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2005年04月28日

【バックナンバー】2005-04-28

市議会議員の手当て

 28日の朝日新聞の「私の視点」というコラムに、則竹勅仁(のりたけくにひと)という名古屋市議の投稿記事があった。正しい指摘である。
 すなわち名古屋市議の手当ては過剰だと次のように問題提起しているのだ。名古屋市議は、月額報酬101万円とは別に、議会や委員会に出席すると1日につき1万円の「費用弁償」が追加される。これは地域の名士が手弁当で地方議員をしていた時の名残だという。つまり本業を休んで頑張ってくれているのに無報酬では申し訳ない、交通費くらいは出そうということでつくられた手当てだったのだ。だから、地方議員に報酬が払われるようになった時点で廃止すべき手当てなのだ。ところがなくなるどころか、議員報酬の高額化と歩調を合わせるように肥大化してきた。
 そもそも議員には、市内に網の目のように張り巡らされている地下鉄・市バスの無料乗車券が支給されている。加えて資料作成費と称して、月額55万円の政務調査費がつく。要するに経費の二重取り、三重取りが行われているのだ。
 それに見合った仕事があるのか。市民のために意味のある仕事をしているのか。議会の開会日は年間70-80日程度だという。しかも1日せいぜい数時間の仕事だ。なんという厚遇。そのうまみ故に、全国的に政治の世襲化が進む。
 則竹市議はこのように解説した後、次のように警鐘する。
「・・・議会は行政をチェックする役割を担う。役所の無駄を問いただすためには、議員自身が特権などを持ってはいけない。行革が進まないのは、議員も役所も特権を享受する為に馴れ合っているからだ。公僕たる議員と言う民主政治の原点を見つめなおすことが、今の日本に求められている・・・」
 このことは、既に民主党の河村たかし(愛知1区)がその著書「国破れて議員あり」(徳間書店)の中で主張しているところだ。彼は言う。
「・・・政治の内実は自民も民主もどっちもどっちです。議員の特権を享受して、生活の為に議員をやっているだけの人が多い・・・地方はオール与党体制です。やっていることは公務員と組んで利権を確保する事だけなんです。国会議員だって選挙で世話になるから地方議員には頭があがりません・・・本当の対立軸は『自民対民主』ではなくて、『職業議員対国民』なんです・・・」

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2005年04月27日

【バックナンバー】2005-04-27

この国の違憲訴訟

 26日、東京地裁で違憲訴訟の判決が下された。小泉首相や石原都知事の靖国参拝を違憲とする訴訟に、東京地裁の柴田寛之裁判長は「訴えの利益がない」として門前払いをした。憲法判断を回避したのだ。
 27日の毎日新聞の報道によれば、全国6地裁で起こされた靖国訴訟はこれで1審判決が出揃ったという。福岡地裁判決(04年4月)が「宗教的活動にあたる」として違憲と判断した以外、裁判長はすべて憲法判断を放棄した。
判決について小泉首相は26日夕官邸で記者団から質問され、「裁判にされるような問題じゃないと思うんですけどね」と語った。石原都知事は、「判決は極めて当然。差し止めを求める事自体がおかしい」とのコメントを発表した。
 違憲訴訟については、靖国参拝と並んで自衛隊のイラク派遣違憲訴訟が全国で行われている。私も名古屋訴訟の原告の一人に名を連ねている。北海道の箕輪元自民党衆議院議員の違憲訴訟も何度か傍聴した。憲法を少しでも学んだ者ならば自衛隊のイラク派遣が違憲であることはわかるはずだ。しかし裁判官はここでも正面から違憲審査をしようとはしない。やはり「訴えの利益がない」として門前払いに違いない。
 この国の司法はどうなっているのか。これほどまでに政治に屈していいのだろうか。裁判官は出世に目がくらんだ官僚に成り下がっている。「法の支配」の崇高さから目をそむけている。どのような権力者であっても法の前には平等である。法を犯せば等しく裁かれなければならない。なぜこの民主主義の基本を大切にしないのか。何のために法曹を志したのか。
 違憲訴訟は続けよう。裁判官が権力を裁く事が出来なくても、我々が彼らを裁くのだ。「法の支配」を無視する者は、「法の支配」によって必ず仕返しを受けるようにしなければならない。

 シーファー駐日大使について

 26日の日経新聞、「ニュース なるほど」で、編集委員の春原剛氏がシェーファー駐日大使について、次のように書いている。
 すなわち、日米関係についてアーミテージ前国務副長官に頼りすぎていたブッシュ大統領は、二期目において対日外交の「直轄」を意識し、より自分流を押し出そうと親友をかつぎだした。政府内で知日派人脈が先き細る中で、彼はいわば最後の切り札である・・・と。
 買いかぶりもいいとこだ。彼の前任地は豪州である。米国にとって豪州は存在しないも同然の国だ。米国の言う事を何でも聞く国だ。駐豪州大使の頃の彼の評判は悪かったらしい。ブッシュ大統領の意向を100%押し付けようとしたからだ。外交なんてものはシェーファーの頭にはおよそないのだろう。ただブッシュに命ぜられるままにそれを伝えるだけだ。日本はまさにブッシュにとって豪州並みに見られているということだ。あるいはそれ以下に見られているかもしれない。
こんな大使が派遣される真の原因は日本のせいだ。戦後60年もの間、これほど米国との関係を重視してきた日本にとって、親日、知日の米国人脈をつくれなかった日本の政治家、官僚の貧困さを示すものだ。その一方で米国の有力な人物にとって日本は魅力のない国ということだ。喜んで日本に来るという人物がいないということなのだ。シェーファーはブッシュに頼み込まれて日本に来たに過ぎないのだ。彼は日本に溶け込もうとしないのではないか。日本を理解しようとしないのではないか。なぜならば彼の仕事はブッシュの要求を伝えるだけであるからだ。もちろんブッシュとともに去っていく男だ。


GMを助けるトヨタ

トヨタの奥田会長がまたしても大胆な発言をした。米国自動車業界の不振が再びトヨタ叩きに向かうことを恐れ、25日の記者会見でこう述べたという(26日毎日新聞)。
「GMを含め、米自動車業界を憂慮している。自動車は米国の象徴的産業なので、日本も対応を考えないといけない」。まるで米国の大統領が言っているようだ。しかもそのあとに続くセリフがふるっている。
「値段をいじるとか、多少息つく時間を与えることは大事だと思っている」
つまり北米市場での人為的な値上げを行い、自らの価格競争力を減じて、米国車の売り上げが伸びるように助けると言っているのだ。
トヨタの思惑は勿論ある。多少は利益を減らしても、日本たたきが起きて米国の市場を失うよりは得だということだ。収益を上げているトヨタにとっては、その程度の利益の移転はたやすい事だと言っているのだ。しかしその利益はどこから来ているというのか。我々消費者が高い値段で買っているからではないのか。米国に利益を与えるくらいなら、国内価格を下げてまず日本の消費者に利益を還元すべきではないのか。
27日の日経新聞にホンダの雨宮福社長の言葉が載っていた。
「(価格設定は)顧客や市場を見ながら決めていくもの。顧客を無視して、支援的な意味合いの値上げなど考えられない・・・独禁法をどう考えているのか」 
痛烈な皮肉である。こちらのほうが経団連会長奥田の言葉よりまともだ。

韓国が見せた対米自主外交

 少し前のことになるが、16日の毎日新聞で、「韓国政府が米国に対し、北朝鮮の異常事態を想定した米韓合同作戦計画の作成中止を求めた」という記事があった。「韓国の主権行為に重大な制約をきたしかねない」という理由から反対したという。
 今度は財政支援の減額だ。27日の産経新聞に、「在韓米軍に対する防衛費負担額を対2004年比で8.9%減らした」という記事が載っていた。即ち、2005年は日本円で約680億円に減額するという。この額は2006年も同額である。最終的に米が譲歩したという。
 この記事を読んでつくづく韓国が羨ましく思えた。ひるがえって日本はどうだ。沖縄の在日米軍削減一つ米国に要求できないでいる。思いやり予算についてはスズメの涙ほどの削減しかできず、韓国の10倍ほどの負担を続けている。
 在外米軍が世界的に縮小される中で、日本だけが米軍機能の強化の負担を背負い続けている。

核拡散防止条約の再検討会議

 核拡散防止条約の再検討会議が5月2日からニューヨークで開かれる。そもそも核不拡散防止条約は有効に機能しているのか。そう思って各紙の記事を読んでみたら、案の定、今回の会議でも議題が未だに決まらないほど行き詰まっているという。
 そもそも1968年に調印された核拡散防止条約は、「既に核保有国であった米、英、仏、ロシア、中国の核保有を認め、その他の国の核保有を厳禁するのと引き換えに、核保有国に核軍縮を求める」というものである。
 しかし今はその双方が崩れている。核保有国の核軍縮は進むどころか強化されている。米ブッシュ政権は新型小型核を開発しようとし、ロシアは新型核ミサイルの実戦配備を昨年表明した。一方、核不拡散の面でも、核兵器開発疑惑が取りざたされるイラン、脱退を宣言し核保有宣言をした北朝鮮など。事態は深刻だ。
そんな折から27日の読売新聞は、米国が今度の会議において、「核拡散防止条約は、核保有国の核研究開発や生産、近代化を停止する事を想定していない」という驚くべき立場を表明する方針であると報じている。これはもう核軍縮の否定である。
 唯一の被爆国である日本は今度の再検討会議にどう臨むのか。このような米国の新型小型核のあからさまな開発宣言に対して、会議の場で堂々と反対する事が出来なければ、被爆国の責任は果たせない。

週刊新潮の三つの記事

 週刊新潮の5月5・12日ゴールデンウィーク特大号に、興味深い記事を三つ見つけた。
 私が評価するのは、小泉首相と西武・堤義明氏との「汚れた選挙癒着」という仰天記事だ。堤氏の逮捕の時にプリンスホテルばかりを公費で利用する小泉首相の疑惑がマスコミで取り上げられた。その時小泉首相は西武グループとの関係を聞かれ「何もない」と他人事のように話していた。あれから2ヶ月、世間は堤逮捕劇を忘れ去ろうとしている。しかし週刊新潮のこの記事は見逃さなかった。
 小泉首相が地盤とする神奈川県横須賀市の選挙で、横須賀プリンスホテルの従業員が総出で応援してきたという。ポスター貼りに始まって、電話による投票勧誘、選挙カーに乗って手を振り、立会演説でサクラ役をやる。あらゆる選挙運動をホテルの従業員数十名が総選挙のたびに行ってきたというのだ。しかもこの経費はすべてホテル側から従業員の給与で支払われてきた。労力の無償提供は公職選挙法によれば収支報告書に記載されなくてはならない。しかし記載は全くなされていない。専門家に聞くまでもなく法律違反である。
 もう一つの記事も評価できるスクープ記事だ。すなわち昨年10月31日にイラクで首を切り落とされた香田さんの実行犯が逮捕され、アブグレイブ刑務所に収容されていたという仰天記事だ。驚くべきことは米国側から、「要員を派遣するなら尋問を許可する」との通報が日本側になされていたということだ。それにもかかわらず、アブグレイブ刑務所に職員を派遣する事を恐れた外務省はこれを断り、しかも遺族にも伝えずに隠蔽したというのだ。公務より身の安全が第一ということだ。これが事実だとしたら驚くべき職務放棄だ。国民や遺族に対する裏切りだ。
 これら二つの記事とくらべて三つ目の記事はくだらない。それは外務省告発本を出した元外交官の悪口を書いた記事だ。元北東アジア課の課長補佐であったキャリア外交官原田武夫氏は、「日本外交は敗れた」と失望し、外務省を辞めて「北朝鮮外交の真実」という告発本を出版した。
この本は外務官僚が拉致交渉でいかにいい加減な仕事をしていたかを白日の下に暴いた本だ。さぞかし外務省は原田氏を憎らしいと思っているのだろう。原田氏が英雄になってはたまらない。そこでその原田氏を徹底的にこき下ろそうと謀略をめぐらしたのだ。内部情報をリークして本人を貶めるのだ。あいつのいう事を信用するなと言いふらすのだ。姑息な外務官僚がよく使う手である。鈴木宗男議員の時と同じだ。内部情報をわざとメディアにリークして書かせるのだ。しかもその悪口は、韓国語がしゃべれなかったとか、残業をせずにタレントと遊んでいたとか、小沢一郎に接近して政治家デビューを目論んでいるとか、どうでもいいことばかりだ。
官僚からこんな情報をもらって喜んで悪口を書く記者はどこのどいつだ。官僚の組織防衛や保身の片棒を担ぐなんて、ジャーナリストの風上にも置けないつまらない記者だ。

 横領した金は全額返済させるのが当然だろう

 27日の読売新聞に、財務省が2002年―2005年度の4年間にわたり実際に存在しない研究会の開催費や委員の謝金などの名目で、計約1億円を不正計上していたことが報じられていた。ついこの間は経済産業省資源エネルギー庁が億単位の広報費を流用している疑惑が報道されたばかりだ(22日読売新聞)。
 外務省の機密費流用や警察の裏金があれほど批判されたにもかかわらず、そして社会保険庁の無駄遣いが国民を怒らせたというのに、官僚の公金流用は後をたたない。しかも各省の予算を預かる財務省自身が不正をしているのだ。何故こんなことになるのか。
 その理由は簡単だ。いくら悪いことをしても正当に罰せられないからだ。詫びればすむとタカをくくっているのだ。せいぜい給与の一部を減俸という形で返せば文句はあるかと思っているからだ。少なくとも使った分は全額返納させよ。それは当たり前の事だろう。その当たり前のことを実行すれば直ちに不正は止むに違いない。
使った金を返せないからだ。返させることが初めからわかっていたら流用しないようになる。信賞必罰、この当たり前の事が官僚に適用されず、甘やかされ続けるから、いつまでたっても悪事が終わらなのだ。

 

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2005年04月26日

【バックナンバー】2005-04-26

保阪正康氏と山崎正和氏の投稿記事

人の書いたものを読む時に着目する事が一つある。その記事が取材に基づいて実証的に書かれたものか、筆者の意見のみで書かれた作文に過ぎないものかという点である。    
この観点から、極めて対照的な二つの記事を25日の新聞で見つけた。その一つが25日朝日新聞夕刊に掲載されていたノンフィクション作家保阪正康氏の「反日に揺れる中国を訪ねて」という記事である。
彼は昭和史の実証的研究を続けている作家で、そのテーマの一つとして、「日本はなぜ中国政策を誤ったのか」、「なぜ日本軍は中国で残虐行為を働いたのか」を書くために、10年近く毎年中国を訪れ、中国の日本研究者、ジャーナリスト、実業家、政府関係者などとの交流を続けているという。今年も4月の15、16,17日の3日間北京に滞在した。その際に様々な中国人から聞いたという次の言葉は間違いなく今の中国人の思いを伝えていると思う。
「史実を無視して、どうして反省を曖昧にして国連の常任理事国になろうとするのですか。私には納得できない」
「小泉さんは私たちの政府をどうして困らせるのですか」
「中国侵略を口では認めても、靖国参拝を繰り返すという言行不一致では中国国民を納得させることは不可能だ・・・」
「(『中国側にとっても反日デモは益するところがない』という日本企業側の言を耳にした中国人実業家の言葉として)日本が歴史を自省しないで、経済、経済というなら、経済関係などゼロにしても、日本に復讐するという若い世代の声があることも忘れてもらっては困る」
これらは無知な中国人の言葉ではない。日本に滞在経験のある研究者や実業家の言葉である。
さらにまた保阪氏は、毎年訪れる北京で今年はとくに怒りの感情が強いと感じたという。
そして保阪氏は次の通り自らの結論を述べている。
「・・・北京で私が会った中国側の研究者や実業家たちは、一連のデモは政府がコントロールしている節はあるが、現実にはその枠を超えて国民的な広がりを持っていると見ていた。私は彼らと対話を試みるたびに、日本側の無神経な言動でたちまち火がつく「抗日・反日」のエネルギーが常に胎動していることを感じた。そのことを私たちは理解しておくべきである・・・日本の指導者は『反日教育をやめよ』などといった筋違いの発言をしているが、これは中国に対して『近代史を教えるな』と同義語である・・・中国社会では日本軍がいかに非道なことを行ったか、祖父の代から孫の代へと着実に語り継がれている。中国では30代、40代の研究者が、実証的な手法で今、聞き書きや日本軍閥の再調査を行っている。いまだ知られていない史実は、強制連行や毒ガス作戦を始めとして今後次々と出てくるのではないか。こうした史実は、大半が日本側が直視してこなかった。日本はますます謙虚に史実に向かいあわなければならない時代が来るだろう・・・『史実』を忘却しようとする私たちの国は、『史実』によって復習されるのではないだろうか・・・」
この保阪氏の言葉は彼が自ら取材し、また見聞してきた事実の基づいた意見であるが故に、説得力がある。
これに比べもう一つの記事はあまりにも軽薄な記事だ。25日読売新聞、「地球を読む」に掲載された、「イラク戦争は終わった」という劇作家・山崎正和氏の論評である。氏は次のように述べている。
「・・・ブッシュ大統領は、今こそようやく勝利宣言の資格を得たように見える。民主的選挙で選ばれたイラクの国民議会が新しい大統領と首相を任命したのである。振り返ればアメリカが国連決議を背景に開戦した時、戦争の目的は4つあった。独裁者サダム・フセインの排除、大量破壊兵器の疑惑の解明、イラクの民主化、テロリストの温床の制圧である。2年間の戦闘と占領の後に、4つの目標はほぼ十分に達成されたと見ることが出来る・・・
今後、新政権のもとでのイラクがどうなるか、憲法起草と経済再建が可能かどうか、とくに治安問題の早急な解決ができるかどうかわからない。しかしそれはもはや新生イラク人の問題であって、アメリカの問題ではない。おそらくアメリカ軍は、中東全域の安定を目指して、しばらく駐留をつづけるであろう。しかしそれはもはやこれまでのイラク戦争の延長ではなく、新しい動機と目的に基づいた、まったく別の武力行動なのである・・・最初から一貫してアメリカのイラク戦争を支持してきた私にとっては、今や『戦争は終わった』のである」
なんという暴論であろうか。暴論であるばかりでなく現実を無視した誤った論説だ。同じ日の新聞に、武装勢力の爆弾テロによりイラク人30名が死傷したというニュースが流されていた。イラク新政府の組閣は難航し未だに完了できないという記事があった。イラク各地で米兵が攻撃を繰り返し、3人の戦死者を出したという報道がなされている。「イラク戦争は終わった」どころか、アメリカはあの誤ったイラク攻撃の咎めを、これからまさに受けようとしているのである。米国にとって「本当のイラク戦争」がこれから始まろうとしているのである。
山崎氏は何を根拠に「イラク戦争は終わった」と断じているのか。間違った「イラク戦争」を支持した自らの不明から一刻も早く逃れたい、その一念で、イラク戦争を「終わりにしたい」だけなのではないか。
劇作家が国際政治を論評するからこういうことになるのだ。こういう論説を一面に堂々と掲載する読売新聞は読者を軽視しているとしか思えない。

5年目に入る小泉政権

 今日4月26日で小泉政権発足後丸4年がたったという。明日から5年目に入るのだ。
本来ならば特集記事が各紙をにぎわすところである。たしかにいくつかの新聞は特集記事を組んでいた。しかし大した記事は見当たらなかった。
尼崎市で起きた不幸な列車大事故で紙面埋め尽くされたこともあろう。郵政民営化法案をめぐる自民党の混乱に報道の関心が向けられたこともある。しかしそれだけではない。書くべき内容がないのだ。4年間も続いた小泉政権に見るべき成果がないのだ。まさか「八方ふさがりの外交」、「史上最悪の財政赤字」などという否定的なことばかりを書くわけにはいかないだろう。
小泉政治の功績をたたえる時に決まって持ち出されるのが二つある。その一つが金融システムを蝕んできた不良債権を半減させたことである。しかしその数字の達成の為に、どれだけの税金が投入されたか。どれだけの貸し渋り、貸し剥がしが中小企業をいじめてきたか。経済の疲弊ばかりをもたらした不良債権処理とは何だったのか。そもそも不良債権の処理といっても、名前も覚えられないほど頻繁に繰り返された銀行の合併劇に過ぎないのではないか。
もう一つ喧伝されるのは日米関係の良好さである。たとえば26日の朝日新聞でコロンビア大学教授のジェラルド・カーティス氏は、「小泉政権になってから、アメリカとの関係がより良好になったのは確かだ。9.11テロの後の対応とブッシュ大統領との個人的な信頼関係が出来た事は評価すべきだ」と書いている。
本当だろうか。我々はこの種の表現をこれまで嫌というほど聞かされてきた。しかしその言葉の中身を考えたことがあるのか。検証したことがあるのか。考えても見るがよい。通訳を通じてしか会話が出来ず、首脳会談や電話会談という最も形式的な接触しかしてこなかった小泉首相とブッシュ大統領に、どうして個人的な信頼関係が築けるというのか。
事実、4年間の日米外交関係のバランスシートを検証した時、日本が得たものは何もないはずだ。小泉首相は外交、経済両面で、日本国民のあらゆる犠牲を払って米国を助けてきた。それに比べて米国が日本に与えてくれたものが何かあるのか。安全保障だって?とんでもない。戦後いまだかってこれほど安全保障の脅威が強調された時期はなかったではないか。近隣諸国との関係がこれほど悪化した時期があったか。
そもそも悪い日米関係とは何か。あらゆる面で米国に従う日本と米国の関係が悪くなるとすれば、唯一つ、米国が無理な注文を日本に押し付けて日本を困らせる時だ。小泉首相はすべて丸のみだから関係が悪くなるはずはない。
考えれば考えるほど実績のない小泉政権である。特集記事に精彩がないのもうなずける。

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2005年04月24日

【バックナンバー】2005-04-24

日中首脳会談をめぐる真実

 すべて想定の範囲内だった。埋まらなかった日中双方の溝の深さ。それにもかかわらず会談が有意義だったと一方的に強調する小泉首相の姿。そして真実を何も伝えずに外務省が「与える」会談要旨を判で押したように垂れ流す日本のメディア。これでは国民は騙されてしまう。
しかし真実は驚くほど寒々しいものであったに違いない。それを一番知っているのは小泉首相自身だ。そして会談に同席した杉浦官房副長官や田中外務審議官、佐々江アジア局長らだ。さぞかし後ろめたい思いでいることであろう。首脳会談までやって関係改善の糸口さえ見つからず、しかもそれを国民に隠そうとしているのだから。
 いずれ真実はボロボロもれてくる。それよりも、今後も反日デモが続くという「事実」によって日中首脳会談の失敗が証明されることになる。
 その時を待つことなく、私は次の通り今回の歴史的な首脳会談を評価する。想定内であったとはいえ日本外交のあまりの劣化ぶりに我慢がならないからである。小泉首相が日本の首相で居る限り日中関係は決して好転しないだろう。小泉首相と胡錦濤主席との間の首脳会談も二度と開かれないであろう。被害者は反日デモの矢面にさらされる日本国民であり、一生懸命に働いてきた日本の中国進出ビジネスマンである。

1.私は昨晩から今朝にかけての日本の報道をつぶさに観察してみた。どれ一つとして真実に迫る記事や解説がない。議論に熱がない。深みがない。これはどうしたことか。皆わかっているのだ。この会談の無意味さを。しかしそれを書くと小泉首相に傷がつく。官邸は必死でメディアを規制しようとする。メディアがそれに従順に従っているのだ。首脳会談が終わったあとのNHKなどの醒めた報道姿勢は異常だ。これほど注目された歴史的首脳会談であるのに、そしてこの種の首脳会談の後には決まって特別報道を大々的に行うのに、今回はまったく報じられなかった。どう報道してよいかわからなかったのだ。報道振りを必死に考えていたのだ。
2.翌日の各紙やテレビ番組をみて報道関係者の苦衷をあらためて感じた。どれもこれも悩んでいるのだ。元気がないのだ。面白くないのだ。本当のことを書けない、言えないもどかしさ。それでいて中国政府に対する腹立たしさが随所ににじみ出る。まるで自慰行為をしているようなものだ。
「困っているのは中国政府だ」、「国民の不満が政府に向かうことを恐れている」、「世界の評判を落として損をするのは中国だ」、「行き過ぎた愛国教育が裏目に出た」などなどの言葉が踊る。しかしこれは勘違いも甚だしい。世界と中国との関係は良好だ。関係が悪化しているのは日本だけなのだ。中国国民の怒りが向けられているのは日本だけなのだ。世界は日中がケンカをするのは好ましく思っているのかもしれないが、日本が正しい、中国が悪いなどと本気で思う国はない。日本の味方をしているのは米国だけだ。しかもその米国さえいざとなったら中国との関係を優先するのだ。
3.それにしても小泉首相は卑屈な態度を見せたものだ。笑顔を見せない胡錦濤首相に駆け寄って、両手で握手し作り笑いを浮かべて友好会談を演出して見せようとした。会議後の記者会見で「日中関係改善に向けて対話促進で一致した」「有意義な会談であった」と一方的に自画自賛してみせた。しかしそんな演出をしてみたところで、一方の胡錦濤主席は会談直後の単独記者会見で「侵略戦争を反省し、中国人民の感情を傷つけることをするな」「言葉ではなく行動で示せ」と明言しているのだ。これほどの強い対日批判はない。一体どんな会談をしていたのか。小泉首相は正直に白状すべきだ。
4.そもそもこの首脳会談に臨む両首脳の外交に対する基本姿勢が対照的だ。胡錦濤出席は日中間の基本的問題に正面から取り組もうとした。日中関係を定めた三つの文書を引用したことの意味は重い。72年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約、98年の日中共同宣言がそれだ。ここには歴代の日中指導者たちが苦労を重ねて積み上げた合意がある。その精神に反する言動を小泉首相が取り続けるから日中関係が悪化したのだ、中国国民が怒るのだ、そう言っているのだ。まことに筋の通った申し入れである。これに対して小泉首相はどうだ。会談の冒頭にアチェの被災地を訪れた感想を長々と述べて友好的な雰囲気をつくろうとしたという。これに対し胡錦濤主席が目を白黒させたという。そもそもこれほど重要な会談を前に一日中アチェの被災地を訪れて子どもたちとフラフープをしてパフォーマンスをしている小泉という政治家の資質を疑う。会談後の「ベリーグッドミーティング」と軽口を叩く不真面目さに不快感を覚える。不勉強な小泉首相は、「日中関係を定めた三つの文書」といわれても訳がわからずに目を白黒させたに違いない。アチェから疲れて帰ってきて会談に臨むのではなく、十分に勉強して襟を正して歴史的会談に臨むべきなのだ。
5.極めつけは、会談後の記者会見で、「首脳会談は外相会談と同じである必要はない」として、歴史認識や靖国参拝についての対応を避けたことだ。ふざけるな、何の為に必死になって首脳会談を設定したのだ。首脳同士で重要な問題を話し合うはずではなかったのか。現に胡錦濤主席は会談ではっきりと問題提起したではないか。中国の要求を明確にぶつけてきたではないか。
  首脳会談で面と向かって答えずに、会談後の邦人記者会見において、「今後の靖国は適切に判断する」との主張を繰り返して参拝の可能性を否定しない小泉首相。まるで空威張りのガキのようだ。ここまで指導者の器量の違いを見せつけられた首脳会談はかつてなかった。そんな指導者を頂く日本は中国との戦いに既に根本のところで負けているのだ。

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2005年04月23日

【バックナンバー】2005-04-23

これは歴史的な日中首脳会談になるかもしれない

 大袈裟に言えば今回の日中首脳会談は歴史的な会談になると思う。すなわち過去の歴史に関する日本と中国のこれまでの曖昧な関係が、この首脳会談によって一歩前進するのか、それとも後退するのか。あるいは曖昧なすれ違いに終わって、日中関係が再び前進も後退もない不透明な形で推移していくのか。小泉アジア外交の鼎の軽重が問われる歴史的会議になるに違いない。もうすぐ結果がわかるこの歴史的な日中首脳会談の直前に、そしてその結果について洪水のような報道や解説がなされる前に、これだけは書いておきたいと思う。
 この会談の内容について、報道関係者にお願いしたい。どうか事実に肉薄した正確な報道を行って欲しいと。余計な装飾や解説抜きの、両国首脳の生の声を伝える報道を私は大手メデアに切に期待するのである。間違っても小泉首相の宣伝道具に使われるなと言いたいのだ。
日本政府にとっても中国政府にとってもこの会談の結果は、それぞれの国民にとっての最大の関心事であり、それゆえにそれぞれの政府は自分たちに都合のいいブリーフィングをするに違いない。外交協議の常として普通であれば事前に話し合ってお互いの発表振りを調整する。しかし今回はあまりにも政治的に重要な問題だ。同じ発表が出来るほど調整はできないだろう。しかも日本の場合、すべては小泉首相の独断で決まる。従って官僚のコントロールに限度がある。だからこそ注目されるのだ。中国側の発表との間に違いが見られることになるかもしれない。その違いを検証するところから真実が見えてくる。
一億総評論家になって目を凝らそうではないか。これまでの報道で我々国民は問題点を知り尽くしている。テレビで解説している評論家程度の解説や評価はもはや誰でも出来るのだ。馬鹿な解説をする評論家がいればその評論家さえも批評の俎上に乗せよう。休日の格好の暇つぶしだ。
 今度の会談の見所はただ一つ、中国側が小泉首相の靖国参拝にどういう言い方で反対の申し入れを行うのか、そしてそれに対して、小泉首相はどう答えるのかだ。これに尽きる。それ以外のことは一切無視しよう。
小泉首相にとってはこの問題を提起されたくないに違いない。おそらく事前に持ち出さないように凄まじい外交工作を重ねたことだろう。「反日デモに対する抗議は行わないから靖国参拝は持ち出さないでくれ」とか、「日中関係はお互いにとって重要だから未来に向かっての協力関係重視について目を向けよう」とか、あらゆる事を持ちかけてきたことであろう。
 もし中国側が靖国参拝を持ち出さなければ中国側の負けだ。後で何を言おうと勝負はついたことになる。小泉首相の完勝である。
他方もし中国が靖国参拝中止を重ねて申し入れてくるのであれば、小泉首相は窮地に立たされる。小泉首相の子供じみた依怙地な性格から、「言われて止める」ことには絶対に応じないだろう。国内の保守層からも批判される。しかし、この反日デモの嵐のなかで、それでも信念を押し通し、「中国国民が反対しても参拝を継続する」と言う程の度胸は小泉首相にはない。そこで言い方を工夫するのだろう。中国に対しては参拝を控えるニュアンスを伝えながら、日本国民には「参拝もいろいろ」と煙に巻くつもりかもしれない。歴史に残る小泉語録が飛び出すかもしれない。それはそれで面白い。しかしそれが中国国民に通用するかどうか。
果たしてこの会談の後に反日デモが収まるのだろうか。油田開発問題や安保理常任理事国入り、米軍再編問題などをめぐって日中関係はどう進展していくのか。実に興味深い。だから私は大袈裟に言うのだ。これは田中首相の訪中以来の歴史的な日中首脳会談になる。田中が始めた日中国交を宿敵小泉がぶっ壊すのか、発展させるのか、もうすぐその結果を我々は知る事になる。

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2005年04月21日

【バックナンバー】2005-04-21

朝日新聞がおかしい

 日本の大手新聞は、記者クラブ制にあぐらをかき権力側のほうに軸足を置いてエリート意識を強めていくうちに、どんどんとジャーナリズム精神を失いつつあるようだ。
その中でも、読売、産経のように体制擁護を目的とした記事ばかりを掲載する新聞社は織り込みずみだから驚かない。しかし、それに比べてまだましだと思って読んできた朝日新聞が最近おかしいのだ。これには失望させられる。政治圧力の有無をめぐるNHKとの争いや、武富士からの資金援助疑惑など、苦しい立場に置かれているから筆が鈍るのか。体制迎合的になるのか。報道姿勢が曇ってきているのは残念だ。
 最近の朝日の紙面で驚いた記事が二つある。一つは4月18日の中国の反日運動に関する社説である。その社説で朝日は中国政府を次のように激しく批判している、
 「・・・中国政府はこれまでも、『歴史問題への日本の誤った態度に不満を持つ市民の自発的な抗議行動だ』『責任は中国側にはない』などと述べてきた。まるで暴力行為に走ったデモ隊を擁護するかのような発言だ。それが、暴力デモが止まらない素地になっているのではないか・・・」
 そして次のように日中首脳会談を実現させるよう中国側に求めている、
「・・・日本側が提案した小泉首相と胡錦涛国家主席の首脳会談はぜひとも実現すべきだ。お互いの建前は建前として、トップにしかできない腹を割った対話が求められている」
 この社説には、靖国参拝を強行し続ける小泉首相の言動や、過去を直視しない日本の歴史教科書が中国国民の感情を傷つけ、怒らせている事は一切触れられていない。まるで愛国主義を前面にだす産経新聞と同じような対中強硬姿勢である。日中首脳会談の最大の論点が小泉首相の靖国参拝継続の可否にあるにもかかわらず、このことに言及せず首脳会談を求める朝日の社説は奇妙である。
 もう一つの記事は21日の松本仁一編集委員の「ワールドクリック」である。松本編集委員はこの中で、「失政を人種差別問題にすりかえる指導者たち」と題して、南部アフリカのジンバブエのムガベ大統領の例を出し、失政や腐敗の為にいつまでたっても国づくりの出来ないアフリカ諸国の指導者は、それを批判するものを「人種差別者だ!」と叫んで批判を封じると決めつけている。
彼はこう書いている、
「アフリカの多くの国で、統治の光景は寒々しい。ワイロばかり要求する役人、汚職づけの政治家。治安は乱れ、経済は停滞する。その中で大衆は、植民地時代と変わらぬ貧しさを強いられている・・・思い余って失政や腐敗を指摘することがある。そんなとき返ってくるのが『レイシスト!』コールだ。外国人は黙ってしまう。批判を封じる最高の文句なのである・・・」
 松本編集委員を私は個人的に知っている。かつて私が南アフリカの人種問題を担当していた頃からの知り合いである。彼の言う事はわかる。いつまでたっても自立復興できないアフリカ諸国に私も腹を立てることもあった。しかしだからといってそれを口に出して彼らの無能さや腐敗ぶりを紙上で皮肉って何になるのか。
無能や腐敗ぶりは日本の指導者や政治家、官僚だって同じではないか。朝日新聞の愛読者である私は、こういう記事を朝日新聞で読みたくない。

外務省が隠蔽した身代金事件

 本日発売の週刊新潮4月28日号に凄いスクープ記事がでた。平成11年8月に起こったキルギス共和国における日本人技師4名の拉致救出の際、巨額の身代金が支払われていたというのだ。しかもその身代金の大部分はキルギス共和国アカエフ大統領の懐に入っていた疑いがあるというのだ。
 このような記事は決して大手新聞は書かない、書けない。週刊誌や雑誌の記事のほうが時として貴重な情報源になるという好例である。
今年の3月24日、中央アジアのキルギス共和国で政変が起こり、アカエフ大統領がロシアに亡命したことは我々の記憶に新しい。アカエフ大統領が90年に初代大統領として就任した時は、キルギス共和国は「民主化の手本」「資本主義経済のモデル」などと評価され、日本政府も一昨年度まで約346億円ものODAをキルギス共和国へつぎ込んでいた。ところがアカエフ大統領が倒れてみると、一気に長期独裁政権の膿が噴出した。日本人拉致事件をめぐる身代金事件も、このアカエフ大統領の腐敗まみれのなかで起きていたのだ。不問のまま永久に時のかなたへ葬り去られて行ったはずの醜態が、アカエフ大統領の失墜とともに図らずも暴露されることとなったのだ。
週刊新潮の告発は次の通りである。すなわち拉致された邦人4名の救出を必死で行っていた現地の日本大使館担当官は、犯人側と交渉して身代金無しで解放するめどをつけていた。しかし手柄をあせる外務省の幹部は、政権へのダメージを避けるよう確実に邦人を救出したいと考える政府首脳と談合して、機密費を使って身代金を用意する。これがゲリラ側に伝わり交渉がもつれる。そこにキルギス政府が関与する。
日本政府はキルギス政府の要求に応じて身代金3億ドルを支払い邦人を無事救出するが、実はこの身代金はゲリラ側にわたることなくアカエフ大統領とその側近が着服したというのである。
驚くべき外交の杜撰さである。おまけに週刊新潮の記事によれば、当時現地には30名ほどの職員がキルギスの現地対策本部に派遣されたが、彼らの出張経費も身代金のために用意された機密費から捻出されたという。おかげで出張者は出張旅費がほとんど手元に残ったという。
これが事実なら大醜聞だ。外務省はこの期に及んでも「身代金を払った事実はない」としているらしい。ならば週刊新潮を訴えて名誉挽回を図るべきである。外務省が秘密を隠しているのか、週刊新潮が誤報を書いたのか。いずれにしても真実をはっきりさせなければならない。それほど重大な問題だ。

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2005年04月20日

【バックナンバー】2005-04-20

バンドン会議にふさわしくない小泉首相

 バンドン会議50周年記念の首脳会議が22日からジャカルタで開かれる。そこへ日本が西側先進主要国としてただ一人参加する。しかも出席するのは小泉首相だ。歴代の日本の首相の中でかつてないほど対米従属外交を推し進め近隣諸国との関係を悪化させてしまった首相が出席する。これほどのジョークがあろうか。
 今から50年前、アジア・アフリカの首脳が「反殖民地主義」、「非同盟主義」を掲げ、インドネシアのバンドンで首脳会議を開いた。会議では、内政不干渉、国家の平等承認、領土保全の尊重、紛争の平和的解決など、いわゆる「平和の10原則」を宣言、採択した。この考えが1961年に発足した非同盟諸国会議の理念に受け継がれて行ったのだ。
 その後の展開は国際政治の限界により無残な姿を見せた。相次ぐクーデター、紛争、開発の遅れ・・・バンドン精神も色あせていく。しかし今から50年前、インドのネルー、中国の周恩来、エジプトのナセル、インドネシアのスカルノなどの第三世界の指導者たちが抱いた「第三世界の台頭」という理想は、今こそ蘇らせるべきではないか、そういう願いを込めて開かれる50周年記念会議なのである。
 そんなアジア・アフリカ諸国の首脳が集まる会議に、世界の覇権、軍事国家米国に追従し「他のどの国との関係が悪くなっても米国との関係さえ良ければ日本は安泰だ」などと国会で公言する小泉首相が出席し、そこで何を訴えるというのか。断片的に報道されている中身を見ると、テロ対策の協力を進める考えを表明、ツナミを含む防災の重要性を強調、国連常任理事国の票固めの為アフリカ向け援助の増額を打ち出す・・・なんだ、これは。おまけに議場外での個別外交の最大の焦点がコキントウ中国主席との歴史問題の解決だという。
 現下の最大の外交問題は、小泉首相の靖国参拝からくる反日運動の沈静化だ。この問題に関する小泉首相の認識は、この危機的状況においてなお信じがたいほど強硬である。靖国神社参拝が中国人民の感情を傷つけているとの中国側の重ねての指摘に対し、小泉首相は19日昼官邸で記者団にこう語ったというのだ(19日朝日夕刊、20日毎日、しんぶん赤旗)。
 「私はそうじゃないと思いますね。不戦の誓いと戦没者への哀悼の念で参拝している・・・(日本の国益に反するとは)思わない・・・それぞれの国には歴史もあるし、伝統もある。考え方も違う・・・」
 こりゃ、ダメだ。
連休の外遊先として行くところがないからといって、よりによってバンドン会議に行って恥をかいてこなくてよい。アジア・アフリカの首脳の集まりの中で孤立してこなくてもよい。公邸にこもって一人音楽でも聞いていればよいのだ。好きな郵政民営化の改革案を勉強していればいいのだ。そうすれば皆がハッピーになる。税金の無駄遣いも避けられる。

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2005年04月19日

【バックナンバー】2005-04-19

見込みはずれの愛知万博

 愛・地球博覧会が3月に始まって以来、テレビ、新聞は愛知万博報道に明け暮れている。しかし私はこの万博を好きになれない。
 私がカナダの日本大使館に勤務していた時の事だから、1995,6年の頃だ。万博開催地を日本はカナダと競っていた。日本政府はトヨタのために国を挙げて誘致に奔走した。その露骨な誘致合戦にカナダとの外交関係まで険悪になったほどだ。これほどまでにトヨタという会社に肩入れする日本政府、外務省、通産省(当時)に私は不快感を持ったものだ。
 そもそも万博を愛知に誘致する動機は何だったのか。中部国際空港と一体となったトヨタの為の地域開発ではないのか。愛知万博の歌い文句である「地球環境」とは裏腹に、環境破壊の弊害もある。当初愛知県は万博会場跡地を巨大ニュータウンにしようとしていた。これを万博国際事務局から「万博に名を借りた住宅開発」だと批判され、急遽メイン会場を移さざるを得なかった。それでも天然記念物のオオタカなどが住む自然を破壊している。
 そんな愛知万博に世間はいつまでたっても関心を示さなかった。そこで政府はパフォーマンス好きの小泉首相を使って政府広報ビデオまで我々の税金で作った。それを世界にバラまいて参加を呼びかけた。
 あらゆる努力をして開幕した愛知万博にもかかわらず、入場者が伸びない。半年間の開催期間中に見込まれる入場者数を1500万人と見込んではいるが、800万枚の入場券をトヨタが買い占めたという。県の決定によって小中学校の遠足先はすべて万博にするという強引なことまで行われているらしい。
 そんなトヨタ万博、いや愛知万博に、驚くべき不正が指摘された。写真週刊誌フラッシュ5月3日号で、経済開発・人道援助に使われるべきODA予算の約40億円が、参加国を増やす為に出展経費として支出されていたと暴かれたのだ。パビリオンの建設、撤去費をはじめ警備、清掃、スタッフの旅費や宿泊費まで含まれている。万博支援室担当者の答えがふるっている。
「・・・万博にODAを使ってもいいのかと言った議論はありました。途上国が万博に参加することによって日本からの観光客が増えたり、企業の進出のきっかけになる。それに日本が国連安保理の常任理事国を目指す上でも重要です・・・」これはもうメチャクチャな説明だ。
 入場者が増えない最大の理由は日本の景気が一向によくならないからだ。地元としてはこれを契機に地方経済を潤わせようと入場料から交通費、会場飲食費などを吊り上げた。しかし庶民のふところは苦しい。二の足を踏む。
傑作なのは小泉首相の一言で弁当持込がOKとなった事件だ。パフォーマンス小泉首相の陰で、食堂経営者が怒ったため、持込可能なのは手作り弁当だけという中途半端な形に終わった。コンビニで買った食物はダメなのか、それを家で弁当に詰め替えてくればよいのか、会場で押し問答が見られたという。
経済が回復し、暮らしが楽になれば入場者は増えるのだ。四年間も首相の座に居座って景気一つ向上させられずに、小泉さん、あなたは一体何をしてくれたというのか。来年9月まで首相に居座り続けるとは虫がよすぎる。

おわびをしたのはどちらか?

 反日運動をおさめる外交的努力は、ただ一つ小泉首相が中国国民に見える形で、靖国参拝をしませんと表明することだ。言い換えればこれさえ行えば問題は一気に沈静化する。
ところがこの問題をメデアは一切指摘しない。メデアの誰一人としてこの本質的な質問を小泉首相にぶつけようとしない。なぜならばこの質問こそ小泉首相を窮地に立たせるからだ。いまさら小泉首相としては謝ることなどできない。靖国参拝を止めるとはいえない。それを行うと「信念を変えない」ことを売り物にしてきたパフォーマンス首相の一枚看板が失われたちどころに失墜するからだ。これほど嫌な質問はない。だから官邸は必死になって圧力をかけているのであろう。国民の関心をそらしているのだろう。驚くべき報道規制だ。卑しい情報操作だ。
 しかし歴史認識と謝罪問題を避けては今回の反日騒動はやみそうもない。そこで何が行われているのか。外相会談で町村外相は強く中国に謝罪を求めたことになっている。それに対して中国側は一切謝罪しなかったという。おそらくそういう話し合いが外相の間で行われたというのは事実であろう。中国側の強硬な態度は国民感情としても許しがたいと思う。
しかしこのような報道の裏に隠れて、町村外相が密かに中国側に日本の過去について謝罪していたことはもみ消されようとしている。この外相会談の本当の狙いは、謝罪するからなんとか反日デモを収めてくれないか、日中首脳会談を実現してくれないかと、小泉首相の伝言を伝えていたらしいのだ。
 この事実を中国国営の新華社通信が伝えたから大騒ぎになった。いや大騒ぎになったら大変だから、外務省は目立たないように必死に押さえ込もうとした。それを各紙が協力して大きくならないように押さえ込んでいる。
19日の各紙はいずれも谷内正太郎外務事務次官の記者会見の模様を一段記事で小さく報じた。それによると、谷内事務次官は新華社の報道を否定して、おわび表明はしなかったということになっている。
 しかし谷内次官の表現をよく読むと、あきらかなごまかしがあることが分かる。19日の毎日新聞によれば谷内次官の正確な表現振りはこうなっている。
「・・・事実関係としては、おわびするとか、そういう直接的な表現はない・・・日中共同声明や村山首相談話で日本の歴史認識はすでに明らかにされていると言及した・・・」
 これは官僚用語では謝罪の意を伝えたと認めたことだ。もうすでに何度も謝罪しているから、それでなんとか勘弁してもらえないか、ここで謝罪するから、小泉首相との首脳会談では歴史問題や靖国参拝問題は一切持ち出すことなく、未来志向の話でお願いしたい、そう町村外相は頼み込んでいたのだ。
 あわれな町村外相よ。情けない外務官僚よ。すべては親分小泉首相の間違いの尻拭いをコソコソやらされているのだ。それを上手くやったものが小泉首相の覚えめでたく出世させてもらえるのだ。
 こんな姑息な事が中国に通じるとは思えない。首脳会談は実現するか疑わしい。もしめでたく首脳会談が実現したなら、その時こそ日本の記者諸君、小泉首相に聞いて欲しい。
「靖国参拝の中止を求められましたか。小泉首相はそれでも続けるのですか」
イエスかノーかで答えるように質問して欲しい。

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2005年04月18日

【バックナンバー】2005-04-18

小泉を生き返らせる反日運動?

 18日発売の週刊大衆(5月2日号)に仰天記事が出ていた。行き詰まっている小泉政権を反日運動が生き返らせるというのだ。そういえば今朝の早朝の東京テレビで小泉首相の支持率が10ポイントも高くなっていると報じていた。
 この不可解な現象を週刊大衆は次のように解説している。
 「今の国民感情は、下手に卑屈な態度をとらず、毅然とした態度をとり続ける限り小泉首相を支持するという雰囲気です。一連の反日騒動も、外交の失敗として追及する口実にはなりえません。逆に郵政民営化への国民の関心をそらせる結果になり、小泉さんにとって追い風といえる状況になっています」((政治評論家・淺川博忠)
 「小泉首相は、新たな敵・中韓をクローズアップし、今回も抵抗勢力との戦い同様、いま国を救えるのは、小泉、私をおいてほかにおりません!とやらかすと見られています」(政治評論家・本澤二郎)
 「(小泉政権は)完全に追い詰められてはおりますが、中韓からの圧力での辞任はありえません。今の段階で小泉首相を辞任に追い込めば、中韓の圧力に屈したと取られかねません」(独立総合研究所・青山繁春)
たしかに、激しい中国の反日デモを連日テレビで見せつけられ、大使館や日本人が被害にあっているのを目にすると、それを止められない中国政府に反感を覚える。そんな中国政府に対して毅然とした態度をとったほうが国民は喜ぶ。
しかしそこに大きな勘違いがある。反日運動の主体は中国国民なのだ。中国政府もデモを下手に抑えきれないのだ。鎮圧すれば、反日が反政府に転じかねない。小泉首相の強硬姿勢のおかげで中国政府も綱渡りを強いられる事になっているのだ。中国政府からしてみれば、「小泉首相が強硬姿勢を変えないばかりにつまらないことになった。はた迷惑な話だ」と思っているに違いない。
若い世代が反日運動の主体となっていることは深刻だ。その若者が靖国神社参拝を繰り返す小泉首相に怒っているのだ。構図は小泉首相と中国国民の対立なのだ。
 我々日本国民は真剣に考えたほうがいい。自分の人気取りしか考えずに間違った外交を積み重ねていく小泉首相を放置して、中国、韓国の国民と衝突していくのか、それとも、侵略の犠牲になった彼らの痛みに理解を示して、国民同士の和解を目指すのか。
どちらが日本の将来にとって為になるか、答えは明白である。

 小泉首相に物を言えない外務官僚

 アエラの4月25日号で星浩編集委員が書いている。外務官僚は小泉首相に言いたいことを言えないために、どんどんと外交で行き詰っていると。
 彼が外務省の中堅幹部と話をした時の模様を書いているのだ。
「アジア外交の手詰まりは何が原因なのだろう」と星委員が尋ねてみた。これに対し一同は押し黙ってしまったという。そして沈黙の後にそのうちの一人が次にように切り出したという。
「やはり、小泉首相の靖国参拝ですよ。首相は公約を果たす必要があるのだろうが、日本外交には高くついている」
 さらに別の外交官が続けた。
「その通りだが、靖国参拝を止めてくださいと首相官邸に言えないのが、我々のつらいところだ」
 誰かが私に言ったことがある。
「小泉首相に反対した天木さんを解雇したことは絶大な見せしめ効果を果たしたのです。クビを切られた天木さんを見せつけられて、若い外交官はますます萎縮してしまった」
 私は若い外務官僚諸兄に伝えたい。人間の価値は出世ばかりではない。自分の信じることに従えない人生は生きる価値があるのかと。ましてや国民の為に奉仕する立場にある官僚を志したのではなかったのかと。
 次の言葉はアエラの記事に掲載された外務省のアジア大洋州局長経験者の言葉である。
 「国家間では戦後処理は済んでいるが、中国や韓国の人々の感情はそうではない・・・足を踏んだ人は踏まれた人の痛みがわからない。日本人が大人の対応をする時だ」
 外務省を辞めた後でしかこのような発言を出来ない外務官僚を残念に思う。

介護問題は国の大きな責任だ

 17日の日経新聞に介護費用の負担の大きさについての記事が出ていた。家族を介護している全国の男女400人にアンケートをとった結果、在宅介護なら月平均4万二千円、施設に入れば十万二千五百円の負担をしているという。
 こうした費用について、多くの者が「要介護者やその配偶者がもらう年金などの収入では不足」、「貯蓄取り崩しや家族の支援で対応する」などと答えているという。20代から50代の男女千人にも同様の調査をした結果、8割もの人が、「自分が要介護状態になったら年金収入では足りない」と予想している結果も判明したという。
 実は私も介護の経験から実感したことがある。介護施設が不足し、その費用負担が大きいということである。介護保険から手厚く給付を受けられる特別養護老人ホームは限られており、有料老人ホームに入れると月に20数万円の負担を強いられる。母の死を悼む一方で経済的負担から解放されてほっとするという事では、あまりにも淋しい。それでも払える者は恵まれている。もっと厳しい状況に置かれている人が世間には多いに違いない。
 これこそが国の責任だ。政治の責任だ。これから急速に進む高齢化社会に備えて国は介護問題をもっと真剣に考える必要がある。郵政民営化などよりもはるかに重要で緊急を要する問題が目の前にある。

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2005年04月17日

【バックナンバー】2005-04-17

カダフィ父子と会談して喜ぶ小泉首相

 いよいよおかしくなってきた。小泉首相の外交感覚のことである。それをお膳だてする外務官僚の感覚のことである。
4月4日に小泉首相はリビアのカダフィ大佐(最高指導者)の次男を官邸に招待して会談したと思ったら、今度は親父のカダフィ大佐とジャカルタで会談するという(4月15日朝日夕刊ほか)。
冗談じゃあない。日本の総理がカダフィと会って何を話すというのか。カダフィがどんな男か知らないのか。その昔米国からテロリストと名指しされて、暗殺の標的にまでなった男だ。その男が、米国に脅かされ核放棄したため、米国に評価され、米国の宣伝塔のようになってしまった。今では米国の片棒を担いでアラブの強硬派や北朝鮮に、「俺のように米国に従ったほうが身のためだ」と説いてまわっている男だ。
カダフィの評判はアラブの中でも格別に悪い。アラブ首脳会議ではサウジや、イラクの代表と罵り合いをする男だ。レバノンの元国会議長を誘拐、暗殺したとして今でもレバノンから拒否されている男だ。リビア国内では軍事独裁者だ。日本の首相がカダフィと会談するのは小泉首相が初めてだという。それはそうだろう。日本の総理がカダフィなんかにあったところで何のプラスにもならないと思われてきたからだ。
おかしいと思っていたら、4月16日の日刊ゲンダイを読んで合点がいった。アジア・アフリカ首脳会議に出席する小泉首相は、中国のコキントウ国家主席と会談したいのだが、その会談が断られる可能性があるという。その時に備えて時間つぶしに会談をセットしたというのだ。しかもカダフィ大佐が北朝鮮と友好関係にあるということで、北朝鮮問題に関して協力を要請するという。なんと情けない外交か。そんなことでもしないと北朝鮮との懸案を前進させる事が出来ないのか。
本当に日本の外交はおかしくなってきた。もっとも小泉とカダフィ、パフォーマンスの見地からはふさわしい。マスコミがどんな報道をするの、今から楽しみにしておいてもよい。

反日運動の真の原因は小泉首相の存在だ

 今回の中国、韓国の反日運動がどのように展開していくのか、今のところ不透明だ。しかし一つだけはっきり言えることは、その根底には「日本の過去」に対する抜き差しならぬ反感があるという事実である。そしてその感情を逆なでしてきた最大の原因が小泉首相の言動なのだ。つまり、この反日運動の真の矛先は小泉首相に向けられているのである。
この事に皆が気付いているのに、決して語らない。新聞やテレビの報道は意識的に小泉首相の責任追及を避け、悪いのは暴動を抑えようとしない中国や韓国の政府当局であるなどと繰り返している。
そんな中で野田毅自民党代議士の次のような意見が4月17日の産経新聞に載っていた。日頃から反中国の姿勢を貫いている産経新聞が、こんな記事を載せているのも面白い。
「・・・中国の底流に反日、嫌日の流れが強いということは冷静に見るべきだ。官製デモという見方があるが、実際は強く規制しなかったということだ。愛国教育が抗日に結びついた部分もあるがそれがすべてではない・・・
 日本人からすれば何度も謝罪しており、何べん謝れば済むのかといういらだちがあるが、彼らからすれば日本はうわべでは謝っていても真剣に反省していないと思っている。
 その象徴が靖国神社参拝問題だ。日中国交化の原点は、「先の大戦の責任はA級戦犯にあり、一般の国民には責任はない」という理屈で中国が戦後賠償を放棄したことだ。だから首相の靖国参拝は中国から見るとA級戦犯の名誉を回復し顕彰しようとするばかりか、日本が国交正常化の原点を否定しようとしているように見えるのだ・・・中国政権内部にも愛国教育を変えていこうという新思考がある。その人たちが動けるようにしなければならない。小泉首相の靖国参拝はそういう動きを妨げている・・・自分の言いたい事や、やりたい事だけをやるのが外交ではない」
 このような意見をよそに、相変わらず小泉首相は、「安全の確保は中国側に責任がある。よく自覚してもらいたい」などと強硬姿勢を崩そうとしない。そうかと思えば、福岡二区の補欠選挙の応援演説の中で、「韓国、中国で私は最近、葬式を出されている。遺影や棺桶まで作ってくれて」などと軽口を叩いている(17日日経新聞)。
中国や韓国の国民全体を敵に回すと取り返しがつかないことになる。小泉首相の暴言に手も足も出ない日本国民にかわって、中国、韓国の反日運動が小泉首相の命運を絶つかもしれない。

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2005年04月15日

【バックナンバー】2005-04-15

自衛隊は今サマワで何をしているのか

 最近はすっかり報道されなくなってしまったが、自衛隊は今でもサマワにいるはずだ。何をしているのだろう。それを教えてくれたのが13日の衆議院イラク特別委員会である。
 大手の新聞はどこも書かないが、14日のしんぶん赤旗は実に面白かった。赤嶺政賢議員(共産)が同委員会で質問したのだ。サマワでの自衛隊の最大の活動はこれまでは給水活動であった。ところが今年2月5日以降、外務省が供与した無償援助による浄水装置が稼動し始めて、もはや自衛隊の給水活動は不要になった。
 「(今は自衛隊はサマワで)何をしているのか」と赤嶺議員が質したのに対し、大野防衛庁長官は、「公共施設、道路や学校を直したりしている」と答えた。
 しかし防衛庁が赤嶺議員に提出していた資料によれば、「県知事公舎前の多目的広場の緑化」、「スポーツクラブの証明施設の補修」、「屋外バスケット施設のコートの補修」、「女子高前の噴水の補修」などが列挙されていた。
 「何故こういう活動が戦災からの復興人道支援なのか」と質問する赤嶺議員に対し、大野長官は、「心に潤いをもたらしていく仕事も大切」と述べるだけであったという。
 赤嶺議員はまた、自衛隊が砂利舗装した道路を、外務省が現地業者を援助資金で雇ってアスファルト舗装している現状を指摘して、「最初の砂利舗装の段階から現地業者で出来るではないか。自衛隊が舗装する必要はないではないか」と追及したら、外務省の吉川アフリカ局長が、「自衛隊の支援で舗装がより容易になり、より自らの関与によって事業が行える・・・」などという意味不明の答弁を行うだけであったという。
 要するに説明がつかないのである。これが自衛隊のサマワ派遣の実態なのである。どうしてこの国会審議のやり取りを大手新聞は書かないのか。このような税金の使い方を知れば、イラク問題に関心のない国民も自衛隊撤退の声をあげるであろう。それをおそれる政府に遠慮して書かないのか。

  赤字の垂れ流し

 国民の負担を増やしておきながら、その金がムダに使われているのはサマワだけではない。
 4月15日の読売新聞に、「維持費21億円、赤字垂れ流し」という見出しで次のような記事が載っていた。
 「独立行政法人『雇用・能力開発機構』が中学、高校生の職業意識向上の為に建設した『私のしごと館』の昨年度収入が1億1000万円にとどまる一方、その職員の年間給与だけで2億4000万円かかっていたことが14日わかった。全体の維持管理費は収入の20倍の約21億円に達し、差額は民間企業が払う雇用保険料で穴埋めされる・・・」
 なんだ、これは。独立行政法人「雇用・能力開発機構」とは何か。特殊法人が名前を変えただけの、厚生労働省の役人の天下り先だ。「私のしごと館」とは何か。必要性もなく、利用者もいない、役人が考え付いた予算獲得のための建物だ。
 読売新聞の記事には作家の猪瀬直樹が次のようなコメントをしていた。
「建設費などで膨大な保険料をつぎ込んだ上、毎年赤字を垂れ流すのは納得できない」
 納得できないのは当たり前だ。このような官僚の無駄遣いこそ赤字財政の元凶なのだ。おびただしい数の無駄遣いが至る所で見つかる。それにメスを入れない小泉改革は、道路公団民営化にしても郵政民営化にしても、見せかけの改革なのだ。批判する振りをして本質を衝かない猪瀬直樹も所詮は御用評論家なのだ。

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2005年04月14日

【バックナンバー】2005-04-14

どちらを向いて外交をしているのか

 4月14日の産経新聞に、久し振りに良質の記事を見つけた。気仙英郎という記者が書いた「ポトマック通信」という囲み記事だ。「大使と牛肉」と題したこの記事は、牛肉輸入を迫る米国の圧力に対応する加藤良三駐米大使の外交を、次のように痛烈に批判しているのだ。
 すなわち加藤大使が米国の上院議員らから牛肉輸入を迫られた先月の出来事についてである。米上院議員は次々にメデアの前に現れ、口々に日本に対する不満を表明した。しかし加藤大使は、米国記者団からの求めに応じず、別に日本人記者向けのブリーフィングがあることを理由にその場を立ち去ってしまった。米国記者団からは当然強い批判が寄せられた。
 この事件に関し気仙記者は次のような意見を書いている。
「・・・米国内の不満が強まっている状況を考えれば、米国のメデアに登場し、日本の立場を積極的に説明すべきだったのではないか。大使が日本のメデアに『米国の不満は切迫している』と力説しても日本向けの圧力にしかならず、米側の理解は進まない・・・」
 まったくそのとおりである。実