛隊の主力護衛艦の調達を巡り、購入価格が約3,000万円割高になった可能性があることが会計検査院の調べでわかった。その理由として、護衛艦に備え付けられている数台の発電機の予備エンジンをどこから購入するかによって経費が違ってくるという。造船会社から一括して注文すると、直接エンジンメーカーから購入するよりも約3,000万円割高になる。この可能性を会計検査院が見つけたというのである。造船会社はエンジンメーカーから購入しそれを防衛庁に転売するから割高になるのはもっともであろう。
残念ながら経費の無駄遣いがどの程度確認されたのか斉藤記者の記事だけではさっぱりわからない。単なる無駄遣いなのか、不正があったのかについても不明である。会計検査院は海自に対し「調達方法の適切化など」を求める方針である、としか書かれておらず、不適切さを指摘された防衛庁は、「造船会社でまとめて購入したほうが安上がりになる可能性もある、装備によって適切な調達方法を取って行きたい」と話しているだけである。
このような曖昧な記事で終わってしまってはいつまでたっても無駄遣いはなくならない。不正が働いているかもしれない。軍需産業企業と防衛庁の組織的癒着が潜んでいるかもしれないのだ。
願わくば、斉藤記者に対しては、この問題について更に取材を続けてもらいたい。そして会計検査院、防衛庁の説明責任について追及してほしいものだ。

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2005年10月22日

【バックナンバー】2005-10-22

戦争国家米国の原点がそこにある

  少し前の記事になるが10月14日の東京新聞「記者の目」で社会部の沢田猛という記者が、「枯れ葉剤の惨禍に慄然、幻の対日散布計画も」という見出しの記事を書いていた。それを読むにつけてもイラク攻撃で露呈された戦争国家米国の非人道性の原点が、30年前のあのベトナム戦争に凝縮されていると思い知らされる。
  沢田記者は半年ほど前にベトナム戦争の被害の実態を確かめるためにベトナムを取材訪問し、まだ終わっていない「戦争」の現実を目撃したという。15年にわたるベトナム戦争で、1961年から10年にもわたって散布され続けた「枯れ葉剤」が、今でも数多くのベトナム人を後遺症で苦しめている。奇形をはじめとする障害児は推計でも15万人。沢田記者が出会った幼児障害児に関する記述は読むに耐えない。
それにしてもである。ジャングルを丸裸にする不必要な破壊的攻撃や、猛毒性を知った上でダイオキシンを使用した米国の非人道性には、心底怒りと不条理を覚える。イラクで、そして中東で繰り広げられている米国のアラブ軽視の人種差別的な虐殺、虐待も、その原点はベトナム戦争に見出されるのだ。
  その枯れ葉剤が第二次大戦中の日本に対しも散布されようとしていたという。米スタンフォード大学の歴史学者バートン・バーンシュタイン教授が87年6月号の米科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」に寄稿していた文章を引用し、沢田記者は米国を告発する。原爆投下を優先したことと、日本が降伏したために散布は免れたのであるが、降伏が少しでも遅れていたら確実に枯れ葉作戦は行われていたと話すバーンシュタイン教授の言葉。
  過去の反省にたって戦後日本は平和国家に生まれ変わったと言う。もしそうだとすれば、ここまで戦争国家になった米国と、どうして軍事協力を進めようとするのか。日米共通戦略目標などと称して米国の一方的な軍事要求にただ従うだけの日本がどうして平和を愛する国と言えよう。日米軍事同盟は世界の平和と安定に最重要だと繰り返す小泉首相は、国民を欺く希代の詐欺師か、それとも無知、無理解の単なる馬鹿者かどちらかだ。

 大詰めの米軍再編協議

 11月中旬のブッシュ大統領訪日を控えて、国民の目の届かないところで米軍再編協議が加速している。そんな中で断片的に報道される新聞記事は見落とせない。
 10月19日の読売新聞「とれんど」において、永原伸論説委員がこう書いている。沖縄の普天間基地の代替施設を巡り、米側が難色を示す「キャンプ・シュワブ陸上案が有力」といった報道が相次いだ事があった。これを見た米国が、日本が交渉を有利に導く狙いで意図的にリークしたと頭に来て、「おい、これは宣戦布告のつもりか」と罵声をあびせたというのだ。日本政府は震え上がってただちに陸上案を引っ込めた。
 その一方で米国は、日本政府を相手にせずに直接に沖縄県に米国案を説明しこれを受け入れるよう「直談判」していたことが、10月22日の毎日新聞で明らかにされていた。
これに関連して10月22日の読売新聞には、米国は米総領事などによる独自の情報収集に基づいて沖縄県や名護市が米案を支持すると判断した、だから米国の主張する浅瀬案に強気になれるのだという日本政府筋の見方を伝えている。
町村外務大臣は21日の衆院外務委員会で、「日米協議が大詰めを迎えている時にいかがなものか」と米側の日本政府パッシングに形だけの抗議をしてみせる。しかし恥ずべき、はここまで米国にあてにされなくなってしまった日本政府についてである。すっかり機能しなくなった日本の外交についてである。

 韓国に出来る事がどうして日本に出来ないのか

10月22日の各紙で、韓国軍の戦時の作戦統制権(指揮権)を韓国側へ移管する事につき、米韓の間で「協議を適切に加速化することで合意した」ことが一斉に報じられている。訪韓中のラムズフェルト国防長官と韓国のユングアンウン国防相が話し合った結果であると言う。
韓国は朝鮮戦争(1950-53年)の際、韓国軍に対する作戦統制権を米軍に移譲した。このうち94年に平時の作戦統制権が返還されたが、戦時の作戦統制権は在韓米軍司令官が兼任する米韓連合司令官が握り続けて来た。その返還を韓国側がはじめて正式に申し入れたのだ。
戦時の作戦統制権の返還には、米韓連合司令部の解体や朝鮮半島有事に備えた米韓両軍の協議体制構築などが必要なことから、実現までには時間がかかると思われる。しかし重要な事は、韓国側が米国に公式協議で正面から要求し、米国がこれに応じたということである。
翻って日米安保協議はどうか。米軍再編協議一辺倒の協議のなかでひたすら米国の要求を呑み続け、挙句の果てに米軍司令部の一部を日本本土に移動させ自衛隊を米軍の指揮下に入れることについて何の反発もなく付き従うことになると報じられている。
どうして韓国と日本で流れが逆になるのか。それは単に米国の軍事戦略上の違いから来るだけではない。米国からの自立を本気で願う韓国と、米国に無条件に従うことが日米友好関係の証であると勘違いをしている日本との基本姿勢の違いによるものである。どちらが自然で正しいかは明らかであろう。

民間いじめが現実のものとなった

 政府の免税特権など多くの有利な条件を保持しながら民間企業に殴り込みをかけてきた郵政公社に対し、それは公正な競争を妨げるものであるとしてヤマト運輸が国を相手に訴訟を起こしたのはついこの間であった。私は訴訟が報じられたとき、割高になってもいいからヤマト運輸を使い続けてやろうと考えた。ヤマト運輸に同情するとともに、郵政民営化を成功させる為になりふりかまわない政府のやり方が腹立たしかったからである。
 しかしやはりヤマト運輸は競争に勝てなかったようだ。10月22日の読売新聞に「ヤマト再構築計画、産業再生法を適用」という一段見出しの小さな記事を見つけた。
 21日国土交通省は、11月1日に持ち株会社制に移行するヤマト運輸の事業再構築計画に対して、産業再生法を適用すると発表したという。
 ヤマト運輸は、「日本郵政公社が民間の宅配市場に積極的に参入し、経営環境が厳しくなっていると現状を報告した。
 これに対し国交省も「郵政民営化を見据えると厳しい経営環境になるなどとして同法の適用を認定したと言う。
それにしても政府の民業圧迫は許せない権利の濫用だ。郵政公社総裁の生田氏に言いたい。卑しくもこの間まで日本郵船という民間企業の社長を務めていたではないか。民間企業の厳しさを知っているであろう。国家権力を背景にした政府の不当な干渉を知っているであろう。その民間人であった生田氏が、国家権力にへつらって郵政公社の総裁に祭り上げられ、政府の民間いじめに加担する。恥ずかしいと思わないのかと。
民間会社の社長を経験した後に欲しがるのが国家権力である。志の低い財界人の典型である。生涯一商人で終わればよいものを。

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2005年10月21日

【バックナンバー】2005-10-21

こっそり世論調査

 これは注目されて良い記事である。10月21日の毎日新聞が「こっそり世論調査」という中田卓二記者の囲み記事を載せていた。その記事によれば、細田官房長官が20日の記者会見で、「発表するかしないかは別」と述べ、非公表の世論調査をしていることをにじませたという。
 やっぱりそうだったのかという思いがする。小泉人気の源泉は常に世論受けを念頭に置いてパフォーマンスを繰り返すことにある。拉致問題にしても靖国参拝にしても、そして何よりも郵政改革解散にしても、あらかじめ世論の反応を見極めた上で、それが世論の支持を得る事を確認して行われた行動であったのだ。小泉側近はそのような世論の考えを、国家権力と税金をフルに使って絶えず秘密裏に調査を繰り返してきたのだ。
 それにしても姑息である。人気取りのためにこのような秘密調査を行ってきたことを言っているのではない。それがバレタとたんに慌てふためいて否定するところがである。細田官房長官は、記者会見で、「誤解を与えてはいけないものがあれば結果は出さない」と非公表の世論調査があることをいったん認める発言をしていた。それにもかかわらず、その日の夕には、「各界の有識者にちょっと感触を聞き取るようなもので、世論調査はしていない」と否定したという。政府筋は「さまざまな政策テーマについて世論の動向を調べるための調査をしており、公表していないものもある」とすでに認めているにもかかわらずである。
 嘘をつかねばならないほどやましいのか。非公表の世論調査があるのかないのか、あるとして政府は過去どのようなテーマでどのくらいの頻度でやってきたのか、その予算はどこからでているのか、野党は国会で追及すべきである。メディアはこの事をもっと大きく報じるべきである。

 断片的な報道が国民の目を曇らせる

 米軍再編に関する日米秘密協議に関する連日の断片的な報道が、結果的に日米軍事同盟強化の現実を国民から見えなくしている。例えば10月21日の日経一面に「沖縄海兵隊3割削減」を米政府が検討していると報じられた。その前には例えば10月16日の読売新聞などで米政府が米軍施設の一部を日本に返還することを認めたという記事が出ていた。あたかも米国が基地縮小に譲歩しているかのような印象を与える。
ところが実際はとんでもない交渉が行われているのだ。米軍はあくまでも「普天間基地」の移転問題の決着を固執し、負担削減案のすべては普天間基地の解決を前提としたパッケージ解決であるとしている。しかも普天間基地の移転先は住民が反対し続けてきた辺野古沖での建設を強硬に要求し、わが外務省は米国と一緒になってこの案での合意を急いでいる。
 米軍再編の日米協議は、「負担軽減」と「抑止力の維持」の二つの要素を勘案して決めると小泉首相はお経のように繰り返す。しかし小泉首相がブッシュ訪日で約束しようとしていることは、みせかけの「負担軽減」と引き換えに、「基地の固定化」、「日本国内のたらいまわし」、「財政支援の追加」、「基地の日米共有化」などといった対米軍事協力強化要求を丸呑みすることである。
 そもそも何のための米軍再編なのか。日本の安全にとって本当に必要な事なのか。日本を取り巻く安全保障の環境は冷戦時に比べはるかに安全になっている。それにもかかわらず、「テロとの戦い」や「中国の脅威」などというつくられた脅威に我々は踊らされているのではないか。これらの根本問題を含め、今日の国際情勢における日米安保の有用性と正当性の議論がまったくなされていないのである。
それよりもなによりも、今日米間でどのような協議が行われているかについて、政府は国民にまったく説明責任を果たしていない。米国の言いなりになって決定された合意を、国民に飲めというのではあまりにも国民を馬鹿にした話である。世の中の軍事専門家よ、安保専門家よ。立場の違いを超えて、今こそ国民の前で論争を展開すべきではないか。
あらゆる護憲、平和主義者よ。米軍再編に関する日米協議の欺瞞を取り上げずして護憲や平和を叫んでも、「時既に遅し」と心得なくてはならない。その意味からも沖縄の辺野古沖基地建設反対闘争の今日的重要性がもっと強調されなければならない。それは一人沖縄の問題ではない。戦後60年にして日本が迎えた最大、最強の護憲、平和問題の象徴なのだ。戦うとしたらこの一転突破しかない。米国にとっても、日本政府にとっても普天間基地問題は最強の敵なのである。

 川口候補の当選を、指を加えて眺めるしかないのか

 10月21日の朝日新聞に「参院神奈川補選ルポ」なる記事があった。その見出しを見てため息が出た。「叫べる改革テーマない 自民」、「自民と近くなりすぎた 民主」とある。この前まで外相をやっていた川口候補は外交を語ることなく子育て支援策を取り上げているらしい。「仕事と育児を両立させた2児の母」を強調する。「次の改革課題が何か、候補者が大声で叫べるテーマがない。下手に改革を叫んで有権者に飽きられてはかなわない」ということらしい。小泉圧勝の後押しのもとに、外相の知名度もあって、「名前をいまさら売らなくても」いいという自信もあるのだろう。
 一方の民主党陣営は、「郵政はもう終わったんです」と訴えて小泉旋風の終わりを強調しているらしいが、明確な争点をつくれず、牧山候補者の訴えの中心は川口候補と同様、子育て支援策という。経済政策にしても外交・安保問題にしても自民党と近くなりすぎ、「税金の無駄遣いをするな」ぐらいしか明確な違いを言えないのだ。こんなことでどうして勝てるというのか。違いは赤の川口に対する白の牧山だけなのか。これではまるで運動会だ。
その一方で共産党は、我々だけが基地・靖国で首相を批判している「たしかな野党」であると強調しているらしい。その訴えは正しい。しかし共産党がそれを叫べば叫ぶほど、国民的課題であるこれらの問題が共産党のキャッチフレーズのように独占されて、国民的広がりを阻害してしまっているというに、共産党はいまこそ気づかなければならない。共産党はみずからの組織防衛に甘んじることなく、米軍再編の問題を国民的問題に広がるようにしなければならないのだ。その為には共産党だけのエゴで動いてはいけない。他方において社会党は、この期に及んでも党の再生を図ろうとする無駄な悪あがきをすることなく、共産党候補を支援すべきだ。連合は民主党にしがみつくことなく労働運動の中心を平和や護憲に据えるべきだ。平和や護憲を叫ぶ市民は、この神奈川補選を「平和の為の戦い」の関が原ととらえて平和の結集を行うべきであったのだ。
いずれにしても投票は二日後に迫っている。もはや時遅し。小泉圧勝の総選挙の続きが再び繰り返されるのを、指を加えて眺めるしかなさそうだ。日本の政治はどうにもならない状況が当分続くことになる。

哀れなブッシュ大統領と米国国民

 ブッシュ政権が苦境に立たされていることについて最近あちこちの雑誌で頻繁に書かれるようになった。そのような報道の中で私が注目したのは次の二つの記事である。一つは10月15日の各紙で報道されている米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが13日に発表した米世論調査である。それによるとブッシュ大統領が最終的に「失敗した大統領」と記憶されると答えた国民が41%に上るという。これは今年はじめの再選就任直後の27%という数字と比べると急速な変化である。ブッシュ大統領の支持率はもはや38%と下がる一方であるが、「失敗した大統領」の烙印を押す国民が41%もいることは驚きである。
 もう一つの記事は、10月14日の日経の、NBCテレビとウオールストリートジャーナルが12日に発表した合同世論調査の数字の中で黒人層の米大統領支持率がわずか2%という米国史上でも極めて異例な数字が出た、という記事である。そういえばオハイオ州トレド市で黒人による暴動が最近起こっている。市民運動が盛んであった60年代ならいざ知らず今日の米国でも黒人問題が存在するのだ。そして所得格差の広がりとともに表面化する潜在的脅威がますます大きくなっている。
これに関連して10月21日の毎日新聞「世界の目」において、ワシントン・ポスト、コラムニストのリチャード・コーエン氏が次のような記事を寄稿していた。
「・・・ジョンソン大統領は当初、「ベトナム戦争と偉大な社会は両立できる」と言ったが、最後は「増税なしには、ベトナム戦争を続けながら医療保険制度を充実する偉大な社会プログラムを継続できない」と連邦議会にメッセージを送った。それから一年もたたずに、彼は再選を断念した・・・2期目のブッシュ大統領に再選(の心配)はなく、国家財政破綻の責任を取る必要はない。国民に「銃」と「バター」は両立するといい続ける・・・しかし国民の大多数(54%)は「イラク戦費」の削減を求めている・・・国の借金はやがて利率を上昇させ加速しインフレの引き金になる。それは戦争そのものよりも長引くおそれがある。物価は上昇し有権者はいらだつ。これは悪夢のシナリオではなく、不可避な事実なのだ・・・」
大統領選挙がもし一年遅れて行われていたとすればブッシュ大統領の再選はありえなかったであろう。再選後一年にもならないブッシュ大統領はすでにレイムダック化しつつある。それでもあと3年以上もブッシュ大統領は大統領を続けなくてはならない。国民はそれを我慢しなければならない。哀れなブッシュ大統領と米国国民であると私が考えるゆえんである。

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2005年10月18日

【バックナンバー】2005-10-18

米国への絶対服従がここまで進んでいる

 靖国参拝一色の報道の中で、日米関係の屈辱的実態を如実に物語るニュースを見逃してはならない。
 17日の午前7時ごろ、羽田空港で事件が起こった。A滑走路に着陸しようとする飛行機が、違法電波の感知によって正常な運行が出来ず、約170便が三時間にわたって運行を見合せられていたのだ。その原因は、あきらかに在日米軍横須賀基地の艦船から発信された軍事用の電波である。それにもかかわらず国土交通省も総務省も原因を特定することなく放置したままである。18日の朝日新聞によれば、国交省は、「近く米軍に照会し、発信源と特定されれば再発防止を求める」考えを示したという。しかしそれは例によって形だけの対応である。このようなことは以前にも一再ならず起きていたにもかかわらず、およそ真剣に再発防止策を講じたフシはない。米第7艦隊司令部は、朝日新聞の問い合わせに「調査中」と答えるのみであるという。そういえばかつて民間航空会社の元パイロットが私に話してくれたことがあった。日本の上空は米軍最優先、その後に自衛隊が従い、民間航空機はしわ寄せを食って航空ルートをその都度大きく規制されるという。その結果技術的に困難な操縦を強いられるという。我々の安全が犠牲にされているのだ。日本政府はそれを承知の上で米側に毅然とした要求をして来なかったのだ。国民よりも米国政府に顔を向けっぱなしの政府ということだ。
 もう一つ。米国大使館の敷地の賃貸料をめぐって日米間の交渉が暗礁に乗り上げているという。ホテルオークラの向かい側にあるあの米国大使館の敷地である。なんと米政府が平成10年から賃料の支払いを拒否しているという。滞納料は計2000万円にのぼるという。日本側は督促状を送ったり、外交ルートで支払いを求めているが、解決のめどはたっていないという。こんな馬鹿なことがどうして起こりうるのであろうか。米国は契約社会の本家である。報道によれば米国大使館が建つ国有地は、明治23年(1890年)に政府が米国からの用地確保の依頼を受けて民間から買い上げ、米国との間で賃貸借料契約が締結されているという。戦後の米軍占領でチャラにされたのなら別であるが、昭和49年と58年に賃貸料の改定までなされているというのであるから、れっきとした賃貸契約が今も存在しているということだろう。そして米政府は平成9年まで年間約250万円の賃貸料を払ってきたという。赤坂の一等地約1万3000平方メートルの賃貸料が年250万円というのは不当に安い(因みに近辺に位置する英国の割安の賃貸料でさえ米国の5倍であるという)。その安い賃貸料を日本側が平成10年に値上げしようとして以来、米側が支払いを拒否しているという。もしこのことが事実であるとすれば、とんでもない米側の態度である。この事件を最初に大きく報じたのは10日の東京新聞「ニュースの追跡・話題の発掘」によると、日本政府や米側の答えは一向に要領を得ない。「米国と協議を継続中であり内容は明かせない」(外務省北米一課)、「日米両政府が土地の所有権と賃貸料のついて話し合っている」(米国大使館)。どうしてこんな賃貸契約交渉に7年もかかるのか。所有権だって。まさか米国は自分の土地だと言い出しているのではないだろうな。そう思っていたらついにあの鈴木宗男までが激怒した。10月28日号の週刊朝日は鈴木宗男のコメントを載せている。「かつてアフリカのある大使館は予算が乏しくて電気を止められ、ローソクで過ごしていた事があった。このままでは日本はアンフェアな国と思われる。日米に信頼関係があれば解決できる話。日本に外交の基礎体力がないことを象徴している」
  小泉首相に言いたい。個人の信念に基づいて靖国参拝を行う事を外国にとやかく言われる筋合いはないと開き直るのも良い。しかしあなたが日本の首相なら、国民の為にブッシュ大統領に言うべき事は言ったらどうなんだ。報道によれば、11月15日に来日するブッシュ大統領を京都の料亭に呼んでお大尽遊びをすることを楽しみにしているそうではないか。その場でBSE解禁や普天間基地移転などの米国のごり押し要求をまとめて飲んでしまうというではないか。テメエのごますりの為に税金を無駄遣いし、そのあげく国民の生命と安全を米国に捧げるなんて、国民を舐めるにも程がある。そのライオンヘアーを丸剃りして国民に頭を下げてからやってもらいたい。

 イラク情勢はどうなっているのか

 靖国参拝の記事で埋め尽くされた18日の新聞であるが、中東情勢は最悪の事態が進展していることがわかる。朝日新聞の外交面には一つのページに次のような記事が目立たない形で並んでいた。
 ライス米国務長官は16日、訪問先のロンドンで、「イラク憲法はおそらく承認される」と発言したが、イスラム宗教委員会のアルクベイシ師は「憲法案が承認されれば、米軍に対する攻撃が再び増え、治安状況は悪化する」と述べた・・・
 その横に、「米軍がイラク中西部を空爆し武装勢力70人を殺害した」という記事があった。憲法案採択の選挙が行われている最中にここまで激しい米軍の攻撃は繰り広げられているのである。70人のうち少なくとも39人はイラク市民であるという。それに先立つ15日、憲法をめぐる国民投票のさなかにラマディで米軍車両が爆発による攻撃を受け米兵5人が死亡している。このような状況の中で行われた国民投票にいかなる正統性があるというのか。
 その記事の隣に、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸で、16日、イスラム過激派と見られる武装集団が車を走らせながら銃撃し、イスラエル人3人が死亡、4人が負傷したという記事があった。イスラエル政府はこの銃撃戦を受け、治安協力に関する自治政府との接触を絶つとともに、西岸各都市の封鎖を強めたという。さらにエルサレムの南方のヘブロンではバス停にいたイスラエル人たちに通りがかりの車から銃撃があり女性2人と15歳の少年1人が死亡、3人が重軽傷を負い、その直後にはエルサレム北方のラマッラ周辺で歩道を歩いていた10歳代の少年が軍から狙撃され重傷を負ったという。
 要するにイラク情勢もパレスチナ情勢もまったく平和の見通しが立たないままいたずらに人命が失われていっているのだ。これが米国の中東政策の結果なのである。

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2005年10月17日

【バックナンバー】2005-10-17

行けるものなら行って見ろ

 今日17日から20日まで靖国神社秋季例大祭が開かれるという。この例大祭の間に小泉首相の靖国参拝が行われるのではないかという憶測が、ここ数日間メディアに散見されていた。そして17日の毎日新聞の発信箱という囲み記事では、山田孝男編集局員が「・・・日本の首相が自ら隣国の争気をあおる愚を犯すべきではない・・・総選挙圧勝でモンスター化した人気者首相が神社崇拝精神を誇示するという風景はグロテスクである。小泉首相の本意でもあるまい。勝っておごらぬ首相の賢慮に期待する・・・」と書いていた。
まったく同感である。小泉首相は思ったほど愚かではない、計算高い政治家かもしれない、総選挙に圧勝してこれほど順風にあるからこそあっさりと前言を翻して靖国神社の参拝にこだわらないのではないか、行き詰った外交も進展するかもしれない、そうすれば小泉首相の評価はさらに上がる、そう小泉首相が考えているのなら私は小泉首相のしたたかさに脱帽するしかない、そう思っていた。
それよりも何よりも、APEC首脳会議などのアジア外交日程を目前に控えているこの時期に、そして6カ国協議や拉致問題で中国、韓国との協力が不可欠であるのに、靖国参拝を強行すれば、その時こそ中国、韓国との関係が決定的に悪くなる、そんな愚をみすみす犯すほど小泉首相は馬鹿ではない、さすがの外務官僚もこの時期の参拝は控えるべしと体を張ってでも首相に進言するであろう、「行けるものなら行って見ろ」と思ってこの文章を書いていた。
その最中に小泉首相が靖国参拝を行うというニュースが飛び込んできた。これにはさすがの私も驚いた。朝日テレビの川村解説委員は、「谷内外務次官や佐々江アジア局長が中国へ行って話しをつけてきている、これは中国に事前通報をし、根回しをしたうえでの筋書き通りの訪中ではないか」などと、したり顔をして話していた。それが本当であれば、「小泉首相は来年9月で総理を辞める、これが最後の靖国参拝である、だから今回だけは参拝させてくれ」などと言って頼み込んだのであろうか、そして中国はそれを了解したのであろうか、そして中国がなんとか了解してくれたという報告を谷内次官から受けて、小泉首相は参拝に踏み切ったのではないか、それにしても韓国への通報と了解は得ているのであろうか・・・私はあれこれ推論をめぐらせた。
しかしやはりそうではないと思う。強引で傲慢な小泉首相が谷内外務次官に命じて事前通報をして来いと命じたのであろう。「黙って行くと驚くから、せめて直前に知らせてやれ、中国は反発するだろうがかまわない、一方的に伝えるだけでよい」と命じたのであろう。そうだとすると大した度胸だ。これで中国が反発しなければ中国の完敗だ。中国は果たして譲歩するのか。一体どの様な展開になるのだろう。
谷内次官と面会した中国の外相は「靖国問題と歴史認識の問題が解決されれば東シナ海の共同開発などは解決しないはずはない」と述べたと16日には報じられていた。その前には中国が日本の安保理入りに理解を示すと述べたという報道もあった。なんだか急に日中関係が進展するような報道振りだ。しかしその一方で17日の日経新聞によれば、訪中の谷内次官は中国側の明確な説明もないままに総合政策対話の協議をすっぽかされ、待ちぼうけを食わされて、それでも協議は実現せず、市内見学で時間を潰して帰国せざるを得なかったと報じている。これは大変な不快感の表明ではないのか。中国外相の発言は、裏返して解釈すれば「靖国問題で忠告を聞かなければすべての関係を凍結する」という強い申し入れではないのか。
2005年10月17日の小泉首相の靖国参拝とそれにともなう中国、韓国との関係については、これからおびただしい報道がなされるであろう。その過程で真実が明らかにされていくであろう。実に興味深い外交である。しかしどのような進展に発展して行こうとも、「適当な判断をする」と繰り返して述べ続けた小泉首相の今回の判断は、最も不適当な判断であり、大きな外交的誤りとなると確信している。「小泉首相、靖国参拝を決行する!」というニュースを聞いた今でも私の考えに変わりはない。「行けるものなら行って見ろ」なのだ。

弁護士、芝昭彦氏に乾杯

 10月16日の読売新聞に感動的な記事を見つけた。この記事を書いた竹原興という記者に敬意を表したい。
 その記事は元キャリア警察官僚であった芝昭彦氏(38)という若者の生き方についてである。そのあらすじはこうだ。
・・・ 芝が神奈川県警外事課長の立場にあった1996年12月、部下であった某警部補が覚せい剤を使っていたことを知った。しかし「事件にする必要はない」という県警本部長の一言でもみ消し工作が始まった。警察組織において上司の命令は絶対である。そんな考えに染まりきっていた芝は、事態の成り行きをただ見守るだけであった。本部長が「女性問題を理由に(その警部補を)退職させろ」と指示するのを耳にしても、注射器など証拠品の隠滅に部下たちがかかわったという報告を受けても、「不祥事はこうやって処理するものか」と無批判に受け止めた。
 それから3年後の1999年11月4日、この事件が発覚した。覚せい剤使用の警部補が逮捕された。警察庁外事課課長補佐に昇格していた芝は事情聴取を受け、10日後に犯人隠匿容疑で書類送検された。「ああ、あの時、せめて警察庁の先輩に相談でもしていれば・・・」そう悔やんでも今更せんないことだと気持ちをかき消す。悶々と過ごすうちに横浜地検の処分が決まった。「積極的な関与ではなかった」として芝は起訴猶予となった。「ひよっとして救ってもらえるのではないか」。しかし処分が出た直後、芝は警察庁幹部から「辞めてくれ」と告げられる・・・
  91年に東大法学部を卒業して警察庁に入庁。同期の中でただ一人選ばれる警察大学校助教授にも指名された。「将来は警察組織の中枢を担ったはずの逸材だった」とかつての上司は語る。それが突然の転落。一度転落した自分が志を貫ける職業は何か。そう考えた時、警察官と同じように社会の不正と向かい合い、しかし組織には縛られない弁護士以外の選択肢は思い浮かばなかった。警察庁を追われた直後に結婚した妻に支えられ、3度目の挑戦で司法試験に合格。
 「自分が同じ立場だったら、やはり上司には逆らえなかった」。警察庁時代の同僚や民間企業に勤める友人から、何度か同じ言葉で慰められた。警察庁を辞めた後も腐らずにいられたのは、彼らのおかげだと思う。同時に、自分が陥った思考停止が、「仕方のないことだ」、と同情される風土こそが、これから一生かけて闘うべき相手なのだと思う。弁護士になって一年、ある大手企業から会計処理の不正に関する内部調査を任された。「社員の命運は経営陣の判断に委ねられている。経営陣が過ちを繰り返さないよう、真実を明らかにする責任が我々にはあるはずだ」、「組織には過ちはつきものだが、それを隠そうとするところから問題は拡大する。事実をオープンにすることが再生の第一歩だ」、自分の経験から、そう訴え続けていこうと心に決める芝である・・・。
  こういう官僚もいたのかと思いをあらたにした。しかし「バレなければ問題ない」と悪事を隠し続けて恥じることのない官僚が如何に多い事か。芝のような貧乏くじを引く官僚は、所詮官僚失格ということなのだ。黒を白と強弁して恬として恥じない厚顔な官僚が、国家権力を独占してこの国を動かしているのだ。腹が立つというより、暗澹たる思いである。

 政府とは、たかだか一つの方便にすぎない

  イラク反戦の母シンディ・シーハンさん(48)は、「私の息子は2004年、違法な戦争で殺された。だから私は2004年分の税金を払わない」と納税拒否宣言をしたと報じられた。その時、彼女が言及したのが米国の詩人ヘンリー・ソロー(1817-62)であるという。
  このヘンリー・ソローの政治権力に対する抵抗ぶりを、10月17日朝日新聞コラム「時の墓碑銘」でコラムニスト小池民男がつぎのように書いている。
「・・・19世紀半ばの米マサチューセッツ州でのこと。人頭税の支払いを拒否していたソローは保安官サムに催促された。「困っているなら立て替えておこうか」とも言われたが、原理原則の問題だからと言って、断った。サムが「わしはどうすればいいんだ」と尋ねると、ソローは「保安官をやめたらいい」と答えた。
  ソローが納税を拒否したのは、奴隷制への批判のほか、当時から「侵略戦争」と悪名高いメキシコ戦争への反対からだった・・・「まったく統治しない政府が最良の政府」というのがソローの信念だった。「政府とはたかだか、一つの方便にすぎない。ところがたいていの政府は不便なものと決まっている」。メキシコ戦争も人民の意思を無視した少数が政府を道具として利用して始めた戦争だ、と見ていた。
・・・政府を廃止せよというのではない。せめて余計なことをしないもっとましな政府にしようという。そして政府の無能や暴虐が耐え難い場合には「政府への忠誠を拒否し、抵抗する権利」を唱えた。後にガンジーやキング牧師の運動の支えになった思想である・・・」
  そして小池はこう締めくくっている。「・・・エコロジストの祖としての評価も高いソローは、しかし、ただの隠遁者ではなく、生活をぎりぎりきりつめ、追い込んで、人生とは何かを考えようとした。強く生き、人生の精髄をしゃぶりつくすと。世捨て人の政治忌避ではなく、見事な生活者の思想だったからこそ力があった。
   彼の詩に印象的な一節がある
  - 僕の人生は、僕の書きたい詩だった -  」


  自衛隊はどうなっているのか

 自衛隊員の間でのいじめや不祥事についてはこれまでもたびたび報じられてきた。しかしここにきて薬物所持や使用の事件が相次いでいることは看過できない。それにも係わらず自衛隊に対する批判や、自衛隊内部にメスを入れようとする声は国民の間から起きてこないし、そのような報道も見当たらない。自衛隊は我々一般市民と関係のない特殊な存在であり、防衛庁に任せておけばよいといわんばかりだ。そして報じられるのは国際貢献にますますその役割が求められている自衛隊の姿ばかりである。
しかし家族を含めれば100万人にも及ぶ大所帯の自己完結的な集団である。膨大な国家予算を使っている上に、一歩間違えばクーデターでも容易に起こせる破壊的軍事力を保有する組織である。納税者である我々はもっと自衛隊の内情を知る必要はないのか。自衛隊の質を監視する必要はないのか。それは政権の近くにいて政治的な言動を主任務とする防衛官僚や幹部自衛官の事ではない。防衛庁が宣伝してかき集めている一般自衛官の実態のことである。
 10月15日の日経新聞に見逃す事のできない記述を見つけた。広がる薬物事件の再発防止に尿検査を強化すべきではないかという防衛庁内の声に対し、おなじく防衛庁なかで「隊内の信頼関係が崩れる」と言って反対する声があり踏み切れないでいるという。
 ある陸自幹部の次の言葉が日経新聞の記事に紹介されている。
「・・・隊員が危険な任務に従事できるのは上司との間に信頼関係があるから。尿検査を強化すると、隊内に不信感が広まり、任務に支障が生じかねない」
 なんという甘ったれた考えである事か。麻薬が国民を滅ぼす元凶であることは誰もが認識している。だからこそ麻薬の栽培、所持、使用は許されざる犯罪である。しかるに自衛隊内部でここまで広く、深く汚染している懸念があるのに、何が「隊員間の信頼関係が崩れる」かだ。幹部そのものが甘ったれているのだ。自衛隊が軍隊に位置づけられようとしている中にあって、考えさせられる。

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2005年10月15日

【バックナンバー】2005-10-15

お門違いの造反議員批判

  筋書き通り郵政民営化法案が10月14日成立した。わずか一ヶ月前に反対票を投じた造反議員の大半が、同じ法案にもかかわらず、選挙後は手のひらを返したように賛成したことにメディアの批判が集中している。反対票を投じた彼らの政治信念を評価した有権者に対する裏切りではないかなどと激しく批判する。
しかしこのメディアの、判で押したようなバッシングは、メディアの更なる小泉支援にほかならない。メディアが批判すべきは、強引な形で欠陥法案を成立させ、それを「政治的奇跡」だと自己宣伝に利用している小泉首相の慢心なのだ。小泉批判をまったく行わずに、賛成票にまわらざるを得なかった負け犬議員を批判し国民の関心をそちらに向ける。小泉首相は笑いが止まらないであろう。
メディアが喝破しなければならないのは、「改革、改革」と叫び続けなければ人気を維持できない小泉政権の危うさである。あたかも自転車をこぎ続けなければ即座に倒れてしまう小泉首相の虚像である。その証拠に小泉首相はますます改革という言葉を強調するようになった。改革をやらなくても、改革が出来なくても、改革と叫び続けなければならない。もはや改革という言葉に自縄自縛された小泉首相がそこにある。メディアはそのいかさまを指摘すべきだ。「あなたは裸の王様だ」と国民の前で言わなければ八百長である。
造反議員にまわった自民党議員はさぞかし悔しかったであろう。しかし小泉自民党でなければ選挙に勝てないことを今回の総選挙が証明した。逆にどんな俄か候補者でも小泉自民党につき従えば政治家になれたのだ。問題はそのような選挙にしてしまった国民であり、その国民をうまく利用した小泉首相である。造反議員は胸を張って言えばいいのだ。「今でもあんな欠陥法案には反対だ。しかしそれを正しいと支持したのは国民ではないか。民意に従うのは当然ではないか。民意に従ったまでだ」と。
しかし、そもそもここでいう国民とは、「郵政民営化」を叫び続けるしかない小泉自民党に票を投じた国民であって、その数は5割にも満たない。しかもその5割にも満たない国民の果たしてどれだけが、小泉首相の唱える郵政民営化の内容を理解し、賛同して小泉首相を支持したというのか。
15日の朝刊各紙は、郵政民営化法案の成立を受けて、その法案の内容を詳しく報じている。それを読み返してみて、改めてこの民営化法案の複雑さ、不完全さを認識させられた。郵便のユニバーサルサービスを確保するために2兆円もの税金を投入するなら、一体何のための民営なのか。郵便事業に専念するべき郵便局が、なぜわざわざコンビに事業に手を出して、すでに十分に存在する民業を圧迫しなければならないのか。国民が安心して加入してきた郵貯、簡保を、何故わざわざリスクの高い金融業の競争の中にさらす必要があるのか、そもそも郵政公社の職員に、世界一巨額な金融資産を適切に運用する能力があるのか。このような基本的問題を、小泉郵政改革を支持して投票した国民の果たして何人が理解しているというのか。
元明治大学学長の岡野加穂留氏は15日付の朝日新聞「私の視点」のなかで、「法の成立ですべてが終わったわけではない・・・利用者の目から民営化プロセスを監視していかなければならない・・・それは決して旧守派の主張ではなく、自分たちの暮らしを守るための取り組みなのだ」と書いている。そのとおりだと思う。そしてメディアは、この複雑で膨大な郵政民営化法案がこれからどのように実行に移されていくのか、そしてその結果、果たしてこの郵政民営化法案は国民にとって有益なものなっていくのかを継続的に報道し、我々国民に正しい情報を提供する責務がある。
小泉首相は郵政改革の実施に向けて、今後一層熱心に指導力を発揮していかなければウソである。ゆめゆめ道路民営化法案のように、「これで終わった。あとは皆に任せる」とほったらかしにさせてはいけない。ましてや「欠陥法案だったからといって、たいしたことではない」と二度と言わせてはならないのである。

 無責任外交の極み

 郵政解散と総選挙の騒ぎの陰に隠され、忘れ去られようとしている外交の失態がある。日本の国連安保理常任理事国入りが完全に頓挫してしまったことである。
 いまの外務官僚にまともな外交を期待するほうが無理であるが、それにしてもこれほどお粗末な外交は近年でも珍しい。世界中の大使を東京に一同に集めて町村外務大臣が檄を飛ばしたパフォーマンスは記憶にあたらしい。御用学者の北岡伸一東大教授をわざわざ専任の国連大使に任命して事にあたらせたり、現地の大使がいるにもかかわらず多くの現役、OB官僚を頻繁に世界各国に派遣し賛成票を陳情したり、莫大な経済援助を餌にして恫喝したりと、およそ考えられるすべての浅知恵を使って工作を続けたにもかかわらず、加盟国の3分の2の賛成はおろかまともな国の支持が殆ど得られず、おまけに最後は、ブッシュ・小泉の緊密さを誇るはずだった米国にあっさりと「反対だ」と引導を渡されたのだ。最後までドイツなどとの四カ国共同決議案に固執した日本ではあったが、米国に一喝されたとたんに、一旦提出した決議案を取り下げて廃案にすると豹変したのである。
問題は、このような失敗に恬として恥じることなく責任をとろうとしない外務官僚の仕事ぶりである。こんな甘やかされた官僚からまともな仕事が生まれるはずはない。
もうかなり前の新聞になるが、10月3日付の日経新聞に西田恒夫外務審議官のインタビュー記事が載っていた。その言葉を読んであきれ果てた。
「何が誤算と言われてもよくわからない・・・今後どうするか考えている・・・(米国の反対は当初から想定していたのかという問いに答え)当然そうだ。米国が一定の数以上の拡大に非常に慎重だと言う事は前からわかっていた・・・ある時点でどこまで見通せる、見通せないと言われても答えようがない・・・そもそもこのような大事業が半年、一年で決まるとは到底考えられない。今回の国連総会の会期のうちに具体的な回答が出ないと、負けたとか失敗したとか言うのは敗北主義である・・・日本自身が安保理改革の旗を降ろさない限り改革の動きは続く。在外公館の大使も含め、このような外交戦にどこまで耐えうるのかという真価が問われている・・・」
なんという無責任な発言であることか。いままでの発言をあっさり変えて恥じることはない。あきれ果てていたら、週間ダイヤモンド10月15日号の政治評論家鈴木棟一氏の連載記事「新・永田町の暗闘」のなかで、外務官僚の更なる無責任発言を知った。選挙中の9月5日、日本経団連と主要官庁の事務次官による定例会が開かれた。居並ぶ経済界の代表を前にして谷内事務次官は「あれは失敗でしたな」と認めた上で三つの反省点についてこう言ったという。
「第一は、米国の同意が得られないような案はいくら持ち出してもダメとわかった。第二は、その前提として加盟国の三分の二にあたる128票を取り付けられる案でないとダメだ。第三に、なりたいという日本がプロモートするのではなく、中立的な第三国に担いでもらい提案してもらうことが大事だ」。
今までの外務省の戦略がすべてか違っていたことを認めているようなものだ。今更評論家のように外部の人間に他人事のように発現する神経を疑う。それを文句も言わず黙って聞いている財界人の従順さに、この国の民間人の卑屈さを見る。
鈴木氏の記事には最後にオチまでついていた。外務省は今後次のようなことを考えているというのだ。
「常任理事国入りはこれから毎年、何回でもトライする。日本の分担金比率は19.5%で、英仏が6%、中国が2%、ロシアは1%だ。来年日本は、常任理事国は10%以上負担せよと独自の提案をする。もし中露などが拒否権を使ったら、日本は払わずゼロにする。五年払わないと投票権を失うが、その前にちょっと払う」
この案に小泉首相は、「おもしろいじゃないか」と反応したという。そして、10月4日の参院予算委員会で小泉首相はつぎのように答えた。
「・・・常任理事国でない日本が米国以外の四カ国より分担金が多いのはいかがか。分担金の見直しを議論している・・・」
こんな対応で日本は各国の共感を得られると本気で思っているのだろうか。日本はますます国際社会から相手にされなくなる。外務官僚と二人三脚の四年半の小泉外交が行き詰まってしまった理由を見る思いだ。
そもそも本当に必要な国連改革とは何か。これについて10月3日の朝日新聞「時流自論」でオランダ人ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウオルフレン氏が次のように指摘している。
「日本は、安保理事会の常任理事国入りを目指して全力で重ねている外交努力を、国連総会の強化、すなわち総会を、世界の問題を真に解決する場とする方向に振り向けるべきだ・・・安保理はもはや第二次大戦の遺物だ。現在国連総会は年に3ヶ月しか開かれない。しかも大半は議事手続きに費やされる。加盟国から選ばれた「常任執行委員会」が会期を通年に拡大し、長期的な利益に関わる計画を立案するようにしてもいいではないか。その実現に日本が取り組めば、日本は多くの支持と盟友を得ることになろう・・・」
その通りだと思う。しかし国連総会の強化こそ米国のもっとも嫌うところであり、今の外務官僚が米国の嫌うことを自ら率先するはずはないのである。たとえそれが国連の為であり、多くの加盟国が望むところの改革案であったとしても。

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2005年10月09日

【バックナンバー】2005-10-09

ラムズフェルド国防長官の来日中止をめぐる報道

「ラムズフェルド国防長官の来日が見送られる」という記事を私が目にしたのは10月6日の朝日新聞の報道であった。複数の政府関係者が明らかにしたと報じられた。その日の毎日新聞夕刊にもやはり同様の記事が流れた。日本政府筋が5日に明らかにしたという。おそらく同じソースの記事であろう。
この報道を受けて6日の夕、小泉首相が記者団の質問に答えて「ラムズフェルドさんの都合でしょう」とだけ語ったと、10月7日の朝刊各紙で報じられた。
続いて10月7日の朝日新聞夕刊で、米国防省の報道官が、ラムズフェルド国防長官の訪日延期を正式に発表したと報じられた。正式発表の会見でデリタ報道官は、「在日米軍再編に関する協議の状況を見る限り、訪日を計画する適切な時期ではない」と明言した。同じく7日の朝日朝刊は、シーファー米駐日大使が「日本に来る必要がなければ無理して来ないでもよい。形を整えることはない」と述べたと報じられている。
小泉首相は平気で嘘をついていたわけだ。「ラムズフェルドさんの都合」ではない。日米協議が不調だから訪日しても無駄だ、だから中国、韓国に行っても日本には立ち寄らないということだ。
小泉首相はとぼけるのではなく、はっきりと国民の前に説明すべきなのだ。そしてシーファー大使のセリフをこそ小泉首相は米国に対して言うべきなのだ。「必要がなければ来なくて結構です」と。
10月9日の朝刊各紙は、政府は普天間基地の移設先を、当初主張していたキャンプ・シュワブ内をあっさり引っ込めて、米側が主張する名護市辺野古沖の浅瀬埋め立て案を呑むことに決めたと報じられた。なんのことはない。最後はすべて米側の要求を丸呑みだ。
10月8日の東京新聞は、在日米軍再編について政府は、日米政府で中間報告をまとめた後で関係自治体に説明する方針を固めたと報じている。順序が逆ではないか。関係住民、自治体の意見を聞いた上で、それを米側に飲ませるよう交渉するのが外交ではないのか。
ここまで日本国民をないがしろにして行われる小泉外交を、野党は何故国会で正面から問題にしないのか。9日の各紙の論説は、「首相の責任で事態の打開を」(毎日)、「政治の責任で普天間問題の対立解け」(日経)と問題の大きさを指摘している。当然である。しかしその記事のとなりで、小泉首相の笑みがこぼれている。官邸でポピュラー音楽の作曲家エンニオ・モリコーネと談笑をしている。8日の首相日程をみると、いつものように休日は「官邸で過ごす」である。唯一の行事はモリコーネの演奏を2時間以上も観賞することである。ここまで楽をしている首相がいただろうか。それを許した国民がいただろうか。

団塊の世代はお荷物で終わることになるのか

 メディアに登場する発言者のなかで、もっとも私に考え方が近いと思われる人物の一人に、慶応大学教授の金子勝がいる。その金子が10月8日の毎日新聞で的確な論説を展開している。
 彼は、団塊の世代は学生運動世代として華々しくデビューし、その後も社会やライフスタイルを支配してきた世代ともてはやされてきた、そしてもうすぐ60歳の定年を迎え、こんどはあらたな購買層として世の中に影響を与えると、あたかも好機到来のごとく書き立てられているが、本当にそうなのだろうかと疑問を提起している。
 金子は言う。「今団塊の世代が定年後も働いて社会の主人公になってゆけば、日本経済の見通しは明るいなどという癒しのメッセージが盛んに送られるようになっている。だが、冷静に現実を見ろ」と。
「今の日本の社会は、少なくとも400万人を超えるフリーターや約80万人ものニートがおり、今も増え続けている。こんなフリーターだらけの社会で、団塊の世代が(定年後もなお自分たちの都合を優先して)臨時雇用や安い賃金で働き出せば、若者たちはますます安い給料で過重労働を強いられるか、使い捨てのフリーターばかりになる・・・しかも団塊の世代の年金を支える多くはフリーターだ。彼らはフリーターゆえに結婚できず、子供もつくれない。出生率の低下はとまらない・・・国と地方の財政赤字は1000兆円を超え、すでに公的年金の積み立て不足は800兆円に及ぶ。このままで年金制度がもつと考えるほうがおかしい・・・」
そして金子はこう締めくくる。
「・・・根拠のない癒しのメッセージに騙されてはいけない・・・今団塊の世代に求められているのは社会的責任を果たすことだ。それは自らが定年退職する2007年になる前に、年金制度や雇用ルールを持続可能にする政治を選択することだ・・・だが先の総選挙でそのチャンスを逃した・・・責任を果たせなければ団塊の世代はずっと社会のお荷物になり続けるだろう・・・」
昭和22年生まれ、団塊の世代の真っ只中に生まれ、育った私は、団塊の世代こそ常にもっとも激しい競争社会を生き抜いて来た世代であり、その人口の多さゆえに優秀な人間も多く、時代をリードする宿命を負わされてきた世代であるとおだてられ、また自らもその気にさせられてきた世代であることを知っている。
しかし今私は同じ団塊の世代に語りかけたい。本当にそうであったのかと。気がついてみたら何も出来ずに、何もなそうとはせず、手に入れたそこそこの経済的豊かさに満足して終わろうとしているのではないのかと。
余生を安逸に過ごすことに専念するのもいい。しかし最後に一度ぐらい世の中の為に尽くすことを本気で考えてもいいのではないか。全学連闘争の真意は何であったのか。自分の為に騒いだだけだったのか。
これほどまでに壊れてしまった日本の政治、これほどまでに米国に膝を屈した小泉自民党政権の誤りを変えようと努力することなく社会のお荷物のままで人生を終わっていくのであるとすればあまりにも悲しい。

藤井裕久前民主党議員を惜しむ

 先の総選挙で落選した国会議員の一人に元民主党代表代行の藤井裕久がいる。大蔵官僚から自民党議員になり、小沢一郎に忠誠を尽くして民主党議員となった、その経歴を見る限り特に評価できるものはない。
しかし私はこの藤井議員の言動をかねてから注意深く見守りながら、立場の違いはあるものの、彼こそ今日の政治家の中で数少ない、というよりもほとんどただ一人といってよい程、評価できる政治家であったと思ってきた。その藤井が総選挙で落選し、訳のわからない俄か政治家が小泉人気で続々当選したところに今日の政治の貧困さを見る。
 その藤井が10月9日の毎日新聞に寄稿していた。私が気に入った箇所を引用させていただく。
「・・・小泉民営化は、郵政事業を強くして野に放つ施策だ。郵政事業にスーパーマーケット、雑貨屋の業務を付加する。その他新しい事業を付加するという。金融部門は7主要銀行に匹敵する力をもって野に放つ。それが地域の金融機関、中小企業に大きな打撃を与えるのは自明だ。さらに1兆円を上回る税金を投入する。そこまでして何故郵便事業を民営化する必要があるか・・・
・・・(地方分権改革についても)補助金という国の規制の下で資金を配分するという(中央集権的な)今の仕組みをそのまま残しておいて、その額(補助金)のみを削る。地方にとっては踏んだりけったりだ。(民主党は)これを地方への一括交付に切り替え、地域住民への意向に沿い自由に使えるようにする・・・
・・・私は学童疎開先の真上の上空で、日本の戦闘機がB29に体当たりしたのを目撃している。東京の大空襲も直下に受け、幼い友を失い、防空壕の中で、もし生きながらえたなら二度とこのような社会にしてはいけないと心に誓った。一部の人には、「よい戦争と悪い平和はない」という言葉を謙虚に受け止めて欲しい・・・

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