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2005年03月31日

【バックナンバー】2005-03-31

金融庁の行政裁量の大きさ

 「小泉・竹中ラインで進められる郵政民営化の強引なやり方の背後には、米国の日本金融支配の戦略が存在する」という指摘が目につくようになった。
 例えばサンデー毎日4月3日号では、金融の専門家ではない政治評論家の岩見隆夫氏でさえ次のように語っている、「・・・今牛肉輸入と在日米軍基地再編で日米関係がゆれている・・・しかし(それだけではなく)、焦点の郵政民営化問題もアメリカがらみだという話が伝わってくる。先日TBS系のテレビ番組「時事放談」(2月20日放送)で、ゲストの野中広務元官房長官が、郵貯、簡保の約350兆円を民営化して市場に出したら、これは外資の取るところだと心配していた・・・」
 「拒否できない日本」(文春新書)の著者である関岡英之氏も、3月26日付の朝日新聞で、「米国政府が93年から毎年日本政府に提出してきた年次改革要望書のなかで、郵政民営化によって外資金融、保険会社の参入が公正、透明、非差別的に行えるように米国政府は日本政府に迫ってきた事実を明らかにしている。
 そんな中で、3月30日の朝日新聞に、金融庁の行政裁量権の拡大という特集記事があった。この記事を読んで、私はあらためて米国の日本金融支配の圧力を感じた。すなわちその記事は、「官から民へ」を標榜してきた小泉政権下で、膨張し続けてきた例外的な官僚組織が金融庁であるとして、その特異さを指摘しているのだ。
これまで長い間、銀行局という大蔵省の一部局がすべてを取り仕切ってきたわが国の金融行政が、金融監督庁を経て金融庁となり、その業務も、不良債権処理に関する金融機関の検査という限定されたものから、今や日本の金融業界の生殺与奪を握るまでの大きな裁量権を握るに至っている。
 まさか小泉・竹下ラインが米国の手先となって、米国の日本金融支配を押し進めていることはないと思う。しかしそのまさかがありうるのかもしれない、米国に命じられて日本の金融資産を破綻した米国経済の救済に貢いでいるのではないかと思わせるような、金融庁の権限の拡大である。

 ここまでイラク戦争に加担していた外務官僚

 「続 小泉外交」と題して、読売新聞は米国のイラク攻撃に日本がどのように関わりあっていったのかを連日検証している。興味深い連載である。
その連載記事の3月30日付の記事は、日本の外務官僚が、ここまで米国のイラク攻撃に加担していたのかとあらためて思い知らされる記事である。
 米国がイラク攻撃をした場合どう態度表明をすべきか。米国を支持すべきか否か。各国の対応も日本の世論も割れていた中で、外務省は開戦の半年も前から、「支持しかありません」と小泉首相に働きかけていたというのだ。竹内外務次官(当時)は「ここを乗り切れば、イラク問題への対応の8割は成功と言われています」という乱暴な言葉で小泉首相を口説いた。
 これに感化されたのか、結局小泉首相はイラク攻撃が始まる2日前の3月18日に、「米国が武力行使に踏み切った場合、この決断を支持する」と記者団に話している。その小泉首相は、後日周辺にこう語ったらしい、「最初から支持と決めていた。理解するなんて表現は(なまぬるくて)冗談じゃない」
 私が心底驚いたのは、「米国のイラク攻撃は国連決議に基づいた合法的なものである」という当時の米国の国連報告書について、その原案の作成を、日本の外務官僚が密かに手伝っていたという事実である。米国の国連無視の先制攻撃を日本が支持したということになると日本国内の世論が許さない。そこで「イラクは、湾岸戦争の停止条件として大量破壊兵器廃棄などを義務付けた国連決議に、違反し続けてきた、だからイラクへの武力行使は合法的である」という報告書を米国が国連に提出するよう働きかけ、その原案まで外務省条約局が起草し、英国、米国と調整して米国の国連報告書に盛り込んだというのだ。
 こんな卑劣な工作をしたうえで、「日米同盟と国際協調の観点からイラク攻撃を支持した」と小泉首相は国民の前で繰り返し強調してきたのである。なんという背信行為であろうか。

 「イラク戦争2年」と題する明快な論説

 久しぶりに明快な論説を読んで気分がすっきりした。3月30日付の毎日新聞「記者の目」に書かれた布施広論説委員の「イラク戦争2年」と題する論評のことだ。彼は同時テロが始まってから今日に至る3年半の米国の中東政策を、偏った情報や分析に惑わされる事なく、今一度冷静に考えてみようと、次のように述べているのである。

 「・・・テロや戦争が続けば人の考え方も荒っぽくなる。身勝手にもなる。イラクの選挙が成功したからイラク戦争は正しかった、などと主張する人々がいる。戦争を批判すると、ではフセインの復権を望むのか、という人もいる。単純であることに気づかない、あるいは恥じない時代に、私たちは生きているのではないか・・・反省の時なのである・・・
 同時多発テロの直後、米国のテレビは愛国心を鼓舞するように、はためく星条旗を画面の隅にあしらっていた。そんな雰囲気のもとで米国はイラク戦争へと突き進んだ。戦後になると米マスコミは、大量破壊兵器が見つからないことから政権批判を強め、一部有力紙は自らの報道を反省する検証記事を掲載した。だがイラク移行国民議会選挙が行われ、レバノンからのシリア軍撤退要求が強まると、イラク戦争が中東民主化に貢献したといった論調も生まれてきた・・・だが米国での大統領の支持率は低迷している。
 一方、米国と同盟関係にある日本特有の問題として、寺島実郎氏(日本総合研究所理事長)は「仕方がないんじゃないか症候群」を指摘する。(そして、そのような自虐的な人ばかりではなく)テレビを見ていると、なかば本能的に米国政府の意向を代弁したがる日本人もいるようだ。
 流されずに、納得いくまで考える事にしよう。後世の人から「単純・短絡の時代」と総括されないために・・・

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2005年03月29日

【バックナンバー】2005-03-29

「国家の罠」という凄い本

 「国家の罠」という凄い本が新潮社から出版された。鈴木宗男事件に関係して逮捕・起訴された佐藤優元外務省所職員の手になる告発書である。
 さっそく購入して目を通した。そして推測していた以上に卑劣な事が外務官僚と検察官僚によって行われていたことを知った。この国の闇を見る思いがした。
 しかし、この本の凄さの意味を一般の読者はどこまで理解するであろうか。この告発書の本当の凄さを、耐えられない思いで読んでいるのは外務省、検察庁の当事者であるに違いない。
 私がこの書で感じた思いは到底一言で述べられない。ここでは著者が国家権力に一人立ち向かって訴えようとしたつぎの二点を指摘するにとどめる。それだけでも十分すぎると思うからだ。4月8日号の週刊朝日、4月9日号の週間現代からの記事を一部引用して紹介する。
 その一つは「国策捜査」というものを、検察官自身が認めたという驚くべき事実である。「国策捜査」とは国家利益を守る目的で犯罪を作り上げていく作為的な捜査だ。
 東京地検特捜部の西村尚芳検事は佐藤氏にこう言ったという、「あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件をつくるため。国策捜査は時代のけじめをつけるために必要なんです。(あなたは)運が悪かったとしか言えない・・・」。どれほどの人間が国策捜査の犠牲になってきたことだろう。戦前ならいざしらず、今日においてもこのような国策捜査が行われていることは衝撃的だ。
 もう一つは外務官僚の卑劣さだ。佐藤氏は、「ムネオ事件」の発端となった鈴木宗男と田中真紀子の相打ちは、両者を外務省から追放したかった外務官僚の陰謀だったと主張する。そして「外務省は組織防衛のためなら何でもする。私のやったことは上層部がすべて決済して了承されたことであったのに、決裁書はすべて密かに処分され、公判でもウソの証言をした」と糾弾する。
 佐藤氏の小泉首相に関する言及がおもしろい。極めて正鵠を得ていると思う。「私は小泉首相本人が意図的に鈴木さんを狙ったとは思いません。鈴木さんを守って政権がつぶれるのを回避しただけです」
 「国家の罠」で明らかにされた務官僚の卑劣さ。政治家さえも切り捨てる面従腹背の官僚のしたたかさ。しかもその官僚が出世の為にお互いを攻撃しあう。裏切る。佐藤氏は言う、「なにしろ正式な決済を得て、上司からも『骨を拾う』と言われて進めた仕事で逮捕されたわけです。つまり骨になっても、その骨さえ絶対に拾ってもらえない・・・外務省と言う組織は、あの時に壊れてしまったのです・・・」

 日朝国交正常化交渉担当大使というポスト

 3月29日付の読売新聞に政府は29日の閣議で鈴木勝也・日朝国交正常化交渉担当大使の後任に、原口幸市・前国連大使を当てる人事を決定するという、小さな一段記事が出ていた。
 これが今の外務省人事のデタラメさを物語っている。そもそも鈴木大使はこれまでどんな仕事を何をしてきたというのか。二年ほど前に就任したばかりのとき、一度だけ北朝鮮と拉致問題で交渉しただけだ。後はまともに出勤さえもしなかったのではないか。拉致問題の交渉は田中、藪中、斎木などといった局長クラスの現職官僚が全面的に交渉に当たってきた。しかも今では北朝鮮との交渉そのものが行き詰まっている。彼らの仕事さえないのだ。
 月額百数十万円もの大使給料をもらいながらまったく仕事がなく一年を過ごす。今度任命された原口大使に至っては、その任期の間中日朝交渉は行われないのではないか。何をして毎日を過ごすつもりなのだろう。
このような無駄な人事がまかり通っているのである。何の疑問もなく閣議決定されるのである。そんなポストを平気で持ち続ける外務省も外務省だが、そんなポストをありがたく(働かないで月給百数十万円をもらえるのであるから勿論ありがたいだろうが)拝命する外務官僚も、まともな神経ではない。要するに外務省全体がおかしいのだ。

 エルピーダメモリ社長の坂本幸雄さん

 3月28日付の日経新聞、「人間発見」欄に、エルピーダメモリという半導体メーカーの社長である坂本幸雄さんという人の紹介記事があった。三年連続の赤字決算で死に体だった会社を建て直し、企業再建に生きがいを感じる異能の経営者という。その人の語る言葉に私は惹かれるものを感じた。何もしないで高級を当たり前のように受け取る天下り官僚との、自らの手で会社を立て直す努力をするこの社長との間に、人間としての天と地の開きを感じた。
 「・・・(黒字化するという私の目標を)社員は上の空で聞いていたでしょう。なにしろ設立以来、黒字になったことがなく、カネも製造設備も全然足りない状況でしたから。でも技術は優秀です・・・会社の盛衰には4つのキーワードがあると考えています。『夢』で始まり、『情熱』で大きくなり、『責任感』で安定し、『官僚化』で衰退する。当時の社員には目に輝きがなかった。『夢』からスタートする必要がありました・・・ところがカネの問題ではたと困りました。就任前は『全面的に支援する』と言っていた親会社に、あまり出す気がないことがわかったのです・・・米インテルにも出資を要請するため、イラク戦争が始まった3月20日に渡米しました。テロへの恐怖感はなく、自分も戦争中という思いでした。交渉中は徹夜もしました。食事に向かう車の中で、インテル首脳と交わした会話が印象に残っています。『再建にめどがつくまで辞めないでしょうね』、『辞めません』、『本当に立て直すつもりですか』、『もちろんです』。相手は『では契約の細部をつめましょう』と言ってくれた・・・上場した昨年11月15日、全社員にメールを送りました。感謝の気持ちを伝えたうえで『我々のゴールは利益、売り上げともに世界一のメモリメーカーになるということです』と書きました・・・強く念じないと夢は実現しないと思っています・・・」

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2005年03月28日

【バックナンバー】2005-03-28

最近読んだ興味深いニュースこぼれ話を紹介する。読者の中には読まれた方もおられるかもしれないが、繰り返し読む価値があると思う。コメントはしない。ニュースが物語ってくれるから。
 
 フセインは穴蔵で捕まったのではない

  ナデム・アボウというレバノン系アメリカ人の海兵隊員が、辞めた後、サウデイアラビアの「アル・メデナ」紙とのインタビューで次のような真相を暴露している。
 「やつは農家の2階に隠れていたのを俺が見つけ、銃撃戦の末降伏させたんだ。ペンタゴン発表の映像や写真のように惨めに穴蔵に隠れていたわけではない・・・われわれがフセインを拘束した翌日、情報部員が来てフセインをわざわざ空き家の穴蔵に連れて行き、写真を撮っていた。映像でフセインが意識朦朧としていたのは、薬を打たれた為だった。今まで黙っていたが、フセインの惨めな姿を演出したペンタゴンのやり方に頭に来た」
 どうやら米国はフセインを卑怯者に仕立て上げたかったようだ。
                              (3月23日夕刊現代、PRI特約)

 沖縄は今も「捨て石」

 太田昌秀元沖縄県知事が語っていた。
 「・・・明日にも玉砕という(1945年)6月10日に、本土では夏場所の相撲大会が開かれていたくらいですから・・・沖縄という遠くの犠牲は痛くもかゆくもないのですよ・・・昨年米軍ヘリが墜落した時、小泉首相は沖縄県知事に会おうともしませんでした・・・日米安保が大事だというのなら、どうして沖縄だけに過重な犠牲を押し付けるのか。今も捨石だからです・・・」(3月22日付東京新聞)

 「テロ」より怖い「財政赤字」

 全米企業エコノミスト協会(NABE)は、2月28日から3月8日にかけて172人の米国エコノミストを対象に調査をした。その結果「米経済にとって短期的な最大の脅威」は、「テロ」(24%)ではなく「財政赤字」(27%)であった。
 昨年8月の前回調査ではテロが40%と首位で、財政赤字は23%であった。
因みに米経済の長期的な脅威としては、高齢化問題(22%)とそれに伴う医療保険制度(23%)が上位を占めたと言う。(3月22日付毎日新聞)

 カルフールの日本からの撤退

 仏の大手スーパーであるカルフールはイオンに国内の八店舗を売却して撤退する。カルフール日本法人のロイック・デユボア元社長は、「日本の消費者はレベルが高かった」と唇をかんだ。同社と取引のあった日本の関係者は「日本にはベンツに乗って百円ショップへ買い物に行く人がいる。この複雑さを外資は理解しづらい」と同情する。(3月20日付東京新聞)

 なぜその一言がいえない

 「急いでいるんですけど」。切手を買っていた私の背後からイライラした声が聞こえ、目の前に1通の封書が差し出された。朝10時過ぎ、さほど混み合っているとはいえない郵便局の窓口である。振り向くと若い女性が「書留です」と言っていた。
 「いいですよ、先にしてあげてください」私は郵便局の窓口の女性に声をかけた。
 「すみません」と言ったのは郵便局の窓口の女性であった。後ろの女性は無言のまま。私は少しずつ不愉快になってきた。それでも、最後には彼女の口からお礼の言葉が出るのではないかと、この時は思っていた。女性は紙幣を出し、おつりと控えの用紙を受け取ると、一言も発さず、急ぎ足で郵便局を出て行った。さわやかだったはずの私の一日は台無しになってしまった。(3月18日付朝日新聞 投書欄、仙台市、主婦 49歳)
 私も同様の経験をしたばかりだ。エレベーターが閉まりかかったとき若い女性の二人連れが走ってきた。閉まる扉を手で止めて待った。幼児を手押し車にのせて入ってきた女性は扉をあけて待っていた私に一言も発せず乗り込んできたかと思うともう一人の女性と終始大声で話し続け、エレベーターが止まって扉が開くや否や一言も発せず背中を向けたまま真っ先に二人で出て行った。私は不愉快というよりもあきれ果てた。

 「サザエさん」の視聴率と株価の関係

 「サザエさん症候群」という言葉があるという。これは日曜日の夕方にこの番組を観ると、明日から仕事をしなければ・・・という現実に引き戻されてしまい、憂鬱な気分になることを言う。
 サザエさんの視聴率が上がるということは、日曜日の夜に外出せず家族団らんを取っているということだ。家族がそろって外食に出かけたり、家族がバラバラに外出して遊んでいる時は景気がよく消費能力が高い時だ。家族でサザエさんを観て日曜日の夕刻を過ごす時はその逆だ。
サーカスの4月号に出ていた調査によれば、株価のグラフとサザエさんの視聴率が見事に連動していた。サラリーマン生活のさみしさを感じさせる記事であった。

 郵政民営化法案の国会提出日は4月26日?

 郵政民営化関連法案の国会提出時期をめぐって、政府内で「4月26日」説がささやかれているという記事が3月3日付の東京新聞に出ていた。なんでもこの日は小泉政権発足の4周年記念日という。郵政民営化に執念を燃やす小泉首相にとって「縁起のいい日」であるらしい。その証拠に昨年のこの日には、内閣官房に郵政民営化準備室が設置された。しかも今年のこの日は友引で、民営化法案の賛成者を一人でも多く増やせる願いもこめられるという。まったくふざけた話である。すべては小泉首相のための遊びにつき合わされるのか。こんな記事を書く新聞も新聞だ。

 チェス元世界王者フィッシャー氏がほえる

 アイスランドの市民権を得て、約8ヶ月に及ぶ日本での身柄拘束を解かれ出国したボビー・フィッシャー氏(62)が、3月24日の夜、成田からコペンハーゲンへ向かう機内でAP通信にほえた。「ブッシュ米大統領と小泉純一郎首相によって仕組まれた拉致だ」、「(小泉首相は)ブッシュのいうことなら何でも喜んでやる野郎」、「(ブッシュ大統領の)手先」 などと語ったという(3月25日付毎日新聞)。よほど何かがあったのだろう。

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2005年03月27日

【バックナンバー】2005-03-27

漫画家ちばてつやの証言

 「わいせつ図画裁判で証言 ちばてつや」という見出しにひかれて、3月27日付東京新聞の記事を読んだ。
わいせつ図画販売罪に問われた出版社の社長、貴志元則被告(56)の裁判が東京高裁で行われた。面識のなかったこの被告からの依頼に、「あしたのジョー」の生みの親、漫画家ちばてつや(66)が証人に応じたというのだ。
「(この本は)一審で露骨とされましたが」と尋ねる弁護人に、ちば証人は、「僕が見ても露骨で生々しい。こどもにはみせたくない」と答える。
「ここまで描く必要があるのかといわれていますが」とたたみかける弁護人に、ちば証人は、「私の感覚もそうですね。ここまで細かく描かなくてもと思うが・・・」と答える。
そして東京新聞の記事は、「ちばさんは子をもつ親として、どぎつい性描写は、むしろ取り締まってもらったほうがいいと思っていた」と続ける。
「なんだ、ちばてつやは、わいせつ図画を規制する為に証人になったのか」と思って読み進めるうちに、ちばてつやが本当に言いたかったことを見つけて感心した。
彼は続ける、
「・・・表現を規制する法律ができると、規制を受けるのはマンガだけじゃない。小説、写真、絵画、音楽、思想、評論、雑誌。いずれすべての表現規制にかかわってくる・・・セックスとか暴力だけの内容のない作品はいずれ読者に飽きられ淘汰されていく。絶対に法律で規制するべきものではないっ!」
弁護人が続ける、
「血が飛んで残酷に見えますが、何故こういうシーンを描いたのですか」
「いろんなドラマの果てにリングでたたかうことになった。ここまで描かないと、二人の気持ちは表現できないと思いました」
実はボクシングや格闘技はあまり好きではない、血しぶきを描くのも好きではないというちばさんは、「真剣な男の戦いを描くには避けて通れなかった」として更に次のように続ける。
「表現は常に描く側の良識に任され、己の仕事に対する誇りや自粛にはかるべきだ」
その記事を書いた橋本誠記者は、次のように締めくくっている。「表現の自由の下で育ってきた(ちばさんの)、漫画への愛情が語り口にほとばしる。その目は、(インタビューを行った事務所の壁にかかっていた)パネルのジョーのように澄んでいた」

温かみを醸し出す小説

 3月27日付の読売新聞に、小説家村上春樹の次のような言葉が載っていた。一切のコメントをすることなくここに紹介したい。皆さんはどういう感想をお持ちになったて読まれることだろうか。
「ずいぶん昔のことになるけれど、20代の初め、結婚したばかりの頃、本当にお金がなくて、一台のストーブを買うことも出来なかった。その冬はすきま風の吹き込む、東京近郊のとても寒い一軒家に住んでいた。朝になったら、台所に氷がバリバリ張りまくっているような家だった。僕らは猫を二匹飼っていたので、眠るときは人間と猫と、みんなでしっかりと抱き合って暖をとった。当時なぜかうちは、近所の猫たちのコミュニテイセンターみたいなものになっていて、いつも不特定多数の猫がごろごろいたから、そういう連中も抱きこんで、人間二人と、猫四、五匹で絡み合うようにして寝ることもあった。生きて行くにはきつい日々だったけれど、その時に人間と猫たちが懸命に醸し出した独特の温かみは、今でもよく思い出せる。そういう小説を書くことができたらな、と僕は時々考える。真っ暗で、外では木枯らしが鋭いうなり声をあげている夜に、体温を分かち合うような小説。どこまでが人間で、どこまでが動物かわからなくなってしまうような小説。どこまでが自分の温かみで、どこからがほかの誰かの温かみなのか、区別できなくなってしまうような小説。どこまでが自分の夢で、どこからがほかの誰かの夢なのか、境目が失われてしまうような小説。そういう小説が、僕にとっての『良き小説』の絶対的な基準になっているような気がする。それ以外の基準は、ぼくにとっては特に意味を持たない・・・」

ベトちゃんドクちゃん

 ベトナム戦争世代の私にはなつかしい言葉である。米国の枯葉剤攻撃の被害で生まれた結合体双生児だった「ベトちゃんドクちゃん」のことだ。その弟のドクちゃんが、市民団体の招きで来日したという記事を、3月27日付の毎日新聞で知った。サッカー好きの24歳の青年に成長していた。もうそんなに年月がたったのだ。
今でも片足の欠如を松葉杖で支えなければならない姿が、あのベトナム戦争の非人間性な攻撃を糾弾しているかのようだ。
専門学校でコンピューターを学び、自ら育った病院で勤務しながら、山間部に出かけて薬を届けるボランテア活動をするドクさんは、国内外で今なお苦しんでいる枯葉剤被害者の支援をつぎのように呼びかける、
「影響は孫の代にも及んでいる。手足の欠損、脳の障害・・・僕より深刻な人はたくさんいる・・・」
この枯葉剤攻撃の反省など微塵もないかのように、今米国はイラクで劣化ウラン弾を使って罪のないイラク人を苦しめている。
兄ベトさんは両親の記憶さえなく病院で今も寝たきりであるという。「(平和とは)家族で仲良く一緒に暮らすこと。僕のような戦争の犠牲者はもうたくさん。暴力で抑えようとする考えは見直すべきだ」と語るドクさんの言葉は限りなく重い。
この原稿を書いているちょうどその時、テレビからサンデープロジェクトの田原総一郎の言葉が聞こえている。ベトナム戦争で活躍し、いまでは小泉首相や外務官僚がひれ伏すようにあがめたてまつる米国軍人出身のアーミテージ元国防副長官とインタビューをしているのだ。
「憲法9条は、日米同盟にとって邪魔だと今でも考えている・・・」
平然と語るアーミテージとそれを何のコメントもなく聞き流す田原総一郎。立て続けに質問を浴びせかけるだけで自らの思想を決して語らない彼の態度に、私はいつも疑問を抱いている。

自民党森派(清和政策研究会)の政治資金疑惑

地方紙には驚くようなスクープを時々見かけることがある。
26日に講演で山梨県甲府市を訪れた。甲府駅で買い求めた26日付の山梨日日新聞の2面に、大きな見出しで自民党森派(清和政策研究会)が政治資金収支報告書に実態のない繰越金を数年にわたり記載していたこと、小泉首相も森派会長当時にこの事実を認識し、改善を指示していたという記事が出ていた。共同通信の取材に関係者が証言したというのだ。
森派や飯島総理秘書官は疑惑を否定していると言う。しかしもしこれが事実に反する報道であれば訴えてでも疑惑を晴らすべき重大な記事だ。それをしないということは限りなく疑惑が深いということであろう。
おりしも日歯連の裏金疑惑が橋本派を窮地に陥れている。野党の国会証人喚問を頑なに拒否してうやむやに終わらせようとする自民党。そんな中で小泉首相にまで疑惑が及べば小泉政権の進退問題につながる。
しかし不思議な事にこの山梨日日新聞の記事は他の大手新聞やテレビではまったく報道されない。まるで何もなかったかのように無視され続けている。ホリエモン騒動に関する連日の行き過ぎた報道は、内政、外交で行き詰った小泉政権の疑惑隠しではないのかと思える程だ。

ライブドア報道はもう十分だ

 なぜここまで執拗にライブドア問題が大きなニュースとして毎日報道され続けるのか。
たしかにホリエモンがニッポン放送株を大量に買い占めた時は皆が驚いた。フジテレビに言論の場を与えてもらっている自民党政治家やタカ派言論人がこぞって反撃したのは面白かった。金でなんでも買えるという堀江社長の発言に世論が反発したのもうなずける。しかしその程度にことである。もはやライブドアやニッポン放送、フジテレビなどがどういう争いをしようが、大部分の国民にとってどうでもいいことだ。興味本位の関心はあっても連日トップニュースで流すほどの重要性はない。
メディアが伝えるべきもっと重要なニュースがある。増税や年金問題、米軍再編問題、憲法改正問題、竹島問題、日中関係、米国産牛肉問題、拉致問題、北朝鮮の核問題、景気対策など、我々の生活に直結する重要な問題が山ほどある。メディアはこれらの問題を国民に知らせる責任がある。政府の動きを監視する義務がある。
私はこのライブドア騒動を大袈裟に伝える報道を見てこう考える。
ライブドア騒動に関心を持っているのは、当該会社の従業員を除けば、株を買って一儲けしようとし、株の値上がり、値下がりに一喜一憂している連中だけではないのか。一般の国民にとってはどちらが勝とうが負けようが、どちらが買収しようがされようが、どうでもいいことではないか。
メディアの公共性だとかインターネットとメディアの融合であるとかなどということも一般国民にはどうでもいいことだ。良い番組が提供されればよい。堀江氏が大きなことを言ってもいいではないか。やらしてみればいいではないか。堀江がおもしろい番組を提供できなければ国民がそっぽを向くだけだ。
堀江氏を批判する側が、メディアの公共性やメディアの使命を強調するのもお門違いだ。彼らがこれまでどんな良い番組を流してきたと言うのだ。視聴率稼ぎの娯楽番組を氾濫させ、政府の都合の悪いニュースを自主規制してきたのが今のメディアではないのか。
3月27日の東京新聞に中北徹東洋大教授が同様のコメントを寄せていた。
「フジテレビ側は『放送の公共性』を持ち出し、あたかも放送法三条の趣旨に乗っ取り品行方正なバランスのとれた番組を提供しているかのような物言いをしているが、どう探しても公共性とはおこがましいタレントの身内話に終始するバラエテイ番組ばかり放映している。筆者は一週間フジテレビを見なくても少しも困らない」
堀江氏の考え方、やり方が気にくわないといって、番組をボイコットすると公言しているタレントや劇作家などもどうかと思う。メディアに取り上げられて法外なギャラを稼いでいるのは彼らではないか。
考えて見れば一番強いのは我々消費者だ。視聴者だ。みずから働いて手にしたお金で物を買う消費者なのだ。ライブドアもフジテレビもタレントも、消費者にそっぽを向かれたらおしまいだ。政治家だって我々が選ぶのだ。小泉首相だって支持率が頼みだ。我々消費者はもっと自信を持とう。意見を言おう。
我々が関心を持たなくなるとメディアも追うことをやめるであろう。メディアに踊らされるのではなく、メディアが我々の関心にあわせて取材する、そういう状況に世の中を変えて生きたいと思う。

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2005年03月26日

【バックナンバー】2005-03-26

外交はオセロゲームか

 25日の朝日新聞が現在の日本外交の手詰まりを嘆いていた。当面の課題である6カ国協議に参加しているすべての国との関係が最悪になっているというのだ。拉致問題を抱えた北朝鮮や靖国問題で冷え切ってしまった中国との関係はもとより、韓国大統領の対日批判の遠因も、竹島問題についてなんらの手を打ってこなかった政府、外務省の責任である。北方領土問題についてのロシアの態度はかつてないほど強硬になり、あれほど強固な友情関係であると自慢していたブッシュ・小泉関係は年間1000億円程度の牛肉輸入問題で恫喝されてその底の浅さを露呈した。
 そのどれ一つをとってみても長い背景のある深刻で困難な外交問題である。ところが朝日新聞にのっていた外務省幹部の次の言葉には笑ってしまった。
 「・・・今はオセロゲームで言えば真っ黒な状態。一つ白が入ればガラッと変わりうる」
 こんな馬鹿なコメントをする外務省幹部とは誰だ。外務省の職員こそガラッと総入れ替えをして出直さなければこの国の外交の行き詰まりは打開できないに違いない。

 先送りと言う名の拒否

 かつてこの「メディアの裏読み」で、車検制度の改善がなされるかどうか3月末に結論が出るので注意して見届けようと書いた事がある。25日の産経新聞に国交省が「規制緩和の有効性が認められない」として延長を見送ったという記事が出ていた。北側一雄国交相は、「自動車の性能がもっとよくなり、交通事故件数が減って不具合件数も少ない事態になれば、また検討すればいい」などという官僚の作文を読み上げている。日本の車の性能は世界一ではなかったのか。トヨタが泣くぞ、怒るぞ。運輸官僚の天下り先である自動車整備業界の政治的圧力の前に、消費者の利益は一蹴されていく。
 もう一つ25日の朝日新聞に議員年金の見直し法案の今国会での提出が、与野党の妥協で見送られたという記事が出ていた。これにより一頃新聞で報じられた、議員の納付金の大幅増、給付率の削減といった案も白紙に戻って一から再検討であると言う。
あれほど国民の怒りが高まった年金問題について、先送りしてしまったら国民の関心も薄れてしまう。改革は永久になくなってしまう。国会の日程は6月まで十分にあるではないか。先送りする理由がどこのあるのか。先送りしたからといってより良い改革案が出てくるのか。結局、先送りと言う名の拒否なのだ。国会議員なんて不要だ。経費の無駄遣いだ。
 

 「タクシーで逃げればよかった」という与謝野発言

 25日のニッカン現代に、与謝野政調会長があの中西猥褻議員を擁護したオフレコ発言が掲載されていた。中西元議員が現行犯逮捕された3月11日の未明に、記者団との懇談でこう言い放ったというのだ。
 「・・・あんなことをした後に、別の店に逃げ込んだら駄目だよ。タクシーでそのまま逃げてしまわないとね。(そうすれば)現行犯逮捕は免れただろうに。今の麻布署には、捜査本部を置く余裕なんてないんだからさ・・・彼は真面目な人間なんだよ。前の日に酒を飲んだら、翌朝一番に事務所に来て
『お付き合いをしていただき、ありがとうございました』と名刺を置いていく。真面目になればなるほどストレスがたまるんだ・・・」
 なんという発言か。被害者の女性への視点はゼロである。強制わいせつなんてたいしたことではないと言っているのだ。
与謝野政調会長は小泉内閣の政策の要である。郵政民営化法案成立の責任者である。この発言が事実ならば小泉内閣は即刻総辞職しなければならない。野党は、いやすべての女性の国会議員は、直ちに国会で究明を求めなければならない。この発言が看過されるとしたら、国会議員もメディアも存在価値はないということだ。

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2005年03月25日

【バックナンバー】2005-03-25

二つの記者会見

  23日に行われた二つの記者会見は対照的であった。一つは癒されてもう一つは苛立ちをおぼえた。
 癒された記者会見は海賊による拉致から無事に解放された井上信男船長と黒田俊司機関長の記者会見だ。海賊という許しがたい犯罪に巻き込まれた彼らはとんだ災難であった。怖い思いをしたことだろう。臆病な私など世をうらみ身の不幸を嘆いて失意で狼狽したことだろう。無事に解放されて本当によかった。
記者会見でみせた彼らの表情は温和だった。いい顔をしていた。「多くの方に協力していただき本当に感謝しています。今は家に帰って布団でゆっくり寝たいです」と話す井上船長のとぼけたような顔が奇妙に力強いものに思えた。「妻の顔を見たら胸が詰まって言葉では言い表せない感動を覚えた」と話す黒田機関長には感動さえ覚えた。かれらの表情がすがすがしいのは彼らにウソがないからだ。
彼らには何の罪もない。憎むべきは海賊という卑劣な連中だ。この種の誘拐事件になると必ず身代金の話が出る。「身代金をいくら払ったのか」、「身代金目当てで日本人が狙われる危険がたかまった」などという評論家の、したり顔をしたコメントを聞くと腹が立つ。そんなことより政府に海賊を取り締まる国際的努力を真剣に行うよう求めるべきだ。いずれにしても助かってよかった。井上さんや黒田さんの笑顔に久しぶりにすがすがしい気持ちにさせられた。
 これに反して小泉首相の記者会見の不快さはどうだ。政府の放漫財政のつけを国民に安易に押し付けて負担増を求める予算案が、ふがいない民主党の抵抗のなさであっさり通ってしまった、こんな馬鹿げた予算が通ったからといって何のための記者会見か。3月24日の朝日新聞の論説が「べたなぎ国会」をこう嘆いてみせる。
「・・・皮肉な言い方をすれば、予算成立のニュースで、国会が開かれていることを思い出した・・・それほど予算審議は目立たなかった・・・これほど実のない国会論戦は過去になかったのではないか・・・」
記者会見の冒頭で小泉首相は企業倒産件数や失業率の数字が減少した事をあげて、改革なくして成長なしという自分の路線が正しかったと強弁する。官僚のつくった都合のいい数字のつまみ食いで自画自賛したところで、サラリーマンの小遣いや学生の生活費が減っていることから明らかなように、国民の暮らしが苦しくなっていることを知らないでは済まされない。
ライス国務長官に牛肉輸入再開に向けて専門家の結論を急がせると密約しておきながら、「食の安全対策に誤りないよう対処する」と言い、八方ふさがりの外交を問われれば、「日韓、日中、日ロ関係は前進している。行き詰っている感じなど全く持っていない」と開き直る。どうにもならなくなった北朝鮮問題に至っては、「私は別に焦ってはいないし、ある程度時間がかかることも承知している」とすまして応える。あなたは焦るべきなのだ。拉致被害者の家族の方々には時間は限られているのだ。
よもや記者会見でのこれらの発言を本気でそう思って発言しているのではあるまいな。自らの政権維持のためにウソと承知でしゃべっているに違いない。小泉首相の人相が日を追ってみすぼらしく貧乏神のようになっていくのは真実を語っていないからだ。
西武鉄道の不正を告発した監査役が3月22日の毎日新聞夕刊でこういっている、「・・・自分は小心者だから、不正をみつけてびくびくするのはできなかった。隠し事がないのが一番強い」
ここまで明白なウソを重ねて臆面もない小泉首相はきっと根性のすわったひとなのだろう。私には根性が悪いとしか思えない。

 堤義明容疑者の起訴の思う

 東京地検特捜部は23日、堤義明容疑者を起訴した。罪状は有価証券報告書の虚偽記載およびインサイダー取引であるという。それに脱税も加わるのだろう。
 確かに悪い。罪を犯したことは事実である。脱税を隠蔽しようとしたことは許せない。側近を二人も自殺に追い込んだ責任もある。ワンマンぶりも傲慢さも反感を覚える。しかしである。新聞や週刊誌で連日報道される堤たたきの記事にはうんざりだ。女や金の醜聞や拘置所の彼の姿を報じて彼を貶めることにどのような意味があるのか。
 そもそも彼のやっていたような事を他の誰も全くやっていないと言えるのか。脱税容疑について国税庁はとっくの昔から知っていたはずだ。彼が政財界に力を持っていた時には見過ごしていたのではないのか。小泉首相を初めとした多くの政治家は、ホテルの利用から始まってあらゆる便宜を堤氏から受けていたではないか。一旦弱い立場になれば皆彼から離れて行く。今となっては誰一人彼を擁護するものはいない始末だ。小泉首相などは飯島秘書官があれほど世話になっていると報じられているのに、関係があったと知られたくないかのように離れていく。人の世の無常を感じる。
 そういえば今年2月に亡くなった古関忠雄元KSD(中小企業経営者福祉事業団)理事長の葬儀が東京都内でひっそりと営まれたと3月22日の産経新聞が報じていた。村上正邦元労働大臣などへの汚職事件で有罪判決を受けた人物だ。事件後彼は家族と離れ孤独な晩年を送った。連絡がないことを不審に思った知人が死体を発見した時は死後数日が経過していたという。絶頂期には「政界のタニマチ」と呼ばれた彼であったが、その葬儀には政治家の姿はなく花輪や弔電もなかったことが哀れをさそう。人の非情さを感じる。
 悪い事をした人の末路は哀れである。しかし本当の悪は平然と生き延びている。折から行われている日本歯科医師連盟の一億円裏献金事件の裁判で、この事件が自民党橋本派の構造的犯行であったという関係者の証言が次々に明るみに出てきている。それでも逃げまどう政治家たちとこれをかくまう小泉首相。それを見過ごす国民の無力さ。正義というものに鈍感になったこの国の劣化を物語っている。

 コロッケパン 涙の味

 3月22日の東京新聞に作家の太田治子さんのエッセイを見つけた。太田さんは太宰治の娘さんである。といってもお母さんは太宰の正妻ではない。
 その太田さんに私は何度かお会いした事がある。そのよしみで好きになったわけではないが、私は彼女の悲しい文章になぜかいつも惹かれる。私が貧しい育ちのせいかもしれない。ITバブルにうかれる今日の若い成金者たちには、とうてい理解できない文章であろう。それでも私はこういう文章が好きだ。皆さんはどう感じられるだろうか。
 「夏休みが来るといよいよお金がなくなった。毎日恵比寿駅前の家から渋谷の宮益坂の古本屋さんまで、母と本を何冊も抱えて売りに出かけた。行きは車の往来の激しい明治通りを歩き、帰りは少し遠回りして広尾の住宅街をゆっくり歩いて帰った。
 古本代の二十円で買ったコッペパンを、途中の神社の境内で食べた・・・
 コッペパンを一つ食べるだけの日が続いた。ついに母は私を連れて福祉事務所へ出かけた。渋谷に親戚はいないかと尋ねられた母は、当時化学会社の社長をしていた私の大叔父にあたる大和田のおじさまの名前を言った。母は化学会社の子会社の倉庫会社へ就職が決まった。目黒区清水町(現在の目黒本町付近)にある倉庫会社の食堂で、調理の仕事をすることになったのである。私は毎晩、母を恵比寿駅の改札駅まで忠犬ハチ公のように出迎えに行った。
 母がなかなか帰ってこないある晩のこと、泣きべそをかいて部屋に戻ってくると、隣の部屋の長距離トラックの運転手の若い奥さんがコロッケパンをご馳走してくれた。ソースのしみたコロッケがコッペパンに挟まっていた。生まれて初めて食べるコロッケパンはおいしかった。泣きながら夢中で食べた。
 今でもコロッケパンが大好きである・・・」

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2005年03月25日

【バックナンバー】2005-03-25

二つの記者会見

  23日に行われた二つの記者会見は対照的であった。一つは癒されてもう一つは苛立ちをおぼえた。
 癒された記者会見は海賊による拉致から無事に解放された井上信男船長と黒田俊司機関長の記者会見だ。海賊という許しがたい犯罪に巻き込まれた彼らはとんだ災難であった。怖い思いをしたことだろう。臆病な私など世をうらみ身の不幸を嘆いて失意で狼狽したことだろう。無事に解放されて本当によかった。
記者会見でみせた彼らの表情は温和だった。いい顔をしていた。「多くの方に協力していただき本当に感謝しています。今は家に帰って布団でゆっくり寝たいです」と話す井上船長のとぼけたような顔が奇妙に力強いものに思えた。「妻の顔を見たら胸が詰まって言葉では言い表せない感動を覚えた」と話す黒田機関長には感動さえ覚えた。かれらの表情がすがすがしいのは彼らにウソがないからだ。
彼らには何の罪もない。憎むべきは海賊という卑劣な連中だ。この種の誘拐事件になると必ず身代金の話が出る。「身代金をいくら払ったのか」、「身代金目当てで日本人が狙われる危険がたかまった」などという評論家の、したり顔をしたコメントを聞くと腹が立つ。そんなことより政府に海賊を取り締まる国際的努力を真剣に行うよう求めるべきだ。いずれにしても助かってよかった。井上さんや黒田さんの笑顔に久しぶりにすがすがしい気持ちにさせられた。
 これに反して小泉首相の記者会見の不快さはどうだ。政府の放漫財政のつけを国民に安易に押し付けて負担増を求める予算案が、ふがいない民主党の抵抗のなさであっさり通ってしまった、こんな馬鹿げた予算が通ったからといって何のための記者会見か。3月24日の朝日新聞の論説が「べたなぎ国会」をこう嘆いてみせる。
「・・・皮肉な言い方をすれば、予算成立のニュースで、国会が開かれていることを思い出した・・・それほど予算審議は目立たなかった・・・これほど実のない国会論戦は過去になかったのではないか・・・」
記者会見の冒頭で小泉首相は企業倒産件数や失業率の数字が減少した事をあげて、改革なくして成長なしという自分の路線が正しかったと強弁する。官僚のつくった都合のいい数字のつまみ食いで自画自賛したところで、サラリーマンの小遣いや学生の生活費が減っていることから明らかなように、国民の暮らしが苦しくなっていることを知らないでは済まされない。
ライス国務長官に牛肉輸入再開に向けて専門家の結論を急がせると密約しておきながら、「食の安全対策に誤りないよう対処する」と言い、八方ふさがりの外交を問われれば、「日韓、日中、日ロ関係は前進している。行き詰っている感じなど全く持っていない」と開き直る。どうにもならなくなった北朝鮮問題に至っては、「私は別に焦ってはいないし、ある程度時間がかかることも承知している」とすまして応える。あなたは焦るべきなのだ。拉致被害者の家族の方々には時間は限られているのだ。
よもや記者会見でのこれらの発言を本気でそう思って発言しているのではあるまいな。自らの政権維持のためにウソと承知でしゃべっているに違いない。小泉首相の人相が日を追ってみすぼらしく貧乏神のようになっていくのは真実を語っていないからだ。
西武鉄道の不正を告発した監査役が3月22日の毎日新聞夕刊でこういっている、「・・・自分は小心者だから、不正をみつけてびくびくするのはできなかった。隠し事がないのが一番強い」
ここまで明白なウソを重ねて臆面もない小泉首相はきっと根性のすわったひとなのだろう。私には根性が悪いとしか思えない。

 堤義明容疑者の起訴の思う

 東京地検特捜部は23日、堤義明容疑者を起訴した。罪状は有価証券報告書の虚偽記載およびインサイダー取引であるという。それに脱税も加わるのだろう。
 確かに悪い。罪を犯したことは事実である。脱税を隠蔽しようとしたことは許せない。側近を二人も自殺に追い込んだ責任もある。ワンマンぶりも傲慢さも反感を覚える。しかしである。新聞や週刊誌で連日報道される堤たたきの記事にはうんざりだ。女や金の醜聞や拘置所の彼の姿を報じて彼を貶めることにどのような意味があるのか。
 そもそも彼のやっていたような事を他の誰も全くやっていないと言えるのか。脱税容疑について国税庁はとっくの昔から知っていたはずだ。彼が政財界に力を持っていた時には見過ごしていたのではないのか。小泉首相を初めとした多くの政治家は、ホテルの利用から始まってあらゆる便宜を堤氏から受けていたではないか。一旦弱い立場になれば皆彼から離れて行く。今となっては誰一人彼を擁護するものはいない始末だ。小泉首相などは飯島秘書官があれほど世話になっていると報じられているのに、関係があったと知られたくないかのように離れていく。人の世の無常を感じる。
 そういえば今年2月に亡くなった古関忠雄元KSD(中小企業経営者福祉事業団)理事長の葬儀が東京都内でひっそりと営まれたと3月22日の産経新聞が報じていた。村上正邦元労働大臣などへの汚職事件で有罪判決を受けた人物だ。事件後彼は家族と離れ孤独な晩年を送った。連絡がないことを不審に思った知人が死体を発見した時は死後数日が経過していたという。絶頂期には「政界のタニマチ」と呼ばれた彼であったが、その葬儀には政治家の姿はなく花輪や弔電もなかったことが哀れをさそう。人の非情さを感じる。
 悪い事をした人の末路は哀れである。しかし本当の悪は平然と生き延びている。折から行われている日本歯科医師連盟の一億円裏献金事件の裁判で、この事件が自民党橋本派の構造的犯行であったという関係者の証言が次々に明るみに出てきている。それでも逃げまどう政治家たちとこれをかくまう小泉首相。それを見過ごす国民の無力さ。正義というものに鈍感になったこの国の劣化を物語っている。

 コロッケパン 涙の味

 3月22日の東京新聞に作家の太田治子さんのエッセイを見つけた。太田さんは太宰治の娘さんである。といってもお母さんは太宰の正妻ではない。
 その太田さんに私は何度かお会いした事がある。そのよしみで好きになったわけではないが、私は彼女の悲しい文章になぜかいつも惹かれる。私が貧しい育ちのせいかもしれない。ITバブルにうかれる今日の若い成金者たちには、とうてい理解できない文章であろう。それでも私はこういう文章が好きだ。皆さんはどう感じられるだろうか。
 「夏休みが来るといよいよお金がなくなった。毎日恵比寿駅前の家から渋谷の宮益坂の古本屋さんまで、母と本を何冊も抱えて売りに出かけた。行きは車の往来の激しい明治通りを歩き、帰りは少し遠回りして広尾の住宅街をゆっくり歩いて帰った。
 古本代の二十円で買ったコッペパンを、途中の神社の境内で食べた・・・
 コッペパンを一つ食べるだけの日が続いた。ついに母は私を連れて福祉事務所へ出かけた。渋谷に親戚はいないかと尋ねられた母は、当時化学会社の社長をしていた私の大叔父にあたる大和田のおじさまの名前を言った。母は化学会社の子会社の倉庫会社へ就職が決まった。目黒区清水町(現在の目黒本町付近)にある倉庫会社の食堂で、調理の仕事をすることになったのである。私は毎晩、母を恵比寿駅の改札駅まで忠犬ハチ公のように出迎えに行った。
 母がなかなか帰ってこないある晩のこと、泣きべそをかいて部屋に戻ってくると、隣の部屋の長距離トラックの運転手の若い奥さんがコロッケパンをご馳走してくれた。ソースのしみたコロッケがコッペパンに挟まっていた。生まれて初めて食べるコロッケパンはおいしかった。泣きながら夢中で食べた。
 今でもコロッケパンが大好きである・・・」

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2005年03月24日

【バックナンバー】2005-03-24

ブッシュ大統領の兵役逃れ

 サピオという月刊誌に時々貴重な情報が掲載される。今発売されている4月13日号もそうだ。米国メディアの最新動向を鋭くウオッチするコロンビア・ジャーナリスト・レビュー誌というのがあるらしい。そのアシスタントエデターであるコリー・ペイン女史のレポートが転載されている。大統領選挙の最中にブッシュ大統領の兵役逃れを示す偽者の証拠文書を報道したとしてCBSが批判された事件は記憶にあたらしい。その責任をとって名物アンカーマン、ダン・ラザーまでが辞任した。ところがこの事件は、実はブッシュ陣営の過激なブログサイトによる仕組まれたデマゴーグであったとペイン女史は書いているのだ。つまり米ジャーナリズムの実態はインターネットによる攻撃に生殺与奪件まで握られた危機的状況にあるというのだ。
 そのレポートの要旨はこうである。
 事の起こりは、元テキサス国家警備隊ビル・バケット氏がCBSのマリー・メイプス女史に送った一枚のファックスから始まる。それはベトナム戦争当時、ブッシュ氏の兵役時代の上官であるジェリー・キリアン中佐によって書かれた「特別待遇による除隊」を示唆する文書である。
 キリアン中佐の秘書をしていたマリアン・カーノックス女史は、「その文書は改ざんされたものかもしれないが中身は正しい」とCBSテレビ番組で何回も証言し、全米が大騒ぎになった。そこに登場したのがブログによる過激な攻撃である。少しでもその文書の正しさを指摘しようものなら、あらゆる誹謗、中傷がウエブサイト上に浴びせられる。嘘、不正、ニセ学者、リベラルな馬鹿者などなどの攻撃がなされる。
 そのうちメディアまでが影響を受けるようになる。「ダン・ラザーとニューヨークタイムズの言う事は信用できない」、「すべてのアメリカ人はその文書が偽物であることを知っている」などと、何の根拠もなく言い切るメディアまで登場した。
 ブッシュ大統領の兵役逃れはその後も様々な形で語られ、ブッシュ大統領自身もそれを認めるような発言までする始末だ。それにも関わらず、この文書の真偽が究明されないままCBSの責任者がこぞって辞任して幕が引かれた。
 これで思い出すのが日本でみられた人質事件でのメール上の「自己責任」のバッシングである。声の大きいものが正しく、攻撃にさらされて黙ってしまうものが間違っているという風潮は危険だ。我々は何が正しいかを人任せにすることなく自分で真実を探す努力をしないと、後で後悔することになる。

  米国は陰謀できるほど頭が良いのか

  9・11事件は米国の陰謀だと言う説が根強い。すなわちアメリカはテロ計画を知っていながら実行させた、事件の背後にはイスラエル諜報機関がいたなどという説である。その疑いを示す数々の指摘もなされている。もしそうだとすれば世界がひっくり返るほどの事件だ。
我々が知っているつもりになっている事がどこまで真実なのか。私なども自信がなくなるときがある。例えばレバノンのハリリ首相の暗殺についてだ。私は今でもシリアの仕業だと信じているのであるが、3月22日の東京新聞「こちら特捜部」の記事には考えさせられた。その記事は、爆発事件に最も衝撃を受けているのはハリリ氏の警備を請け負っていたドイツの警備業界だとした上で、レバノン治安筋の言葉を次のように引用している、「・・・土中に埋められていた爆発物による爆殺だ。ハリリ氏は通常、車4,5台で移動する。当人は二台目で自ら運転する事が多く、遠隔装置の信号をさえぎる装置が装備されていた。そのシステムが破られた。シリアにはこんな技術力は到底ない・・・」 そうだとしたら黒幕はイスラエルであり、それを知っていた米国だということになる。もっともレバノンの治安当局はシリアに支配されているのでこれを鵜呑みには出来ないが、確かにハリリ氏の死でレバノンに反シリアの動きが出ればそれを民主化の動きだと喧伝する米国に有利に働く。米国は自ら手を下さずにシリアの独裁政権に圧力をかけられる。
いずれにしても陰謀説は永久に確認されないで終わるであろう。たとえ限りなく明らかになっても当事者はそれを認めないに違いない。陰謀説がいつまでたっても陰謀説にとどまるゆえんである。
これに関連して4月5日号の週間プレーボーイに国際ジャーナリスト河合洋一郎氏の面白い記事が出ていた。今のアメリカには長期的戦略に基づいた陰謀など作れないとして次のエピソードを引用している。
かつてCIAがロシアの超高速対艦ミサイルSS-Nー22サンバーンを購入しようとした時の話だ。普通はこのような超極秘兵器の購入は闇市場を通じて入手するものだが、なんと米国はロシア国防省に正式に要求したという。それに応じたロシア政府も驚きであるが、とにかく、実験にはロシア人が立ち会う、実験のデータはロシア側にも渡される、ミサイルを分解して秘密を盗まない、などの条件を飲ませて1基100万ドルで売ろうとした。ところが契約段階に入ろうとした時CIAの担当者の一人にウクライナの武器商人が1基35万ドルで売りたいとコンタクトしてきた。接触を受けた担当官は喜んでペンタゴンに報告したが戻ってきた答えはノーだった。1基100万ドルの予算がもうついた。35万ドルだと予算が使い切れないという理由からだ。
ブラックマーケットから手に入れることができればロシア人に気兼ねせずバラバラに解体してミサイルの秘密を盗めるのにである。さらに間抜けなのはこのサンバーンの購入も、退役軍人が天下っている兵器産業の介入で結局買わずに終わったという。ロシア側は結局サンバーンをイランや中国に売ってしまった。その結果これらサンバーンが逆に米国の太平洋艦隊を脅かす事になったという。こんな間抜けな米国に陰謀などできるはずはないというのである。
たしかに米国にはこのような間抜けなところがあると思う。しかしその一方でとてつもない優秀さ、狡猾さを持っているのも米国なのである。だから米国は始末に負えないのである。

一枚40億円の公電

 現地の日本大使館から東京の外務本省へ発出する電報を外務省用語で公電という。その公電の価値にも天と地の開きがある。その違いはどこから来るのか。ズバリ米国を困らせる電報は破り捨てられ、米国の意向を伝える電報は小泉政権を振り回す。たとえば米国のイラク戦争を批判した私の公電などは苦々しい思い出受け止められ、小泉首相に届くことなく無視された。ところが米国の軍人からの命令を伝えた公電は一枚40億円の価値となって日本政府を振り回したのである。
その公電のことを私は3月23日の読売新聞「続 小泉外交」という記事で知った。その記事によるとこうである。テロ特措法の成立を受けて、2001年11月6,7日の両日、ホノルルの米太平洋司令部で外務省、防衛庁と自衛隊の担当課長らが米軍幹部とひそかに会談した。米国の要求と日本側の対応には大きな開きがあった。慎重な発言を繰り返す防衛庁の課長に怒った米側は、協議の直後に在米大使館員を国防総省に呼びつけて、「何を馬鹿なことを言っているんだ」と罵倒した。
ホノルルでの協議内容を知らされていない大使館員には寝耳に水の話であった。その大使館員は直ちに米側の怒りを公電2枚にしたため、東京に打電した。「ハワイでの日本側の説明は小泉首相の発言と軌を一にしているとは思えない。米軍の作戦にも殆ど役立たないと国防省は主張している」
小泉首相は9月19日の記者会見ですでに「最大限の支援と協力」を米国に約束している。公電を受け取った外務省幹部はあわてて古川貞二郎官房副長官(当時)の元へ駆け込んだ。外務省と海自の幹部は奔走した。銀座で妻と買い物中であった米第7艦隊の参謀長に面会を求め、近くのホテルのロビーに連れ込んで、米国が希望している給油量などの情報を聞き出した。
こうして11月16日に決定された自衛隊派遣の基本計画では、米艦船への燃料の無償提供が明記されることとなった。2001年度の補正予算でそのための80億円の予備費が計上された。ホノルル協議で課長たちが返答を渋ってからわずか10日足らずの決定であった。米国の怒りをそのまま垂れ流した公電の価値は一枚40億円。そのつけを我々の税金に回してくる働きをしたのだ。

やたらに発言する奥田経団連会長

この人は何か勘違いをしているのではないか。自分を総理よりも偉いと思っているのではないか。自分の発言を皆がありがたがって聞くと思い込んでいるのではないか。大変な思い上がりだ。
私がトヨタの職員であったらこんなことは怖くて言えないであろう。トヨタと付き合いのある会社の職員であっても同様であろう。政治献金を経団連からもらわなければならない政治家も、愛知県選出の国会議員、地方議員も奥田経団連会長、奥田トヨタ会長の機嫌を損ねる事はできない。労働組合までもが奥田会長の前にひれ伏しているようだ。
しかし私は彼とは何の利害関係も持たない。これからも持つことはない。彼と同じく一国民だ。それどころかトヨタの車を買うかもしれない大切なお客様だ。お客様は神様だ。だから言う。もう少し発言を慎めと。
なにしろ改憲発言からはじまってホリエモン騒動についてのコメントに至るまでなんでもかんでも言いたい放題だ。そういえば二年前、イラク戦争に反対してブッシュ大統領と対立したシラク大統領を批判する発言までしていた。一介のビジネスマンがフランスの大統領をメディアで公然と批判しているのだ。
その奥田会長が牛肉問題について発言しているのを聞いて腹が立った。23日の朝日新聞はこう書いている。22日の記者会見でライス国務長官の来日について語った言葉だ。
「・・・輸入規制がほかの業界に波及する可能性もある。早期の決着をお願いしたい・・・食品安全委員会があまり開かれていなかったことが大きな問題と聞いている。積極的に安全委を開いて取り組んでいる姿勢を示すことが一番大事だ・・・」
何を言っているのだろう。自分の業界のことしか頭にないのか。食品安全委員会が開けないのは米国側が資料の提出を拒んでいるからだ。検討したくても検討する材料が米国から得られないのだ。出せと求めても応じないのだ。それでいて輸入を急げという。それが出来なければ制裁すると脅す。
そういえば23日朝のNHKのテレビニュースで、町村外相がライス国務長官に「専門家による検討を急がせる」ことを約束していたとの関係者の発言を報じていた。やはり国民に隠して密約していたのだ。ライス国務長官が手ぶらで帰るわけがない。小泉首相がブッシュ大統領の機嫌を損ねる事をするはずがない。
小泉売国首相に奥田財界総理。いいコンビだ。彼らに「日本を動かしているのは自分だ」と錯覚されてはたまらない。

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2005年03月23日

【バックナンバー】2005-03-23

国連改革に関するアナン報告書に思う(その1)

 私は外務省にいた頃の自らの経験から、安保理事会常任理事国入りに必死になっているわが外務省の独り相撲が、どれだけ馬鹿げたことかを指摘し続けてきた。それは要するに、米国の顔色ばかりを見て世界の期待を裏切り続けてきた日本が、大きな財政負担をしているからといって権限拡大を主張したところで、誰も心から歓迎しない。そんな自明な事もわからずに自ら旗を振って大騒ぎしている勘違い外交ということである。そんな暇があれば世界に尊敬される外交に専念しろということである。世界に評価され、敬愛されれば無理をしなくても常任理事国の地位に恵まれるのである。  
もうこれ以上この問題について意見を述べるつもりはなかった。しかしアナン国連事務総長が21日、国連改革に関する「勧告」を国連総会に提出し、これについて22日の各紙がこぞって取り上げているものであるから、どうしてももう一回だけ意見を言わざるを得なくなったのだ。
まず指摘したいのは、この報告書になんら目新しい内容がないにもかかわらず日本の政府関係者がこぞって評価している不思議さである。町村外相は、「わが国の立場に沿った改革の実現に向けて弾みとなるものであり、歓迎し、支持する」という談話を発表した。外務省筋は「期限が切られたことで、改革の流れは後戻りできなくなった」と述べている(3月22日東京新聞)。これはアナン報告書の中で、「9月の(国連)特別首脳会合までに決断する事を合意すべきだ。全会一致による決定が非常に望ましいが、それが出来ない場合でも、決定先延ばしの言い訳にしてはならない」と書かれている箇所を見つけて評価しているのだ。細田官房長官も22日夕の記者会見で、「全般的に歓迎し、支持する。(9月までに結論を出すとされたことについて)事務総長の問題意識として評価する」と述べている。
 大手新聞の中にも、「常任理事国入りをめぐる交渉の年内決着を目指す日本には大きな後押し」(3月22日産経新聞)、「政府、多数派工作を加速」(22日東京新聞)、などと楽観的な見出しをつけたりしている。NHKに至っては22日の正午のニュースでアナン事務総長が記者会見で、「(常任理事国の拡大が合意された場合)一つは勿論日本だ」と具体的な国名を挙げたことについて、異例の発言であるとして日本の安保理入りは決まったものであるかのように報じていた。
 果たしてアナン報告書はそれほどのニュースなのだろうか。

 国連改革に関するアナン報告書に思う(その2)

  私はアナン事務総長に失望されっぱなしだ。2年前の米国の単独イラク攻撃によって、国連の尊厳があれほど足蹴にされたにもかかわらず、事務総長としての責任を感じないかのようにその職にとどまり続ける人間を私は信用しない。見せ掛けの対米批判をしてみてもその裏で完全に米国の意向に従っているアナン事務総長のしたたかさに狡猾さを感じるのだ。
 そのような私の個人的なアナン事務総長の評価は差し引いても、このアナン報告書は日本にとって決して評価できるものではない。その理由はいくつかある。
まず、日本が希望しているA案(註:日本は常任理事国を拡大するA案を支持しており準常任理事国の新設を提案するB案に反対している)の支持について明確せず、具体案は加盟国の判断に委ねるとしたことは、日本を失望させるものだ。町村外相も22日の記者会見で「本当はモデルAと明示してほしかったが、そこまで集約していなかったことのあらわれだろう」(22日朝日新聞夕刊)と失望感を表した。
そして日本が最も評価している期限付きの合意そのものがかえって日本に重圧をかけているといえる。これにより日本としては何があっても9月までに合意を実現しなくてはならなくなった。もし9月までに合意が出来なければ国連改革の熱意は一気に冷めて、日本の安保理常任理事国入りも実現できなくなる。おまけに報告書は「全会一致による決定が望ましいが、それが出来ない場合でも、決定先延ばしの口実にしてはならない」として加盟国の三分の二の賛成(128カ国)を得て成立させよと迫っているのである。外務省は必死の工作を続けるしかない。日頃関心のないアジア・アフリカ会議(4月)に小泉首相を出席させたり、5月にバハマで日本・カリブ閣僚会議を4年ぶりに開いて見たり、5月に全大使を東京に集めて作戦会議を開いたり、アフリカ諸国に援助をばら撒いたり、担当大使をカリブ諸国に「島巡り」させたりと、莫大な人的、物的資源を使うつもりである。
しかもそれだけ必死になっても三分の二の票(128カ国)を取れる見通しはない。今のところやっと50-60カ国程度であるという(22日日経新聞)。大半の国は争いに関わりたくない無関心派である(朝日新聞)。改革決議案の共同提出国であるドイツ、インド、ブラジルにはそれぞれイタリア、パキスタン、メキシコという強力な反対国が立ちはだかるし日本についても中国、韓国の反日感情が立ちふさがる。米国はイラク戦争に反対したドイツを許さないし、反米政策をとるブラジルの常任理事国入りを認めないであろう。アフリカに至ってはどの国をアフリカの代表とするかで喧嘩している状態だ。そして肝心の米国そのものが安保理メンバーを増やす事自体に消極的なのだ。
事実米国務省当局者は21日、アナン改革案について、「提案を十分に検討したい」と述べるにとどまり賛否を示さなかった(22日日経新聞夕刊)。
まったく気の遠くなるような国連改革である。

国連改革に関するアナン報告書に思う(その3)

このように決議案の成立はまったく不透明であるが、万一決議案が通って安保理改革のめどが立ったとしても、日本の常任理事国入りがどれほど日本にとって意味のあるものなのかという根本的な疑問が残るのである。
最大の問題は、どのような形での改革がなされようと、拒否権はあくまでも5大国に限られ新しい常任理事国には与えられないということだ。この点については既にアナン事務総長の諮問委員会の提言で、「いかなる安保理改革案においても拒否権の拡大は行わない」としていたが、アナン事務総長は21日の記者会見で、「拒否権を持つべきではないというのが一般的な受け止め方だ」として拒否権付与の可能性を強く否定したのである。新たな安保理常任理事国は二流の安保理常任理事国にとどまるのだ。何のための常任理事国入りなのか。
アナン事務総長の報告書で注目すべきは、むしろ日本にとって不利な提案がなされている事だ。その一つは常任理事国に入る条件として「先進国はODAのGNP比0.7%を達成するか、実現に向けた進展があるか」を尺度とするとしていることである。日本やドイツに極端に大きい援助を求めるものであり衡平を失する。
もう一つ不透明な点がある。それは武力行使に際する新基準を示す決議を採択するよう勧告している事である。これは一見すると安保理の承認を得ずにイラク攻撃に踏み切った米国への牽制とも取れるが、他方において基準作りを安保理に委ねている。結局ブッシュ政権の「先制攻撃」論を阻止できないのだ。ブッシュ政権の超タカ派であるボルトン国務次官が新国連大使になったことで、アナン事務総長は「米好みの国連」に従属しかねない危うさをはらんでいるのである。
このようにみてくるとこれから9月までに繰り広げられる日本の国連常任理事国入り外交が、とんでもないピントはずれの外交であることに誰しも気づくであろう。その通りなのだ。労多くして益少ない、壮大な茶番劇が半年間の間、繰り広げられるのである。
それでも外務官僚は省をあげて国連常任理事国入りに取り組むであろう。なぜならば、八方ふさがりの停滞した外交にあって、「前向きな外交活動ができる数少ないテーマ」(外務省幹部―22日日経新聞)であると自ら認めているからである。もはや今の日本外交には前向きな明るい外交が完全になくなってしまっているのだ。
それにしても悲しいのは小泉首相の無関心さである。22日の朝日新聞のつぎの記事読んで、私は天を仰いでかつての同僚を哀れに思った。
「・・・小泉首相は昨年の国連総会で常任理事国に手を上げたが、以後は具体的な指示をしている形跡はない。外務省の谷内正太郎事務次官は毎週、首相官邸で進捗状況を報告するが、首相は表情を変えず無言でうなずいている・・・」

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2005年03月22日

【バックナンバー】2005-03-22

イラク問題を風化させてはならない

 イラク戦争が始まってから丸二年が過ぎた。1月末の国民選挙の終了以来、イラク戦争に関する記事がめっきり減った。それどころかあの戦争に一定の評価を与えて、もはや過去の戦争であるかのように風化させてしまいたい意図を感じる記事さえ見られる。
ブッシュ大統領は開戦2年目にあたる19日(日本時間20日未明)のラジオ演説で、「イラク戦争の目的は残忍なフセイン政権からイラク人を解放したこと」であり、「イラクでの自由の勝利が中東各地に民主化をもたらした」と自賛した(3月20日毎日新聞、産経新聞)。戦争を始めた当事者が、ながびく困難なイラク情勢に手を焼いて「名誉ある撤退」を画策するのはわかる。しかし日本のメディアや御用評論家の中に同様の意見を繰り返す者がいることに違和感を覚える。イラク戦争を支持し、米国の言われるままに自衛隊を派遣し続ける日本政府、その日本政府に追従し、日本政府の言い分を代弁するようではメディアの使命が泣くというものだ。
たとえば3月19日の読売新聞「視角」で飯塚恵子記者はこう書いている、「・・・今月、8日間にわたり、英軍の駐留するバスラを中心にイラク南部をまわった・・・イラク人の国家再建にかける意気込みは想像以上だった・・・サダムのいない新しい国を必ず作る・・・戦争が無ければまだ独裁政治に苦しんでいた。米英や日本などが助けてくれた事を一生忘れない・・・貧しくとも今の自由のほうが100倍いい。独裁恐怖政治は世界中どこでもよくない・・・という言葉が胸に残る・・・各地で出会った人々の国家再建にかける熱気から一つの確かな手ごたえも感じ取れた。この戦争は多くのイラク人に苦しみだけでなく希望の種もまいたということだ・・・」
本当にそうであろうか。確かにそう言ったイラク人もいただろう。国づくりに懸命なイラク人がいても不思議ではない。しかしそういう言葉だけを殊更に取り上げ、米国のイラク占領の犠牲になったイラク人の怒りと悲しみ、混乱から目をそらす事は許されない。
あの戦争がウソで始まった米国の一方的な侵略戦争であることはもはや世界中が知っている。米国民でさえ53%もの人々が「イラク戦争は戦う価値のない戦争だった」と否定的である(3月20日の毎日新聞が報じる米紙ワシントンポストとABCテレビの共同世論調査)。サダムフセインという独裁者を倒したからあの戦争は正しかったと言い張るにはあまりにも犠牲と破壊は大きい。
忘れてならないのは米国の占領でどれほどの市民の生命が奪われ、占領軍の狂気によりどれほどの非人道的な虐待行為が行われてきたかという事だ。犠牲者は今も日々生まれている。日本のメディアは殆ど報道しなくなったが、自爆攻撃は選挙の後も連日繰り返され、犠牲者は後を絶たない(3月20日東京新聞―イラク遠い平和)。イラク情勢はまったく収まっていないのだ。
3月18日の東京新聞で、フリージャーナリスト綿井健陽氏が作成した「小鳥たち、戦火の家族たち」というドキュメンタリー映画を知った。朝食の準備中に家を爆撃され一瞬にして命を奪われた少女たち。イスラムの教えには「子供が死ぬと鳥になる」という言い伝えがあるという。墓標に書かれた「お父さん、泣かないで。私たちは天国の鳥になりました」と書かれている墓標に涙する綿井記者。もう一人の少女の泣き声も紹介される。非人道的なクラスター爆弾を使用する米軍。その破片を右目に受けた少女。二度にわたる手術の痛みをこらえて笑顔を絶やさない少女。「戦争を知るということは、戦況を評論したり、予想することではない。戦火の中で人がどう生き、傷つくか、その現実と痛みを想像する事だ」と言う綿井さんこそ真のジャーナリストだ。
今中東は米国の手によって民主化されつつあるというのか。イラクの選挙はあまりにも強引、不自然な選挙であった。それを「歴史的選挙だ」、「紫革命だ(選挙の為に指に紫色のインクをつけたことからそう呼ばれる)」と囃し立てるウソを我々は見抜くべきだ。選挙を経て一ヶ月半がたって、やっと暫定国民議会が召集されたと思ったら、いまだに大統領などの選出が出来ない。イラクの政治的混乱は露呈するばかりだ。それもこれも米国が無理をして形だけの民主化を急いだ結果だ。
エジプトやサウデイの選挙に至っては形だけのものだ。ハリリ首相の暗殺をきっかけに始まったレバノンのシリアからの独立の動きは、改革というよりも内戦の始まりの危険をはらむ。パレスチナの和平の動きが発展するかどうかはすべてイスラエルの出方次第だ。イスラエルの譲歩が無いままにパレスチナの自爆抵抗が起これば再び暴力の連鎖が起きる。いままでと全く同じ構図が繰り返されかねない。要するに中東の民主化の動きは、すべて米国の宣伝する「作られた民主化」だ。
イラク開戦から2年たった今こそイラク情勢や中東情勢に注視しなければならない。イラク戦争の誤りの露呈を見逃してはならない。米国の戦争犯罪を追及し、その米国に追従した小泉外交の責任を問いつめていかねばならない。取り返しのつかない犠牲者が出ないうちに自衛隊をイラクから撤退させるべきだ。イラク問題を風化させてはならないのだ。

二人の元次官をめぐる報道

 最近読んだ雑誌の中で二人の元事務次官の生き様を見せつけられた。事務次官といえば出世コースをひた走って官僚組織のトップに上り詰めた者だ。会社で言えば社長だ。そういう立場にある人間が、低劣な人間でしかないことを示した記事を紹介する。
その一つが、この前まで外務省の事務次官を勤めあげた竹内行夫氏についての記事である。機密費スキャンダルを追及しようとした外務省を追放された田中真紀子外相(当時)の事は未だに記憶に残る出来事である。その田中外相と刺し違えて辞職した野上義二事務次官(当時)の後を継いだのが竹内氏である。以来三年間と言う異例の長さで外務省の組織防衛に務め、その一方で北朝鮮外交や米国のイラク戦争支持といった小泉外交を演出した。日本の外交をここまで米国に従属的にさせた張本人でもある。その間には世論の反対を無視して野上前次官を駐英大使として復帰させるという厚顔人事までやってのけた。文字通り外務省を思いのままに動かした次官であった。その竹内顧問が、なんと大津波災害の直後に「バリ島夫婦旅行」を行っていたというのだ。4月1日号の週間ポストがすっぱ抜いた。
津波の被害は死者・行方不明を出した国だけでも11カ国に及ぶが、その中でも最大の被害を受けたのがインドネシアだ。彼が夫婦で観光旅行した1月中旬は、災害はまさに「今そこにある危機」であり、邦人行方不明者も40名を超えていた。復興支援活動に忙殺されていた館員は外務省最高幹部の接待に頭を痛め、「つい数日前まで災害対策の責任者だった人間が、被災国でのんびりバカンスを楽しむという感覚でいいはずは無い」と怒りがこみ上げたという。この旅行を聞いた官邸のある幹部は激怒し、「今すぐ外務省顧問を解任すべきだ」と気色ばんだという。
しかし竹内氏に反省の色はない。週間ポストの取材に次のように回答している。「妻とバリ島に旅行したのは事実です。これは全くの私的な旅行であり、外務省職員には一切負担をかけたことはありません。バリ島は地震・津波の被害を一切受けておらず平常どおり観光客が来訪していました・・・」。ある外務省幹部は竹内氏を弁護するかのように居直ったという、「カリフォルニアで地震があったらニューヨークへ行っても批判されるのか」と。どこまで居直れば気が済むのか。外務省幹部の傲慢さを阻止できる者はいないのか。
その外務省が、農林水産省の元事務次官である熊沢英昭氏(61)を3月15日付けで駐チェコ大使に任命した。おりしもBSE牛肉問題が日米間の政治問題化している。その渦中にあって、BSE問題の責任をとって農水省次官を辞めた熊沢氏を大使職に就ける無神経ぶりを、週刊誌アエラの3月28日号が取り上げている。
熊沢氏は、畜産局長(95年7月―97年1月)時に、BSEを引き起こしたと見られる肉骨粉飼料の規制に手抜かりがあった人物である。くわえて次官(01年1月―02年1月)当時、日本がBSE発生危険国の一つであるという欧州連合の見解を否定した張本人でもある。その後農水省は日本で初のBSE感染を確認し、発表せざるを得なくなった。熊沢氏は日本の国際的な信用を失墜させたのだ。「本来なら裁判にかけられている人」(民主党、鮫島宗明議員)、「行政上も社会的にも相応の制裁を受けるべき立場にあった人」(ある業界人)が、何の処分を受けることなく武部農水相(当時)による「定期異動」で9千万円近くの退職金を手にして次官をやめ、その後も農協共済総合研究所理事長、全国米穀取引・価格形成センター会長という天下りポストをはしごして更なる退職金を手にした。その熊沢氏が今度は農水省で初めての大使職を得たというのである。
何故日本の官僚はこんなに厚顔なのか。自らを省みて恥ずかしくないのか。何故このような大使人事を外務省は許すのであろうか。米国産牛肉の早期輸入再開要求に応えるように農水省に頼み込む為の見返り人事ではよもやないだろうな。国民の知らないところで大使ポストが決められる、それを誰もが規制できないとしたら、国民はどう怒りをぶつければよいのか。

ライス国務長官の訪日で何が話されたのか

週末に押しかけて来てあっという間に去っていったライス国務長官の訪日。その間に何が話されたのか。日米間でどのような約束がなされたのか。新聞では真実は伝わってこない。各紙は町村外相とライス国務長官の会談要旨なるものを一斉に報じている。しかしいくらこれを読んでも本当のところはわからない。外務省が作成、加工した情報をそのまま垂れ流しているだけである。従って各紙の記事を読み比べてその裏で行われていることを推測するほかはない。それでも浮かび上がってくるものはある。
ライス国務長官の訪日の目的の一つが米国牛肉の輸入再開に対する政治的圧力をかけることにあったことは間違いない。しかし報道を見る限り、日本側が輸入再開の時期を明示せずに、ライス国務長官が手ぶらで帰ったようになっている。新聞の見出しも「食の安全、日本譲らず」(3月20日毎日新聞)、「首相、時期明示せず」(20日産経新聞)となっている。しかし20日の東京新聞は「牛肉ゼロ回答でも握手」としてお互いが満足であったような書き方をしている。小泉首相に至っては会談後の記者団に、「ビーフで来たわけではない、名前がライスですからね」と相変わらずの軽口を叩いている(20日毎日新聞他)。
何が話し合われたのか。考えて見ればよい。外務省や官邸が吹聴する「良好なブッシュ・小泉関係」は、ブッシュの要求を呑み続けてきたことから作られたものに過ぎない。牛肉如き問題で「両者の良好な関係を損なってはならない」というのが小泉首相の思いであるに違いない。議会がここまで反発しているのだ。ブッシュ大統領が電話で圧力をかけてきたのだ。モタモタして経済制裁を発動されては外交の大失敗だ。ブッシュ・小泉関係は何だったのかという事になる。譲歩するしかないではないか。
それをいかに国民の前にごまかすかだ。「輸入再開時期を明示することはできない」、「食の安全に関わる問題だから科学的知見に基づいて判断する」などと小泉首相や日本政府が繰り返すのは、米国の圧力に屈しないことを殊更に強調したいためである。その裏で食品安全委員会に政治的圧力をかけて審議を加速させ、科学的知見に基づいた輸入再開の結論を出させる事を小泉首相は官僚に命じているに違いない。そしてライス国務長官に対しては「再開時期を訪日時にあわせて発表すると米国の圧力に屈したと取られて双方に都合が悪い。だから時期を明示しない形で発表するがブッシュ大統領には伝えてもらってもよい。出来るだけ早い時期に再開することを約束すると・・・」。小泉首相が「輸入再開問題を良好な日米関係の阻害要因にしない」と繰り返していることはそういうことだ。譲歩しましたということだ。
しわ寄せを受けるのは、科学的知見を政治的要請に合わせなければならない「食品問題の専門家たち」である。彼らの多くはまたしても御用学者、御用専門家であろう。それに耐え切れない良心的な専門家が一人でも出てこないものか。舞台裏を告発してくれないものであろうか。いずれにしても牛肉問題は終わった。
今回のライス国務長官の訪日でむしろ私が驚いたのが、日本のODAを戦略援助にしろとライス国務長官が迫ったという記事である。ついにここまで米国は日本の資金を手を突っ込み始めたのかという思いである。すなわち3月20日の朝日新聞は19日に行ったライス国務長官の講演を引用し、「戦略的な開発同盟」と言う名の下に日本の政府開発援助(ODA)を米国の「自由と民主主義の拡大」に使いたいと述べたことを報じている。
3月20日の日経新聞はもっと明確だ。日米外交筋によると、ライス国務長官の訪日の「果実」は牛肉再開という小さなものではない。ブッシュ二期目の金看板である「民主化外交」への日本の協力の取りつけにあった。ライス長官は小泉首相や町村外相との会談で「民主化や人権改善に熱心な国々に重点的に援助する」ことにつき日本の協力を求めたという。これは求めたというより命じたのだ。
経済発展や人道援助を目的とするわが国の政府開発援助は、安全保障上の理由や政治目的から行う米国の援助と根本的に考え方が異なる。その日本の援助政策を、「日米戦略開発同盟」の名前で捻じ曲げようというのだ。日本の1兆円規模の援助資金を米国の意向に沿って使わせろということだ。「ブッシュ大統領が望んでいる」と一言いうだけで小泉首相は金縛りにあったように何でも言うことを聞く、もはや米国はそれを当然視している。小泉首相は米国の言いなりになるから日本の首相であり続けられるかのようだ。米国は小泉首相を日本の首相に据え、その間に一気に日本を属国化しようとしているようだ。その米国の真意を知った上で、長期政権欲しさのために米国の言いなりになっているとしたら小泉首相は売国奴である。それとも米国の真意に気づかずにブッシュ・小泉の関係が自分の力で良好関係に出来上がったと思い込んでいるのなら、小泉首相は本当におめでたい人である。いずれにしても戦後史上最も軽薄であり、国民にとって最低、最悪の首相であることだけは間違いない。

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2005年03月08日

【バックナンバー】2005-03-08

憲法をめぐるこの国の政治家と国民の乖離

 世論調査の数字は新聞によって、調査の時期によって差はあるが、それでも国民の半数以上は憲法9条の改正に慎重である。その一方で改憲が必要と考えている政治家は8割から9割に上るという。これはどういうことか。国民の意思を国政に実現するのが政治家の仕事ではないのか。自分の意見を正しいと思い込みそれを政治に反映しようとする思い上がった政治家が多すぎはしないか。
 そう思っている時に3月8日の朝日新聞の論説が目に留まった。根本清樹氏の「政態拝見」の中で述べられている政治家の発言は噴飯ものである。民主党の憲法調査会長の枝野幸雄という政治家がこんな発言をしているというのだ。「・・・憲法改正を本気で実現しようとするのなら、自民、民主の二大政党が当面の政権争いとは切り離して憲法問題を話し合い合意するしかない・・・憲法をいかに総選挙の争点にしないかということが最低条件、前提条件になる・・・憲法といえば最高法規で法の中で一番大切な法だと誰しも思っているが、それは半分間違っている。憲法はあらゆることを決めているわけではない。憲法は政治の枠組みを決めているだけである。どの党が政権をとっても従うべき公権力行使のルールであり、共通の土俵である。共通の土俵作りということなら、二大政党が、政権争いとは別枠で話し合うこともできるだろう・・・」
 驚くべき暴論である。こんな男が政界の憲法論議をひっぱる一人だという。現に枝野議員は2月18日の衆院憲法調査会(自民・中山太郎会長)で、自民、民主が共同で改革草案作りを進めるべきだという認識を示し、同時に憲法改正の手続きとなる国民投票法案について早期に制定する事が望ましいとまで述べたという(3月8日しんぶん赤旗)。そしてこの発言は自民党側から、「日本の歴史を変えるような物凄い発言だ」(中山太郎会長)、「重い発言だと心から歓迎する」(保岡自民党憲法調査会長)、と喝采を浴びたという。
 こりゃダメだ。民主党が自民党の補完勢力であるのも無理はない。そういえば根本氏の記事の中で他にも驚くべき発言をしている政治家がいた。「憲法を変えることで現在の日本の苦境が緩和するんですかと言われれば、直ちにそうなるような問題は少ない・・・」(民主党仙石由人政調会長)、「憲法が明日決まらなかったからといって生活に困るという話ではなく、改正されなくても世の中動いている。その意味では切迫感のないテーマではあるんですが・・・」(与謝野馨自民党政調会長)。
それだったら憲法改正なんかさっさとやめて、国民の暮らしを安全で豊かにする政策の実現に専念しろ!

 国会中継は低劣な政治家の宣伝の場か

 これも国会議員の質の悪さを物語る記事だ。3月8日の読売新聞に、参議院予算委員会の質問時間の変更の話が載っていた。つまり現在のルールでは衆議院予算委員会の質問時間は質問者と答弁者の合計となるいわゆる「往復方式」であるのに対し、参議院予算委員会の質問時間は質問者だけの時間の(「片道方式」)となっている。ところがこれを参議院も「往復方式」に変えることで自民党と民主党が合意したという記事だ。
 読者には何のことかわかりづらいと思うが問題の本質はこうだ。「往復方式」だと答弁者がダラダラと余計な事を喋り続けたらそれが質問者の質問時間を消化することになる。これに対し「片道方式」では質問者の質問時間だけがカウントされるのでたとえ短い時間でも質問者の能力では随分と中身のある質問が出来る。答弁者がいくら逃げの答弁を長々としても質問時間は減らないからだ。本気で質問しようとするヤル気のある国会議員ならば「片道方式」がいいに決まっている。実際問題として私が国会に日参していた頃、この片道方式は本当につらかった。厳しい質問者の場合は丸で時計が止まったかのような錯覚になり大臣も政府委員もこの「片道方式」には閉口していた。
 それが「往復方式」になるという。明らかな参議院の野党質問封じである。それを承知の上で、野党第一党の民主党が自民党に応じて、参院に導入することに賛成したという。共産、社民党が反対するのはただでさえ少ない質問時間が答弁者の無駄答弁で限りなくゼロにされてしまうからだ。
 この記事によれば民主党が「往復方式」に合意したのは「テレビの国家中継で長く映るには往復方式のほうが良い」との声が党内にあるからだという。もしそれが事実であるとすれば一体民主党議員は国会質問をなんと考えているのか。国会質問は相手に喋らせてこそ意味のある審議になるのではないか。次から次へと厳しい質問を手短に繰り出す事によって政府を追い詰める事が出来るのではないか。自分が長々と演説をしてテレビ映りを狙うなどとは言語道断である。私はここに民主党議員のダメさ加減を見つけた気がした。不勉強だからまともな質問が出来ないのだ。持ち時間を自分の宣伝にしか使えないのだ。相手の馬鹿な質問を追及できるほどの実力がないのだ。これでまた小泉首相の低劣な独演を国会で聞かされると思うとゾッとする。国会審議がどんどんどつまらなくなっていく。

 麻生福岡県知事の正体みたり

  先般の全国知事会長選挙で福岡県の麻生渡知事が選ばれたとき、私はあまり良い印象を持たなかった。就任の言葉の中に、国に対する地方の気概が感じられなかったからだ。対決を嫌い話し合いや妥協で収める事が良いなどと公言していたからだ。ただでさえ多い官僚出身知事の中でもひときわ官僚臭を感じさせる知事だと思った。
 その麻生知事がとんでもない発言をしていることを知った。3月8日のしんぶん赤旗によれば、福岡県警の裏金事件の幕引きを宣言したというのだ。周知のように警察の裏金作りは全国に広がっている。そしてこの問題は単に地方警察の話ではなく警察庁が黙認している長年の悪習の疑惑が強まっている。それなのに、というよりも、だからこそ、麻生知事は幕引きを宣言したのだ。3月7日の福岡県議会において麻生知事はこう答弁したという。
 「・・・(県警察の調査結果の)内容は適切で返還額も妥当・・・監査委員に対する監査要求および刑事事件としての告発はしない・・・」
 官僚出身の彼は警察の不正は百も承知だ。これ以上追及して警察庁を追い込む事は国を崩壊させることになると知っている。だから国側もこれ以上の対応をとる気はない。それを見越しての発言だ。知事になって久しいというのに今でも県民より中央政府を弁護し続けている。
 こんな知事を選んだ福岡県民は警察の裏金問題をどう考えているのだろう。こんな知事を知事会会長に選んだ全国の知事が地方分権を本気で考えているとはとても思えない。残念だ。

 戦後最低の日本外交

 先日の新聞で外務省幹部が「最近は新聞記者が取材に来なくなってさびしい」といった趣旨の発言をしているという記事を見つけた。そんなぼやきが出るほど今の外交は行き詰まっている。書くべきことをやっていない。そう思っていたら3月8日の日経新聞に、小泉政権第3コーナーと題して、首相最大の「支持地盤」であった外交が、どれもこれも行き詰って小泉首相の首を絞め始めているという記事が載っていた。
 北朝鮮や中国との関係は言うに及ばず先般のノムヒョン韓国大統領の演説でも日本への厳しい言葉が発せられた。ロシアとの関係については、町村外相がプーチン大統領の訪日が決まらないのにいらだって、「何を考えているのか分からない」などとおよそ外交的でない粗野な言葉を記者に投げつけていた。もともと関係の薄い欧州に対する外交は存在しないに等しい。中東外交はイラク戦争への米国支援で吹っ飛んだ。アフリカ外交などは誰も真面目に考えていない。そんな中で国連安保理常任理事国入りに奔走して無駄な時間と金を使っている。
 残るは唯一の頼みとしている米国だけだ。だから対米追従外交にますます傾斜していくしかない。そしてその米国に牛肉問題や米軍再編問題で煮え湯を飲まされ続けているのである。どう考えても今の日本の外交は戦後最低である。その責任は勿論小泉首相の独断とそれをいさめる胆力のない外務官僚にある。
 その小泉首相が相変わらずギョットするようなお粗末な発言をしていることを3月8日の毎日新聞で知った。「靖国と日中」という特集記事のなかで次のような面白いエピソードが紹介されている。
中国の靖国神社参拝に対する批判にさすがの小泉首相も配慮せざるを得なくなったのか、「靖国神社問題ばかりが日中間の問題ではない」、とか「(靖国問題での)どんな質問がでても何も申し上げない」などと言っていた小泉首相が、1月5日夜、インド洋大津波の被災国首脳会議出席のためジャカルタへ向かう政府専用機の中で、外務省幹部らを前にこう語りかけたという。
 「君たち、まさかおれが今年は靖国に行かないことを前提に外交を考えているわけじゃないだろう?」。これは靖国神社参拝を前提に対中外交を構想せよと外務官僚に指示したということだ。
どうしようもない外交感覚だ。中国は小泉首相の態度を心底怒っている。この男が首相である限り日中関係は進展させないと思っている。なぜそんなことが分からないのか。せめて外務官僚は「あなたが靖国参拝を続ける限り中国とのあらゆる問題は動きません」首相に言うべきだ。そう思ってすぐに私は考え直した。そんなことを首相に言える外務官僚がいれば日本外交がここまで行き詰る事にはならなかったに違いないと。

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2005年03月07日

【バックナンバー】2005-03-07

米軍兵士のイタリア人女性記者銃撃に思う

 イラクで武装勢力に拉致されていたイタリア人女性記者ジュリアーナ・スグレナさん(56)が無事解放された直後に米軍兵士に銃撃されて負傷する事件が起こった。なぜこんなことが起こったのか。米軍の主張と女性記者の言い分があまりにも食い違っている。
すなわち3月7日の朝日、読売、産経などの報じるところによれば、米軍側は「検問所で停止するよう車にライトをあて、威嚇射撃で警告したが猛スピードで止らなかったから」撃ったと主張するのに対し、ズグレナさんは「数箇所の検問所を通過した後、空港までわずか700メートルの地点で検問所ではない所で、パトロール中の米兵から銃撃を受けた。照明が当たってすぐに多数の銃弾が飛んできた。名乗る余裕はなかった。普通の速さで走っていた。銃撃は正当化されるものではなかった」などと反論している。
この事件は私に奥、井上という二人の日本の外交官の射殺事件を思い出させる。あの時も米軍の説明と現地の目撃者の証言が食い違っていた。米軍が乗っていたランドクルーザーを不当に長く拘留していたことや銃弾の角度など多くの科学的根拠によって米軍誤射説が指摘されたが、日本政府は独自の調査結果をはっきりさせないままに武装組織による犠牲者に仕立て上げて事件の終結をはかった。
米軍による誤射が後を絶たないのは、米国が武装組織の抵抗に恐れているからである。危険を回避する為に、マニュアル通りに事を進めて少しでも疑義が出ると直ちに射殺するという慣例があるからである。イラク人が射殺された時歯まったく報道されないが、このようなことは毎日のように現場で繰り返されているに違いない。そう考えるとあの時の日本の外交官の銃撃も、米軍の誤射の可能性が俄かに高まってくる。
そうだとすると大変なことになる。今まで我々が聞かされてきた日本政府の発言が根本的に狂ってくる。お涙頂戴の話ではなく米軍のイラク占領の犠牲者ということになる。政府はたとえそれが真実であっても口が避けても認めないであろう。米国もそんなことは認めるはずはない。しかし事件をうやむやの終わらせてはならないと思う。それが彼らの魂を鎮魂できる唯一の方法であるからだ。

消えていく拉致不明者の救済

 3月7日の日経新聞に、拉致被害者の家族や支援団体の救う会が集会を開き拉致問題解明を首相に訴えるという小さな記事が出ていた。それを読むにつけてあまりにも悲しい気がした。北朝鮮との関係は最悪の状態で行き詰まったままだ。そのすべての責任はこれまでの小泉外交の失敗にある。それなのに小泉首相も外務官僚も責任を感じていないようだ。小泉首相は郵政民営化に邁進して長期政権の記録を塗り替える事に躍起になっている。外務官僚は栄転して関係のないところへ逃げていってしまった。誰も責任をとらない。拉致不明者の家族の悲鳴は届かないまま時が風化していく。国民として忍びがたい。
 そんな思いでいたら、3月7日の朝日新聞の論説が「首相は米国を動かせ」という意見を掲げた。小泉首相がブッシュ大統領との緊密な関係を自慢しているのであるから、こんな時こそブッシュ大統領を動かして米朝関係、日朝関係の関係改善を図るべきだというのだ。
 私は米国が日本の為に拉致問題解決で一肌脱いでくれるとは思わない。北朝鮮が核問題で譲歩しなければいずれ強硬策に訴えるであろうし、逆に北朝鮮が核放棄を認めれば一気に米朝関係が進む可能性がある。いずれの場合でも拉致問題は取り残されてしまう。それでも米国に拉致問題の解決に向けて協力を求めるべきである。小泉首相はあらゆる手段を使って家族の願いに応える努力をするべきである。誠意ある態度を家族や国民の前に示すべきである。小泉首相はいまだかってブッシュ大統領に国民の立場に立った申し入れを行った事があるのだろうか。米国の無理難題を何でも聞くからブッシュ大統領の覚えがいいというのであれば、誰でもブッシュ大統領との良好な関係を持つことが出来る。ブッシュ大統領との関係が良好であると自慢する前に一つでもいいから日本国民の利益になることをブッシュ大統領に頼んでみたらよい。それでブッシュ大統領が聞く耳を持たないのであれば、小泉首相ははじめからブッシュ大統領に相手にされていないということなのだ。「首相よ、米国を動かしてみろ」である。

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