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2005年04月28日

【バックナンバー】2005-04-28

市議会議員の手当て

 28日の朝日新聞の「私の視点」というコラムに、則竹勅仁(のりたけくにひと)という名古屋市議の投稿記事があった。正しい指摘である。
 すなわち名古屋市議の手当ては過剰だと次のように問題提起しているのだ。名古屋市議は、月額報酬101万円とは別に、議会や委員会に出席すると1日につき1万円の「費用弁償」が追加される。これは地域の名士が手弁当で地方議員をしていた時の名残だという。つまり本業を休んで頑張ってくれているのに無報酬では申し訳ない、交通費くらいは出そうということでつくられた手当てだったのだ。だから、地方議員に報酬が払われるようになった時点で廃止すべき手当てなのだ。ところがなくなるどころか、議員報酬の高額化と歩調を合わせるように肥大化してきた。
 そもそも議員には、市内に網の目のように張り巡らされている地下鉄・市バスの無料乗車券が支給されている。加えて資料作成費と称して、月額55万円の政務調査費がつく。要するに経費の二重取り、三重取りが行われているのだ。
 それに見合った仕事があるのか。市民のために意味のある仕事をしているのか。議会の開会日は年間70-80日程度だという。しかも1日せいぜい数時間の仕事だ。なんという厚遇。そのうまみ故に、全国的に政治の世襲化が進む。
 則竹市議はこのように解説した後、次のように警鐘する。
「・・・議会は行政をチェックする役割を担う。役所の無駄を問いただすためには、議員自身が特権などを持ってはいけない。行革が進まないのは、議員も役所も特権を享受する為に馴れ合っているからだ。公僕たる議員と言う民主政治の原点を見つめなおすことが、今の日本に求められている・・・」
 このことは、既に民主党の河村たかし(愛知1区)がその著書「国破れて議員あり」(徳間書店)の中で主張しているところだ。彼は言う。
「・・・政治の内実は自民も民主もどっちもどっちです。議員の特権を享受して、生活の為に議員をやっているだけの人が多い・・・地方はオール与党体制です。やっていることは公務員と組んで利権を確保する事だけなんです。国会議員だって選挙で世話になるから地方議員には頭があがりません・・・本当の対立軸は『自民対民主』ではなくて、『職業議員対国民』なんです・・・」

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2005年04月27日

【バックナンバー】2005-04-27

この国の違憲訴訟

 26日、東京地裁で違憲訴訟の判決が下された。小泉首相や石原都知事の靖国参拝を違憲とする訴訟に、東京地裁の柴田寛之裁判長は「訴えの利益がない」として門前払いをした。憲法判断を回避したのだ。
 27日の毎日新聞の報道によれば、全国6地裁で起こされた靖国訴訟はこれで1審判決が出揃ったという。福岡地裁判決(04年4月)が「宗教的活動にあたる」として違憲と判断した以外、裁判長はすべて憲法判断を放棄した。
判決について小泉首相は26日夕官邸で記者団から質問され、「裁判にされるような問題じゃないと思うんですけどね」と語った。石原都知事は、「判決は極めて当然。差し止めを求める事自体がおかしい」とのコメントを発表した。
 違憲訴訟については、靖国参拝と並んで自衛隊のイラク派遣違憲訴訟が全国で行われている。私も名古屋訴訟の原告の一人に名を連ねている。北海道の箕輪元自民党衆議院議員の違憲訴訟も何度か傍聴した。憲法を少しでも学んだ者ならば自衛隊のイラク派遣が違憲であることはわかるはずだ。しかし裁判官はここでも正面から違憲審査をしようとはしない。やはり「訴えの利益がない」として門前払いに違いない。
 この国の司法はどうなっているのか。これほどまでに政治に屈していいのだろうか。裁判官は出世に目がくらんだ官僚に成り下がっている。「法の支配」の崇高さから目をそむけている。どのような権力者であっても法の前には平等である。法を犯せば等しく裁かれなければならない。なぜこの民主主義の基本を大切にしないのか。何のために法曹を志したのか。
 違憲訴訟は続けよう。裁判官が権力を裁く事が出来なくても、我々が彼らを裁くのだ。「法の支配」を無視する者は、「法の支配」によって必ず仕返しを受けるようにしなければならない。

 シーファー駐日大使について

 26日の日経新聞、「ニュース なるほど」で、編集委員の春原剛氏がシェーファー駐日大使について、次のように書いている。
 すなわち、日米関係についてアーミテージ前国務副長官に頼りすぎていたブッシュ大統領は、二期目において対日外交の「直轄」を意識し、より自分流を押し出そうと親友をかつぎだした。政府内で知日派人脈が先き細る中で、彼はいわば最後の切り札である・・・と。
 買いかぶりもいいとこだ。彼の前任地は豪州である。米国にとって豪州は存在しないも同然の国だ。米国の言う事を何でも聞く国だ。駐豪州大使の頃の彼の評判は悪かったらしい。ブッシュ大統領の意向を100%押し付けようとしたからだ。外交なんてものはシェーファーの頭にはおよそないのだろう。ただブッシュに命ぜられるままにそれを伝えるだけだ。日本はまさにブッシュにとって豪州並みに見られているということだ。あるいはそれ以下に見られているかもしれない。
こんな大使が派遣される真の原因は日本のせいだ。戦後60年もの間、これほど米国との関係を重視してきた日本にとって、親日、知日の米国人脈をつくれなかった日本の政治家、官僚の貧困さを示すものだ。その一方で米国の有力な人物にとって日本は魅力のない国ということだ。喜んで日本に来るという人物がいないということなのだ。シェーファーはブッシュに頼み込まれて日本に来たに過ぎないのだ。彼は日本に溶け込もうとしないのではないか。日本を理解しようとしないのではないか。なぜならば彼の仕事はブッシュの要求を伝えるだけであるからだ。もちろんブッシュとともに去っていく男だ。


GMを助けるトヨタ

トヨタの奥田会長がまたしても大胆な発言をした。米国自動車業界の不振が再びトヨタ叩きに向かうことを恐れ、25日の記者会見でこう述べたという(26日毎日新聞)。
「GMを含め、米自動車業界を憂慮している。自動車は米国の象徴的産業なので、日本も対応を考えないといけない」。まるで米国の大統領が言っているようだ。しかもそのあとに続くセリフがふるっている。
「値段をいじるとか、多少息つく時間を与えることは大事だと思っている」
つまり北米市場での人為的な値上げを行い、自らの価格競争力を減じて、米国車の売り上げが伸びるように助けると言っているのだ。
トヨタの思惑は勿論ある。多少は利益を減らしても、日本たたきが起きて米国の市場を失うよりは得だということだ。収益を上げているトヨタにとっては、その程度の利益の移転はたやすい事だと言っているのだ。しかしその利益はどこから来ているというのか。我々消費者が高い値段で買っているからではないのか。米国に利益を与えるくらいなら、国内価格を下げてまず日本の消費者に利益を還元すべきではないのか。
27日の日経新聞にホンダの雨宮福社長の言葉が載っていた。
「(価格設定は)顧客や市場を見ながら決めていくもの。顧客を無視して、支援的な意味合いの値上げなど考えられない・・・独禁法をどう考えているのか」 
痛烈な皮肉である。こちらのほうが経団連会長奥田の言葉よりまともだ。

韓国が見せた対米自主外交

 少し前のことになるが、16日の毎日新聞で、「韓国政府が米国に対し、北朝鮮の異常事態を想定した米韓合同作戦計画の作成中止を求めた」という記事があった。「韓国の主権行為に重大な制約をきたしかねない」という理由から反対したという。
 今度は財政支援の減額だ。27日の産経新聞に、「在韓米軍に対する防衛費負担額を対2004年比で8.9%減らした」という記事が載っていた。即ち、2005年は日本円で約680億円に減額するという。この額は2006年も同額である。最終的に米が譲歩したという。
 この記事を読んでつくづく韓国が羨ましく思えた。ひるがえって日本はどうだ。沖縄の在日米軍削減一つ米国に要求できないでいる。思いやり予算についてはスズメの涙ほどの削減しかできず、韓国の10倍ほどの負担を続けている。
 在外米軍が世界的に縮小される中で、日本だけが米軍機能の強化の負担を背負い続けている。

核拡散防止条約の再検討会議

 核拡散防止条約の再検討会議が5月2日からニューヨークで開かれる。そもそも核不拡散防止条約は有効に機能しているのか。そう思って各紙の記事を読んでみたら、案の定、今回の会議でも議題が未だに決まらないほど行き詰まっているという。
 そもそも1968年に調印された核拡散防止条約は、「既に核保有国であった米、英、仏、ロシア、中国の核保有を認め、その他の国の核保有を厳禁するのと引き換えに、核保有国に核軍縮を求める」というものである。
 しかし今はその双方が崩れている。核保有国の核軍縮は進むどころか強化されている。米ブッシュ政権は新型小型核を開発しようとし、ロシアは新型核ミサイルの実戦配備を昨年表明した。一方、核不拡散の面でも、核兵器開発疑惑が取りざたされるイラン、脱退を宣言し核保有宣言をした北朝鮮など。事態は深刻だ。
そんな折から27日の読売新聞は、米国が今度の会議において、「核拡散防止条約は、核保有国の核研究開発や生産、近代化を停止する事を想定していない」という驚くべき立場を表明する方針であると報じている。これはもう核軍縮の否定である。
 唯一の被爆国である日本は今度の再検討会議にどう臨むのか。このような米国の新型小型核のあからさまな開発宣言に対して、会議の場で堂々と反対する事が出来なければ、被爆国の責任は果たせない。

週刊新潮の三つの記事

 週刊新潮の5月5・12日ゴールデンウィーク特大号に、興味深い記事を三つ見つけた。
 私が評価するのは、小泉首相と西武・堤義明氏との「汚れた選挙癒着」という仰天記事だ。堤氏の逮捕の時にプリンスホテルばかりを公費で利用する小泉首相の疑惑がマスコミで取り上げられた。その時小泉首相は西武グループとの関係を聞かれ「何もない」と他人事のように話していた。あれから2ヶ月、世間は堤逮捕劇を忘れ去ろうとしている。しかし週刊新潮のこの記事は見逃さなかった。
 小泉首相が地盤とする神奈川県横須賀市の選挙で、横須賀プリンスホテルの従業員が総出で応援してきたという。ポスター貼りに始まって、電話による投票勧誘、選挙カーに乗って手を振り、立会演説でサクラ役をやる。あらゆる選挙運動をホテルの従業員数十名が総選挙のたびに行ってきたというのだ。しかもこの経費はすべてホテル側から従業員の給与で支払われてきた。労力の無償提供は公職選挙法によれば収支報告書に記載されなくてはならない。しかし記載は全くなされていない。専門家に聞くまでもなく法律違反である。
 もう一つの記事も評価できるスクープ記事だ。すなわち昨年10月31日にイラクで首を切り落とされた香田さんの実行犯が逮捕され、アブグレイブ刑務所に収容されていたという仰天記事だ。驚くべきことは米国側から、「要員を派遣するなら尋問を許可する」との通報が日本側になされていたということだ。それにもかかわらず、アブグレイブ刑務所に職員を派遣する事を恐れた外務省はこれを断り、しかも遺族にも伝えずに隠蔽したというのだ。公務より身の安全が第一ということだ。これが事実だとしたら驚くべき職務放棄だ。国民や遺族に対する裏切りだ。
 これら二つの記事とくらべて三つ目の記事はくだらない。それは外務省告発本を出した元外交官の悪口を書いた記事だ。元北東アジア課の課長補佐であったキャリア外交官原田武夫氏は、「日本外交は敗れた」と失望し、外務省を辞めて「北朝鮮外交の真実」という告発本を出版した。
この本は外務官僚が拉致交渉でいかにいい加減な仕事をしていたかを白日の下に暴いた本だ。さぞかし外務省は原田氏を憎らしいと思っているのだろう。原田氏が英雄になってはたまらない。そこでその原田氏を徹底的にこき下ろそうと謀略をめぐらしたのだ。内部情報をリークして本人を貶めるのだ。あいつのいう事を信用するなと言いふらすのだ。姑息な外務官僚がよく使う手である。鈴木宗男議員の時と同じだ。内部情報をわざとメディアにリークして書かせるのだ。しかもその悪口は、韓国語がしゃべれなかったとか、残業をせずにタレントと遊んでいたとか、小沢一郎に接近して政治家デビューを目論んでいるとか、どうでもいいことばかりだ。
官僚からこんな情報をもらって喜んで悪口を書く記者はどこのどいつだ。官僚の組織防衛や保身の片棒を担ぐなんて、ジャーナリストの風上にも置けないつまらない記者だ。

 横領した金は全額返済させるのが当然だろう

 27日の読売新聞に、財務省が2002年―2005年度の4年間にわたり実際に存在しない研究会の開催費や委員の謝金などの名目で、計約1億円を不正計上していたことが報じられていた。ついこの間は経済産業省資源エネルギー庁が億単位の広報費を流用している疑惑が報道されたばかりだ(22日読売新聞)。
 外務省の機密費流用や警察の裏金があれほど批判されたにもかかわらず、そして社会保険庁の無駄遣いが国民を怒らせたというのに、官僚の公金流用は後をたたない。しかも各省の予算を預かる財務省自身が不正をしているのだ。何故こんなことになるのか。
 その理由は簡単だ。いくら悪いことをしても正当に罰せられないからだ。詫びればすむとタカをくくっているのだ。せいぜい給与の一部を減俸という形で返せば文句はあるかと思っているからだ。少なくとも使った分は全額返納させよ。それは当たり前の事だろう。その当たり前のことを実行すれば直ちに不正は止むに違いない。
使った金を返せないからだ。返させることが初めからわかっていたら流用しないようになる。信賞必罰、この当たり前の事が官僚に適用されず、甘やかされ続けるから、いつまでたっても悪事が終わらなのだ。

 

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2005年04月26日

【バックナンバー】2005-04-26

保阪正康氏と山崎正和氏の投稿記事

人の書いたものを読む時に着目する事が一つある。その記事が取材に基づいて実証的に書かれたものか、筆者の意見のみで書かれた作文に過ぎないものかという点である。    
この観点から、極めて対照的な二つの記事を25日の新聞で見つけた。その一つが25日朝日新聞夕刊に掲載されていたノンフィクション作家保阪正康氏の「反日に揺れる中国を訪ねて」という記事である。
彼は昭和史の実証的研究を続けている作家で、そのテーマの一つとして、「日本はなぜ中国政策を誤ったのか」、「なぜ日本軍は中国で残虐行為を働いたのか」を書くために、10年近く毎年中国を訪れ、中国の日本研究者、ジャーナリスト、実業家、政府関係者などとの交流を続けているという。今年も4月の15、16,17日の3日間北京に滞在した。その際に様々な中国人から聞いたという次の言葉は間違いなく今の中国人の思いを伝えていると思う。
「史実を無視して、どうして反省を曖昧にして国連の常任理事国になろうとするのですか。私には納得できない」
「小泉さんは私たちの政府をどうして困らせるのですか」
「中国侵略を口では認めても、靖国参拝を繰り返すという言行不一致では中国国民を納得させることは不可能だ・・・」
「(『中国側にとっても反日デモは益するところがない』という日本企業側の言を耳にした中国人実業家の言葉として)日本が歴史を自省しないで、経済、経済というなら、経済関係などゼロにしても、日本に復讐するという若い世代の声があることも忘れてもらっては困る」
これらは無知な中国人の言葉ではない。日本に滞在経験のある研究者や実業家の言葉である。
さらにまた保阪氏は、毎年訪れる北京で今年はとくに怒りの感情が強いと感じたという。
そして保阪氏は次の通り自らの結論を述べている。
「・・・北京で私が会った中国側の研究者や実業家たちは、一連のデモは政府がコントロールしている節はあるが、現実にはその枠を超えて国民的な広がりを持っていると見ていた。私は彼らと対話を試みるたびに、日本側の無神経な言動でたちまち火がつく「抗日・反日」のエネルギーが常に胎動していることを感じた。そのことを私たちは理解しておくべきである・・・日本の指導者は『反日教育をやめよ』などといった筋違いの発言をしているが、これは中国に対して『近代史を教えるな』と同義語である・・・中国社会では日本軍がいかに非道なことを行ったか、祖父の代から孫の代へと着実に語り継がれている。中国では30代、40代の研究者が、実証的な手法で今、聞き書きや日本軍閥の再調査を行っている。いまだ知られていない史実は、強制連行や毒ガス作戦を始めとして今後次々と出てくるのではないか。こうした史実は、大半が日本側が直視してこなかった。日本はますます謙虚に史実に向かいあわなければならない時代が来るだろう・・・『史実』を忘却しようとする私たちの国は、『史実』によって復習されるのではないだろうか・・・」
この保阪氏の言葉は彼が自ら取材し、また見聞してきた事実の基づいた意見であるが故に、説得力がある。
これに比べもう一つの記事はあまりにも軽薄な記事だ。25日読売新聞、「地球を読む」に掲載された、「イラク戦争は終わった」という劇作家・山崎正和氏の論評である。氏は次のように述べている。
「・・・ブッシュ大統領は、今こそようやく勝利宣言の資格を得たように見える。民主的選挙で選ばれたイラクの国民議会が新しい大統領と首相を任命したのである。振り返ればアメリカが国連決議を背景に開戦した時、戦争の目的は4つあった。独裁者サダム・フセインの排除、大量破壊兵器の疑惑の解明、イラクの民主化、テロリストの温床の制圧である。2年間の戦闘と占領の後に、4つの目標はほぼ十分に達成されたと見ることが出来る・・・
今後、新政権のもとでのイラクがどうなるか、憲法起草と経済再建が可能かどうか、とくに治安問題の早急な解決ができるかどうかわからない。しかしそれはもはや新生イラク人の問題であって、アメリカの問題ではない。おそらくアメリカ軍は、中東全域の安定を目指して、しばらく駐留をつづけるであろう。しかしそれはもはやこれまでのイラク戦争の延長ではなく、新しい動機と目的に基づいた、まったく別の武力行動なのである・・・最初から一貫してアメリカのイラク戦争を支持してきた私にとっては、今や『戦争は終わった』のである」
なんという暴論であろうか。暴論であるばかりでなく現実を無視した誤った論説だ。同じ日の新聞に、武装勢力の爆弾テロによりイラク人30名が死傷したというニュースが流されていた。イラク新政府の組閣は難航し未だに完了できないという記事があった。イラク各地で米兵が攻撃を繰り返し、3人の戦死者を出したという報道がなされている。「イラク戦争は終わった」どころか、アメリカはあの誤ったイラク攻撃の咎めを、これからまさに受けようとしているのである。米国にとって「本当のイラク戦争」がこれから始まろうとしているのである。
山崎氏は何を根拠に「イラク戦争は終わった」と断じているのか。間違った「イラク戦争」を支持した自らの不明から一刻も早く逃れたい、その一念で、イラク戦争を「終わりにしたい」だけなのではないか。
劇作家が国際政治を論評するからこういうことになるのだ。こういう論説を一面に堂々と掲載する読売新聞は読者を軽視しているとしか思えない。

5年目に入る小泉政権

 今日4月26日で小泉政権発足後丸4年がたったという。明日から5年目に入るのだ。
本来ならば特集記事が各紙をにぎわすところである。たしかにいくつかの新聞は特集記事を組んでいた。しかし大した記事は見当たらなかった。
尼崎市で起きた不幸な列車大事故で紙面埋め尽くされたこともあろう。郵政民営化法案をめぐる自民党の混乱に報道の関心が向けられたこともある。しかしそれだけではない。書くべき内容がないのだ。4年間も続いた小泉政権に見るべき成果がないのだ。まさか「八方ふさがりの外交」、「史上最悪の財政赤字」などという否定的なことばかりを書くわけにはいかないだろう。
小泉政治の功績をたたえる時に決まって持ち出されるのが二つある。その一つが金融システムを蝕んできた不良債権を半減させたことである。しかしその数字の達成の為に、どれだけの税金が投入されたか。どれだけの貸し渋り、貸し剥がしが中小企業をいじめてきたか。経済の疲弊ばかりをもたらした不良債権処理とは何だったのか。そもそも不良債権の処理といっても、名前も覚えられないほど頻繁に繰り返された銀行の合併劇に過ぎないのではないか。
もう一つ喧伝されるのは日米関係の良好さである。たとえば26日の朝日新聞でコロンビア大学教授のジェラルド・カーティス氏は、「小泉政権になってから、アメリカとの関係がより良好になったのは確かだ。9.11テロの後の対応とブッシュ大統領との個人的な信頼関係が出来た事は評価すべきだ」と書いている。
本当だろうか。我々はこの種の表現をこれまで嫌というほど聞かされてきた。しかしその言葉の中身を考えたことがあるのか。検証したことがあるのか。考えても見るがよい。通訳を通じてしか会話が出来ず、首脳会談や電話会談という最も形式的な接触しかしてこなかった小泉首相とブッシュ大統領に、どうして個人的な信頼関係が築けるというのか。
事実、4年間の日米外交関係のバランスシートを検証した時、日本が得たものは何もないはずだ。小泉首相は外交、経済両面で、日本国民のあらゆる犠牲を払って米国を助けてきた。それに比べて米国が日本に与えてくれたものが何かあるのか。安全保障だって?とんでもない。戦後いまだかってこれほど安全保障の脅威が強調された時期はなかったではないか。近隣諸国との関係がこれほど悪化した時期があったか。
そもそも悪い日米関係とは何か。あらゆる面で米国に従う日本と米国の関係が悪くなるとすれば、唯一つ、米国が無理な注文を日本に押し付けて日本を困らせる時だ。小泉首相はすべて丸のみだから関係が悪くなるはずはない。
考えれば考えるほど実績のない小泉政権である。特集記事に精彩がないのもうなずける。

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2005年04月24日

【バックナンバー】2005-04-24

日中首脳会談をめぐる真実

 すべて想定の範囲内だった。埋まらなかった日中双方の溝の深さ。それにもかかわらず会談が有意義だったと一方的に強調する小泉首相の姿。そして真実を何も伝えずに外務省が「与える」会談要旨を判で押したように垂れ流す日本のメディア。これでは国民は騙されてしまう。
しかし真実は驚くほど寒々しいものであったに違いない。それを一番知っているのは小泉首相自身だ。そして会談に同席した杉浦官房副長官や田中外務審議官、佐々江アジア局長らだ。さぞかし後ろめたい思いでいることであろう。首脳会談までやって関係改善の糸口さえ見つからず、しかもそれを国民に隠そうとしているのだから。
 いずれ真実はボロボロもれてくる。それよりも、今後も反日デモが続くという「事実」によって日中首脳会談の失敗が証明されることになる。
 その時を待つことなく、私は次の通り今回の歴史的な首脳会談を評価する。想定内であったとはいえ日本外交のあまりの劣化ぶりに我慢がならないからである。小泉首相が日本の首相で居る限り日中関係は決して好転しないだろう。小泉首相と胡錦濤主席との間の首脳会談も二度と開かれないであろう。被害者は反日デモの矢面にさらされる日本国民であり、一生懸命に働いてきた日本の中国進出ビジネスマンである。

1.私は昨晩から今朝にかけての日本の報道をつぶさに観察してみた。どれ一つとして真実に迫る記事や解説がない。議論に熱がない。深みがない。これはどうしたことか。皆わかっているのだ。この会談の無意味さを。しかしそれを書くと小泉首相に傷がつく。官邸は必死でメディアを規制しようとする。メディアがそれに従順に従っているのだ。首脳会談が終わったあとのNHKなどの醒めた報道姿勢は異常だ。これほど注目された歴史的首脳会談であるのに、そしてこの種の首脳会談の後には決まって特別報道を大々的に行うのに、今回はまったく報じられなかった。どう報道してよいかわからなかったのだ。報道振りを必死に考えていたのだ。
2.翌日の各紙やテレビ番組をみて報道関係者の苦衷をあらためて感じた。どれもこれも悩んでいるのだ。元気がないのだ。面白くないのだ。本当のことを書けない、言えないもどかしさ。それでいて中国政府に対する腹立たしさが随所ににじみ出る。まるで自慰行為をしているようなものだ。
「困っているのは中国政府だ」、「国民の不満が政府に向かうことを恐れている」、「世界の評判を落として損をするのは中国だ」、「行き過ぎた愛国教育が裏目に出た」などなどの言葉が踊る。しかしこれは勘違いも甚だしい。世界と中国との関係は良好だ。関係が悪化しているのは日本だけなのだ。中国国民の怒りが向けられているのは日本だけなのだ。世界は日中がケンカをするのは好ましく思っているのかもしれないが、日本が正しい、中国が悪いなどと本気で思う国はない。日本の味方をしているのは米国だけだ。しかもその米国さえいざとなったら中国との関係を優先するのだ。
3.それにしても小泉首相は卑屈な態度を見せたものだ。笑顔を見せない胡錦濤首相に駆け寄って、両手で握手し作り笑いを浮かべて友好会談を演出して見せようとした。会議後の記者会見で「日中関係改善に向けて対話促進で一致した」「有意義な会談であった」と一方的に自画自賛してみせた。しかしそんな演出をしてみたところで、一方の胡錦濤主席は会談直後の単独記者会見で「侵略戦争を反省し、中国人民の感情を傷つけることをするな」「言葉ではなく行動で示せ」と明言しているのだ。これほどの強い対日批判はない。一体どんな会談をしていたのか。小泉首相は正直に白状すべきだ。
4.そもそもこの首脳会談に臨む両首脳の外交に対する基本姿勢が対照的だ。胡錦濤出席は日中間の基本的問題に正面から取り組もうとした。日中関係を定めた三つの文書を引用したことの意味は重い。72年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約、98年の日中共同宣言がそれだ。ここには歴代の日中指導者たちが苦労を重ねて積み上げた合意がある。その精神に反する言動を小泉首相が取り続けるから日中関係が悪化したのだ、中国国民が怒るのだ、そう言っているのだ。まことに筋の通った申し入れである。これに対して小泉首相はどうだ。会談の冒頭にアチェの被災地を訪れた感想を長々と述べて友好的な雰囲気をつくろうとしたという。これに対し胡錦濤主席が目を白黒させたという。そもそもこれほど重要な会談を前に一日中アチェの被災地を訪れて子どもたちとフラフープをしてパフォーマンスをしている小泉という政治家の資質を疑う。会談後の「ベリーグッドミーティング」と軽口を叩く不真面目さに不快感を覚える。不勉強な小泉首相は、「日中関係を定めた三つの文書」といわれても訳がわからずに目を白黒させたに違いない。アチェから疲れて帰ってきて会談に臨むのではなく、十分に勉強して襟を正して歴史的会談に臨むべきなのだ。
5.極めつけは、会談後の記者会見で、「首脳会談は外相会談と同じである必要はない」として、歴史認識や靖国参拝についての対応を避けたことだ。ふざけるな、何の為に必死になって首脳会談を設定したのだ。首脳同士で重要な問題を話し合うはずではなかったのか。現に胡錦濤主席は会談ではっきりと問題提起したではないか。中国の要求を明確にぶつけてきたではないか。
  首脳会談で面と向かって答えずに、会談後の邦人記者会見において、「今後の靖国は適切に判断する」との主張を繰り返して参拝の可能性を否定しない小泉首相。まるで空威張りのガキのようだ。ここまで指導者の器量の違いを見せつけられた首脳会談はかつてなかった。そんな指導者を頂く日本は中国との戦いに既に根本のところで負けているのだ。

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2005年04月23日

【バックナンバー】2005-04-23

これは歴史的な日中首脳会談になるかもしれない

 大袈裟に言えば今回の日中首脳会談は歴史的な会談になると思う。すなわち過去の歴史に関する日本と中国のこれまでの曖昧な関係が、この首脳会談によって一歩前進するのか、それとも後退するのか。あるいは曖昧なすれ違いに終わって、日中関係が再び前進も後退もない不透明な形で推移していくのか。小泉アジア外交の鼎の軽重が問われる歴史的会議になるに違いない。もうすぐ結果がわかるこの歴史的な日中首脳会談の直前に、そしてその結果について洪水のような報道や解説がなされる前に、これだけは書いておきたいと思う。
 この会談の内容について、報道関係者にお願いしたい。どうか事実に肉薄した正確な報道を行って欲しいと。余計な装飾や解説抜きの、両国首脳の生の声を伝える報道を私は大手メデアに切に期待するのである。間違っても小泉首相の宣伝道具に使われるなと言いたいのだ。
日本政府にとっても中国政府にとってもこの会談の結果は、それぞれの国民にとっての最大の関心事であり、それゆえにそれぞれの政府は自分たちに都合のいいブリーフィングをするに違いない。外交協議の常として普通であれば事前に話し合ってお互いの発表振りを調整する。しかし今回はあまりにも政治的に重要な問題だ。同じ発表が出来るほど調整はできないだろう。しかも日本の場合、すべては小泉首相の独断で決まる。従って官僚のコントロールに限度がある。だからこそ注目されるのだ。中国側の発表との間に違いが見られることになるかもしれない。その違いを検証するところから真実が見えてくる。
一億総評論家になって目を凝らそうではないか。これまでの報道で我々国民は問題点を知り尽くしている。テレビで解説している評論家程度の解説や評価はもはや誰でも出来るのだ。馬鹿な解説をする評論家がいればその評論家さえも批評の俎上に乗せよう。休日の格好の暇つぶしだ。
 今度の会談の見所はただ一つ、中国側が小泉首相の靖国参拝にどういう言い方で反対の申し入れを行うのか、そしてそれに対して、小泉首相はどう答えるのかだ。これに尽きる。それ以外のことは一切無視しよう。
小泉首相にとってはこの問題を提起されたくないに違いない。おそらく事前に持ち出さないように凄まじい外交工作を重ねたことだろう。「反日デモに対する抗議は行わないから靖国参拝は持ち出さないでくれ」とか、「日中関係はお互いにとって重要だから未来に向かっての協力関係重視について目を向けよう」とか、あらゆる事を持ちかけてきたことであろう。
 もし中国側が靖国参拝を持ち出さなければ中国側の負けだ。後で何を言おうと勝負はついたことになる。小泉首相の完勝である。
他方もし中国が靖国参拝中止を重ねて申し入れてくるのであれば、小泉首相は窮地に立たされる。小泉首相の子供じみた依怙地な性格から、「言われて止める」ことには絶対に応じないだろう。国内の保守層からも批判される。しかし、この反日デモの嵐のなかで、それでも信念を押し通し、「中国国民が反対しても参拝を継続する」と言う程の度胸は小泉首相にはない。そこで言い方を工夫するのだろう。中国に対しては参拝を控えるニュアンスを伝えながら、日本国民には「参拝もいろいろ」と煙に巻くつもりかもしれない。歴史に残る小泉語録が飛び出すかもしれない。それはそれで面白い。しかしそれが中国国民に通用するかどうか。
果たしてこの会談の後に反日デモが収まるのだろうか。油田開発問題や安保理常任理事国入り、米軍再編問題などをめぐって日中関係はどう進展していくのか。実に興味深い。だから私は大袈裟に言うのだ。これは田中首相の訪中以来の歴史的な日中首脳会談になる。田中が始めた日中国交を宿敵小泉がぶっ壊すのか、発展させるのか、もうすぐその結果を我々は知る事になる。

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2005年04月21日

【バックナンバー】2005-04-21

朝日新聞がおかしい

 日本の大手新聞は、記者クラブ制にあぐらをかき権力側のほうに軸足を置いてエリート意識を強めていくうちに、どんどんとジャーナリズム精神を失いつつあるようだ。
その中でも、読売、産経のように体制擁護を目的とした記事ばかりを掲載する新聞社は織り込みずみだから驚かない。しかし、それに比べてまだましだと思って読んできた朝日新聞が最近おかしいのだ。これには失望させられる。政治圧力の有無をめぐるNHKとの争いや、武富士からの資金援助疑惑など、苦しい立場に置かれているから筆が鈍るのか。体制迎合的になるのか。報道姿勢が曇ってきているのは残念だ。
 最近の朝日の紙面で驚いた記事が二つある。一つは4月18日の中国の反日運動に関する社説である。その社説で朝日は中国政府を次のように激しく批判している、
 「・・・中国政府はこれまでも、『歴史問題への日本の誤った態度に不満を持つ市民の自発的な抗議行動だ』『責任は中国側にはない』などと述べてきた。まるで暴力行為に走ったデモ隊を擁護するかのような発言だ。それが、暴力デモが止まらない素地になっているのではないか・・・」
 そして次のように日中首脳会談を実現させるよう中国側に求めている、
「・・・日本側が提案した小泉首相と胡錦涛国家主席の首脳会談はぜひとも実現すべきだ。お互いの建前は建前として、トップにしかできない腹を割った対話が求められている」
 この社説には、靖国参拝を強行し続ける小泉首相の言動や、過去を直視しない日本の歴史教科書が中国国民の感情を傷つけ、怒らせている事は一切触れられていない。まるで愛国主義を前面にだす産経新聞と同じような対中強硬姿勢である。日中首脳会談の最大の論点が小泉首相の靖国参拝継続の可否にあるにもかかわらず、このことに言及せず首脳会談を求める朝日の社説は奇妙である。
 もう一つの記事は21日の松本仁一編集委員の「ワールドクリック」である。松本編集委員はこの中で、「失政を人種差別問題にすりかえる指導者たち」と題して、南部アフリカのジンバブエのムガベ大統領の例を出し、失政や腐敗の為にいつまでたっても国づくりの出来ないアフリカ諸国の指導者は、それを批判するものを「人種差別者だ!」と叫んで批判を封じると決めつけている。
彼はこう書いている、
「アフリカの多くの国で、統治の光景は寒々しい。ワイロばかり要求する役人、汚職づけの政治家。治安は乱れ、経済は停滞する。その中で大衆は、植民地時代と変わらぬ貧しさを強いられている・・・思い余って失政や腐敗を指摘することがある。そんなとき返ってくるのが『レイシスト!』コールだ。外国人は黙ってしまう。批判を封じる最高の文句なのである・・・」
 松本編集委員を私は個人的に知っている。かつて私が南アフリカの人種問題を担当していた頃からの知り合いである。彼の言う事はわかる。いつまでたっても自立復興できないアフリカ諸国に私も腹を立てることもあった。しかしだからといってそれを口に出して彼らの無能さや腐敗ぶりを紙上で皮肉って何になるのか。
無能や腐敗ぶりは日本の指導者や政治家、官僚だって同じではないか。朝日新聞の愛読者である私は、こういう記事を朝日新聞で読みたくない。

外務省が隠蔽した身代金事件

 本日発売の週刊新潮4月28日号に凄いスクープ記事がでた。平成11年8月に起こったキルギス共和国における日本人技師4名の拉致救出の際、巨額の身代金が支払われていたというのだ。しかもその身代金の大部分はキルギス共和国アカエフ大統領の懐に入っていた疑いがあるというのだ。
 このような記事は決して大手新聞は書かない、書けない。週刊誌や雑誌の記事のほうが時として貴重な情報源になるという好例である。
今年の3月24日、中央アジアのキルギス共和国で政変が起こり、アカエフ大統領がロシアに亡命したことは我々の記憶に新しい。アカエフ大統領が90年に初代大統領として就任した時は、キルギス共和国は「民主化の手本」「資本主義経済のモデル」などと評価され、日本政府も一昨年度まで約346億円ものODAをキルギス共和国へつぎ込んでいた。ところがアカエフ大統領が倒れてみると、一気に長期独裁政権の膿が噴出した。日本人拉致事件をめぐる身代金事件も、このアカエフ大統領の腐敗まみれのなかで起きていたのだ。不問のまま永久に時のかなたへ葬り去られて行ったはずの醜態が、アカエフ大統領の失墜とともに図らずも暴露されることとなったのだ。
週刊新潮の告発は次の通りである。すなわち拉致された邦人4名の救出を必死で行っていた現地の日本大使館担当官は、犯人側と交渉して身代金無しで解放するめどをつけていた。しかし手柄をあせる外務省の幹部は、政権へのダメージを避けるよう確実に邦人を救出したいと考える政府首脳と談合して、機密費を使って身代金を用意する。これがゲリラ側に伝わり交渉がもつれる。そこにキルギス政府が関与する。
日本政府はキルギス政府の要求に応じて身代金3億ドルを支払い邦人を無事救出するが、実はこの身代金はゲリラ側にわたることなくアカエフ大統領とその側近が着服したというのである。
驚くべき外交の杜撰さである。おまけに週刊新潮の記事によれば、当時現地には30名ほどの職員がキルギスの現地対策本部に派遣されたが、彼らの出張経費も身代金のために用意された機密費から捻出されたという。おかげで出張者は出張旅費がほとんど手元に残ったという。
これが事実なら大醜聞だ。外務省はこの期に及んでも「身代金を払った事実はない」としているらしい。ならば週刊新潮を訴えて名誉挽回を図るべきである。外務省が秘密を隠しているのか、週刊新潮が誤報を書いたのか。いずれにしても真実をはっきりさせなければならない。それほど重大な問題だ。

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2005年04月20日

【バックナンバー】2005-04-20

バンドン会議にふさわしくない小泉首相

 バンドン会議50周年記念の首脳会議が22日からジャカルタで開かれる。そこへ日本が西側先進主要国としてただ一人参加する。しかも出席するのは小泉首相だ。歴代の日本の首相の中でかつてないほど対米従属外交を推し進め近隣諸国との関係を悪化させてしまった首相が出席する。これほどのジョークがあろうか。
 今から50年前、アジア・アフリカの首脳が「反殖民地主義」、「非同盟主義」を掲げ、インドネシアのバンドンで首脳会議を開いた。会議では、内政不干渉、国家の平等承認、領土保全の尊重、紛争の平和的解決など、いわゆる「平和の10原則」を宣言、採択した。この考えが1961年に発足した非同盟諸国会議の理念に受け継がれて行ったのだ。
 その後の展開は国際政治の限界により無残な姿を見せた。相次ぐクーデター、紛争、開発の遅れ・・・バンドン精神も色あせていく。しかし今から50年前、インドのネルー、中国の周恩来、エジプトのナセル、インドネシアのスカルノなどの第三世界の指導者たちが抱いた「第三世界の台頭」という理想は、今こそ蘇らせるべきではないか、そういう願いを込めて開かれる50周年記念会議なのである。
 そんなアジア・アフリカ諸国の首脳が集まる会議に、世界の覇権、軍事国家米国に追従し「他のどの国との関係が悪くなっても米国との関係さえ良ければ日本は安泰だ」などと国会で公言する小泉首相が出席し、そこで何を訴えるというのか。断片的に報道されている中身を見ると、テロ対策の協力を進める考えを表明、ツナミを含む防災の重要性を強調、国連常任理事国の票固めの為アフリカ向け援助の増額を打ち出す・・・なんだ、これは。おまけに議場外での個別外交の最大の焦点がコキントウ中国主席との歴史問題の解決だという。
 現下の最大の外交問題は、小泉首相の靖国参拝からくる反日運動の沈静化だ。この問題に関する小泉首相の認識は、この危機的状況においてなお信じがたいほど強硬である。靖国神社参拝が中国人民の感情を傷つけているとの中国側の重ねての指摘に対し、小泉首相は19日昼官邸で記者団にこう語ったというのだ(19日朝日夕刊、20日毎日、しんぶん赤旗)。
 「私はそうじゃないと思いますね。不戦の誓いと戦没者への哀悼の念で参拝している・・・(日本の国益に反するとは)思わない・・・それぞれの国には歴史もあるし、伝統もある。考え方も違う・・・」
 こりゃ、ダメだ。
連休の外遊先として行くところがないからといって、よりによってバンドン会議に行って恥をかいてこなくてよい。アジア・アフリカの首脳の集まりの中で孤立してこなくてもよい。公邸にこもって一人音楽でも聞いていればよいのだ。好きな郵政民営化の改革案を勉強していればいいのだ。そうすれば皆がハッピーになる。税金の無駄遣いも避けられる。

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2005年04月19日

【バックナンバー】2005-04-19

見込みはずれの愛知万博

 愛・地球博覧会が3月に始まって以来、テレビ、新聞は愛知万博報道に明け暮れている。しかし私はこの万博を好きになれない。
 私がカナダの日本大使館に勤務していた時の事だから、1995,6年の頃だ。万博開催地を日本はカナダと競っていた。日本政府はトヨタのために国を挙げて誘致に奔走した。その露骨な誘致合戦にカナダとの外交関係まで険悪になったほどだ。これほどまでにトヨタという会社に肩入れする日本政府、外務省、通産省(当時)に私は不快感を持ったものだ。
 そもそも万博を愛知に誘致する動機は何だったのか。中部国際空港と一体となったトヨタの為の地域開発ではないのか。愛知万博の歌い文句である「地球環境」とは裏腹に、環境破壊の弊害もある。当初愛知県は万博会場跡地を巨大ニュータウンにしようとしていた。これを万博国際事務局から「万博に名を借りた住宅開発」だと批判され、急遽メイン会場を移さざるを得なかった。それでも天然記念物のオオタカなどが住む自然を破壊している。
 そんな愛知万博に世間はいつまでたっても関心を示さなかった。そこで政府はパフォーマンス好きの小泉首相を使って政府広報ビデオまで我々の税金で作った。それを世界にバラまいて参加を呼びかけた。
 あらゆる努力をして開幕した愛知万博にもかかわらず、入場者が伸びない。半年間の開催期間中に見込まれる入場者数を1500万人と見込んではいるが、800万枚の入場券をトヨタが買い占めたという。県の決定によって小中学校の遠足先はすべて万博にするという強引なことまで行われているらしい。
 そんなトヨタ万博、いや愛知万博に、驚くべき不正が指摘された。写真週刊誌フラッシュ5月3日号で、経済開発・人道援助に使われるべきODA予算の約40億円が、参加国を増やす為に出展経費として支出されていたと暴かれたのだ。パビリオンの建設、撤去費をはじめ警備、清掃、スタッフの旅費や宿泊費まで含まれている。万博支援室担当者の答えがふるっている。
「・・・万博にODAを使ってもいいのかと言った議論はありました。途上国が万博に参加することによって日本からの観光客が増えたり、企業の進出のきっかけになる。それに日本が国連安保理の常任理事国を目指す上でも重要です・・・」これはもうメチャクチャな説明だ。
 入場者が増えない最大の理由は日本の景気が一向によくならないからだ。地元としてはこれを契機に地方経済を潤わせようと入場料から交通費、会場飲食費などを吊り上げた。しかし庶民のふところは苦しい。二の足を踏む。
傑作なのは小泉首相の一言で弁当持込がOKとなった事件だ。パフォーマンス小泉首相の陰で、食堂経営者が怒ったため、持込可能なのは手作り弁当だけという中途半端な形に終わった。コンビニで買った食物はダメなのか、それを家で弁当に詰め替えてくればよいのか、会場で押し問答が見られたという。
経済が回復し、暮らしが楽になれば入場者は増えるのだ。四年間も首相の座に居座って景気一つ向上させられずに、小泉さん、あなたは一体何をしてくれたというのか。来年9月まで首相に居座り続けるとは虫がよすぎる。

おわびをしたのはどちらか?

 反日運動をおさめる外交的努力は、ただ一つ小泉首相が中国国民に見える形で、靖国参拝をしませんと表明することだ。言い換えればこれさえ行えば問題は一気に沈静化する。
ところがこの問題をメデアは一切指摘しない。メデアの誰一人としてこの本質的な質問を小泉首相にぶつけようとしない。なぜならばこの質問こそ小泉首相を窮地に立たせるからだ。いまさら小泉首相としては謝ることなどできない。靖国参拝を止めるとはいえない。それを行うと「信念を変えない」ことを売り物にしてきたパフォーマンス首相の一枚看板が失われたちどころに失墜するからだ。これほど嫌な質問はない。だから官邸は必死になって圧力をかけているのであろう。国民の関心をそらしているのだろう。驚くべき報道規制だ。卑しい情報操作だ。
 しかし歴史認識と謝罪問題を避けては今回の反日騒動はやみそうもない。そこで何が行われているのか。外相会談で町村外相は強く中国に謝罪を求めたことになっている。それに対して中国側は一切謝罪しなかったという。おそらくそういう話し合いが外相の間で行われたというのは事実であろう。中国側の強硬な態度は国民感情としても許しがたいと思う。
しかしこのような報道の裏に隠れて、町村外相が密かに中国側に日本の過去について謝罪していたことはもみ消されようとしている。この外相会談の本当の狙いは、謝罪するからなんとか反日デモを収めてくれないか、日中首脳会談を実現してくれないかと、小泉首相の伝言を伝えていたらしいのだ。
 この事実を中国国営の新華社通信が伝えたから大騒ぎになった。いや大騒ぎになったら大変だから、外務省は目立たないように必死に押さえ込もうとした。それを各紙が協力して大きくならないように押さえ込んでいる。
19日の各紙はいずれも谷内正太郎外務事務次官の記者会見の模様を一段記事で小さく報じた。それによると、谷内事務次官は新華社の報道を否定して、おわび表明はしなかったということになっている。
 しかし谷内次官の表現をよく読むと、あきらかなごまかしがあることが分かる。19日の毎日新聞によれば谷内次官の正確な表現振りはこうなっている。
「・・・事実関係としては、おわびするとか、そういう直接的な表現はない・・・日中共同声明や村山首相談話で日本の歴史認識はすでに明らかにされていると言及した・・・」
 これは官僚用語では謝罪の意を伝えたと認めたことだ。もうすでに何度も謝罪しているから、それでなんとか勘弁してもらえないか、ここで謝罪するから、小泉首相との首脳会談では歴史問題や靖国参拝問題は一切持ち出すことなく、未来志向の話でお願いしたい、そう町村外相は頼み込んでいたのだ。
 あわれな町村外相よ。情けない外務官僚よ。すべては親分小泉首相の間違いの尻拭いをコソコソやらされているのだ。それを上手くやったものが小泉首相の覚えめでたく出世させてもらえるのだ。
 こんな姑息な事が中国に通じるとは思えない。首脳会談は実現するか疑わしい。もしめでたく首脳会談が実現したなら、その時こそ日本の記者諸君、小泉首相に聞いて欲しい。
「靖国参拝の中止を求められましたか。小泉首相はそれでも続けるのですか」
イエスかノーかで答えるように質問して欲しい。

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2005年04月18日

【バックナンバー】2005-04-18

小泉を生き返らせる反日運動?

 18日発売の週刊大衆(5月2日号)に仰天記事が出ていた。行き詰まっている小泉政権を反日運動が生き返らせるというのだ。そういえば今朝の早朝の東京テレビで小泉首相の支持率が10ポイントも高くなっていると報じていた。
 この不可解な現象を週刊大衆は次のように解説している。
 「今の国民感情は、下手に卑屈な態度をとらず、毅然とした態度をとり続ける限り小泉首相を支持するという雰囲気です。一連の反日騒動も、外交の失敗として追及する口実にはなりえません。逆に郵政民営化への国民の関心をそらせる結果になり、小泉さんにとって追い風といえる状況になっています」((政治評論家・淺川博忠)
 「小泉首相は、新たな敵・中韓をクローズアップし、今回も抵抗勢力との戦い同様、いま国を救えるのは、小泉、私をおいてほかにおりません!とやらかすと見られています」(政治評論家・本澤二郎)
 「(小泉政権は)完全に追い詰められてはおりますが、中韓からの圧力での辞任はありえません。今の段階で小泉首相を辞任に追い込めば、中韓の圧力に屈したと取られかねません」(独立総合研究所・青山繁春)
たしかに、激しい中国の反日デモを連日テレビで見せつけられ、大使館や日本人が被害にあっているのを目にすると、それを止められない中国政府に反感を覚える。そんな中国政府に対して毅然とした態度をとったほうが国民は喜ぶ。
しかしそこに大きな勘違いがある。反日運動の主体は中国国民なのだ。中国政府もデモを下手に抑えきれないのだ。鎮圧すれば、反日が反政府に転じかねない。小泉首相の強硬姿勢のおかげで中国政府も綱渡りを強いられる事になっているのだ。中国政府からしてみれば、「小泉首相が強硬姿勢を変えないばかりにつまらないことになった。はた迷惑な話だ」と思っているに違いない。
若い世代が反日運動の主体となっていることは深刻だ。その若者が靖国神社参拝を繰り返す小泉首相に怒っているのだ。構図は小泉首相と中国国民の対立なのだ。
 我々日本国民は真剣に考えたほうがいい。自分の人気取りしか考えずに間違った外交を積み重ねていく小泉首相を放置して、中国、韓国の国民と衝突していくのか、それとも、侵略の犠牲になった彼らの痛みに理解を示して、国民同士の和解を目指すのか。
どちらが日本の将来にとって為になるか、答えは明白である。

 小泉首相に物を言えない外務官僚

 アエラの4月25日号で星浩編集委員が書いている。外務官僚は小泉首相に言いたいことを言えないために、どんどんと外交で行き詰っていると。
 彼が外務省の中堅幹部と話をした時の模様を書いているのだ。
「アジア外交の手詰まりは何が原因なのだろう」と星委員が尋ねてみた。これに対し一同は押し黙ってしまったという。そして沈黙の後にそのうちの一人が次にように切り出したという。
「やはり、小泉首相の靖国参拝ですよ。首相は公約を果たす必要があるのだろうが、日本外交には高くついている」
 さらに別の外交官が続けた。
「その通りだが、靖国参拝を止めてくださいと首相官邸に言えないのが、我々のつらいところだ」
 誰かが私に言ったことがある。
「小泉首相に反対した天木さんを解雇したことは絶大な見せしめ効果を果たしたのです。クビを切られた天木さんを見せつけられて、若い外交官はますます萎縮してしまった」
 私は若い外務官僚諸兄に伝えたい。人間の価値は出世ばかりではない。自分の信じることに従えない人生は生きる価値があるのかと。ましてや国民の為に奉仕する立場にある官僚を志したのではなかったのかと。
 次の言葉はアエラの記事に掲載された外務省のアジア大洋州局長経験者の言葉である。
 「国家間では戦後処理は済んでいるが、中国や韓国の人々の感情はそうではない・・・足を踏んだ人は踏まれた人の痛みがわからない。日本人が大人の対応をする時だ」
 外務省を辞めた後でしかこのような発言を出来ない外務官僚を残念に思う。

介護問題は国の大きな責任だ

 17日の日経新聞に介護費用の負担の大きさについての記事が出ていた。家族を介護している全国の男女400人にアンケートをとった結果、在宅介護なら月平均4万二千円、施設に入れば十万二千五百円の負担をしているという。
 こうした費用について、多くの者が「要介護者やその配偶者がもらう年金などの収入では不足」、「貯蓄取り崩しや家族の支援で対応する」などと答えているという。20代から50代の男女千人にも同様の調査をした結果、8割もの人が、「自分が要介護状態になったら年金収入では足りない」と予想している結果も判明したという。
 実は私も介護の経験から実感したことがある。介護施設が不足し、その費用負担が大きいということである。介護保険から手厚く給付を受けられる特別養護老人ホームは限られており、有料老人ホームに入れると月に20数万円の負担を強いられる。母の死を悼む一方で経済的負担から解放されてほっとするという事では、あまりにも淋しい。それでも払える者は恵まれている。もっと厳しい状況に置かれている人が世間には多いに違いない。
 これこそが国の責任だ。政治の責任だ。これから急速に進む高齢化社会に備えて国は介護問題をもっと真剣に考える必要がある。郵政民営化などよりもはるかに重要で緊急を要する問題が目の前にある。

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2005年04月17日

【バックナンバー】2005-04-17

カダフィ父子と会談して喜ぶ小泉首相

 いよいよおかしくなってきた。小泉首相の外交感覚のことである。それをお膳だてする外務官僚の感覚のことである。
4月4日に小泉首相はリビアのカダフィ大佐(最高指導者)の次男を官邸に招待して会談したと思ったら、今度は親父のカダフィ大佐とジャカルタで会談するという(4月15日朝日夕刊ほか)。
冗談じゃあない。日本の総理がカダフィと会って何を話すというのか。カダフィがどんな男か知らないのか。その昔米国からテロリストと名指しされて、暗殺の標的にまでなった男だ。その男が、米国に脅かされ核放棄したため、米国に評価され、米国の宣伝塔のようになってしまった。今では米国の片棒を担いでアラブの強硬派や北朝鮮に、「俺のように米国に従ったほうが身のためだ」と説いてまわっている男だ。
カダフィの評判はアラブの中でも格別に悪い。アラブ首脳会議ではサウジや、イラクの代表と罵り合いをする男だ。レバノンの元国会議長を誘拐、暗殺したとして今でもレバノンから拒否されている男だ。リビア国内では軍事独裁者だ。日本の首相がカダフィと会談するのは小泉首相が初めてだという。それはそうだろう。日本の総理がカダフィなんかにあったところで何のプラスにもならないと思われてきたからだ。
おかしいと思っていたら、4月16日の日刊ゲンダイを読んで合点がいった。アジア・アフリカ首脳会議に出席する小泉首相は、中国のコキントウ国家主席と会談したいのだが、その会談が断られる可能性があるという。その時に備えて時間つぶしに会談をセットしたというのだ。しかもカダフィ大佐が北朝鮮と友好関係にあるということで、北朝鮮問題に関して協力を要請するという。なんと情けない外交か。そんなことでもしないと北朝鮮との懸案を前進させる事が出来ないのか。
本当に日本の外交はおかしくなってきた。もっとも小泉とカダフィ、パフォーマンスの見地からはふさわしい。マスコミがどんな報道をするの、今から楽しみにしておいてもよい。

反日運動の真の原因は小泉首相の存在だ

 今回の中国、韓国の反日運動がどのように展開していくのか、今のところ不透明だ。しかし一つだけはっきり言えることは、その根底には「日本の過去」に対する抜き差しならぬ反感があるという事実である。そしてその感情を逆なでしてきた最大の原因が小泉首相の言動なのだ。つまり、この反日運動の真の矛先は小泉首相に向けられているのである。
この事に皆が気付いているのに、決して語らない。新聞やテレビの報道は意識的に小泉首相の責任追及を避け、悪いのは暴動を抑えようとしない中国や韓国の政府当局であるなどと繰り返している。
そんな中で野田毅自民党代議士の次のような意見が4月17日の産経新聞に載っていた。日頃から反中国の姿勢を貫いている産経新聞が、こんな記事を載せているのも面白い。
「・・・中国の底流に反日、嫌日の流れが強いということは冷静に見るべきだ。官製デモという見方があるが、実際は強く規制しなかったということだ。愛国教育が抗日に結びついた部分もあるがそれがすべてではない・・・
 日本人からすれば何度も謝罪しており、何べん謝れば済むのかといういらだちがあるが、彼らからすれば日本はうわべでは謝っていても真剣に反省していないと思っている。
 その象徴が靖国神社参拝問題だ。日中国交化の原点は、「先の大戦の責任はA級戦犯にあり、一般の国民には責任はない」という理屈で中国が戦後賠償を放棄したことだ。だから首相の靖国参拝は中国から見るとA級戦犯の名誉を回復し顕彰しようとするばかりか、日本が国交正常化の原点を否定しようとしているように見えるのだ・・・中国政権内部にも愛国教育を変えていこうという新思考がある。その人たちが動けるようにしなければならない。小泉首相の靖国参拝はそういう動きを妨げている・・・自分の言いたい事や、やりたい事だけをやるのが外交ではない」
 このような意見をよそに、相変わらず小泉首相は、「安全の確保は中国側に責任がある。よく自覚してもらいたい」などと強硬姿勢を崩そうとしない。そうかと思えば、福岡二区の補欠選挙の応援演説の中で、「韓国、中国で私は最近、葬式を出されている。遺影や棺桶まで作ってくれて」などと軽口を叩いている(17日日経新聞)。
中国や韓国の国民全体を敵に回すと取り返しがつかないことになる。小泉首相の暴言に手も足も出ない日本国民にかわって、中国、韓国の反日運動が小泉首相の命運を絶つかもしれない。

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2005年04月15日

【バックナンバー】2005-04-15

自衛隊は今サマワで何をしているのか

 最近はすっかり報道されなくなってしまったが、自衛隊は今でもサマワにいるはずだ。何をしているのだろう。それを教えてくれたのが13日の衆議院イラク特別委員会である。
 大手の新聞はどこも書かないが、14日のしんぶん赤旗は実に面白かった。赤嶺政賢議員(共産)が同委員会で質問したのだ。サマワでの自衛隊の最大の活動はこれまでは給水活動であった。ところが今年2月5日以降、外務省が供与した無償援助による浄水装置が稼動し始めて、もはや自衛隊の給水活動は不要になった。
 「(今は自衛隊はサマワで)何をしているのか」と赤嶺議員が質したのに対し、大野防衛庁長官は、「公共施設、道路や学校を直したりしている」と答えた。
 しかし防衛庁が赤嶺議員に提出していた資料によれば、「県知事公舎前の多目的広場の緑化」、「スポーツクラブの証明施設の補修」、「屋外バスケット施設のコートの補修」、「女子高前の噴水の補修」などが列挙されていた。
 「何故こういう活動が戦災からの復興人道支援なのか」と質問する赤嶺議員に対し、大野長官は、「心に潤いをもたらしていく仕事も大切」と述べるだけであったという。
 赤嶺議員はまた、自衛隊が砂利舗装した道路を、外務省が現地業者を援助資金で雇ってアスファルト舗装している現状を指摘して、「最初の砂利舗装の段階から現地業者で出来るではないか。自衛隊が舗装する必要はないではないか」と追及したら、外務省の吉川アフリカ局長が、「自衛隊の支援で舗装がより容易になり、より自らの関与によって事業が行える・・・」などという意味不明の答弁を行うだけであったという。
 要するに説明がつかないのである。これが自衛隊のサマワ派遣の実態なのである。どうしてこの国会審議のやり取りを大手新聞は書かないのか。このような税金の使い方を知れば、イラク問題に関心のない国民も自衛隊撤退の声をあげるであろう。それをおそれる政府に遠慮して書かないのか。

  赤字の垂れ流し

 国民の負担を増やしておきながら、その金がムダに使われているのはサマワだけではない。
 4月15日の読売新聞に、「維持費21億円、赤字垂れ流し」という見出しで次のような記事が載っていた。
 「独立行政法人『雇用・能力開発機構』が中学、高校生の職業意識向上の為に建設した『私のしごと館』の昨年度収入が1億1000万円にとどまる一方、その職員の年間給与だけで2億4000万円かかっていたことが14日わかった。全体の維持管理費は収入の20倍の約21億円に達し、差額は民間企業が払う雇用保険料で穴埋めされる・・・」
 なんだ、これは。独立行政法人「雇用・能力開発機構」とは何か。特殊法人が名前を変えただけの、厚生労働省の役人の天下り先だ。「私のしごと館」とは何か。必要性もなく、利用者もいない、役人が考え付いた予算獲得のための建物だ。
 読売新聞の記事には作家の猪瀬直樹が次のようなコメントをしていた。
「建設費などで膨大な保険料をつぎ込んだ上、毎年赤字を垂れ流すのは納得できない」
 納得できないのは当たり前だ。このような官僚の無駄遣いこそ赤字財政の元凶なのだ。おびただしい数の無駄遣いが至る所で見つかる。それにメスを入れない小泉改革は、道路公団民営化にしても郵政民営化にしても、見せかけの改革なのだ。批判する振りをして本質を衝かない猪瀬直樹も所詮は御用評論家なのだ。

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2005年04月14日

【バックナンバー】2005-04-14

どちらを向いて外交をしているのか

 4月14日の産経新聞に、久し振りに良質の記事を見つけた。気仙英郎という記者が書いた「ポトマック通信」という囲み記事だ。「大使と牛肉」と題したこの記事は、牛肉輸入を迫る米国の圧力に対応する加藤良三駐米大使の外交を、次のように痛烈に批判しているのだ。
 すなわち加藤大使が米国の上院議員らから牛肉輸入を迫られた先月の出来事についてである。米上院議員は次々にメデアの前に現れ、口々に日本に対する不満を表明した。しかし加藤大使は、米国記者団からの求めに応じず、別に日本人記者向けのブリーフィングがあることを理由にその場を立ち去ってしまった。米国記者団からは当然強い批判が寄せられた。
 この事件に関し気仙記者は次のような意見を書いている。
「・・・米国内の不満が強まっている状況を考えれば、米国のメデアに登場し、日本の立場を積極的に説明すべきだったのではないか。大使が日本のメデアに『米国の不満は切迫している』と力説しても日本向けの圧力にしかならず、米側の理解は進まない・・・」
 まったくそのとおりである。実はここにわが外務省の外交のすべてが凝縮されていると言って過言ではない。
三十数年間外務省の内部に身を置いてきて、このような外交を嫌というほど見てきた。一口で言えば、日本国民の方に顔を向けることなく、米国の圧力を借りて、米国の利益実現のために、日本国民を脅かし、騙す外交ばかりだった。その最たるものが、憲法に反してまで進める米国への軍事協力であるが、小泉政権の4年間はそれがすべての分野で広く、深く進行していった。それはもう引き返せないほどの従属外交に成り果ててしまった。
このような外交を繰り返している外務官僚に士気とプライドがなくなるのは当然である。残るのは自分の保身と出世だけということになる。

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2005年04月13日

【バックナンバー】2005-04-13

米国が羨ましい

 ブッシュ大統領が次期国連大使に指名したボルトン国務次官の承認をめぐる上院外交委員会の公聴会が、11日、12日の両日にわたって開かれた。ボルトン国務次官は、かねてから一貫して国連を攻撃してきた。「国連なんてものは存在しない。唯一、超大国の米国が国際社会を率いることができる」などと述べてきた。イラクへの単独攻撃を主張した一人でもある。
 果たして彼は米国の国連大使としてふさわしい人物か。公聴会ではボルトン氏の承認に反対する議員らが、同氏が過去に行った国連や国際条約に対する否定的な発言などを執拗に追及、初日だけでも6時間を超す白熱の議論がなされたという。
 「瀬戸物屋に暴れ牛を送り込むことにならないか」(バイデン民主党議員)、「遠慮会釈なく無神経との批判がある」(ルーガー共和党外交委員長)(4月13日毎日新聞)、「なぜ自分が否定してきた(国連という)組織で働きたがるのか、わからない」(ボクサー民主党議員)(4月13日朝日新聞)などの厳しい追及がなされたという。ボルトン氏にはまた、大量破壊兵器をめぐる情報について、慎重な評価を下そうとした国務省情報担当者に辞任を迫ったという疑惑もある。
 これに対してボルトン氏は、第二期ブッシュ政権の国際協調路線を示すかのように、「国連は米外交の重要な一部」、「国連が決定的な役割を果たすべき時が来た」などと述べたという。また国務省担当官への圧力についても、人事異動を働きかけたことは認めたものの、大量破壊兵器の有無に関する評価を変えようとした疑惑は明確に否定した。
 私がボルトン次官の承認について長々と書いてきた理由は、彼の承認に反対だからではない。共和党優位の議会で彼の指名が承認されることは間違いないだろう。そもそも誰を国連大使に指名するかは米国の決めることである。
私がここで言いたいのは、一人の大使を任命する際に、その適否をめぐってここまでの議論が公開の場でなされるという素晴らしさである。指名される大使が、6時間にもわたって批判的質問に耐え、自分が適任であるということ自らの言葉で説得し、そしてその指名を勝ち取るというシステムが存在する健全さである。このような人事の透明性、民主性を羨ましく思うのである。
 ひるがえって日本の大使任命の実情はどうであろうか。金や女の醜聞でミソをつけようと、任地に関する知見がなかろうと、外務省だけの順送り人事で決められていく。小泉首相や有力政治家の覚えがめでたいだけで決められていく。誰もその人事に口を挟むことはできない。大使は自らの説明責任を一切公の場で語る必要もない。
こんなお手盛りの人事で決められる大使に、よい仕事ができるはずはない。国民のことを思う仕事をするはずがない。時の権力者を喜ばせることを最優先する連中ばかりになる。首相や政治家が外遊すれば必死になってお世話をすることしか関心がなくなる。日本外交が劣化するのも当然だ。

 各界著名人が推す次の総理

 文芸春秋5月号に、ポスト小泉首相のアンケートを各界著名人64人から聴取した結果が掲載されている。もうそんな時期にきているのか。どんなに小泉さんが総理にしがみついても、任期は来年の9月までである。郵政民営化の後にどのようなサプライズを目論もうとも、先は見えたということだ。
 しかし私が言いたいのは小泉さんの任期のことではない。その後の総理が誰かということでもない。このようなアンケートはくだらないと言いたいのだ。
そもそも選ばれた各界の著名人64名とは何者なのか。彼らがそれぞれの好みで自分の意中の人物を列挙したところで「だからどうした」というのか。しかも彼らが「ポスト小泉」と挙げている名前は、安倍だとか小沢だとか加藤、谷垣、福田、石原、岡田などと、誰もが思いつくかわりばえのない名前ばかりである。
小泉首相が唯一為になることをしてくれたとすれば、それは「総理は誰でも務まる」ということを示してくれたことだ。そして総理という地位にある者がいかに強大な権限を持っているかをも見せつけてくれたことだ。彼がやりたい放題、喋りたい放題にしてこられたのも、総理の権限の大きさ故である。
そういうことを考えると、総理など誰がなってもいいが、そのかわりにその強大な権限が国民によってしっかりとチェック出来るシステムが確立されねばならない事がわかる。
そういう観点からこのアンケートを読んでみると、ただ一人だけ私が感心した意見を述べていた人がいた。神戸女学院大学教授の内田樹(たつる)さんという人である。私はこの人がどんな人であるか勿論まったく存じ上げない。しかし次の彼の答えは私の気持ちにぴったりである。私と違って語ることばが丁寧なのもかえって心に迫る。
「残念ながら思いつきません・・・選挙権を頂いてから三十余、『総理大臣に最もふさわしい政治家』の名が脳裏に浮かんだことは一度もなかったんですから。その間も日本は大過なく生きのびて来られたわけですから今適切な総理候補者の名前が思いつかなくともさしたる不安はありません。むしろ『理想的な政治家などいない』という期待の少なさのおかげで大衆的人気に乗じるデマゴーグ型政治家の出現が阻まれてきた・・・『政治家は有権者より知的にも倫理的にもすぐれているわけではない』ということが常識になったことによって、政治(の役割)は軽減しているのかもしれません・・・」

ラムズフェルド国防長官のイラク訪問

 これで9回目の訪問であるという。新聞ではこれを電撃訪問と書いている。しかしラムズフェルド長官のイラク訪問は、人気取りの為にサプライズ訪問を画している小泉首相の場合とは訳が違う。必要があって行う訪問である。明確な目的のある必要な訪問なのである。
 それでは何をしに行ったのか。4月13日の産経新聞を読むとわかる。
ラムズフェルド長官はイラクに向かう機中で、「新政府の組閣は人物の能力を重視し、無用な争いは避けるべきだ。政府内の内紛や腐敗で、政治、経済の進展が妨げられるのは不幸なことだ」と述べた。
ラムズフェルド長官と会談した直後の記者会見で、ジャファリ首相は、「多くの課題はあるが、多様な背景を持つ有能な閣僚を選ぶことになる」と述べた。
要するにラムズフェルド国防長官は、暫定国民選挙が終わってからゴタゴタが続いていたイラクにあって、新執行部がやっと決まったタイミングを見計らって、タラバニ大統領やジャファリ首相に「イラクの民主化プロセスを遅らせるな」とハッパをかけに行ったのだ。
イラクの民主化に向けては、8月の新憲法起草をへて12月に総選挙を行い新生イラク政府をつくるという日程がある。その一方で多国籍軍が相次いで年末までに撤退しようとしている。米国もいつまでも占領軍を駐留させて内外の批判を受けたくない。その為にはイラク自身の治安能力を高めなければならない。そして新生イラクは反米的な政権にする訳にはいかない。
このように米国がイラクの新しい指導部に期待するものは大きい。だからラムズフェルド国防長官が自らイラクへ乗り込んで、新指導部に命令しなければならなかったのである。
米国の思い通りに行くかどうかは不明である。しかし70歳の国防長官自身が9度にわたってイラクに足を運び自ら陣頭指揮をとる、その意気込みは凄い。パフォーマンスに明け暮れる小泉首相や、官僚に振付けられなければ何も出来ない日本の政治家では、とても米国の要人とは太刀打ちできない。妙に感心させられるラムズフェルド長官のイラク電撃訪問である。

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2005年04月12日

【バックナンバー】2005-04-12

卒業式をめぐる一つのエピソード

 東京都立のある高校で行われた卒業式をめぐって、父母たちの間で口々に語られた一つのエピソードがあるという。サンデー毎日4月24日号で知った。
 卒業証書を受け取った一人の卒業生が、壇上からこう言い放った。
 「都教育委にお願いしたい。先生方をこれ以上いじめないで」
 この痛烈な批判に、卒業式の会場を埋めた生徒や保護者からは大きな拍手が沸いたという。
 私は見落としていたのだが、この出来事は新聞でも大きく報じられ話題になったらしい。
 この事件に心を動かされた一人であるという作家の赤川次郎氏の言葉がまたよかった。
 「・・・そういうことを学生に言わせなければいけないというのは、本当に教育者として情けないことだし、あの言葉を聞いて、胸を痛めなかった人がいたとしたら、先生を辞めたほうがいいだろうと思いますね・・・」
 この赤川次郎という作家に注目したい。詳しくはサンデー毎日を読まれるといいが、小泉首相や石原慎太郎のような単純かつ扇動的な発言者の対極にある、戦う言葉を持つ平和主義者に違いない。

 こうも違う指導者の言葉

 12日の新聞で、たまたま目にした指導者の言葉の違いに、ため息が出た。
ユダヤ人収容所の解放60年記念式典に出席したシュレーダー独首相は、式典会場であるワイマール国民劇場で次のように決意を新たにした。  
「戦争犯罪を決して繰り返させない課題」を「世代を超えて伝えていく」(12日、しんぶん赤旗)
 その独を訪問中のノムヒョン韓国大統領は、在独韓国人を前にした演説の中で次のように述べた。
 「・・・北東アジア全体で確実に平和構造が定着し、その上で安心して暮らせる地域、いわばEUのように進めばいい・・・(残念ながら南北関係の)発展が難しい。(北朝鮮の核問題については)苦言を呈し、(怒りで)顔を赤らめる時には赤らめなければならない・・・核兵器を拡散させずに平和体制を維持することで合意しており、(核不拡散条約に基づく)秩序は尊重されねばならない・・・」(時事)
 我々は小泉首相から一度たりともこのような政治家としての、指導者としての、中味のある言葉を聞いたことがあるであろうか。
「人生いろいろ」、「改革なくして成長なし」、「対話と協調」、「日米同盟と国際協調」、「ライスではなくビーフ」だ、などと言う「小泉語録」を面白がって聞いている場合ではない。
折から中国で高まる反日運動を前に、靖国神社参拝との関係を聞かれた小泉首相は、「それとこれとは別」と不機嫌に答えるだけである(12日各紙)。
12日の読売新聞の世論調査では、小泉内閣の支持率は1.6ポイント減少したというが、いまだ47.8%である。日本国民が問われている。

 米国識者の東アジア観

 12日の朝日新聞は米国の二人の有識者のアジア観を対置させている。その一人であるトーマス・バネット米海軍大学教授の発言に注目したい。同氏は01年から03年まで米国防総省で戦略計画補佐官を勤めていたという。米国にもこういう考えを公言する者がいるということだ。
「・・・日本が中国よりも米国を選ぶというのは馬鹿げている・・・政治家や自衛隊は中国を警戒して米国との軍事同盟を強化し、日米で台湾を守ろうとしているが、それは無意味な行為だ・・・中国を軍事的に封じ込めることが外交的、経済的にいかに高くつくかということを戦略家は知るべきだ。むしろ、中国がアジアや国際社会に安心して入れるように環境を整えるべきだ・・・日、中、韓が時間をかけて北朝鮮再建に取り組めば、3カ国の経済協力関係を深める絶好の機会になる。それは東アジア版NATOをつくる弾みにもなる・・・」
 もう一人の識者はトーマス・ドネリー氏である。アメリカンエンタプライズ公共政策研究所の研究員であり、中国の軍事的威嚇に対しては「きちんと代償を払わせなければならない」とする強硬派である。その主張は一言で言えば米国の基本戦略は、「軍事力による世界秩序の維持と世界の民主化」ということであり、その重点地域が「中東」と「東アジア」ということになる。
これ以上彼の意見を説明するまでもない。しかし彼の次の発言は極めて重要だ。
「・・・米国の中東政策は01年の同時多発テロ以降、大きく変化した。それ以前は石油を安定供給させるために政治的安定を重視していた。しかし、同時多発テロを機に、中東諸国は抑圧的なうえ政治的にも安定していないことがわかり、中東で民主化を推し進めて安定した国づくりを進めていく方針に転換した・・・」
すなわち米国は中東をあくまでも自らの都合でしか見てこなかったことを白状しているのだ。中東諸国の政治体制がどうであろうと中東の国民が圧制に苦しもうと、石油供給が確保されればよかった。しかし反米テロのおそれが出てきたので自らの安全保障の確保の為に中東諸国の体制を根こそぎ変える必要が出てきた。ただそれだけのことである。
アラブ人のためを思って民主化といっているのでは決してない。自国の安全保障のための親米政権づくりを行うということだ。もっとも米国はこれまでも同じような事をやってきた。今回は、「テロとの戦い」と「民主化」という二つの都合の良い言葉の下に、白昼堂々と体制転覆を図ると公言しているに過ぎないのだ。それに尻尾を振って加担しようとしているのが小泉外交だ。

小泉首相の責任だ

 久し振りに朝日らしい社説を目にした。立場の違う産経新聞や読売新聞には、決して書けない(書かない)社説である。
「(・・・一連の反日運動の広がりには中国に強く注文をつけるのは当然である。しかしその前に、日本は効果的な外交をしてきたと言えるのか・・・)
 参拝をやめてほしいという中国側の度重なる要請を聞き入れず、なお参拝に意欲を見せるという姿勢が、どれほど中国人の気持ちを逆なでし、「過去を反省しない日本」という印象を広げてきたか。
中国だけではない。「私の任期中は歴史問題を争点とする気はない」とまで言っていたノムヒョン大統領の豹変を招いた裏には、日本外交の思慮の乏しさがあったのではないか・・・
首相は予算成立後の記者会見で外交の行き詰まりを聞かれて、「八方ふさがりとは、全然思っていません。日韓も日中も日ロも前進しています」と答えた。あきれた話である。プーチン大統領の訪日はめどが立っていない。北朝鮮の核問題や拉致問題も身動きできないままだ。これは、八方ふさがりというしかないではないか・・・
今の日本社会では「毅然」や「断固」といった威勢のいい言動が好まれがちだ。政治家にも同じ傾向がある。しかし、首相には大きな国益を考えてもらいたい。靖国神社に参拝し続けることに、どの様な国益がかかっているのか・・・」
小泉首相は22日からインドネシアで開かれるバンドン会議50周年の会議に出席するという。彼は非同盟運動の源流であるバンドン10原則を知っているのだろうか。
バンドン精神にもっともふさわしくない人物が日本を代表して会議に出席する。その際に日中首脳会談を行う。どんな演説をするのか。どんな会談になるのか。これは見ものである。

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2005年04月11日

【バックナンバー】2005-04-11

汚れたイラク復興資金

 少し前のことになるが4月6日号のニューズウィーク誌日本語版に、「イラクは史上最大の汚職天国に」なるおそれがあるという記事が載っていた。
イラクで復興事業を請け負っているカスター・バトルズという米国企業がある。この企業の元社員が、同社は何百万ドルもの水増し請求をしていたと内部告発をしたのだ。彼らは、血税を騙し取られたと米政府に代わってこの会社を訴えたという。
ブッシュ政権は今のところ「われ関せず」を通しているという。ブッシュ政権の関係者によれば、(米政府が知らぬふりを決め込んでいるのは)イラクの連合軍暫定当局(CPA)は複数の国が参加していた国際機関であり米政府の一部門ではない、厳密には米政府が被害にあったわけではない、などという理由からだ。しかしこれはおかしい。
米国の187億ドルの復興事業資金は、CPA及びイラク駐在の米政府当局にゆだねられて来た。そしてカスター・バトルズ社が結んだ復興事業契約の一方の契約当事者は米政府なのだ。米国政府の責任が逃れられる訳がない。
食い物にされているのはアメリカの税金だけではない。フセイン政権崩壊後、国連安保理決議によって設置された「イラク開発基金」をめぐっても多額の不正疑惑が浮上しているという。そしてその資金に日本は最大の協力をしているのだ。日本の資金が彼らの餌食にならない保障は何もない。
そういえば亡くなった日本の二人の外交官が働いていたのはCPAだった。復興援助がらみの秘密情報を知ったために米国に殺されたのではないかという噂さえ囁かれたほどだった。彼らがいなくなった今日、日本はますます米国の取り仕切るイラク復興事業から遠ざけられているのではないか。
おびただしい無垢のイラク人の命と引き換えに、膨大な復興事業が動き、その裏で巨額の不正資金を手にしている者がいる。そんな非道な企業の為に日本のODAの一部が使われているとすれば耐えられない思いだ。我々も米国企業の不正にもっと注意を注ぐべきだ。

反日運動が小泉政権を倒す日

 燎原の火のように高まる中国、韓国の反日の動きは小泉政権の命脈を絶つことになるのではないか。私は最近そう思い始めている。
 今我々が目の前で目撃している中国と韓国における反日感情の動き。その底を流れる物事の本質を我々は見逃してはならない。かつて見られなかったほどに高まった今回の反日運動を、単に国内の不満の捌け口を外に求めているものであるとか、反日教育の結果だなどと言って反発すればよいものではない。小泉首相が繰り返すような、「冷静な対応」や「未来志向で考える」ことで沈静化するものでは決してない。今回の反日運動はもっと深刻なものであると受け止めるべきだ。
両国の反日感情の根底にあるのが過去の歴史、すなわちわが国のこれら両国に対する占領の事実であることは否定の余地はない。占領した日本がなんと言おうと、これら両国民から見れば許せないのだ。その気持ちを抱き続ける彼らをとやかくいう権利は我々にはない。
日本の国内には、自虐史観などという言葉を持ち出して、占領の事実さえも認めない人達がいる。言論の自由が保障されている日本であるから、誰が何を言おうと勝手だが、国政に責任を持つべき政治家や為政者は、日本や日本国民のために何が最善かを考えて国を導いていかなければならない。そしてそれは決して一部の国民の強硬論に同調する事ではないはずだ。
政治家小泉純一郎が、どのような個人的思想や歴史認識を持っていようと知ったことではない。しかし彼の最大の間違いは、日本国と日本国民の利益を守るべき総理の地位にありながら、自らの個人的考えを軽率に口走り、またその考えに基づいて総理としての言動を繰り返している事だ。靖国神社参拝にこだわりつづけ、国会の場で「隣国がどの様に考えようと自分の考えは変わらない」などという発言を繰り返す小泉首相の傲慢さこそ、今日の反日感情の最大の原因なのだ。
国家主権の象徴である日本大使館が暴徒に蹂躙され、日本人留学生が殴られるなどということは看過できない暴挙である。これに対して毅然とした抗議が出来なくては国民に対する日本政府の役割はない。今こそ小泉首相自らが率先してこの問題の解決に責任を果たすべきだ。口を開けば郵政民営化改革を唱え、中国で日本大使館が攻撃され、日本国民や日本企業が反日運動の犠牲になっているというのに一日中公邸に引きこもって時間を過ごす小泉首相は、それだけでも首相の資格はない。
何故小泉首相は自ら率先して事態の収拾に乗り出さないのか。それは乗り出せないからである。過去を反省する気持ちが全くない自分の言動が、中国や韓国の国民を刺激する事を知っているからである。
日本人を舐めてかかる小泉首相であっても、中国や韓国の国民はそうはいかない。彼らは小泉首相の強硬姿勢の誤りをとっくに見抜いている。そんな小泉首相を見捨てている。小泉首相が日本の首相にとどまる限り、日本との良好な関係は望めないと声をあげているのだ。
もし小泉首相がこのような両国国民の気持ちを理解せず、時が経てばおさまるなどと考えていたら、今度こそもっと激しい反日運動が起きるであろう。その時こそ小泉首相の命運が尽きる時だ。日本国民が倒せなかった小泉首相を中国や韓国の国民が倒すという不可思議な現象が起きるかもしれない。

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2005年04月10日

【バックナンバー】2005-04-10

イラクのパパと初対面

 4月10日付の産経新聞に、サマワに派遣されている自衛隊員の長男が産まれ、衛星テレビを通じて父子が初対面する様子を報ずる記事が大きく出ていた。妻が長女(7歳)と次女(4歳)を連れて名古屋市の守山駐屯地を訪れ、設置してある衛星テレビ電話で対面する様子が書かれている。記事の内容は以下がすべてだ。記事より大きな写真が掲載されていた。
 ・・・長女が「(長男は)お父さんと会っていないから、帰ってきたらどこかのおじさんと思われるかも」と話すと、お父さんである隊員は、「覚えるように写真を見せておいて」と照れくさそうな表情を見せた。初対面は約15分で終了。妻は「長男はお父さん似。現地には写真を送ってあります」と笑顔で話していた・・・
 こんな記事が大手新聞の大きく取り上げる内容なのか。守山駐屯地がわざわざ宣伝用に公開したのだ。それをなぜか産経新聞だけがそのまま大きく報じている。まさか守山駐屯地は産経新聞だけに流して書かせたのではあるまいな。
 このストーリーそのものはどこの家庭にでも見られる微笑ましい光景だ。家族には何の文句もない。よかった、おめでとうという言葉を送りたい。それどころか家族総出で自衛隊のイメージ向上に使われることを気の毒に思う。
私が問題にするのは、公費を使ってサマワの自衛隊の好感度を上げようとする防衛庁の姑息さだ。その防衛庁と示し合わせたかのように広報資料をそのまま流す産経新聞のジャーナリズム精神の欠如だ。
 同じ日の新聞に、フセイン体制崩壊から2年となる4月9日、バクダッドで米国の占領反対と多国籍軍撤退を求める数万人の激しいデモが繰り広げられたという記事が出ていた。更にまた、イラクの各地で武装勢力の攻撃が相次ぎ29人が死亡したという記事が出ていた。
 イラクの現状に目を瞑り、自衛隊員の平和な生活を強調する政府広報と、それに加担するかのような記事を流すジャーナリズム精神を忘れた産経新聞を残念に思う。情けないと思う。

 責任を負わない高級官僚の罪

 薬害エイズを巡って厚生官僚の責任を問う裁判で、生物製剤課長の職にあった松村明仁被告は業務上過失致死に問われたが、その上司である薬務局長も事務次官もお咎めはなかった。その理由は、上司には血液製剤の安全性を判断する専門的な知識も能力もなかったからだという。
この不合理な判決について、4月10日の日経新聞で、塩谷喜雄論説委員が次のように書いている。鋭い指摘である。このまま現状を放置するならば、官僚の緊張感は失せ、ますます仕事が劣化していくことになる。
「・・・判断能力はないと公言し、結果の責任も全く負わない事務官が、なぜか権益だけを享受して局長ポストを占有し続けた。こんな馬鹿げた構図が連綿と受け継がれてきた・・・霞ヶ関の高級官僚たちの辞書に、自責とか自省とか謝罪という言葉はないのかもしれない。海外からの警告を無視してBSE(牛海綿状脳症)の上陸を許した畜産局長は農水次官の時、予算が不正に流用されたずさんな牛肉買い上げ制度を発足させ、いまやチェコ大使だ・・・みんなおとがめなしの人生である」
 許されない。既定のレールの上をすいすいと走って、責任を取らない高級官僚が厚遇されるような社会に未来はないと思う。

 私じゃ不満?

 これだからこの人はダメなのである。顔の見えなかった外務大臣を長らく辛抱強く勤めたと思ったら、こんどは小泉首相の補佐官に横滑りした川口順子さんである。仕事らしい仕事もなく何をしているのかさっぱり国民の目には見えない川口順子さんである。その川口さんが小泉首相に代わってローマ法王ヨハネ・パウロ二世の葬儀に出席した。その人選について「外交上の重要性を日本政府は見誤った」という批判が出た。その批判に対して彼女はこう言ったらしい。4月9日の日経新聞夕刊が報じている。
「・・・日本は首相官邸と外務省が相談して私に決まった。この時期は国会もあるし、町村信孝外相はアジア協力対話外相会合もあった・・・どこの国が誰を派遣するかはそれぞれの国が判断する事・・・」
 だから言っているのだ、日本政府の判断が誤っていると。そしてそんな誤った判断で行かされ「人選ミス」と陰口を言われるあなたがかわいそうだといっているのだ。
あなたは、「どこの国も大統領や首相が出席します。首相が自ら行くべきです」と小泉首相に言うべきだったのだ。もしあなたがそれを小泉首相に直言していたなら、それでこそ立派な首相補佐官と誉めてあげたところだったのに。いつまでも自己弁護に終始するあなたは、本当に官僚からぬけ切れない人なのだと思う。

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2005年04月09日

【バックナンバー】2005-04-09

ローマ法王の葬儀に不参加の小泉首相

  アラファトPLO議長の時もそうであったが、世界の首脳があつまる弔問外交に小泉首相はまるで関心を示さない。またもや川口首相補佐官を派遣してお茶を濁した。 
ローマ法王の死が、世界中の国にとってどれだけ大きな意味をもつか、世界が平和と繁栄をめぐって分裂し、混迷している今日を考えれば、容易にわかるはずだ。それを示すかのように、世界中の首脳が集まった。米国はブッシュ大統領親子やクリントン前大統領、ライス国務長官がこぞって出席している。
サミット参加国はすべて大統領、首相が出席した。イラク戦争を巡って対立したブッシュ大統領とシラク大統領が握手している写真が世界を駆け巡った。国連の常任理事国入りを巡って対立しているドイツのシュレーダー首相とベルルスコーニ首相も出席した。英国からはチャールズ皇太子とブレア首相が共に出席した。韓国は李首相を団長とする弔問団を派遣した。
中東ではイスラエルのカツアブ大統領が敵対国のシリア、イラン大統領と握手し言葉を交わした。
唯一出席を拒んだ主要国は中国であるが、これは台湾の陳水扁総統の出席に抗議する政治的意図表明だ。これはこれでれっきとした外交的メッセージだ。
要するに、パウロ二世という「世界の平和と繁栄」を願う象徴の死を、世界の国民が悼んだのだ。
そのような中で、唯一出席をしなかったのが日本の小泉首相である。その時小泉首相は何をしていたか。国民の誰もが理解できない郵政民営化のドタバタ劇で一人英雄気取りだ。改装した新首相公邸に設置された燃料電池の納入式典でスイッチを入れている写真が9日付の産経新聞に大きく掲載されていた。地球規模の外交が行われている最中に、政権維持のための国内パフォーマンスに専念していのだ。
この異様さを指摘している大手新聞はわずか東京新聞一紙であった。
こんな国が国連安保理常任理事国入りを当然視して各国に要求しているのだ。わが国の首相にこのような失態を演じさせている外務官僚たちの無責任さこそ問われなければならない。

安保理改革に反対する米国の本音が出た

 その日本の国連安保理常任理事国入りに黄信号が灯り始めた。米国が7日の国連総会でアナン事務総長が求めた安保理改革の9月決着に反対を表明したのだ。
タヒルヘリ米国務長官上級顧問(国連改革担当)が、「(国連改革の)総意が容易には形成されない問題が存在、人為的な期限に縛られるべきではない」と、9月の特別首脳会合前という期限を設けて加盟国に改革の決断を迫ったアナン国連事務総長の勧告に否定的な見解を示した。
これに先立つ6日に中国の国連代表が、やはり「人為的な期限」という同じ表現を使って反対の意を表明している。「米国と中国が示し合わせたということはないようだ」と日本の国連筋は述べている(9日付産経新聞)ようだが、ブッシュ大統領は中国が提案した副大臣級の米中定期協議を受け入れたという重要な動き(9日付東京新聞)を見落としてはならない。
同じ頃オランダのボット外相は町村外相と外務省迎賓館(飯倉公館)で会談し、「現在の常任理事国拡大案、準常任理事国新設案のいずれも支持するにたりない。欧州連合議席を設けられるよう見直すべきだ」と述べたという(9日付読売新聞)。
このような一連の流れをどこまで知っているのかわからないが、小泉首相は8日昼、首相官邸で記者団に、「国連改革の機運が盛り上がっているからね、いい時期だと思う」と述べたという。
イラク戦争のときもそうだった。世界の動きなど目に入らずに一人相撲で外交を繰り返す小泉首相である。

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2005年04月07日

【バックナンバー】2005-04-07

「民主化」はイラク攻撃の成果か

 4月7日の朝日新聞は、ブッシュ大統領は正しかったのかという見出しが欧米の新聞に頻繁に見られると書いている。そしてブッシュ大統領を擁護する立場の意見と、イラク攻撃に反対の立場の意見が真っ向から対立している事を紹介している。日本の新聞でも同様の記事が見られる。
 しかしこれは不毛な議論だ。あの戦争を支持した者が間違いを認めるはずはない。それどころかあらゆる努力をして正当化を試みるであろう。一方で反対した人があの戦争が正しいかったと思い直す根拠は何もない。
 私の立場は勿論「あの戦争は歴史的な間違い」であり、「米国の責任」が「法の支配」によって最後まで追及されなければならないというものだ。
 ブッシュ大統領が正しかったと主張する人達の唯一の根拠は、あの戦争をきっかけに「中東の民主化」が始まったということだ。しかしこれさえも嘘だ。事実に反する。アフガンにしても、イラクにしても米国の軍事支配が終わればたちどころに混乱する。パレスチナもサウデイもシリアもレバノンもエジプトも民主化という名に値しない動きにとどまっている。
 それよりもなによりも、大量破壊兵器に関する虚構の上に始まったこの戦争の責任は歴史が続く限り残っていくことだろう。どう考えても反論できないからである。責任を追及されるものたちは幕引きを図りたいだろう。民主化が始まったといってごまかしたいだろう。しかし戦争で無為に命を奪われた人達の無念を風化させることは出来ない。

 読売新聞の連載「続小泉外交」

 このコラムでも頻繁に引用してきたが、読売新聞が連載している「続小泉外交」は、日本の外交が、米国に命じられるままに日本の安全保障政策をしぶしぶ変更させられていき、挙句の果てにしぶしぶイラク戦争、自衛隊派遣に巻き込まれていった過程を見事に検証している。実に価値ある特集記事である。
 4月7日のそれも興味深い。今でこそ日米同盟の最重要課題と位置づけられている在日米軍の再編問題と、その裏づけとなる日米共通戦略目標なるものについて、日本はこれを受け入れることが嫌で仕方がなかったのだ。棚上げしたかったのだ。しかし最後は米国に一喝されて譲歩する。そしてその後は態度を切り替えて、「日本の国益にとってこれ以上ない重要なものだ」と、国民に対して心にもない事を言うのだ。こんな外交を繰り返していているから、ますます日本は行き詰っていくのだ。日本の外交は空虚なものになっていくのだ。
 
万博弁当その後

 4月6日の朝日新聞夕刊の「窓」という論説記事はおもしろかった。伊藤智章論説委員の着眼点はいい。こう書いている。
 「・・・万博協会が今頃になって『(弁当持込は)以前から内部で検討していた』と言い出している。妙な弁解で正当化しようとするところはこっけいでさえある・・・とはいえ相変わらずコンビニ弁当は認めない。『ガソリンでも入っていてテロに使われたら大変』とペットボトルもだめだ・・・いくら協会が否定しても、会場内の飲食業者の便宜を図ったとしか思えない・・・」
 その通りである。しかし、伊藤氏に付け加えてもらいたかった事がある。何故小泉首相は最後まで現状をフォローして徹底しないのか。あの時の「鶴の一言」は、会場まで足を運ぶ人のためというよりも、自分の一声ですべてが動くということを誇示するための仕組まれたパフォーマンスではなかったのかと。

 外国語能力は戦闘能力の一つ?

 4月6日の産経新聞夕刊におもしろい記事を見つけた。米国防省が「防衛言語トランスフォーメーション・ロードマップ」なるものをまとめ、米軍将兵の外国語能力の向上を目指すことになったというのだ。アフガン戦争、イラク戦争で手こずった一つに、米兵と地元部族との言葉の壁があったからだという。
 そもそも米国人は世界中の人間が米語を話すことが当然だと思っているから外国語が苦手だ。そのうえ戦地に駆り出される兵士は所得、教育レベルで劣っているものが多い。だから語学教育が必要というわけだ。
 しかし語学教育が必要な異国に軍隊を平気で派遣して憚らない考え方そのものが大きな間違いだ。ラムズフェルド国防長官は、「機械技術では得られない言語という人間の能力によって、我々は平和を維持しなければならない」と訓示を垂れる。その前に教えることがあるだろう。「平和は武力では実現できない」という事を。

 まだやっていたのか、党首討論

 4月7日の朝日新聞で、小泉首相と岡田民主党党首が党首討論をやっている事を知った。予算案を何の抵抗もなく通してしまった民主党党首が今更何を討論しようというのか。新聞記事を読んでさらに驚いた。後半国会の焦点は何か。郵政民営化か日韓、日中関係か。その記事によるとこれらの懸案をすべて避けたという。それでは何を質問したのか。そこのところが朝日の記事には詳しく触れられていない。「懸案を避けたとの印象は否めない。攻め口の物足りなさを感じた」としか書かれていない。岡田氏は「引っ掻き回すのが政権準備政党の役割とは思っていない」と話す。こんな党首討論など誰も聞きはしない。止めたほうがいい。

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2005年04月06日

【バックナンバー】2005-04-06

教科書検定問題を考える

  文部科学省が2004年度の中学校教科書の検定を公表した。6日の各紙は一斉に一面でこれを取り上げている。歴史認識の問題から始まって星占いに至るまで、実に多岐に亘って検定対象になっている事を知って改めて驚いた。そこまで検定する必要性があるのか。
  検定制度の是非については様々な意見がある。仮に検定制度の必要性を認めたとしても、どこまで検定すべきか、検定の際の基準は何かといった根本問題が残る。
  このような複雑さもあって、今回の検定を報じた大手新聞も、その対応がバラバラである。どのテーマを重点的に取り上げるかで違ってくる。そして同じテーマでも意見が異なる。最後は検定制度そのものについての主張が正反対に分かれる。さすがにテレビの評論家の言葉を聞いていても、何をどう評論していいのか戸惑い、取りあえず何かしゃべっておこうというようなものばかりであった。
  文部科学省による検定作業は大変な作業に違いない。多くの不手際や不都合が生じてあたりまえだ。彼らだけでこのような重大な検定作業が完璧に出来るはずはない。文部科学省が省を挙げてもかなわない仕事だ。
教科書検定の責任を最終的に負うのは誰なのか、真剣に考えなければならない。毎年のように議論が繰り返され、不都合が繰り返される検定作業がどこまで意味を持つのか真剣に考える時だ。
  それにしても、4月6日の東京新聞が報じているように、いくら検定作業が困難な作業だからといって、「大量破壊兵器はなかった」と記述することを認めない文部科学省の対応には唖然とさせられる。間違いを教えろといっているようなものだ。大量破壊兵器が見つからなかったことは米独立調査団の最終報告書でも明らかになっている。小泉首相でさえも「結果的にはなかった」と国会答弁で述べている。それを文部科学省の調査官が、「大量破壊兵器はなかった」という表現を使うなと教科書出版元に命じているのだ。
 文科省の官僚がすべての政策に通じているはずはない。関係各省に意見を求めるのであろう。ところが関係各省は自分の所管のところだけしか関心がない。しかも組織防衛の観点からすべてに慎重な態度で応じる。かくてバラバラな形で保身的な修正が加えられる。そんな仕事の寄せ集めで検定が出来ているとしたら、不都合が出るのは当たり前だ。
毎年こんな事に膨大なエネルギーを費やすのは愚の骨頂である。文科省はもっと他にすることがあるはずだ。

  暗号名「カーブボール」の嘘

   3月31日に発表された大量破壊兵器に関する米独立委員会の最終報告書は、情報機関の情報のずさんさばかりが強調されていて、それを信じ込んだブッシュ政権の責任についてはまったく言及されていない。おかしいではないか。そう思っていたら、やはりあの報告書は、ブッシュ政権を無傷にしたままイラク攻撃の失敗に幕引きを図ろうとした意図的なものであったことを知った。
4月13日号のニューズウイーク日本語版にマイケル・イジコフ記者が次のように鋭く指摘している。
情報の発信源はイラク人亡命者(暗号名はカーブボール)であった。しかしこのカーブボールがひどいペテン師であることはCIAの分析官はとっくに気づいていた。しかしCIAの高官は、この分析官を次のように叱責したという。
「覚えておけ。『カーブボール』が何か言っても言わなくても、この戦争は起きる。権力者たちは、彼が本当に知っているかどうかには興味がない」
このやり取りは、ブッシュ政権が、サダムフセインを悪者にする証拠を必死で探していたことを如実に示すものだ。問題はこのやり取りを記録したCIA高官の電子メールが、まったく黙殺されて闇に葬り去られたという事実だ。
電子メールのことを何故報告書に取り上げなかったのかと聞くニューズウィークの記者に対し、独立委員会の共同委員長であるローレンス・シルバーマン元判事は、「何の電子メールのことだ?私にはよくわからない」ととぼけたという。それから二時間後、メールのコピーを独立委員会に提出すると、「電子メールの存在は知っていたが、周知の内容だったので報告書には盛り込まなかった」という答えが返ってきたという。
米独立委員会の報告書は、イラク攻撃の責任のすべてを情報機関に押し付けて、大量破壊兵器の有無に関する議論に終止符を打とうとする政治的意図を持った報告書である。
「ブッシュ政権は知らなかった。間違った情報にだまされたのだ。悪いのは間違った情報をあげたCIAだ」と言わんとしているのだ。戦争の犠牲になったイラク人にとっては許しがたい暴挙であろう。

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2005年04月05日

【バックナンバー】2005-04-05

「クリケット外交」に水を差す米国

 分断統治とは、植民地時代の帝国主義の鉄則である。その植民地時代の戦略を、21世紀の今日において、世界支配を狙う米国が採用している。このように書くと、安物の陰謀説のように聞こえる。
しかしそう思いたくなるような今日の国際情勢だ。中東にいつまでたっても平和が来ないのは、アラブ諸国の団結が実現しないからだ。その原因は中東諸国の主導者の多くが身勝手な独裁者であるからだが、その独裁者を使い捨ててきたのが米国なのだ。パレスチナ問題がいつまでたっても解決しないのは、パレスチナ国家を認めたくないイスラエルがテロ行動を誘い出して、パレスチナ弾圧の口実にしているからだ。それを米国が黙認しているからだ。
目をアジアに転じると米国の離反政策はさらに明確だ。日本と中国の関係悪化の背景には間違いなく米国の意図がある。中台関係の緊張を煽るのも、北朝鮮の脅威を強調するのも米国だ。東アジア共同体構想の発展に強硬に反対するのはアジアの結束を恐れるからだ。
このような米国の分断政策がインド・パキスタン関係に及んでいるという記事を4月5日の毎日新聞に見つけた。「キーワードを読む」というコラムで薄木秀夫編集委員が次のように書いている。
インドとパキスタンの間で和解ムードが広がっているという。宿命の紛争地域であるカシミールでバス運行が再開されるのに加え、パキスタンのムシャラフ大統領が近くクリケット観戦の為に訪印する予定だという。観戦のパキスタン人に特別ビザも発給されるようになった。
この「クリケット外交」に水を差すように米国がインドとパキスタン双方に戦闘機売却など軍事支援の方針を決定したのだ。軍拡競争をあおり、緊張緩和どころか相互不信へ暗転する結果にもなりかねないと、薄木編集委員は指摘する。
米国の離反政策は間違いないような気がしてくるのだ。

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2005年04月03日

【バックナンバー】2005-04-03

ODAを増やして何をする

 なんとなく見逃しそうな記事であるが重要な意味が含まれている。4月3日の産経新聞一面に「ODA予算を増額」という記事が出ていた。平成18年から数年間かけて、GNP比で0.2%にとどまっているODAを0.3%まで増額する方針を政府が固めたというのだ。
財政難のおりからODA予算は6年連続で削減されてきた。財政難はますます酷くなっているのに、何故ここに来てODAを増やすのか。それは先に発表された国連改革に関するアナン事務総長の改革案が、安保理常任理事国となる先進国の尺度としてODA予算がGNPの0.7%であるべきとしたからだ。小泉首相はこうした日本の方針を4月22日からインドネシアで開かれるアジア・アフリカ会議(バンドン会議)で表明し票集めを狙うつもりだ。
これだけでも浅薄なODA増額であるが、もっと由々しいのはODA増額の真の狙いが米国の要求に答えることにあることだ。ライス国務長官が訪日した時、牛肉問題の輸入再開圧力ばかりが報じられた。しかしあの時ライス国務長官は、テロ対策の一環として「戦略的な開発同盟」を提唱し、日本が米国の重視する開発途上国に戦略援助を行うよう迫った事を忘れてはならない。
おりから訪日していたカンボジアのサム・レンシー野党党首は、日本のODAについて、「汚職や環境破壊を招いている日本のODAを、貧困解消など国民全体の福祉向上に役立てて欲しい」と訴えている(3月31日毎日新聞)。
ただでさえ問題のある日本のODAが、国連の票稼ぎに使われたり、「世界の民主化」という名の米国の一国主義に供される。そんなODAの増額を小泉外交の道具に使われてはならない。

 もう一つのロボット

 愛知万博の目玉の一つは最新技術であるという。そしてその目玉の一つとして各社がロボット技術の開発を競っているという。4月3日の読売新聞には4カ国会話ロボット、掃除ロボット、などが紹介されている。4月1日の朝日新聞夕刊「経済気象台」にも「『つくる』から『つかう』へと、新しい時代を迎えるサービスロボット。私たちの日常の様々な場面で活躍する日も遠くないように思う」と書いている。
 しかし、私の手元にはもう一つのロボットを紹介した新聞記事がある。3月29日付の日刊ゲンダイは「混迷するイラクに米軍が密かにロボット兵団を投入する」と告発しているのだ。米国のイラク戦争に際しては、正規の米軍のほかに、金で人を殺す傭兵が使われてきた。彼らは軍人ではないのでジュネーブ条約にとらわれずに残虐行為が出来るという記事も読んだ。そしてついにロケット弾や機関銃を装備した武装ロボットを使おうとしているのだ。これほど非人道的な行為はない。
今回配備されるロボットは米フォスターミラー社が200万ドルかけて作成した。しかし「世界トップの日本のロボット技術に世界中の軍隊が注目している」(江畑謙介軍事評論家)という。おりから武器輸出禁止の日本の政策が捨て去られようとしている。
科学技術の発展は真っ先に軍事に使われることは広島、長崎の原爆投下で明らかだ。愛知万博にも武装ロボットを展示して平和ボケの国民に警鐘をならしたらどうか。

もろい「未来志向」

 4月2日の朝日新聞は、「検証・竹島問題」として、日韓関係がなぜこんなに急に悪化したかを論じている。
今私はここで領土問題についての歴史的、法的検証を行ってどちらが正しいかなどという不毛の論議に立ち至るつもりはない。
私が問題にしたいのは、訪韓したライス国務長官に、竹島問題をめぐる韓国の立ち場について熱弁をふるい、日本の歴史教科書の問題まで取り上げて、「我々にどうしろというのか」と米側を驚かせたノムヒョン大統領の激しさと、「それぞれ国内事情もあると思いますね。未来志向だね」とのんきな言葉しか発せられない小泉首相のノーテンキぶりとのギャップである。
おりから4月1日号の週刊金曜日は、小泉首相はノムヒョン大統領の度重なるシグナルを見落とし続けてきたと指摘する。
ノムヒョン大統領は2月25日の就任二周年演説で、日本の姿をドイツと比較し、「(ドイツと異なる態度で)隣国からの信頼が異なる」、と語り、抗日運動記念日である3月1日の演説でも「日本に真摯な努力」を強い調子で求めている。さらにいえば、「創氏改名は朝鮮人の要望」(麻生太郎)、「日韓併合は朝鮮人の総意」(石原慎太郎)などという暴言を小泉首相は放置してきた。そういえば昨年12月17日、ノムヒョン大統領と指宿で首脳会談をした折、浴衣を着て一緒に砂風呂に入ろうという小泉首相のオファーをノムヒョン大統領が断ったことがあった。首脳会談の数日前からノムヒョン大統領は「小泉首相の靖国神社参拝をなんとか止められないものか」と深刻に悩んでいたというのだ。小泉首相はそのシグナルの意味にまったく気付かずに一人で砂風呂に入ってパフォーマンスを行うという無神経さであった。
日本の外務官僚たちは、「好転材料も妙案もない。このままでは北東アジアで日本は孤立してしまう」と嘆くしか術はないという。もはや小泉首相と今の外務省に日本をゆだねることは出来ない。

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2005年04月02日

【バックナンバー】2005-04-02

兄弟仁義外交

 既に何度も書いてきたが、読売新聞が連載している「続 小泉外交」はイラク戦争に巻き込まれていった小泉外交の底の浅さを、これでもかこれでもかと見せ付けてくれる。4月2日のそれも見逃せない事実が書かれていた。
 イラクへの自衛隊派遣は2003年秋の衆議院選挙に不利に働く。福田官房長官(当時)は政治責任を嫌って、防衛庁幹部に、「防衛庁の判断で内々に出来る事はいくらでもあるだろ」と怒鳴りつけたという。首相の正式な準備指示が欲しいと求めた防衛庁幹部のほうが正しいにもかかわらずである。2003年8月の事である。
 ところが調査団ばかり出して自衛隊派遣の結論をださない日本政府に米国はいらだった。「日本の調査団は12回目だぞ。やる気はあるのか」不満を唱える米軍に、日本側はこれが最後だと頼み込んだ。サマワから、市民が飲んでいた汚れた川の水のサンプルを持ち帰った調査団は、10月15日、小泉首相に報告した。
 「治安が安定し、他国が復興支援をしていないのはサマワだけです。市民も歓迎してくれました」
 小泉首相は黙ってうなずいた。
 二日後ブッシュ大統領が来日する。小泉首相は、それでも派遣時期を明確にしなかった。11月に衆議院選挙を控えているからだ。支援内容は「任せて欲しい」としか言わなかった。・・・日本はやることはやる。細かい事は言ってくれるな・・・という事を以心伝心で伝えたというのだ。
このところの場面を読売新聞は、歴史に残る政府高官の名言(妄言?)で次のように伝えている。
 「俺の目を見ろ、何にもいうな」という演歌の世界だ。これは兄弟仁義外交だ。
 年内に自衛隊派遣を決めることになった最大のきっかけは11月16日に国際テロ組織が報道陣に送りつけた「次は東京を攻撃する」という脅迫メッセージだったという。
 「こんな脅迫状に絶対負けるもんか」
 11月29日に二人の外交官が殺害されるという悲劇が起こっても小泉首相や福田官房長官の決意は揺るがなかった。なるほど兄弟仁義の世界である。この野郎ということなのか。
 12月9日、小泉首相は自衛隊派遣を最終決定した。その時はもちろんすでに衆議院選挙は終わっていた。

 こういう舞台裏を知らされると、今更ながら自衛隊派遣がそこの浅い為政者の判断に基づいたものであることがわかる。読売新聞、ありがとう。

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2005年04月01日

【バックナンバー】2005-04-01

人の痛みにどこまで思いを馳せることが出来るか

 4月1日から、「メディアの裏読み」から「メディアを創る」と題名を変えて新しく出発する。その最初をこの拙文から始めたい。
 我々が毎日を平凡に暮らせるのも平和があってこそである。しかしいくら平和であっても、自分の力ではどうにもならない不条理な境遇で懸命に生き続けなければならない人達がいる。そういう人達の人生に他人は何も出来ないけれど、少なくとも思いを馳せる心を持ちたい。自分ならばどう生きるか考えてみることも必要だ。そんな気持ちにさせてくれる記事を、私は3月31日の新聞で見つけた。
 3月31日付毎日新聞、「発信箱」で上村幸治記者が「悲しくて美しい」という小文を書いていた。かつて上村記者が目の不自由な17歳の女子高生が地下鉄の駅のホームから転落した事故を取材した時の記事である。運良く高校生はかすり傷だけで助かった。記者が病院に駆けつけた時にはその高校生は簡単な治療を済ませて受付の長いイスに座っていた。そこへ両親らしき中年の夫婦がやってきた時の光景を次のように思い起こしているのだ。
 「・・・娘さんとひとしきり言葉を交わした後、夫婦は娘さんを間にはさんで座ると下を向いたまま黙り込んでしまった。
 気配でそれを察した娘さんも黙ってうつむいた。3人は長いすの上で肩を寄せ合うようにして、いつまでも彫像のように動かなかった。両親は娘の無事を喜ぶ一方で、目が不自由なゆえに事故に遭わねばならない身の上を不憫に思ったのだろう・・・
 私はその時これほど美しい光景を見たことがないと思った・・・世に『悲しくて美しい』光景があるのなら、『幸せそうで醜い』立ち居振舞いもある・・・」

 3月31日の朝日新聞夕刊に、障害者の兄と健常者の妹の間で交わされた300通の電子メールから一冊のエッセイが生まれたという記事を見つけた。脳性小児麻痺の後遺症で手足や言葉が不自由な兄は、わずかに動く右手に棒を握ってパソコンのキーボードを叩き、不自由な思いをメールにぶつけた。遠慮のないやり取りは、時に喧嘩にもなった。健常者の無理解を痛烈に責める兄。妹は「狭い世の中しか知らないくせに」と応じると、兄は「その言葉をそっくり返そう。健常者こそが欠落者だ」。編集しながら妹は自分が無理解だったことを思い出す。オーディオなどの操作を頼まれて戸惑うと、「自由に動く手があるのになぜできない」と言われ、「偉そうに指示するな」と言い返してしまった。エッセイに一章を寄せた妹はこう記した。「兄の歯がゆさは身をよじるほどだったろう」
 このエッセイのタイトルは「じょんならん」。讃岐弁で「どうにもならない」という意味だという。

 3月31日付朝日新聞夕刊に載っていた千葉大学助教授の渋谷望氏が書いていた「日本人こそ『難民』だ」という論文も考えさせられた。
 彼は、トルコからのクルド人難民の父子が東京入国管理局の手で本国へ強制送還されたことに関連して、国連やアムネステイインターナショナルから批判が寄せられたにもかかわらず難民認定をしなかった日本政府の対応とこれに無反応な日本人について、次のように書いているのだ。
 「・・・人権とは『人間らしい生活をする権利』である。人権を主張するというクルド人にとって体を張った本気の主張が、日本人にはなせかスキャンダルなこととして受け止められた。思えばこれまで人権は日本人にとって疎遠なものであった。日本は高度成長を経て経済大国にのし上がったが、その陰には会社への滅私奉公や長時間労働を『美徳』として要請する構造があった。同期入社の中にも昇進の速さによる序列が設定され、気がつけば煽られてしまう自分がいる。意に沿わない転勤、配置転換、サービス残業への拒否はタブーとされてきた・・・90年代を経た今日、会社への『忠誠』は会社の側から裏切られることが多くなり、経済成長を支えた構造はその脆さを露呈し始めている・・・にもかかわらずこの状況を甘んじて受け入れているのであれば、私たち自身が、誰かが手を差し伸べてくれるのをひたすら待つ『難民』の存在に近いのではないか・・・送還されたクルド人は、日本の自殺者の多さやホームレスの増加に言及しながらこう言っていた。人権の主張は自分たちだけのためでなく、日本人のためでもあると・・・彼らの活動への日本人の反発の底には、日本と言う社会の理不尽さが暴露され、自己の姿を見ることへの抑えがたい恐怖があるからかもしれない・・・日本のシステムの破綻を隠そうとする側にとって、『主張する難民』という他者はいっそう厄介な、自己を映す鏡となるのだろう・・・」

アナン事務総長はいよいよ米国に頭が上がらなくなった

 イラクの旧フセイン政権時代に国連がイラクに課した経済制裁に、「石油・食料交換計画」というのがある。国連が管理して石油収入資金を必要最小限の物資購入にだけ認めるというものである。この経済制裁はイラクの国民を大いに苦しめたのであるが、その資金をめぐって国連の幹部が不正を働いていた、それをアナン事務総長も黙認していたのではないかという疑惑が指摘されていた。
その不正に関する独立調査委員会(委員長・ボルカー前米連邦準備理事会議長)が3月29日報告書を発表した。30日の朝刊各紙は一斉にこれを報じていた。
それを読むと、独立調査委員会は国連職員幹部に何らかの不正があったことを認めている。しかしアナン事務総長の関与については、「十分な証拠がない」として否定した(30日付日経夕刊)。特に、アナン氏の長男コジョ氏が、疑惑を持たれている監査企業コテクナ社の顧問としてコンサルタント料を受け取っていたことについて、アナン事務総長は窮地にたたされていた。しかし、これについて報告書は、不正行為はなかったと結論づけた。
これを受けてアナン事務総長は記者会見で自らのから辞職の可能性を否定した。明らかに米国に借りをつくったのである。
おりしもブッシュ大統領はボルトン国務次官を国連大使に指名した。ボルトン国務次官は「国連は米国に直接役立つ場合のみ価値がある、最も効果的な安保理とは米国のみが常任理事国である安保理だ」と主張して憚らない強硬派である。国連はこれからますます米国の言うとおりにならざるを得ない。
日本が常任理事国入りを目指している国連は、そのような国連なのである。その国連の常任理事国になって、日本は米国の政策をひたすら支えていくことになる。

東アジアサミットの参加国を拡大しようと奔走する日本

 3月31日付の朝日新聞に、今年末にマレーシアで開かれる東アジアサミットに向けて、日本政府が参加国を域外に広げようと関係国の説得に乗り出したという記事が出ていた。
 日本のこのような工作が、東アジアの連帯を強めるという本来の目的に反し、「開かれたサミット」という言葉で「東アジア共同体」の発展を阻止しようとする試みである事は明らかである。アジア地域にはアジア・太平洋経済協力会議やアセアン・欧州会議など、アジアと欧米が一堂に会する場が既にある。東アジア共同体構想は、それらの会議とは異なり東南アジアに中、日、韓を含めた東アジア地域の協力体をつくろうとするものである。それを米国が気に食わないと言っている。東アジア地域の協力が深まる事米国が反対するのである。
外務省の谷内正太郎事務次官は2月末の記者会見でこう語ったという、
「日本外交の基軸はどう考えても日米関係だ。日米関係と対立、矛盾するものであれば、よほど慎重に考えなくてはいけない」(前掲の朝日新聞)。
東アジア共同体構想のどこが日米関係と対立するものなのか。どこが矛盾するものなのか。中国にしても韓国にしてもアセアン諸国にしても、米国の重要性を認めている。米国に敢えて対立しようなどと考える国はない。むしろ米国の支配をまぬかれる為の自衛策としての協力なのである。それを、米国の言いなりになって日米関係に害を及ぼすとして骨抜きにしようとする外務省の態度は、アジア諸国に対する裏切りではないのか。もっともそんな対米追随しか出来ない日本の情けなさを、アジア諸国はとっくに見抜いているのである、同情しているのである。

小泉首相を始めて評価したいと思ったが

 愛知万博の報道を見て思ったことの一つに、食事代の値段の高さがあった。入場者を当て込んだ金儲け商売に違いない。そう思っていたら小泉首相が30日の記者会見で「弁当は安上がりだ。認めたほうがいい。よく検討してくださいと言っている」と述べ、制限を緩和するよう経済産業省に指示したという報道がなされた(3月31日付産経新聞)。小泉首相もいい事をするじゃないか。小泉首相がいい事をすれば私でも素直に褒める。
 「しかし、待てよ」と考える。何故こんなことを小泉首相は記者会見でわざわざ述べるのか。何故こんなことが各紙に一斉に大きく報じられるのか。テレビまでもが伝えるのか。
そう考えるうちにハタと気がついた。これは点数稼ぎのパフォーマンスではないかと。そうだ、これは広告会社が振付けた小泉首相の宣伝工作に違いない。
 そう思ってその後の報道をよく観察してみた。愛知万博をあて込んだ業者は、折角期待していたのに大きな痛手だと困惑しているらしい。それをなだめるかのように、持ち込み可能なのはあくまで手作りの弁当である。外食を購入して持ち込むのは禁止、ペットボトルや缶、ビンの飲み物は持ち込み禁止などと、依然として制約は大きい。客のほうは客のほうでコンビニ弁当を家から持ってきた弁当箱に詰め替えればいいのかと言い出して訳が分からなくなっている。
小泉首相は、鶴の一声でいい事をしてやったといわんばかりに、そんな混乱にはお構いなしだ。点数を稼いだら、あとはどうでもいいといわんばかりに関心がないに違いない。
 やはり小泉首相のすることは評価できないと思い直した。その動機がすべて自分の為という不純なものであるからだ。

対北朝鮮外交に失望して辞職した外務官僚の告発

4月1日発売の月刊現代6月号に、驚愕の記事が載っていた。原田武夫という外務省北東アジア課の課長補佐が、外務省の対北朝鮮外交のいかさま振りに愛想をつかして3月末をもって辞職したのだ。そして「外務省は壊れている」と憤怒の告発を誌上で繰り広げているのである。鈴木宗男事件に巻き込まれて外務省を辞めた佐藤優氏に次いで、たて続けに外務官僚が辞めて行った。そして奇しくも「外務省は壊れている」と同じ表現を使ってこの間まで勤めていた外務省という組織を激しく非難しているのである。
その内容も酷似している。情報も戦略もなく、出世と保身のだけで動く外務官僚。そんな官僚が独占している外交が行き詰るのは、当たり前なのである。
原田武夫氏は次のように語る。こんな外交では「拉致被害者」は帰ってこないと今更ながらに確信した。千秋の思いで待つ家族が可哀相すぎる。
「2004年11月10日、北朝鮮、平壌。私は拉致問題を巡り北朝鮮側との決着をつけるために乗り込んだ藪三十二外務省アジア局長(当時)率いる日本政府代表団の一員として協議のテーブルについていた・・・安否不明者の拉致被害者10人全員の生存と帰国が通知されるのではないか、日本政府代表団の誰しもがそう期待した。しかしそうした根拠なき期待は見事に打ち砕かれることになる。協議初日の冒頭に北朝鮮側の課長が再調査結果を次のように読み上げる、『日本側が指摘した行方不明者10名の内、8名は既に死亡した。残りの2名については共和国に入国した形跡は確認できず。以上』
唖然とする私たち日本側代表団一行。日本外交が『敗北』した瞬間だった。そしてまさにこのとき、私は外務省を辞し、『日本外交の真実』を日本の為に論じなければならないと決意したのであった」
こう述べる原田氏の告発は衝撃的だ。彼は次のように言う、
「外務省の職員は世論を冷ややかに見ている。何をしても時の権力がバックにいてくれる限り最後は守られるからだ」、「日朝外交という日本外交のフロンテアにいた者としてはっきり申し上げたい。日本外交に決定的に足りないのは武力や札束でなく、すべての政策決定の前提となる情報なのだ」、「まさかのゼロ回答を返された日本側代表団はその場で北朝鮮側を追い詰めるだけの情報をそもそも持ち合わせていなかった。何を聞いても巧みに言い逃れをする北朝鮮側にまったく歯が立たなかった。その混乱振りは薮中団長の豹変振りからも明らかだった。それまで悠然と構えていた薮中団長は、末席に座る私にやおら大声で叱責をし始めた。『こら、原田君!何をぼーっとしてるんだ!質問を考えるんだよ、質問を!』。だが質問を考えようにも、こちらには情報が皆無に等しかったのだ」、「地位が上がれば上がるほど、外務省内の先輩、同僚はあえて無言を貫くのだった。根本的な問題提起はおろか、現下の欠陥状況を甘受し、苦笑いをしつつもやり過ごそうとする。そのような幹部たちの姿には憤りすら感じた。彼らはマスコミからマイクを突きつけられると威勢のよいことを口にするが、所詮、自己の保身だけしか考えていないのだ」
責任をとることなく何食わぬ顔をして栄転していった連中はどんな顔をしてこの若い外務官僚の告発を読んでいることだろう。

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