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2005年06月28日

【バックナンバー】2005-06-28

「酒気帯び国会」を逃がすな

 すべてがそうである。この国は何でも権力者の不祥事は、結局はうやむやで終わってしまう。
「酒気帯び国会」が忘れられようとしている。メディアも、わかっているのに追及しない。
岡田民主党代表も、身内に飲酒者がいたからこれ以上追及できない。しかも小泉首相に逆襲まで許している。
22日の国会で質問に立った岡田代表に対し、小泉首相はまくしたてた。
 「・・・私はあの日、酒、アルコール類を一滴も飲んでいない。そういうことも確認しないで、懲罰動議出してけしからん、けしからんと。どっちがけしからんのか。そういうことを言うほうがけしからんと思う」
  勝谷誠彦という男がテレビで吼えていた。
「首相は一滴も飲んでいないといっている。あそこまではっきりと断言しているのだから、飲んでいなかったのだろう。もっともそこまで言って、それで飲んでいたら辞職ものだが・・・」
  本当に飲んでいなかったのか。誰も確認できないとタカをくくって小泉首相はウソを言っているのではないか。その気になれば検証できるはずである。しかし誰もこれ以上は追及しようとしない。メディアもこれ以上書かない。国民が早く忘れてくれることを願わんばかりだ。

そんな中で、週刊朝日7月8日号はよくがんばって記事を書いた。

「・・・17日午後9時からの衆院本会議は、郵政民営化法案を今国会で成立させるために会期を延長する議決がなされた。自民党の民営化反対派の造反が予想され、政局の山場になるはずだったが、議場内にはそんな緊迫感は微塵もなく、議場を覆っていたのは酒のにおいだった・・・
・・・なぜ首相の飲酒疑惑は持ち上がったのか。最前列にいた民主党の津村啓介議員はこう証言する。
 『小泉さんも森さんも投票の際はいつも、私の目の前を通ります。でも、あの夜は私の席からなるべく離れて、顔を隠すようにして通っていきました。酒の匂いはよくわかりませんでしたが、確かに顔は赤く見えました』
・・・民主党は議場内で首相や森氏を含む数人に飲酒の有無を確かめるよう要請したが自民党は拒否。
・・・朝日新聞『首相動静』によると、首相は午後5時前に官邸に戻り、政府高官数人から相次いでブリーフを受けた。その後午後6時21分に森氏の訪問を受けている。当初はこの際、二人で酒を酌み交わしたのではないかという見方が民主党内に広まったが、森氏は午後7時前に官邸を去った。官邸関係者によると、首相はその後、7時13分、秘書官と官邸で夕食をともにした。メニューはカレーとサラダ、飲み物は水だった。
『首相の顔が赤かったのは、カレーの香辛料がきつかったからというはなしもありますよ』(自民党関係者)・・・しかし実はあの夜、夕食後官邸を出発した午後9時過ぎまでの約一時間半、首相は執務室で一人で過ごしていた・・・  酒の好きな小泉首相が「野球中継でも見ながら、手酌で呑んでいた可能性はある」との疑念は払拭されていない・・・
民主党の生方幸夫議員がこんな提案をしてくれた。
『首相の顔は確かに赤かったけどね・・・我々は近寄って匂いを嗅いでいないから、わからないよ。隣の席の谷垣さんに聞けばわかるんじゃないか』
本誌は谷垣氏に取材を申し込んだ。
ところがである。
『この取材はお断りします』
谷垣氏の秘書からの回答は、首相の潔白を立証するどころか、疑念を膨らませることになった・・・」

 色々探してみたが、この週刊朝日の記事が唯一と言っていいほどの「酒気帯び国会」に関する検証記事であった。この話はもう終わってしまったのだ。

「郵政広報」の“仰天”企画書

 竹中平蔵郵政民営化担当相が、秘書官の知人の会社に一億数千万円のチラシ作成を随意契約でまかせたとして「口利き」疑惑が追及されている。その一方でもう一つの驚くベき事実が明らかになった。
その会社が作成した広報戦略の資料が、国民をバカにしたものであるという話は、朝のテレビ番組で紹介していたが、ついにサンデー毎日7月10日号が、その事を詳しく報じたのである。それを読むと、やはりとんでもないことが書かれてあった。石森孝憲氏の書いた、「連載―迷走永田町」から引用した、“仰天”記述である。

・・・(委託会社が作成した)「郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案)」と題された04年12月15日付の企画書では、まず「ターゲット戦略」として、郵政民営化をどの階層にアピールすべきかが検討されている・・・ここで登場するのが、構造改革に対して肯定的か否定的かの横軸と、IQ(知能指数)が高いか低いかの縦軸で構成される座標軸である・・・そしてIQ軸では、低い層を「B層、すなわち、具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層」と定義し、「B層にフォーカスした、徹底したラーニングプロモーションが必要である」と結論付けている・・・なんともグロテスクな分析である。
「小泉のキャラを好感しているアホな国民に絞って郵政民営化をPRすべきだ」
と言っているに等しい。完全に国民をバカにした企画書だ。そんな「ターゲット」に受けることを期待して登場したテリー伊藤は、いい面の皮である・・・
しかもご丁寧に、「コンテンツ作成」にあたっては、「道路公団民営化/年金問題に関してのプロセスを想起させない」という注意書きまである。すなわち、この企画書は、道路公団と年金問題は国民に評判が悪いから、構造改革とは切り離して扱わないと、郵政民営化のPRにならないと告白しているのだ。小泉改革のインチキぶりをここまで冷静に分析されると、拍手を送りたくもなる・・・
「夢の構造改革」を語る竹中にとって、わが意を得たりの企画書だったと見えて、文書作成日のわずか2週間後には、正式契約が結ばれている・・・

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2005年06月27日

【バックナンバー】2005-06-27

彼らを苦しめているのは誰か

 27日の朝日新聞、「水平線/地平線」において、北川学という記者が次のような記事を書いていた。

 「北朝鮮を脱出して日本で暮らしていた平島筆子さん(66)が北朝鮮に戻ってから約2ヶ月。日本に70-80人いると見られている脱北者に深い動揺が広がっている・・・
『彼女を通じて私のことが当局に知れたらどうしよう。万が一、子供たちが処罰されたら・・・』。そう語るのは、平島さんと時々、近況を語り合っていた女性脱北者の金田さん(仮名)だ。お互いに北朝鮮に残してきた子供の事を話題にしては、『いつか会えるよ』と慰めあう仲だった・・・
北朝鮮に戻った平島さんが記者会見で『43年間暮らしてきた共和国(北朝鮮)が私の故郷です』と語ったと聞いた時、金田さんは直感した。『当局に言わされている』。『家族が待っている自分の家に帰るべきだ』と呼びかけたことを、『まるで北朝鮮の広告塔だ』とも思った・・・
 今年3月、東京で生活保護を受けながら一人暮らしをしていた平島さんに、(私―筆者は)会ったことがある。『子供たちと日本で暮らせたら一番いいんですけどね』と目に涙を浮かべていた。『43年間を取り戻したい。もったいない人生でした』。その言葉にうそはなかったのではないか。今でもそう思う。
 平島さんを知る男性の脱北者は言う。『北朝鮮は必ず脱北者を割り出し、家族を使って戻るよう説得にかかるだろう。第2、第3の平島さんが出てくるのは時間の問題だ』
 拉致問題や核問題で日朝関係は行き詰まっている。脱北者たちの苦悩が晴れるのは一体いつのことだろうか。」

 私はこの記事を読んでめまいを覚えるほどのやりきれなさを感じた。そして暑さの中で座り込みをするしか術のない拉致不明者の家族の絶望的な苦しみと悲しみに思いを馳せた。ここまで苦しめられている人々が目の前にいる。ここまで基本的人権を否定された人々が助けを求めて、この日本で生きている。それを我々は眺めているだけだ。

彼らを苦しめているのは誰か。もちろん北朝鮮政権だ。その政権に協力する朝鮮総連だ。しかし彼らの非道を許してきたのは誰なんだ。かつて北朝鮮を理想の国と崇め奉ったイデオロギー政党の政治家。政権維持に北朝鮮を利用した多くの保守政治家。その行き着く先の小泉首相。政治家に追従する官僚や警察。利権にうごめく者たち。拉致問題を娯楽番組の話題づくりの道具にした有識者、学者、評論家たち。何もかも日本の戦争責任に結びつけて北朝鮮を弁護する自称リベラリスト達などなど。
しかし真の責任者は、悪意のない、しかし無関心な傍観者である我々なのだ。私は自らを恥じる。「お前にそれほどの同情と責任感があるのなら、なぜ座り込みのストに参加しなかったのか」と。
「面会を避け続ける卑怯な小泉首相を糾弾する資格は、あなたには無い」
拉致行方不明者の家族の方々の声が、私の心に突き刺さる。

「政党交付金」という名の政治家への貢物

「永田町には、与野党が既得権益を共有する一つの『タブー』がある・・・」こういう文章で始まる注目すべき記事を見つけた。読売ウィークリー2005.7.10号の中の、伊藤達美(ジャーナリスト)の政党助成金に関する批判記事である。
この記事を読んでつくづく考えさせられた。我々はあまりにも知らなさ過ぎるのではないか。誰が、いつの間にそんな法律をつくったのか。我々納税者はそれ認めたというのか。国会議員が自分たちだけのために勝手に決めた法律ではないのか。我々は、今からその廃止を要求する事は出来ないのか。
政党交付金交付は、「政治献金からくる弊害をなくす」という大義名分の下に、公費すなわち我々の税金で政治家の活動費を支援する制度である。1995年、衆院に小選挙区比例代表並立制を導入する際、セットで設けられたという。それ以来10年間で3100億円以上、2004年だけでも約317億円が税金から支出されている(共産党だけがこれを受け取っていない)。
国の財政が膨大な赤字を抱える中、このような巨額の公費助成を政党だからといって享受し、我々の眼の届かないところで所属議員に好き勝手に配られ、そしてそれをどのような政治家であっても等しく、自由に使ってしまう、そんなことが放置されていいのだろうか。
ここ10年間、有権者の政党不信、政党離れは進む一方である。「支持政党なし」という無党派層が5割を上る中にあって、国民の血税から年間300億円以上の資金が政党に交付され続ける事自体、大いなる矛盾である。
金がなくても選挙に勝てる選挙制度をつくる事が先決ではないのか。それでも選挙資金が必要ならば、身銭を切って選挙を戦うべきである。資金が必要であれば歯を食いしばってみずからこれを集めるべきである。その金で政治の使命を実現する、それこそが本来の政治家の姿であると思う。政治家は甘やかされ過ぎている。だからろくな政治家が出てこないのだ。国民の為に身を捧げるまともな政治家がいないのだ。

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2005年06月26日

【バックナンバー】2005-06-26

イランの大統領選挙の結果はそんなに悪いのか

 私はイランという国を全くといっていいほど知らない。唯一知っていることといえば、80年代の中ごろ、世界の外交官が集まるセミナーで、革命後のイランの外交官と一週間ほど寝食をともにして、その清廉実直さに感心したことくらいだ。他のアラブ諸国の外交官が、酒をあおって享楽的な外交官生活を楽しむ中で、そのイランの外交官は一人規律に忠実に振舞っていたことが印象的であったことくらいだ。
 このイランの原理主義が西洋文明から見て非民主的に見られるのであろう。しかしそれにしても、今回のイランの大統領選挙の結果を報じる日本の報道の画一性はどうだろう。保守派、しかも新聞によっては超保守派という言葉で表されるアフマディネジャドという新大統領が勝利した事が、まるで悪のように報じられている。改革派のハタミ大統領が退いた後は、新政権は保守一色に塗りつぶされる、核疑惑をめぐる欧州との交渉は困難となり、米国との関係はますます対決的になるという否定的な記事ばかりだ。
 しかし現職の最高評議会議長であり大統領まで経験したラフサンジャニ氏が、下馬評に反して36%の得票にとどまって敗れた事をどう考えればよいのか。無名のテヘラン市長が62%もの支持を得て勝利した意味をもっと正面から受け止めるべきではないか。
アハマディネジャド氏が当確との一報が流れた25日の朝、テヘランの株式市場は売り注文が先行したという。イランの中でも懸念する人達がいることは事実であろう。しかしそれにもまして多くの国民は、穏健、現実派と言われるラフサンジャニ氏の金権腐敗、縁故主義が、貧富の格差を広げ市民生活を苦しめたことを許さなかったのではないのか。イラクの国民が圧倒的な数で選んだ人物は、「弱気を助け、強気をくじく、イスラム世界のロビンフッド」、「古い車をみずから運転し、豪華な市長公邸住まいを拒否し、豪華な食事を断って普通のケバブ(焼肉)でいい」(25日朝日新聞夕刊)というアハマディネジャド氏だったのだ。
 選挙の主役は国民であるということを今度のイラクの選挙は教えてくれた。もしアハマディネジャド氏が今後の政策において国民を失望させるようであれば、国民は一転して批判に回るであろう。すべてはこれからである。我々は今後のイランを注視していくべきなのだ。
 それにしても次のごとき反応を示す米国の傲慢さこそ危険性ではないのか。そんな米国に日本の対イラン外交を左右される事こそ、我々は警戒しなければならないと思う。
「・・・チェイニー副大統領ら対イラン強硬派は、かえって対処しやすくなった。改革派の大統領の時とは違い、イランを『敵』と表現するのに、何のためらいも必要なくなった(元米政府高官)からだ」(26日読売新聞)。

しんぶん赤旗から学ぶ

しんぶん赤旗は日本共産党の機関紙である。だからその記事の引用は止めたほうがいいと私に助言する人が少なからずいる。確かにしんぶん赤旗は、すべての機関紙がそうであるように、共産党の党勢を拡大しようとする宣伝記事が多い。しかししんぶん赤旗がたとえ日本共産党の機関紙であっても、それが他の新聞には見られない参考情報を提供してくれる限り、私は評価する。
25日のしんぶん赤旗にも次のような二つの興味深い記事が載っていた。
その一つは最近評判の悪い浜渦副知事という人物についてだ。浜渦氏は、石原氏がかつて若手政治家の時に属していた「青嵐会」の事務局を経て、石原氏の公設秘書になったという。
彼はまた右翼系のメンバーでもあったという。すなわち双葉社が発行している「全学連各派―学生運動事典」の中に書かれている「右翼系諸団体」のうち、「日本の新しい世代の会」というのがあるらしい。「物質的な繁栄の下に国家民族の理念と目的を喪った日本に、新しい魂を与える」という綱領を掲げる「日本の新しい世代の会」の会長こそ石原慎太郎都知事であるが、その「日本の新しい世代の会」の学生組織の一つとして関西学生連合が誕生した、その責任者が浜渦武生であったというのだ。
「知事を守るためには命も投げ出す男」といわれ、石原知事も「こいつは無頼漢だから」と公言する。確かに路上でカメラマンに殴りかかる暴力事件を起こしている。東京都民はこんな人物と、その人物を腹心と呼んで都知事の権力を一任していた石原慎太郎に都政を委ねていたということだ。私は東京都民ではないからどうでもいい話であるけれど。
もう一つの記事を私は憤りを覚えながら読んだ。しんぶん赤旗の号外を自宅付近で配布していた社会保険庁職員が国家公務員法違反の罪でつかまった事件があった。その「国家公務員弾圧事件」の第十二回公判が6月24日に東京地裁で行われ、その時の証人尋問で、この国の公安警察の実態の一端が明らかにされている。
公安警察はビラを配っていた堀越明男さんをずっとつけまわし、ビデオまで盗み撮りをしていたのだ。しかもその映像に記録されている警部補の発言は、最初から堀越さんを共産党員として追跡していたことを教えている。
堀越さんがビラを持ってマンションの中に入った時に「やった」と言ったり、堀越さんがインターホンを使っているのを見て「(ビラを配らないで)中に入っちゃうよ」と話しているのだ。また無線を使って「いま配っています」などと連絡しあっていることも明らかにされている。
一般の市民がここまで国家権力に脅かされている、そしてそれが何の処罰もなく放置されていることに、怒りをこえて空恐ろしさすら覚えるのである。

半分の予算でも国家は運営できる

 25日の新聞各紙は、国の借金が05年3月末の時点で、約782兆円に上ったことをいっせいに報じている。地方の借金を合わせると1000兆円を突破したことになる。まるで21日に発表された政府税制調査会の報告書が、「増税は避けられない」と強調していることを弁護しているようだ。話ができすぎている。
 しかしこれに対する反論がウエッジ7月号の冒頭に載っていた。新幹線の駅で見つけた。すなわち慶応大学教授で構想日本の代表である加藤秀樹と言う人が、ここまで財政が悪化した最大の原因は、行政(官)が国民生活の隅々にまで関与し、規制してきたため、無駄な事業と経費がふくらみ、それがそのまま放置され続けているからであると言う。そして彼のスタッフの試算では、国のサービスの多くを見直し、国と地方の事業の仕分けなどを本気で行えば、国家予算は十分半減できると主張する。逆に言えば、そうしないと間違いなく国家破綻が起きるというのだ。奇しくも24日の朝のテレビ番組でも、財政改革を成功した世界の国のうち、その7割は歳出の削減であり、増税で成功した国は少ないという統計を紹介していた。
小泉首相の5年間は、結局ただの一度も赤字財政を減らす事はできなかった。それどころか200兆近く赤字を増やしてしまった。改革、改革と叫び、弱者への痛みを仮借なく求め続け、その一方で行政の無駄や不祥事に一切目を瞑ってきた結果である。5年間も総理を務め、何も出来なかったのである、しなかったのである。
そして政権を投げ出したとたんに、未曾有の増税が待っている。この国の政府はいつも国民を真っ先に切り捨ててきた。もう騙されてはいけない。国民は自分でみずからの生活を守るしかない。途方もない増税を甘受してまで政府を養っていく必要性も余裕もないということだ。

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2005年06月24日

【バックナンバー】2005-06-24

24日の紙面はニュースが多すぎて、大きすぎる。新聞もテレビも消化仕切れなくて、上滑りのコメントを繰り返すだけである。核心をつくコメントをしてもらいたい。そして言いっぱなしで終わることなく最後まで追究してもらいたい。

経済産業省裏金疑惑

 二重の犯罪である。しかし官房企画室長が株取引に流用したことが本質的な問題ではない。競輪のあがりを天下り機関に流し込み、それを食い物にしていた長年の組織犯罪こそ問題なのだ。
競馬は農水省、宝くじは総務省(自治省)、パチンコは警察庁など、この国の公営ギャンブルはすべて監督官庁が上がりを掠め取るシステムになっている。そしてその使途は恣意的だ。これは国をあげての公金横領ではないのか。個人の犯罪で終わらせてはいけない。この機会にギャンブルのあがりがどのように使われているのか、すべて公開させてみよ。腰が抜けるくらいおどろかされるに違いない。
カジノがいつまでたっても公認されないのは、日本の官僚が道徳的見地から反対しているのではない。どこの省庁が監督官庁になるかいつまでたっても決まらないからである。あがりの甘味をどこが手にするか熾烈な権限争いが絡んでいるだけの話である。

サマワ自衛隊への路肩爆弾攻撃

 今までの小泉首相の詭弁はもはや通用しなくなった。自衛隊を狙った攻撃であり、行動中の自衛隊車列が被爆したのだ。それでもまだ「自衛隊のいくところが非戦闘地域」などという馬鹿げた国会答弁を小泉首相は繰り返すつもりか。岡田議員は党首討論を要求して国民の前で問い質すべきだ。
 さすがの小泉首相も慌てたと見える。楽しくない沖縄戦没者追悼式に出席し、おまけに基地負担軽減を求められた小泉首相は、いつもなら公邸に直行してふて寝するところだ。地震が起きても、日本人がイラクで殺されても、食事や観劇のあとで公邸に直行してきた小泉首相だから。しかし今回は官邸に戻って説明を受けたらしい。
郵政民営化に国会論議の焦点をあてて、都合の悪いことはすべてごまかそうとして来た小泉首相にとって、忘れ去られたイラク問題で国民の関心が再び高まるのは困った事だろう。打ち合わせの後、記者団の質問に答えずに歩き去る小泉首相の顔がこわばっていたのもうなずける。
 
政府税調の報告書こそ小泉改革の総仕上げだ

 郵政民営化法案が通ったからといって、国民生活の窮状を救えるはずはない。そもそもあの改革案は10何年もかかってその姿が見えてくるという悠長なものだ。その頃には郵便などなくなっているかもしれないというのに。それを世紀の大改革だと小泉首相は叫ぶ。
小泉首相の最大の罪は、「改革」という言葉を連発して点数を稼ぎ、あとは改革の中味を官僚に丸投げした為に一向に改革が進まなかったことだ。凄まじいコストカットと競争原理による弱者切捨てにより国民生活はすさんでいった。しかし肝心の財政再建は、進むどころか危機が高まる一方なのである。
そのツケはあらゆる保障の削減という形で国民を襲ったが、最後は増税という形で現れる。消費税を大幅に上げるとさすがに国民の反発が強すぎる。消費税は上げないと公約もしている。そこで所得税控除の見直しや退職所得課税の強化で増税だ。
すなわち小泉改革の総仕上げこそ、政府税調の報告書に見られる大増税なのだ。
御用学者人生を歩み続けた石弘光政府税調会長はこう言い放った。
「今後の日本を支えていくには、(勤労者の8割を占める)サラリーマンに頑張ってもらうしかない」(24日毎日新聞)。
羊のように従順なサラリーマンも、この挑戦状には戦うしかないのではないか。それは小泉政権の失政を糾弾することに他ならない。

米国は批准しないと明言した

 国連安保理常任理事国入りに関する小泉外交の野望は、米国が常任理事国の数を2カ国しか増やさないと公表した時点で終わっていたのである。それを未練がましく外務省は米国を説得しようとした。
 しかし町村外相はライス国務長官に完全に引導を渡された。「今のままの決議案を日本が提出しても米国議会は批准を承認しない。だから提出を急ぐな」と日本に慎重な対応を促した(24日朝日新聞)。
これはすごい発言である。米国はG-4案が提出されれば拒否する。それが多数決で採択されたら拒否権を行使せざるを得ないということである。
日本はG-4提案をどのように修正できるというのか。中国の反対がけしからんなどと言っている場合ではなくなったのである。
世界中のわが日本大使を一斉に東京に呼び返してハッパをかけたのはついこの間であった。財政事情が苦しいというのにODAを増やそうと決めたのもこの間であった。最大の障害は中国の反日感情だと今でも言っている。
それらすべてが無意味になった。これでまた一つ外務省の仕事がなくなった。

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2005年06月23日

【バックナンバー】2005-06-23

がんばれ町工場

 次の文章をまず読んでいただきたい。

「 大企業の社長がホテルのレストランで食事を楽しんでいる時、中小企業の社長は故障した機械の修理に奮闘している。
大企業の社長が幹部を相手に自慢話をしている時、中小企業の社長は元暴走族の新入社員に客への挨拶の仕方を教えている。
大企業の社長が有能な幹部の説明をうつらうつら聞いて(どうせ誰かが何とかするだろうと思って)いる時に、中小企業の社長は顧客の接待方法を考えている。
大企業の社長が大銀行の頭取と銀座で飲んでいる時に、中小企業の社長は翌日会う若い銀行員をどう騙したら良いかと考えている。
かくのごとく中小企業の社長は、毎日毎日、命をかけ、全財産をかけて闘っている。従業員とその家族の生活を守るため、献身的な努力を続けている・・・」

 これは6月21日の読売新聞夕刊に載っていた、政策研究大学院大学の橋本久義教授の文章である。
 私は中小企業の社長がすべてこの文章のように立派だとは、勿論、思わない。大企業の社長の中にも、よく働く人もいるだろう。しかしである。ここに誇張して書かれている風景こそ、失われた十数年からいつまでたっても抜け出せない日本の現状を物語っているのではないのか。
 実業家であり政治家でもあった永野護は、終戦直後の広島で、日本が敗れたのは単に武力ばかりではなかったと講演をした。その講演録は、「敗戦真相記」(バジリコ社)と題して本にまとめられているが、その中にこういうくだりがある。
 「・・・アメリカの進駐軍が入ってきて、日本の官庁と交渉して最も驚いたことは、日本の官吏が上になるほど物を知らない、(これは)アメリカでは上役ということはそれだけ下役よりも担当の仕事に通暁していた証拠で、ある局に行って、一番物を知っている人といえば、局長だということが(アメリカでは)当然の常識なのですが、わが国の官庁においては、まさにその正反対である。  日本の局長は殆ど何もしらない。課長はぼんやり知っている。事務官はあらかた知っているけれども、細かい事は属僚に聞かなければわからない、という状態で、地位が上になるほど勉強していない。大臣に至っては、むしろ仕事を知らざるをもって得意とするがごとき現象すらある。これにはさすがに進駐軍も唖然としたらしい・・・」
 昔から日本では、偉くなるほど仕事をしない。責任を取らない。そのくせ権力を振りかざすということだ。この変わらない日本的体質こそ、いつまでたっても「失われた日本」を取り戻せない原因ではないのか。取り戻せないどころかますます日本を破滅の方向に追いやっているのではないか。何も出来ない小泉首相に5年間も権力を与え続けて平気でいられるのではないのか。
 日本は変わらなければならない。額に汗をして真面目に働くものが正当な評価を与えられ主役になるような社会に。仕事をしないもの、できないものに大きな顔をさせない、悪事を行えば責任を取らせる、そういう、当たり前の、まっとうな社会に日本は変わらなければ、日本はますます萎縮していく。強者と弱者の距離がますます開いていく。すさんだ社会になっていく。

 「小泉メルマガ」をめぐる報道の愚

 かれこれ10日ほど前の報道になろうか。小泉首相のメールマガジンの登録者数が凋落の一途だという記事があった。02年1月に227万人に達した登録者数は、創刊4年を迎えて3割減の162万人となっているという。しかしむしろ今なお162万人もの国民が「小泉メルマガ」なるものを見ていることのほうが私には驚きである。官僚が小泉首相の為に書く広報、宣伝の作文など何の価値もない。まじめに読む方がどうかしているのだ。
 そう思っていたら、23日の各紙がいっせいに小泉メルマガのちょうちん記事を書いていた。どうせ飯島秘書官あたりにドーカツされて書かされているのであろう。その内容はおよそ報道に値しないものだ。たとえば「浴室テレビにご満悦」と題した産経新聞の報道はこうだ。
 ・・・小泉首相は23日配信の小泉内閣メールマガジンのインタビューで、4月末に入居した新首相公邸について、「いいのは風呂場にテレビがあることだ」などと紹介、新公邸での快適な暮らしぶりを披露した。もっとも入浴は「三、四分で出ちゃう。ニュースの時間に入ると、終わるまで五分か十分くらい」ともっぱらカラスの行水。ストレス解消法は「音楽が一番。分野は様々」、「国会の答弁資料、想定問答集を読むとよく寝られるんですよ」と熟睡の秘訣も明かした。最後に首相は「『小泉総理のメルマガみた?』と家族や友達の話題にして欲しい」と訴えた・・・
 こんな記事を新聞に真面目に書いているお前ら、アホか。

 小泉ファンはIQが低い奴らばかり?

 
郵政民営化法案の広報資料の発注をめぐって竹中大臣が窮地に立たされている。民主党が追究しているように、設立されたばかりの実績のない会社に1億数千万円の広報誌資料作成を、随意契約によって、発注したとすれば、そしてその会社のオーナーが竹中大臣の知人であることが事実であれば、これはもう立派な犯罪である。契約日付を作為的に書き換えて辻褄を合わせるなど竹中サイドに不明な動きが見られることもこの事件の怪しさを感じさせる。
民主党がどこまで本気でこの問題を追究していくのか。終盤国会の一つの焦点ではある。しかしそのことよりも興味ある話を私は23日朝の「みのもんた」のニュース番組で知った。民主党の原口一博衆院議員が、広報資料の一部らしい文書を紹介し、その中で、郵政民営化の広報は、難しいことは理解できない知能指数(IQ)の低い国民を対象に行うべし、とする広報戦略の内幕を暴露したのだ。さすがの解説者たちもこれを知って呆れていた。みのもんたも怒っていた。
これこそがまさに電通が振付けている小泉パフォーマンス内閣の実態なのだ。すなわち小泉首相を支持し続ける50%の国民はバカであり、そのバカどもを、バカな振る舞いをして騙し続けることこそ政権維持の戦略であると、小泉首相の取り巻きは内輪で論じ、笑っているのだ。これを知ってなお小泉首相を支持するものは救いようのないバカだ。
そういえば昨年11月の米国大統領選挙の投票パターンに関する報道の中で、ブッシュ大統領を支持した国民とケリー候補を支持した国民との間に、明確なIQの差が見られたという報道があった。どの国も、政治家の成功の秘訣は、いかにおろかな国民を相手に騙し込むかである。国民は賢くならなければならない。

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2005年06月22日

【バックナンバー】2005-06-22

沖縄問題を考える

1945年6月23日は沖縄戦終結の日である。22日の毎日新聞が一日早く特集記事を掲載していた。これを読んで、自分はどこまで沖縄を知っていたかという思いにとらわれた。こういう特集記事は、日常生活に埋もれて殆ど勉強する事のない我々に、しばし考える時間を与えてくれる。
沖縄戦に限らず、我々は近代の歴史を殆ど学んでいない。靖国参拝をめぐる大騒ぎは、一つだけ良いことをしてくれた。歴史の勉強を我々にわずかばかりさせてくれたことだ。みずからの無知をさらけだした小泉首相も、少しは反省して学んだに違いない。付け焼刃でも勉強をしたほうがいい。勉強をしてみると無知な自分を思い知る。そして考え直すことになる。

毎日新聞の特集記事を読んで次の点を指摘したい。

1.沖縄が大本営によって着目されるようになったのは、敗戦が濃厚になった太平洋戦争末期になってからだという。沖縄守備軍である第32軍が創設されたのが44年3月。しかも44年10月に米軍は那覇を大空襲し沖縄上陸が予想されたにもかかわらず、大本営は守備軍の精鋭部隊を台湾に移した。45年4月1日、上陸した米総兵力は54万8000人で、これは当時の沖縄県民45万人を上回る。わが守備軍は約12万人に過ぎなかった。徹底抗戦が叫ばれ「鉄の暴風」と称される米軍の砲撃戦により、住民や動員学徒は次々と命を失って行った。18万8000人以上と言われる死亡者の半数以上が住民だった。大本営にとって沖縄戦は、長期戦で米軍を消耗させ本土進攻を遅らせる意味があった。まさに沖縄は「捨石」となった。
2.国土面積の0.6%の沖縄に、日本にある米軍基地の75%が存在する。しかもこの比率は、沖縄復帰時には本土41%、沖縄59%の比率だったものが、今では25%、75%になっているのだ。すなわち「沖縄の日本化」が進む中で、基地だけは逆行している。なぜか。
カート・キャンベル元米国防副次官補は22日の毎日新聞で述べている、
「・・・ベトナム戦争では沖縄の米軍基地がとても役立ったが、現在、沖縄の戦略的な位置づけは、疑いようもなく高まっている。中国、台湾海峡、尖閣諸島に極めて近い位置にあるからだ。(「抑止力の維持」と「負担の軽減」の両立は)理屈では可能だが、難しいと思う。沖縄の人々にとっては苦痛な事だと思うが、これは沖縄の戦略的位置づけをめぐる一種の矛盾だ。我々が沖縄を覗き込んでいるレンズは以前とは違う。沖縄の人々の心への思いやりよりも、アジアの平和と安定の維持に必要な、緊急の課題に対応しようという感覚のほうが強い・・・日米両政府とも、イラクやアフガニスタン、中国、北朝鮮などの問題で精一杯で、(沖縄の問題まで)注意が行き届かないのが現状だ・・・」
はからずも日本政府の本音がここに明らかにされている。米国関係者からバラされているのだ。すなわち日本政府が沖縄の基地縮小に取り組まなかったのだ。
決め台詞のように聞かされる沖縄の「戦略的位置」について、我々はそれが根拠のあるものか、政府から説得力のある説明を一度も聞かされていない。沖縄の戦略的重要性は、絶対的なものではないはずだ。米国にとって都合がいい、ただそれだけの理由なのではないか。
3.69年11月の佐藤、ニクソン会談で合意された「核抜き本土なみ」沖縄返還のウラで、「日本政府は核の再持込を保証する」という密約がなされていたことはもはや歴史的事実であるが、その交渉で密使を務めた元京都産業大学教授の若泉敬氏が、太田昌秀知事や沖縄県民に歎願状を出していたのには驚いた。今年の5月に遺族が明らかにしたという。
福田赳夫自民党幹事長(当時)から「沖縄問題の件でひと肌ぬいでもらえないだろうか。もちろん総理の意を受けて」と要請された若泉氏は、密約の重みに耐え切れず、94年5月沈黙を破って秘密交渉を詳細に描いた著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」を出版した。それから一ヵ月後、6月23日付けで若泉氏は歎願状を出していたのだ。その中で、若泉氏はこう述べている。
「歴史に対して負っている私の重い『結果責任』を執り、武士道の精神に則って、国立沖縄戦没者墓苑において自裁します」
実際には彼は自殺することなく2年後の96年7月、がんのため死去(享年66)するのだが、自殺まで考えたほど思いつめていたのだ。
それに比べ交渉の責任者であった佐藤首相はどうか。ワシントン滞在中の佐藤首相はその日記の中で、高揚感あふれてつぎのように記していると22日の毎日新聞は書いている。
「・・・軌道の上を予定通り走り、正午前には妥結。大成功。本土並み核抜きが実現、ほんとにありがとう」(69.11.19)。悲願達成をテコに自民党はこの年12月の衆院選挙で圧勝した。さらに佐藤首相は退陣後の74年12月に、沖縄返還の「功績」でノーベル平和賞を受賞した。いつの世も、真面目なものは悩み、権力者は厚顔無恥だ。
4.72年5月15日、沖縄は本土復帰を果たした。しかし歴代政府の沖縄政策は、基地問題を棚上げにしたまま経済振興策に傾斜した。「本土との格差是正」と「自立的経済発展のための基礎条件整備」が二大目標だった。つまり米国相手の難しい交渉は避けて、金に物を言わせて沖縄を黙らせようとしたのだ。
政権を担う日本の政治家で、基地問題について米国と真剣に交渉しようとした者は一人もいない。もっとも関心がないのが小泉首相だ。それはものの見事に対米追従度と比例している。沖縄県選出の照屋寛徳議員はこう述べる。
「橋本さんや小渕さんは沖縄に特別な思いを持っていた。しかし小泉さんの関心事からは沖縄は欠落している」
しかしその橋本首相でさえも次のような情けない体たらくだ。
すなわち96年2月橋本首相はサンタモニカで会談したクリントン大統領に、
「難しいことはわかっているが、あなたの好意に甘えてテーブルの上に乗させてもらう」
と言って普天間の返還要求をぶつけたという。「難しい事はわかっている」とはなんだ。「好意に甘えて」とはなんだ。本気で交渉する気迫はまったく感じられない。だめもとで言ってみただけだ。交渉以前の卑屈な態度である。
その橋本首相はさらにこう振り返る。
「普天間を持ち出すことに事務方は反対だったし、大統領の顔を見るまで決心できなかった。『ノー』と言わせちゃったら一発で終わる話だから」
ここまで日本の首相は米国に気後れしているのである。小泉首相などはおそらく自分の保身と引き換えに、「沖縄はどうぞいつまでもアメリカさんの好きなように使ってください」とこちらから進んで献上するぐらいのことをやりかねない。
5.海軍少将として沖縄方面根拠地隊司令官を務めた大田実中将(死後中将に昇進)が自決を前に多田武雄海軍次官にあてた電文というものを始めて知った。
沖縄県民の献身的や協力や悲惨な状況を、感涙むせぶ文章できしている。そして最後にこう締めくくっている。
「沖縄県民斯く戦へり。県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」
この大田中将の遺言を、誰一人として真剣に受け止めたものはいなかったのだ。沖縄の基地問題に取り組まないこの国の政治家を残念に思う。

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2005年06月21日

【バックナンバー】2005-06-21

靖国、イラク、そしてアメリカ

移り気な日本のメディアはもはやイラク戦争に関心を示さない。それにともなって日本の国民もイラク戦争のことを忘れ去ろうとしている。今は靖国ばかりだ。
日本のタカ派政治家や言論人は、ここに来て愛国心を前面に出して中国、韓国に攻撃的だ。しかし本当に愛国心を唱えるなら、米国からの自立に向けられるべきだろう。米国の圧力に屈した欲不満が、弱者のアジアに向かうのだ。日本人のいつものパターンだ。
小泉首相は靖国問題で政治生命を失うことになろう。犠牲者はあの戦争で「はからずも死んでいった人」だけではない。その人たちに哀悼のまことを捧げる前に、不合理に殺されていった人の無念さと恨みを鎮めなければならない。小泉首相はその恨みと怒りを呼び起こした。彼らの恨みと怒りの前には小泉首相はひとたまりもない。
それにしても日韓首脳会談の馬鹿さ加減はどうだ。成果は「会ったことだけ」(21日朝日)だと。意味のない会談がとなることがわかっていたのに、「会談延期」という小泉首相の失点を避ける為に無理をして設定した会談。そして「靖国問題は首相自身が判断する問題」とはなから沈黙を決め込んだ外務官僚の無気力さ。
不合理に殺されていった犠牲者の無念さと恨み、怒り、悲しみは、イラク人も同様だ。この怨念にブッシュ大統領が追い込まれている。
最近立て続けに米国の世論調査が発表された。ワシントン・ポスト紙とABCテレビが6月8日に発表した調査によると、イラク戦争が「泥沼化している」と答えた人が65%に上り、「イラク戦争後も米国は安全になっていない」と否定的評価をした人が過半数を超えたという。ブッシュ大統領に対する不支持率も52%に達し、2001年1月大統領に就任して以来、最低水準を記録したという。さらに13日付のUSトィデイ紙はギャラップ社との共同調査結果を発表した。それによると、イラクから米軍を撤退させるよう求める米国有権者は59%に達し、これは今年2月の時点よりも10%も増加したという。
あのイラク戦争については、世界の心ある国民は皆これに批判的であった。ひとり米国国民だけが圧倒的にブッシュの戦争を支持した。ところがその米国国民さえも間違いに気づき始めたのだ。イラク戦争が間違いであるという評価は完全に定まったといっていい。
米国国民が間違いに気づくのも無理はない。米国の度重なる掃討作戦にもかかわらず、武力抵抗はおさまるどころかますます多発している。4月末にやっと暫定政権ができたにもかかわらず、情勢はさらに悪化している。かつては週一回程度の自爆テロが5月以降は毎日のように起きている。しかも一日に何度も起きているのである。
ブッシュ大統領の支持率はさらに低下していくであろう。米国内ではすでに08年の大統領選挙に次々と候補者が名乗り出ているという。小泉首相のポン友であるブッシュ大統領は任期を3年以上も残してもはやレイム・ダックになりつつあるのだ。
そんなブッシュ大統領が、ここに来て更なるピンチに見舞われている。英紙サンデー・タイムズは5月1日付で「イラク開戦の一年近くも前に、ブッシュ大統領とブレア首相がイラクの体制転換を目的に侵略に合意していた」と報じた。同紙が暴露したこの英国官邸メモ(ダウニング街メモ)が亡霊のごとくブッシュ大統領にダメ押しの一撃を加えている。週刊東洋経済6月25日が伝える英ストロー外相のブレア首相へ発言は衝撃的である。イラク開戦より一年も前の02年3月の発言である。
「イラクへの攻撃は政治的、軍事的、法律的にも根拠が薄い。この戦争によって何が得られるかという問いには何も答えられない」
ついに米下院司法委員会は6月16日「ダウニング街議事録公聴会」を開き、120人を超える議員が「メモ」の内容の確認を迫った。ブレア首相もブッシュ大統領も政治生命の終わりに近づきつつある。
そんな中で、小泉首相だけが責任を問われなくてよいはずはない。米国が頼みの小泉首相は、その米国のためにアジアの信頼を失い、中東を失望させ、平和憲法を足蹴にし、挙句の果てにその米国に使い捨てられる。ここまで日本という国を貶めた罪はあまりにも大きい。

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2005年06月20日

【バックナンバー】2005-06-20

これが野党第一党なのか

 最近の新聞に見られた民主党議員の動きである。
1.中国に対し毅然とした外交姿勢の確立を求める民主党の有志議員が16日、「真の対中外交を考える会」の設立会合を開く。設立会合には代表世話人の松原仁、渡辺周、中津川博郷の各衆議院議員や米沢隆副代表ら、約20人が参加。反日姿勢を強める中国への対抗策を協議するほか、反日暴動による日本大使館への謝罪と賠償がない限り、北京五輪の開催中止を内外に訴えていく事にしている・・・(17日産経新聞)
2.16日の参院厚生労働委員会が、介護サービスを制限する介護保険改悪案を自民、公明、民主の賛成多数で可決した。採択に賛成した民主党は、山本孝史議員が、「介護保険制度本来の姿に戻ろうとするもの」と正当化し、施設入居者への負担増も、「在宅と施設のとのバランスから、負担を求めるのはやむを得ない」と開き直った(6月17日、しんぶん赤旗)。
3.日本共産党、民主党、社民党の三党国会対策委員長会談が、15日、国会内で開かれ、民主党が共産党の質問時間に制限を加えた問題が議論された。この問題は、(野党枠として確保された質問時間の三党への配分権を握っている)民主党が、同党の審議拒否戦術に同調しなかった共産党への「報復」として、わずかな時間しか共産党に配分しない不当な運営を行ってきたもの。民主党は「審議拒否中に共産党は出席して質問したから」としている(16日各紙)。
4.弾道ミサイル迎撃手続きを定めた自衛隊法改正案について、民主党の前原誠司「次の内閣」防衛庁長官は「賛成したかった」と振り返る。(19日日経)。
5.会期延長を議決した17日夜の衆院本会議で、小泉首相、森元首相、武部幹事長らは酒気帯び出席した疑いで社民党の阿部知子議員から批判されたが、自民党は「野党にも呑んでいる人がいる」として民主党の楢床議員ら3氏の懲罰動議を提出した(20日各紙)。
 
 この種の話はこれまでにも数え切れないほどあった。「野党」と呼ばれるのを極端に嫌って「政権準備政党」と自称したがるくらいだから当然なのか。

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2005年06月19日

【バックナンバー】2005-06-19

アミラ・ハスというイスラエルの女性ジャーナリスト

 立ち寄った本屋で一冊の本を購入した。「パレスチナから報告します」(くぼたのぞみ訳、筑摩書房)というタイトルに惹かれたからだ。そしてその著者が、イスラエルの占領下にあるパレスチナ自治区に住んで、パレスチナ人の窮状を発信し続けたイスラエルの記者であることに興味を持ったからだ。
 一読してたちまち魅了された。漠然と抱いていた私の占領地のイメージが、100倍もの実感として伝わってきた。ここにはパレスチナ問題のすべてが凝縮されている。イスラエルに占領されたままのパレスチナ自治区を私は一度も訪れた事がない。その私には、パレスチナ問題を語る資格はないかもしれない。しかしその私が頭の中で思い描いていたパレスチナ問題が、まったく正しかったとことをアミラは教えてくれた。
パレスチナ問題は、「パレスチナ人のテロとイスラエルによる報復の連鎖」として報道され、理解されがちだ。しかしそれは違う。パレスチナ問題の本質は、「暴力の応酬」ではなく、パレスチナ人をして絶望的な暴力に走らせるイスラエルの「占領」にあるのだ。そしてそのような耐え難い悲惨な状況が、これほど長い間国際社会で放置され続けているのは、皆が「傍観者」でいるからだ。

訳者のくぼたのぞみが「あとがき」で引用している次の詩が印象的だ。

 敵をおそれることはない。敵はせいぜいきみを殺すだけだ。
 友をおそれることはない。友はせいぜいきみを裏切るだけだ
 無関心な人々をおそれよ。かれらは殺しも裏切りもしない。
 だが、無関心なひとびとの沈黙の同意があればこそ、地上に裏切りと殺戮
 が存在するのだ

思うにパレスチナ問題は単にイスラエルとパレスチナの問題ではない。中東問題だけでもない。それはこの地球上に存在するおびただしい不合理な暴力、強者の弱者に対するいじめ、権力者のおごりと偽善、逃げ場のない絶望などの象徴なのだ。だから私はパレスチナ問題に強い関心を持つのだ。
アミラ・ハスというジャーナリストは有名なジャーナリストらしい。私が知らなかっただけだ。それでも今、私は彼女の存在を知った。
「怒りが私にエネルギーを与えているのです」、「世界の如何なる問題にも私は抑圧される側に立ちます。第二次世界大戦のときなら、私は日本に反対する立場に立っていたでしょう」、「私は傍観者にならない。傍観者であることは無関心だということです。つまり不正義に対し無力感を持ち、何もしないということです」、「(報道は客観的でなければならない、一方の側に立って書くことはあってはならないとよく言われるが)それはまったくナンセンスです。もちろん伝える情報は公平であるべきです。いろいろな情報をチェックする必要はあります。しかし自分の意見は持つべきです。私たちは牛やロバではない」などと語るアミラ・ハスの考え方に、私は限りない共感を覚えるのである。

沖縄問題は「基地問題」にとどまらない。「戦争責任」の原点だと思う

 知ろうとする気があれば一片の文章からでもよく学ぶ事ができる。知った以上もはや無関心ではいられなくなる。そして考えさせられる。
次の紹介する文章を読むだけでも沖縄問題の本質がわかる。現代に生きる同じ日本人として、沖縄人の無念と怒りを感じ取れる。そして沖縄問題は我々すべてに責任のある極めて今日的な問題である事がわかる。
沖縄戦後60周年を6月23日に迎えるにあたって、我々は歴史に思いを馳せ、いまもなお基地問題に苦しむ沖縄の住民の苦しみを共有しなければならないと思う。

・・・人口約900人の沖縄県金武志町伊芸区。集落から高速道路を挟んでわずか300メートルのところにゲリラ戦を想定した米陸軍都市型戦闘訓練施設の建設計画が浮上した。隣の恩納村やグアムでもその危険性から建設中止になったいわくつきの施設だ・・・金武町の戦後は基地被害の歴史そのものだ。1964年、小銃の銃弾が民家に飛び込み、19歳の女性が右足に負傷を負った。66年、67年、71年には女性3人が相次いで米兵に殺された。復帰後も基地従業員ら4人が射殺され、女性が戦車にひかれて犠牲になるなどした。それでも基地反対と言えない事情があった。さとうきびと稲作が主力の区は、土地の8割を米軍に接収され農業は衰退した。軍用地代は町収入の3割にあたる約17億円を占め、数十人が基地に勤め生計をたてる。「私が米軍演習に反対したら、母の魚屋に不買運動が起きた」と町議会議長は振り返る・・・「米軍は反対運動なんか気にしない」と工事関係者は指摘する。
小泉首相は、在沖縄米軍の国内、国外移設を表明したが、住民に希望は見えない。池原区長は「伊芸だけの話ではないのに」と嘆く。政治に翻弄される沖縄の基地問題の虚実が、この小集落に凝縮されている・・・(6月18日毎日新聞)

・・・沖縄戦は国体護持をかけた、日米最後の地上戦でした。沖縄戦は、沖縄の人々の生命や財産を守ることではありません。米軍を沖縄にくぎづけし、本土決戦の準備と、終戦交渉の時間をかせぐことを目的とした、「捨て石」作戦です。制空権も制海権も米軍に完全に押さえられた孤立無援の・・・沖縄戦の特徴は、一般住民の死者の数が軍人の死者を上回っていることです・・・天皇の軍によって住民は戦場に動員され、砲弾にさらされました。軍は住民に投降する事を許さず、処刑したり、「集団死」を強要した。「集団自決」という言い方がありますが、決して住民が自主的に死を選択したのではありません。「生きて虜囚の辱めを受けず」という天皇の軍隊と地域の指導者の強制と誘導によって、肉親どうしの殺し合いを強いられたのです・・・(沖縄国際大学安仁屋政昭名誉教授―6月19日あかはた日曜版)

・・・6月19日、野戦病院が解散になりました。前は海岸、後ろは敵。行くところもなく、隠れる場所を探していると、農業用の排水管を見つけました。中には日本兵が入っていました。「一人だけならいい。もっと入ると殺すぞ」と短剣を突き出すので、私たちは入り口に縮こまっているしかしかたありませんでした。夜が明けると米軍の総攻撃が始まります。朝見た摩文仁は緑豊かだったのに、11時ごろみると、米軍の砲撃で様変わりでした・・・連行されて歩いた摩文仁の道は、死体がごろごろしていて、つま先で歩かないと通れないほどでした・・・私立昭和高等学校 稲菊マサさんー同赤旗)

 19日の各紙は、例によって写真入で小泉首相がオペラ鑑賞をしたという記事をのせていた。今度は舞台にのぼってオーソレミオを熱唱しご満悦であったという。
その小泉首相は、19日に硫黄島を初訪問し戦没者追悼式に出席するという。そして23日には沖縄を訪れ「沖縄全戦没者追悼式」に出席する。彼にどこまであの戦争の歴史認識があるのだろうかと疑う。オペラ鑑賞と同じようにニセ涙を流してパフォーマンスすることだけは許さない。

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2005年06月16日

【バックナンバー】2005-06-16

「米軍のイラク撤退反対」を掲げた毎日新聞論説

 かつて毎日新聞は自衛隊のイラク派遣に関し、自社の論説委員の賛否入り乱れた論評を、そのまま掲載したことがあった。これは責任回避ではないか。当時私はそう考えたものだ。異なった意見が論説委員の間で存在するとしても、それを超えて社内で議論をし、意見を統一して、それを毎日新聞の立場として読者に提示することが、オピニオンリーダーとしての新聞の責務ではないか。
 その毎日新聞が、こんどはやけに明確な論説を打ち出した。16日の論説で「本気で米軍撤退を望むのか」というタイトルを掲げ、「米軍は撤退してはならない」と主張したのである。その論旨はあまりにもお粗末だ。毎日新聞の質の低下を象徴する論説だ。
 その論説は、まず最近の米国の世論調査を引用し、イラク情勢をめぐる米国民の厭戦機運が目立ってきた事を指摘する。そして、米国の世論が冷え込むのも無理は無いと次のように述べる。
 「・・・イラク戦争の開始以来、米軍の死者は1700人を超えた。毎日ほぼ2人ずつ死んでいる計算だ。しかも治安回復のめどは立たず、武装勢力の攻撃や自爆テロで、情勢は悪化の一途をたどっている。米国世論の冷え込むのも無理はない・・・」
 ここまではよい。ところがその次のあたりから俄然おかしくなってくる。
 「だが、あえて米国民に言いたい。イラク戦争は米国が始めた戦争である・・・(イラクの)治安回復こそ米国の重要問題であり、この仕事を放り出すように米軍が撤退すれば、無責任のそしりを免れまい・・・」
 何を言っているのだろう。イラクの武装勢力は勿論だが、多くのイラク人が米国軍の撤退を求めているのだ。米国がその非を潔く認め占領軍を撤退させれば情勢は一変する。国際社会が一致協力し、イラク人の手による国家再建づくりを助ける事になるに違いない。
この点は議論がわかれるであろうからこれ以上続けない。この論説の問題は次のくだりである。
 「・・・どの国も好き好んで危険地帯に人を送ったわけではない。諸外国の協力をどう見るかは米国民の自由だが、イラクの安定を願って要員を派遣した国々は、米軍撤退を求める米国民の増加に複雑な思いを抱くはずだ。『米国がそうなら、我が国はどうすればいいのか』と・・・」
 これには思わず笑ってしまった。だから言ったじゃないか。米国のイラク戦争なんかに賛成するな、イラクへ自衛隊を派遣するなと。正義のない戦争は失敗に終わり、イラク人を無視した武力による国づくりは必ず行き詰ることは、誰もが認めていたはずだ。それを承知で米国に追従したのだろう。無理を承知であの戦争を支持し、自衛隊を派遣したのではなかったのか。こうなることはわかりきっていたのだ。
 今頃になって毎日新聞は米国の非をあげつらう。
「・・・こうした状況を招いた第一義的な責任は米政府にある・・・イラクで大量破壊兵器はまったく見つからなかった。治安回復の難航に加え、イラク戦争への正当性をめぐる疑問が米政府への不信感を募らせる。こうした現実をブッシュ政権は謙虚に受け止め(てほしい)・・・」
 おいおい、よその国の大統領を批判して何になる。毎日新聞が矛先を向けるべきは、ブッシュ大統領の間違いに追従して日本をイラク戦争の泥沼に追いやったわが国の小泉首相なのではないか。
 迷走の挙句、この毎日新聞の論説はこう締めくくっている。
 「・・・大規模な掃討作戦にもかかわらず、武装勢力の攻撃が衰える気配が無いのは、極めて不気味な状況である。イラクを『第二のベトナム』にしないために、ここが踏ん張りどころではないか」
 米国を批判しているのか、応援しているのか、最後までわけのわからない毎日新聞の論説であった。

橋梁談合の結末に注目しよう

 橋梁談合事件が報じられて久しい。これだけ連日大きく報道されているのにその進展がどうなるか一向に見えてこない。これまでの報道から見てその規模の大きさと根の深さにはため息が出る。業界各社の責任はもとよりある。しかし各社に天下っているおびただしい数の官僚OBが発注工事の受注調整を行っていた事実をどう捉えればいいのか。そして天下り職員を組織的に公団、企業に送り込み、あらゆる行政指導を行ってきた国交省の責任をどう考えればいいのか。要するに今回の橋梁談合事件は、永年にわたって黙認されてきた政・官・業の組織ぐるみの違法行為なのだ。だからこそどこから手をつけていいのかわからないのだ。どこまで責任を追及すればいいのかわからないのだ。
いまこそメディアは本当の悪に迫るべき報道を行うべきではないか。問題の本質を追求すべきではないか。しかし連日の報道の洪水にもかかわらず、一向に責任の所在が明らかにならない。結末が見えてこない。
そう思っていたら、6月23日の週刊文春の「新聞不信」というコラムが、この橋梁談合に関する鋭い指摘を行っていることを見つけた。
「報道の『談合』はどうなる?」と題するその記事は、まず今回の談合事件の深刻さを次のように書く。
「・・・談合事件は底なしの泥沼になってきた。国が発注した工事だけではなく、日本公団発注の橋梁でも、公正取引法に真っ向から違反する裏システムが存在し、すべてを取り仕切ってきた。東京高検はヤル気になってきているという。だがもし本当にやれば、日本の橋を架ける企業は全滅するのではないか・・・なぜなら談合は、各社が各自の格に応じ、官および官OBのご指導の下に税金を分け捕りし『お互い仲良く栄えましょうや』という美風を育ててきたからである・・・」
そして、今回の談合事件も、最後はその追及が腰砕けに終わるに違いないと、次のように続ける。
「橋だけではない。鉄道、道路、港湾、ダムから自治体が建てる文化会館、美術館、資料館、記念館に至るまで、日本人には『談合でなきゃ入札できない』体質がある。マア見ているがいい。検察庁は今回の談合も、病巣を徹底的にえぐれないだろう・・・」
注目すべきはその後に続く記述だ。実は談合という不正行為を報じる新聞記事も、記者クラブという『報道談合機関』によって書かれ、読者に届けられるとして、つぎのように書いている。
「中央官庁すべて、自治体すべてが発する情報を仕切る記者クラブは、橋梁業界の談合と同じように、新聞業界の共存共栄を支える『良風美俗』として機能してきた・・・どの記者クラブにも、大きな黒板がある。広報課の担当者が入ってきて、何月何日何時、何々の発表あり、と書けば、事実上その時点で各社ともその件に関する取材を中止するのである。中止しなくても、発表日まで待つのが不文律になっている。これを談合報道でなくて何だというのか・・・」
最近の大手メディアは、新聞テレビも、同じような記事を垂れ流している。どのメディアを見ても同じだ。それ以上の何も見えてこない。その陰でほくそえんでいるのは都合の悪い事を隠蔽しようとする権力者である。損をしているのは真実を知らされないままの一般国民である。
報道業界の談合も橋梁談合と同様、責任は重い。

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2005年06月15日

【バックナンバー】2005-06-15

希代の悪法「共謀罪」が成立する!

サンデー毎日6月26日号に驚くべき記事が載っていた。「武富士事件」を追及したジャーナリストの山岡俊介氏が警鐘を乱打している。
すなわち政府は会期を延長して今国会で多くの法案を通そうとしているが、その中に刑法改正案があるという。そしてその改正によって、「共謀罪」をつくろうとしているという。その実態がものすごい。
この刑法改正案は、4年以上の懲役・禁固刑を定めるすべての犯罪(約560もあるらしい)を対象とし、その犯罪を「団体」(二人以上)が「共謀」(つまり相談や合意も含む)した場合、最高5年の懲役に問われる可能性があるというのだ。
条文の説明をするよりも具体的な例を引用したほうがわかりやすい。「社長の譲歩が得られるまで徹夜してでも団交しよう」と合意すれば、組織的強要の共謀罪になりうる。酒場で酔った同僚が上司の話をして「今度ぶん殴ってやる」と言ったとする。それを受けて「そうだ!」と答えれば、それで十分に傷害の共謀罪が成立する。市民団体がイスラエル軍の爆撃で破壊されたパレスチナの病院の復興資金を集める活動をすれば、その背後にテロ組織が存在しているとみなされれば、テロ資金供与の共謀罪に問われる可能性もある。
山岡氏はつぎのように述べている。
「何故私が共謀罪に反対するのかといえば、この法律が成立すれば、政治家や官僚など、時の権力者に都合の悪い記事を書こうとした場合、共謀罪を拡大解釈して、口封じの為にいとも簡単に摘発することが可能になるからだ」
共謀罪に詳しい弁護士も次のように述べているという。
「・・・やる気になれば誰でも、どんな些細なことでも、逮捕できる。適用できる法律も刑法に限らず、商法、消費税法、道路交通法など日常生活に直接関係あるものが多い。警察にとっては“打ち出の小槌”になるでしょう・・・」
小泉政権の下で、個人保護法、通信傍受法、有事関連法など、治安がらみの立法がすごい勢いで成立している。その中でもこの「共謀罪」はかつての「破壊活動防止法」を上回る悪法に違いない。
大手メディアは共謀罪の危険性について殆ど報じてこなかった。民主党など野党も「テロを支援しているのか」と言われるのを恐れてか、腰が引けている。その結果、共謀罪が成立する動きがあること、この「共謀罪」がいかに国民の生活を脅かすかについて、国民はほとんど知らないままである。そんな状況で刑法が改正されたらどうなるのか。
ジャーナリストの斉藤貴男氏はこう述べている。
「“まさか、そんな悪法ができるわけがない”というのが、多くの国民の実感でしょう。しかし現実にテロ対策を口実に、拡大解釈できる法律が出ている。それだけ権力者に舐められているということです。少しでも多くの人に、今からでも反対の声をあげてほしい。共謀罪が成立すればかつてのソ連や北朝鮮のような密告社会、超監視社会に向かうことでしょう」
他人事ではない「共謀罪」である。

東京都議会選挙の候補者の顔ぶれを見て思う

 東京都の住民でない私にとって誰が当選しようと、落選しようと所詮は関係ない都議会選挙だ。しかし、たとえばその結果によって小泉自民党がどうなるか、民主党がまだ世論の支持を保っているのか、石原都知事がどう動くか、といったマスコミの報道を目にすると、気にかかる。
 そこで告示直前の選挙区情勢を眺めて見た。そして各選挙区の候補者の肩書きを見てあらためてウンザリした。党都団体副会長、区議会議長、党都幹事長、党都政策委員、党地区相談室長、党総支部長代行、党都議会役員、公営企業委員、党都民運動局次長、衆院議員秘書、党地区役員、党都青年局次長、党政策担当、党支部幹事長、党中央幹事、NPO法人代表、党地区常任委員・・・要するに選挙でメシを食ってきたような連中が満を持してゾロゾロと出てきたのだ。組織票をバックに就職活動しているようなものだ。
 しかも定員に対する候補者の数を見てみると、墨田区 三に対する5、以下江東区 四―5、品川区 四―6、目黒区 三―4、大田区 八―12、 世田谷区 八―12など、たいした競争でもない。候補者のなかには何回も落選して今度こそ当選する者もいることだろう。当選に値すると言うより我慢比べだ。年功序列だ。当選した暁にはまわりの多くのものが、それにぶらさがって様々な余禄を食むことであろう。要するに選挙でメシを食ってきたような連中が4年に一回内輪で盛り上がるだけではないのか。
中には立派な志の候補者もいるかもしれない。しかし卑しくも選挙を目指す以上立派な候補者で当たり前だ。取り立てて褒めることではない。むしろそうでない選挙屋が群れをなして選挙にたかっている、その現状が寒々しいのだ。投票者が白けるはずだ。

やっぱり日本の空は米軍に支配されていた

 15日の朝日新聞社会面に一段の小さな記事が社会面に出ていた。「那覇空港便遅れる、米軍レーダー故障」という見出しである。何故米軍レーダーの故障が民間機の便の乱れにつながるのか?
 記事の内容はこうだ。
・・・14日午前8時50分ごろ、沖縄本島周辺を飛行する航空機の管制を担当する米軍嘉手納基地の進入管制レーダーシステムが故障した。米軍が復旧にあたったが、約4時間に亘って機能せず、那覇空港への着陸が一時的に出来なくなったほか、欠航や遅れも相次ぎ、沖縄の空は終日混乱した。
国土交通省那覇空港事務所などによると、米軍は無線による誘導に切り替えたが、那覇空港への着陸待ちが長時間に及んだ。50便以上の離着陸が遅れ、1万人を超す乗客に影響が出た・・・
米軍の管制塔の故障で、これだけの国民の生活に支障が出るのである。日本の管制塔の故障であれば迅速に直すに違いない。しかし米軍のレーダーの故障に日本はタッチさせてもらえないのだ。その上に日本の空は完全に米軍の管制下にある。
いやしくも政治家たるもの、国民の生活を守るというのであれば、今すぐこの問題を国会で審議しなくてはならないのではないか。郵政民営化の騒動で空転している場合ではない。

日米軍事協力の実態はすべて法律の外にある

 もう一つ、米軍との関係で驚く記事があった。14日の朝日新聞夕刊のスクープである。
 防衛庁は米国から莫大な額の装備を購入している。ところが代金を前払いしているのに、装備の納品がされないまま放置されているという。たとえばその額は03年度末で286億円に上るという。しかもそのような未清算額が数年度に亘っているという。会計検査院が毎年度問題を指摘しているにもかかわらず放置されてきたという。防衛庁は米側に申し入れているらしいが米側が言う事を聞かないらしい。その資金はどういう状態で放置されているのか。まさか米国の業者の手に渡っていないだろうな。報道によると米国の銀行に預けたままになっているらしい。しかも無利子で。米国の銀行を喜ばせているようなものだ。
新聞に出ていた関係者のコメントが情けない。
「米国の特殊な装備品に依存する限り、受け入れざるを得ない宿命のようなもの。日本の努力だけでは解決できないところが悩ましい」(防衛庁幹部)。
何を言っているのだろう。米国に伝えれば言いだけの話だ。納入を待って支払うと。
藤井治夫という軍事評論家がこう言っている。
「・・・軍同士の特別の関係に依拠したまま、政治があまりタッチしてこなかったところにも問題がある。実態も良く知られておらず、データももっと公開し、開かれた形で問題にメスが入らないといけない・・・」。 当然の事だ。

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2005年06月14日

【バックナンバー】2005-06-14

「外交はホビー」と言い放つ無神経さ

 週刊朝日の6月24日号で田原総一郎が次のように書いている。「ギロン堂」という彼の連載コラムの中の文章である。
 「・・・小泉首相は、かつては常任理事国入りに極めて消極的であった。その小泉首相がなぜ方針を転換したのか。私は外務省の幹部にその理由を問うた。オフレコの約束なので名前は出さないが、彼は『北朝鮮問題が行き詰ったので、いわばそれにかわる首相の”ホビー“なのだ』と説明した・・・”手ごろなおもちゃ“として日本の常任理事国入りを提案したら、小泉首相は提案に乗った。おもしろいと思ったのだろう・・・官僚はホビーに近い軽い気持ちで政策を企画し、運よく実れば、ひそかに快哉を味わうというものなのだろうか・・・」
 実に不愉快な田原の記事だ。
三年前の突然の訪朝にしても、今回の国連常任理事国入りの騒ぎにしても、それが如何に浅薄な理由で始められたかを私は知っている。なにしろついこの前まで一緒に仕事をしていた同僚のやっていることである。手に取るようにわかるのである。だから田原のこの記事を読んでも驚きはしない。  
私がこの記事に嫌悪感をもよおす理由は別のところにある。それは、田原がもったいぶって名前を明かさない「外務官僚」が、このような情報を軽々に田原に話しているという事実である。そして田原がそれを、あたかも外務省とのパイプの太さを自慢するかのように、週刊誌に書いてしまうという無神経さにある。
 この「外務官僚」は、自分が小泉首相を操っているのだと田原に言いたかったのであろう。そして自分だけが持っている機密情報を話すことによって田原に貸しをつくり、田原を味方につけて、今後も何かと自らに有利な報道をしてもらおうと考えたのであろう。一方の田原といえば、外務官僚と親しくすることによって情報源を確保しておきたい、他のジャーナリストとは違う自分を誇示したいと計算したのであろう。
 この二人には、拉致家族の痛みを感じるかけらもない。「外交をホビー」にする小泉首相への怒りや批判はない。あるのは官僚とメディアのもたれあいであり、うまい目を見ながら世渡りをしていこうという自己保身の卑しい根性だけである。許せない連中だ。

 これが在日米軍の実態だ

 6月26日号のサンデー毎日に江川紹子が鋭い問題提起をしていた。それは長崎県佐世保市の県道で起きた米海軍上等兵による交通事故を巡る話についてである。この事件は4日の各紙に「逮捕の米兵を米軍が連れ戻した」として小さく扱われていたが、殆ど見過ごしていた。これほどまでに卑屈な対応をしていたことを知って、改めてこの国の米軍基地の矛盾を感じる。自分が被害者となってかかわったらたまらないだろうと思う。しかし沖縄の住民をはじめ米軍基地を近くに持つ人々は、毎日米軍基地に苦しめられているのだ。そのことを思うと、在日米軍の縮小・撤廃を一日も早く実現することこそ国民的悲願であると思う。
 事件の概要はこうである。3日の午前零時半ごろ米海軍上等兵(39)が乗用車を運転中、軽自動車に追突して運転の男性に軽傷を負わせた。長崎県警相浦署員が駆けつけたが、この米兵は車から降りようとしなかったばかりか、飲酒検査に応じなかったため、業務上過失傷害で逮捕した。ところが通訳と一緒にやってきた米軍憲兵隊員が逮捕を妨害、一人は被疑者の連行を妨げ、もう一人はパトカーの前に両手を広げて立ちはだかった。そして被疑者を基地に連れ帰った。戻ってきたのは逮捕から15時間近くたってからであり、飲酒運転の捜査も出来なくなった。その間に県警と米軍の間で折衝が行われ、「日米地位協定に基づく共同捜査だった」とする米側主張を県警が受け入れ、公務執行妨害行為も正当化された。米兵は二時間たらずで釈放されることになった。
 この事件について、江川は次のように問題提起をしている。
「またか!そう叫びたくなるような事件が起きた・・・日本の領土において、日本の法律が適切に執行できない、これでは現場の警察官としては『やってられっか』という気持ちだろう。
解せないのは日本政府の対応だ。細田官房長官は『米側の行為が問題であるとは考えていない。警察は今後、米軍当局の協力を得ながら捜査を行っていく』と述べるだけで、はなから米軍を擁護した・・・外務省に問い合わせて見た。『(外務省が乗り出すまでも無く)警察当局と米側で調整され、それで解決している。今回も特に困っているとか、そういう相談があったわけではない。日米間のルールに基づいて行われており、特に問題はない』。まるで他人事だ・・・
米軍の対応も、日本政府の態度も、(昨年夏、沖縄の大学に米軍の大型ヘリが墜落した際、立ち入りを拒まれた時と)全く変わっていない・・・アジアの国々が靖国神社参拝を批判すると、『他国が干渉すべきではない』と威勢よく言い切る小泉首相だが、アメリカが相手だと、日本の司法権を侵害されても何も言わない。いつものことではあるけれど・・・」
いつものことであると見過ごしてはならないのだ。我々が日本政府に求める事は「日米地位協定」の見直しに向けて米国政府と直ちに交渉を始めることである。この協定が曖昧な為にいつも最後は米軍の都合のいいように処理されてきた。ドイツも韓国も米国政府と地位協定の見直しを行っている。何故日本だけが改定を行おうとしないのか。いつも「運用」で切り抜けようとする。しかし「運用」で切り抜けようとするから米軍に押し切られてきたのだ。
政治家も官僚もそしてそれらを支える右翼、保守主義者も、中国に強圧的になる前に、まず米国と対等にわたりあって、日本を独立した主権国家、法治国家にしてみろと言いたい。

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2005年06月13日

【バックナンバー】2005-06-13

「非核」日本の名前が泣いている

 先般のニューヨークでの核不拡散条約再検討会議における日本政府の対応を見ても明らかなように、唯一の被爆国が売り物の日本政府が掲げる核廃絶は、あまりにも偽善的である。米国が、実用化に向けて小型核兵器を開発しようとしているにもかかわらず、抗議の一言も無い。
 そう思っていたら、もっと情けないことが起こっていた。核のない世界を願う国々から、日本が「被爆のリスク」をもたらす国として批判されていたのだ。
 12日の朝日新聞、「水平線/地平線」はこう報告している。
・・・世界の4つの非核地帯条約に加盟する国が4月末にメキシコ市に集まった。地域内での核兵器製造や核実験を禁じ、足元から「核兵器のない世界」を広げていこうと取り組む国々の初の会合だ。地味だが大事な会議である。ひな壇には広島、長崎両市長の顔も見える。本来なら被爆国・日本が取り組むべき課題ではなかったのかーそう思いながら開会式を眺めていると、南太平洋の代表サモアの国連大使が挨拶に立った。出てきたのは、意外にも日本への批判を含む言葉だった。「放射性廃棄物船が私たちの海峡を通って日本と欧州間を往来している。そのリスクに我々は不安を抱いている」。同様の批判の声はフジーやカリブ諸国からも相次いだという。
 日本の原発で出た使用済み核燃料が欧州で再処理され、その際に出る高レベル放射能廃棄物は日本に船で戻されて青森県六ヶ所村に陸揚げされる。その通り道にある国々は、美しい海が売り物の観光や豊かな漁場に依存して生きている。「万が一」の事故でも致命的な打撃になりかねないと恐れているのだ。しかも六ヶ所村に建設された再処理工場には、世界の反核団体や研究者から「核拡散につながる」として稼動に反対する声があがっている。
核のない世界を願う少なくとも一部の国々に、日本は「被爆のリスク」をもたらす国として映っている。「唯一の被爆国」という日本の自画像との間に、ズレが生まれている・・・
この記事は大きな問題提起をしていると思う。そういえば同じ12日の産経新聞に、日本政府は、「北朝鮮による平和利用目的の核開発も容認しない」方針を打ち出すことを決めたという記事が載っていた。日本政府の偽善ぶりもいよいよ米国並みになってきたということか。

米軍に支配される日本の空

11日の朝日新聞の小さな投書欄に目がとまった。それは「ニアミス米機、得られぬ記録」という見出しの、江戸川区在住渡邉力(60歳)さんの次のような投書である。
「私が機長を務めた日本航空ジャンボ機が03年11月に那覇空港に着陸する際、米軍のジェット戦闘機と異常に接近した。この問題で、私は『ニアミスでも検証には壁が』を投稿した(04年9月2日)。国土交通省は米軍から報告書の提出を受け(05年1月)、事故調査委員会がその内容を盛り込んだ報告書を5月に公表した。だが、報告書には極めて不満だ・・・米軍機については国土交通省航空局の航空路監視レーダーに基づく粗い記録しかなく、最接近時刻の前後50秒間は位置・高度データがない。米軍嘉手納基地の進入管制レーダーの記録があるはずなのに、利用されていない・・・(記録の提出を米側に求めたのかと国交省に質したが)調査官は「得られなかったということです」とだけ答えた。
航空安全のため米軍とも記録や情報を共有できる事故調査の実現を強く望む」

何故私がこの小さな投書に関心を持ったかというと、つい先日、大阪伊丹空港の航空関係者がつくる「憲法9条の会」で講演を行った時、その会を立ち上げた元機長の冒頭の言葉が強烈な印象として頭に残っていたからである。
すなわちその機長は「戦争になると真っ先に影響を受けるのが航空関係者である。だから平和憲法の大切さを訴えたい」と9条の会を立ち上げた理由を述べた後で、日本の空が米軍関係者に完全に支配されていること明らかにしたのである。その元機長によると、日本の空はすべて米軍の統制下に置かれており、米軍戦闘機の都合がすべてに優先されるため、日本の民間機は危険で困難な航行を余儀なくされているという。驚くべき実態ではないか。
沖縄国際大学への米軍ヘリの墜落事件の際、日本の捜査当局がまったく締め出されてしまった例を思い出すまでもなく、在日米軍の日本での行動は日本の法体系を超えてすべてに優先される。その裏で我々の行動や安全がどれほど犠牲になってきたか。おそらく報道されていない事実はものすごい数にのぼっているのであろう。
一握りの外務省や防衛庁の官僚が在日米軍のとの関係を一手に引き受けて、ひたすら国民に犠牲を求め続けている。そんな歪んだ状態が、是正されるどころか、あらたな日米軍事協力や有事立法によってますます推し進められようとしている。本当に我々はこれでよいのか。

遊び続ける小泉首相とメディア

 さすがの私も頭に来た。13日の昼のテレビニュースで小泉首相がスピルバーグ監督を官邸に呼んで握手している画像が流された。スピルバーグ監督の受賞を祝う為だという。一体なんだ、これは。これが公務とどう関係があるのか。
小泉首相の官邸を使った自己宣伝はますますエスカレートし、とどまるところを知らない。戦前、戦後を通じてこれほど総理の座を利用し、官邸を自己宣伝の為の招客に使った総理を私は知らない。そんなことの為に巨額な国民の税金を使って建設、改修した官邸や公邸なのか。
 このことだけでも十分に腹立たしいのであるが、若いアナウンサーが平然と読み上げる次のセリフに本当に腹が立った。
「・・・忙しい公務の合間に、好きな映画の話でつかの間の安らぎを楽しんだ小泉首相・・・」
小泉首相がどんな忙しい公務をしているというのか。国民生活に関わる焦眉の政策はすべて棚上げし、郵政民営化のドタバタを自作自演してみせる。その郵政民営化も与野党談合の中でいたずらに無駄な時間を費やし、挙句の果ては会期延長だ。小泉首相や政治家が真面目に仕事をしているとは到底思えない。その証拠に休み明けであるというのに、政府の仕事ぶりからはまったく緊張感が伝わってこない。
小泉首相もメディアもただ高給を貪り食って遊んでいるとしか思えない。

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2005年06月12日

【バックナンバー】2005-06-12

昭和天皇の「中国認識」

 11日の毎日新聞、「近聞遠見」で岩見隆夫氏が気になることを書いていた。元宮内庁式部官長の安倍勲(元外交官、国連大使などを経歴)が6月3日の死去したことを偲んで、生前安倍が語っていた言葉を想起しているのだ。
 その記事の中で岩見は、昭和天皇が亡くなって間もなくの頃の、安倍氏の毎日新聞でのインタビューの次のような発言をわざわざ引用している。
 ・・・昭和天皇の考え方は、(他国の)国民に迷惑をかけたというのは、中国だけなんです。日支事変(37年7月の盧溝橋事件)以来、わけもわからずに入って行ってね、散々迷惑をかけた。韓国はまた別なんです。日本は当時、統治していたわけですから・・・(韓国に対して)いろいろ悪いところがあった。それはそれで謝らなくてはいけないが、中国とは違う、という考え方です。中国についてははじめから「いかん」と思ってらした・・・
 この後岩見は78年に昭和天皇が、来日した小平副首相(当時)に対し、「わが国はお国に対して、数々の不都合な事をして迷惑をかけ、心から遺憾に思います。ひとえに私の責任です。こうしたことは再びあってはならないが、過去のことは過去のこととして、これから親交を続けて行きましょう」と謝罪の気持ちを述べたところ、一瞬、は立ちすくんで、電気にかけられたようになって言葉が出なかった」という入江相政侍従長の話を引用し、「天皇の率直な語りが心を打ったのだろう」と述べている。
 岩見はまた、再び安倍の言葉を次のように引用している。
「戦後スカルノ大統領(インドネシア)やガルシア大統領(フィリピン)が来たときでも、陛下はまったく謝っていないのです。『なげかわしい』とおっしゃったのはアメリカだけですよ。何か最近、いっしょくたにして、海部総理があちこちに行って謝っているでしょう。あれは政治家だからいいのでしょうけど、昭和天皇の場合にはなかったですよ、そういうことは・・・」
 そして岩見は次のように自らのコラムである「近聞遠見」を締めくくっている。
「アジア諸国、と安易にひとくくりにしない。歴史認識を深めるには、そうした丁寧な視点も必要である」
 一体岩見は何を言いたいのであろうか。昭和天皇の対応を褒めようとしているのだろうか。しかし他国を武力で侵略、併合しておいて、韓国はいいが、中国は悪いとはどういう歴史認識であろうか。いいも悪いもない。侵略はすべて悪なのだ。アジア諸国を安易にひとくくりにしないとはどういうことなのか。アジアで犯した過ちはすべての国に等しく過ちを犯した筈である。それにしてもアメリカと戦争をしたことだけ「嘆かわしい」と反省する昭和天皇の歴史認識とは何なのか。
  昭和天皇の言葉は、安倍や入江という側近が伝える言葉であるから、本当に昭和天皇がそのように話したか真偽の程は確かではない。それにしても昭和天皇がこのような言葉を発していたということが事実であれば、私は驚く。そして悲しく思う。それにもまして救いようがないのが、昭和天皇の言葉であれば何でもありがたい言葉だと疑わないこの国の言論人である。
 私はこれからの若い世代に心から期待する。昭和史を自分の手で勉強し、考えて、自らの評価を下して欲しいと。そして何物にもとらわれることなく、自分自身で正しいと思ったことは、自信を持ってその考えを素直に表現して欲しい。どんな立派な人の意見であっても、おかしいものはおかしいのだ。自分の判断の正しさを信じる強さを持って貰いたいと思う。

 G8財務省会議の報道に思う

 12日の各紙はロンドンで開かれた主要国首脳会議財務相会議の結果を一斉に報じていた。そしてその報道振りは各紙とも一様に、アフリカ諸国の債務免除と中国元の切り上げの話ばかりである。しかしこの二つの問題についての日本の対応はどう考えても解せない。
 まずアフリカ債務免除の合意である。日本政府は、というより日本の財務省は、本来は債務の免除には反対である。米国も債務免除にはいつも消極的である。その米国が、イラク戦争でブレア首相に恩義に感じたブッシュ大統領が、ブレア首相の言い出したアフリカ債務免除に同調したとしても不思議ではない。現に今度の会議で米国は、急遽方針転換をして英国と一緒に債務免除で一致した。これに慌てた日本は、孤立をおそれて妥協したと言うのである。それが本当なら日本の米国に対する読みがあまりにもお粗末であるということだ。すでにブッシュ大統領が訪米した時に米国の英国支持は分かっていたはずである。
それよりも理解に苦しむのは、安保理常任理事国入りの支持を取り付けるため最大の票田であるアフリカ諸国にODAをばら撒こうとしている日本政府が、何故アフリカ諸国の債務免除に消極的なのかという事である。何故日本は英国に先駆けて提唱しアフリカ諸国を取り込もうとしなかったのか。そうすればODAを新たにばら撒かなくても、アフリカ諸国の好感を得て票集めも出来たであろうに。
よりによって日本がアフリカ諸国の債務免除に反対していたなんて、アフリカ諸国が知ったらがっかりするだろうに。その後でいくらアフリカにODAをばら撒いて見たところで、アフリカ諸国の対日不信は容易には払拭出来ないであろう。もっとも外務省は財務相会議には口を差し挟むことさえ財務省に認めてもらえないのであるから、すべては財務省の外交センスのなさに責任があるのだろう。
 もう一つの残念な日本の対応は、米国と一緒になって中国へ人民元の切り上げを迫ったことである。谷垣財務相はこれまで中国人民元の切り上げについては、「時期や方法は中国自身が判断すること」として米国とは一定の距離を置いてきたはずだ。ところが財務省会議に先立つ日米財務省会談で、スノー米財務長官に対中圧力を求められた谷垣財務相は、「中国政府が果断に対応することが必要」と大きく米国よりに舵を切ったのだ。
日本はかつて85年のプラザ合意で、マルク切り上げを迫る米国を突っぱねたドイツとは対照的に、すっかり円高を飲まされてしまった。その結果日本のバブルははじけて未だにその後遺症に喘いでいる。その誤りを繰り返さないように中国にアドバイスするのが本来の日本の対中国配慮ではないのか。ところがまたもやあっさりと米国の要求を受け入れ、隣国の中国と対立することになってしまった。
外務省は財務省に対し、どうして外交的アドバイスをしなかったのか。ただでさえ中国との関係が冷え込んでいるというのに、ここでまた中国の神経を刺激するような言動をする日本。それを陰で操る米国。いつもの対米従属のパターンである。悲しくなってしまう。

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2005年06月11日

【バックナンバー】2005-06-11

隠れて進められている日本の米軍基地化

 米軍再編への日本の協力は、国民には殆ど伝わってこないが、確実に既成事実化されつつある。
 11日の朝日新聞に、「米軍が座間市の不動産業者を集めて住宅供給を打診していることが判明した」という記事があった。複数の地元業者によると、米軍は500戸前後の戸建てやマンションの供給を求め、打診は昨秋から今春にかけて、5回ほどあったという。
 米陸軍第一軍団司令部が米国ワシントン州からキャンプ座間(神奈川県座間市、相模原市)に移転することは、在日米軍再編の目玉の一つである。すでにこれまでも推測記事が何度と無く流されてきた。
この点について、外務省は今でも、「まだ何も決まっていない」との説明を繰り返し続けている。しかし11日の朝日の記事は、実際は米軍司令部のキャンプ座間への移転がこれまでの日米間の協議で密かに合意されつつあることを教えてくれたのだ。
最近の国会では安保問題は殆ど追及されることが無くなった。それは野党第一党の民主党の安全保障政策が松下政経塾出身の若手ネオコンに握られているからだ。かつての社会党は民主党に埋没し、小泉首相は共産党をハナから相手にしない。こうして国民的議論が無いままに、今年の夏にはあらたな日米軍事協力が小泉首相の手で発表されることになる。耐えられない暴挙だ。その時にはどんなに反対したところで手遅れであろう。
おりしも大野防衛庁長官は、米国が開発を進めているミサイル防衛システムについて、「共同技術研究の段階は済んだ。開発段階に移行する時期だ」と公言し、来年度の予算要求に数十億円の開発費を要求する意向を始めて口にした(6日朝日)。こんな越権発言を聞き流していいのか。さらにまた9日の朝日新聞夕刊には、無人偵察機グローバルホークなどの最新兵器を防衛庁が米国から購入する検討を始めたと報じている。財政難の時にこんな高価な玩具を自衛隊に与えていいのか。壮大なムダである。すべて軍需産業にまみれたブッシュ政権の命ずるままである。
郵政民営化や靖国参拝問題の馬鹿騒ぎの陰に隠れて、我々の生活に深刻な影響を及ぼす日米軍事協力が進んでいるのだ。しかもそれは本来あるべき日本の防衛ではない。自衛隊が米軍の傭兵となる、米国による米国の為の軍事協力なのである。

がんばれノムヒョン韓国大統領

 ひるがえって韓国のノムヒョン大統領の政策はどうか。米国の方針に逆らうような発言を繰り返すノムヒョン韓国大統領の評判はここにきてすこぶる悪い。といってもそれは米国政府の評判である。そして対米従属に徹する日本政府と米国を崇拝する日本の一部保守メディアがその米国政府の片棒をかついでノムヒョン大統領を批判している。
 たとえば11日の産経新聞は、ソウル特派員の久保田るり子記者の「韓国、国際社会孤立の危険」と題する次のような解説記事を載せている。
・・・ノムヒョウン政権は同盟に依存しない「自主外交」を打ち出し、「在韓米軍撤退」が民主化のシンボルになった。いまの韓国の若者にとっては「反米」がかっこいい。「反米」は「民主化」であり、南北民族和解はノムヒョウン政府のキーワードという時代の空気が流れている・・・しかし核問題でぎりぎりの神経戦に入った国際社会の外交感覚と、韓国政府の「北の同胞」を見る視角は、明らかに大きな乖離が生じている・・・
このような産経新聞の論調は正しいのか。同じ民族でありながら冷戦という国際政治の現実に巻き込まれ分断され、朝鮮戦争という形で血まで流し合った南北両国が、冷戦が終わって和解しようと努力することは、尊敬を持って歓迎されこそすれ、批判される筋合いはまったくない。国際社会で孤立しているのはむしろ米国のほうだ。そしてその米国に従うしか能のない日本なのだ。
痛いところをつかれた米国の反発は相当なものだ。ローレス米国防副次官は、「韓国の戦略的価値は終わった。(韓国が米側の要求を受け入れないなら)駐韓米軍を撤退させる状況もある」、「(冷戦時代の陣営外交にはとらわれないとのノムヒョン大統領の)北東アジアのバランサー論は米韓同盟と両立しない概念だ。もし同盟を変えたいなら希望通りにする」などと恫喝まがいの発言を繰り返している(11日産経新聞)。出来るものならやって見ろと私は言いたい。ノムヒョン大統領とそれを支える韓国国民に頑張ってもらいたい。それにしても情けないのがわが外務省だ。谷内正太郎事務次官が韓国国会議員を前にして、「アメリカは韓国を信頼していない」などとブッシュ政権の代弁をして韓国を怒らせた。谷内次官と私は1969年に外務省の門をくぐった同期の仲だ。私は残念に思う。
ノムヒョン大統領は筋を通し続けている。北の混乱時に軍事力を投入する場合でも米軍の展開は不適切でありあくまでも韓国軍を中心としたいと主張し(5月27日赤旗)、在韓米軍の経費負担を8.9%も減少させることで押し切った(10日朝日)。極めつけは6月11日のワシントンでの韓米首脳会談後の記者会見でのワンシーンである。11日の毎日新聞夕刊は次のように描いている。
・・・ノムヒョン大統領はブッシュ大統領に、「米韓同盟は強固ですべてが機能しているということに同意しますか?」といきなり記者の前で迫ったというのである。ブッシュ大統領は不意をつかれて一瞬ひるんだあと、「同盟は非常に強固だ」と応じざるを得なかったという。そのあとブッシュ大統領は「あなたと昼食を共にするのが楽しみだ。おなかがすいた」と切り上げて会場の笑いを誘ったと言う。見事なノムヒョン大統領の一本勝ちである。わが小泉首相にこんな芸当ができるであろうか。出来るはずはない。映画や野球の話しかしない。尻尾を振る事しかしない。第一言葉が通じないのだ。
「ノムヒョン大統領がんばれ」と私はエールを送りたい。

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2005年06月10日

【バックナンバー】2005-06-10

泣く子を拒む

 毎日新聞の夕刊に「戦後60年の原点」と題して、沖縄本土決戦の模様が連載されている。やがて単行本になって出版されるであろうこの連載は、日本中が戦争を知らない世代に覆いつくされていく後世に、必ず語り継がれていかなければならない貴重な記録の一つであると私は思う。
 その連載の6月9日夕刊に、つぎのような文章があった。
 ・・・南部の住民の視界に米兵や戦車が入り始めた・・・怖いのは敵だけではなかった・・・真壁の空き家に避難民たちと隠れた主婦のこんな証言が県史にある。
  親とはぐれたか、5,6歳の男の子が泣きながら家の周りを歩いていた。近寄ってくるたびに避難民たちはその子を追い返した。泣き声で敵に感づかれては困る。「あっち行かんか」としかりつけ、しまいに子は泣きながら去った・・・
  ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」(岩波書店)の中に、日本にやってきた米占領軍の一人が終戦直後の日本を見て、女や子供が苦しんでいるのを見て助けようとしない日本人の民度を嘆いたとことが書かれていた。
欧米はもとより世界の開発途上国のなかでも弱者に対する思いやりは当然視されている。我々日本人はその意味で本当に情けない国民であるのかもしれない。
そしてその民度の低さが今日まで続いているのではないか。これほどまでに弱者が切り捨てられている世の中で、誰もが行動を起こそうとしない。自分だけがよければいいという考えが社会を覆っている。
  この毎日新聞の沖縄の記事には、また、次のような文章が綴られている。
・・・内大臣・木戸幸一は天皇に拝謁し、つぎのような時局収拾試案を言上した。沖縄戦局は不幸な結果に終わり、現状では日本は秋以降戦争遂行能力を喪失する。全国は空襲で焼き払われ、衣食の欠乏は人心不安を起こす。この際天皇のご勇断を仰ぎ、親書をもってソ連に和平仲介を頼みたいー木戸は「皇室の安泰と国体の護持」がぎりぎりの講和条件と考えていた・・・
  当時の日本の為政者は、これほどまでに国民の生命を無視し続けていたのである。日本人はこの国の真の戦争責任者は誰であったのかを、歴史を振り返って今一度考えたほうが良い。国民の困窮を一切省みない日本の支配構造は、A級戦犯の孫や戦争で儲けた横須賀の政商の4代目が為政者となっている今日においても、全く変わっていないのである。このことに腹を立てないほうがおかしい。中国の反日感情に怒りの矛先を向けるのはピント外れも甚だしい。

 小泉首相の本当の大罪

 小泉首相といえば郵政民営化、靖国参拝、対米従属外交などが話題になる。しかし小泉首相の真の大罪は、未曾有の経済負担を低所得者に押しつけて恥じないところにある。
 10日の朝日新聞に小泉首相の諮問機関である政府税制調査会が、各種税控除を軒並み縮小・廃止する抜本見直しを提言するという記事が出ていた。これは5千万人のサラリーマンの懐を直撃する増税である。
小泉首相はこの4年間、「改革」を叫ぶだけで財政再建になんら効果的政策を打ち出してこなかった。その結果が膨大な財政赤字の累積である。年金、各種保険などあらゆる手当てを減らしてもなお財政赤字は膨らみ続けている。もはや増税は不可避であるが、支持率を落としたくない小泉首相は任期中の増税はやらないと繰り返し発言してきた。財務省や政府税調は、来年秋の小泉退陣を待って消費税を引き上げようとしている。しかし消費税引き上げでも足らないので、所得税控除をなくす形でさらなる増税を目論んでいるのだ。
こんなふざけた話はない。しかし政治家もメディアも有識者も騒がない。それは彼らの暮らしが豊かだからだ。少しぐらいの増税では困らないからである。テレビのキャスターや常連の評論家などのふやけた態度や評論を想起するといい。まるで他人事のような愚につかないコメントをしながら高収入を得ているのである。こういう連中が、政府批判をするふりをしてガス抜き役を演じ、実際は小泉首相を支えているのである。
その小泉首相は何をしているのか。10日の各紙は、官邸の庭園が完成したといってその散策模様を報じている。昨日は女優と写真におさまっていた。サマービズというわけのわからないファッションを導入した一週間ほど前は、「お色直し」と称してシャツをとっかえ、ひっかえして、それが連日のテレビや雑誌で流される。
この国のリーダーがそんなことに現を抜かしている間にも、生活苦を理由に自殺者が続出し、社会の荒みを象徴する凶悪な犯罪が増え続けている。腹を立てないほうがおかしい。

石原都知事をここまで増長させた原因

 10日の毎日新聞、「記者の目」の日下部聡記者の指摘は的確だった。日下部記者は、石原慎太郎をここまで増長させたのは、周囲の「迎合」にあったのではないかという。浜渦副知事ら側近だけではない。都庁官僚、都議会、メディアなど石原周辺が石原慎太郎に迎合し続けてきたのだ。
都庁を去った元幹部の次の言葉がこれを物語っている、
「・・・器用な役人は、知事が喜びそうな事を先取りしてやってしまう。知事は対立が好きだから、わざと現場と衝突するやり方をしてアピールする・・・多くの都幹部は、最初は違和感があっても、次第に進んで適応するようになった。それができなければ都庁を去るしかなかった。『自分』を持たない人が多いということでしょう」
都教育委員会が全国で有数の厳しい「国旗・国歌」の強制を行っているのも、東京都立大学が強行に「首都大学東京」に統合されたのも、石原慎太郎が逐一指示しているというよりも、教育委員長、都官僚が先取りして行っているのだ。浜渦副知事に辞職を迫ったのも議会のチェック機能が働いたというより権力闘争の所産だ。今でこそ「週2,3日しか登庁しない」という批判が決まり文句になったが、これは最近始まったことではない、各メディアは石原知事を「ポスト小泉」、「ご意見番」と持ち上げるばかりで、地方自治体の長としての適格性を殆ど検証してこなかったのではないか。
そして日下部記者はつぎのように締めくくっている。
「・・・都知事は絶対権力者ではない。都民が税金を預けて仕事を委託しているのである。石原知事がそれに見合った仕事をしてきたのか、有権者が冷静に見極める時ではないか・・・」
この言葉はそっくり小泉首相にも当てはまる。

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2005年06月09日

【バックナンバー】2005-06-09

まだ騒いでいるのか靖国問題

 中国から帰ってきた。日本の新聞はまだ靖国問題に関する相も変わらない記事ばかりだ。
中国を離れる直前の8日の北京飛行場に、橋本龍太郎が大勢のお付を従えて現れた。日本に帰って9日の新聞を見たら、橋本がトウカセン国務委員(元外相)と会談したという記事があった。
同じ9日の新聞に、加藤元自民党幹事長が野田聖子や園田博之ら派閥横断の議員を連れて日中関係改善に向けて訪中するという記事がのっていた。
そうかと思ったら、町村外務大臣が、訪中した野田毅議員を「中国に行ってゴマをする人がいるから日中関係がおかしくなる」と批判して野田議員と喧嘩している記事がのっていた。おまけに9日の朝日新聞は、この喧嘩について、「外交で政府がしくじっている時に、見かねて動いた議員外交を貶めるのはいかがなものか」などと野田毅を弁護するようなピントはずれの意見を述べている。
 一体この国はどうなっているのか。今日本が国を挙げて行うべきは、国益を損ねた小泉首相を辞めさせることだ。それができなければ小泉首相に8月15日の参拝をさせたらどうか。元総理経験者や国会議長が参拝を止めろといい、小泉首相が一人信念を曲げないと言い張る、それをメディアが毎日のように報道する。テレビのコメンテイターは堂々巡りの評論を繰り返す、まるでこの国は極楽のような国だ。もっとすることはあるはずだ。論じる事はあるはずだ。
中国詣でをする議員たちは何をしに行っているのか。中国の言い分を御用聞きに行っているのか。それならば必要はない。中国の態度は一貫して明らかであるからだ。小泉首相の靖国参拝の正しさについて中国を説得する為に行っているのか。それならばむしろマイナスだ。小泉首相が説得できなかったことを下っ端がやって何になる。中国の意見を伝えて小泉首相に参拝を止めさせようとしているのか。それは無意味だ。小泉首相が聞く耳を持つはずは無い。
結局はパフォーマンスではないのか。中国とのパイプがあることを誇示するために政治家がぞろぞろ中国詣でをしているのだとすれば小泉首相以下のパフォーマンスだ。
 日本のメディアも国民もよく考えるべきだ。日本国総理の参拝は不適切であり間違いなのだ。それでも小泉首相が強行するのであれば、8月15日に約束通り行ってみろと突き放せばいい。どっちに転んでも小泉首相はおしまいだ。

 イラク戦争の評価は定まった

 ブッシュ大統領がどのような強弁を繰り返そうとイラク戦争の評価は定まった。それはイラク情勢がいつまでたっても改善しないからではない。あれほどブッシュ大統領を支持した米国民の過半数がいまやあの戦争を支持しなくなったからだ。
 9日の各紙は米紙ワシントンポストとABCテレビの合同世論調査の結果を報じている。それによるとブッシュ大統領の不支持率は52%と就任以来最低に落ち込んだのみならず、イラク戦争が「泥沼化している」と答えた人は65%に上り、「イラク戦争後も米国は安全になっていない」と考える人も52%となった。これらの数字はこれからも増え続けていくであろう。いくらブッシュ大統領が強がりを言ってもイラク戦争に対する米国民の評価は定まったのだ。世界の世論の評価はとっくに定まっているのであるから、これで文字通りイラク戦争は失敗だったということになる。
 それににもかかわらずブッシュ大統領が米国の大統領にとどまっているところに世の中の矛盾がある。理由も無く命を奪われた無辜のイラク人の無念さが悲しい。
 それにしても日本人の無神経さはどうだ。泥沼化したイラク情勢に誰も関心を示さなくなった。いまでも自衛隊が駐留し続ける不当さと税金の無駄遣いを誰もとがめない。それよりもなによりも、あの戦争をあっけらかんと支持し、ブッシュ大統領の言いなりになり続ける小泉首相を、許してしまう無神経さ。不正や不条理に対する日本人の感覚の鈍さに、私は時として耐えられない虚しさを感じるのである。

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2005年06月04日

【バックナンバー】2005-06-04

私は5日から8日まで北京に行きますので「メディアを創る」は9日まで休みます。ご了承下さい。

英雄か裏切り者か

 ニクソン元大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件で、ワシントン・ポスト紙に情報提供した「デープスロート」が名乗り出た。連邦捜査局(FBI)の副長官マーク・フェルト氏(91)だったというニュースが全米を揺るがしている。米メディアは「国を救った英雄か、あるいは政府の裏切り者か」という賛否両論の見解を報じているという。
ニクソン元大統領のスピーチライターだったパット・ブキャナン氏は米テレビで「ひどい奴だ」と批判、他方マイク・グラベル元上院議員(民主)は「政府をチェックするには密告者が不可欠であり、神に密告者を感謝しなければならない」と述べたという(2日産経新聞)。クリントン前大統領は、情報漏えいには否定的な見方を示しながらも、「彼は正しい事をしたと思う」と語り、ラムズフェルド国防長官は「政府内で悪事を発見した者は、司法省か適切な部署に報告する義務がある」と述べた(4日日経新聞)。ブッシュ大統領は記者団に感想を求められ、「判断を下すには、もう少し状況を知らないと。とにかく驚いたよ」と述べるにとどまったという(同上産経新聞)。
再選されたニクソン大統領を辞任に追い込んだ歴史的密告である。評価が分かれるのは当然であろう。私はむしろ次の点に日米の彼我の違いを思った。
一つは三十年以上も秘密を守り通した米国ジャーナリズムの密告者保護の徹底である。日本で同様のことが行われれば、密告者が見つけ出されるのは時間の問題であっただろう。そして密告者は英雄視されることなく処罰されたであろう。
もう一つは、「権力による盗聴行為は民主主義と人権を侵害する重大犯罪である」として、大統領弾劾を決議した米国議会の凄さである。日本では公権力による盗聴行為や人権蹂躙は日常茶飯事である。それがいくら明らかになっても、権力者が国会決議で弾劾されることはない。日歯連における不正政治資金受領の問題を想起するまでもない。それどころか日本では国会そのものが与野党の裏取引、談合の場であったのだ。日本ではウォーターゲート事件は決して起こらない。
最後に付言したい。新聞記事を読んで私がもっとも興味深く思ったのは、密告の背景に、FBI長官への昇進を望んだフェルト氏の意向に反してニクソン氏が別の司法省高官を長官に任命したという事情があったとされている点である。このことがフェルト氏の行動に対する評価を複雑なものにしているらしい。
しかし私はいかにも人間らしい話だと思うのである。密告や反逆に踏み切るには余程の覚悟がいるに違いない。人をしてその覚悟に踏み切らせるものは抑えがたい私怨があることが多い。そしてその私怨の多くは人事や処遇に関する不満から来るところが多いことは歴史が教える通りである。それは見苦しい事には違いない。しかしそれでも敢えて私は言いたいのだ。その動機がどうであれ密告や反逆で失うものはあまりに大きい。それを覚悟で行動に移すことは、保身の為に犯罪的行為に加担し、何があってもウソつき続けて恥じない連中と比較すれば、はるかに有益であると。

韓国漁船逃走事件に思う

 日本の排他的経済水域に侵入していた韓国漁船の捜査をめぐって、またもや小泉首相の自己中心的なご都合主義が法を歪めた。
海上保安庁は、国連海洋法条約に基づいて違法操業の外国漁船を追跡した。海に落ちる危険を顧みず、違法船に乗り込んで職務を忠実に執行しようとした保安官の態度は立派だと思う。その保安官を乗せたまま韓国漁船は逃走したのだ。どう考えても韓国漁船側に非がある。しかし日本政府は国民に知らせずに三日間も水面下で「外交交渉」を行った末、韓国船の船長が漁業法違反を認め50万円の担保金を支払う事で、これ以上の捜査をすることなく容疑者を釈放した。
韓国のメディアが「海上保安官から棒で殴られた」と報道する韓国漁船乗組員の証言については、海上保安官の名誉の為にもはっきりさせるべきであるし、「韓国漁船は日本の排他的経済水域を侵犯したものの、操業はしていなかった。冷凍庫が故障して操業できない状態で漁具は格納庫にいれたままだった」という韓国警察の発表もいかにも不自然だ。それなら日本の排他的経済水域内をなぜ航行していたのか。
中国の原子力潜水艦の領海侵犯の時もそうであったが、領海侵犯、排他的経済水域侵犯という違法問題を、政治的な配慮で不透明な形で終わらせるのは不適当だ。ましてやその理由が、自らの靖国参拝発言が原因でギクシャクした日韓、日中関係をこれ以上悪化させたくないという配慮からだとすれば、あるいは安保理常任理事国加盟入りを控えて両国との関係の悪化を避けたいと思うのであれば、それは本末転倒だ。
小泉首相は国会で、「靖国参拝のどこが悪い」、「A級戦犯と参拝は関係ない」、と韓国、中国を逆なでし続けている。それが負い目となって、本来毅然とした態度で臨むべき外交を曇らしてしまう。これが小泉首相の独りよがり外交の姿である。
小泉首相は2日夕、「よく協議してまとまった。話し合えばわかる」と官邸で記者団に語ったと言う(3日読売)。ツケをまわされるのはいつも末端の現場の職員である。

不在のままの日本の安全保障政策

4日の朝日新聞に、小さいが見過ごせない記事を見つけた。シンガポールで開かれる「アジア安全保障会議」に出席するラムズフェルド米国防長官が、専用機の中で日本の同行記者団に次のように語ったというのだ。
「自国自身の問題については、自国側で(解決して)発表すべきだ」
これは、こう着状態にある普天間基地の返還問題について、日本側の打開案をはやく示すよう苦言を呈した発言であると、その記事は書いている。
これには驚いた。日本政府当局は米国側に未だに自らの考えを提示していなかったというのか。米国が名護市辺野古沖への代替施設にもはやこだわっていないということは、かなり前から幾度となく報じられてきた。それを受けて、小泉首相なども辺野古沖以外への移転先を考えろといい始めていた。それにもかかわらず日本側は自らの政策をいまだ決められないでいるのだ。
国民に知らせずに米国に言われるままに密かに米国と移転先を合意しているのかとてっきり思っていた。しかしこのラムズフェルド国防長官の発言はいまだ日本側が方針を決めかねていることを示している。もしそうであれば我々はこれから日本政府の動きを監視し、基地のたらいまわしを許してはならない。
4日にシンガポールで開かれた大野防衛長官とラムズフェルド国防長官との会談で、年内には決定することで合意したという。これからは政府の動きから目を離してはいけない。

小泉首相の靖国参拝発言を批判する読売新聞

4日の読売新聞はその社説の中で、2日の衆議院予算委員会での小泉首相の靖国参拝発言を次のように批判している。
「小泉首相は、一体これまで、どのような歴史認識、歴史観に基づいて靖国神社に参拝していたのだろうか・・・2日の衆院予算委員会で、岡田代表の質問に答えて、いわゆるA級戦犯について『戦争犯罪人であるという認識をしている』と述べた。”犯罪人”として認識しているのであれば、『A級戦犯』が合祀されている靖国神社に、参拝すべきではない・・・小泉首相はまた、岡田代表の質問に答えて、『首相の職務として参拝しているものではない。私の信条から発する参拝』と述べ、私人としての立場を表明した。私的参拝であるなら、参拝の方法も考えるべきではないか。昇殿し、『内閣総理大臣』と記帳するのは、私的参拝としては問題がある・・・」
 要するに読売新聞の社説は、小泉首相の靖国参拝には、信念もなく考え方の統一性もないと批判しているのだ。読売新聞がこの社説で投げかけている問題はいずれも極めて重要な点である。岡田党首にもう少しまともな質問力があったなら、この読売新聞の社説のような本質的な矛盾について、2日の国会質問で小泉首相を問い詰められたはずである。
 最近の国会論争が全くつまらなくなってしまった最大の理由は、もちろん小泉首相の人をバカにした粗雑な国会答弁にその根本理由がある。しかしもし野党の質問時間を独り占めしている民主党の議員に、もう少しまともな議員がいて、小泉首相の開き直り答弁を追及できたなら、国会答弁はもっと面白いものになっていたに違いない。小泉首相の暴走を許している最大の原因は、野党第一党である民主党のふがいなさにあるのだ。

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2005年06月02日

【バックナンバー】2005-06-02

普天間基地の返還だけで終わらせてはならない

 2日の新聞各紙の中で最大のニュースは、毎日新聞の「普天間基地を辺野古沖へ移転することを日本政府が断念した」というスクープである。
日米両政府で続けられている在日米軍再編の協議は日本国民にとって最大の関心事である。それにもかかわらず政府は一切を国民に明らかにせずにコソコソと隠れるように米国と協議を続けてきた。
そんな中で断片的に報道されて来たのは、普天間基地の代替施設として1999に合意された名護市辺野古沖への移転について、「住民の反対でいつまでたっても建設が進まないことに業を煮やして米国があきらめた」ということであった。米国が、「辺野古沖への移転はもう行わない」と言っているのであるからそれで決まりのはずなのに、それでも政府はボーリング調査を強行して辺野古沖への移転の準備を進めている。こんな馬鹿なことがあって良いのか。住民の反対を押し切り、税金をドブに捨てている官僚の無責任さを放置していいのか。
政府が辺野古にこだわるのに、強い理由があるわけではない。辺野古をあきらめたらその代替地を探さなければならない、その場合はあらたな住民の反対にあって対応に苦慮する、辺野古についてはもう決まった事だからそこに造ってしまうのが一番楽だ、ただそれだけである。なんという情けない根性であろうか。住民の為に米国と交渉しようという、公僕としてあたりまえの感覚が、微塵も感じられない。
2日の毎日新聞の報道によれば、米軍再編の際のもう一つの懸案として、騒音被害と事故の危険性の高い「厚木基地の空母艦載機の移転」という問題がある。そしてこれについては岩国基地に移転するということで決まっていることで密かに米国と了解していると言う。地元住民に対しては、「岩国基地を軍民共用化にし、その為に、あらたな滑走路をつくったり、移転部隊の家族住宅を建設したりして景気浮揚策をはかる」というアメを与えるという。
もういい加減にそのようなごまかしはやめたほうがいい。基地のたらいまわしや、餌をちらつかせた住民の懐柔策は、住民の愚弄である。同じ国民に痛みを押し付ける官僚たちは、人間として恥ずかしいと思わないのか。
戦後60年もたつというのに、日本の主要地をかくも広く、深く米国に軍事基地として提供し続ける日本政府は、国民の生活をなんと考えているのであろうか。ドイツや韓国やフィリピンなどがどんどんと米軍基地を減らしている中にあって、何故日本だけが米軍基地削減の交渉が出来ないのか。我々は米軍再編を機会に、在日米軍の削減、撤退を本気で日本政府に迫るべきだと思う。

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2005年06月01日

【バックナンバー】2005-06-01

昭和天皇こそ最大の米国追従者だった?

 1日の朝日新聞が大スクープを放った。立教大学の中北教授と沖縄国際大学の吉次助教授が、それぞれ米国で公文書を発見し、終戦直後から70年代初めの間に、昭和天皇が米国の日本占領に感謝し、米国の軍事力の行使を賞賛していた数々の発言をしていた事を明らかにしたと報じたのだ。
 これが本当なら日本の戦後史は書き換えられなければならない。中北教授は「・・・天皇の発言は憲法上の問題をはらんで(おり)、反共を共通点とした天皇制と米国の結合関係を浮き彫りにしている。戦後の保守的ナショナリズムが親米を基調とした理由の一端をうかがわせる意味でも興味深い・・・」と書いている。
興味深いどころの話ではない。戦後の対米従属外交の源は昭和天皇にあったということではないのか。戦後の日本外交は、天皇、保守政治家、官僚、財界が一体となって、反共、米国追従政策を推し進めたと言えないのか。目からうろこが落ちるとはこのことだ。
 実は昭和天皇の安保体制への関与を明らかにした学者は以前にもいた。その一人が豊下楢彦氏である。彼は確か現在は、関西学院大学かどこかの教授であると記憶しているが、その豊下教授が京都大学の助教授時代に、「安保条約の成立―吉田外交と天皇外交―岩波新書(1996年12月発行)」-という著書を世に出した。その中で氏は、昭和天皇が新憲法の下で象徴天皇になった後も、マッカーサー司令官と単独で何度も会見し、自らの戦争責任の回避と、そのための米国の日本支配について要請し、もたつく吉田茂に安保条約の早期締結をつよく求めたと推論しているのである。
豊下教授はその著書の中で、例えば次のような言葉を引用している。1946年当時、頻発する労働争議について天皇がマッカーサー司令官に自らの思いを伝えたくだりである。
「・・・日本人の教養いまだ低く、且つ宗教心の足らない現在、米国に行われるストライキをみて、それを行えば民主主義国家になれるかと思うような者も少なからず・・・」と激しく日本国民を批判し、マッカーサー司令官にその取締りを要請した・・・
 そして豊下教授は次のように述べている。
「わずか一年数ヶ月前まで、天皇への限りない『宗教心』を持って『天皇の戦争』を戦った一億の日本人を、教養が低く、且つ宗教心が足らないと天皇陛下がマッカーサー司令官に言ったことを、国民が知ったら、激怒したに違いない」
 今日でも昭和天皇について語ることはタブーである。しかも終戦前後の昭和天皇の発言などについては断片的なものしか公表されておらず真実は謎のままである。しかし少なくとも米国公文書では様々な情報が記録、保存されている。わが国においてこのような文書が公表されないことは残念だが、少なくとも米国公文書だけでも丹念に解き明かし、事実を後世に残すことは、わが国の歴史家や学者たちの責務であるとつくづく思う。

過去を記録する重要性

 1日の朝日新聞、「世界の窓」において、英オックスフォード大学のアッシュ教授が極めて的確な論評を書いている。
 それは戦後60年たった今も欧州の人たちが過去を分かち合っているようで、それは同じ過去ではないというのだ。彼は先般ロシアを初め各地で開催された終結60周年記念式典を通じて、次のように書いている。
 「・・・60年の歳月を経てなお、ワルシャワでの戦争の記憶はモスクワの記憶とは相容れない・・・プーチン大統領にとって1945年5月9日は赤軍が単独で欧州の大半をファシズムから開放した日だが、バルト三国の人々にとっては、その日は全体主義的支配者がナチからソビエトに移行した日だ・・・ブッシュ大統領は赤の広場での戦勝パレードに出席し演説したが、その中でロシア側(の立場にたつこと)でなく、中・東欧諸国の歴史認識に同調した・・・いつもは臆病な欧州委員会も、『われわれは、第二次世界大戦終結が独裁主義の終結とはならず、真の自由がベルリンの壁の倒壊までもたらされなかった。(その間犠牲になった)何百万人もの人々を忘れない』という声明を発表した・・・」
 彼は続けてこう述べている。私がもっとも強く共鳴を受けた箇所である。
「・・・最後の生き証人が亡くなっても歴史的事実は変わらないことを認識すべきだ・・・政治機関が明らかな史実を否定したり隠したりし始めたとすれば、それは吹き出物がはしかの前兆であるのと同じように、要注意の兆しだ・・・野蛮な過去の事実を知る権利が欧州市民の一人一人にあるというのが、この大陸が政治的に健全であるための前提条件だ・・・」
 アッシュ教授のこの論説を読んでつくづく思う。文部省の教科書検定は廃止すべきではないのか。自虐史観でも皇国史観でもなんでもいい。好きなように教科書を書かせればよい。小泉首相のように勝手な発言も好きなだけさせればよい。しかし史実は一つである。その史実をどのように解釈し捻じ曲げようとも、間違った解釈や主張はやがて内外の批判に耐え切れなくなるに違いない。大切な事は史実を語り継ぐ事である。最後の生き証人がなくなりつつある今こそ史実だけは正確に残していかなければならない。それを政治で捻じ曲げようとすることは、天に唾することなのだ。

 「日本車の値上げは不要」とロックフェラーが言った

  1日の日経新聞に、小さいが、しかし見逃せない記事が出ていた。米外交政策に大きな影響力を持つジョン・ロックフェラー上院議員(民主)が5月31日の都内の講演において、「(日本車を)値上げしようと思っている方がいるようだが、そういう考えは良くない・・・米国は自由な市場。米国人は国の名前で自動車を買うわけではない」と述べたのだ。
  この問題は、かつて4月25日に、経営苦境が続くGMなどの米国自動車業界に配慮した奥田日本経団連会長が、「技術提携や値段をいじるとか、多少息つく時間を与えることは大事だと思っている」と発言したことから始まる。
その翌日の26日、ホンダの雨宮副社長は、同様にホンダの記者会見で、「(価格設定は)顧客や市場を見ながら決めていくもの。顧客を無視して、支援的意味合いの値上げなど考えられない。トヨタや自動車工業会との間で(値上げ検討の)話をしている事実も一切無い。独占禁止法(の存在)を(奥田さんは)どう考えているのか」と否定的な見解を示した。
これに対して奥田会長は5月9日の記者会見で再び発言し、「私も日本経団連の会長だし、トヨタ自動車でここまでやってきた人間だ。当然そういうことを十分に考えて言っている。よその会社に協力を求めたことは一切無い。つべこべいろんなことを言うのはけしからん」とつよく反論するというおまけまでついた。
 そこへきて31日のロックフェラー氏の発言である。ロックフェラー氏は北米市場で日本車のシェアが高まることに問題はない、かつてのような日本車排斥運動は起きないと強調したのである。むしろトヨタが米国メーカーを凌駕するような態度を見せることを心配すると不快感を示したのである。
奥田会長はロックフェラー氏の発言に果たしてどのような反応を見せか、これは見ものである。

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