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2005年08月15日

【バックナンバー】2005-08-15

総選挙がらみの報道一色の中で、選挙と関係のないテーマで「メディアを創る」を書き続けることは、あまり熱が入らないことであるが、それでも努めて書き続けることにする。
 今日15日の終戦記念日の記事の中で、私が指摘したいのは毎日新聞の世論調査の結果である。あの戦争が「間違った戦争」なのか、「やむを得なかった戦争」なのかについて国民に尋ねたところ、43%が間違っていたとこたえた一方で、29%がやむを得ないと答えていた。こんなに多くの国民があの戦争を止むを得なかったと答えているのだ。さらに驚くべきは70歳代以上の国民は止むを得なかった(45%)が間違った(37%)を上回っているのだ。戦争体験者ほど反戦であると考えられているというのに、実はそうではないのか。
 昭和史に詳しい評論家である保阪正康氏は「ショックな結果だ。日本が右傾化する傾向が20代や60-70代にみられる」と語っている。
 しかしあの時代はいわゆる植民地時代であった。その結果としての世界規模の戦争を経て戦後はそのような戦争は許されないことになった。冷戦構造が崩壊し米国の一極軍事支配が進んだ今日において、やむを得ない戦争はあるのか、その戦争が中国との対立なのか、テロとの戦争なのかと世論に聞いて欲しかった。何故日本はアラブの抵抗組織と闘わなければならないのか、その戦いがやむを得ないのかと聞いて欲しかった。
 あの戦争は止むを得なかったと答える人達も、だからこそ二度と戦争を起こしてはならないと考えているものが殆どである、そういう世論調査結果を見てみたかった。もしそれでも戦争はいつの世にも止むを得ないと考える国民が多くいたら、日本は平和国家なんぞではけっしてないということだ。

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2005年08月07日

【バックナンバー】2005-08-07

明智光秀は政治記者とメディアだ

 8日の郵政民営化法案の参院本会議を前にして、政治ニュースは解散、総選挙の是非やその後の政局がどうなるかといったことに明け暮れている。そんな報道もあと一日で終わる。
一連の政治報道を見ながら、わが国のメディアは小泉首相と運命を共にしてきたのだなあとつくづく思い知らされた。政治記者、政治評論家、そしてそれら出演させる政治番組は、すべて小泉首相に同情的だ。小泉首相の人気が高どまりのまま4年間も続いたのは、まさに彼らの報道姿勢がつくりあげた結果であったのだ。
彼らは小泉首相の失政や醜聞については殆どこれを無視して報道をしてこなかった一方で、小泉首相の好感度をあげるようなパフォーマンスについては大きくこれを報道した。小泉首相を批判する政治家を悪者に仕立て上げた。その結果としての小泉人気であった。その姿勢は、権力の絶頂にあって傲慢さのゆえに墓穴を掘った小泉首相を前にしても、変わっていない。
 とくに7日朝の田原総一郎(サンデープロジェクト)はひどかった。反小泉の急先鋒である亀井静香に、解散が嫌なら何故法案に賛成しないのかと食ってかかっていた。さすがの亀井も、「司会者が小泉首相の肩を持つのはおかしい」と気色ばんでいた。
 しかしこのような小泉首相とメディアの合作による小泉政治は、まもなく終わろうとしている。我々が注目すべきは、政治記者とメディアは新しい権力者が決まるとなれば、手のひらを返したようにその権力者に擦り寄っていくことであろう。そして権力と一体となった報道を再開することであろう。小泉首相がおそれる明智光秀とは、政治記者とメディアなのかもしれない。

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2005年08月05日

【バックナンバー】2005-08-05

日本はどういう社会になりつつあるのか

 若者向け月刊誌「サーカス」の9月号に「都市ゲリラ化するニッポン」という特集記事があった。アメリカ追従の日本では貧富の格差が開く一方で、不穏な集団自殺やカルト宗教、詐欺事件が頻発。さらにニート、フリーター、失業者700万人が社会への「怨み」を持ち始めている。搾取される負け組みサラリーマン、フリーターが犯罪、暴力の中心になる!?という記事である。
 私は現状をそれほど悲観的に見たくはない。しかし、この特集記事の中で見つけた副島隆彦氏の次のメッセージを、読者は真剣に考えるべきだと思う。
 「・・・日本には支配階級(天皇、貴族、大資産家、政治家の上位層、大企業の創業者一族)が50万人ぐらいいて、その下に約500万人の中小企業自営業者と上層自営業者(医者、弁護士など)がいる。これが上層国民で、自民党の支持層だ。
 その下が年収1000万円以下の上層サラリーマンで200万人―300万人いる。彼らは、資産は無いが自分の力で戦える連中だ。本を読むのはこのクラスの連中まで。
 その下には5000万人の一般のサラリーマンがいて、彼らはテレビで馬鹿な学者が言う事を丸々信じ込んでいる連中。
さらにその下に5000万人の隷従階級がいる。彼らはサッカーと野球しか見ない。
 日本という国は、テレビや新聞にだまされないでしっかり勝ち組を続けている上層国民プラス上層サラリーマンと、それ以外の大多数の負け組みの人間で出来上がっている・・・
 (日本は)あえてユダヤ人とは言わないがニューヨークの金融財政界が支配しているワシントンの政治権力の言いなりになっている属国だ。すべては親分、子分の関係だ。しかもこの属国支配階級は、自分たちの命と財産さえ守られれば、国民の9割の利益が損なわれることでも平気でやってしまう。
日本はこのままいくと、(せっせと貯めた勤労者の)金融資産をアメリカに奪い取られたあげく、戦争状態まで持ち込まれる。戦時態勢になれば国民は金を奪われても我慢する。分断支配(デバイド・アンド・ルール)によってアジアの中で喧嘩させられる・・・本気で勝ち組に上がりたいなら、ユダヤ人に対抗できる悪人になることだ・・・」

 道路公団談合事件と暴力団癒着

 8月5日の読売新聞が大きなスクープを載せた。日本道路公団が、指定暴力団が筆頭株主になっている土木会社にOBを天下りさせている。その一方で、その土木会社に道路工事を発注していたというのだ。暴力団関連企業の落札率は97-99%という。完全な癒着である。
 猪瀬直樹は道路公団の内田副総裁など弱いものばかり攻撃している。しかし本当の悪人は、その談合癒着を黙認してきた官僚と、背後で政治的に利用してきた自民党政治家なのだ。そこのところを誰も本気で追及しない。
 週間「スパ」の最新号で勝谷誠彦という雑評論家が、「内田副総裁が突然逮捕されたことは、反対勢力(すなわち彼らの大部分は旧田中派に属する道路族で長年道路公団と利害を共にしてきた)中枢に向けた小泉首相の先制攻撃である」と書いていた。鋭い指摘だ。
 小泉政治に象徴される今のこの国の政治は、国民の生活に目を背け、ひたすら自己の利権と保身にしか関心のない政治屋のバトルに過ぎない。そこに闇の勢力が癒着しているとすれば、抵抗するすべのない国民は浮かばれない。

 我々は大変なメッセージを聞き流しているのかもしれない

 8月5日の各紙は、アルカイーダのナンバー2であるザワヒリ容疑者なる人物が、「米・英は我々の国土の占領、腐敗した支配者への支援、石油の収奪をやめよ。さもなければ更なる破壊がもたらされる」と警告したことを一斉に報じている。
 我々は「テロとの戦い」という一言で片付けてしまう。そしてテロは悪だから決して屈するな、断固として戦うえという欧米指導者の言葉を信じてしまう。
 そのような思い込みに固まった頭には、ザワヒリのメッセージからは何も聞こえない。「いつものテロの空脅しだ」と聞き流すことになる。
 しかし我々は、そして世界は、彼らのメッセージを軽く見すぎてはいないか。米・英がアラブに対してこれまで行ってきた不正に、世界はあまりにも無頓着ではないのか。とくに日本は「米・英の悪」は正しい、彼らの言う事に間違いはないと思っているのではないか。
 ザワヒリに象徴されるアラブの反米・英武装抵抗者が、本気で米・英の非道に戦い続けると言っているのなら、そして世界に、本気で警告しているのなら、我々はそのメッセージをもっと真剣に受け止めるべきではないのか。
米・英の指導者は、自分たちがアラブに対して行っている犯罪に気づいているに違いない。だからこそ「テロとの戦い」を強調して、アラブを悪者にし続けなければならないのだ。
 そんな米・英に日本はつきあうべきではない。面と向かって批判をしないまでも、米・英から距離を置くべきなのだ。アラブの声に耳を傾けるべきだ。それを本気で考え、声を出する政治家や官僚がいないことが残念だ。


 核兵器の廃絶に日本の指導者たちはどこまで本気なのか

 8月6日、9日の原爆記念日が近づくにつれて、朝日新聞をはじめ各紙はやたらに核問題の特集記事を載せている。そして多くの有識者が核兵器廃絶の意見を述べている。
 反核運動者や平和活動家が核兵器廃絶を訴えるのは頷ける。しかしどうしても納得できないのが、保守政治家や評論家、官僚などが核兵器反対の意見を述べていることだ。
 「・・・我々の国は原爆の被害を受けた。今テロリズムに対して小型核兵器を開発しようという米国の動きがある。これに対して(反対と)強く言うことが必要だ。それは日本が言わなくてはならない」(加藤紘一、8月5日付朝日)
 「・・・日本のように核を持てるが持たない国が、核拡散は良くないと声だかに言う事が説得力を持つ」(岡田克也、同上)
 「・・・今そこにある危機として(核問題に)対応しなければならない。発想を柔軟にして、できることはすべてやるという姿勢が重要だ」(天野外務省元軍縮部長、同上)
 あの中曽根元首相でさえ、7月20日の朝日新聞でこう述べている。
 「・・・(先制攻撃の独断を)米国に許すと、他国が独断で行うようなことが蔓延しかねず、そうなると世界的な大混乱になる・・・(日本は)自ら非核国の立場を堅持し、世界に対しては核保有国に思い切った縮小を実証させ、NPTの推進充実に努めるべきだ」
  これほどまでに皆が一致して核兵器に反対しているのに、どうして誰一人として米国に核の廃棄を求めないのか。非核三原則を誠実に実行しないのか。反核運動の国民たちと協力しないのか。
 日本政府が本気になって核兵器の撤廃を米国に求めるのであれば、6カ国協議は違ったものになっていたであろう。世界が日本を見る目は根本的に変わるであろう。多くの途上国から信頼を得ることが出来るであろう。

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2005年08月03日

【バックナンバー】2005-08-03

核軍縮と日本

 原爆記念日がもうすぐやってくる。最近の新聞から、核軍縮と日本をめぐる興味深い記事を見つけたので紹介したい。いずれも深く考えさせられる記事だ。

 米国の核の傘

 「米国の核の傘」に守られているという考えが、実は米国の、「日本核武装」に対する警戒、から生まれたものである事を、8月1日付の朝日新聞は教えてくれている。
 米国民間研究機関ナショナル・セキュアリティー・アーカイブ(NSA)が入手した米国務省公文書によれば、日本の二人の首相が「核武装論」にふれる発言を米国高官にしたことが米国の警戒感を刺激し、日本の核武装を抑え込むという観点から、65年1月のジョンソン・佐藤会談で初めてジョンソン大統領より「核の傘」の提供が明言されたというのだ。
 すなわち、61年11月箱根で開かれた日米貿易経済合同委員会でのサシの会談で池田首相はラスク米国務長官に、
 「日本にも核武装が必要だとする論者がおり、それは自分の閣内にもいる」
と漏らした。ラスクは核拡散に米国が反対であると必死に説得した。その後64年12月には、佐藤首相がライシャワー大使にこう語った、
「ウイルソン英首相は他人が核兵器を持てば自分も持つのは常識だと言ったが、私も同じ考えだ」
 これについてライシャワー大使は次のような電報をワシントンに打電している、
「佐藤が池田よりも慎重さに欠けるとの評判どおりだ・・・彼が危険なコースに陥らないよう、池田にした以上の教育が必要だ」
 これを受けたラスク国務長官は「これ以上の核拡散」に反対すべきであることをジョンソン大統領に進言、65年1月12日、ホワイトハウスでジョンソン大統領の佐藤首相に対する次の発言に至った。
「日本は核兵器を持たず、われわれは持っているので、日本が防衛の為に核抑止を必要とするなら、米国は約束を守ってそれを提供する」
佐藤は「核武装論」などなかったかのように、次のとおりそれを受け入れた。
「それが聞きたいと思っていたところだ」

核政策の不在を認めた栗山元外務次官

  同じく8月1日付の朝日新聞で、元外務事務次官の栗山尚一氏が、インタビューに答えて次のように述べている。
  問: 「核の傘」に依存する一方で、「核廃絶」を提唱する。さらに原子力エネルギーを利用する。これらを統合する基本的な核政策はあるのですか。
  答: 私の知る限り、残念ながら、そういうものは無かったと思いますね。
  問: 国民の反核感情は強いのに、外国からは日本の「核武装」を懸念する声があ
     る。このギャップをどう見ますか。
  答: 大多数の日本人は平和主義を真剣かつ大事なものと思っているが、その中味についてはあまり議論されてこなかった。外から見ると、本物かなと思われても仕方のないところがあるのは事実だ。ナショナリズムの動きなどと重なると日本の平和主義はもろいものだというふうに見られるところがある。
  問: 北朝鮮の核問題が深刻化し、米国が新核戦略を打ち出している今、日本は総合的な核政策を持つ必要があるのでは。
  答: 私も問題意識はあるが、明快な答えは直ちには出てこない。漠とした考え方で言うと、今の米国と日本の考え方は違うでしょう。究極的な核絶廃をめざす。理想主義的だと言われても、それが基本的立場
 
      日本の外交を形作る外務官僚のトップであった人物が、その職を辞した後になって、日本には総合的な核政策はなかったと公言する。何故核政策を作ろうと努力しなかったのか。あれほど対米追従外交を率先した人物が、外務省を辞めた今になって、米国と日本とは考え方が違うと平然と言う。どうしてそれを実践しなかったのか。やりきれない思いだ。

  NPT再検討会議での日米両大使のやりとり

       5年ぶりに開かれた今年5月の国連本部での核不拡散条約(NPT)再検討会議は、合意文書どころか議長声明すらまとめることが出来ず、完全な失敗に終わった。
       最大の原因は、自らの核軍縮は棚に上げて、核不拡散にこだわり続けた米国の姿勢にあった。その米国に協力的態度を求めたわが大使の要請を一顧だにしなかった米国の大使。そのやりとりを8月3日の朝日新聞が次のように報告している。これでも日本は米国を最良の同盟国といい続けるのだろうか。

・・・日本の外務省は、日本が長年取り組んできた包括的核軍縮条約(CTBT)の早期発効への環境づくりに向けて、批准していないすべての国、特に発効要件国である11カ国に対し、可能な限り早く批准するように促した。そうした試みを表舞台でくじけさせたのが、CTBTに反対するブッシュ政権であった。
・・・会議がようやく実質討議に入った後、サンダース米軍縮大使が核軍縮問題を扱う第一委員会で演説し、「米国はCTBTについては支持しないし、加盟もしない」と断言した。
・・・日本の美根慶樹軍縮大使はサンダース大使にCTBTの発効促進の文言を認めるよう何度も説得を試みた。サンダース大使は「ワシントンと相談しなければならない」、「検討する」を繰り返したが、最後に日本側に伝えてきた言葉は、「CTBTは無理だ」だった。
・・・美根大使はサンダース大使とじっくり話し合うため、約束を取り付け、一人で会談場所の国連総会場へ向かった。だが、約束の場所にサンダース大使はいつまで待っても現れなかった。美根大使は肩を落として総会場を後にした。
再検討会議をふり返り外務省幹部はこう語る。
「そもそもサンダース大使には当事者能力がなかったし、米国には合意をまとめようという危機感はなかった」
何のために再検討会議に出席したのか。

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2005年08月02日

【バックナンバー】2005-08-02

国連安保理常任理事国入りに冷淡になった小泉首相

 2日の日経新聞に一段の小さな記事が載っていた。それはニューヨークから帰ってきた町村外務大臣の報告を聞いた小泉首相が、記者団に語った言葉である。日経新聞の記事にはこう書かれている。
 「・・・(小泉首相は)日本の目指す常任理事国入りに向け、大票田のアフリカ連合との連携に努力するよう指示した。ただ、この後、記者団に、『非常に厳しい状況だということだった』と語り、決議案採択のメドが立たないことを明らかにした」
 黒を白と平気で言い張る小泉首相が、国連常任理事国入りについてここまであっさりと本音を記者団に語った。これは何を意味するのか。もはや彼は安保理入りに関心がなくなったということだ。おそらく町村外相から米国の反対の立場を聞かされたのだろう。米国に逆らってまで固執するほどのものではないとあっさり豹変したのだ。小泉首相の考える政策とは所詮その程度のものだ。
そういえばこの記事の隣に、8月1日から日本が安保理事会の議長になるという記事が出ていた。その記事の内容はあまりにも皮肉的である。その記事はこう書かれている。
「・・・(議長国は)安保理メンバーがアルファベット順に月替りで努めるものである。安保理決議案を提出したばかりであり、指導力を発揮したいところだが、残念ながら夏休みシーズン。出番はなさそうだ・・・」
もともと日本の国連外交はこの程度なのである。

勝負がついたNHKの政治圧力問題

 政治的圧力によってNHK幹部が番組を変更したことは、当初より誰の目にも明らかであったのに、やれ安倍、中川両議員がNHKの職員に会った、会わない、会ったのは事前だった、いや事後だった、朝日の記者の取材方法が悪い、隠し録音は信義に反する、などと、論点をそらす議論がまた蒸し返されようとしている。しかしその論議も、8月1日に発売された月刊現代9月号の「政治介入の決定的証拠」という記事で終止符が打たれた。
この記事は朝日新聞の内部資料に基づいて書かれた可能性が強い。従って、これに怒ったNHKや朝日新聞批判者が、朝日の意図的な漏洩であると怒り、自民党は、これからは朝日の取材には応じないといった子供じみた対応を見せている。

しかしこの問題は、政治的圧力が確認されたことで決着がついたのだ。私は別に朝日の肩を持っているわけではない。仮に朝日の取材やその後の対応に批判される面があったとしても、だからどうだというのか。その事によって安倍、中川両氏の、政治家としての軽率、傲慢な行動が許される訳はなく、政治家におもねるNHKのジャーナリズム精神の放棄が容認されるものでもない。
8月2日の日刊ゲンダイ紙上で、「政府介入の決定的証拠」の執筆者であるフリージャナリスト魚住昭氏が次のごとく述べている。私は魚住氏の言う通りであると考える。
「・・・そこには松尾武・元NHK放送総局長や安倍晋三、中川昭一両議員が朝日の取材に答えた言葉が一言一句まで記されている。お読みになれば、従軍慰安婦問題をめぐるNHKの特集番組が政治的圧力によって改変された事実がはっきりとおわかりになるだろう・・・それを見れば松尾元総局長や中川議員は政治介入の事実を疑う余地がないほど明確に認めている。後になって『記事は自分の発言をねじ曲げたものだ』(松尾氏)とか、『当方から放送内容の変更や中止に関しては一切言っていない』と言いつくろうのは無責任極まりない態度である。安倍氏の姿勢も決して褒められたものではない。彼はテレビや雑誌のインタビューなどで、朝日の記者が『夜遅くにいきなり』やってきて(事実は夕方6時ごろだった)、夫人が『主人は風邪で寝込んでいます』と言ったのに『家内を脅かした』、とか『5分間にわたってインターフォン鳴らし続けた』、などと言いたい放題のことを言ったが、取材記録(これは録音されている)にはそんな形跡は全くない。ごく常識的な取材だったと断言していい・・・
いつのころからか、この国の言論空間は虚言・妄言の類に支配されるようになった。 週刊新潮は政治介入を告発したNHK職員と朝日記者を何の根拠もなしに、『変更プロデューサー』、『極左記者』と決めつけ、彼らを社会的に葬り去ろうとした。少なくとも事実を重んじる雑誌なら自らの行為を恥じたほうがいい。でなければいつかきっと読者に見放されてしまう。」

 トーマス・シーファー米国駐日大使

 歴代の米国駐日大使が、誰といって特別に日本の為になることをしてくれたわけではない。だから今度のトーマス・シーファー大使にしたって、とくに悪い訳ではない。歴代の大使と同程度に、日本にとって為にならない大使の一人に過ぎない。
しかしおそらくこのトーマス・シーファー大使は歴代の米国駐日大使の中でも、日本にとってもっともなじみの薄い大使で終わるであろう。
それにはいくつかの理由がある。まずこの大使は日本の外務官僚や政治家にとっておよそ馴染のない米国人であるということだ。もともと米国内に人脈を築けていない日本の外務官僚や政治家にとって、歴代の駐日米大使についても特に親しい関係にあった訳ではない。それでも、歴代の駐日大使が政治家や官僚経験者であったために、それなりの馴染はあったし、それをわずかな取っ掛かりとして、共通の話題を見つけることの出来る人達であった。
しかし今度のシェーファー大使はそのいずれでもない。それどころか外交はおろか、国際問題にまったくといっていいほど知見のない典型的な米国人である。ブッシュ大統領との関係が極めて深いというただそれでけで、駐日大使に任命された人物である。日米同盟の重要性を声高に叫ぶ割には米国人との裸の付き合いが出来ない日本人は、このような典型的な米国人と親しい関係を築く事にまったく弱い。着任して半年も経つというのに、シーファー大使に関する新聞記事や報道がないのもその為である。
シーファー大使が日本に馴染が無いまま日本を去ることになると考えられるもう一つの理由は、彼がブッシュ大統領の意向を実現するというだけの大使に終始するだろうからである。本人もその積りで日本に来ている。日本を理解しようとか、日本を好きになるつもりで日本に来ている訳ではないのである。
8月2日の日経新聞、「ひと スクランブルー人間発見」において「人間発見」は、このようなシーファー大使の正体を、みずからの言葉で明らかにしている。見逃せない貴重な記事である。
すなわち日経新聞に述べているシーファー大使の言葉はこうである。
「・・・ブッシュ大統領が再選キャンペーンを本格的に指導させていた2004年の夏、私は駐豪米大使の職責を終えて帰国する積りでした。そんな私の元に、ある人物が突拍子もない提案を持ってきました。それはアーミテージ国務副長官でした・・・アーミテージ氏はパウエル長官にそのアイデアを話し、ブッシュ大統領に『シーファー大使起用』を提案したそうです。大統領はその案を気に入り、04年の11月に再選を決めるとすぐ私に電話を入れてきました・・・前任のハワード・ベーカー氏、トーマス・フォーリー氏、マイク・マンスフィールド氏ら米政権の大物と違い、私にはワシントンでの経験、キャリアはありません。しかし、大統領との個人的な関係には絶対的な自信があります。
だからといって我々はそうした『個人的な関係』だけに依存しているわけではありません。むしろその逆で日米関係をそうした個人的なものに依存している状態から脱却させたい、と思っているのです・・・」
その後のシーファー大使の言葉は衝撃的である。このシーファー大使の次の一言を強調するため私はこの『メディアを創る』を書いたようなものだ。彼はこう言っているのである。
「・・・『日米関係の機関化(Institutionalization)』とでも呼べばいいのでしょうか。そうしたものへの基盤を我々の時に作り上げる事。それが大統領と駐日大使である私の『共通の目標』なのです・・・」
 この機関化(Insutitionalization)という言葉こそ米国が日本をまともな主権国家と考えていないことを証明するものだ。これは誰が大統領になろうとも、誰が駐日米国大使になろうとも、日本との関係を一つの制度としておこう、すなわち固定的なものにしておこうということだ。つまり日本を米国のいいなりになるような国にしておくということなのだ。「突拍子もない提案」を大統領の要請で受け入れざるを得なかった、およそ外交官らしくないシーファー大使が、口を滑らせて本音を日本の大手新聞に漏らしたのである。
このシーファー大使は日本に赴任する前の在豪州大使の時、あまりにも米国の考えを露骨に豪州に押しつけようとして豪州の反発をくらったという。
駐日大使として日本で同じ過ちを繰り返さないように切に願うものである。

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